事例報告 産学官連携で推進する地域産業活性化

小松製作所は1921年に設立し、今年でちょうど100周年を迎えます。主要商品は、建設・鉱山機械です。小型のフォークリフトから街中でよく見かける中型の油圧ショベル、さらには海外の大規模鉱山でしか見ることができない超大型のダンプトラックなどを開発・生産しています。また、産業機械も主要商品の一角を占めており、自動車のボディーやドアなどを成形する大型サーボプレスなど、自動車産業を支える加工機械の開発・生産も行っています。

従業員数は約6万3,000人(連結)で、うち7割弱が外国籍です。2020年3月時点の実績を見ると、連結の売上高は2兆4,448億円で、売上の構成は建設機械・車両がおよそ9割と大部分を占め、残りの1割が割賦販売などのリテールファイナンス事業と産業機械事業となっています。2020年度の建設機械・車両の地域別の売上高は北米が26%と比較的大きな割合となっていますが、全世界でバランスよくビジネスを展開しています。

創業者の活躍や精神が産学官連携につながる

今回は、当社が石川県、早稲田大学との産学官連携で進めているIoT・AI高度技術人材育成の取り組みについて、背景、目的、具体的な内容をお話しします。

はじめに、本取り組みの実施に大きな影響を与えている創業者・竹内明太郎について紹介します。竹内明太郎は1860年、現在の高知県宿毛市に生まれ、吉田茂元首相は彼の実弟に当たります。彼は父親の竹内綱とともに全国規模の鉱山経営に邁進し、1902年には現在の石川県小松市で遊泉寺銅山の開発に着手し、1917年には小松の前身となる小松鉄工所を開設しました。遊泉寺銅山は1920年にその役割を終え閉山となりましたが、翌年1921年には小松鉄工所を継承する形で小松製作所を創設しています。

竹内明太郎は、機械工業の発展、人材育成にも尽力し、工科大学の設立も目指していました。そんな折に早稲田大学の理工科の創設計画を聞き、多額の寄附と私費で育成した研究者全てを教員として送り込み、早稲田大学の理工科の創設に尽力したという経緯があります。これは本取り組みで、早稲田大学との連携に至った大きな理由の一つでもあります。

彼は、「工業は国を富ませる基なり、人材育成こそが工業冨国基の基本」という理念を掲げていました。また、創業の精神として心得ていたものの一つに「人材育成」があったことや、彼の「地方に受けし寄与に報いん」といった考え方が、本取り組みで石川県とタッグを組んだ背景にも引き継がれていると言えます。

IoT・AI関連技術人材の育成を課題と捉える

当社は創立100周年に向けて、竹内明太郎が創設に貢献した早稲田大学理工学術院とともに、石川・北陸地区の産業の活性化に資する活動を展開するという基本方針の下、2018年より石川県、早稲田大学との調整作業を開始しました。

ここで一番重要なポイントは、何をするべきなのか、何ができるのかということでした。石川県に足しげく通い、様々な施設、現場を見学させていただき、石川県庁の方々をはじめとする様々な方と議論を重ねました。その結果、当時の石川県は、自治体の積極的な産業政策の成果として、地元産業の発展に資するインフラ、物の整備が進んでいる一方で、今後想定される産業変革に対応できる人材、人の育成・確保は進んでいない。特に生産性の向上等の鍵となるIoT・AI関連技術人材の育成が喫緊の課題であることが分かり、早稲田大学との連携におけるざっくりとした方向性が固まりました。

「スマートエスイー」を石川・北陸地区へと展開

ちょうどその頃、当社は早稲田大学の鷲崎弘宣教授と共同研究を実施しており、非常に近い関係にありました。そして、鷲崎教授が中心となって実施されている、文部科学省事業の「スマートエスイー」プログラムが、2017年から首都圏を中心に開始されていることを知りました(シート1)。これはIoT・AI技術人材の育成を目的とする社会人教育プログラムのことで、今回の課題に沿った内容であったため、半分は駄目もとで、スマートエスイーの石川・北陸地区への展開をご相談したところ、非常に興味を持っていただき、首尾よくこの取り組みを開始できる運びとなりました。

ただ、首都圏で進めているスマートエスイーの正規修了コースは19科目の中から10科目120時間以上の履修が必要で、かつ、受講生のレベルもある程度高いレベルで揃えられています。一方で、石川・北陸地区での取り組みをこれと同等のプログラムで開始することは非常にハードルが高く、かつ受講生のレベルにもばらつきがあることが想定されていました。そのため、石川・北陸地区では、まずこのプログラムのエントリーからスタンダードレベルのエッセンシャルな部分を抽出し、かつ、機械、繊維、食品、ITといった石川・北陸地区の基幹産業の特徴を反映させたカリキュラムを構築することにしました(シート2)。

