パネルディスカッション
今後の企業の転勤のあり方について

パネリスト
志水 静香、匂坂 仁、竹舛 啓介、武石 恵美子
コーディネーター
佐藤 博樹
フォーラム名
第92回労働政策フォーラム「今後の企業の転勤のあり方について─仕事と家庭生活の両立の観点から─」(2017年6月29日)

パネルディスカッション

佐藤 本日ご報告いただいた3社は、異動や転勤に関する人事管理がそれぞれ異なるタイプだと思います。

ギャップジャパンでは社内公募制を導入する前、会社主導で社員の転勤を決めていた時期があったそうですが、どのようにして方針を転換したのでしょうか。その時に直面した課題はどのようなものがありましたか。

転勤の見直しと社内公募制の導入

志水 当時は店舗の展開を急拡大していた時期で、正社員を国内のどこへでも転勤させていました。各店舗には売上・原価・粗利といったバランスシートがあり、そのなかで人件費や間接費をコントロールしていますが、自ずと転勤にかかる費用も膨らんでいきました。そこで私たちは、二つのアプローチをとりました。まず、社員に対してアンケートやヒアリングを行い、転勤について彼らがどのように感じているか調査しました。その定性的なデータを経営トップに示すとともに、転勤にかかるあらゆる費用を積み上げ、年々増加する数字を経年比較して提示しました。その上で、転勤にかかる費用を、他に有効な施策――例えば人材を確保するための採用、社員の能力開発、パートタイム社員を増やして接客を手厚くするなどの――、ビジネスにも還元できるはずだと進言しました。何度も議論を重ねた結果、経営側の理解を得て、転勤の見直しを行うことに成功しました。けれども現実問題として、新規に店舗を立ち上げた時に人員が足りないことも多々あります。そのような場合は、例えば店長だけは本人の意思を確認して転勤をさせ、他の人材は現地採用するというように、ビジネスのニーズに合わせて柔軟に対応しています。

佐藤 その時、社内公募制に変えることも提案されたのですか。

志水 はい。社内公募制度の有効活用も同時に提案しました。もともと会社の重要なポジションに関しては、基本的に年2回の「タレントレビュー」を実施しており、それは店長も含まれます。どんな人材が組織内にいるのか、昇進可能かどうか、成長のためにどのような育成プランを実行するのか、事業部のリーダーと人事があらゆる角度から議論します。キャリア目標や転勤希望など人材に関する情報が、このタレントレビュー会議で活用されます。ただ情報が変わることもある。例えばAさんに広島の店長を任せたいと思って打診したところ、「最近子どもが生まれたばかりで行けない」となる。その場合は即社内公募に切り替えて、組織全体から人材を募ります。キーとなるポスト以上は、会社からまず提示するけれども、その際も本人の同意がなければ異動はさせません。店長以外のポジションは、原則社内公募です。たしかに、異動や転勤は能力開発に寄与する部分があるのかもしれませんが、当社では何よりも、従業員の「エンゲージメント」を重視しており、「行きたい」「この仕事に挑戦したい」と感じ、高い意欲を持つ人材のほうがコミットも強く、より優れた成果を発揮するのではないかと考えているのです。

佐藤 そうすると、店長より下の人たちは自分から手を挙げない限り、他の店舗に異動することはないということですね。つまり、店長やもっと上のポジションを目指そうと思ったら、常に社内公募をウォッチして、店長などの公募があれば手を挙げる準備をしなければならない。その辺りはいかがですか。

パート社員も「自分のキャリアは自分で考える」

志水 そのとおりです。これは当社の特徴なのかもしれませんが、当社ではパートタイムを含む全社員に対しても「キャリアは自分で考える」ことが求められています。会社はキャリア機会や研修などの手段を提供しますが、自分が望むキャリアが実現できるよう能力を高め努力するのは自己責任です。ですので、パート社員でも「○年後に店長になりたい」と考えている人は数多くいます。キャリア意識が強い人材はもちろん、そうでない人でも、「短期的にはこんな仕事がしたい。長期的に目標としている仕事は○○」、ないしは「店長を経験した後、本社に異動したい」など、社員は主体的にキャリアを考えています。社内公募などの情報をしっかり見ているため、公募前に、「あのポストが空いていると思いますが、公募はしないのですか」などと社員から言われることもあります。

