パネルディスカッション
生涯現役社会の実現に向けて

パネリスト
小西 敦美、立花 一元、小野 貴洋、菊岡 大輔、田原 孝明
コーディネーター
今野 浩一郎
フォーラム名
第90回労働政策フォーラム「生涯現役社会の実現に向けて─高年齢者の活用の実態と課題─」(2017年3月21日)

〈論点1〉役割変更と運用上のポイント

今野 パネルディスカッションを始めます。最初の論点ですが、高齢期の働き方については、役割を変えていくことが避けて通れないと思います。それに対応するうえでの運用上のポイントについて、皆さんはどう考えていますか。

シニアの持ち味が出せる仕事を

菊岡 会社にとっては絶対に必要な仕事で、なおかつシニアの持ち味が出せるような仕事にできるだけ配置することを、普段から意識しています。例えば、60歳を超えると炎天下の現場監督は厳しい人もいる。でも、長く工事監督をしてきた人間にはそれなりの経験があります。そこで、今までの経験を活かせる品質チェック部門で働いてもらうことで、若い体力のある社員に工事現場に回ってもらえる循環を生み出せます。

小野 当社も建設業ですので、高年齢者には品質管理課で技術伝承を進めてもらっています。また、若手育成のために週2日程、現場監督にも同行してもらっています。

現場リーダーへのマネジメント教育も

立花 役割変更はある意味、職業人生の節目と捉えてもらうことが大事です。まず本人がここで本当に働く覚悟があるかをきちんと認識することが必要です。次に、会社としてしっかり評価して期待や役割を明確にしていく。そして、評価結果をきちんとフィードバックします。特に60歳を過ぎると、褒められることも少なくなるので、「活かす」をキーワードに褒めて労って欲しいと思います。

また、これだけ高齢者雇用が多くなると、「年上の部下・年下上司」という世界が広がり、現場リーダーの役割も変わってきます。今後、現場リーダーへのマネジメント教育をしっかり捉えていく必要があります。

小西 当社では50歳を対象に、再就職支援会社に依頼して、「あなたの市場価値、具体的な金額は示さないけれど、このままではダメですよ」と伝えるキャリア研修を実施しています。それが役割を変えていく意識付けの面で、有効になっていると思います。もう一つ、当社では役職定年制を導入したばかりですが、それも役割を変えていく大きな契機になると思います。

管理職からプレイヤーになった後の対応

今野 ありがとうございます。現業でやっている人は、60歳以降もプレイヤーでやっていくので、あまり問題ないでしょう。一方、管理職に上がった人が役職定年等で下りた後は、どういった仕事に就くのでしょうか。

菊岡 今、当社は全体で1万5,000人の社員がいて、そのうち60歳以上の社員は約300人です。たとえ役職を下りたとしても、部下の下に入ることは稀で、今のところ、特に困った事案は生じていません。

研修や情報提供で「市場価値」への気付きを

立花 当社では、社内にいて元部下が上司になるケースもありますし、社外の全く別世界で働いたときなど、井の中の蛙で保険会社しか知らないことも多々あります。このあたりは、やはり研修を通じて、「市場価値」に気付かせる。また、その前段として情報提供をしていくところから始めるしかないと思っています。

小西 私はいつも部長を横綱、課長を大関に例えています。課長は大関なので役職定年とは関係なく、下位等級に落ちることもあって、その辺のマインドチェンジができる人は多い。一方、横綱の部長さんは、「次は俺、どこに行かせてくれるの?」といったマインドが全く変わらない人が多いのが実態です。

今野 田原さん、こういった点について、研究者の立場からコメントをいただけますか。

田原 先ほどの研究報告で、定年後の仕事内容の変化を4分類したデータを示しました。仕事内容が変わっていないのが、本人にとっても人事管理上にとっても一番課題が少ない結果になっています。

今野 当人にとっては、定年前までやっていた役割を変えず、そのまま継続するのが一番いいでしょう。しかし、企業側に立ってみると、人材の新陳代謝や若い人にチャンスを与えるといったことを長期的に考える必要が出てきます。

〈論点2〉処遇を決めるうえでの課題

今野 では、次の論点です。仕事内容や役割を変えた後の処遇の問題です。基本的な考え方は事例報告でお話しいただいたので、ここでは処遇を決定するうえで配慮や注意している点、もしくは課題について伺いたいと思います。

