パネルディスカッション

パネリスト
望月 知子、松井 健、越野 智明、戸谷 和彦
コーディネーター
濱口 桂一郎
フォーラム名
第107回労働政策フォーラム「職場のパワーハラスメントを考える─予防と解決に向けて─」(2020年1月10日)
パネリストの様子

濱口 本日は報告のテーマが非常に多岐にわたっていたので、まず、お一人ずつ違った形で問いを投げかけたいと思います。はじめに望月さんには、企業へのヒアリングをされた結果を踏まえパワハラ、いじめ・嫌がらせをいかに防いでいくか、予防に向けてどういった取り組みをすることが最も大切かということについてのご意見やご感想をお聞きできればと思います。

パワーハラスメントの正しい理解を促進していくことが重要

望月 パワハラの予防に向けて大切なことは、3点あると思います。

まず1点目がパワーハラスメントの正しい理解が管理職、非管理職ともに必要であると思います。今般法律でパワーハラスメントについて定義がなされておりますが、実際には非常に混乱している状況にあると思います。ハラスメントが多様な意味で捉えられて、それぞれ独自に解釈されているという面も少なくないと思います。パワーハラスメントを正しく理解して、それに基づいて予防していくということが重要であると感じております。

2点目がマネジメントのあり方です。管理職、非管理職ともに研修は非常に多く行われていますけれども、まずは部下や後輩にどのように指導したらいいかということについて管理職に対して基本的なことを教える必要があると思いますし、逆に部下の方もどうやって指導を受けたらよいかということを正しく理解していただかないと予防にはつながらないと思います。

3点目が風通しのよい職場づくりです。働き方改革も行われているところですので、職場のコミュニケーションの活性化とか管理職と非管理職のコミュニケーションの円滑化とか、雇用の多様化が進む中で、また世代間のギャップが進む中でコミュニケーションをとっていくということは非常に重要であると思います。またこれが難しく、こうやったらいいという決め手がないところですけれども、業種とか職制に応じて柔軟な対応をしていくということが必要であると考えています。

濱口 ありがとうございました。正しい理解というのは言葉で言うのは簡単ですけれど、なかなか難しいのが実情かなと思います。正しい理解を深めていくためにはどんなことが必要だとお考えでしょうか。

望月 私が調査した中で業務の適正な範囲がどこであるかというところがグレーゾーンとして挙がってきており、企業も悩まれていると思いました。例えば大声を出して指導したりするときも、人によって捉え方が違うと思いますし、安全に重点を置いている職場環境の中では当然大声を出すということも必要になります。パワーハラスメントの捉え方が人によって違うと思いますけれども、今回法律で一定の要件ができておりますので、まずはそれを周知していくことが重要であると思っております。

濱口 ありがとうございました。それでは、次に松井さんに伺います。松井さんは先ほどのご報告で、労働組合運動として、カスタマーハラスメントという問題を世間に向けていかに訴えていくかということに重点を置かれておりましたが、逆に個々の企業、とりわけ流通サービスといった顧客と接触することの多い企業の立場として、カスタマーへのハラスメントを予防、防止する、何か起こったときに適切に対応していくためにはどういったことが必要なのか。もちろん組合も企業経営の一翼ではあると思いますが、よりそこで実際に働く人たちに責任を負う企業の観点から見たら、どういったことが必要なのかということについてコメントいただければと思います。

ハラスメントフリーな職場をつくるために──実地訓練や事例の記録等で予防措置を

松井 対策として先ほどの中でも少し触れましたが、ILOの条約に絡めてお話をしたいと思います。ILO190号条約については、賛成439票、反対7票、棄権30票ということで、世界的には使用者団体の方もほぼ賛成をしていただいている内容になります。

やはりハラスメントフリーな職場をつくるということが企業の生産性向上にもつながるし、労働者のやりがいを高める、その好循環をつくるという共通の理解ができているということだと思います。そして、特にこの第三者からのハラスメントについては、今回私どもは小売サービス業の立場でご説明させていただきましたが、公務部門、教育、交通といったところで非常に深刻な問題になっています。パワーハラスメントとともに取り組んでいくことが重要であるし、両方取り組むことによって、より取り組みの方法についての知見が広がるのではないかと思っております。

