報告 副業・兼業の促進について

講演者
木原 大樹
厚生労働省 労働基準局 労働条件政策課 課長補佐
フォーラム名
第118回労働政策フォーラム「副業について考える」(2022年1月21日-25日)

副業・兼業の現状

企業の半数近くが労働時間の管理・把握の困難さを懸念

本日は、厚生労働省が策定・改定した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の内容を中心にお話しします。

はじめに、労働基準法での副業・兼業の扱いを確認します。労働基準法第38条は、「労働時間は事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」としています。「事業場を異にする場合」とは、事業主を異にする場合をも含みます。そのため、本業と副業・兼業先の労働時間を通算して労働基準法を遵守する必要があります。

さて、副業・兼業の現状はどうなっているのでしょうか。シート1が示すように、副業・兼業を希望する人も、実際に副業・兼業をする人も、どちらも増加傾向にあります。

企業の状況をみると(シート2)、副業・兼業を「許可する予定はない」とする企業が75.8%で大多数を占めています。その理由としては、「過重労働となり、本業に支障をきたすため」が最多で82.7%です。また「労働時間の管理・把握が困難になる」も半数近くが理由にあげています。

副業・兼業の促進に関するガイドライン

ガイドラインを2020年9月に大幅に改定

このような状況を踏まえ、厚生労働省は2019年から労働政策審議会で議論を行い、2020年9月1日に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を大幅に改定しました。改定の目的は、副業・兼業の場合における労働時間管理・健康管理のルールを明確化することです。改定内容は主に4点です。

1点目が、労働時間の通算が必要となる場合、労働時間を通算して適用される規定を明確にしたことです。2点目は、副業・兼業先での労働時間の把握は労働者の申告等によることを示しました。3点目として、労使双方の手続上の負担を軽減し、労働基準法が遵守されやすくなる簡便な労働時間管理の方法(「管理モデル」)を提示しました。そして最後の4点目として、労使の話し合い等を通じて、副業・兼業を行う労働者の健康確保措置を実施することが適当であることを示しました。

副業・兼業はオープンイノベーションに有効

ガイドラインの目的は、安心して副業・兼業に取り組むことができるよう、副業・兼業の場合における労働時間管理や健康管理の方法について示すことです。

ガイドラインの構成は、まず、副業・兼業の現状を紹介し、次に、副業・兼業の促進の方向性を示しています。

副業・兼業に関する現状について、裁判例では、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であるとされています。また、副業・兼業の促進の方向性として、オープンイノベーションや起業の手段としても有効であり、都市部の人材を地方でも生かすという観点、及び地方創生という点にも資すると考えられます。これらを踏まえると、副業・兼業を希望する労働者には、その希望に応じて幅広く副業・兼業を行える環境を整備することが重要です。

労働者、企業の双方が納得感を持つ

ガイドラインでは、企業に求められる具体的な対応を示しています(シート3)。まず、基本的な考え方として、労働者と企業の双方が納得感を持って進めることができるよう、両者が十分にコミュニケーションをとることが必要です。使用者及び労働者はそのために4つの義務、すなわち、安全配慮義務、秘密保持義務、競業避止義務、誠実義務に留意する必要があります。

1つ目の安全配慮義務は、使用者側が労働者の安全に配慮する義務です。たとえば副業する労働者の全体としての業務量・時間が過重であることを把握しながら、何ら配慮をしないまま、労働者の健康に支障が生じたような場合には、問題になり得ます。このため、副業を行うことによって長時間労働等となり、それにより労務提供上の支障がある場合は、副業を禁止または制限することができると考えられます。

そのほかの3つは労働者側の義務です。秘密保持義務については、労働者は使用者の業務上の秘密を守る義務があるので、機密を漏洩してしまうような場合には、使用者は副業を禁止または制限できると考えられます。競業避止義務については、労働者は、一般に、在職中、使用者と競合する業務を行わない義務を負っていると解されており、使用者の正当な利益を害するような場合には、副業を禁止または制限できる場合があると考えられます。誠実義務については、労働者は使用者の名誉や信用を毀損するような行動をしないよう誠実に行動する義務があり、これに反する場合は、やはり副業を制限または禁止できる場合があると考えられます。

