事例報告2 多様な働き方を考える──「同一労働同一賃金」ルールをめぐる実態と課題

エフコープ生活協同組合は、1983年4月に福岡県内の5つの生協が合併して設立されました。現在、組合員数は53万人です。2020年度の供給高は634億円で、経常剰余はコロナ禍という特殊な事情のなかで28億円と過去最高益となっています。

宅配事業と店舗事業が中心で、このほか福祉介護事業、学童保育、葬祭事業などを展開しており、福岡県内を事業エリアとする九州最大の生活協同組合です。

働いているスタッフの数は、フルタイムスタッフ、定時スタッフ、福祉事業の専門スタッフ、アルバイト全てを合わせて約3,000人です。

エフコープ生協労働組合は、エフコープ生協設立の半年前、1982年9月に5つの生協の労働組合が合併して結成し、アルバイトを除くフルタイムスタッフ、定時スタッフ、福祉事業専門スタッフを組織対象とするユニオンショップの労働組合です。

現在、労働組合員数は2,353人です。雇用形態別の労働組合員数はシート1のとおりです。フルタイムスタッフは男性が圧倒的に多く、定時スタッフ、福祉事業専門スタッフは女性が圧倒的に多いという構成になっています。

賃金制度は全ての雇用形態統一

エフコープの賃金制度は全ての雇用形態統一で、59歳までの賃金は、担当する職務の大きさに応じた「職務給」と能力の高さに応じた「職能給」で構成し、60歳以降は「職務給」のみとなります。

「職務給」の基礎となる職務等級への格付は、全ての雇用形態で同一基準の職務評価により決定されています(シート2)。「職能給」の基礎となる職能等級への格付は、全ての雇用形態で同一基準の人事考課により決定されています。

職能等級は1ランクから8ランクまであり、1ランクから6ランクまでは、それぞれ5つの号俸が設定され、1年ごとに1号俸上がる定期昇給が設定されていますが、各ランク5号俸になると、その後は昇格しなければ職能給は上がりません(シート3)。

一方、職務等級は「1の1」から「5の5」まで25の区分で構成され、職務ごとの職務評価の点数によって格付されるため、人事異動の職務変更により職務等級が変わり、職務給が変わることになります。

人事制度、賃金制度は全ての雇用形態で同一の枠組み、運用となっています。ただ、雇用形態間や、59歳以下と60歳以降の間には賃金格差が存在しています。

雇用形態間で異動距離、異動範囲に違い

シート4の表をご覧いただくと分かりますが、フルタイムスタッフの59歳以下と60歳以降、また、それぞれの雇用形態を比較すると、雇用形態ごとに異動距離の範囲と異動職務の範囲が設定されています。

異動距離の範囲は、フルタイムスタッフ59歳以下では、1・2ランクのスタッフは自宅から15キロ以内の事業所という地域限定になっており、3ランク以上のスタッフになると県内異動型か地域限定型を選択できるようになっています。

県内異動型のスタッフには、月に3万円の県内異動給が支給されます。フルタイムスタッフ60歳以降と福祉事業専門スタッフは地域限定型となっており、定時スタッフは決まった事業所で働く事業所限定となっています。

異動職務の範囲は、フルタイムスタッフが全職務で、福祉事業専門スタッフが福祉事業の職務に限定されており、定時スタッフは事業所内業務となっています。

フルタイム59歳以下と他のスタッフで年収格差・生涯賃金格差

月例賃金はこの間、ベースアップでフルタイムスタッフ59歳以下との格差是正を進めてきたことにより、時給換算すると他の雇用形態60歳以降の賃金が、フルタイムスタッフ59歳以下を上回っています。しかし、フルタイムスタッフ59歳以下には、夏季・冬季の賞与一時金が制度としてありますが、60歳以降と他の雇用形態にはありません。

60歳以降と他の雇用形態には年度末賞与制度はあるのですが、年間3.5カ月程度の年収格差が生じています。また、フルタイムスタッフ以外には退職金制度がないため(1年につき1万円程度の退職慰労金はある)、生涯賃金でも大きな格差が生じています。

この年収格差と生涯賃金格差について、理事会は人事異動として命じられる異動距離と異動職務を格差の根拠としていますが、労働組合は同一労働同一賃金を進めるために一貫して格差是正を求め続けています。ただ、この間、理事会も格差是正の意思を持って対応はしています。

福利厚生制度については、定時スタッフになると一部半額になるものもありますが、全ての雇用形態で同一の制度となっています(シート5)。

「エリアスタッフ」の導入で処遇格差のある職員が混在

2002年以降のフルタイムスタッフ、定時スタッフの制度改定の推移は、シート6のようになっています。この間、それぞれの人事制度の改善、統合を進め、現在に至っています。これまでの推移についてお話しします。