その上で具体的にどう取り組むかですが、今回の政府のパワハラ指針の中では、第三者からのハラスメントについても示されておりますが、そこでは残念なことに、いわゆる相談窓口をつくるとか、被害に遭われた方の対応をするということが先に来て、その後に予防措置が来ているんです。マニュアルをつくることも提言されていますが、第三者からのハラスメントについては特に安全衛生の視点を持って取り組むのが重要だと思っております。第三者からのハラスメントですから、企業からいうと安全衛生用語で言うハザードに当たりうることなので、そのハザードをリスク評価する。それによって予防措置をとっていくということが重要だと思っております。

実際EUでは、EUレベルの労使協定があって、第三者からのハラスメント、暴力についてもガイドライン的なものが示されています。ヨーロッパの商業部門の公労使でつくっているものなどを見ますと、最初にリスクアセスメントをすることになっています。例えば店舗がどういう立地環境にあるのか、近隣の顧客層がどのような方々であるか、交通機関、どうやってお客さんは店舗に来ているのか、お店はどういうレイアウトになっていて、暗い部分はないか、お客様と接する場所が隠れたところではなくて、みんなが見えるような場所で接客できるようになっているか、そういうリスクアセスメントをまずしなさいということを言っており、非常に参考になると思っております。

それから、実際に対応していく時の教育訓練について我々も言っておりますが、彼らがつくっているものを見ると避難訓練のようなものをしなさいとなっておりまして、実際にお客様からそういうことがあったときに、具体的にどこまで対応して、この後の対応は誰に引き継いでいくのか、実地訓練を行っていく必要があるのではないかということ。それから、安全衛生の絡みで言うと、先ほど望月様の報告でも、日本でも運輸の部門でやられているということでしたが、ベルギーなどでは法律で第三者からのハラスメント事例については記録をつくり残しておかなければいけないということになっているそうでして、いわゆる安全衛生で言うハインリッヒの法則じゃないですが、1件の重大事故の陰には29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットがあるということだと思います。第三者からのハラスメントについても1件そういう事象があれば、その陰にいっぱいの事例があるのではないかと思いますので、そういった記録簿をつけることも重要だと思っております。

それからもう1点、これは第三者からということではなく、パワハラに関連すると思いますが、組合員の意識調査で聞くと、実際パワハラを受けた経験のある方で相談窓口に相談したというのは5%ぐらいしかおりません。相談窓口はほとんど使われていないということになっており、労働者側から見ると先ほどの事例の中にもありましたが、相談窓口に相談しても会社側にうまく我々の思いが伝わらないのではないか、かえって不利益を受ける可能性があるのではないかとの心配があって、相談できないのではないかと思います。やはりその専門性・第三者性をいかに確保していくかというのが重要ではないかと思っています。

濱口 ありがとうございました。UAゼンセンさんは基本的に民間の流通サービス業を中心に組織されているので、そこのカスタマーということになるわけですが、確かにもう一つ、顧客との接触の多いところは公共部門でありまして、とりわけ世間で言う、学校の先生にとってのモンスターペアレントだとか、病院で言うモンスターペイシェントみたいな言葉もあり、確かにヨーロッパではその辺について公務部門も含めた労使協定、ガイドラインの策定もやっている。我々JILPTは基本的に民間の労働問題を研究しておりますが、起こっていることは実は同じようなことであるということから考えますと、その辺も実は広がりのある話だなという感じがいたしました。

労使間で結ばれた協定の事例

実はそういう観点からUAゼンセンさんは大変幅広くいろいろな業種を組織されていまして、今言ったモンスターペイシェントの絡みで言いますと、ご報告の中でも介護の関係で合同労組をつくり、そこでガイドラインを作られていることに触れられましたが、おそらくこれも大変興味深い事例だと思います。この介護部門の協定について追加的にお話しいただけることがあればお聞かせいただければと思います。

松井 協定の中身自体はそんなに目新しいものはございません。基本的なところを確認している内容になります。介護クラフトユニオンの取り組みは、順番としてはまずハラスメント防止に関する集団協定、いわゆるセクハラ、パワハラを含めて自社の従業員のハラスメントについての集団協定を結んでおります。その後、働いている人が利用者の方、要介護の方を虐待してしまうという問題も一方ではあって、それを防ぐための協定書を結ぶ。そして、3番目に利用者様、ご家族からのハラスメントが多いですけれども、それを防ぐ集団協定を結びます。3つの協定があるところが、よく考えられており、労使がしっかりと話ができているということで参考になる事例だと思います。こういう労使の下地があるからこそ、厚生労働省でも検討会をつくって介護業界のハラスメント対策マニュアルを先駆けてつくっていただいているのではないかと思っております。

