基調講演 企業内キャリアコンサルティング:現場の声から~「個」のキャリア自立支援が「組織」に資するとは~

私は1973年、総合商社の伊藤忠商事に入社しました。エネルギー本部で、17年間、営業活動に従事してきました。40歳で人事部に異動となり、2001年には、社内にキャリアカウンセリング室を立ち上げ、初代室長に就任しました。社員への1対1のキャリア相談、「個」への対応から、連携・仕組み化を通じて、組織に役に立つキャリアカウンセリングのあり方を追求してきました。退職後は、浅川キャリア研究所を設立して、企業内キャリアコンサルティングの普及に力を注いでおります。

キャリアコンサルタントのこれまでの流れ

本日は、「個」のキャリア自立支援ができれば、「組織」にプラスになることを、お話します。最初に、キャリアコンサルタントが資格化されるまでの流れについてお話します。2001年1月、中央省庁再編に伴い、厚生労働省がスタートしました。その年の11月の衆議院において、当時の坂口厚生労働大臣が、今後5年間で5万人のキャリアカウンセラーを養成すると答弁しました。それから15年。2016年には、改正職業能力開発促進法が施行され、キャリアコンサルタントが国家資格となりました。仕事を通じて、従業員がキャリア自立すること。事業主が相談に応じる体制を整備することが求められました。

こうした背景には、長く続いた安定成長期が終わり、1990年代初めのバブル崩壊、2008年のリーマン・ショックなど、時代の荒波があります。経営側からみると、成果主義、実力主義の導入があり、創造性を発揮し、社員は自立を求められることになりました。これまで、上司に合わせて協調性を大事にしてきた社員には、戸惑と不安が広がりました。直近の時代で言いますと、少子高齢化、グローバライゼーション、AI、IoT、ICTなどです。

こうした社会の変化は、とても急激なものです。変化に気づいて学んだら、コミュニケーションがすぐに上手くなるのでしょうか。研修で教えれば、社員はすぐに動けるのでしょうか。そうではないとしたら、何か聞いてもらえる、相談できる、気づきが得られる場は、非常に重要なものとなります。

伊藤忠のキャリアコンサルティング

こうした社会の変化に対し、伊藤忠は、どう考え、どう行動したのでしょうか。最初は、相談のための部屋づくりをしました。1年間の試行錯誤の末、正式に、キャリアカウンセリング室を立ち上げたのが2002年です。当時の伊藤忠のキャリアコンサルティングには、「6つの機能」がありました。

1つ目は、社員一人一人の相談対応です。「個」が対象です。2つ目は転職支援です。最初、会社はこの機能を求めてきました。3つ目は、メンタルヘルス専門家との連携です。相談室それ自体は、医療、治療の場所ではありません。4つ目は上司支援です。新任課長、新任部長研修に力を入れました。5つ目は、グループ企業の支援。6つ目は社会貢献です。

最初の転職支援の時から、相談対象は全社員とアピールしました。そして相談に来るのが当たり前の企業文化に育てていきました。時間はかかりましたが、社員の口コミ、研修の場での紹介などを通じ、また、仕組み化することで、相談に来やすい部署になっていきました。

現場から信頼される仕組みを構築する

一方、伊藤忠以外の企業では、どうだったのでしょうか。他企業から寄せられた相談には、以下のようにアドバイスをしてきました。

1番目は、企業理念・人材育成ビジョンです。これが、どうなっているか。最初にお尋ねします。2番目は、職場の実態把握からの制度設計です。職場で何が起きているかを把握しないで、制度設計をしても、現場から乖離した仕組みになります。3番目は、職場をイキイキさせる機能とすることです。4番目は、キャリアコンサルティングへの理解です。ご自身がわかっていても、経営幹部や人事に理解してもらうための、努力は欠かせません。5番目、後継者育成と継続への思いです。6つ目、仕組み化です。7番目は、企業文化・歴史・業績・経営の思いをしっかりと押さえることです。8番目は、数字による検証効果の必要性です。9番目は、現場から信頼される場であることです。キャリアコンサルティングの仕組みをつくっても、自分が相談に行きたいと思わないようでしたら、無理に導入することはお勧めしません。本当にそのようにお伝えしていました。

