事例報告2 新型コロナと働き方の変化──就業意識の変化と在宅勤務の動向に注目して

労使協議開始から3カ月で導入

私からは制度の概要だけではなく、当社の人材に関する考え方や制度実現に向けた社内アンケート結果なども交えて説明していきたいと思います。当社では、基本理念として、人=財(たから)と捉え、「人間尊重」の精神を基本に事業活動を行っています。それを端的に表したのが「人ざい」の考え方で、当社では「ざい」は財産の「財」を使用します。「企業は人なり」との信念を持ち、多様な人財がそれぞれの力を十分に発揮し、会社の競争力を生み出すために、働きがいのある職場、環境づくりを行うことで、従業員一人ひとりの内発的モチベーションの向上などにつなげていきたいと考えています。また、働き方改革を経営課題の一つに位置づけており、従業員一人ひとりの働きがい向上を推進していくうえで「新たな勤務制度」がポイントになると考えて、労使協議開始から3カ月で制度導入に至ったことは、会社としての緊急性や重要性の認識の表れであったのかもしれません。

新たな勤務体制導入の背景

一人ひとりの自律で解決することが重要と考えた

「新たな勤務制度」を導入したことの背景については、やはり世間動向が大きなインパクトとなりました。シート1にあるとおり、社会がリアルからデジタルに移行し、デジタル・トランスフォーメーションが加速しつつあるなかで、まず、働き方や働きがいはどのように変化していくのだろうかとの課題感がありました。

一方で、2019年4月に働き方改革関連法が施行され、働く人たちが置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、一人ひとりがよりよい将来の展望を持てるようにすることを目指すとの政府の方針に対し、会社として何をするべきなのか、さらに、働いた時間とアウトプットが一致しなくなっている現状にどのように対応するべきか、そして極めつけは、新型コロナウイルスの拡大に伴い、従業員と家族の健康および安全の確保と事業継続の両立をどのように図るべきか、といった様々な課題があるなかで、その解決には一人ひとりの自律が重要と考えました。

当初はオリ・パラを見据えトライアルを開始

当初は東京オリンピック・パラリンピックを見据え、政府や東京都の推奨する「テレワーク・デイズ」に合わせ、どのような在宅勤務制度とするべきか検証しようということで、2回のテレワークトライアルを実施し(2019年7~8月および11~12月)、その都度アンケートをすることで課題などを把握しました。

その後、新型コロナの感染拡大を受け、2020年4月に就業規則を改定し、それまでは障害や疾病、育児や介護に適用していた在宅勤務制度の対象に「感染症拡大」のおそれを追加しました。4月7日の政府の緊急事態宣言の発令に伴い制度を適用し、原則として在宅勤務とすることを決定しました(シート2)。

緊急事態宣言解除後の6月から、テレワークの制度化に向けた最終トライアルを実施するとともに、緊急事態宣言下での在宅勤務に関する従業員へのアンケートなども参考にして、7月から労使交渉を開始しました。10月1日に新たな働き方の制度であるリモートワーク制度を導入し、運用を開始しました。導入後のリモートワーク率は4割~7割程度で推移していましたが、2021年1月の10都府県への再発令を受け、当該の事業所は原則在宅勤務制度に切り替え、現在に至っています。

アンケートによると在宅勤務での生産性はトライアル時より低下

トライアルを行った際のアンケートの結果を説明したいと思います。3回目のアンケートは、緊急事態宣言発令期間中の2020年4月~5月に実施しました。これまでのトライアルとは異なり、どの部門も突然、原則フル在宅勤務となったため、出社時に可能であった業務が全くできなくなったことや、出勤者のサポートが全くなくなったことが、従来とは大きく異なりました。

全体傾向として、2019年に実施したテレワークのトライアル時と異なり、生産性が向上したとの回答割合はどの部門も3割~4割とトライアル時より2割ほど低い結果となり、やはり突然のフル在宅の影響が表れました(シート3)。

部門別に結果をみると、企画販促部門で生産性向上が見られた反面、技術開発部門では生産性が低下するとの回答が多い結果となりました。技術開発部門は現場や研究所の装置などを用いて実験やテストなどを行う業務がメインで、在宅ではできない業務が多いことがその要因と考えられます。

勤務体制別では、スマートワーク勤務者(いわゆるフレックス勤務者。シート上ではSWと表示)と、スマートワークでかつ育児などでの時短勤務者、また、通常勤務者と、通常勤務で時短勤務者を比較すると、ともに時短勤務者の方が、生産性向上率が高い結果となりました。フリーコメントなども踏まえると、育児と仕事の両立の面から在宅勤務は有効な施策の一つであることが分かりました。

部下とのコミュニケーションについて3割の管理職が支障を来したと回答

部下とのコミュニケーションへの影響では(シート4)、6割以上の管理職が支障はなかったと回答する一方で、3割以上の管理職は支障を来したと回答しています。これは部門による差異もありますが、管理職の掌握人数やマネジメントスタイル、さらに言うと、ITツールを管理職が使いこなせるか否かによるところが大きかったのではないかと思っています。

