事例報告1 
母子・父子自立支援員から見たシングルマザーのキャリア開発

講演者
田中 恵子
千葉県野田市母子・父子自立支援員
フォーラム名
第84回労働政策フォーラム「シングルマザーの就業と経済的自立」(2016年3月16日)

現在、野田市役所の児童家庭課に在籍し、ひとり親家庭の支援をしております。日々の業務の中で、ひとり親家庭の皆様の幸せを願っているわけですが、本日の報告は、そんな現場の中で、特に母子家庭の母親のキャリア開発について、日頃から感じていた問題と研究したことを併せて発表させていただきたいと思います。

現在、我が国の母子家庭の支援は、児童扶養手当中心の支援から、就業・自立に向けた総合的な支援にシフトしています。国は、図1の①~④の政策を4本柱として推進しています。中でも就業支援は、経済的に自立する手段としての役割が大きいものです。母子家庭の現状ですが、平成23(2011)年度の母子世帯調査によると、80.6%が就業していますが、経済的に自立することは難しいのが現状です。

図1 我が国の母子家庭支援策

参考:配布資料2ページ(PDF:823KB)

野田市のひとり親支援

野田市では、平成14(2002)年から「ひとり親家庭支援総合対策プラン」を策定し、総合的・計画的にひとり親家庭の自立を支援しています。就業支援に関しては、①就業相談や求人情報の提供、②母子・父子自立支援プログラム策定事業、③自立支援教育訓練給付金事業、④高等職業訓練促進給付金事業に加え、市独自の事業として、就業支援パソコン講習会を開いたり、ひとり親家庭向けの求人開拓等も行っています。求人開拓は、庁舎に設置している無料職業紹介所の相談員と一緒に野田市の事業所を回り、雇用の啓発と求人開拓を行っておりますが、求人票だけでは分からない会社の風土や情報をお伝えすることができ、就業支援をする上でとても役に立っています。

支援の流れ

ひとり親家庭支援の流れをご説明しますと、離婚前の方、未婚の方、あるいはひとり親になった方などが相談窓口に来られます。相談内容は、離婚前であれば、夫婦間の悩みや今後の生活の事、養育費の請求に関する相談が多く、ひとり親家庭になった方が申請に来られる場合は、子どもの保育所や学校、住居、養育費、就業についての相談が多くみられます。

離婚前の相談で来られる方は、様々な迷いと葛藤の中で、自分と子どもの未来にものすごい不安を抱えていますので、相談者の不安をじっくりと聴くようにしています。すると、初めは現状しか話さなかった人も、徐々に、どのような家庭生活を送っていたのか、なぜ離婚話に至ったかを話すようになり、落ち着きを取り戻すと、離婚に対して前向きな考えができるようになってきます。この時に、養育費の請求方法やひとり親家庭の支援内容はもちろんのこと、保育所や住居についても情報を伝え、一つひとつ不安材料を減らしていきます。そして、どのような仕事をしたいのか、資格取得や職業訓練に対する給付金制度、貸付などの支援についても話をします。

ひとり親家庭になってから来られる方は、施策の説明をしながら、今後の生活展望を伺っていきます。離婚の場合は、いろいろ手続きをしなければならず大変なパワーを使う時ですが、資格取得に必要な情報等も伝えて、次の段階へと支援していきます。私は、彼女たちにも自分が思い描いていた人生があったはずだと思っていますので、このような予想外な事態に向き合った時、自分の意思で自分の人生の選択ができるように、キャリア自律への支援を促していきたいと思っています。

就業支援を進める段階では、職業訓練を受けてから就職したい人と、すぐに就職したい人に分かれ、希望者にはプログラムを策定して就業支援を進めていきます。しかし、就業支援をした人が、必ずしも経済的自立につながっていくわけではありません。

母の行動(態度)と自立の関係

経済的に自立できる人はどのような要素を持っているのか──。日々の窓口業務の中で、このような疑問を持ち、両者の相違点を母の行動面に着目してみました。例えば、書類を記載するときに、正確に書く人もいれば誤字が多い人もいる。面接の約束をしていても、時間どおりに来る人もいれば、連絡もしないまま来ない人もいる。対話をしても、落ち着いて話す人もいれば、感情的になって話をしてしまう人もいます。例を挙げれば切りがありませんが、こうした普段の行動の中に社会人としての基本的な能力の違いが見られます。そこで、母の行動(態度)観察の結果と経済的自立との関係を焦点に当てて分析してみました。

2013年に、千葉県と東京都の母子自立支援員にご協力いただき、支援員から見た母子家庭の経済的自立に関するアンケート調査を個人的に行いました(図2)。調査の結果、経済的に自立している人は30.6%、自立していない人は69.4%でした。主な傾向として、35歳前後から55歳ぐらいまでは自立している人がやや多くなっていますが、子どもの学校(小学校や高校等)の入学時期が自立のきっかけになっていると思われます。学歴については、専門学校卒と大卒は自立の割合が高く、中学卒はほとんど自立できていませんでした。また、母子家庭になってからの期間との関係では、自立している人は5年以上が多く、3年未満では難しいという結果が出ています。