これらを踏まえると、企業としては、就業規則で原則として労働者は副業・兼業を行うことができると定めつつ、例外的にこれらの義務に支障がある場合には、副業・兼業を禁止または制限できるとする、といった対応が考えられます。

また、ガイドラインは、労働時間管理についても示しています。労働基準法に定められた労働時間規制が適用される労働者に該当する場合、労働時間の通算が必要となります。そのため、たとえば労働者が副業先で事業主であり、労働時間規制がそもそも適用されない場合には、労働時間の通算は不要です。一方で、通算が必要な場合は、法定労働時間や時間外労働の上限規制の規定について、労働時間を通算して適用されます。

最初に労働者からの申告で副業の有無を確認

労働者が副業・兼業を開始する場合の、手続きについてもガイドラインは触れています(シート4)。最初に、使用者は労働者からの申告等により、副業・兼業の有無・内容を確認する必要があります。確認の方法は、たとえば届出制が考えらます。

次に、具体的な労働時間の通算の方法です。これは自社の労働時間と、労働者から申告等により把握した他社の労働時間を通算することで行います。その通算の方法は、まず副業・兼業の開始前に、自社の所定労働時間と他社の所定労働時間を通算します。その通算の結果、法定労働時間を超える部分がある場合には、その部分は後から契約した会社の時間外労働となります。この所定労働時間の通算に加えて、さらに自社の所定外労働時間と他社の所定外労働時間を、所定外労働が行われる順に通算します。その結果、法定労働時間を超える部分が時間外労働となります。

シート4の図のように、たとえばA社で先に労働契約を結び、その後にB社で副業・兼業を開始した労働者がいるとします。この場合、まずA社の所定労働時間にB社の所定労働時間を足します。さらに、所定外労働時間がA社、B社という順に発生した場合には、まずA社の所定外労働時間を足し合わせて、最後にB社での所定外労働時間を足し合わせます。以上の通算の過程で法定労働時間を超える部分が時間外労働となり、自社で労働させた時間について、時間外労働の割増賃金の支払いが必要になります。

以上が原則的な労働時間の通算の方法ですが、この方法は労働時間の申告等や労働時間の通算管理において、労使双方の手続上の負荷が高くなることが考えられます。そのため、ガイドラインは「管理モデル」という簡便な労働時間管理の方法も示しています。この「管理モデル」では、まず副業・兼業の開始前に、先に労働契約を結んだA社の法定外労働時間を何時間までにするか、そして後に労働契約を結んだB社の労働時間を何時間までにするかという上限時間を、あらかじめ法律の枠内で設定します。その時間内で働く限りは、副業・兼業の開始後は他社の実労働時間を把握しなくても、労働基準法を遵守することが可能となります。

シート5の図の例では、事前にA社の所定労働時間とA社の所定外労働時間の上限を定め、先にA社の所定労働時間と所定外労働時間を足し合わせて、その後にさらに上限を既に決めているB社での労働時間を足し合わせていくこととしています。この方法をとることで、副業・兼業先での労働時間を日々把握しなくても、労働基準法の枠内で副業・兼業ができます。

なお、この「管理モデル」の導入は、副業・兼業を行おうとする労働者に対して、先に労働契約を結んだA社が「管理モデル」による労働時間管理を求めて、労働者とB社がこれに応じることで可能となります。

健康確保措置の実施対象者の選定では必ずしも時間を通算しない

ガイドラインは健康管理についても記載しています。使用者は労働安全衛生法に基づき、健康診断や各種措置を行う義務があります。ガイドラインでは、たとえば医師による面接指導の要件の判定に際しては、必ずしも労働時間を通算する必要はないことを示しています。

ただし、たとえば使用者の指示により副業・兼業を開始した場合には、原則として他社との情報交換により、それが難しい場合には、労働者からの申告により、他社の労働時間を把握して、自社の労働時間と通算した労働時間に基づき健康確保措置を実施することが適当としています。また、使用者が労働者の副業・兼業を認めている場合には、労使の話し合いを通じて副業・兼業を行う労働者の健康確保に資する措置を実施することが適当としています。

労働者は自ら業務量や進捗状況、時間や健康状態を管理する必要

以上は使用者側の対応についてですが、ガイドラインは労働者側の対応も記載しています。労働者は自社の副業・兼業に関するルールをしっかりと確認し、そのルールに照らして業務内容や就業時間等が適切な副業・兼業先を選択する必要があります。また、副業・兼業による過労で健康を害したり、業務に支障をきたすことがないよう、自ら業務量や進捗状況、時間や健康状態を管理する必要があります。

