事例紹介1 企業の取組 社員が企業に在籍したままNPOで働く社会貢献の形

講演者
田中 豊
花王株式会社 人財戦略部門 キャリア開発部 マネジャー(ライフキャリア担当)
フォーラム名
第127回労働政策フォーラム「企業で働く人の社会貢献活動と生涯キャリア」(2023年9月23日-27日)

社員が企業に在籍したままNPOで働く社会貢献の形について、当社の事例を紹介します。私は、キャリア開発部で、人と仕事のマッチングや、社内外の仕事の開拓を中心に業務を行っています。当社は百数十年の歴史を持ち、社員数はグループ連結で約3万5,000人です。

2020年にグループの中期経営計画「K25」を発表し、めざす方向性を明確にしました。解決すべき社会問題である環境問題や高齢化、パンデミック、多様化の影響をふまえ、「豊かな共生社会の実現」や「未来のいのちを守る」ことを掲げ、活動を行っています。

2016年からシニア社員の活性化に取り組む

高齢化への対応は、この社会課題への取り組みの1つで、2016年に活動を始めました(シート1)。人材活性化を社内で議論し、シニア世代だけでなく、女性、外国籍の皆さん、障がいをお持ちの社員の皆さんも含め、ダイバーシティを意識して、より活躍できる場づくりができないかと議論しました。シニア社員については、活き活きとやりがいを持って働き、会社や社会に貢献する形をつくることを目的に、モチベーションを向上しながら居場所がある、役立っているという感覚がある、そしていくつになっても自己成長を感じられるようにする。そんな仕事ができるように、キャリアの自律をサポートしながら、意欲と能力を開発するお手伝いをすることを方向性としました。

活性化策として、イキイキとやりがいを持って活躍するという気持ちが持てるように、キャリアコンサルティングや面談の場をつくり、サポート体制を整えました。また、短時間・短日数勤務や在宅勤務ができる仕組みをつくり、評価や処遇制度も見直し、働いたことにしっかりと還元することなどにも取り組みました。

取り組みは自主的なボランティアなどからスタート

2016年の開始直後は、まずは自主的なボランティアを進められるようにしました(シート2)。当時、出張講座の代表的なものに「手洗い講座」があり、小学校に出向いて、1、2年生に手の洗い方をお伝えする活動を行っていました。私も3回ほど行きました。結果的には、この手洗いが新型コロナ流行の時にかなり重視されることになり、社会のお役に立てたと、社会に貢献できるすがすがしさを非常に感じた経験があります。

次の段階は、社員が実際に中間NPOあるいはNGOに出向して働くというところへ広げていきました。お金の寄付だけではなく、人材を派遣して社会や派遣先で役立てればという思いで活動を進めています。将来的には、社会課題の解決のために取り組んでいこうと考えています。

2017年にはNPO・NGOの中間支援組織への派遣を開始

このNPO・NGOの中間支援組織への派遣は、2017年から始めています。なぜ中間支援組織かというと、世の中にNPO・NGOは数多くあり、どこに派遣するか選択に時間をかけるよりも、後方から支援している中間支援組織を積極的に応援して、最先端の活動を活性化できれば、という考えからです。

最初は、日本で一番大きな中間支援組織である日本NPOセンターに人材を派遣しました(シート3)。その人が実は、本日報告する本田恭助さんです。その後も、大阪ボランティア協会や、NGOではグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン、国際協力NGOセンターにも人材を派遣しています。また、今日報告される手塚さんの藤沢市民活動推進機構にも、2023年10月から派遣が決まっています。

本田さんの経験を生かして移行ガイダンスを実施

この後、またお話があると思いますが、本田さんが初めて派遣されて行ったら、非常に難しいことが起こったといいます。本田さんは花王で長くマーケティングや消費財にかかわる仕事をしてきましたが、いざNPOに行ってみたら、言葉が分からないし、仕事のやり方も含め全てが違う。非常に悩んで、次から働く人に同じ思いをさせたくないと痛感したと聞きました。そこで1年前、新たに勤務をスタートする2人に、「民間企業からNPOへの勤務移行のガイダンス」を実施してもらいました。

ガイダンスでは、まず、2人がどういう気持ちか、知りたいことは何なのか、ニーズを確認しました。そして、企業と非営利活動法人の違い、また実際に本田さんがNPOで感じたギャップや学びを紹介してもらいました。そして当時、NPOでどんな役割を担ってどんな業務をしたか、どんな貢献ができたかを伝えてもらい、参考になる図書も推薦してもらいました。われわれもこの記録をしっかり残し、大切に受け継いでいきたいと対応しています。

今、当社では、人件費を当社が負担し、出向先が労災保険のみ負担する形での人材派遣を徐々に増やしています。派遣するだけではなく、活動内容の報告会を行ったり、レポートをまとめて花王側にも還元してもらい、場合によっては関連部署がプレスリリースのような形で世の中に発信する。派遣しているメンバーが架け橋になって、活動をより活性化させ、世の中のお役立ちをしようと展開をしています。

他の会社にも働きかけるも人件費などがネックに

本田さんは当時、花王だけではなく他の会社にも展開できないかと、いろいろ働きかけられたのですが、なかなか難しい。人件費を全て民間企業で負担して派遣するのはかなり厳しいという話がありました。

では、NPO側の考えを調査してみようと、本田さんのマーケティングの経験を生かして、日本NPOセンターで「全国非営利団体のシニア人材のニーズに関する調査」を実施したところ、シニア人材がセカンドステージとして社会貢献事業や非営利法人の活動に参画して活躍してもらうことへの歓迎度は8割と高い。ただ、受け入れには課題があるという分析でした。

シート4にあるとおり、自由回答してもらった意見をみると、さまざまな分野での長年の経験・知見を生かしたい、そういう人を受け入れたい、受け入れられれば、という期待があることがわかります。ただ、さきほどの話のように、民間企業と非営利法人では言葉も仕事のやり方も違うので、事前に学び、交流して理解を深め、現場を見たうえで活躍してもらうといった機会ができるように、出会う仕組みも必要です。一方で、予算や労働力が限られているのがNPO・NGOの実情で、金銭的なところの折り合いもつけながら受け入れをしていきたいというのが現状です。

民間企業の時の考え方に固執することに対しても懸念が

懸念・不安の点として、民間企業の時の想いや考え方に固執していると、実際に仕事をしてから、いろいろトラブルやうまくいかないことがありますので、そういったことを解決しながらやっていこうということになりました。

やはり期待が多い一方で不安もありますので、トラブルが起きないように、「こういう受け入れができればウィンウィンの形になるだろう」というポイントを十分重視しながら、活動をより活性化させていきたいと思っています。

プロフィール

田中 豊(たなか・ゆたか)

花王株式会社 人財戦略部門 キャリア開発部 マネジャー(ライフキャリア担当)

1990年より花王株式会社で人事・人財開発業務に従事。本社の他、工場・研究所やグループ会社などで経験を積み、現在は本社 人財戦略部門 キャリア開発部マネジャー(ライフキャリア担当)兼キャリアコーディネーター(人事異動・能力開発担当)。新任マネジャー研修や小学校での"手洗い講座"などにも登壇。国家資格キャリアコンサルタント。社内外でライフキャリアやライフシフト関連の活動を展開中。