基調講演 「同一労働同一賃金」ルールについて

講演者
牧野 利香
厚生労働省 雇用環境・均等局 有期・短時間労働課長
フォーラム名
第117回労働政策フォーラム「多様な働き方を考える─「同一労働同一賃金」ルールをめぐる現状と課題─」(2021年11月22日-26日)

はじめに、「同一労働同一賃金」ルールについて、背景にある非正規雇用労働者の待遇の現状や、ルールの具体的な内容を説明します。そのあと、同一労働同一賃金の取り組みの支援についてお話しし、最後に、同一労働同一賃金ルールが施行された2020年4月以降の状況について、新型コロナウイルスの状況もふまえながら説明します。

同一労働同一賃金ルール策定の背景とポイント

正社員との待遇差が続く非正規雇用労働者

シート1は、正社員と非正規雇用労働者の待遇の状況を示していますが、これをみると、正社員と非正規雇用労働者の間には大きな差が出ています。フルタイムの一般労働者(正社員・正職員)の平均賃金は59歳まで上がり続けているのに対し、一般労働者(正社員・正職員以外)、いわゆる非正規雇用労働者の平均賃金は、年齢が上がってもほとんど変わりません。

また、手当や休暇などの待遇についてみると、パートタイム労働者と正社員との間では、いずれもパートタイム労働者の実施率が低くなっています。通勤手当は正社員との差は小さいですが、家族手当、賞与、退職金などでは大きな差がみられます。

さらに、教育訓練の実施状況をみると、計画的なOJT、OFF-JTのいずれも、正社員と正社員以外では倍ほどの違いがあります。このように非正規雇用労働者は正社員と比べて賃金が低い、能力開発の機会が乏しい、福利厚生等が不十分といった問題があり、長年解消されていません。こうした正規、非正規雇用労働者間の待遇差は、非正規雇用を選択しやすい女性や若者、高齢者の活躍を阻害するとともに、世界的にみても大きな男女間賃金格差の一因として指摘されています。

同一企業内における正社員と非正規雇用労働者との間の均衡のとれた待遇の実現を図る

こうした現状に対し、パートタイム・有期雇用労働法に定められた同一労働同一賃金ルールは、同一企業内における正社員と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差を禁止することにより、均衡のとれた待遇の実現を目指しています。

同一労働同一賃金ルールについては、主に3つのポイントがあります。1つ目は、私法上の効力を有する規定であるということです。待遇差が不合理であり、法違反と認められた場合、その待遇差は無効となり、民法上の不法行為として損害賠償の対象となります。したがって、このルールに違反しているか否かは、最終的には個別の事案ごとに司法で判断されることになります。不合理な待遇の禁止についての判決は、パートタイム・有期雇用労働法8条に関する事例としてはまだ少ないですが、その前身となる労働契約法20条の事例では、最高裁判決が7件出ています。

2つ目は、必ずしも同一労働でなくても適用されるということです。正社員と非正規雇用労働者との間の職務内容等に違いがあれば、その違いに応じた待遇差と言えなければ不合理となります。

3つ目は、職務内容等が同一で、正社員と同視できる非正規雇用労働者に対しては、差別的取扱いを禁止する均等待遇規定があります。ただし、これは対象となる労働者が実際にはかなり少ないので、一般的な同一労働同一賃金となると、均衡待遇規定を中心に均等待遇も含むというイメージになります。

なお、同一労働同一賃金ルールが整備された経緯をお話しすると、雇用形態に関わらない公正な待遇を確保するため、2018年に成立した働き方改革関連法により、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の3つの法律が一体的に改正されました。これによりパートタイム労働者と有期雇用労働者の間で統一的な同一労働同一賃金ルールが、パートタイム・有期雇用労働法に規定されました。なお、派遣労働者については、派遣先事業所の労働者との間での同一労働同一賃金ルールが労働者派遣法に規定されました。

パートタイム・有期雇用労働法の内容

パートタイム・有期雇用労働法は、同一企業内の正社員と非正規雇用労働者との間での不合理な待遇差をなくし、どのような雇用形態を選択しても待遇に納得して働き続けられるようにすることで、多様で柔軟な働き方を選択できるようにすることを目的としています。

