特別報告 日本での対応力ある成人学習機会の創出

この報告では、2021年2月22日に発表する報告書『日本での対応力のある成人学習機会の創出』から主要な調査結果を紹介したいと思います。この報告書は、コロナウイルス危機で多くの成人が職を失い、スキルアップや技能の再教育の機会を必要としているなか、成人の学習やキャリアガイダンスサービスの重要性が強調されるという、非常に重要な時期に発表されることとなります。成人学習システムのパフォーマンスを評価し、変わりゆく仕事の世界においてより将来に備えるシステムを持つために実行可能な政策提言を明らかにしています。

日本の成人学習システムについて「アクセス」「包摂性」「対応力」「ガイダンス」の4側面に焦点

報告書では日本の成人学習システムの四つの側面に焦点を当てています。一つ目は、「アクセス」です。成人が訓練への参加に際して直面する主な障壁を特定し、それらをどのように克服するのかということを明らかにしました。二つ目の分野は「包摂性」です。ここでは非正規労働者、高齢の労働者、中小企業の労働者に特に焦点を当て、成人学習に参加する可能性が低い集団について分析しています。第3の分野は「対応力」です。ここでは労働市場のニーズの変化に対する日本の成人学習政策の対応力を検証します。最後に「ガイダンス」について考察し、雇用主、そして外部提供者の両方からの利用可能な成人向けキャリアガイダンスサポートの重要性を浮かび上がらせていきます。

高いレベルの成人の教育到達度と情報処理能力

日本の能力開発システムは世界で最も成功しているシステムの一つで、成人に高いレベルの教育到達度と情報処理能力を与えています。成人の技能に関する調査であるOECDのPIAAC(「国際成人力調査」)によると、日本の成人の識字・数的能力はOECD諸国の中でも最も高いレベルにあります(シート1)。これは年齢に関わらず、55歳以上の高齢者と35歳未満の若年者の両方において、日本は基本的な情報処理能力の習熟度が非常に高いです。シート1の下の表で見て取れますが、日本がカナダに次いで、OECD加盟国のなかで高等教育を受けた成人の割合が最も高い国であるということを一定程度反映していると言えます。

高齢化などが教育訓練制度を圧迫

しかし、急速な人口の高齢化やデジタル化などのメガトレンドは日本の教育訓練制度をますます圧迫しています。シート2の上のグラフを見ると、OECD諸国のなかで日本の老年人口指数が最も高いことが分かります。1990年の20%から2020年には53%に急増しています。そして2050年には80%に達すると予測されているのです。

さらに労働力の構成も変化しています。それは下のグラフを見れば分かります。実際、長寿化やよりよい子育て支援策の導入により、高齢者と女性でそれぞれ労働力が増加しています。障がい者や外国籍の人々の労働市場への参入が増えていることも相まって、多様な人々の労働力参加が増えてきているのです。その結果、成人の学習政策は多様なニーズを持つより広範囲の人々のニーズに対応して進化していく必要があります。

日本では16%の仕事が自動化のリスクが高い

さらに日本の雇用の大部分が自動化によって大きく変化するリスクがあると推定しています。シート3にあるとおり、特に日本では16%の仕事が自動化のリスクが高いとされています。これはOECD平均の15%と一致しています。日本ではすでに仕事の自動化の過程が十分進んできているという事実を一部反映しています。また、完全になくなってしまわないとしても、あと40%の仕事が自動化による大きな変化に直面する可能性があると試算しています。これはほかのほとんどのOECD加盟国よりもはるかに高い割合です。

特に自動化によるリスクは、いくつかの高いスキルを持つ職業、すなわち事務職や販売、サービス業でより大きくなっていて、こういった職業における技術の導入が比較的ゆっくりであることを反映しています。

訓練参加率は35%で成人学習の機会が限られている

こういった最近の労働市場の変化とメガトレンドは、雇用主が必要とする関連スキルを成人が身に付けておくための強力な継続的学習システムの必要性を浮き彫りにしています。スキルに対する需要は絶えず変化しています。しかし、シート4にあるように、日本では訓練に参加している成人は比較的少ないのが現状です。デンマークやニュージーランドといった国では55%と高いのに対し、日本では35%しか参加していません。では、なぜこのように参加率が低いのか。成人の訓練参加を妨げている要因は何なのでしょうか。

