事例報告① 従業員の自律とエンゲージメントを促進する企業文化──個人と組織の成長を加速させる多様な人材マネジメント

講演者
志水 静香
ギャップジャパン株式会社Gap人事部シニアディレクター
フォーラム名
第92回労働政策フォーラム「今後の企業の転勤のあり方について─仕事と家庭生活の両立の観点から─」(2017年6月29日)

ギャップ(Gap Inc.)という会社は、1969年に米国のサンフランシスコで、フィッシャー夫婦が創業した会社です。設立の際には夫婦で半分ずつ出資をしました。性別や国籍などにかかわらず全ての人に公平な機会が与えられるべきだという彼らの想いは、基本理念として引き継がれています。

ギャップはグローバルで約14万人の従業員を擁し、直営店約3,200店舗、フランチャイズ店約500店舗を展開しています。一方、ギャップジャパンは1995年に設立され、現在日本では二つのブランドを展開しています。2017年6月時点で全国に200店舗、従業員数は約6,200人です。そのうち正社員が850人となっています。

社員一人ひとりの「エンゲージメント」を高める人材戦略

私たち人事部は、事業戦略における人材戦略の策定および実行をリードしています。事業目的を達成するために、優秀な人材を採用・育成し、成果に応じて報酬を与えていく――。この仕組みづくりや運用を担っているわけですが、その骨格となるものが「エンゲージメント」という概念です。エンゲージメントとは、組織に自ら貢献しようとする努力や、企業で働き続けようとする意思を指します。つまり、会社の目標を達成するために、正規・非正規にかかわらず、一人ひとりが自分の能力やスキルを高めて、自ら成長して貢献したいという意欲を強化することを重視しています。

ギャップは1969年の設立以来、経営戦略として「ダイバーシティ・インクルージョン」を大切にしてきました。ダイバーシティとは、一人ひとりが異なるということ――、性別や年齢、国籍などの目に見える属性だけではなく、個々人がユニークな存在であり、それぞれが異なる考えや価値観を持っているということです。そして互いを理解して認め合う(インクルージョン)文化をつくっていくことが非常に重要です。「You Do You」という言葉は、「あなたがあなたらしく輝き働いてほしい」という私たちが大切にしているスローガンです。このように経営戦略としての「ダイバーシティ・インクルージョン」のもと、優秀な人材を惹きつけ、そこから知の多様性が生まれ、創造的なアイデアや魅力的な商品を生み、強い組織をつくっていく――。それがひいては、企業として競争力の強化につながっていくものと考えています。

多様な人材が多様に活躍できる制度と仕組み

上記のような理念や方針を実現するために、当社には多様な人材が活躍できるユニークな制度があります。2008年に、本社の対象社員(エグゼンプトと呼ばれる社員)と、店舗では店長以上職に対して、働く時間と場所を主体的に決定し、柔軟な働き方を可能にする制度を導入しました。また同年、社員がより豊かな時間を過ごしリフレッシュしてもらえるように、「サマーアワーズ・プログラム」という制度も導入しました(正社員対象)。夏季期間(7~9月)の毎週金曜は午前で勤務を終了するというものです。家族と過ごしたり、自己啓発やボランティア活動など、金曜の午後を自由に過ごすことができます。店舗ではお客様がいらっしゃいますので、店舗で勤務する社員は週に1日、いずれか好きな日を午前で勤務終了にできるようにしています。「多様なキャリアの共存」を前提に、非正規から正社員への登用制度や、ビジネスニーズと本人の意思に基づき雇用形態間を柔軟に行き来できます。さらに再雇用制度も取り入れており、退職しても再入社が可能です。なかにはライフステージに合わせて何回か再入社した社員もいます。なお、当社に定年制度はありません。そのほか、組織内でポストが空けば社内から人材を募る「社内公募」や、一方的な指示ではなく本人の意思・希望に基づく転勤などが挙げられます。いずれも自分の価値観やワークスタイルを反映させ、そしてキャリア形成を可能にする選択肢を提供し、社員が主体的に決めるよう働きかけています。社員が自身の強みを活かしつつ最大の成果を発揮し、自分の望むキャリアを実現できるような支援を行っています。

