事例報告 中小企業における介護と仕事の両立支援

講演者
白川 亜弥
株式会社白川プロ 代表取締役 社長
フォーラム名
第109回労働政策フォーラム「仕事と介護の両立支援」(2020年9月2日)

当社は、昭和37年(1962年)3月創業で、今年で創立58周年を迎えました。従業員数は現在301人で、男性が206人、女性が95人。全体の約3分の1が女性社員で、平均年齢は約38歳と比較的若い会社です。

主な業務として、テレビニュースやドキュメンタリー番組の映像編集、音響効果およびその関連業務を行っています(シート1)。映像編集では、カメラマンが現場で撮影してきた映像素材を、放送用の長さに編集します。映像素材は1分間のニュース用では平均15分、1時間の番組用では50~100時間はあるので、全て見たうえで、どのシーンをどのタイミングや長さで使用するか、ディレクターと相談しながら編集します。そして音響効果では、できあがった映像のシーンごとに最適な音楽を合わせて、番組を仕上げています。どちらの業務も、社員それぞれのセンスや能力が非常に大きな役割を占めています。

テレビの仕事は、24時間体制の不規則な勤務や日々時間に追われる業務など、決して楽な仕事ではありません。しかし、社員一人ひとりが自分たちの仕事に誇りを持っています。貴重なプロフェッショナル人材であり、大切な会社の財産です。

シート1 映像編集・音響効果とは

映像編集・音響効果を説明

参照:配布資料3ページ(PDF:3.06MB)

他人事ではないという意識から両立支援を開始

当社が介護と仕事の両立支援に取り組み始めたきっかけは、あるビジネス雑誌で、「隠れ介護」や「介護離職」をテーマにした記事を見て、他人事ではないという危機感が芽生えたところにあります。その記事では、85歳以上の約3割が要介護認定を受けているという実態が掲載されていました。

これを目にした時に、単純に計算しても当社では社員の約2割が既に要介護の親を抱えている可能性があり、今後も数は増加する一方だと気づきました。そこで、会社として早急に取り組むべきではないかと考え、本やインターネット、セミナーなどで情報を集めました。

社長自ら両立支援宣言を発信

初めに、介護の実態やどのようなニーズがあるのかを知るために、全社員を対象にアンケートを実施しました。結果を見ると、介護経験がある社員は全体の14%となり、介護経験のない社員のなかでも、今後介護をする可能性が「かなり高い」、「少し高い」と答えた社員は合わせて56%になりました。さらに、介護をすることに不安を感じている社員が全体の94%となり、想像以上に身に迫った問題であることが分かりました。

これを受けて、直ちに社長発信で「仕事と介護の両立支援宣言」を出し、会社が今後本気で両立支援に取り組んでいく姿勢を明らかにしました。社長名で宣言を出すことで、社員に安心してもらうと同時に、社内で介護の話をすることがタブーでなくなり、介護をしながら働いている社員が周りに相談しやすい職場環境になることを目指しました。

相談窓口の設置や両立支援冊子の配付を実施

取り組みの一つとして実施したのが、介護相談窓口の設置です。ここでは、総務部の社会保険事務を担当する、社内の制度に精通した社員を介護相談員として任命し、相談してきた社員に対して、社内の介護休暇制度の紹介や必要に応じた外部の相談窓口への対応をお願いしています。介護事由による部署移動やシフトの希望についても、この窓口を通して情報を吸い上げています。また、この介護相談員は2018年にキャリアコンサルタントの資格を取得したため、現在は家族の介護、結婚、出産など、社員それぞれのライフステージにおけるキャリア形成について、どの相談にも対応できる体制になっています。

他にも、介護に対して漠然とした不安を抱える社員が多かったので、仕事と両立するための心構えや社内制度について簡単にまとめた冊子を制作し、40歳以上の社員全員に配付しています。40歳は介護保険の徴収が始まることもあり、ぐっと介護の問題が身近に感じられるタイミングであると考えました。また、介護のプロによる年に2回の両立支援セミナーや、随時実施する個別相談会も導入しています。

社内制度の整備で手厚いバックアップ体制を

社内制度の整備も実施しました(シート2)。まず、介護休暇は法定では年間5日の付与となっていますが、当社ではその2倍の年間10日を付与しています。対象家族が2人の場合は、法定では年間10日のところを、20日取れるようにしています。介護休暇中の給与についても、基本賃金の8割を支給しています。

シート2 取り組んだこと

社内制度の整備と見直し内容

参照:配布資料10ページ(PDF:3.06MB)

会社独自の制度としては、通常2年間で失効する有給休暇の未消化分を積み立てて利用する積立有給休暇制度を導入しています。積み立てられる日数は40日が上限ですが、一度使い切っても、その後また有給の未消化分が発生した場合には再度積み立てることができます。他にも、半日単位の有給休暇を病院の付き添いなどで活用してもらったり、担当する番組で勤務シフトの変更や部署の異動を実施したりと、バックアップ体制を整える工夫もしています。

制度を整備した結果、現在までに介護休業が6人、介護休暇が5人、積立有給休暇が6人、時短勤務やシフト変更などの状況に応じた勤務体制の変更は6人の社員が利用しています。

社内制度を組み合わせてそれぞれに合った支援策を実施

実際に社員がどのように制度を利用しているか、具体的な事例を紹介します。

まず、地方に住む母親のための介護休業を取りたいという社員Aの相談事例です。この社員は、あまり介護の状況が逼迫していなかったため、介護休業の通算93日間のうち1カ月分を分割取得することで、実家のバリアフリー改装を行い、職場に復帰しました。現在は、介護休暇などを利用しながら自宅と実家を行き来している状態で、「相談窓口のおかげで制度を上手に活用することができた」と感じたそうです。