濱口 ありがとうございます。昔の製造業あるいは建設業といったような物を介する業種が中心だった時代に比べると、ある意味実際にサービスを提供する労働者とカスタマー、消費者、顧客とが直接接触することが多い産業構造になってきたということが、この問題が大きく取り上げられてくるようになった背景だろうという意味からすると、UAゼンセンさんがこういった問題に非常に積極的に取り組まれているのもその1つのあらわれかという感想を抱きました。

次に、丸文通商株式会社の越野様からは、とりわけ健康経営という大きな哲学を中心に、安全衛生を中心に据えた形での予防策をいろいろお話しいただきましたが、実際にハラスメントの事案が起こったときに、どのように対応していく仕組みがあるのか。おそらく、過去にはいろいろなこともあったのではないかと想像されますが、その辺について率直なところをお聞かせいただければと思います。

ハラスメント防止方針作成のきっかけ

越野 お話ししづらいような課題ですけれども、もともと私は2014年までは親会社の丸文株式会社におりまして、ずっと営業畑を歩んでおりました。2014年からこの丸文通商株式会社に入社し、2015年に管理本部長を命じられたわけですが、その管理本部長を命じられてすぐに課長層とか部長層とか中間管理職の研修に参加しまして、終わった後は必ず懇親会を開いてもらうようにしておりました。その懇親会でいろいろな課長からの悩みとか本音を聞いている中で、予算についての進捗状況を問われる、経営層と中間管理層の数字に対しての打ち合わせの話になりました。その数字に対して、ゴールをクリアしている方であればもちろん何の問題もないわけですが、一方で、なかなかそれがクリアできないという方もいらっしゃったり、あと年度初めの前には翌年度の予算を決めたりもするので、結局そういう場が一番辛いということを中間管理職から聞きまして、これを一体どうしたら改善できるかというのを考えました。

当然経営層からすると社員一人一人に対してよりストレッチできるような目標を与えるというのは成長のエンジンになりますし、一方で、中間管理職にとってみれば、それがまさに過剰な要求に当たったりですとか、そのせめぎ合いというのはなかなか言葉だけのやりとりでは難しいかなと思います。また、経営層にとってみてもこれがほんとうに中間管理職にとっての限界だとかなかなかわからないと思います。

そこでハラスメント防止方針というものを社長から発信してもらい、それを大きなポスターにして、ヒアリングを行う会議室に張ったらどうかと考えました。お互いがどこまでが限界なんだろうみたいな読み合いがありますので、例えば中間管理職が厳しいなと思ったら、そっと視線をそのポスターに目をやるとか。それをきっかけにハラスメント防止方針をつくったというのが最初です。

それ以外にも例えば女性に対してとかいろいろなことを考えましたが、実は北陸というのは結構封建的な土地柄でして、私も出身は北陸なんですけど、東京で勤務していた身からするとまだまだちょっとというのがあって、それでいろいろな改革を行ったというのがきっかけです。

濱口 ありがとうございます。今のお話をお聞きしていて、指針案における過大な要求に、新規採用者に対して必須な教育を行わないで何か難しいことをやらせたというのが該当する。それに対して労働者を育成するために現状よりもちょっと高いレベルの業務を任せるというのは該当しないとなっている。ただ、これもなかなか難しいです。つまり、ハラスメントに当たらないためには、おそらく、これは君を成長させるために、ちょっと難しけど、これをやらせるんだということの共有があるかどうか。その共有がないとそれこそまともな教育をしないで難しいことをやらされたみたいなことになってしまいます。その辺の課題はまさにコミュニケーションが大事だというのがあらわれています。これはまだ指針案ですが、やはりここら辺がパワハラに当たるか当たらないかという非常に微妙なところだろうという感じを持ちました。

パワハラが法制化されたことによるメリット

最後に東京労働局の戸谷様からは、主として2件のあっせんについて非常に詳しくお話をいただきました。実は私もJILPTの過去の調査研究で、労働局のあっせん事案を詳しく調べてまとめたことがあります。解雇の場合には事実関係についてそれほど食い違うということはないですが、とりわけこのハラスメント、いじめ・嫌がらせについてはそもそも認識のレベルで労使の意見が全く食い違うということが非常に多いというのが、私が分析したときの感想でもございます。

