事例報告3 多様な働き方を考える──「同一労働同一賃金」ルールをめぐる実態と課題
- 講演者
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- 松崎 宏則
- 公益社団法人 全日本トラック協会 常務理事
- フォーラム名
- 第117回労働政策フォーラム「多様な働き方を考える─「同一労働同一賃金」ルールをめぐる現状と課題─」(2021年11月22日-26日)
最初にトラック業界の現状について説明します。国内貨物輸送量でみると9割をトラックが運んでいます。トラック事業所は、99.9%が中小事業者で構成されており、ほかの業界に比べて中小企業が多く、そのため営業利益率が低いことも業界の大きな特徴と言えます。
そういった状況のなかで、2018年に働き方改革関連法が成立し、トラック業界では、時間外労働の上限規制をいかに適用するかということが大きな課題になっています。一般則では、時間外労働の上限は年720時間になりましたが、トラック業界は長時間労働が常態化していることもあり、自動車運転者の業務ではトラック、バス、タクシーについては、2024年度から960時間でスタートすることになっています。
当協会のホームページを見ていただくと分かりますが、今、この時間外労働時間960時間を達成するためのアクションプランなどを作って、960時間の順守に向けてさまざまな対策をとっているところです。
トラック業界から複数の最高裁判決
最初にトラック業界は中小企業が99.9%を占めるとお話ししましたが、中小事業者のなかにおいても、同一労働同一賃金に関して最高裁の判決が複数社、出ています。事例をふまえて今後どのように対応していったらいいかということの、対策をとっているところです。まず、最高裁の判決の内容について簡単に説明したいと思います。
シート1がA社の判例です。期間の定めのある契約社員と正社員との間の待遇差に関する判例です。
無事故手当や作業手当、給食手当、通勤手当、皆勤手当など、さまざまな手当がトラック業界には根強く存在しているのですが、住宅手当を除く諸手当が全て、この判決では不合理と判断されました。その差額の支払いを会社は命じられました。
2つ目の事例は、B社の判例です(シート2)。定年退職後に再雇用された嘱託社員と正社員の待遇差に関する判決でした。こちらも手当をめぐる話で、精勤手当や超勤手当における待遇差が不合理という判決が下されています。
3つ目はC社の事例です(シート3)。これは期間の定めのある契約社員と正社員の待遇差に関する判決でした。年末年始の勤務手当、年始期間の勤務に対する祝日の手当、扶養手当、私傷病の病気休暇、夏期冬期の休暇などが全て不合理という判断を下され、会社に支給を求めたというような内容となっています。
このほかにもトラック業界での裁判例があるのですが、この代表的な3つの事例を基にして、協会として『トラック運送業のための同一労働同一賃金の手引き』を作成し、会員業者に配付しました。作成にあたり、協会のホームページにも内容を説明する動画を掲載すると同時に、2021年度は、18の都道府県の協会で20カ所、セミナーを開催し、会員事業者に対して周知活動を行いました。
協会としてトラック運送業界での考え方をまとめる
同一労働同一賃金にかかるトラック協会の考え方というものを、シート4のとおり、簡単にまとめています。
正社員と非正規社員を比較し、職務の内容や、職務内容と配置の変更の範囲、また、その他の事情等を総合して、全く違いがないのであれば、全ての待遇を同じにしなければならないというのは当たり前のことです。そこはきちっと対応しなくてはいけません。
また、少しでも正社員と非正規社員を比較して、違いがあれば、きちっと説明ができて、その相違のバランスがとれているということが大前提だと考えています。
仕事に違いがあれば待遇に違いがあっても説明できる
具体的な例をみると、シート左側の例、非正規社員と正社員の仕事の内容が全て同じという場合は、先ほど述べたとおり、賃金、賞与、退職金など全ての面で待遇を同じにしなくてはいけません。
右の例は、正社員のドライバーと非正社員のドライバーで業務が異なる場合です。正社員は、後輩への指導業務など運転以外の業務を複数こなしていたり、配置転換等の命令によって配車や倉庫の業務なども行ったりと、非正規社員とは仕事に違いがあるというケースです。こうした場合は、待遇に違いがあっても説明することができます。
非正規のドライバーは決まった仕事だけをするということ、また、配置転換もしないということも明記する必要があります。
手当もさまざまありますが、やはり、生活保障的な手当は、正社員も非正規社員も同じにしなくてはいけないということが大前提になってきますので、その点もふまえて対応しなくてはいけないと考えています。
