事例報告1 新生銀行の副業・兼業制度

講演者
天明 純一
株式会社新生銀行 グループ人事部 マネージャー
フォーラム名
第118回労働政策フォーラム「副業について考える」(2022年1月21日-25日)

当社は、前身となる日本長期信用銀行が1952年に創立。過去に経営破綻を経験し、2000年に新生銀行と社名を改めて、経営陣も新たに再スタートしました。銀行単体でおよそ2,300人の社員が在籍していますが、こうした変遷から約半数は中途採用者で、残る半数の新卒採用者も旧日本長期信用銀行の時代に入社した社員と、新生銀行になってから入社した社員に分かれています。

中途採用者には金融業界以外の分野で活躍した人も多く、当社にはバックグラウンドが異なる、多様な人材を受け入れる土壌が備わっています。これは副業・兼業制度の普及にも寄与していると考えています。さらに、ダイバーシティ推進のもと、女性活躍、多様な働き方の実現、多様なキャリアの推進、多様な人材の活躍などの課題を中心に多くの取り組みを進めています。

社員の新しい挑戦の後押し

当社は、柔軟な人事制度、多様性を受容する風土づくりを通じて、多彩な人材が集い、働きがいを感じながら活躍し合う組織を目指しています。働き方改革の視点からもさまざまな人材が力を発揮できる環境を整えるため、在宅勤務や時差勤務をはじめ、ドレスコードの廃止など、時には大胆な人事制度改革を実施してきました。副業・兼業制度は、こうした取り組みの一環としても位置づけることができ、社員の新しい挑戦を後押しする環境を整備するものです。

副業・兼業解禁にあたって

副業・兼業を解禁するにあたって、当社の会社と従業員の関係性についての考え方を説明します。一般的に会社は従業員に対し、指揮命令権を有してはいるものの、それはあくまで会社での業務成果や、パフォーマンスに起因するものです。従業員の労務提供と成果貢献によって会社が対価を支払う関係は社内における話であり、労務提供と直接関係のない社外活動は制限することなく、自由に個人の活動がなされるべきという考えが前提にあります。こうした考えに基づいて、社員が休みの日に、違う場所で別の仕事をしてみたいという希望があるならば、制度を整えようというシンプルな発想でした。

銀行業界では副業・兼業制度は珍しく、制度を作った当初は、希望者はいないのではないか、銀行での仕事がおざなりになるのではないかというネガティブな声もありました。しかし、それらは先入観にとらわれているものと整理しています。会社は必ずしも従業員の資質やプライベートを完全に把握できず、本人の意向や得手不得手も正確には理解し切れていない立場にあると考えています。そうした考え方のもと、2018年4月から兼業制度を解禁しました。

兼業規程自体は、家業の承継など特別な事情に限り、解禁前からも存在しました。それを改正し、職務専念義務を守りつつ、原則兼業を自由化しました。社員に兼業を強制することは全くしておりません。個人の自由な働き方を尊重することが肝要で、社員が希望した場合にのみ認め、兼業の成果を会社に還元することを必須としないという立場で制度設計をしています。

解禁の目的

解禁の目的は大きく3点あります(シート1)。1点目はイノベーションの創造・社員の成長です。銀行とは異なる環境で仕事をすることにより、経験、知恵、スキルが蓄積されること。願わくは中長期的な視点で銀行の業務への知見の還元、あるいはイノベーションの創発などが期待されるものです。

2点目は働き方の多様化・魅力的な職場づくりです。多様な働き方を認めている職場であることを打ち出し、新規採用や退職防止などでのアピールポイントにしています。特に新卒採用においても、兼業制度を解禁していることを学生に伝えることで、堅そうなイメージのある金融業界の中で、他の銀行とは少し違うカルチャーで自由な雰囲気なのかなと興味を持ってもらうことができています。

3点目は当社人材の活用・外部人材の確保です。こちらは今後、積極的に進めていく課題の1つと考えています。例えば副業により、銀行業特有のノウハウを持つ社内のシニア人材が取引先などでスキルを有効活用してもらうこと、または獲得競争の激化が見られるAI技術者や、データサイエンティストなどの外部の専門人材に副業者として働いてもらうことを想定しています。