佐藤 会社主導の転勤制度を廃止して、社員が自分で自分のキャリアを考える――。こうしたことが定着するまで、どのくらいの時間がかかったのでしょうか。初めから抵抗があまりなかったのか、あるいは会社が何らかの支援や取り組みをしたのでしょうか。

同僚の昇進が良い刺激にも

志水 当社には店長の上に「地区管理マネジャー(DM)」というポストがあるのですが、実はそのポストに就いている人たちの約8割がパート社員から昇進してキャリアアップしています。正規・非正規にかかわらず「どんな仕事がしたいのか、将来のキャリア目標は自分で考えて表明すること」が求められています。叶うかどうかは別として、自分の目標や希望を上司や同僚に言うことによって、挑戦するという責任が本人に生まれます。キャリアセミナーをはじめ、あらゆる機会を通して、そうしたことを社員に伝えてきました。そうしたなかから頭角をあらわし、手を挙げ、自分でチャンスをつかんでいった人材がロールモデルとしてたくさん社内にいます。そうした状態になるまで数年かかったでしょうか。最初はキャリア目標がない人でも、自分の同僚や部下が昇進し、さらにその上に進んでいる姿を見て触発されることも多いようです。組織内で職責を拡大したり、キャリアアップしていきいきと働いているロールモデルの人材が、組織内に良い影響を与えているのでしょう。

約9割が「ナショナル」を継続

佐藤 すかいらーくの社員区分についてもう少し伺います。区分の変更というのは年1回の自己申告で受け付けるそうですが、変更できる「転移枠」のようなものがあるのでしょうか。例えば、全国転勤のある「ナショナル」には大体このくらいの人数が必要だとか、それぞれの区分に必要な人数が決まっていて、その関係で人数を調整されているのか、その辺りの運用を教えていただけますか。

匂坂 当社は国内に3,000店を展開し、北は北海道から南は沖縄まで全ての都道府県に店舗を持っています。なかでも関東地域が非常に多く、地方の店舗数はある程度限定されています。

以前は全ての正社員が「ナショナル」でしたが、四つの雇用区分としてから5~6年が経過しました。4区分の大まかな構成比は、「ナショナル」が86%、「ゾーン」が2.5%、「エリア」が7.5%、「コミュニティー」が4%となっています。「ゾーン」があまり人気がないのは、例えば「北海道+東北」という一つのゾーンがありますが、北海道の人は道内から出たくないわけです。このように、「ナショナル」のまま在籍している社員が圧倒的に多い理由の一つは、やはり給与水準の違いが挙げられると思います。人事異動や転勤のある「ナショナル」に比べ、転居の範囲が限定的な「ゾーン」や、転居がなく自宅から1.5時間以内の通勤としている「エリア」は給与が1~2割低くなります。やはり従前の給与水準を落としたくないので、雇用区分を変える人が少ないのだろうと考えています。

また、北海道や九州のような地域では地元出身の限定社員が多いという傾向があり、社員の出身地や空いているポストは、地域によって偏りが見られます。そうは言っても、全員が異動しない店舗ばかりだと硬直化が起きかねませんので、ある程度は余裕を持たせておく。このように、手を挙げても行けるかどうかは、その地域や場所の倍率によって変わってくることがあります。

佐藤 現状では、社員の選択を優先して決めているのでしょうか。また、新卒採用の場合はどのようになっていますか。

雇用区分の設定の課題とは

匂坂 基本的には社員の希望に基づいて決めていますが、総額人件費という観点もありますので、「地域でがんばりたい」という人たちを積極的に掘り起こしていく活動を行っています。

新卒採用では、「ナショナル」と「エリア」の2区分で募集しています。今は昔と違って、自分のプライベートな事情を理由に「地元に残りたいので、エリア社員を希望します」などと、面接ではっきりと申し出る学生が増えていて、時代の変化を感じます。

先ほどの雇用区分については、以前、区分変更のケースを調べたことがあります。社員の持ち家率の高い地域があったのですが、その地域外への異動発令を実際に打診した時点で、「やはり異動できない」と辞退するケースが多くありました。実は、雇用区分を設定した時の問題点が、まさにこのような事案だと考えています。つまり、給与水準を下げないために「ナショナル」や「ゾーン」の区分に在籍し、異動発令を受けた時になって転勤を断るというケースです。当社では、このような状況を未然に防ぐために、前述のようなケースには一定期間の賞与減額というペナルティを設けています。