若手、女性、管理職からの相談内容

相談事例を振り返ると、若手社員では、入社後のキャリア・ショックがあります。いま、現場では、若手にじっくり教える余裕がなく、本人にも戸惑いがあります。こんなときは、相手の話をじっくり聴いて、何が起こっているのか、どう感じているのか、本当はどうしたいのか。こうした話をするうちに、本人に様々な気づきが生まれます。そこから主体的な話をするようになり、もうすこし頑張ってみよう、という気持ちになります。

女性社員からは、家族とのやりとり、職場復帰の進め方、スキルの維持、派遣女性との人間関係などなど、様々なテーマが寄せられます。自分の話に夢中になっているうちに、ふと周囲の思いに気付くケースもあります。最初は感情をさらけ出してもらっても構いません。でも、徐々に冷静になっていき、「どうすれば働くことが楽しめるのか」、そんな視点が生まれると、前向きな話につながります。

管理職の場合は、上からは数字が降ってくる。部下は、かつての自分のように、黙ってついてきてはくれない。業績向上、取引先訪問、出張、会議、部下の評価・面談、コンプライアンスなどやるべきことは多い。これでは、ご自身の家庭や健康を省みる余裕もないし、学び、休養に充てる時間もとれません。職場で一番大変な管理職がもっと輝ける職場をめざすべきです。

企業内にキャリア相談の部署や機能があると、実際に相談に行かなくても、いざとなれば相談に行けるという安心感が生まれます。その結果、いい仕事ができ、部下も相談しやすい企業文化が生まれます。

期待される6つの機能とは

では、企業内キャリアコンサルティングには、今、どのような機能が期待されるのでしょうか。1つ目はアンテナ機能です。個人の問題から判断すべき、組織として気になる問題です。時には、人事制度、経営方針などについても、社員が信頼して本音で語る話は、とても重要です。2つ目は相談機能です。もともと相談を受ける部署ですから、当たり前ですが、上司からの相談、あるいは、人事制度の構築者から、現場で起きていることについての相談もあります。3つ目は、問題解決機能です。社員の声を丁寧に聞いてあげれば、社員自らが解決策に気づき、それに向かって動き出すことすらあります。4つ目は連携機能です。現場、人事、医療、家族。個別の問題というより、組織としてどう動くのか。こうした連携は、会社にとって大きな力になります。5つ目は人材育成機能です。1対1だけでなく、管理職研修での気づきは、組織として人を育成することにつながります。6つ目は提案機能です。日々、現場の生きた情報に接し、相談を重ねると、「現場でこんな手を打ってみたらどうか」など、前向きな提案が出ることがあります。こうした機能が企業内キャリアコンサルタントに期待されます。

今後に向けて考えること

最後に、今後に向けて考えていただきたいことをお話します。企業にとって、数字は重要なものです。しかし、キャリアコンサルティングに数字で測る効果を求める必要があるのでしょうか。「個」のキャリア自立支援を大事にする企業であれば、キャリア形成やキャリアコンサルティングに関心を持ち、それを進める際、社員の目、言葉の勢い、その中味、反応などから、さまざまなことを感じ取ってほしいと思います。

2つ目は、生き生きした社員が中心となって働く職場では、業績が上がり、トラブルが減り、無駄なことに割く時間、ストレスが減ります。また、優秀な社員が集中して仕事に取り組めば、上司は余裕が持てて、部下を見ることも、声掛けすることも、面談をすることもできます。また、何かおかしな兆候を感じとった部下の話をじっくり聞くこともできます。こうした一連の行動を上司ができているのか。経営や人事で考えていただきたいと思います。

企業内にキャリアコンサルティングが広がっていくことは、社会にも企業にも、すばらしい流れをつくり出します。企業内キャリアコンサルティングが、日本が世界に広げていく代表的な文化の一つになればと思っています。

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