部下とのコミュニケーションで役立ったツールとしては、Google MeetやGoogleハングアウト、Zoomなどが挙げられており、これらのツールを適切に使いこなせれば、コミュニケーションも円滑となり、在宅時のマネジメント、コミュニケーション低下への影響が軽減できることが分かりました。

また、部下のマネジメントで難しかった点では、①業務の進捗管理②成果の把握③労働時間の管理──の順で高い回答割合となりましたが、出社時と同様のマネジメントスタイルのままでは対応できないことが分かりました。

評価に関しては、70%近い管理職が、在宅勤務時における評価に難しさを感じているとの結果となりました。通常出勤時には目の前で勤務態度や進捗確認ができることが管理職の安心感につながっていたかと思います。しかし、極論を言うと、たとえ出勤しパソコンの前に座っていたとしても、本当に管理職が期待するアウトプットがあったのか、勤務態度や勤務時間でよくやっているように感じていただけなのではないか、そういう考え方も一方ではあり、今後もテレワークがさらに進んでいくと、そもそも時間で評価するのは無理があり、営業企画部門以外にも明確な目標管理制度を導入する検討が必要になると感じました。

アンケート結果を踏まえ、「本人の能力」と「与えられる業務」両方の視点から検討

シート5は、今後在宅勤務をスムーズに行ううえでの課題を挙げてもらった結果です。業務のあり方の見直しに関する課題が最も回答割合が高くなっており、次いで、ネットワーク環境などテレワークに必要なインフラ面の整備、そして3番目に、労務管理、評価面に関する課題が高くなっています。

テレワークの制度化への要望度合いをみると(シート6)、75%以上の従業員が制度化を希望しており、制度化した場合の在宅の頻度については、フル在宅も可能との回答は2割以上にのぼり、9割以上が週に1、2回以上希望していることが分かりました。フリーコメントでは、「在宅業務は業務に集中できる反面、孤独感もある」や「家族がいると、そちらの対応もせざるを得ず、在宅での両立は難しい面もある」といった、課題のコメントも散見されました。

アンケート結果や労使での議論を経て、自律的な働き方をベースに、①本人の能力②与えられる業務──の双方の視点から、等級別、部門別にふさわしい勤務制度を定義し、その勤務制度を拡充する形でニューノーマルな働き方を実現することとしました。

新たな勤務制度の具体的な内容

四つの制度導入・見直しを実施

新たな勤務制度の定義は、「ウィズコロナ、アフターコロナを見据え、時間や場所によらない自律的な働き方」としています。目的は、イノベーションと生産性の向上及び仕事と生活の両立による働きがいの向上としました。それに向け、①リモートワーク勤務制度の導入②スマートワーク勤務制度の拡充③DX人財の裁量労働制導入に向けた営業企画部門の新勤務制度の見直し④研究開発部門の新たな勤務制度の導入──の四つを行いました。

改定後は事業開発・システム開発などの部門に裁量労働制を導入

まず新たな勤務制度全体の概要を、シート7で説明します。等級別・部門別の勤務体制の新旧の比較表です。縦軸が等級、横軸が部門で、赤文字になっているところが今回改定となった箇所です。上段の表が現行の体制で、営業・企画部門の上位等級は裁量労働制となっていますが、それ以外の部門・等級は、スマートワークやタイムリーダー管理の通常勤務など、時間管理が前提となった働き方となっています。

一方、下段の表の、改定後のニューノーマルな働き方では、事業開発やシステム開発部門、研究開発や技術開発部門に裁量労働制を新たに導入するとともに、現行のスマートワーク制度を拡充して、自律的に個々人が裁量を有した、より柔軟な働き方を目指しました。

シート8は、勤務体制別リモートワーク制度の適用条件イメージです。新たな働き方の全体概要をこれで説明すると、まず、最も右側にある【在宅勤務制度】ですが、これは従来からあった制度で、自身の障害や疾病、育児や介護などで出社が困難な場合、および地震や台風による自然災害や感染症拡大のおそれがあるなど、会社が命ずる場合に活用する制度です。

感染症拡大のおそれについては、先ほども申し上げましたが、昨年3月に会社提案として急遽組合に回答したものです。緊急事態宣言が発令されると、勤務体制は製造部門を除き、原則在宅勤務制度が適用され、政府の指針などに基づき、出社制限、つまり在宅勤務を強く推奨する形となります。

通常勤務の在宅では残業は原則禁止

続いて、勤務体制とリモートワーク制度の概要です。当社の勤務体制は、今回新たに導入した制度を含め、【通常勤務】【スマートワーク勤務】【営業企画・DX部門の勤務】【研究開発部門の勤務】の四つの勤務体制があります。この全ての勤務体制でリモートワーク制度を適用しますが、それぞれの適応性に応じて適用条件が異なります。

【通常勤務】は下位等級が対象で、タイムリーダーによる時間管理を行っています。通常勤務で在宅勤務をする場合は、定時時間の勤務のみとし、原則残業は禁止しています。また、週2回、月8回を目安としています。

