研究報告 職場のパワーハラスメントに関するヒアリング調査結果──パワーハラスメントの事例に対する対処などを中心に

私からは、ヒアリング調査の概要と質問項目について説明をさせていただいた上で、調査結果を説明していきたいと思います。この調査では職場のパワーハラスメントと顧客や取引先からの著しい迷惑行為について大きく分けております。実際に非常に多くの事例が集まっておりますので、ぜひJILPTのホームページでそれぞれの事例をご参照いただければと思います。

調査の概要

この調査は厚生労働省から要請を受けまして、職場のパワーハラスメントの具体例や企業の対応事例を収集・分析したものです。できるだけ企業あるいは団体の方々からいただいた意見をそのまま載せる形でご紹介をさせていただきました。

2018年4月から12月にかけて、ヒアリング調査を37事例、また、書面調査で15の企業・団体からご協力をいただいて実施しました。対象ですが、製造業が非常に多い形となりました。これは調査をご承諾いただいた企業に製造業が多かったということと、製造業では職場の安全衛生や職場環境の整備ということで、ハラスメントへの対応が進んでいるということもあるかと思います。中小企業は10社ほどですので、大企業に偏った形となりました。

調査を通じまして、ハラスメントに熱心に取り組んでいる企業は既にさまざまな取り組みを独自に進められていると感じました。また、調査をしているときにも、他の企業の事例を知りたいですとか参考にしたいですとか情報が欲しいというご意見は非常に多くのところからいただいておりまして、改めてハラスメントの対応について、多くの情報を皆さん欲しがっているということを感じました。

質問項目

報告書では小項目に分けて主な回答をピックアップして記載をさせていただきました。大きく分けますと、まず、パワーハラスメントへの対応について、職場の環境づくりを聞いております。それと実際に生じたパワーハラスメントの事例、法案などが出る前でしたので、行政としてどのような対応が望ましいのかということも聞いております。

2つ目は、企業や取引先からの著しい迷惑行為の対応について聞いております。企業や取引先からの著しい迷惑行為に対応する体制と実際に生じた事例、それからその対応などについて聞いております。

調査結果

パワーハラスメントが起こらないような職場づくり

この調査を通じて、ほとんどの企業で就業規則や行動規範などでハラスメントを禁止しているということが分かりました。ただ、パワーハラスメントと明示している例と、パワーハラスメントと明示せずセクハラ等としていたりして、ハラスメントというのが読み込めるようにしているという例がありました。

対外的にはホームページなどで周知をされているところが非常に多くありました。従業員の方々に知っていただくために、社内のホームページやメールマガジンなどでハラスメントの事例や相談窓口の情報提供を積極的に行っておられます。さらに、研修の機会が非常に多く設けられておりまして、新人研修とか階層別研修とかマネジメントに対する研修などでハラスメントについて研修をされておりました。集合して研修をすることが難しい場合もありますので、その場合はeラーニングなどを活用している事例もありました。

このような取り組みは、熱心な担当者や経営者の意識に支えられていることが大きいと感じました。ハラスメント担当者に対する研修も必要だと思いますし、多くの企業で求められております。また、企業では、研修ではありませんが、トップや経営陣がハラスメントに対してどういう意識を持たれているかということもポイントであると思いました。ハラスメントについて、経営陣が通達や社員向けのメッセージを出してハラスメントのない職場づくりを積極的に周知されているという事例も見られました。

パワーハラスメントの事例

6類型に分けて事例を収集しました。

「身体的な攻撃」としては、殴る・蹴るなどの暴力行為、特に現場があるところでは依然としてそうした暴力行為があるということでした。これがハラスメントに該当することはもう多くのところで知られているわけですけれども、やはり事例としてはあり、それも職場だけではなく宴会などでかっとして殴ってしまったという事例も挙がっています。

2番目の「精神的な攻撃」は、非常に多くの事例がありました。暴言、大勢の前での不必要な叱責、人格否定発言、不機嫌な態度で回答するというものが見られています。

3番の「人間関係からの切り離し」も、懇親会や打ち合わせに呼ばない、無視をする、挨拶を返してくれない、などが挙がりました。外国人の社員がいるようなところでは、日本人の方は意識していないが、外国人の方が疎外感を感じて訴えてくるという事例も挙がってきています。

4番目は「過大な要求」です。目標達成のために過度なプレッシャーをかけ、売り上げ目標などを課しているという例ですとか、英語が不得意な社員を海外担当へ異動させたとか、ルール違反の罰金、これは製造業等で手順を間違ってしまったときに独自の罰金制度として1回500円と設けて、それがプール金として蓄積されていたという事例でした。それから少額な物の要求で、上司の機嫌が悪いときにお菓子を買って来させるとか、小額の物を貢がせるというものがありました。

5番目の「過小な要求」は、事例はそれほど多くありませんでしたが、中途採用者から、業務を割り当てられないという訴え、体調や能力に配慮して職場としては配置したが、本人から不満が出ているという事例がありました。

