パネルディスカッション
シングルマザーの就業と経済的自立

就労で経済的自立は可能か

宮本 阿部さんから各報告の特徴を捉えたご質問がありましたが、最初に、就労による女性の経済的自立が可能かどうかを周さんからお答えいただきたいと思います。

 先ほども申し上げたように、スウェーデンでは共働きモデルが主流になっています。女性も学校を卒業した後、就業を継続して男性と同じような賃金を得て社会で活躍するという社会システムの中では、仮に離婚して母子家庭になっても、すぐに経済的弱者になりません。そのためには、失業手当、保育園、育児休業制度など女性が社会で活躍するための様々な社会インフラの整備も充実していかなければなりません。日本では、1985年の男女雇用機会均等法が施行されて以降、かなり整備が進み、OECDの平均水準まで達成できています。こうしたインフラ整備は今後も改善に向かっていくと思われますが、一方で、男女役割分業の慣行や意識変革がなかなか追いついていないのが現状です。こうした問題は長い年月をかけて少しずつ変革していくものだと思いますが、しかしながら、母子家庭の貧困問題をこのまま放置することはできません。

現在、ひとり親世帯の貧困率は50%を超えており、貧困が子どもを通じて次の世代に再生産されるのが一番危険です。北欧でも貧困の母子家庭はありますが、その多くは1~2年で貧困から脱出しています。しかし日本では、われわれの追跡調査によると、2年後に貧困から脱出できた割合は二人親世帯が60%なのに対して、母子世帯は30%程度となっています。貧困状態に長期間置かれているのは母親にとっても子どもにとっても非常に深刻な問題ですので、社会が変化するのを悠長に待っている暇はなく、何らかの対策をすぐに打たなければなりません。

それと同時に、母子世帯の収入源(就労による収入、養育費、社会保障給付)の中で、就労による収入がすぐには大きく伸びないと見込まれる現状で、養育費と社会保障給付のところで何か手を打てないか、考えていかなければなりません。特に養育費については、政策的にできる余地が大きいと思っています。厚生労働省の調査によると、養育費を受け取っている母子世帯は2割程度で、養育費が母子世帯の収入に占める割合はわずか3%しかありません。アメリカやオーストラリアなどでは養育費の強制徴収制度があり、そうした国では養育費は収入の10%を超えるような状況になっています。日本は離婚による母子世帯が非常に多いので、父親が特定しやすく、そのため養育費の徴収による貧困削減効果は大きいという研究結果も出ています。

今、母子世帯が一番多く受けている社会保障給付は生活保護と児童扶養手当です。働く能力のない母子世帯も多い中で、セーフティネットとしての生活保護は必要だと思いますが、他の社会保障給付に比べると依存性が高く、就労への阻害が大きいとも言われています。ですので、社会保障給付を増やすのであれば、児童扶養手当や児童手当など、比較的就労インセンティブへの阻害の少ない給付を増やした方がいいと思います。また、アメリカやイギリスの勤労所得税額控除制度のような、就労を前提として、収入が低い人に対して負の所得税(=給付)を与えるといった制度を導入すれば、低所得層の母子家庭を救えるのではないかと考えています。

養育費問題の実態

宮本 実際にシングルマザーの就労支援をやっておられる中で、養育費の問題の実態はどうなっているのでしょうか。

田中 養育費が取れればいいのですが、無職や借金を抱えているというような、支払い能力がない夫からは取れませんので、その場合は、状況が良くなった場合に、後からでも(子どもが20歳になるまでは)請求できると伝えています。しかしながら実際は、別れた夫と関わりたくないという母親も多くいます。養育費の支払いは要らないから、とりあえず離婚してほしいという方もおられます。一方、夫にちゃんと収入がある場合は、必ず養育費を請求するように話していますし、もし難しい場合は、調停で申し立てをして請求することも勧めています。現在、野田市では月に1回、無料で養育費のための法律相談をしています。

宮本 別れる夫婦の関係性は単純・単一でないことに加え、この10年にわたる経済停滞状態で、別れた夫からお金を全く引き出せないという人もいて、そういう意味では方法は単線でないと思われますが、養育費の問題については、日本ではまさしく弱いところなので、是非とも強化していく必要があると思います。

最初の支援

宮本 母子世帯が経済的に自立するまでには5~10年ぐらいかかると言われていましたが、離婚当初はいろいろな意味で混乱の極みにあると思います。そうした状況で最初の支援はどのようにされているのでしょうか。

田中 離婚当初は精神的にも本当に辛い時期だと思いますので、まずは母親たちの話を十分に聴くようにしています。そうは言っても、窓口へ来られる方は大変忙しくて時間がありません。ですので、施策の説明と同時に話を伺い、その後に児童扶養手当と児童手当の変更申請をしていただきます。特に児童扶養手当は、母親にとって命綱でもありますので必ず申請をするように伝えています。また、仕事や子どものことで相談があれば、いろいろな機関につなげていきます。例えば、子どもの悩みであれば、家庭児童相談室に専門の相談員がおりますし、就業に向けての準備が必要であれば、職業訓練促進費事業の枠組みを利用する、または住宅の問題であれば、家賃助成制度の利用を勧めたりしています。このように、一つの問題だけでなく複数の問題を抱えている母親が多いので、庁内で連携して支援する体制をとっています。