図2 調査の方法

参考:配布資料10ページ(PDF:823KB)

図3を見ると、自立している人は、正社員で、専門的・技術的職業に就いている人が占めています。また、自立していない人は、パート・アルバイト・嘱託でサービス職と販売職に就いている人が多くなっています。

図3 経済的自立×雇用形態×現在の職業

参考:配布資料12ページ(PDF:823KB)

ここで一つ事例をご紹介します。二人のお子さんがいる方です。離婚後に准看護学校に2年間通いましたが、この時は主な支援が手当と貸付しかない時期です。その後、高等技能訓練促進費事業により看護学校に進学することができ、2年後、看護師として病院に就職しました。しかしその間、子どもの不登校や進学の悩みを抱えての勤務だったそうです。先日、お子さんが大学に入学できたと報告に来られましたが、「やっと手当が止まったんです」と、とても嬉しそうに話していました。就職して8年、離婚してから13年という月日が経っていましたが、当時、貸付を受けたことや、高等技能訓練促進費があったお陰で進学できたと感謝の言葉を述べていました。このように、経済的自立ができるまでにはかなりの時間を要するため、長期継続的な支援が求められます。

経済的自立の阻害要因

図4は、経済的に自立している人としていない人の阻害要因を示したものです。これを見ると、全体的に1割~3割が何らかの阻害要因を複数持っていることが分かります。両者の阻害比率が高い順に見ると、1位はどちらも「資格や免許」ですが、解決率に大きな差があります。2位は、自立している人が「子どもの保育所・学童入所」ですが、仕事に就くという自立にはプラスの要素が働いていると考えられます。一方、自立していない人では「人間関係づくり」が挙がっており、解決率も低くなっています。全体的に、自立している人は、阻害比率に対する解決率が高い一方、自立していない人は、阻害要因が多いことが分かります。

図4 阻害比率と解決率

参考:配布資料17ページ(PDF:823KB)

自立している人/していない人の行動面の特徴

図5は、母子自立支援員が母との面談で感じたこと、行動面での特徴について整理した結果です。自立している人としていない人との得点差が大きいものは、①職業資格を持っている、②具体的な計画を立てている、③一つの仕事を長く経験している、④独立心が強い、⑤車の免許を持っている、⑥身だしなみが整っている、⑦書類を書くときに誤字が少ない、⑧物事を論理的に話せる、⑨漢字の間違いが少ない、⑩家族以外のネットワークがある、の順になっています。マイナス側の特徴で開きがあるものは、①面接に普段着で行ってしまう、②情緒不安定にみえる、③決断が鈍い、④仕事内容よりも目先の賃金を優先している、⑤細かいことを気にしすぎる、が挙げられます。

さらに相関関係を分析した結果、経済的自立に必要な要素を以下の五つに導きました。すなわち、①一定の社交能力と社会的な信頼関係の構築力がある、②信頼できる友人がいる、③知人などの情報入手経路がある、④自分なりの考えをもち、自分の気持ちを明確に意思表示できる、⑤職務経験を通して協調性や自律性を身に付けている、ことです。

図5 行動面での特徴

参考:配布資料19ページ(PDF:823KB)

就業支援に望むこと

このようなことから、就業支援での課題として、①社会的な常識や基礎的な能力が欠如していると採用に至らない(例えば、パソコンの資格を取ったとしても、社会的な常識や基礎的な能力がないと採用に至らない)、②挨拶や電話対応、接客、事務の遂行には、現行の職業訓練では習得できない能力が求められている、③学歴が影響しない短期間の職業訓練では、資格を活かして経済的自立につながる職業に就くことは難しい、が挙げられます。

今後の就業支援に望むことですが、現在は職業訓練により、専門性を高めて就業に結びつける支援が主となっており、経済的に自立が困難と思われる中卒等の低学歴層まで支援が届きにくいという点があります。学び直しの支援も出来、給付金制度も有難いのですが、具体的な学習につながるツールや、誰もが無料で学べる教育プログラムの提供があれば良いと思います。また、基礎的能力と社会性が学べる教育システムや、生涯発達キャリアを意識した支援が必要だと思います。このような基礎的能力と社会性は、家庭教育や学校教育の領域でもあり、もっと早い段階から身に付ける必要がありますが、弱みを把握して、母のレベルに合わせた具体的な支援プログラムの開発が望まれます。

最後に、母子・父子自立支援員の育成課題として、多様な相談ニーズに応えられる人材育成、資質向上のための研修機会の増大と支援員の雇用契約期間を含めた、継続支援のための環境整備が重要な課題だと考えています。

プロフィール

田中 恵子(たなか・けいこ)

千葉県野田市母子・父子自立支援員

2004年より野田市母子・父子自立支援員と婦人相談員を兼務。2008年に千葉県母子自立支援員・婦人相談員連絡協議会理事、2010~14年3月まで同副会長として支援員の資質向上を目指した研修の企画・運営に携わる。在職中に法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻修士課程を修了。著作「N市における就業支援とキャリア開発の課題」(『生涯学習とキャリアデザイン』法政大学キャリアデザイン学会紀要、Vol.11、2013年9月)

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。