シート5を見ると、これは訓練に参加しなかったけれども、できれば参加したかったという人の不参加理由を示しています。なぜ彼らは参加しなかったのでしょうか。第1の理由は仕事で参加する時間がなかったからです。これはOECDの平均では22%であるのに対して、日本は29%です。また、育児や家庭の事情で時間がないというのが日本では27%で、OECD平均では20%でした。また、訓練が都合のつかない時間帯に行われた、場所が不便だったという理由もあります。これは日本では19%で、OECD平均では10%を占めています。もちろん日本の雇用システムに典型的な長時間労働の問題もあります。そして、それが訓練の活動時間の不足という認識を助長しているのかもしれません。

日本ではほかのOECD諸国の平均と比較して資金不足はそれほど大きな障壁ではないようです。日本ではそれを理由とする割合は8%にとどまっているのに対し、OECD加盟国では17%です。つまり、基本的には日本では労働者の訓練に対する非資金的な障壁を緩和する環境を整える必要があるということです。

政府提供の訓練はより体系的にすべき

報告書では、日本での訓練の障壁を減らすための具体的な対応をいくつか挙げています。第1に、政府が提供する訓練は、モジュール化された方法で訓練を設計するなど、より体系的にして、成人が資格認定まで段階的に積み上げられるようにして修了できるようにする。そして、長いコースを修了するために仕事から長期間離れなくてもよいようにするべきだと考察しています。また、パートタイムや夜間コースなど、より柔軟に対応できる通信教育の選択肢も検討すべきでしょう。

第2に、需要の高いスキルを開発する訓練を行うために有給休暇、訓練休暇に寛大な補助金が必要とされるかもしれません。これは構造変化に備えて、労働者が技能の再教育を受けるために必要な長期休暇においては特に重要です。

第3に、雇用主と労働組合は労働協約に教育訓練休暇の規定を盛り込むよう奨励されるべきです。労働条件の労働協約を定めるだけではなく、教育訓練休暇の規定まで含めるべきでしょう。教育訓練休暇を提供することは雇用主にとって必須ではないので、これらの規定は雇用側が採用しやすいように正確に定義し、労働者の間で積極的に伝えていくべきです。

成人学習市場を拡大させることも重要

訓練への参加を奨励するとともに、日本の成人学習市場を拡大することも日本にとって重要です。実際、終身雇用のような伝統的な雇用慣行が根づいているため、日本では企業がこれまで成人訓練の機会の主要な提供者としての役割を担ってきました。

対照的に、外部の提供者の訓練の機会は非常に限られています。シート6にあるように、大学や専門学校などの公的機関が提供しているフォーマルな教育や訓練に参加している成人は非常に少なく、日本の成人の3%未満であり、OECD平均の8%をはるかに下回って、どのOECD加盟国よりも低いのです。例えばシンガポールでは、高等教育機関に成人向けのコースを提供するよう奨励しています。つまり、これまでの若者向けという枠を超えて提供していくということなのです。

日本の訓練提供者の市場拡大のために何をすべきなのか。報告書ではまず、成人向け学習コースを開設・拡大するために、正規の教育機関への財政支援を提案しています。というのも、提供者自身の財政的な負担が、成人向け教育プログラムが提供されない主な原因の一つと考えられるからです。また、職業訓練コースの内容は、雇用主と労働組合が緊密に協力し、成人や労働市場のニーズとより一致したものにすべきです。

最後に、利用可能な全ての成人学習コースの情報を一カ所で得られるワンストップ型オンラインプラットフォームをつくることを提案します。現在は二つのプラットフォームがあり、文部科学省、厚生労働省がそれぞれ運営しています。しかし、フォーマルな訓練とノンフォーマルな訓練の双方について情報統合すれば、これから学習者がより簡単に様々な訓練の利用可能なオプションをナビゲートしていくのに役に立つでしょう。

