事例報告 J.フロントリテイリング株式会社における無期転換制度の取り組み

講演者
忠津 剛光
J. フロントリテイリング株式会社執行役
フォーラム名
第96回労働政策フォーラム「改正労働契約法と処遇改善」(2018年3月15日)

J.フロントリテイリンググループは、大丸松坂屋百貨店やパルコなどを傘下に収め、卸売事業やクレジット事業も展開している会社です。グループ全体の売上は約1兆円で、大丸松坂屋百貨店単体では約6,400億円になっています。1997年には約1兆円だった百貨店の売上が、現在はその半分くらいになっている。つまり、百貨店ビジネスというのは、毎年2~3%ずつ売上が落ちている業態で、ビジネスモデルを根本的に改革しなければ、この先、生き残っていけないと考えています。

事業の構造変革に合わせた人事制度の構築を

当社グループ全体の今後の要員数を人事部門が試算したところ、現在約1万人いる従業員が、20年後には4,000人に減少しているという結果になりました。バブル世代の社員が大量に定年退職し、このまま何も施策を打たないと、そのような状況に直面するということです。ですので、従業員の約7割を占める女性や高齢者の活用、また非正規従業員の処遇改善・戦力化をより一層強化していかなければなりません。

したがって人事部門の課題は、事業の大きな構造変革に合わせた人事制度を構築し、そのために必要な人事改革を実行していくということです。例えば銀座に「GSIX」をつくりましたが、百貨店の看板を掲げることなく、テナントから家賃収入を得る形態への業態転換を図りました。現在はグループ全体の要員が百貨店に偏っており、百貨店を中心とした人事制度を運用していますが、今後は新しい事業やビジネスに合わせて変えていかなければなりません。

採用政策の転換で中途採用を開始

当社は従来より、外部からあまり人を採用してきませんでしたが、採用政策についても転換しているところです。例えば、CFOやCIO、傘下のカード会社の社長も外部から招聘していますし、中途採用も開始しました。そのなかの「マザー採用」は、短時間勤務でもしっかり働いてキャリアを築きたいという人を対象としたものです。不動産事業を担当している1級建築士の資格を持つ女性、法務の分野でキャリアを積んできた方、中小企業の人事部長を務めていた女性など、既に数名を採用しており、多様な採用と雇用形態をつくっていこうと取り組んでいるところです。

「パートナー」が全員「専任社員」へ転換

雇用区分については、「社員」と「パートナー」の間に、「社員(エリア限定)」と「専任社員」をつくりました(図表)。当社では、改正法の施行より1年前倒しして、有期契約社員の無期転換を昨年実施しました。

「パートナー」の一層の戦力化による現場の競争力の強化と、厳しい採用環境下においても必要な人材を確保できるよう、より安定的で安心して働き続けられる雇用区分として、雇用期間を無期にするとともに、労働条件の一部を引き上げた「専任社員」を新設しました。

具体的には、大丸松坂屋と販売会社のDMSAに所属して(5年ではなく)1年を経過する60歳未満の「パートナー」のうち、一定条件を満たす者を「専任社員」に転換しました。「パートナー」の給与水準は、役割と責任範囲および勤務地が限定されているため、社員の83%から90%のレベルにあり、「専任社員」転換後もその水準は変わらないのですが、病気等で休んだ際に賃金の80%が支給される休業扶助や、欠勤控除の仕組みの適用などを社員と同条件としました。2017年6月の制度導入時には、1,600人の「パートナー」が条件を満たしており、その全員が、一斉に「専任社員」に転換しました。今後も1年を超える対象者が発生する都度、「専任社員」への転換を実施していきます。

エリア限定の社員区分も新設

「社員」は、職務・勤務地ともに限定がない雇用区分ですが、就労観の多様化やワーク・ライフ・バランスをより重視する価値観が一般的になるなどの変化に対応し、働き方やキャリア形成、処遇条件などを主体的・自律的に選択することができる制度として、「社員(エリア限定)」を新設しました。勤務地は、札幌、首都圏、静岡、中部、関西の五つのエリア(地区)があります。半年ごとに設定される申請期間内に、本人が自己申告することで、理由を問わず転換することができます。また、「社員」と「社員(エリア限定)」の相互転換が可能であり、回数に制限も設けていません。