兼業の内容については、コンプライアンス、競業・利益相反や安全配慮の観点を除き、特別に個別業種の細かい規制は設けず、銀行の業務と無関係でも制限はしていません。兼業の形態も個人事業主としての業務契約に限らず、一定の条件のもとで他社に雇用されることも認めています。

対象となる社員

兼業制度の中身について、もう少し詳しく紹介します(シート2)。社員個人が営む業務や、業務委託などの個人事業主型と、他社の従業員として雇用される他社雇用型のどちらの兼業も認めています。

他社雇用型は、労務管理や給与計算などの事務手続が煩雑になることから、副業・兼業制度を導入している企業であっても認めていない場合が少なくありませんが、当社では割増賃金が発生しない労働時間内に収めることや、社会保険の加入対象とならないことなど一定の条件を付すことにより認めています。

さらに、対象者は正社員に限らず、有期雇用やパートタイマーも含めた全社員としており、年齢の要件は設けておらず、新入社員も対象としています。

禁止・制限業務

禁止・制限業務については、競業や危険業務、利益相反が生まれる業務など最低限の制限事項に抵触しない限り、特段設けていません。また、社名だけを見て判断するわけではなく、実際に新生銀行での収益機会を奪うものでなければ、同業他社の兼業も妨げることはしていません。もちろん、銀行業務とは全く関係のない兼業やアルバイトであっても幅広く認めています。

兼業の活動時間帯についてですが、基本的には銀行の業務中は銀行での仕事が優先ですので、多くの場合は土曜、日曜、あるいは平日の夜に活動しているのではないかと思われます。ただし、銀行での業務に支障がないときは、年休を取得して平日に兼業活動を行うことも認めています。

活動時間は個人事業主型、他社雇用型、いずれのタイプも健康管理の観点から上限を週20時間以内、かつ月30時間以内と定めています。三六協定の時間管理者に該当する場合、他社雇用型の兼業を行うときは割増賃金が発生しない範囲での活動となりますので、実際にはさらに時間上限に制約がかかります。

なお、銀行での業績評価においては、兼業の有無は一切考慮していません。評価そのものは、兼業とは別に部署における役割と本人の能力、そして銀行でのパフォーマンスによって決まるものであり、兼業を行う社員の評価の納得感は上司とのコミュニケーションのなかで解消される論点と捉えています。

兼業の申請方法

具体的な申請方法については、シート3のとおりです。

まず、兼業希望者は、兼業申請書と誓約書を所属長とグループ人事部に提出し、承認を得ます。兼業申請書の記載事項については、業務内容や業務予定時間など基本的な事柄のみとしており、実質は届出制に近い形です。ただし、利益相反の可能性がある場合は所属長とグループ人事部の承認に加え、グループ法務・コンプライアンス統括部の承認を得る必要があります。

誓約書には、制限事項や禁止事項に該当する行為や業務はしないこと、兼業は自己責任であることなど、兼業するに当たって守るべき事項を列挙しており、これらの遵守を兼業者に誓約させているものです。兼業開始後は月に1回、兼業先での業務内容及び労働時間を記入し、グループ人事部に報告します。

兼業の承認については1年ごとに更新しており、内容が変わらなくとも、兼業者は年に一度、兼業申請書と誓約書をグループ人事部に提出します。

兼業制度の実例

兼業制度の実例について紹介します。制度開始から3年近くが経過しますが、これまでに個人事業主型で約80人、他社雇用型で約10人の承認事例がありました。申請者の男女比率はおおむね半分ずつ、年齢は20代~50代まで幅広く、職位や部署などに一定の傾向は見られません。兼業内容はシート4に記載したように多岐にわたっています。

起業した社員や、少し珍しいケースとして、検定試験を運営している会社から試験会場での運営を統括する担当者を紹介してほしいというお話をいただき、それに自ら応募し、兼業として取り組んだ社員もいました。

制度を導入した当初は、オーケストラの指揮者など趣味に近いものを申請される例が多かった印象を持ちますが、次第に銀行業務で得たスキルを生かし、執筆活動や大学の非常勤講師、財務コンサルタントなど銀行業務の延長線上と位置づけられる活動を申請する社員が増えてきているように見受けられます。もっとも、業種の制限をしなかったことがわれわれの想像を超えるバリエーションの多さにつながっていると思われます。