正規職員の賃金は、2002年までは年齢給、勤続給、職能給、住宅手当、食事手当、家族手当、役割手当で構成された年功賃金でした。

2002年に経営難から希望退職を募集し、正規職員109人が応じて退職しました。退職した分の配達を担当する職員を補うために、正規職員とは賃金、待遇が大きく異なる「エリアスタッフ」を導入したのですが、これにより、ほぼ同じ仕事をしながら、処遇格差の大きいスタッフが同じ事業所に混在することとなりました。そのために、退職者も多くなり、職場運営上の困難をもたらし、モラールの低下を招くことになりました。

パート人事制度を定時スタッフ制度にして現在の賃金体系に

正規職員の人事制度は、2003年から「経営スタッフ人事制度」として整理され、それまであった勤続給、住宅手当、食事手当を「基本給」に取り込む形で廃止し、うち「一般職」は年齢給と職能給、「上級職」は職務給と職能給という形で整理されました(シート7)。

同時に「エリアスタッフ」の制度は、「専門スタッフ人事制度」として整理されましたが、まだ賃金、福利厚生の面でも大きな格差がありました。

2005年には、それまで経営スタッフが担っていた仕事をパートタイマーが担うようになってきたことで、それまでの補助的業務というパートタイマーの位置づけの変化が処遇への不満を高め、旧パートタイマー人事制度が「定時スタッフ人事制度」として整理され、それまでの横並びの時給から「職務給」と「職能給」という現在の賃金体系に移行し、定期昇給や人事考課制度の導入による昇格などの制度導入が図られました。

制度導入にあたって、定時スタッフのなかには人事考課、「職能給」の導入で時給に差がつくことにかなりの抵抗感がありましたが、労働組合の均等待遇を進めるという強い意思のもとに合意形成が図られました。

2008年には経営スタッフと専門スタッフの人事制度を統合

2006年には定年後再雇用制度として「シニアスタッフ制度」を導入しましたが、これは60歳以前の雇用形態にかかわらず、60歳から65歳までの同一の制度として、賃金は時間給、1年ごとの有期雇用、勤務地限定というものでした。これは2016年10月からの65歳までの定年延長に伴って廃止されることになりました。

専門スタッフの経営スタッフに対する処遇格差は、さまざまな問題を生じさせてきましたが、経営スタッフからも「同じ仕事をしながら、大きな格差がある専門スタッフに対して何とかしてほしい」「改善してほしい」という声が大きくなっていき、2008年には経営スタッフと専門スタッフの人事制度を統合し、「フルタイムスタッフ人事制度」を導入しました。

家族手当も調整給を支給しながら廃止

これにより、これまでの「一般職」の年齢給を廃止し、「職務給」と「職能給」、そして県内異動給という、現在の賃金体系に整理されました。

同時に家族手当も廃止しましたが、それまで家族手当が支給されていたスタッフには、家族手当分を調整手当として残し、職務等級の格付により賃金が下がるスタッフについては、その分を調整給として残すこととしました。そのことにより少なくとも賃金が下がるスタッフを発生させることはありませんでした。

これまでの賃金制度が大きく変わることから、制度統合にあたっては経営スタッフ、専門スタッフ双方から多くの不満や不安の声も出されました。これが当時のアンケート結果です(シート8)。特に、廃止された家族手当や年齢給、今後の一時金制度などについての不安が多く出されています。

労働組合は圧倒的賛成で制度統合を受け入れ

このように不安の声も多くあったのですが、一部の雇用形態の犠牲の上に成り立っている制度は長続きしないこと、均等待遇を実現してこそその後の前進が図られること──といった労働組合員の合意を形成し、労働組合員投票で圧倒的多数の賛成により制度統合の受け入れを判断しました(シート9)。

2016年には福祉事業専門スタッフを含めて、フルタイムスタッフ、定時スタッフの評価制度、賃金フレームを統一して現在に至っています。

シート10が2009年以降の損益構造とフルタイムスタッフの年収の推移になりますが、2009年を100とすると、フルタイムスタッフは2020年には115となっており、経常剰余も10億円前後を確保することができています。

年間の賞与、一時金についても、エリアスタッフを導入した当初、2003年については、フルタイムスタッフは年間4カ月、エリアスタッフは年間2.2カ月という格差がありました。その後、格差是正を進めながら2009年の冬季一時金からは、フルタイムスタッフ、エリアスタッフ、専門スタッフとも同一の支給係数になりました。