改正のポイントは、主に3つです。1つ目は不合理な待遇差の禁止、2つ目は労働者に対する待遇に関する説明義務の強化、3つ目は裁判外紛争解決手続(行政ADR)の整備です。この改正法は2020年4月から大企業、2021年4月からは中小企業にも適用されています。

均衡待遇は3つの要素を考慮して不合理か否かを判断

まず、1つ目の不合理な待遇差の禁止については、裁判時の判断基準となるよう、均衡・均等待遇の法律の規定が以前より明確化されたうえ、パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者に対して統一的に整備されました(シート2)。均衡待遇においては待遇差が不合理であるかを判断する場合に、正社員と非正規雇用労働者の①職務内容の違い、②職務内容・配置の変更範囲の違い、③その他の事情──の3つの要素を考慮することとされています。また、均等待遇に関しては、①職務内容と②職務内容・配置の変更範囲が、正社員と非正規雇用労働者で同じ場合は、差別的取扱いを禁止することとなっています。さらに、基本給、賞与、手当といった待遇ごとに不合理な待遇差かどうか判断することを明確化し、ガイドラインの策定などを行っています。

均衡待遇における不合理性の判断において考慮される3つの要素をさらに詳しくみると(シート3)、①職務内容は、業務の内容だけでなく、当該業務に伴う責任の程度もみることとされています。労働者の就業の実態を表す要素のうち、最も重要なものです。②職務内容・配置の変更範囲は、転勤、昇進といった人事異動や役割の変化等の有無や範囲を指しています。③その他の事情は、職務の成果や能力、経験、合理的な労使慣行、労使交渉の経緯などが主に想定されますが、実際の裁判例では多岐にわたる事情が勘案されています。

また、策定された同一労働同一賃金ガイドラインでは、正社員と非正規雇用労働者との間で待遇差が存在する場合に、どのような待遇差が不合理なものとされるのか等について、原則となる考え方と具体例を示しています。

なお、法施行後は、均衡待遇を図る場合に正社員の待遇を労使の合意なく引き下げることは望ましくないということを説明する機会も多くなっています。労働者の待遇引き下げについては、労働契約法に就業規則の不利益変更法理が規定されているので、こうした規定の遵守が徹底されるよう注意喚起を図っているところです。

事業主による説明が求められる

2つ目の労働者に対する説明義務の強化については、まず、事業主が労働者に対して説明しなければならない内容がパートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者で統一的に整備されました(シート4)。特に、パートタイム・有期雇用労働者から求めがあった場合、事業主は正社員との待遇差の内容や理由等に関して説明することが新たに義務づけられました。一般的に非正規雇用労働者は、正社員の待遇を詳しく知ることができず、そもそも不合理な待遇差があるかどうか分からない状況にあるので、事業主との情報格差を埋めて均衡待遇を実効あるものにするためにも重要な規定となっています。また、事業主にも説明が求められることによって、正社員との待遇差について考える契機となり、労使間の対話が進む効果が期待されます。

行政による助言・指導等の規定もパート・有期・派遣で統一的に整備

3つ目の裁判外紛争解決手続の整備等については、行政による助言・指導等や裁判外紛争解決手続の規定をパートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者で統一的に整備しました(シート5)。このうち裁判外紛争解決手続として整備された紛争解決援助や調停といった制度は、労働者、事業主双方から利用を申し立てることができ、裁判よりも簡易かつ迅速に、労使間の紛争を解決する手段として活用できます。企業名や内容については非公表です。法施行初年度となった2020年度は、適用対象がまだ大企業のみでしたが、均衡・均等待遇規定についての紛争解決援助は26件、調停は13件の申請がありました。

「同一労働同一賃金」の取り組みの支援とルール施行後の状況

働き方改革推進支援センターでセミナーの開催や事業主の個別相談を実施

同一労働同一賃金ルールの定着に向けた企業向け支援としては、働き方改革推進支援センターによる相談支援を実施しています。働き方改革推進支援センターは、働き方改革に関する相談、支援のためのワンストップサービス拠点として民間団体に委託し、47都道府県に設置しています。ここで、働き方改革関連法の改正内容や助成金活用に関するセミナーの開催や事業主の個別相談などを通じて、事業主の働き方改革の取り組みを支援しています。また、企業に訪問して労務管理の見直し等に関するコンサルティングを実施したり、商工団体等で出張相談も実施しています。2020年度は、同一労働同一賃金も含め、センター全体で累計約6万7,000件の相談を受けました。