処遇や労働条件については、「社員(エリア限定)」の間は月例給与と賞与が社員の95%水準となりますが、その他の労働条件は社員と同一基準です。なお、経営を担う責任の大きさと組織に与える影響度、また適材適所の配置を全国規模で適時実施している実態を踏まえ、部長は全国転勤を要件としています。

転換の実績については、2017年9月の制度導入時に、全社員の20%に相当する約700人が適用申請し、社員(エリア限定)に転換しました。また、今年3月には新たに24人が転換し、同時に、75人がエリア限定から「社員」に再転換しています。

社員登用の増加で組織活力の向上へ

当社では、「パートナー」のうち一定以上のグレードで1年以上の経験年数があり、全国勤務が可能である者を対象とした、社員登用制度を整備してきました。個別面接、試験、成績考課、行動特性多面観察データ、職制情報等をもとに、全社の検討会議において、現状の成果発揮だけではなく、将来的なマネジメントラインを目指せる人材かどうかを総合的に検討、判定します。2015年度に14人、16年度に11人、17年度に7人を登用してきました。今年度以降は、「専任社員」から「社員」および「社員(エリア限定)」への登用を実施していくことになります。これまで全国勤務の条件に躊躇していた人材を登用することが可能になりますので、今年の登用人数はもっと増え、組織活力の向上へとつながることを期待しています。

事業モデル改革で職務型から職能型へ

雇用区分や雇用形態、社員の処遇などを見直していくなかで、結局、一番大きな課題は、当社の事業モデルや仕事自体をどのように改革していくか、それに沿った人事制度をどうやって構築していくかということに尽きます。現在、当社の人事制度は「○○の仕事の賃金は○○」というように職務に基づいて設計されています。つまり同じ仕事に就いている限り、処遇は上がらない仕組みなのですが、今後、事業モデルの改革に伴い、新たな業務に移ったり、発明・発見・創造性が求められる仕事や、もっとチャレンジが必要な仕事をして欲しいと思う時、現状の職務型ではなかなか合わなくなってきています。そこで今、職務ではなく「個人」に振り戻す職能型に近い形に転換できないかということを、人事戦略として検討しています。職能型1本で段階を区切ることにより、グループ全体のなかで配置しやすくもなります。個々人が努力をすれば上がっていく仕組みに、どうやって転換していくかということが人事担当としての喫緊の課題です。

もう一つの課題は、仕事そのものを革新していくということです。「働き方改革」という名の下で制度を導入しても、結局、残業は減らないでしょう。なぜかと言えば、今までの仕事が全然変わっていないからです。仕事のやり方を改善するというよりも、大きく業態転換するなかで、仕事そのものを転換していく。この作業をやらなければ問題は解決しない状況に差しかかっており、人事として何ができるのかを日々、考え続けています。

プロフィール

忠津 剛光(ただつ・たけひこ)

J.フロントリテイリング株式会社執行役

1980年株式会社大丸入社、2002年3月同社本社管理本部人事部部長人材育成担当、2015年1月J.フロントリテイリング株式会社 経営戦略統括部スタッフ(グループ組織要員政策担当)兼 株式会社大丸松坂屋百貨店 本社業務本部人事部長、2015年5月J.フロントリテイリング株式会社 執行役員 経営戦略統括部グループ組織要員政策担当事務管掌 兼 株式会社大丸松坂屋百貨店 執行役員 業務本部人事部長事務管掌、2017年9月J.フロントリテイリング株式会社 執行役 業務統括部グループ人事部長 兼 グループ人事・人材育成・採用担当事務管掌 兼 株式会社大丸松坂屋百貨店 執行役員 業務本部人事部長事務管掌(現任)。

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