あっせんというのはある意味簡便な仕組みですので、なかなか両者の見解が違うときにそれをすりあわせるというのは難しいですし、打ち切りになることが多いのですが、これが来年の6月以降あっせんから調停に移行する。そうするともちろん基本的には裁判ではないですが、いろいろな関係者を呼んで事実関係について聞くこともできるようになるということからすると、この辺について今後ハラスメント事案に対する行政の対応について、どういうふうに変わっていくのか。

ただ、懸念としては、実は全国で年間3,000件ものいじめ・嫌がらせ事案がありまして、東京はその中でもかなりの数になっている。これが調停になるとなかなか大変ではないのかなと思います。戸谷さんのところがパンクしてしまうのではないかという感じもございますので、その辺も含めてご意見いただければと思います。

戸谷 今、かなり効率よくご説明いただいたので結論から入りますが、今回法制化された一番のメリットは選択肢が1つ増えたということです。

今まで個別紛争の解決制度では、助言指導と言われていたものが援助になります。申し立ての後に2つに分かれ援助と調停となります。調停になると調停委員は3名になりますし、より本格的なものになっていくわけです。簡単な手続きで迅速に解決を図るのであれば援助、公正・中立性の高い第三機関に援助してもらいたい場合は調停ということになります(図表)。

それから、一番大きいのは行政指導(報告徴収)です。今まではパワハラについては法的根拠を持っていませんでした。ですから、行政としては民事的なものでしか扱えなかったのですが、今後は法違反の疑いがあるのであれば報告徴収ができることになります。これはわかりやすく言うと、例えば労働基準監督署が事業所を監督する。法的意味合いは違いますけれども、わかりやすくイメージするとそうなります。労働者からの情報提供もありますし、国が事業所にいつ回るか年間計画を立てて実施する場合の両方ありますが、この報告徴収では違反がなければそのまま終わりになりますが、違反があった場合については、局長の助言・指導・勧告とレベルが上がっていきます。是正されない場合は最終的には企業名公表というところまで行き着きます。ここが今までと全然違います。

ただでさえ人手不足ですからそんな公表をされた会社にはもう人は行かないです。ダメージとしてはかなり大きくなるということで、この制度を取り入れています。

これらの制度は均等三法で既にやっているものです。これにパワハラが加わったということですので、労働者保護の重要な手段になると思っております。

会場からの質問

質問1:
パワハラ加害者は総じて日常から問題社員と見られている者が多いのではないか。問題社員の場合、パーソナリティ障害等々のこともあるのではないか、ということについてどう思われますか。

松井 パワハラという言葉は日本独自の和製英語ということだと思いますが、労働組合の立場としますと、労働契約というのはそもそも使用者の指揮命令のもとで働くということなので、指揮命令のうちには必ずこのパワハラにつながるような要素を本質的に含んでいると思っています。濱口所長のお言葉をかりるとジョブ型ではなくてメンバーシップ型であって、契約関係というよりは組織の中で指示命令に従って働く、その幅も曖昧だということが日本には本質的にある。上司のパーソナリティということもありますが、必ず労働契約の仕組みの中では起こり得る事象なんだと捉え、これに取り組む必要があるのではないかと思っています。

質問2:
ストレスチェックの集団分析をされているようですが、分析結果をどのように活用していますか。

越野 ストレスチェックの結果につきましては、産業医の分析を加えた形で取締役会に報告をしています。当然ながら取締役会には各々の本部別の経営トップや、あるいは事業所別の経営トップがいるわけですから、そこでそれぞれ所属の本部、あるいは自分の事業所で社員がどのようなことを考えているか、どのような負荷を感じているのかということをしっかりと産業医を交えながら対策を協議しております。その理解の上で今後の展開を図っていただくようにしています。

質問3:
ハラスメント防止指針にメールアドレスが明言されていて、所属ではなく個人のアドレスを指名しているのは非常によいアイデアと思いましたが、相談が急増しませんでしたか。

越野 ご心配いただきましてありがとうございます。実は相談が全くございません。これはストレスチェックの結果もそうですけれど、ハラスメントを受けているかについては、非常に少ないパーセンテージですが存在はしています。ただ、これは年々下がっており実際の相談窓口に相談されたケースは一切ございません。やはりいろいろな意味で予防措置を打っているのが効果として出ているのかなと思っております。

