研究報告2 コロナ禍のジェンダー格差

講演者
白波瀬 佐和子
東京大学大学院 人文社会系研究科 教授
フォーラム名
第115回労働政策フォーラム「新型コロナによる女性雇用・生活への影響と支援のあり方」(2021年6月25日-29日)

日本国内での新型コロナウイルス感染症(以降、コロナ)の感染者数は現在78万人以上となり、死亡者も1万4,000人を超えました。累積数は上昇していますが、その中身については、社会経済的な状況や、あるいは性別、年齢などで影響に違いが出ています。その1つとして、今回はコロナ禍でのジェンダー格差についてお話しします。

コロナ感染症拡大による女性への影響

コロナ禍の女性への影響に対する早急な対策の必要性

コロナ感染の拡大にあたってジェンダー格差が深刻化しているという状況は、国際的に共通しています。コロナ禍におけるさまざまな負の効果が、男性よりも女性に深刻な影響を及ぼしており、何らかの手立てを講じない限り、社会あるいは世界中のジェンダー格差は悪化することになりかねません。

2020年4月に国連事務総長から発表された、コロナ感染拡大の女性への影響についての報告書には、3つの重点的な柱が示されています。1つ目は、コロナ感染への対応を検討、企画、決定する際に、男性と同様に女性メンバーを同等にかつ積極的に参画させること。2つ目は、有償労働と無償労働の両方を含むケア経済を積極的に位置づけ、コロナ禍後の男女平等の達成を促進させること。そして最後に、コロナ感染拡大の社会経済的な効果の検討・評価にあたって、女性と少女に対する配慮を組み込んでいくことです。

また、コロナ禍で対応すべき緊急性の高い項目に、①女性の経済的安定に向けた経済効果②職業のジェンダー分断も含めた女性の健康問題③性別役割分業などによる無償のケア労働④家庭内暴力を含めたジェンダーに関連する暴力⑤人権保障のための人道的な環境整備──の5つポイントを指摘しており、早急な対策の必要性を訴えています。

女性の就業者数の低下や家事・育児負担の偏り

日本でコロナ禍に何が起こったかをまとめると、まずコロナ拡大の初期段階にあたる2020年4月~5月では、女性の就業者数が男性に比べて大きく低下しました。特に女性の労働者が多い飲食業や生活・娯楽業における就業者の減少が大きく、女性に大きな経済的な負の効果が及んでいることが読み取れます。また、医療現場における女性のワーク・ライフ・バランスの確保が難しくなり、保育、教育、サービス、医療といった分野で仕事への満足度が大きく低下しているとの調査結果もあります。

また、今回のコロナ禍で在宅勤務も増加しているなか、家庭内の家事・育児の負担が依然として、大きく女性に偏っています。なかには家事・育児に積極的に関わるようになる男性もいるので、一概には言えませんが、全体的な傾向として改善はあまりみられません。3密を避ける関係から家庭が孤立して逃げ場がないという状況にもなり、家庭内暴力の相談件数もけっして下がっていません。

自殺者数は、2020年6月~7月にかけて大きく増加しています。全体数は男性のほうが多いですが、前年同月比をみると、女性自殺者の増加の程度が非常に高くなっています。それも、ひとり暮らしというより、誰かと一緒に暮らしている女性や高校生などの若い女性の自殺が増加しています。これは深刻です。あらゆる手立てを先んじて打つ必要があります。

日本社会に根強く残るジェンダー格差

高学歴化が進むも大学での理系分野の女性割合は低い

コロナ禍が女性に大きな負の影響を及ぼしている背景には、日本に根強く存在しているジェンダー格差があります。現在の人口構造では、若い世代の男女比率は半々ですが、高齢期になると女性のほうが長寿なため、女性比率が高まっています。超長寿社会では女性の問題を避けては通れず、女性のひとり暮らしの増加や経済的困難の問題も出てきます。

少子高齢化と同時に進んでいるのが高学歴化です。1970年代初めには男女ともに高校進学率が9割になり、大学進学率も最近では男女差が縮小しています。しかし、大学の学部専攻別の女性比率をみると(シート1)、理学、工学などのいわゆる理系分野の女性の割合は低く、看護、教育や人文学では女性が過半数を占めています。日本の労働市場は大学の専攻と直接的に連動しているわけではないのですが、何を専攻するか、特に理系を選ぶか否かは、その後のキャリア形成に少なからず影響を及ぼします。シート1の右のグラフでも、日本は男女の就業率の差が、ほかの国に比べて大きいことが確認できます。

意思決定を行う地位の女性割合も低い状況に

シート2の左のグラフは、年齢階層別に女性の労働参加率の変化を時系列でみたものです。20~40歳未満に表れているカーブは、70年代終わりと比べて現在はみられなくなってきています。しかし、この結果が継続的にキャリアを積み上げる女性が多くなったことの表れかというと、必ずしもそうではありません。中高年の多くがパートタイマーで働いており、仮に正社員として働き続けていても、男性とは異なるキャリアトラックを歩んでいる女性もまだ多くいます。