正社員以外の集団では訓練機会がはるかに少ない

成人の学習機会へのアクセスはとても重要ですが、日本ではほかのOECD諸国と同様に不均等になっています。一般的に正社員には企業内でのOJTを通じてスキル開発の機会が提供されていますが、それ以外の集団では訓練の機会がはるかに少なくなっています。例えばパートタイマー、その多くは非正規労働者ですが、彼らは雇用主が支援している訓練の恩恵を受ける可能性がはるかに低いのです。また、政府が提供している補助金などの支援策の多くを限定的にしか使うことができません。

また、高齢の労働者は、たとえ正規労働者でも、若い労働者よりも訓練に参加する可能性が低く、これはほかの国でも問題となっていることです。同様に、中小企業の労働者は大企業の労働者よりも訓練に参加する可能性が低い状態です。こういった労働者とその雇用主に対する具体的な障壁を考慮した、狙いを定めた対策が日本の成人学習システムの包摂性を高めるためには必要なのです。

成人学習機会の格差是正に向けた支援を行うべき

それでは、日本でこの制度をより包摂性のあるものにするにはどうすればいいのでしょうか。報告書は以下のような提言を政府に対して行っています。

第1に、教育訓練助成金や教育訓練休暇のための助成金へのアクセスを非正規労働者にも拡大します。第2に、人材開発支援の助成金は、高齢労働者を訓練する雇用主に対してより寛大なものにすべきです。例えばドイツではほとんどのカテゴリーにおいて労働者に対する訓練費用の助成は15~100%となっていますが、45歳以上の労働者に関しては全額助成されています。第3に、訓練の提供において中小企業と大企業のより体系的な協力を促すべきです。例えば韓国では大企業の雇用者団体や大学が中小企業とコンソーシアムを設立し、訓練施設や設備、職業訓練の経験やノウハウを共有するよう奨励されています。これは日本にとって有用なモデルとなるかもしれません。

労働市場のニーズに合った訓練が重要

さて、訓練で労働者を支援し、変化するスキルニーズに対応していくためには、労働市場のニーズに沿った訓練であることが絶対的に重要です。市場で必ず必要とされ、職を得たり、維持したりするのに役に立たなければ行う意味がありません。

日本では、適切な訓練を提供できるように、公共職業訓練は強力なスキル評価と予測システムを基盤に構築されています。しかし、この種の情報はもっと広く活用されるべきです。情報としてそこにあるけれども、そこまで活用されてきていません。

雇用主はまた訓練活動を計画するのに必要なスキルをしっかり分析することで恩恵を受けることができます。また、既存のツールは、よい形に促進・統合して、特に中小企業がどういったスキルを開発すべきか特定できるように活用すべきです。

自動化リスクが高いほど、訓練参加率が低い

労働市場のニーズに沿った成人学習システムでは、スキルの陳腐化のリスクがある成人が、スキルアップや技能の再教育の機会に確実にアクセスすることができます。現在、スキルの陳腐化のリスクが特に高い集団の一つは、自動化のリスクが大きい仕事に従事する労働者です。

一方で、全てのOECD諸国において自動化のリスクが高い、あるいはリスクが中程度の労働者は、リスクの低い労働者に比べて、フォーマルや非フォーマルな訓練に参加している割合が低いのです。このギャップは特に日本で大きく、それがシート7にあるグラフでも分かります。自動化のリスクが低い労働者の54%が訓練に参加しているのに対し、自動化されるリスクが高い労働者はたった24%です。このギャップはOECD加盟国のなかでも最大です。したがって、一層の努力をもって自動化リスクのある労働者に対し必要不可欠なスキル開発を促進し、ほかの業務や仕事へスムーズに移行することを支援すべきです。

労働市場ニーズに合わせるために企業と高等教育機関が連携を

それでは、より労働市場のニーズと整合性を持ち、構造変化が雇用に影響を与えるリスクのある人々を対象に訓練を行うためにはどうすればよいのでしょうか。日本ではまず、企業と高等教育機関との間での連携協定を促進して、訓練を労働市場の実際のニーズに合わせるべきです。実際、企業と大学にとって重要なのは、共通のビジョンを持って、人材を研究分野だけではなく教育面でも包括的に協力して育成をしていくことです。例えば滋賀大学のデータサイエンス学部では約70社の企業と包括的な連携協定を結んでいます。この種の取り組みはまだ少ないですが、拡大していくべきだと思います。