次に、認知症の母親と持病を持つ父親の介護を行う社員Bの事例です、この社員は、積立有給休暇と半日有給休暇を利用して、現在も介護と仕事を両立しています。「介護セミナーや個別相談会で情報を得られ、気持ちが少し楽になった」と同時に、「社長の支援宣言があったことで、上司や職場の同僚にも勤務などの相談がしやすい空気が生まれた」と感じたそうです。

最後に、奥さんの介護と幼稚園、小学校1年生の子どもの世話のために介護休業を取りたいという申し出をした社員Cの事例です。相談したところ、奥さんが継続的に治療する必要があったことから、先の見通しが立たない状態で介護休業を使うのはこの社員にとって得策ではないと考えました。そこで収入面も考慮したうえで、本人に無理のない範囲で働き続けてもらうことを提案しました。これまで深夜業務中心の部署にいたので、一時的にシフト勤務のある部署に異動し、その部署内で勤務時間の繰り上げ、繰り下げ、時短勤務を利用してもらいました。現在は奥さんの病状が落ち着いたため、以前の部署に戻って半日有給休暇と積立有給休暇を使いながら働いています。「制度があるおかげで、その他の時間の予定が立てやすい、安心して仕事に集中できる」と話してくれました。

「お互いさま」の意識が醸成され社外にも認められる

社内制度を導入した当初は、ほかの社員から不公平感や業務のしわ寄せに対する不満が出ることも危惧していました。しかし、会社の両立支援宣言が功を奏したのか、社内全体で、自分もいずれは利用するかもしれないという「お互いさま」の意識が醸成されるようになったと感じています。若手の社員からも、「制度を利用している先輩を見ると、いつか自分も両立できるという安心感がある」といった声が上がるようになりました。

また、こうした取り組みは社外からも認められるようになりました。2016年度には東京都ライフ・ワーク・バランス認定企業の認定、2018年度には、同じく東京都の家庭と仕事の両立支援推進企業登録制度の認定をいただきました。当社の取り組みを紹介すると、職業柄珍しいと驚かれることが多くあります。テレビの制作業界はどうしてもプライベートを犠牲にして働くというイメージが持たれがちです。そういったなかで、当社がこうした取り組みに力を入れていると示すことが、企業イメージの向上や業界の悪いイメージの払拭につながると期待しています。

社員が安心して働くためのワーク・ライフ・バランスに注力

当社は介護支援でスポットライトを浴びることが多いですが、それ以外にも育児と仕事の両立支援をはじめとしたワーク・ライフ・バランスについても積極的に取り組んでいます(シート3)。毎日働いてくれる社員の頑張りに応え、皆が安心して働ける環境を整えることで、社員の会社への信頼と仕事へのモチベーションが向上し、作品の質が向上することにもつながると考えています。

シート3 白川プロのワークライフバランス

白川プロのワークライフバランスの説明

参照:配布資料16ページ(PDF:3.06MB)

両立支援の制度が整っていることで、大切に育てたプロフェッショナル人材の退職を防ぐこともできます。そうなることで仕事の質が担保されるので会社の評価も上がり、顧客からの信頼も厚くなります。

ワーク・ライフ・バランスに力を入れている企業であるかどうかという視点は、採用活動において学生が就職先を選ぶ際の重要な判断基準の一つになります。当社でも、福利厚生と経営戦略の重要な柱になっています。

各社員にとって最善の方法を探し工夫する

介護と仕事の両立支援は、企業にとっては大変ジレンマを感じる取り組みです。どんなプロジェクトも同様で、なるべく早く、目に見える形での成果が欲しいと考えてしまいがちですが、制度の充実度合いに関わらず、1番良い状況は、その制度を使う社員が1人もいないことだと思います。しかし残念ながら、その可能性が限りなく低いというのも事実です。そうであれば、もしものときに慌てずに、転ばぬ先の杖として対応できる準備をしておく必要があります。

また、介護の問題は、起きる時期も状況も全く読めないことから、ほとんどがケース・バイ・ケースで、何が正解ということがありません。企業は、社員とその家族の人生を背負っていく責任があるので、各社員の望む働き方を実現するために、あらゆる場面に備えた引き出しは、なるべく多めに用意しておきたいと考えています。

当社のような、人材にも資金にも限りがある中小企業ができること、中小企業の強みを生かした支援とは、社員一人ひとりの顔が見える支援ではないかと思います。いま何を悩んでいるのか、これからどのような人生を送りたいのか、そのためにいま、どのような働き方がしたいのか。その人のために会社ができる最善の方法を探し、工夫していくことを常に考えながら、今後もさらなる支援の形をつくっていきたいと思います。

プロフィール

白川 亜弥(しらかわ・あや)

株式会社白川プロ 代表取締役 社長

1989年都留文科大学文学部国文学科卒業。同年、母親の古い知り合いが経営していた株式会社白川プロに入社。TV局の現場でニュースや番組の映像編集業務を20年間務める。2005年3月創業者である白川二三男と養子縁組。2014年白川二三男逝去に伴い取締役に就任。現場出身の経験を活かして「中から見ても外から見ても良い会社」を目指し、当時古い業界体質が色濃く残る社内の制度改革や整備に力を注ぐ。この取り組みが評価され、会社は2016年東京都ライフワークバランス認定企業、2018年家庭と仕事の両立支援推進企業登録制度、2019年健康優良法人の認定を受ける。2020年2月代表取締役社長に就任。

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