支援のミスマッチ

宮本 支援する側と受ける側のニーズのミスマッチについて、先ほど阿部さんも「支援のバリア」と言われていましたが、具体的にお話しいただけますか。

河村 支援のバリアは沢山あると思います。特にDV被害者を支援するような場合は、セキュリティの問題がありますので、支援したい人を誰でも受け入れるというわけにはいきません。しっかりしたスクリーニングと情報漏えい防止が必要となります。このため、ひとり親を支援している団体の多くは、ボランティアではなく、お金や物品の寄付だけ欲しいと思っているところも多いのではないでしょうか。しかし、本センターには、社員ができるボランティア活動についての相談が多い。ここにミスマッチがあります。

しかし、企業も社員の方も、相手のことをよく知り、信頼できないと寄付はできません。企業のボランティアは身元がはっきりしているので、ボランティアを公募するより安全とも言えます。まずは、企業の人たちに来てもらい、どういう支援が必要なのかを理解してもらうことが重要だと思います。

例えば、先日、ひとり親支援団体から、就労講座を開催するために企業から寄付がほしいという相談がありました。企業の方々が集まるセミナーで呼びかけましたが、寄付の申し出はありませんでした。そのかわりに、都市銀行の人事部にボランティアとして協力していただき、就労講座を平日の夜に開催しました。人事部の方々が面接の寸劇を創って実演してくださったり、模擬集団面接をしてアドバイスをいただきました。このように、企業は社員という人的なリソース(資源)を持っているので、社員ボランティアに協力してもらうことにより、継続的で有益な支援になるのではないでしょうか。今後も企業側のリソースや強みと、NPO側のニーズを組み合わせて多彩な支援をつくっていきたいと思っています。

宮本 今、国の税収だけではとても間に合わないほど多様な課題が出てきている中で、いかに民間の資源を有効に投下するかということが問われています。そういう意味で、それらをコーディネートする中間支援組織の役割は非常に重要です。この中間支援組織という社会的なインフラの現状がどうなっているのか、また今後の課題として何が挙げられますか。

河村 全国各地にある社会福祉協議会がボランティア(市民活動)センターを運営していますが、企業や社員と社会課題に取り組む非営利組織とをつなげることについては都市部では始まっていますが、まだまだ十分にできていないように思います。また、その他の民間のNPOセンターや中間支援組織も増えており、企業との連携に取り組んでいますが、都市部とそれ以外の地域との差はあるようです。

そこで、私が提案したいのは、ひとり親支援団体のネットワークをつくり、企業や市民といった民間の資源を集め、配分するようなコーディネート力を独自に持つことです。そうした中間支援的な機能をもつことができたら、もっといろいろな支援活動が展開できるのではないでしょうか。

男女役割分業の慣行と男女間格差

宮本 ここで改めて、就業による経済的自立は理想論なのかという点について、もう少し掘り下げて伺いたいと思います。性役割分業が簡単には解決できない歴史を背負いながら、今、女性は夫によって支えられる保証がなくなってきています。女性が稼げる状況をつくるためには、性役割分業を変えなければ根本的な解決はできません。スウェーデンの共働きモデルは、男女ともに適正な──日本で言うならば残業の少ない──労働時間で働きながら、家庭を持ち子どもを育てているというものだと思いますが、この部分に日本が大なたを振るえない限り、女性の職域は拡大していかず、単純な労務ばかりが残っていくと思われます。

 男女役割分業の慣行を変えるには時間が必要だと述べましたが、問題は、どのぐらいの時間がかかるのかということです。また、その時間をどの程度に短縮できるかは政策次第ですが、私は、学校教育から始めるべきだと考えています。学校で女子に対しても職業と就業継続の重要性を教え、自分でキャリアプランを立てて学校選択や職業選択ができるように教えていくべきだと思います。確かにすぐには変えられないと思います。母親が専業主婦の家庭だと、その娘も大きくなったら母親のように専業主婦になりたいと思うことがありますので、母親がずっと職業キャリアを持っていれば、学習効果として子どもに伝わってきます。したがって、少なくとも1世代、場合によっては2~3世代の時間がかかるかもしれません。

今、日本の企業でも女性は重要な戦力だと認識するようになっています。人口の半分を占める女性の活用は欠かせないという流れに社会全体が変化する中で、企業側も女性がもっと働きやすいように慣行を変えていく。そうしなければ、市場で生き残れない時代が来ると思います。スウェーデンのように“ほどほど”の長さで働き、ある程度フレキシブルに労働時間をアレンジできる裁量権を持てるような働き方が、今後、女性が活躍していく上で欠かせないものになっていくでしょう。そのためには、短時間勤務制度や転勤のないジョブ型正社員といった様々な制度を用意して、実際に利用されるための努力を企業はしていくべきですし、政府にはそれを後押しして普及させる政策が求められます。