異動と能力開発の関係

佐藤 次に、異動と能力開発の関係について伺います。いろいろなタイプや業態の店舗があると思いますが、どのような店舗が展開されているかは地域によって違うと思います。例えば、通勤圏内に特定のタイプの店舗しかない場合は、圏内の他店舗に異動しても同じタイプの店しか経験できないことになる。そこで、店長を例に考えると、店長としての能力を高めるためには、複数の業態を経験したほうが良いのかどうか――。必ずしも異動自体に能力開発効果があるわけではないと思いますが、やはり異動がその手段になるのでしょうか。

匂坂 ご指摘のとおり、ブランドが変わると調理技法も若干変わってくる部分があります。例えば長年、洋食を作っていた人間が、中華レストランに移ってすぐに中華鍋で料理を作れるかと言うと、なかなか難しい。特に和食は調理技法が難しく、刺身は誰でも簡単に切れるものではありません。

ですので、より高いステージで仕事をしてほしいと期待する時は、「あなたのキャリアをもっと伸ばすために、別のステージを用意することができるけれど、どうでしょうか」などと事前にアプローチをして相談します。その結果、本人から「キャリアを伸ばすために雇用区分を広くする」と申し出ることもあります。

異動がないことのメリットとデメリット

佐藤 本人が目指すキャリアを実現するため、異動範囲を広げるなら転勤のある区分に変更したほうが良いわけで、あとは本人の選択ということですね。こうした相談できる体制があることは、非常に大切だと思います。

一方、「コミュニティー」は他店舗への異動がない正社員ですが、店舗の正社員がずっと異動しないことの難しさやメリットなどを伺えればと思います。

匂坂 「コミュニティー」は、地元を知り尽くしていることが最大のメリットです。難しい面は、その店舗のスタッフを束ねられず、組織が壊れてしまった場合です。売上規模によって違いますが、だいたい1店舗あたりのスタッフは、正社員1.3人と非正規30人で構成されています。スタッフの人心が離れ、組織が壊れてしまったら、残念ながら一旦降格となり、「エリア」社員のアシスタントマネジャー(店長補佐)として地元の他店舗に異動するという運用をしています。

勤務地限定制度を廃止

佐藤 サントリーでは、勤務地限定制度を廃止されましたが、その背景にはどういったことがあったのでしょうか。勤務地限定では社員の育成が難しいという指摘がありましたが、その辺りのお話を伺えればと思います。

竹舛 当時なぜ廃止したかと言うと、事業のグローバル化が進むなかで、当然、働くフィールドも日本にとどまらない仕事の仕方が必要になってきました。先ほどご紹介したとおり、「全ての仕事のフィールドをターゲットにする」のが当社のやり方ですので、エリアを限定してしまうと、その方針やメッセージと根本的に合わなくなる。そうした経緯があり、勤務地限定については廃止しました。

佐藤 では現在、勤務地限定制度を活用されていないなかで、キャリアビジョン制度をどのように運用されているのでしょうか。ここでは、社員と丁寧に対話をし、中長期を含めたキャリアや生活のこともいろいろと把握されていると思います。そうすると会社としては、例えば「この人は親の介護があるので今、転勤するのは無理だろう」とか「子どもが小さいので、転勤はもう少し大きくなってから」みたいな情報を踏まえて異動計画を作っているのでしょうか。また、毎年実施される面談では、個人の事情や希望も変わってくると思いますが、それらが人事部門に集約される体制になっているのですか。

社員に寄り添った「キャリアビジョン制度」

竹舛 おっしゃるとおりです。キャリアビジョンの目的の一つが、社員のライフの状況を把握し、必要な配慮を行うことですので、ご本人から育児や介護などの個別事情について説明があれば、その内容も踏まえ、キャリアを検討することとなります。エリア非限定なのだから、個別事情は考慮せず転勤させるということはありません。

面談結果の集約については、完全にシステム化されています。当社では、人事部が異動のとりまとめを行っていますので、人事部門の異動担当者はその内容を丁寧に確認しています。