公的機関は、構造変化のリスクがある労働者を特定し、指導や訓練を行うよう雇用主を支援すべきです。これは労働者が職を失う前に実施すべきで、オーストリアなどで行われているように労働組合と協力して行うことができるでしょう。

最後に、労働市場で必要とされているデジタルスキルが不足している成人が基本的なデジタルスキル育成プログラムを利用できるようにします。例えばルクセンブルクではリテラシーが非常に低い成人を対象に、基礎的なデジタルスキル育成プログラムでICTの利用に関する知識やスキルの育成を支援しています。

成人のキャリアガイダンスシステムを整備することが重要

過去、日本政府は、労働者のキャリアアップや、その移行、さらなる支援のために取り組みを強化し、スキルテスト、ジョブカード、セルフキャリアドックシステム、そして細かく職業レベルごとの仕事や遂行能力、スキル、知識を識別する米国O-NETシステムの日本版を導入してきました。

しかしながら、まだいくつかの課題が残っています。例えば社内のキャリアアップのためのガイダンスサービスを労働者に提供している雇用主は、比較的少ない状況です。その結果、労働者が開かれたキャリア選択肢やキャリアアップに必要なスキルについて理解を深めることが限定的となっています。

さらに、労働者は企業外部で提供されるガイダンスサービスにアクセスする必要があります。特に新しいキャリアへの移行を希望する際には必要です。しかし、外部サービスはまだ不足しており、キャリアやトレーニングに関するオンライン情報は散在しています。そのため、日本で成人のキャリアガイダンスシステムを整備することが重要です。これはOECD各国の共通課題でもあります。それぞれの国が学生や若年層のキャリアガイダンスに多くの投資を行ってきましたが、今こそより一般的な成人にも拡大するときなのです。

ジョブカードの使用促進でカードシステムの既存の人事慣行への統合を

では、アクセスツールや関連する全てのガイダンスサービスをどう改善するのでしょうか。報告書では、まず雇用主の間でジョブカードの使用を促進し、ジョブカードシステムの既存の人事慣行への統合を促進することを提言しています。ジョブカードのようなツールは、労働者が自分の職務経験や訓練活動の概要を伝えるのに有益で、将来の雇用主に貴重な情報提供を可能にします。

また、魅力的でインタラクティブで使いやすいオンラインキャリアガイダンスポータルも開発すれば、様々な情報源からの職業や訓練に関する情報がまとめられます。例えばユーザーが特定の職業に関する情報を参照する際には、関連する訓練の機会、その提供者、そして特定の職業の求人情報へのリンクといった情報を提供します。また、利用者がその職業の展望や訓練の質に関する情報を見つけることもとても重要です。

訓練への障壁減、成人学習市場の拡大、成人学習の包摂化などに傾注を

それでは、今回の報告書で得られた知見をまとめてみたいと思います。日本における対応力のある成人の学習機会を創出するために、政府はその力を以下の五つの主要な行動分野に注力すべきだと報告しています。

まず、訓練への障壁を減らすこと。そして、成人学習市場を拡大すること。成人学習をより包摂的なものにすること。訓練を労働市場のニーズに合わせること。そして最後に、キャリアガイダンスをより強力に支援することです。

成人学習は様々な要求に応えなくてはならない長期的な政策課題で、単純な政策変更だけで一朝一夕に解決できるものではありません。しかし、これは日本の将来を決定的に左右するものなのです。特に政策立案者は、女性、パートタイム労働者、高齢労働者など、日本の伝統的な雇用慣行の外にいる労働者が適切な訓練を受ける機会を欠くことがないよう、包括的な支援を提供すべきです。

※報告書はOECDのウェブサイトで公開されています。

プロフィール

Mark Keese(マーク・キース)

OECD雇用労働社会局 スキル・就業能力課長

1985年OECD入局。生産性モデリング、東欧諸国の転換期の労働市場、高齢化と雇用、最低賃金等、様々なマクロ経済・労働市場分析に携わる。OECD雇用戦略タスクフォースのメンバーであり、PIAAC国際成人力調査の策定に従事。現在、労働市場の動向と課題に関する年次レビューである「雇用アウトルック」の取りまとめのほか、労働市場分析、雇用政策、職業訓練政策等を担当。

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