店舗のスタッフは、「セールス・アソシエイト」と呼ばれるアルバイトと、「セールス・スーパーバイザー」などの契約社員、そして「カスタマー・エクスペリエンス」や「ストア・マネージャー」(ブランドにより呼称は異なる)などの正社員で構成されています。どのポジションにも「職務記述書」があり、そこには達成すべき業務と責任、期待される成果、そしてそれを遂行するために必要な能力が明文化されています。職務記述書にひもづいて等級が決まっており、ポジション(等級)、パフォーマンス(発揮した成果)、パーソン(職務を遂行する能力)の主に三つの要素を考慮して給与が決まります。

転勤は本人の希望と意欲を重視

以前は当社でも、人材育成や能力開発を目的に、正社員を国内の店舗に異動させていました。ところが転勤に関して、社員から多くの疑問の声が上がり、退職率や女性の管理職登用にもネガティブな影響が出ていることが明らかになりました。企業理念や文化に加え、様々な要素を考慮して2008年頃に抜本的な転勤制度の見直しを行いました。そこで定めた方針は、「会社都合による転勤は原則行わず、現地で採用・育成」にシフトすることと、本人の「キャリア希望に沿った転勤を優先」することです。

店長に関しては、ビジネス上、そして組織運営上のニーズが生じた場合、本人の希望や同意が得られた上で、転勤が発生することもあります。あくまでもビジネスニーズが発生したタイミングであり、能力開発だけを目的とする転勤は行わないというのが当社の特徴です。その他の正社員に関しては、基本的に転勤はありません。全国に店舗を展開していますので、どこかで欠員が出て社内公募があった場合には、社員に手を挙げてもらいます。転居が伴う場合には要件資格としてあらかじめ伝え、理解してもらった上で面接に進みます。非正規社員は、自宅から通勤できる範囲での異動となるため、転勤はありません。近隣の店舗へ異動のニーズが生じた場合でも、必ず本人の意思を尊重しています。

転勤経費を効果的な人材育成にシフト

当社では、パートタイムから正社員までの全ての従業員に対して、パフォーマンスマネジメントと能力開発の観点から、上長と部下が定期的に面談を行うこととしています。各人が達成している成果、優れた成果を発揮するために必要な支援、また、キャリアに関して率直な会話が持たれます。転勤が可能かどうかの情報は、この面談を通して収集されます。もし転勤を伴う異動がある場合には、上司から本人に確認を行います。そこで本人が同意した場合でも、本人とご家族の意思かどうかを人事が確認するようにしています。不必要な転勤をなくし、運用見直しを図ることで、転勤にかかる費用が大幅に縮減され、その部分を採用や人材育成に投資できるようになりました。

管理職に占める女性割合を見ると、ジャパンでは本社が5割弱、店舗が2割強と日本社会では高いものの、7割を上回るグローバルの数字と比較すると、まだまだ改善の余地があると考え、いくつかの取り組みを講じています。その一つに「Female Star Program」という女性社員のリーダーシップ開発を目的としたイニシアティブがあります。本社・ストアから意欲ある人材を集めて、ネットワークの構築を支援し、定期的に社内外の学習機会を提供しています。転勤制度の見直しは、管理職に女性登用を推進する上での要因になるだろうと考えています。また、疾病や介護など事情を抱えた他の社員についても同様です。多様な価値観を持つ社員が自分の能力を最大限に発揮し、会社に貢献できる環境を整える。ライフステージに合わせて自分に合ったキャリアや働き方を選択できるような制度を整備する。制度を整えたり運用するだけではなく、企業理念を反映した文化や風土をしっかり醸成していくことは、人事の重要な役割だと考えています。

もう一つ重要なことは、心理的に「安心・安全な職場環境」を構築すること。例えば、「自分のキャリア目標に合わない」「今は転勤できない」と申し出ることは、社員にとっては勇気が要ることかもしれません。そうした障壁を取り除き、心理的に安全性が高い組織を目指していく。そして、一人ひとりが期待される成果をしっかり発揮して、個人と組織の成長につなげていく――。人事では、こうしたことを大切にしながら日々業務に取り組んでいます。

プロフィール

志水 静香(しみず・しずか)

ギャップジャパン株式会社Gap人事部シニアディレクター

福岡出身。大学卒業後、日系ソフトウェア・サービス会社に入社。入社とともに米国勤務。その後、外資系IT企業を経て、1995年に米系自動車メーカーに転職。1999年ギャップジャパンに転じ、採用、研修、報酬管理などをはじめとする人事全般の管理業務を牽引するとともに人事制度基盤を確立。2013年より現職。2013年3月法政大学大学院政策創造研究科雇用政策専攻。修士課程終了時に優秀論文賞を受賞。一児の母。

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