佐藤 「ダッシュキャリア」と「スローキャリア」という考え方は興味深いですね。例えば、結婚した女性社員が、いずれ子どもを持って、その後も仕事を続けたいということを面談などを通じて会社側が把握した場合、他の同期が経験していなくても、海外勤務などを早期の段階で会社から提案したりするのでしょうか。

竹舛 人事活動においては、そうした点も考慮した運用をしています。例えば「トレーニー」という1年間の海外研修制度は、若手女性が早期にグローバルな就業体験をしてもらう貴重な手段となっています。また、地方配属――営業部門が中心ですが――についても、新卒の女性社員を意図的に配属しています。従来は、地方の営業部門配属は男性が大半でしたので、お得意先様との関係構築など懸念もありましたが、一つひとつ事例を積み重ね、会社としても、個人の成長としても成果に繋がっています。

当社でも女性活躍を推進していますが、女性が働きやすいだけの会社をつくるわけではない。女性が働きやすく、かつ活躍する会社をつくるというメッセージを発信しています。

その上で、男女をフラットにし過ぎないこと――。つまり、出産を行うのは女性であるといった男女の違いがあることも認識して、結果的に公平な成長の機会が与えられるよう、人事の異動配置の戦略を考えるようにしています。

厚労省研究会の提言と配偶者の海外転勤

佐藤 次に、厚生労働省の研究会が作成した「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」に対する意見や感想を、パネリストの方々に伺いたいと思います。内容は武石先生がご説明されたとおりですが、基本は会社主導型の人事管理の企業を想定しています。ただし、従来のようなやり方を見直す必要があるだろうということで、転勤だけでなく異動全体を見直すことを提起しています。

それからもう一つ、いわゆる配偶者転勤の問題についても伺いたいと思います。例えば、女性社員の夫が海外勤務になるというケースですが、1社だけでは解決できない問題です。仮に2年や3年を上限とした休職制度があったとしても、配偶者の赴任期間が事前に明示されていないため、休職期間も事前に確定できないなど、なかなか難しい側面があります。皆さんの会社で、配偶者転勤に何らかの対応をされているのであれば、ご紹介していただきたいと思います。

自分で後継者を発掘・育成する

志水 転勤の必要性について、私たちは試行錯誤を重ね、時間をかけて考え、運用してきました。例えば地方に出店する時、地方での採用はかなり困難です。運営能力に多少の差が出るとしても、その地域で人材を採用して運営できないだろうか検討を重ねてきました。そもそも当社では、国内外を問わず、転勤となる社員にはあらかじめ期間・目的および期待される成果を明示しています。そして、期間中に自分の後継者を採用または社内から発掘し、育成してほしいという期待値も伝えています。それは効果があるようで、「後任者の発掘と育成」という視点を持って、リーダーが人材マネジメントを行っています。そうした取り組みが功を奏し、転勤を徐々に減らすことができたのではないかと考えています。配偶者の転勤に関して、これまで問題になったことは、ほとんどありません。事前に赴任期間を明示しているため計画は立てやすいと思いますし、休職制度もあります。また、女性社員が海外転勤になると、配偶者が「主夫」になるというパターンもあり、赴任期間中の仕事や育児などの役割分担をご夫婦で話し合って決めているようです。こうしたことが可能なのは、個人のキャリア希望を会社が把握していること、会社側も社員に対して赴任期間を事前に明示し、期間中の福利厚生など処遇の条件もきちんと提示することで、本人が十分納得したうえでそのポジションを選ぶということを続けてきたからだと思います。

制度を補足するための運用やルールが必要

匂坂 当社では2015年に人事制度を変更した時、店舗の運営難度を基に「店格」という格付けを行いました。その店の売り規模や客数、営業時間の長さ、また店舗の立地条件の有効求人倍率――どれくらい人を集めやすいか、集めにくいかという指標として――、そして店舗の要員構成といったもので格付けをします。

本来であれば、その店格と本人の職務等級をマッチングさせたいところですが、マッチングを目的に人事異動を行うと、無駄な転勤や玉突き異動が発生してしまいます。そうしたことを避けるために、できるだけ配属された地域のなかで近い店舗に異動してもらうことにしています。例えば4等級の店は4等級の人に担ってほしいのですが、その地域に該当者がいなくて3等級の人に任せることになったら、その人には4等級の給与を支払うというルールにしました。

