研究報告2 判例から考える公正な待遇の確保に関する課題

今回は、判例から考える公正な待遇の確保に関する課題として、はじめに同一労働同一賃金とは何かについて説明します。その後、2018年の2判決、2020年の5判決のポイントと、今後、企業に求められることについて、お話しします。

同一労働同一賃金とは何か

判例の内容を法律に盛り込みルールを明確化

働き方改革のなかで、正規・非正規の格差というテーマが関心を集め、非正規労働者について公正な待遇を確保することが大きな課題と位置づけられました。そこで、2018年に働き方改革関連法が成立し、旧労働契約法20条と旧パートタイム労働法8条が、パートタイム・有期雇用労働法8条へと改正されました(以下、「旧」は省略)。

この法改正の内容はどのようなものかというと、改正前から存在していた正規・非正規の不合理な相違は許さないという趣旨のもと、判例の内容を法律に盛り込むことによってルールの明確化を実現したものと位置づけることができます。ここでは同一労働同一賃金といっても、あくまでルールは労働条件の不合理な相違(違い)を禁止するものです。そのため、何が不合理と言えるのかをみるために、裁判所の判例が重要な意味を持つことになります。同一労働同一賃金は、日本企業の賃金制度や人事制度、これらを一から変えることなく、非正規労働者の公正な待遇の確保を図るというルールと言えます。

説明がつく違いであるかどうかで不合理を判断

パートタイム・有期雇用労働法8条の不合理な相違の禁止について少し深掘りすると、まず大事なことは、ルールは実質的に連続しているということです。労働契約法20条に関する判例は、これからの実務や、パートタイム・有期雇用労働法のもとでも引き続き大事な意味を持っています。

次に、不合理な相違について、これは一言で言えば、有期労働者と無期労働者、パート労働者とフルタイム労働者について、それぞれ労働条件を比べた時に、説明がつかないような違いは許されないということです。

ここでの重要なキーワードは「説明」ですが、実はパートタイム・有期雇用労働法8条の条文には書かれていません。不合理かどうかということは、説明がつかないような違いなのかどうかをもって判断するということが、判例を分析して導かれたというわけです。

なお、条文上の具体的な判断要素は、業務の内容と責任の程度をふまえた「職務の内容」、人事異動の有無と範囲を示す「職務の内容及び配置の変更の範囲」、そして、「その他の事情」ということになっています。

差別禁止の適用が拡大

パートタイム・有期雇用労働法8条については、改正前のルールを明確化する形であって実質的な変更はありませんが、この8条以外の部分では実質的な改正もいくつかあります。 

その1つが、差別禁止の適用拡大という点です。これは業務の内容と責任の程度、人事異動の有無と範囲がフルタイム労働者と同じであるパート労働者を、差別的に扱ってはいけないとしていたパートタイム労働法9条が、パートタイム・有期雇用労働法9条に引き継がれました。パートタイム・有期雇用労働法に改正されたことで、パート労働者だけでなく、フルタイムの有期労働者(いわゆる契約社員)にも差別禁止の適用が拡大されました。

他にも、使用者の説明義務が強化された点などが、大きな変更となっています(パートタイム・有期雇用労働法14条)。

判例の動向

労働契約法20条に関する訴訟は極めて多いのですが、なかでも最高裁判所の2018年の2つの判決と2020年の5つの判決が特に重要な意味を持っています(シート1)。

2018年の2判決はハマキョウレックス事件、長澤運輸事件で、この2つの判決によって労働契約法20条の基本的な解釈枠組みが示されたと理解することができます。2020年の5判決は大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件、それから、日本郵便の3つの事件です。日本郵便の事件は、東京、大阪、佐賀で、それぞれ訴えた原告(労働者)が違うこともあり、裁判は別々に行われています。この合計5つの判決によって、多くの労働条件についての判断が示されました。

不合理性の判断の枠組みが確立

2018年の2判決については、労働契約法20条の基本的な解釈について、最高裁としての立場を示したという点に意義があります(シート2)。特に学ぶべきことは大きく3つに整理できます。

まず、労働条件の違いが不合理かどうかの判断枠組みです。不合理性の判断は労働条件ごとに行うということが、判決の具体的な内容から明らかになりました。例えば年収総額で有期労働者、無期労働者を比べるのではなく、手当や賞与といった労働条件ごとに比較して不合理かどうかを判断するという枠組みが示されたということです。

次に、(前述のように)「説明」がつくか否かが判断のポイントになるという点です。例えば、無期雇用の正社員は全国転勤があり、有期雇用の労働者には転勤がないという状態で、無期雇用の正社員にだけ住宅手当を支給するというような違いは、不合理とは言えません。なぜなら転勤があるということは、持ち家があっても転勤先で部屋を借りるといった住宅コストがかかるので、その分、手当として支給することについては説明がつくからです。他方、有期雇用と無期雇用の労働者で差をつけることに説明がつかない各種の手当については、違いは不合理ということになります。

最後に、定年後の継続雇用としての有期労働契約の場合にはどう考えるかについてです。これは定年後継続雇用であることを「その他の事情」として不合理性の判断において考慮するということが示されています。

労働条件の性質や目的をふまえて相違が不合理かを判断する

2020年の5判決については、まず、大きな判断枠組みがいずれの判決においても共通しています。それは、問題となっている労働条件の性質(趣旨)、目的をふまえて、労働契約法20条の各判断要素を考慮し、最終的に相違が不合理かどうかを判断するということです。ここで使っている性質(趣旨)と目的という言葉は、判決で使用されている言葉ですが、「目的」は主観的なもの、「性質(趣旨)」は客観的なものと整理できる点がポイントとなってきます。