定年前の行動評価で再雇用の処遇を決める

立花 当社では60歳の定年を迎えて再雇用になる人は、57~59歳の3年間の能力発揮度を見る行動評価の平均が、ほぼ「標準」を取っていないと月給制の再雇用にはなれません。その基準に達していない人については、時給制での再雇用となります。月給制では毎年更新があり、行動評価が一定評価以上でないと更新できないことになっています。また月給制は、三つの給与テーブル体系があり、毎年の評価結果で、給与がアップダウンする仕組みになっています。真ん中をゼロとすると、上下50万円ぐらいずつ差がつくようになっています。

70歳以降の処遇のあり方が課題

小野 当社では、60歳時の基本給を定年後、70歳以降も維持するのが原則です。ただ、70歳以降になると、やはりそれまでのスキルが若干落ちてきますし、視力等の体力的なものも落ちてきますので、そのあたりは当社の評価によって若干処遇を下げていく形をとっています。

下げる必要がない役割給以外の賃金項目

菊岡 当社では65歳定年をうたいながら、60歳以降、別の給与体系になるのは違和感を感じられると思いますが、そこについて見直しの議論をしています。当社では、現役世代はいわゆる職能給と呼ばれるものと、資格ランクに応じた資格給と呼ばれるものと、役職等に応じた役割給の三本立てになっています。通常であれば、職能給は60歳以降も衰えがなければそのままでいいはずです。資格給も、60歳以降は全国転勤や配置転換などはなくなるので、その分は下げてもいいと思いますが、資格等級ランク自体は下げる必要はない。役割給は、役職定年で役割が外れるので、当然、そこは外してもいいと思います。つまり、職能給と資格給にあたる部分は、今ほど下げるべきかと言ったら、議論の余地はあると思っていて、そこを少し見直したいという思いが人事部門にあるのです。ただ、それをするとなると、億単位で経営への影響が出てきますので、経営判断が必要となります。

難しい同一労働同一賃金との整合

今野 菊岡さんのところでは、プレイヤーの人は役割も変わっていないので、実質上、給料はあまり変わらないということですね。すると、給与が下がるのは、役職に上がった人を指しているのでしょうか。

菊岡 はい。60歳間際までいわゆる一般職と呼ばれていた人は、60歳以降のテーブルもほとんど変わりませんので、それほど差はありません。一番違和感を覚えているのは、給与は管理職級だけど、やっていることはプレイヤーというタイプ。日本企業の多くがそういう人を抱えていると思いますが、そういった人たちはどうしても下がり幅が出てしまいます。同一労働同一賃金という意味で言えば、やっていることは一緒なのに給料が下がるという課題をどうしても抱えてしまっているわけです。

小西 今の菊岡さんの話と同じだと思うのですが、当社では定年退職時に次の仕事の職務価値を算定して等級を格付けしていて、給与はシングルレートになってほぼ半減します。ただ、ほとんどの人が前の職場で継続してしまうので、仕事の内容があまり変わりません。すると、実態として本人のモチベーションはすごく下がってしまいます。

今野 下がった人は当然、怒りますよね。そこはどうやって説得するのですか。

仕事の圧縮やセミナー開催で理解を進める

小西 職場の上長には、「あなたの代替の人を外部の労働市場で探してきたら、実は最低賃金でもできてしまう」ぐらいのことを言えと話していますが、なかなか言えないのが実情です。

今野 もし私が現職をずっと継続してきて、60歳を超えたら市場価値を見て、「お前は20万だ」と言われたら、「じゃあ、社員もそうすれば?」と言い返すと思います。

小西 「私の給料をどうして下げるのか」と、さんざん言われます。なので、上長に対しては、「できるだけ仕事を見直して、もう少し圧縮して欲しい」と話しています。人事部門では、「定年前はプレミアムがついていた。会社とはそういうものだ」ということを理解してもらう目的で、50歳の時にちょっと厳しめのセミナーを実施する段取りになっています。

現役時代と継続雇用の変化への認識

今野 人事部としては、どういうプレミアムだったのかを理論武装しておかなければいけないということですね。田原さんは今の話をどう思いますか。

田原 調査のなかで、継続雇用について労働者に聞いた問いでは、半数が役割も仕事も変わっていないと答えています。それで処遇が下がる場合には、事情が変わっていることをきちんと認識してもらう努力が重要だと思います。