年間で統一されたのは2010年からで、2010年には年間で2.83カ月となっています。フルタイムスタッフの一時金は、最高で4.7カ月、2003年時点でも4カ月あったのですが、その後、エリアスタッフ、専門スタッフの制度導入に伴って少し下がったものの、2020年度には年間4.5カ月まで回復してきています。

2012年には1・2ランクと専門スタッフを無期雇用に

2008年以降の制度統一後の同一労働同一賃金、格差是正の推移についてお話しします。2009年には、先ほど説明したとおり冬季一時金から、フルタイムスタッフ1・2ランク(旧専門スタッフ)と3ランク以上の一時金格差が解消されています(シート11)。

2012年には、フルタイムスタッフ1・2ランクと福祉事業専門スタッフはそれまで「有期雇用」だったのですが、「無期雇用」に転換されています。そして、2013年には続けて定時スタッフが「無期雇用」になっています。

定時スタッフ、福祉事業専門スタッフについては、以前は一時金制度があったのですが、採用力強化を図るために月例賃金のほうに取り込みました。その後、何らかの賞与制度が欲しいという要求もあり、2013年に定時スタッフ、福祉事業専門スタッフ、シニアスタッフに年度末賞与制度を実施しています。

2015年には全ての雇用形態で子育て支援手当を導入

2015年にはフルタイムスタッフ1・2ランクの退職金ポイントの改善を行うとともに、全ての雇用形態で子育て支援手当を導入しています。この手当は、人事制度統合のなかで属人的な手当を廃してきたわけですが、経営状況の改善に基づく労働組合の要求と社会的な要請に応えて、全ての雇用形態で、健康保険で扶養する20歳未満の子どもに1人当たり月額200円を支給するというものでした。

労働組合としては金額面で不満はありましたが、均等待遇を進めるうえで大きな一歩になると考え、まずは制度導入することを受け入れました。

2017年には定年を70歳に延長

2016年には、子育て支援手当が1人あたり200円から5,000円に増額されています。2016年10月からは定年を65歳に延長し、それに伴いシニアスタッフ制度が廃止になっています。

2016年以降、雇用形態間の賃金格差があることから、毎年ベースアップで賃金格差の是正を進めています。フルタイム、59歳以下のベースアップの比率に比べて、他の雇用形態、60歳以上のベースアップの比率を高くしてきたという経過があります。

65歳への定年延長の半年後、2017年4月には70歳に定年延長しています。2018年、フルタイムスタッフ1・2ランクの職務限定を解除して、全職務にしました。

2019年には、子育て支援手当の支給年齢をそれまで「20歳まで」としていたものを「22歳まで」に引き上げ、2021年からは、子育て支援手当を1人あたり1万円に増額しています。

全ての雇用形態を組織していたから思いを集めた

同一労働同一賃金、均等待遇をこれまで推進することができた要因として、全ての雇用形態を組織する単一の労働組合であったため、全ての雇用形態の労働条件の改善を、力を合わせて進めることができたということがあると思います。また、ユニオンショップによって、全ての労働組合員の声や思いを集めて進めることができた。そして何よりも、丁寧に議論を進めてきたということがあったと思います。

全ての雇用形態の労働条件の向上のためには、同一労働同一賃金、均等待遇推進が不可欠であるという確信が持てました。また、立場や意見の相違はありつつも、真摯に交渉してきた労使の信頼関係があったことなどもあげられると思います。

現在、労働組合として抱えている人事制度上の課題としては、「雇用形態間の年収格差・退職金格差の是正」「フルタイムスタッフ1・2ランクと3ランク以上の退職金格差の是正」「60歳以上の賃金水準の引き上げ」「フルタイムスタッフ60歳以上の職務拡大」「フルタイムスタッフに比べて定時スタッフの昇格者がかなり少ないことから、その是正を進めること」などがあります。

労働組合として、これからも同一労働同一賃金、均等待遇の取り組みをさらに進めていきたいと思っています。

プロフィール

伊藤 秀紀(いとう・ひでき)

エフコープ生協労働組合 中央執行委員長

1982年北九州市民生協入協。1983年福岡県内5生協が合同してエフコープ生活協同組合設立により現在に至る。エフコープ生協では、組織部企画チーフ、支所長、経営企画室総合企画担当、理事会室環境資源担当、人事部人事・教育チーフなどを担当。2012年労組中央委員、2014年中央執行委員、2015年より労組専従・中央執行委員長。この間、法令順守を徹底する取り組み、すべての雇用形態の賃金表・評価制度を統一しての格差是正、70歳定年制、11時間の勤務間インターバル制度導入などを進める。

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