事例報告 キヤノンの人材開発と社内講師養成の取り組み

講演者
小笹 剛
キヤノン株式会社人事本部人材・組織開発センター組織開発担当主席
フォーラム名
第113回労働政策フォーラム「これからの能力開発・キャリア形成を考える─人手不足と技術革新にどう対応すべきか─」(2021年2月19日-22日)

キヤノンは1937年8月10日に創業しました。2019年12月31日現在の資本金は1,747億6,200万円で、従業員数は国内・海外を合わせた連結で約18万人、単体で約2万5,000人。売上高は連結で約3兆5,900億円、単体で1兆5,300億円となっています。

当社の企業理念は、「共生」です。世界の繁栄と人類の幸福のために貢献していくことを理念として、社員一同働いています。また、この理念の下に行動指針として「三自の精神」を提示しています。「三自」とは、「自発」、「自治」、「自覚」のことで、何事にも自ら進んで積極的に行う、自分自身を管理する、自分の置かれている立場・役割・状況を認識する。こういった精神で日々行動しています。

また、事業分野は主に四つに分かれています。オフィス向けの複合機等を扱うオフィスのビジネスユニット、デジタルカメラ等を扱うイメージングシステムのビジネスユニット、X線診断装置等を扱うメディカルシステムのビジネスユニット、そして半導体露光装置等を扱う産業機器その他のビジネスユニットとなっています。

時代に合わせて教育・研修体制を整える

当社の人材開発は、未知なる領域への挑戦からスタートしました。1930年代はOJT教育を中心に行っており、その後、1950年代になると、技能研修所を設け、独自技術の検定や研修の整備を行いました。1970年代には、キヤノン研修センターを設置して自社オリジナルの研修の開発がスタートし、1980年代には事業の多角化に伴って、研修の中身の専門化・多様化を行っていきました。

1990年代に入ると、それまでの人材に対する研修に加えて、組織・風土改革にも着手し始めました。そして2000年代には、人事制度改革と、それに伴う教育体系も見直し、経営幹部の育成や、役職者になる全社員を対象とするコーチング研修など、新しい研修を導入しています。2010年代には、東日本大震災の影響を受けて、働き方改革に対応した研修の体系を作成しました。現在も、新型コロナウイルス感染症への対応を受けて、新しい研修の体系を作成しています。

講師を内製化することで社内事例の共有や柔軟な研修構築などが可能に

当社の研修の体系については、シート1でまとめています。縦軸は階層別、横軸は研修の内容を示しています。個人への支援としては、各階層で必須にしている階層別研修、個人のビジネス能力を高めるためのビジネススキル研修、生産技術・技能を高めるための技術・技能研修を実施しています。一方、組織への支援としては、キヤノン版KIとなる「CKI」(Canon Knowledge-intensive staff Innovation:日常業務の内容を「見える化」して情報共有を行い、生産性向上と組織風土の活性化を目指す活動)や管理職支援などを用意しています。

当社の研修の特徴の一つは、約8割を社内の講師で内製化していることです。内製化には、大きく三つの利点があります。一つ目は、社内事例を共有できることです。講師は実際に自分が業務で経験したことを伝えていくので、受講生の納得度は高まります。また、講師同士も事例を共有することで、知見がどんどん蓄積されていきます。

二つ目は、実施回数を柔軟に対応できることです。働き方改革に取り組む際には、特に会議の見直しが注目され、会議ファシリテーション研修がそれまでの5倍に増えました。また昨年から今年にかけては、新型コロナウイルス感染症への対応でリモートワークが増えたことにより、社内コミュニケーションが改めて注目されたため、今ではコーチング研修の人気が高まっています。こうしたニーズにも柔軟に対応できますし、自社の施設を使用して社内講師で研修を行うことができるため、コスト削減もできます。

三つ目は、講師が受講生のメンターになれることです。当社の研修は一度で終わりではなくて、講師も受講者も同じ会社の社員なので、研修終了後もつながることができます。講師は継続的に受講者をフォローアップできますし、その受講者のなかから次に講師ができそうな人を見つけて講師候補として選ぶこともできます。講師内製化の仕組みは、社内講師の仕組みを支える基盤の一つになっています。

レクチャーや模擬研修を経て合格した社員が講師に

社内講師は、誰にでもできるかというと、実はそんなことはありません。実際に教える内容に関する専門知識、そして、それを受講生に効果的に伝えるためのスキル、伝え方が重要です。社内講師を養成するうえでは、そういった面の指導も意識しています。

シート2では、社内講師養成の全体像について、講師を目指す人とすでに講師としてデビューしている人によって異なるフローを上下に分けて書いています。

まず講師を目指す人は、基礎知識としてID編(企画・制作)、続けて基礎デリバリー編(講師スキル)と、各専門知識の研修を受けます。そこで知識・スキルを十分に習得した後、いよいよ講師デビューになります。ここからは、研修の全体の責任を持つマスター講師が、最初の研修をオブザーブし、フィードバックを行います。

既存講師に関しては、ある程度経験を積んだ講師たちが定期的に集まって、研修の内容やコンテンツの中身、事例の共有などを行います。どんな研修でも少なくとも年に1回はこうしたレビューを行い、研修内容もその都度ブラッシュアップしています。