今野 法律的にもそう書いてあって、確かにそういう議論もあります。その一方で、私はこの話には論理矛盾があると思っています。現役時代に「役割で払え」と言っていたのなら、論理的にはすっきりしますが、現役時代は生計費や職能給、年功給が「大切だ」と言っておいて、60歳以降になった途端、「役割が同じだったら同じに払え」というのは論理矛盾で、もう少し整理したほうがいいと思うのです。

立花 この問題は難しくて、なかなか結論が出ません。定年・再雇用になると給与が下がることについて、変わらなければいけないのは会社だけではなく、社員自身も変わらなければいけないと思います。小西さんのお話にもありましたが、当社も35歳から研修をしていて、特に50歳になったら「これからの自分の進路を考えよう!自分で創っていこう!!」と話しています。

〈論点3〉65歳定年制の意義

今野 ありがとうございます。もう一つ、定年制度について、皆さんの意見を聞きたいと思います。私自身は、希望者全員65歳まで雇用を確保するよう法律で決まった途端、実質上、65歳定年制になっていると思っています。にもかかわらず、なぜ定年制があるのか。まず、菊岡さんにお聞きします。大和ハウス工業は定年延長しました。でも、60歳時点で処遇制度は変わるのですよね。だったら、なぜ定年延長なのか。実質、65歳定年制なのだから、定年制度を変えないまま再雇用でよかったのではないですか。

定年延長で社員の安心感や社内環境の変化が

菊岡 処遇面ではまだまだ未整備なところがありますが、意外に大きいのは社員の意識です。再雇用でも、実質的には65歳までよほどのことがない限り更新しますが、社員からすると、1年更新の「嘱託」では会社から切られる不安が拭えないのだと思います。実際、社員からは「安心して働ける」といった声が聞かれます。また、再雇用時は「社内で第一線を外れた人」のように見られていたのですが、定年延長後は「一緒に働く人」となり、本人たちも周りも意識が変わりました。そういった意味では、定年延長してよかったと思っています。

今野 小野さんのところは70歳までいっているので、60歳定年なんてもうあまり意識がないですよね。

小野 当社の場合は、当時会社にいた高年齢者を使わなければいけない事情があったのが始まりなので、社内に70歳以降の方がいても社員には嘱託とか社員といった意識がありません。逆に言えば、これからはそういうような問題も出てくるのかと感じています。

定年延長する前に求められる文化や意識の改革

今野 小西さんのところはいかがですか。

小西 個人的には65歳まで雇用するのは絶対に必要だと思っていますが、定年制を導入する必要はまだないと考えています。現状のぬるま湯のまま65歳まで雇用延長するのは良くないと思っているからです。一方で、先ほど非正規の人たちが同数ぐらいいると言いましたが、その人たちが必死になって頑張って会社を支えているとすると、60歳を契機に同じ非正規の枠のなかで厳しさを味わうような文化・風土が定着すれば、65歳定年制もありかな、と考えます。

今野 立花さんのところは60歳定年ですが、定年延長についてはどうお考えですか。

立花 今の60歳代前半層を見ていると、まだまだ働ける人たちばかりです。そして、働いている人と働いていない人では、健康度が全然違う。健康の観点も含め、70歳までは働いてもらわなければいけないなと思っていますし、私もそうしたいです。一方、働き方については、50歳代前半からちゃんと考えさせ、学びを加えて、もっとスキルを身に付けて、自分の働く居場所をきちんとつくってもらう流れをつくるべきだと思います。

今野 そのときに60歳定年というのは、どういう機能を果たすのでしょうか。

立花 60歳まではラインリーダーでマネジメントをやってもらう流れでいいのではないでしょうか。50歳代でラインを外れることが一般的に多いですが、それを少し延ばして60歳定年までラインで頑張ってもらい、そこから先は担当者とかプロの仕事をやってもらう。それをいきなりどうしようかではなく、もっと前から準備をすることが必要ではないかということです。

定年制が会社や社員が行動を切り替える契機に

今野 60歳を超えてからのキャリアについて以前から準備を重ねてきて、会社も対応を考え、個人も行動を変えられれば、定年制度は要らない。でも、それを考えるきっかけとしての定年制度が必要といった考え方もあると思います。立花さん、その辺はいかがですか。