6番目の「個の侵害」は意外とありました。飲み会に執拗に誘う、プライベートを詮索する、自宅の草むしり等の私用をさせるといった事例が出ています。

この6類型のどれかに当てはまるというわけではなく、複合的に発生している事例も多くあります。これらに対応するときに、相談者のプライバシー保護とか不利益取り扱いの禁止などはほぼ全ての企業で周知されていて、二次被害の防止についても重要性は認識されていました。事情聴取などの対応は、上司を経由せずに人事部など関係のない部署から直接行うということが決まっている例と、どういうところが行うかが決まっておらず、臨機応変に対応している事例などさまざまでした。中小企業では、経営者の方みずからがやられているという事例もありました。

グレーゾーン、判断が難しい事例

これは業務の適正な範囲かどうかということで非常に苦労されていると感じます。例えば上司は指導のつもりであったけれども、大きな声を出す頻度が高いなどで、本人はパワハラとして捉えているようなケースです。第三者から見た確認がとれない、第三者から見たらパワハラでもその本人はパワハラじゃないと言っている例がありました。

部下に考えさせるという指導方法をとり、なぜかと部下を問い詰めていくのですが、これが部下を追い詰めてしまっているような事例ですとか、安全性や命にかかわるような製造業・建設業などの事例ですが、現場で厳しく指導するとパワハラと言われる例、加害者と被害者の言い分が異なっている例もありました。

世代間のギャップでは、自分が若いときこんな指導を受けたからということでやっているとパワハラととられかねないような厳しい指導をしている例ですとか、世代間で若い社員とか違う雇用形態の社員の方とうまくコミュニケーションがとれていないという事例もあります。雇用の多様化が進んでいて、ハラスメントに非常に敏感になっているところがあるという意見もありました。それと職場のコミュニケーション不足とか、人間関係の好き嫌いが発端となってハラスメントが起きているという事例もありました。

全体的に、調査企業ではグレーゾーンの案件に非常に苦労をされております。グレーゾーン案件の対応をどうするかを聞いたのですが、パワハラではないかということを白黒はっきりさせて再発防止を防ぐという意見と、白黒はっきりさせるよりもまずお互いが納得するように対処しているという事例がありました。

ハラスメントということが非常に多様な意味で捉えられていますので、グレーゾーン案件に白黒をつけるのは非常に難しいと感じますが、厚生労働省でも基準をつくられているところですけれども、ある程度の基準があることでこの解決の道筋にもなると思いますし、再発防止も図れるのではないかと調査を通じて感じております。

判断に迷ったときの対処

ここは大企業が非常に多く、顧問弁護士の先生方に相談されている例が多くありました。またトップがリスクと考え、リスクマネジメントという観点から経営陣に判断を仰いでいるという例、組織として対応するということが一番重要だとおっしゃっているところもありました。

よくヒアリングして客観的な意見を集める、過去の案件をリスト化して比較する、などを行いどうするかを見ていっているという事例もありました。

就業規則違反については顧問弁護士に相談、産業医や精神科医などの専門家にアドバイスを求めて被害者の方に対して配慮をするという例もありました。

ホールディングなどの内部統制室に相談するという事例、グループ全体のリスクマネジメントという観点から対応されているという例もあります。

行為者から訴えられても大丈夫かという観点からはリーガル部門に相談しているという例もありました。

個人間のトラブルとして捉えるのではなく組織として対応することが非常に重要だと思いますし、それにはトップマネジメントの関与が必要ではないかと感じています。大企業では、過去の事例をリスト化しているので、そこから大分解決の道筋が見えてきたというところがありましたが、これは中小企業では非常に難しいと思います。中小企業は専任の担当者を置くことはできませんので、人事異動で当事者同士を引き離すということは多くのところで行われていましたが、それが難しいという意見がありました。

完全に匿名化した情報のプラットフォームのようなものがあったら、そこを参照していただけるのではないかと感じます。厚生労働省の「あかるい職場応援団」というホームページは、非常に多くの企業で参照されておりまして、裁判例とか事例とか社員向けの啓発のビデオなどもその中にありますので、よく使っているという意見がありました。さらに事例を多くしてその内容を充実させてほしいという意見もありました。こういったものを見ていただいて、企業の方が参照できるようなプラットフォームをつくっていくことも今後重要なのではないかと思います。

対応する上での困難

職場でのコミュニケーション不足から意思疎通不全が生じている、案件が多岐にわたって複雑化している、パワハラを訴えたような人が実はパワハラをしているというケースもありました。

多くのところで聞かれたのが、上司がパワハラを気にして指導ができなくなっているということです。案件が増えておりますので、相談窓口の担当者の負担が大きくなっていること、それから社外に相談したいというケースが増えているということもありました。

テレワークやSNSとかを通じて仕事をすることが多くなっておりますけれども、メールとかSNSなどを使うと、言葉遣いが強くなったりパワハラが生じやすくなるのではないかという意見もありました。