ここでは具体例として、私がマスター講師を担当しているコーチング研修についてご説明します。まず講師を目指す社員は、受講生の立場でコーチング研修を受講してもらい、その後、講義や演習、フィードバックのポイントについて約5日間かけてレクチャーを受けます。その後、自己学習で学んだ内容を深め、一人でも研修が進められて、実際にコーチングが実践できるレベルまで練習します。講師になった社員はここで平均100時間以上の時間を費やしているようです。

その後、模擬研修として、研修の流れに沿った実践や、コーチングのデモンストレーションを行い、それをマスター講師が研修ごとの基準に沿って合否を判定します。ここで合格すれば講師デビューとなり、不合格の場合は再度自己学習に戻ります。コーチング研修では、最速でデビューした社員は約半年、最長では約3年かかる者もいました。

社内講師専用の支援体制も整備

こうした努力で研修講師としてデビューした社員には主に四つのサポート、支援体制を整えています。

一つ目が、講師合格証、認定証の発行。二つ目は講師感謝状で、毎年の年末に、講師を担当した社員に対して、その上司を通じて所属部門の会合等で感謝状を渡しています。他の社員の前で上司から贈呈することで、その社員が講師を担当していることを周知することができ、自分もチャレンジしてみたいと考えている次の講師候補の社員にも訴えかけることができると考えています。

三つ目は、社内講師支援サイトの利用ができることです。このサイトでは、人材開発や、講師のノウハウを皆で共有したり、わからないことや知識を学んでいったりできるように開いています。

そして、四つ目はWEB図書館というもので、社内講師が継続学習するための専門書などを1,000冊以上用意し、これを社内講師専用に貸し出しています。こうした支援体制も導入しながら、研修の約8割を社内講師が支えています。

コロナ禍を受けてオンラインを活用した研修も導入

新型コロナウイルス感染症拡大以前は、ほぼ全ての研修を集合研修で行っていましたが、現在はそれができなくなりました。そこで、私たちは社内研修の再構築に踏み切り、ほぼ全ての研修プログラムの中身を見直して、内容を目的別に分解しました(シート3)。多くの研修が、一つのコースを、知識・スキルをインプットする部分、グループワークによる気付きの学習効果を得る部分、得た知識・スキルを実践して深く学ぶ部分の三部構成でパッケージ化していたため、それを分解して、インプットの部分はeラーニングでの配信、グループワークはオンラインでの実施などに変更しました。また、まだ実施してはいませんが、例えばプレゼンテーションを皆の前で実践してみるというような形式も、今の状況が改善されたら集合研修で行っていく考えです。

プログラムの見直しをしてみて、新たに分かったことがあります。これまでは集合型が中心でしたが、現在は研修を実践するうえでは双方向、オンラインが中心になってきました。オンライン研修をやってみると、それまで集合で行っていた講師に、研修開催環境やオンラインツールの使い方、受講生の巻き込み方など、オンライン研修の知識が必要だと分かりました。また、受講者に関しても、研修のオンラインツールの使い方やワークの参加の仕方などを、受講前の段階で知識として習得しておいてもらう必要がありました。そこで双方にとって必要なスキルを予め学んでもらうため、講師向けにオンライン講師養成プログラム、受講生向けにオンライン研修受講プログラムを用意し、オンライン研修に対応する体制を整えました。

職場の部門ごとで実践教育ができる研修体系づくりが課題に

最後に、当社が考える今後の人材育成について説明します(シート4)。それまでは集合研修が中心で、研修そのものの効果を高めることを中心に行ってきましたが、実際にこれまで参加してきた方々の意見を聞いてみると、部門ごとに課題が異なり、その研修で得たいものが部門ごとに違っていることが分かってきました。

そこで、研修の場だけではなく、職場で実践できるものが会社、組織への貢献につながるだろうと考え、実務を通じて継続的に研修の効果を高めてもらい、部門で実践教育できる研修体系を今後作っていこうと思っています。新しいことをやる必要はなくて、これまでの社内講師養成のプログラムを使い、部門で研修講師、部門の講師をつくってもらうことで、部門講師を育成することに加えた、その部門に合ったプログラムづくりをしていくことができます。現場で使える研修が、組織に貢献できるような人材開発につながっていくだろうと考えています。

プロフィール

小笹 剛(おざさ・たけし)

キヤノン株式会社 人事本部 人材・組織開発センター 組織開発担当主席

1990年キヤノン株式会社入社。技術者として複写機、インクジェットプリンタ、ディスプレイ開発業務に従事。開発部門で役職者として組織マネジメントを実践する傍ら2005年から社内講師を担当し、講師として研修で伝えたことを自ら職場実践し、その結果を再度研修に反映するかたちで、職場で実践できる研修を行ってきた。開発業務を行う傍ら個人支援の社内講師に加え、2014年からは組織支援講師も担当し、成果を出す組織をつくるための職場活性化、組織風土改革も行ってきた。2017年から人事本部の現職に就き、人材開発と組織開発を担当し現在に至る。

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