つまり、制度をつくったとしても、実態とのギャップを埋めるための補足的な制度や運用上のルールを設けないと、転勤の問題というのは、うまく回っていかないと考えています。

配偶者の転勤問題については、当社では社内結婚が多く、しばしば異動や転勤が問題になることがあります。例えば、地方で新事業を興す時、立ち上げメンバーを社内公募することがありますが、手を挙げた男性社員の妻は都心の店で働いている――。こうした新事業の立ち上げの場合は、申し訳ないけれども別々の地域で働いてもらうことになります。その場合、単身赴任のパターンと、あくまでも自宅は東京にして出張扱いにするというパターンがあって、赴任期間や業務内容によって適宜、判断しています。

「ジョブリターン」制度で支援

竹舛 当社の場合、海外勤務を除けば、地方への転勤=営業拠点に配属という場合がほとんどです。そして営業拠点に配属する意図は次のようなものがあります。一つ目は若手の育成です。地方のほうが売上規模の大きなお得先様を任されたりして仕事の幅を広げる経験ができる。二つ目が、リーダークラスの社員を次期マネジャーとして育成する為の経験機会の付与。三つ目は管理職としての配属、そしてシニアの活躍推進です。

勤務地限定については、期間を限定した形で導入、または検討されている企業もあろうかと思います。例えば「5年間は異動・転居はない」ということになると思いますが、ただし期限が過ぎた6年目に制度の趣旨に沿って異動・転勤させようとすると、人材流出が起こり得るのではないかと考えていて、われわれも様子を見ながらこうした制度について精査・検討しているところです。

配偶者の転勤については、当社では「ジョブリターン」という再雇用制度を導入・運用し、現在までに6人ほどの実例が出ています。また、それ以外の理由で「ジョブリターン」に登録して退職した人も30人ほどいます。会社としては、両立可能な環境を整える支援を行い、働き続けてほしいというのが本音ですが、本人の家庭生活やプライベートな部分の損失が非常に大きいだろうということで、一歩踏み込んだ制度をつくり、支援しています。

当社は、基本的に共働きを推奨しています。現在の日本の国の状況を見て、それが正しいと思っているからです。そのため、共働きに合わせた制度をつくり、改良しながら運用してきました。

フロアとの質疑応答

所属ブランドによって転勤範囲の違いも

質問1 全国異動のある「ナショナル」社員でも、例えば関東に店舗が集中するブランドに所属していれば、関東圏内で勤務する可能性が高くなりますが、敢えて地方に異動させることはあるのでしょうか。

匂坂 必要が生じれば、そのような場合もあります。例えば、階層別のパワーバランスを考えた時、レベルが高くてリーダーシップの強い人が地方にいれば良いのですが、そうした人材は売り規模の高い地域に集中していることがありますので、マネジャーとしてのレベルが高い人を地方に敢えて配置するということはあり得ます。

それから当社では、ブランドによって地域が限定されていることがあります。例えば「藍屋」は関東にしかなく、「ガスト」は全国に展開しています。では「藍屋」には「ナショナル」社員はあり得ないのかというと、そうした区分は会社が後から作った制度ですから、本人に何の責任もありません。したがって「藍屋」にも「ナショナル」社員はいますし、何の制約も設けていません。また、ブランドが変わることもあります。

社内公募がモチベーション向上の契機に

質問2 公募制にすると、手を挙げても選ばれなかった人も出てくると思います。そうした人たちの労働意欲が下がらないか懸念され、導入を躊躇しています。

志水 当社ではむしろ意欲を上げ、自己成長につなげる場として活用しています。公募で選ばれなかった場合は、その理由をきちんと説明した上で、強みや開発領域を明らかにします。「あなたの強みを引き続き伸ばし、次回もまた挑戦してほしい」とポジティブなメッセージを送ります。そうすると、本人も「努力して次も挑戦しよう」とモチベーションが高まるようです。ですので、公募制を導入する時は、会社が何を社員に伝えたいのか、それは個人の成長意欲を促進する内容になっているのか。伝える内容、つまり効果的なコミュニケーションが重要だと思います。