【スマートワーク勤務】は、中堅等級以上かつ裁量労働の適用とならない部門が対象です。今回の改定により、コアタイムを廃止し、業務の一時中断を認めることとしました。よって、在宅勤務時も同様の取り扱いとするとともに、週3回、月10日を目安としています。

図の下の二つの【営業企画・DX部門の勤務】【研究開発部門の勤務】は、それぞれの部門の上位等級がその対象で、企画業務型や専門業務型の裁量労働制を適用しています。よって、在宅勤務の場合、原則深夜残業は禁止とするものの、回数の制限は一切設けておらず、フル在宅も可能としました。

図の中央に「リモートワーク制度」とありますが、在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイル勤務の三つの勤務形態の総称です。多様な人財が能力を発揮し、仲間と連携しながら時間と場所を柔軟に活用し、自律的かつ効率的に働き、より生産性を高めることを制度の目的としています。先ほども述べましたが、業務の遂行能力、担当する業務の二つの視点で在宅勤務の生産性や適応性が異なることを踏まえ、適用条件が異なります。

シート9がリモートワーク制度の詳細な取り扱いです。ここに記載しているのは通常勤務の場合の取り扱いです。一方、裁量労働者およびスマートワーク勤務制度者については、それぞれの裁量に応じた運用となっており、例えば裁量労働勤務者については先ほども述べたように、自宅での勤務を含めて利用制限は特に設けていません。スマートワーク勤務制度では、週3回、月10日を目安とし、深夜時間帯の勤務は禁止しており、業務の一時中断については、1日1回まで認めています。

リモートワーク定着に向けた課題

リモートワークでは個人の裁量を認めざるを得ない

リモートワーク制度の定着に向けた課題について説明します。トライアルを複数回重ねて実感したことは、リモートワークは個々人に一定程度の裁量を認めざるを得ないということです。出社時と同様のあり方では無理があると感じました。社員も会社も変わるしかないというのが本音です。

であるならば、社員には自律的な協同を求め、会社は多様性を担保する必要があるのではないでしょうか。これらがあって初めて時間と場所にとらわれない働き方が実現し、リモートワークの真の目的である働きがいが向上すると思っています。

ただし、働きがいの向上には働きやすい環境の整備も不可欠で、例えばこれまで限られた時間帯に働かなければならなかったのが、フレックスや裁量労働によって自身の働きやすい時間に働くことができるようになったことで、トータルでは生産性が向上したり、柔軟に働けることや自由な時間を持てることが心理的な安全性につながっているように感じます。

リモートワークを着実に定着させる課題はいくつもあるかと思いますが、従来と同じ業務の進め方やコミュニケーション、マネジメントスタイルでは限界があると感じています。当社では、シート10に挙げた①~⑤の個別対策をすでに行っています。

今後の働き方の見直し

人財を新たな成長領域にシフトすることが不可欠

ニューノーマルに向けた働き方の今後の方向性としては、メンバーシップ型の雇用の限界や、時間で管理する勤務形態などはコロナ禍前からの課題であり、単にコロナ禍により浮き彫りになったのではないかと思っています。社会情勢はグローバル化やデジタル化が急速に進展し、社員の就労意識も多様化してきています。そのような状況下において、持続的に成長を続けるには、クライアントや社会の課題を発見し、その解決に向けて自律的に行動できる人財を育成するとともに、その人財を新たな成長領域にシフトすることが不可欠と考えています。

そのためには、自律的に自身の目指すキャリアや目標に向けて仕事などを選択するジョブを意識した働き方への移行、さらに自らの意志でやりたい業務にチャレンジできる環境の提供などが必要ではないかと思っています。

シート11は、今まさしく当社で検討している副業・兼業制度の内容に、70歳までの就業機会の確保措置も盛り込んだ人財活用のイメージ図です。副業・兼業制度は、社内、社外、セカンドキャリアの3区分とし、従業員のスキルアップやキャリア形成、モチベーションアップ、さらに自らの意志でやりたい業務にチャレンジできる環境の提供や、外部で得た情報やスキルが事業ポートフォリオの変革達成への貢献につながっており、さらに70歳までの就業機会確保が求められる一方で、一つの会社に勤めて人生を終える単線型のキャリアでなく、今まで勤めてきた会社という枠を超えて働く複線型のキャリアを考える契機、選択肢の提供といったことを今後も実現していきたいと考えています。

プロフィール

奥村 英雄(おくむら・ひでお)

凸版印刷株式会社 人事労政本部 労政部 部長

1992年凸版印刷入社後、工場の生産管理、総務を経験し、2001年に人事部へ異動。全社の組織体制や人事異動、昇格・昇進関連業務に従事した後、事業本部総務部を経て2019年4月より現職。昇給・賞与や労働条件、福利厚生などの人事諸制度の設計や労使交渉業務に加え、グループ全体の安全衛生・防火の管理業務も兼務。

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