同センターから、同一労働同一賃金の取り組みについて支援を受けた事例を2つ紹介します。1つ目は岩手県盛岡市の株式会社岩手自動車学校で、定年後再雇用者の待遇や職務分析・職務評価を実施できていないことについて相談を受けました。そこで、センターの専門家から職務分析・職務評価ツールの活用による賃金制度の見直し、変形労働時間制による休業日の増加、各種手当の見直しなどのアドバイスを行い、定年後再雇用者への賞与の支給や家族手当などの各種手当の見直し等につながりました。社長からは「待遇の改善が定年後再雇用者のモチベーションアップにつながり、若手育成の役割を担ってもらうことができた」との声をいただきました。

2つ目は、長野県飯田市でお菓子の製造販売等を行う株式会社戸田屋です。自社の規定等に問題がないかを含め、どのように整理して法律に対応していくべきかわからないなどといった相談を受けました。この会社では、正社員、準社員、パートタイム社員、嘱託といった多様な雇用形態がありました。そこで、センターの専門家からは雇用形態ごとに勤務形態、賃金形態、手当等を整理し、待遇の目的や意味合いに合った仕組みとなっているか検討するようアドバイスを行い、それぞれの待遇について根拠を説明できる体制を整えました。この事例に言えることですが、仮に大きな処遇改善がなくても、会社内にある待遇差を合理的に説明できるようにすることで、労働者の納得感が高まり、安心して働き続けられるようになることが期待されます。

パートタイム労働者の特別給与は前年より大きく増加

同一労働同一賃金ルールが施行された2020年4月は、残念ながら新型コロナウイルスが国内で急拡大した時期と重なり、コロナ前の2019年と比べると、非正規雇用労働者の大幅な減少が続いています。その一方で、正社員については、感染拡大期も含めて増加傾向が続いています。特に女性では、もともと正社員ニーズが高かった医療、福祉だけでなく、製造業、情報通信業、卸売・小売業、教育・学習支援業などで増加傾向がみられました。幅広い分野で正社員として活躍できる人が増えていることについては、同一労働同一賃金の推進の観点からは、ある意味、本来望ましい傾向と言えるのではないかと思います。

また、シート6で所定内給与の対前年増減率をみると、月額ベースでは、一般労働者、パートタイム労働者ともに2020年は対前年減少となっています。これはコロナ禍で休業が増えたことが影響しているものと考えられます。なお、パートタイム労働者の時間額ベースでは、2019年より2020年の増加率が大きくなっていますが、これは休業により労働時間がゼロの月にも休業手当等の収入がある労働者が増えた影響と考えられます。

他方、賞与や一時金などの特別給与の対前年増減率をみると、パートタイム労働者は、2020年は対前年2割増と大きく増加しています。これはパートタイム労働者については同一労働同一賃金の施行により、賞与を支給する事業所が増えたことが影響していると考えられます。

企業活動の活性化にもメリットをもたらす

同一労働同一賃金ルールは、政権が重視する分配戦略の1つとして位置づけられています。2021年11月8日に出された新しい資本主義実現会議の緊急提言においては、男女間の賃金格差の解消と非正規雇用労働者等への分配強化の観点から、正規雇用と非正規雇用の同一労働同一賃金の徹底が提言されています。

また、同一労働同一賃金ルールは労働者への分配強化だけではなく、活用の仕方によっては労働者の納得感や意欲向上を通じて、企業活動の活性化にもメリットをもたらすと考えています。新型コロナウイルスによる厳しい状況が続くなかでも、同一労働同一賃金の取り組みがさらに広がるよう、今後とも周知、支援に取り組んでいきたいと考えています。

プロフィール

牧野 利香(まきの・りか)

厚生労働省 雇用環境・均等局 有期・短時間労働課長

1994年労働省入省(職業安定局高齢・障害者対策部企画課)。2004年茨城労働局総務部長、2017年厚生労働省政策統括官付政策評価官、2018年内閣府政策統括官付参事官などを経て2020年8月から現職。

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