試行的実施を経て2020年9月より本格導入へ

カリキュラムをもとに、2018~2019年度までは試行的にいくつかの講座を企画・開講し、受講生からのアンケート結果に基づき改善策を検討することを繰り返しました。

そして、2020年1月には県内企業のトップや石川県の谷本知事、会長である大橋を含む総勢約40人の出席の下、総括会議を開催し、それまでの取り組みの総括とその後の方針について議論を行いました。そこで、本取り組みを継続し、石川・北陸地区の産業活性化に資する取り組みに昇華させていくことを目的に、早稲田大学、石川県、小松製作所の3者による包括連携協定を締結することの合意がなされました。

2020年9月2日には、コロナ禍の影響で当初の予定から少し遅れはしましたが、包括協定の締結式を石川県庁にて開催し、同日、スクールの運営や企画の機能を持つ運営コンソーシアムを設立(シート3)。石川県のIoT・AI・DX推進政策との連携による産業活性化を目指す取り組みとして本格的なスタートを切りました。2020年度はシート4に挙げているような四つの研修を企画・開講し、延べ149人、103社の方々に受講してもらいました。

まずは経営者層にIoT・AIの必要性を伝える

本取り組みの特徴についていくつか紹介します。一つ目は、経営者向けのセミナーを開講していることです。このセミナーは、2019年までの試行期間に開催した技術者向け研修のアンケート結果を反映して作成しています。

アンケートには、平日の日中の研修となるために各社の技術者が参加する場合には会社の許可が必要になることや、研修で得られた技能を活かす環境が社内に整っていないなどの意見が寄せられました。そのうえで、まずは経営者層にIoT・AIの必要性について理解してもらう必要があるという意見も多数いただきました。そのため、本取り組みでは、最初に経営者層の方々にIoT・AIの活用によりビジネス変革に成功した事例や、DXの推進に求められる技術とマインドについて学んでいただく機会を設定しました。その結果、県内企業の47人の経営幹部クラスの方々に受講していただくことができ、当初の試みどおりの効果があったものと考えています。

反転学習やオンラインツールを活用したチーム演習で知識・技術の理解を深める

二つ目の特徴は、オンライン教材ベースの反転学習を導入していることです。通常の研修は、授業を受けてから復習するという順番が普通ですが、本取り組みでは、教材や資料はあらかじめオンラインで用意されており、予習を前提としてカリキュラムが組まれています。この反転授業と呼ばれる研修方式は、コロナ禍で主流となりつつあるオンライン研修においても、研修効率の向上や時間短縮といった効果があると言われています。

また、技術者向け研修では、チーム演習を主体にカリキュラムを組んでいますが、Slackというオンラインチームコミュニケーションツールを活用することにより、チーム内での情報、データの共有などを含む教え合いをスムーズに行うことができる環境を整えました。

三つ目の特徴は、チーム演習による問題解決型学習、いわゆるPBL(Project Based Learning)を取り入れていることです。ここでは、参加者に5人前後のチームを組んでもらい、各チームで架空の顧客を設定し、その課題を解決するためのプロダクトをアジャイル開発の手法に基づき開発します。例えば、工場の生産性向上を図りたいと考える工場長という架空の顧客に対して、その顧客の要求分析からプロダクト開発までをたった数時間の研修のなかで効率的に経験することが可能です。要求分析にはGoogle Jamboardという電子ホワイトボード機能を持つクラウドアプリケーションを活用し、ホワイトボードに付箋を貼り付けながら行うブレーンストーミングをオンラインで行っています。

四つ目の特徴は、チーム演習成果の報告会です。技術者向け研修カリキュラムの最後に、チーム演習で設定した課題と解決方策の紹介、施策開発したプロダクトの実演を行います。発表後は講師陣、他チームメンバーからの講評、質疑応答、改善策提案などを行い、研修で得た知識・技術をより深く理解し、定着させる効果を狙っています。

受講生の8割以上から満足の声

2020年度研修を受講された延べ149人、103社の方々には、受講後にアンケートを書いてもらっています。参加者の受講の目的を見ると、大きく分けて、IoT・AIを活用した生産性向上と、IoT・AIを搭載した付加価値の高い製品の開発があることが分かりました。

また、経営者層向けセミナー、技術者向け研修ともに8割以上の受講生から満足の声をいただきました。一方、演習の時間をより増やしてほしいなど、改善要望もいくつかいただいております。可能な限り来年度のカリキュラムに反映させていく予定です。

当社は今後も資金面のサポート、研修カリキュラムの検証、見直しなどを通じて、継続的にこの取り組みに貢献していきたいと思っています。

プロフィール

高野 史好(たかの・ふみよし)

株式会社小松製作所 CTO室 技術統括部長

コマツと産業技術総合研究所(産総研)の「連携・協力に関する協定」(2014年10月1日締結)に基づき、同日、産総研からコマツに出向。その後、2016年10月に移籍し、2019年11月より現職。コマツでは一貫してオープンイノベーション推進業務に従事し、現在は、主に大学・研究機関との産学連携推進業務を担当。博士(工学)

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