そして、この判断枠組みを前提に、労働条件の性質の違いから、賞与および退職金と各種手当で、判断内容が大きく分かれています。賞与や退職金のように多様な性質(趣旨)が含まれ得る労働条件の場合には、その目的を考慮し、かつ重視するという枠組みがとられました。この背景には、さまざまな性質が含まれるような労働条件であれば、どのような制度にするか使用者側の裁量をより尊重すべきという考えがあります。一方、各種手当は、その性質が明確で客観的に確定しやすいので、ストレートにその性質(趣旨)を考慮するという枠組みがとられました。

正社員としての人材確保という目的を考慮して不合理性を否定

賞与および退職金に関しては、大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件において判断されています。最高裁は、まず、賞与や退職金の違いも労働契約法20条に照らして不合理となる可能性があることを一般論として確認しました。そのうえで、賞与や退職金の目的を重視する判断枠組みを採用しています。

賞与や退職金は、多様な性質を含むので、その性質のなかには有期労働者にも部分的に当てはまるものがあり得ます。この点からみると、賞与や退職金について有期労働者に支給しないことは、不合理とされる可能性もゼロではないと言えます。しかし、最高裁は正社員としての人材を確保する目的を合わせて考慮するという点から、最終的に不合理性を否定しました。

正社員としての人材を確保するために正社員の優遇を認めるという考え方は、「正社員人材確保論」と名づけることができます(水町勇一郎「不合理性をどう判断するか?」労働判例1228号〔2020年〕16頁等)。実務への示唆について、正社員人材確保論の観点からみると、比較される正社員の働き方がポイントです。人事異動が頻繁にあり、職能資格制度によって長期勤続で賃金が上昇していくといった典型的な正社員であることが前提となります。正社員の処遇がこうした正社員像に当てはまらないのであれば、相違が不合理とされる可能性も十分にあります。つまり、この2020年の判決は、単に非正社員に賞与や退職金は不要と述べたわけではないということになります。

有期労働者の勤続期間が判断のポイントになる労働条件も

各種手当に関しては、日本郵便の3つの事件で、年末年始勤務手当、祝日給、夏期冬期休暇など、多くの手当について不合理性が争われました。こういった手当の客観的な性質をみると、例えば年末年始勤務手当はまさに年末年始に勤務してくれることに対する手当と言えるわけで、有期雇用、無期雇用のいずれにも該当します。それにもかかわらず有期労働者に支給しないといった相違は不合理ということになるわけです。これは、類似の手当について検討する際にも参考となります。

それでは、家族を扶養するための扶養手当や、休職中の賃金保障についてはどうでしょうか。この点は、日本郵便の大阪事件、東京事件で争われています。扶養手当や休職中の賃金保障は、性質が家族の扶養のため、休んでいる間の賃金を保障するためといった、客観的な性質を持ちます。判決は、これらの手当や処遇の目的は、継続的な雇用の確保にあるとしました。つまり、有期労働者であっても、更新を繰り返して継続的に勤務するのであれば、この客観的な性質が当てはまるので、不支給とするのは不合理になります。有期労働者の勤続期間がポイントになってくる労働条件もあるということです。

今後、企業に求められること

透明性・納得性の確保や積極的な情報共有・説明が重要に

今後の制度の見直しにおいては、透明性・納得性の確保がポイントになります。各種の手当に関しては、その性質(趣旨)が当てはまるのであれば、非正社員と正社員の相違は違法になります。そのため、各手当の意味合いなどについて点検する作業が不可欠です。その際、労働組合や従業員の代表とともに、つまり労使で点検することによって、労働者側の納得度をより高めることができます。

また、賞与、退職金は企業側の目的が重視されやすいとは言えますが、決して聖域ではありません。例えば、正社員が正社員人材確保論の正社員像に当てはまるかといった点検が不可欠となってくると考えられます。

そして、パートタイム・有期雇用労働法のもとでは、使用者の説明がますます重要な意味を持ってきます。労働条件がなぜ違うのかという理由を説明することは、もちろんパートタイム・有期雇用労働法上の義務を果たすという観点でも重要ですが、むしろ、積極的な情報共有、説明によって非正社員の納得度を高めることによって、紛争の防止や意欲の向上につながると言えます(シート3)。

こうした点を意識して、不合理な相違を是正し、非正規労働者の公正な待遇を確保することで、従来以上に非正規労働者の意欲・能力を引き出すことができ、企業における生産性の向上が期待できます。待遇の向上は個々の労働者にとってプラスになるだけでなく、消費の増加で経済全体の向上も望めるでしょう。今回の判例なども参考にしながら、各企業には一層の取り組みが期待されると考えられます。

プロフィール

原 昌登(はら・まさと)

成蹊大学 法学部 教授

1999年東北大学法学部卒業、同年、東北大学法学部助手。2004年成蹊大学法学部専任講師。同助教授(准教授)を経て、2013年4月から現職。中央労働委員会地方調整委員、労働政策審議会職業安定分科会労働力需給制度部会委員、司法試験考査委員等を務める。著書に『コンパクト労働法〔第2版〕』(新世社、2020年)、共著書に『事例演習労働法〔第3版補訂版〕』(有斐閣、2019年)、『実践・新しい雇用社会と法』(有斐閣、2019年)等がある。

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