宮本 男性労働者人口が非常に多かった日本の工業化の時代は、女性の労働力に依拠する必要はなかったため性役割分業をとってきましたが、その時代は既に終わったという見解を政府自身が出しています。安倍首相は一億総活躍国民会議で、とにかく女性の参画が必要であると述べています。そのためには、男女ともに適正な労働時間で働けるような制度や環境整備が欠かせません。

シングルマザーの問題で言えば、制度的な障壁は何があるでしょうか。

阿部 130万円の壁とか103万円の壁というような問題もあるかと思いますが、それだけで、今の労働市場の男女格差は説明できないと思います。では、慣行と性役割分業だけで説明できるのかというと、それも違うと思います。要するに、男女格差が縮まらない根本的な理由は何かということです。例えば、保育所問題などもあるかもしれません。ただし母子世帯全体で見ても、保育年齢の子どもを持つ母親は少数派で、ほとんどの母親はその年齢以上の子どもを持っているわけですから、保育所問題だけが大きなネックになっているわけではないと思います。それなのに、女性全体、母子世帯全体として非常に低い位置に押し込められている理由は何でしょうか。

 私は、日本の男女間格差が解消されない一番の根本的原因は、女性の就業継続率がなかなか改善されないことにあると考えています。女性も、男性と同じように就業を継続するとなれば、企業も安心して女性に投資したり、仕事を任せたりできます。個人で何ができるかと言えば、会社に「私は辞めません」とアピールすることです。他の女性が辞めていっても、自分にはやる気があるというシグナルを送り続けることです。

私は育児休業と管理職登用に関する研究も手がけていますが、12カ月を超えて長く休業する女性の場合は、管理職に登用される確率が有意に低くなっています。ですので、なるべく1年以内に育児休業から職場に復帰して、長く会社に勤めていくことが大切ですし、社会全体で女性の就業継続率の向上を図っていくことが必要だと考えています。

最終コメント

阿部 今の労働市場というのは、働くのが非常に大変な労働市場であることに変わりないと思っています。野田市の報告にもあったように、結局、そうした状況で自立することができているのは、学歴が高く、心身に問題を抱えておらず、家族もみんなうまくいっているといった一部の限られた人たちです。若者にも同じことが当てはまると思うのですが、少し発達障害があったり、人と話すことが苦手な若者には非正規労働しか残されていない。そうした人たちも全て「企業戦士」みたいな労働者像まで引き上げて訓練するというのが日本全体の方向性であるならば、それはやや厳しい気がします。また、いくら病児保育施設をつくっても、母親であれば、子どもが病気の時には休みたいと思うでしょうし、たまには子どもが学校から帰ってくる時に迎えてあげたいという気持ちもあるでしょう。そうした気持ちをないがしろにせず、仕事を続けていけるためには、企業のほうが変わって様々な働き方を認めていく必要があるのではないかと思います。つまり、労働者ではなく、企業の方を変える必要があるのではないでしょうか。

 母子家庭の研究は、2007年に厚生労働省から要請があって始めたテーマですが、気づくと、かれこれ8年ぐらいこの問題に取り組んでいることになります。それでもまだ整理できないことが多かったのですが、本日のフォーラムを通じて、自分の中である程度、問題整理ができたと思っています。

田中 私も、企業に対して現状のままではなく、できる範囲で母子家庭の母親たちのことを理解していただければ、非常にありがたいと思っています。例えば、野田市の場合は中小企業が多く、母子家庭の母親に沿った支援をしてくれるところもあります。企業の大きさや特性に応じた支援のあり方を考えていただけたらと思っています。

河村 ひとり親家庭の貧困という問題は、課題が大きくて途方に暮れてしまいそうになりますが、いろいろな立場の人にできることを少しずつ協力してもらうことによって、参加した人々の意識が変わり、制度や教育も変えていくことができるのではないかとポジティブに考えています。

宮本 ステファニー・クーンツというアメリカの研究者が、『家族に何が起きているのか』という著書の中で、アメリカの家族の大きな変化と、その中で女性が貧困化していく実態を描いているくだりがあるのですが、そこでこのようなことを言っています。「貧しいひとり親世帯の増加や、家庭崩壊という現象は、貧困の原因になっているのではなく、貧困の結果として起きていることの方が多い」。つまり、世間の一般的な関心、つまり、貧困を減らすためには離婚はするな、家族崩壊に至るような行動を慎めという話ではない、ということを言っています。それにつなげて、女性が貧困から抜け出す第一の道は、世間で一般的に言われているように、結婚せよ、結婚の中にきちんととどまれということではなくて、安定した仕事に就くことがいかに重要かということを──もう20年近く前になりますが──、アメリカの社会の問題として言っているのです。

本日、ここでテーマにした日本のシングルマザー問題と、その結果としての子どもの貧困問題についても、女性たちが安定した過去の家庭の中に戻れるはずだということを前提にした施策はあり得ませんし、そういう議論も間違っているだろうと思います。変わりゆく現実を見据え、女性が安定した仕事に就きながら、たとえ結婚していなくても、あるいは、離婚をしたとしても、自分と子どもの生計を支えられるだけの仕事と、そして、それを補う社会保障制度等が必要ではないかということを申し上げて、フォーラムのまとめにさせていただきたいと思います。