質問4:
パワハラであるかどうかの判断は企業側が行うのですか。

戸谷 結論から申し上げますと、第一次的な判断はもちろん会社が行うことになります。労使紛争になっているということはお互いに主張内容が違うわけですから、行政としてはパワハラかどうかの判断はしません。最終的な判断をするのは裁判所になります。

質問5:
パワハラ判断に係る標準的なプロセスは行政から示されるのですか。

戸谷 これは多分指針で示されるのかということだと思います。事業主にそれは委ねられているのかということですが、このプロセスというのは、例えば事案が発生したときは懲罰委員会か何かが事案を調査して、加害者に聞き取り調査をして、最終的にどういう判断をすると決めるのか、そういう具体的なプロセスまで標準的なものは全部示されるのかということですが、それは示されないと思います。私が今得ている情報ではそこまでは示されないです。あくまでもどういうプロセスを踏むかというのは事業主、会社側に委ねられているということです。

質問6:
パワハラについて判断する場合、いろいろ聞き取りをした記録等はとっておく必要がありますか。労基署など行政への記録の提出が求められることは想定しておいたほうがよいですか。

戸谷 これは当然とっておいたほうがいいです。最終的に裁判になる可能性もありますから。労基署など行政への記録の提出も同じです。想定しておいたほうがよいです。

質問7:
相談を受ける場合、明らかにパワハラでないと思われる事案、パワハラの可能性がある事案、パワハラと認定される事案の3つに分けた場合、初めの聞き取りの段階で差を設けていますか。

戸谷 結論を申し上げますと予断排除の原則ですから、そういうことはいたしておりません。常識的に考えて明らかにおかしいとしても、そのことで扱いに差をつけることはございません。

質問8:
業務委託におけるパワハラについてはどのようにお考えですか。

濱口 これはすごく難しいです。建前上から言いますと、業務委託で労働者でないのであれば、対象にはならないということにはなりますが、この指針の中ではそういったものも対象と書かれています。一方で、同じ厚生労働省の雇用環境・均等局でパワハラも所管していますが、今問題になっている雇用類似の働き方についての検討も進めていて、実はそちらのほうでも雇用類似の働き方に対する保護という議論がいろいろあり、その中にそういった個人請負のような形で働いている方々に対するハラスメントをどうするかというのも1つの課題として挙がっております。これは現時点ではまだ議論の最中なので、今後どうなっていくかということですが、当然のことながら広い意味での社会におけるハラスメントの問題を考える上では、当然逸することのできない課題だろうと思います。職場も、とりようによっては雇用に限らないものも含むのかもしれませんので、問題意識としてはかなり広く現在取り組まれているということであります。

質問9:
解雇は労基法上ハードルが高い、それゆえ自己退職に追い込むためにパワハラに向かう面があるのではないか、もっと日本の労働市場が流動的にならないとパワハラは減らないのではないか。

濱口 これは確かにある種のタイプ、まさに会社が主導するようなものでは、そういう面があるのかもしれません。ただ、実はこのハラスメントの問題、いじめ・嫌がらせの問題は日本的な雇用システムとは異なる欧米でも、ここ10数年来非常に大きな問題になってきています。ILOで条約勧告がつくられていくのは、まさに世界的にこれが大きく取り上げられているということからすると、少なくとも職場のありようということが一番根本になるのでないかと。日本的な雇用のあり方がこのパワハラの一番重要な原因だというのは必ずしもそうではないのではないかと私は思っております。もちろんある種の会社主導のものはそういう面があるのかもしれませんが、やはり今世界的にILOとかEUも含めて大きな議論になり、そして対策がとられている問題の根本というのは、実は雇用システムを超えたところにあると思っているところです。

あと指針の法的な性格いかんについては法律の規定に基づいて行政庁が国民に対して示した告示としての指針ということになりますので、それは法令の一環ということになります。ただ、その指針の一つ一つの文言がどの程度拘束するかということについてはいろいろな議論になるところだと思いますが、少なくともそれが個々の事案として、例えば裁判所に持っていかれたときには、裁判官は当然その指針を踏まえて判断をするということにはなってくるのかなと思っております。

最後に

望月 私がJILPTにおりましたとき、この事例収集の研究を1年間させていただきました。パワーハラスメントと顧客や取引先からの暴力行為というのは従来からあったものだと思います。ただ、パワーハラスメントについてはそれを我慢して成長していくのだとか、顧客や取引先からの暴力行為については多少無理なことでもお客様のためとか取引先のことを思って対応していかなければならないというふうな考え方があったのだと思います。ただ、職場のよい環境づくりということでは、あってはならない問題だと思いますし、今後法律も施行されていくので、こういう問題が起こり得る、どこでもあるんだという前提で考えていかないといけないと思います。