立花 定年制度の善し悪しは別にして、若手にラインを譲っていくことは必要だと思うので、どこかでポストをオフにすることは必要ではないでしょうか。また、昔から一人前になるには10年かかるとよく言われます。10年ぐらいは自分で何かを身に付けるために学び、そして次の職業人生を歩み出すストーリーでいくのかなと思います。

小西 定年制は、新陳代謝の促進や世代交代の機能として絶対に必要だと思います。

菊岡 当社でも、60歳以降の会社に対する貢献の仕方を考えてもらうために、様々な仕組みを考えています。その一つに、60歳で役職定年して新しい5年間に入っていく時、4月の1カ月間をリフレッシュ休暇とし、有給で会社を休ませ、旅行券という形で30万円程の原資も渡しています。これは周囲の人間も含め、ここが一つの切り替わりの時期だということを理解してもらうための取り組みです。

今野 ありがとうございます。一つ言えることは、定年制度は雇用終了機能を失って、実質的な機能がかなり変わりました。では最後、皆さんに思いの丈をお話しいただければと思います。小野さんからお願いします。

若年者の働きやすさにつながる高齢者の環境改善

小野 当社の場合、高年齢者を使わなければ企業の発展がなかったなかで雇用環境を改善した結果、それが技術の継承、伝承になっていきました。高年齢者が働きやすい環境改善は、若年者も安定して働ける環境の整備にもなったと強く思っています。

立花 では、先ほどお話しできなかった研修について、簡単に触れたいと思います。当社では、「ライフデザイン研修」という35~60歳を対象とする研修を実施しています。性別問わず毎年約800人が受講しており、この10年間で5,000人を超えました。そのなかで、環境の変化を痛感しています。働き方改革とは、家で言えば2階部分をどうするかということです。1階部分の働く意味・目的は大体、経済的な理由が出てきますが、そうではなく、もっと内発的な動機の部分をきちんと考えさせたうえで、今起こっている、もしくは今後起こりうる環境変化についての自己理解をさせながら働き方を一緒に考えています。

健康で活き活きと働ける職場づくりを

小西 先ほど、厳しいことを申し上げたのは、ホワイトカラー・事務職の話で、工場では60歳以降も給料は、それほど下がらず引く手あまたです。今、私が在籍している日本クッカリーは、コンビニエンスストアのお弁当をつくる会社です。工場は24時間365日フル稼働していて、3,000人が一生懸命働いていますが、今は採用難で6割が外国人雇用者です。そのなかで、高齢者も多様な人材として活用していかなくてはいけない。その根底は「活き活きと働く」ことが全てだと思いますし、そのために、企業としてできることがあれば、きちんとやらなくてはいけないと思っています。

菊岡 本日、ご紹介した取り組みの結果、今どうなっているかをお話ししたいと思います。まず、定年年齢を60歳から65歳に変えたことで、以前は60歳以降も働く意思を示した社員は半分ぐらいでしたが、今は95%ぐらいの社員が60歳以降も働くと言ってくれています。加えて、「アクティブ・エイジング」という名称で65歳以降の再雇用制度も入れましたが、65歳定年後、会社に残ってくれる社員も、実は65歳定年者の約7割になっていて、非常に助かっています。一方、例えば61歳とか62歳といった途中段階でリタイアする社員も、やはり10%近くはいます。その多くは健康上の理由で、介護も少なくありません。会社として、健康経営の取り組みにも一層力を入れていかなければと思っています。

今野 ありがとうございました。田原さんはいかがでしょうか。

大企業の65歳以降の活用も課題

田原 60歳代前半層に向けては、やはり定年前に個別にきちんと相談して、納得した形で前半層の働き方に移行することが重要だと思います。65歳以降の関係では、特に大企業は65歳以降は継続雇用しません。また、労働者も「年金も十分あるし、65歳まで」ということで、65歳以降働こうとしません。しかし、非常に優秀な層が多いので、もっと活躍していただくことが、今後求められる大きな課題だと思っています。

今野 私からも最後に一つだけ、お話しします。今は60歳以降の再雇用がメインですが、われわれの研究では再雇用者は非正社員です。非正社員は、パートや契約社員など様々ですが、善し悪しは別にして、再雇用だけが他の非正社員とは異なる人事管理上のポジショニングになっています。したがって、これから整備すべきことが凄く多いと思っています。本日はどうもありがとうございました。