労災保険・雇用保険の改正

労災保険給付の算定では賃金を合算

ここまでがガイドラインの具体的な内容ですが、シート6のように労災保険法は、副業・兼業に対応した改正を行っています。

改正前の労災保険法は、労災認定した場合の給付額について、事業場ごとの賃金に基づき決定していました。また、労災認定に関しての業務上の負荷は、事業場ごとに判断することとしていました。改正により、複数の事業主に雇用されている労働者の場合、実際に事故が起きた事業場とは別の事業場での賃金額も合算して労災保険給付が算定されることになりました。

具体的には、シート6の図のように、たとえば就業先Aと就業先Bで副業・兼業を行っていた労働者が就業先Bで労災認定される事故に遭った場合、改正前の法律では就業先Bの賃金15万円を基に保険給付の額が算定されていましたが、改正後は、就業先Aの賃金も合算した35万円を基に保険給付が算定されます。

もう1つの改正点として、複数就業先の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定を行うこととなりました。たとえば就業先Aで週に40時間、就業先Bで週に25時間働いていた労働者がこの長時間労働を原因に労災認定がされる事故に遭った場合、改正前は就業先Aと就業先Bのどちらも時間外労働がないとして、労災認定はされませんでした。改正後は、それぞれの就業先の業務上の負荷を総合的に評価し、実質的には時間外労働を100時間以上行っていることになり、それを根拠に労災認定がなされ得ます。なおこの改正は、労働保険徴収法に規定する労災保険のメリット制には影響しません。

65歳以上で労働時間の合算による雇用保険適用を試行

同様に雇用保険法も、副業・兼業に対応した改正が行われています(シート7)。改正前は、1事業所で週所定労働時間が20時間以上の者が雇用保険の適用対象で、複数の事業所で就労する場合は、雇用保険への適用はそれぞれの事業所ごとに判断することとされていました。改正後は65歳以上の者を対象に、本人の申出を起点として2つの事業所の労働時間を合算して、週所定労働時間が20時間以上の場合に雇用保険法の適用対象とするという制度が今年1月から試行的に行われています。

具体的には、シート7の図で示しています。A事業所で週14時間、B事業所で週10時間働いている労働者の場合、改正前はそれぞれの事業所でのみ判断しており、週20時間未満として雇用保険法の対象外でした。改正後はA事業とB事業所を合算して20時間以上であるため、労働者の申出を起点として雇用保険法が適用されます。そのため、たとえばこの労働者が事業所Aを離職した場合、事業所Aで払われていた賃金額を基礎として給付がなされ、かつ被保険者ではなくなるため、以後、雇用保険料は徴収されません。

ガイドラインの周知

届出の様式例を厚労省ホームページに掲載

以上がガイドラインの内容、及び雇用保険・労災保険の改正についてです。なかなか分かりづらく、理解が難しいと思う人もいるでしょう。厚生労働省では、ガイドラインの周知を図るため、わかりやすく解説したパンフレットや、実際に労働者の方が副業・兼業を開始する場合の届出に使用できる様式例もホームページに掲載しています。ぜひ活用していただければと思います。

さらに、副業・兼業の時間管理などについて、「労働契約等解説セミナー」というオンラインセミナーを活用しての周知も行っています。副業・兼業のガイドラインの中身だけではなく、労働契約法をはじめとした労働関係法令の基礎や無期転換ルールについても説明しています。厚生労働省としては、これらを活用して、副業・兼業に関するルールを周知し、副業・兼業を希望する労働者が安心して働けるような環境を整備していきたいと考えています。

プロフィール

木原 大樹(きはら・だいき)

厚生労働省 労働基準局 労働条件政策課 課長補佐

2011年厚生労働省入省。雇用均等・児童家庭局短時間・在宅労働課、政策統括官付社会保障担当参事官室、職業安定局障害者雇用対策課、老健局総務課、厚生労働大臣政務官秘書官などを経て2021年8月から現職。また、2019年にロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で公共組織運営学の、2020年にキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で公共政策学の修士号を取得。

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