非常に多くの企業の方がより多くの事例が欲しい、情報が欲しいということを求めていらっしゃいましたので、今まで企業の中で隠してきた問題とかであっても、今後匿名化して情報を見られるような仕組みが必要ではないかと思います。厚生労働省の「あかるい職場応援団」などホームページもありますので、ぜひそういったことを充実していかなければいけないのかなというふうには思います。

松井 ILOの条約はハラスメントフリーな仕事の世界に対する新しい人権をつくったということが言われていて、世界の潮流がそういうふうになっているということ。日本の中でも健康経営というのはすばらしい考え方だと思いますが、病気になった社員をどうするかではなくて、健康増進していくことが労働者にとってもプラスですし、企業の生産性向上にとってもプラスになります。ですから、ハラスメントについてもハラスメントが起こってどうするかではなく、ハラスメントフリーな職場をつくるということは、労働者並びに企業相互にとっていいですし、やはり将来的に企業が伸びていくためにも重要な取り組みではないかと思っております。

その取り組みの際に私の立場から特に強調させていただきたいのは、労働組合もしくは労働者組織を手続きの中に関与させる必要があるということです。やはり先ほど相談窓口の第三者性の問題を指摘させていただきましたが、特にパワハラというのは上司と部下という関係になりますので、そこに一定の客観性を持たせるためにも労働者組織、労働組合が手続きにしっかり関与できるような形をつくる必要があるということ。実際、パワハラは組合員、非組合員でいうと組合員層の中の労働者同士で起こっているケースが圧倒的に多いので、そのことを考えても労働組合がしっかり手続きに関与できるような体制をつくっていただきたいなと思っております。

越野 松井様のお話ともやや重なってしまうかもしれませんが、先ほど来から申し上げておりますように、まずハラスメントが起きたときというのは企業にとって非常に大きなリスクになるということを認識することが重要だと思います。例えば法的リスクもそうですし、顧客や仕入れ先からの信用低下リスク、あるいは社員自体がメンタル失調者になってしまった場合はプレゼンティズム(疾病就業)やアブセンティズム(欠勤)によって作業効率や生産性が落ちるというようなリスクもあり得ます。

そこでハラスメントが起きたときは経営者自身が、大きな自社のリスクになるということを認識することが大切だと思っています。したがいまして、そこに経営者自身、トップ自身がハラスメント対策にかかわっていくこと、リーダーシップをとっていくという発想が重要だと思います。

もう一つ、ハラスメントのみを考えるのではなくてやはり健康経営であったり働き方改革であったり、ダイバーシティであったり、ワーク・ライフ・バランスであったりと、それこそ多角的な視点で捉えることが重要でして、企業環境をよくする、あるいは社員がほんとうにコミュニケーションを隅々まで実施されているような環境をつくり上げることが非常に重要だと思っております。

戸谷 私たちが実際に扱った事案では、企業がしっかりとしたパワハラ対策を策定しているケースが実は少なくないです。それなのに何でパワハラが発生するのかと考えると、やっぱりいい取り組みをしても一過性の取り組みになっているからだと思われます。取り組みが一過性で終わってしまうと、そのパワハラの重要性が忘れられて、パワハラを許さないといった会社の風土が根づかないままになっちゃうのだと思います。繰り返し研修や周知活動を行っていかないと効果が持続しないばかりか、もとに戻ってしまう可能性が高いということです。

企業の皆様にはどうか取り組みを、もう既に実施しているところについてはその取り組みを継続していただいて、パワハラのない職場を目指していただきたいと思っております。

濱口 ありがとうございました。ほんとうにこのハラスメントの問題というのは非常に広がりがありますし、かつこれまでの解雇とか労働条件の問題といった経済的にかなり明確な含意を持ったものに比べると、非常にコミュニケーションのあやみたいなところから絡んでくるという意味で、労働問題としても今までとは非常に違った性格を持ったものなのかなという感じがいたします。そういった意味で本日のこのフォーラムは、その問題の広がりをパネリストの皆様から示していただいた、お集まりいただいた皆様にとってもいろいろ得るところが多かったのではないかと思います。

聴衆の皆様もいろいろなご質問をいただき、またここまでお話におつき合いいただいて、まことにありがとうございました。