社員からの評価

兼業に取り組んでいる社員の銀行でのパフォーマンスがどのように変化しているかということを追いかけているわけではありませんが、実際に兼業している社員からは、「ふだん出会わない人たちと仕事をすることで刺激になった」「視野が広がった」「銀行での仕事の向き合い方を再確認する機会になった」といった前向きな声が聞かれています。銀行でのパフォーマンスについても直接的、間接的にかかわらず、長い目で見ていけばプラスの効果が出てくるのではないかと想定されます。

当社ならではの浸透した理由

推測となりますが、兼業制度が徐々に浸透してきている理由については、大きく3点あると考えています。1つ目は社員の多様なバックグラウンドに裏打ちされた個人の自由に対する許容度の高さ、2つ目は社員がやりたいことを実現できるよう、できる限り会社も本人も負担がかからないような制約の少ない制度を導入したことがあげられます。3つ目は、日頃から行動規範・コンプライアンスの遵守、情報漏洩の防止など銀行業界で働く立場として法令遵守意識がおのずと高い点があげられます。

会社があれこれ制約を作って予防しなくとも、兼業中にやっていいことと、やってはいけないことの分別が自然と身についているため、兼業活動中に関するトラブルが起きにくいといった効果につながっています。

新しい働き方への転換

最後に、新生銀行グループにおける人材活用の考え方についてお話しします。一般的に雇用の流動化は古くから言われていることではありますが、反対に新卒一括採用や終身雇用制度が社会のなかに根強く埋め込まれていることも事実であり、しばらくは雇用のあり方についての最適解が見つからないかもしれません。そうした雇用環境では、ふだんと違う仕事も経験してみたいという気持ちが沸き上がってくることもあり、兼業制度の解禁は社員の気持ちを呼び起こすことにも効果があったようにも感じています。

そして、1つの企業に依存しないキャリアを形成することは珍しいことではなくなってきました。必要に応じて複数の会社で通用するスキル、ノウハウを蓄積すること、そして会社も業種、形態を超えて従業員の専門的なノウハウの共有がなされることにより、イノベーションの創発が加速され、本人と会社が互いに望ましい関係性が築けるのではないかと考えています。ひいては個々人がさまざまな会社、事業、プロジェクトに対して労務を提供することによって、社会全体が雇用、生活のセーフティーネットとしても機能していくようにもなると思われます。

もちろん、副業・兼業をはじめ、働き方改革の諸制度は、旧来の働き方からは大きく転換するものであり、抵抗感を持つ社員がいることも否定はしません。それは多様性のあかしであり、健全な組織の姿でもあります。誰かが特定の価値観を押しつけることではなく、各人が互いの考え方を尊重し合いながら、新しい労働環境を整えていくことが有効とも言えるのではないでしょうか。

社内外での人材の流動化

新生銀行グループの兼業制度は、多様な人材活躍を実現する施策の1つとして進めていますが、今後の課題としては、フルタイムの雇用だけではなく、副業による社外人材の受け入れを積極的に進めていくことです。例えばAI技術者やデータサイエンティストをはじめ、獲得が難しい専門スキルを持った人材を、フルタイムではなくとも副業者として新生銀行グループ側が受け入れることを目指しています。こうした人材獲得は徐々に実績が見られますが、社員が会社の外で働く副業だけではなく、外部で活躍する人材を会社で受け入れるという双方向のベクトルがそれぞれ太くなればなるほど、会社内部における人材の流動化が促進され、兼業制度が一層充実した有益な仕組みになっていくと思います。

プロフィール

天明 純一(てんみょう・じゅんいち)

株式会社新生銀行 グループ人事部 マネージャー

2013年入社。法人部門での銀行業務経験後、2019年4月よりグループ人事部に在籍し、人事戦略立案に従事。副業・兼業を始めとして、各種人事制度の制度設計を手掛け、新生銀行グループが掲げる「働き方リ・デザイン」(働き方改革 | 企業・IR | 新生銀行新しいウィンドウ)を中心となって推進。

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