対応するためには、パワハラの6類型の典型例とかチェックリストとかパワハラの理解を促進するということも重要だと思います。一概に法律で縦割りにはできないという意見もありますが、一方法律で明確化してほしいという意見もありました。さらに、対応する上で世代間のギャップもあるので、自分たちの物差しだけでは対応していけないということを認識しているという意見もいただいております。

顧客や取引先からの著しい迷惑行為への対応

こちらも事例が多く挙がってきており、ここでは一部しかご紹介できませんので詳しくは報告書をご参照いただければと思います。

運輸業ではお客様相談室で既に多く対応されておりますので、割と事例が多くなっており、組織的に対応して難しい顧客が来たときは次に上司が出るといったような体制が決まっていると聞いております。

社員が一人で抱え込んでしまうとどうしても問題発見が遅れたりとか、事が大きくなったりしますので、まず上司に相談するようになっているという意見もありました。

第三者行為については、マニュアルを整備している、お客様の迷惑行為が繰り返される場合は警察に相談し、とにかく毅然とした態度をとるようにしているという意見もありました。ただ、なかなか実際としては難しいという意見もありました。

業界団体としてガイドラインを作成されているところもありました。業界団体としてマニュアルとかガイドラインをつくっておられるときは、それに基づいて企業が方針を対応のマニュアルに落とし込んでいるということでした。

非通知の入電は受けないという意見もありました。これはお客様相談室などでは既に事例が多くありますし、迷惑行為をする人は割と同じ番号からかけてくるということがありますので、非通知の場合は受けない、また、過去の電話番号の履歴で判断して対応を決めているという例もありました。

現場が近ければ近いほどお客様に言われるがままになってしまい、理不尽な要求でも何とかお客様のために対応しようという意識が働いて、結果的に変なことになってしまうということもありますので、なるべく現場から離れたようなところからも対応するべきではないかという意見もいただいております。

顧客や取引先からの著しい迷惑行為の事例

業態によって非常にさまざまな事例が見られております。運輸業で伺ったのは酔客からの暴行で、駅で寝ていたので起こしたら殴られた等いろいろな事例がありました。他のお客様とけんかしたりとかスタッフに暴言を吐いたりとか備品を壊すとか、これは娯楽業みたいなところで聞いております。しつこく電話をかけてきて、少額なものですけれども、品物をよこせと言われるという意見もありました。

小売業では、返品交換を繰り返す、大量に取り置きをして購入しない、今までやってくれていたと言われてしまうということで、それは今までが間違っていましたと回答して不適切な関係を断ち切ろうとしているという意見をいただきました。

顧客によるセクハラもありまして、これは小売や介護などで見られた事例です。

電話やメールでの暴言・誹謗中傷、SNSで誹謗中傷したりする。小売業ですと名札が書いてあるお店もありますので、そのお名前の人宛てに中傷を繰り返すという事例がありました。

取引先から無理な要求、短い工期を要求してくる事例もありました。

派遣業では、派遣を希望するスタッフさんから暴言を吐かれる、女性のコーディネーターが男性から暴言を吐かれるという事例がありました。対応としては、毅然とした対応をするために弁護士に相談するとか、警察OBを顧問として活用するということをおっしゃっていました。

まとめ

今回の調査はパワーハラスメントの対策の重要性を認識し先進的な取り組みをされている企業や団体などから具体的な事例を収集させていただいたものです。

職場のコミュニケーションの活発化とか対応方針の整備など、現時点でも対処できるところは多くあると感じました。

個人の問題として片づけるのではなくて、組織として対応する必要性があると思います。

グレーゾーンの案件については、パワハラかどうかの判断が難しいところではありますが、まず課題解決をすることが必要だと思います。

顧客や取引先からの著しい迷惑行為については、対応が進んでいる業界がある一方で、多くは対策が遅れております。このような迷惑行為があるということを周知していくことから始める必要があると思います。

今回の調査は、先進的な取り組みを紹介させていただいたものなので、実際にはもっと対応が遅れているのではないかと思います。今後、立法化に向けてこの対応が進んで強い職場づくりが進んでいく一助になればと思います。

プロフィール

望月 知子(もちづき・ともこ)

山口県宇部市政策広報室長/前 労働政策研究・研修機構 統括研究員

東京大学経済学部卒。1995年、労働省(現厚生労働省)入省。2006年から2009年まで、在ドイツ日本大使館で労働アタッシェとして、ドイツ労働社会省、労働組合、経営者団体との調整に従事。2010年から2012年まで静岡県庁経済産業部就業支援局長。2015年から2016年まで、厚生労働省職業安定局経済連携協定受入対策室長として、インドネシア、フィリピン、ベトナムとのEPAを担当。2018年から2019年まで、労働政策研究・研修機構統括研究員として、パワーハラスメントに関するヒアリング調査を実施。2019年4月に山口県宇部市役所に転職し、政策広報室長として勤務。

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