事業者は就業規則や各種規則の整備を
正社員と非正規社員との間で仕事の内容が異なる場合には、就業規則や各種の規定で、その判断基準を明確にして、書面で残すことがとても大事です。シート5は判断基準の例になります。
例①では、正社員は運行管理の業務も兼務する一方、短時間・有期雇用労働者は運転業務のみである場合の判断がどうなるかを示しています。例②は、正社員は荷役作業があり、また、配置替えがあると明記する一方、短時間・有期雇用労働者は荷役作業も配置換えもないのであれば、職務の内容などは異なると判断されるという例になります。一方、例③の場合は、本当に業務が両者同じですから、業務も違いはなく、また管理責任も同様であると判断されるということを示しています。
倉庫業務についても、本社への配置転換の有無をきちんと明記したり、倉庫業務のなかでも転居に伴う異動の可能性があることなど、正社員と非正規社員の間の仕事の区分を明確にすることが非常に大事だと考えていますので、事業者には各種規則や就業規則をきちっと整備していただきたいと考えています。
こういうことは当たり前のことなのですが、当たり前のことをきちっと文書化して、労使で確認し、説明するという対応がとても大事になります。
すでに対応して賃金体系を統一した事業者も
すでに同一労働同一賃金に対応している事業者もいます。そうした事業者の事例を3点ほど例示しました。
A社の場合ですが(シート6)、賃金体系を変更して、正社員と嘱託・契約社員の賃金体系を統合したという内容になります。正社員の賃金体系が、基本給のほか、無事故手当、家族手当、住宅手当、通勤手当、割増賃金などさまざまな項目で構成されていたものを、非正規社員も同じように統合して、賃金体系を統一したという例です。
B社の例(シート7)は、正社員と非正規社員の間で待遇差があったことへの対応例です。非正規社員の月額の賃金が正社員の7割ぐらいの水準で、また、非正規社員は賞与や退職金の支給の対象外であったことから、正社員と非正規社員で対応を統合して、給与体系を一緒にしたという事例です。
C社の場合は、大手の総合物流会社の例になります(シート8)。大手ということもあり、北海道から九州まで支店があるのですが、賃金体系が都道府県ごとに、また、ドライバー、フォークリフト、倉庫内の作業など職務ごとに違っていました。それを統一するとともに、正社員と非正規社員の取り扱いについても同様にして、全国的に統一したという例になります。
この例でも、職務給、資格給、業務給、評価手当などを正社員と非正規社員で同等にしました。
まずは正社員と有期雇用労働者の定義を明確に
事業者の立場からすると、従業員からの損害賠償請求を回避しなければなりません。中小の事業者がほとんどですので、「まさかドライバーから訴えられるとは思っていなかった」「こういう同一労働同一賃金の仕組みがあったことを知らなかった」「正社員と非正規社員の待遇を同じにするということの意味が分からなかった」などと後悔する事業者を1社でも多く、なくさなくてはいけません。
そのためにもまず1点目は、正社員と有期雇用労働者の定義を明確にする必要があると思います(シート9)。雇用期間や職務の具体的な内容、責任の範囲、配置の変更の有無、範囲などを、就業規則や賃金規程で明確にする必要があります。
2点目は、人事考課の透明化をあげたいと思います。正社員と非正規社員の間で人事考課の方法をきちんと定めて、両者に対して明示して説明のできる状態にしておかなくてはいけません。
3点目は、先ほどから説明しているとおり、トラック業界は非常に手当が多いという実態があり、手当が今までの判決の争点になっていたということもありますので、手当もきちんと見直しをして、対応しなければなりません。最高裁の判決をふまえて、待遇差を労使でよく議論して、対応していく必要があります。
今後も同一労働同一賃金の考え方のバージョンアップに努める
まだまだ判例が少ないということもあり、「こう対応すればよい」とはまだ言えない状況です。
また、各種手当については個別のさまざまなケースがあり、ケースによって判断が分かれることもありますので、今後も引き続き、他業種の判例なども参考にしながら、同一労働同一賃金の考え方をバージョンアップさせ、会員各社に理解をしていただき、1件でも損害賠償を回避できるように、正しく理解をしてもらうために取り組んでいきたいと考えています。
プロフィール
松崎 宏則(まつざき・ひろのり)
公益社団法人 全日本トラック協会 常務理事
1980年社団法人全日本トラック協会に入職。流通企画部、業務部、労働部次長、企画部長を経て2012年役員待遇、2013年6月に常務理事に選任。現在は、働き方改革対策、労働対策、税制対策、道路対策、政治連盟等の業務を担当。