匂坂 私たちも、新規事業の立ち上げメンバーや新しいポジションを公募することがあります。その時、不合格の人に対してきちんと説明すると、意外とモチベーションを上げるためのキッカケづくりになります。ですので、これはピンチではなくチャンスだと考えています。

竹舛 今、当社では、選抜研修を中心に社内公募を行っています。実施する前は、公募というやり方がわれわれの文化に馴染むのか、マイナス面が大きいのではないかという不安の声がありましたが、実際にやってみると、そのような心配は無用だったことが分かりました。検討されている企業の方々には、ぜひ一歩踏み込んで挑戦していただきたいと思います。

転勤には手厚い支援を

質問3 転勤について、どのような社宅制度をお持ちでしょうか。

匂坂 当社には借り上げ社宅の制度があります。有扶養者と無扶養者では補助額が異なり、また、1年目から4年目までの補助額と、5年目から8年目までの補助額が違います。

転居を伴う転勤の場合は、住む家が変わり、子どもの学校も変わることになります。例えば、同じ間取りの家でも、窓のサイズが違えばカーテンを新調しなくてはならない。学校の制服や用品も新たに揃えなくてはならない等々、出費がかさみます。ですので、1年目から4年目までは比較的多めの補助額にして、5年目以降は通常の額に設定しています。

借り上げ社宅は、仲介手数料や敷金・礼金も会社が払っており、会社名義で借りています。家賃の払い忘れということもありませんし、従業員からは喜ばれている制度です。

竹舛 当社でも同様の制度を入れていて、「転勤支援」と「厚生支援」という二つの制度があります。転居に伴う環境適応への物理的・精神的負荷を考慮し、転居を伴う異動から6年間は「転勤支援」として、家賃に対する会社からの支援割合を高めています。その後、「厚生支援」に移行し、支援割合を下げています。

再雇用制度のメリットとは

質問4 再雇用制度は、会社にどのようなメリットがあるのでしょうか。

志水 当社は職務制度を導入しており、ポジションで求められる要件を満たす人材を採用しています。採用は、社内公募と外部採用を組み合わせたアプローチをとります。必要なスキルや能力を持った人材が社内で見当たらなければ、外部から採用しています。人事、あるいは現場のリーダーは当社を辞めて他社で経験を積み、さらに成長している人材とは常々コンタクトをとっています。空席が出た場合、組織的ニーズに合う人がいれば再雇用しています。ビジネスをはじめ、会社の文化や規範などを理解している人材を採用できるわけですから、会社としてのメリットは大きい。もともと組織に対するエンゲージメントやロイヤリティも高いので、いろいろな意味で戦力になっていると考えています。


武石 それぞれの企業では、本人の意見を聴いて調整するということを相当丁寧にやっておられると改めて感じました。調整の仕組みがあることは、従業員の納得性を高めることにつながると申し上げましたが、どのレベルで行うのか、あるいは「○○の事情があれば転勤の対象外にする」といったことを明文化するのかどうか、今後さらに検討がなされて「見える化」が進めば、従業員にとって対応しやすいものになると思います。

それから転勤は、家族にも相当の影響を与えます。転勤は4月頃が多いと思いますが、例えば保育所に入る予定だったのに赴任先で新たに探さなくてはならない、学校が決まって制服を用意したけれど使えなくなってしまった、という話はよく耳にします。したがって、もう少し中長期の生活が見えるような転勤のあり方を考えることができれば、働く側にとっても対応しやすくなると感じた次第です。

やはり、転勤だけを見直しても解決できない部分がありますので、人材育成やキャリアといった大きな課題のなかできちんと議論する。今、そうした状況が緒についたところだと感じました。

佐藤 おそらく今後は、これまでのような会社主導型の人事管理を維持していくことが難しくなっていくでしょう。一方で、キャリアの自己管理に社員の側が対応できるかが、最大の課題です。当面は、キャリア段階に応じた人事権の見直しが現実的であり、そういう意味で、現在は「企業・社員調整型キャリア管理」への移行期だと言えるでしょう。それぞれの企業において、転勤という問題を契機に人事制度を見つめ直し、まさにダイバーシティが推進されていくことを期待しています。