また、右側のグラフはジェンダー間の賃金格差の国際比較を示したものですが、OECD加盟国のなかで、日本は韓国に次いで2番目に賃金格差が大きい。世界経済フォーラムが毎年公表しているジェンダーギャップ指数でも日本は156カ国中120位と低く、その要因の1つとして、特に、経済、政治において、国会議員や部長以上の意思決定を行う地位にある女性の割合が、国際的にも日本は極めて低いことがあります。ものごとを決める時にいろいろな属性や背景を持った者が加わることは、決定の内容に反映され充実させることにつながります。しかし現実は、そこに至る女性のキャリアパスが全く想定されていない雇用慣行があります。女性が管理職に合わない、管理職を希望しないといった意見もありますが、管理職になることはキャリアを積み上げたうえでの1つの結果であり、それ自体を特別なこととすることにデメリットがあります。日本におけるこれほど少ない女性経営者数は、結果として、管理職女性を特別な事例にとどめることになり、そこに問題があるのです。

家事・育児・介護時間の長さは男女差が顕著に

ジェンダー格差の状況は、就労分野や形態にも表れています。シート3は、産業全体を100にした場合の各産業の分布と女性の占める割合をみたものですが、医療や小売業では6、7割を女性の働き手が占めています。そして、この分野にコロナ禍による影響が直撃しています。

また、男女では家事・育児・介護などの家庭時間にも大きな差があります。シート4の左のグラフでは、女性を100にした場合の男性の年齢階層別の家事・育児・介護時間を示しています。時系列的には男性の参加程度は改善されていますが、やはり40代、50代のところで、女性に比べた貢献度は時間の長さからみても極めて限定的です。

そして、右のグラフにある、男性を100とした場合の女性の年齢階層別の労働時間をみると、30代以降の労働時間は約5割に減少し、30代~65歳以上の各年代でみても大きな変化が40年もの間ありません。ここには正社員のみならず非正規社員も含まれていますが、無償労働時間は女性への負担が非常に大きく、有償労働時間が5割程度の状況から脱し切れていないことが確認されます。

コロナ禍への感じ方について男女比較してみると、女性は男性に比べて不安を感じる傾向にあります。60歳以上の高齢男女を対象に、2020年2月と5月の間の気持ちの変化を質問すると、高齢層になるほど不安を感じており、女性の割合が男性より高く出ています(シート5)。女性が不安に対して敏感だという知見もありますが、そもそもコロナ禍以前に、家事・育児など生活に関わる時間的な長さが男女で異なるので、その実態が変化への認識の違いとして表れたのではないかと思います。ですから、女性は男性に比べて不安に対して敏感なのかどうかはさらなる検討が求められます。

コロナ禍での対応策

リスクコミュニケーションやリモート活用を

この根強いジェンダー格差を踏まえて、コロナ禍ではどのような対応をしていくべきなのでしょうか。まず、感染リスクが避けられない厳しい職場で働くエッセンシャルワーカーの方々について、当事者としての彼女たちの声をしっかり聞いて、共に考える・働くといったリスクコミュニケーションを考えていくことが必要です。この点は、先の研究会メンバーの1人であった東京大学の武藤香織先生がご指摘されているところです。また、ひとり親として子どもを育てている場合、保育園等の休園や休校による影響は大きく、仕事や生活にも影響してきます。そこで、休園や休校を含め、子育て支援への一律的でない対応が求められます。

一方、コロナ禍によってリモートでの働き方が後押しされました。在宅勤務はワーク・ライフ・バランスの観点から今後積極的に検討し位置付けることになると思いますが、リモートにすればいいということではありません。リモートならではの柔軟性や自由度の高さを活かして男女間格差を縮小することができれば、実質的な働き方の男女平等にもつながっていくと思います。

多様な評価軸で積極的に意思決定できる状況を

コロナ禍の被害は、社会的に不利な立場にある者に大きく集中しています。早急な対策をいま講じなければ、ひいてはポストコロナを生き残れなくなってしまいます。これは女性に限らない話になりますが、多様な評価軸を持って多様な構成員が積極的に意思決定に参画できる状況を社会に根づかせる必要があると思います。コロナ禍の先が見えない状況では、リスクに対しての臨機応変な対応や柔軟な決断が求められます。これからの時代を担うリーダーは、さまざまな判断を柔軟かつ迅速に、過去にとらわれない形で行うことがますます期待されています。

コロナ禍は、皮肉にも、長きにわたって日本が抱え込んできたジェンダー格差を考えるよい機会となりました。新たな産業転換、デジタル革命のなかで、積極的に女性の力を取り込み、女性たちがリーダーシップを発揮できる継続的なサポート体制や、それに対する正当な評価が実行される環境の整備が急務だと思います。

プロフィール

白波瀬 佐和子(しらはせ・さわこ)

東京大学大学院 人文社会系研究科 教授

2020年7月開設の現代日本研究センター(TCJS)のセンター長も務める。オックスフォード大学DPhil(社会学博士)。専門領域は、社会階層論、人口社会学、社会保障論。最近の論文と書籍は、"Social Stratification Theory and Population Aging Reconsidered" (2021, Japan Journal of Social Sciences) と 『東大塾・これからの日本の人口と社会』(2019年、編著、東京大学出版会)。

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