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講演者
吉川 徹
大阪大学人間科学研究科教授/日本学術会議連携会員
フォーラム名
第81回労働政策フォーラム「移動する若者/移動しない若者─実態と問題を掘り下げる─」(2015年11月14日)

4人の報告内容については、地方の若者をめぐる今の論点は何なのかということで、大きく分けて2つあったと思います。1つは「Quality of Life」の向上。つまり地方を「守る」若者の生活の質の問題です。2つ目はこれとの対比でいえば「Quantity of Life」の向上。「命の数」の問題だというように整理できます。いずれにしても重要な論点となっているのは、子どもの数が少ないことや高齢者が増えているということではなく、地方から都市流出する若者の数が多いということ、つまり人口の「社会減」の問題です。

これらに対して示唆された枠組みとして、次の5点が挙げられるでしょう。1つ目は、男性と女性の人生経路が異なっているという「ジェンダー視点」です。2つ目は、大卒層と非大卒層の人生経路の異なり、つまり「学歴分断社会」の問題が地方にどう投影されているかという点です。3つ目は教育と産業の課題、家族・コミュニティの課題についての行政政策のあり方です。4つ目は、地方共通の課題(ルーラルな課題)と、例えば、三次市や府中町、青森県、高知県といった各地域の個別問題(ローカルな課題)を分けて考えるということです。その際、地方の範囲を市町村や都道府県単位で捉えるのか、東京以外をすべて地方圏と定義するかなど、各先生方の報告で少しずつ切り分け方が異なっていました。どこで線を引くかによって、状況理解は変わってきます。そして5つ目は、地方の農村が昔から取り組んできた古典的な課題と、昨今の地方創生で言われている現代的な課題に分けて考えるという「時代性」の問題です。

島根県を例に取り上げてみます。同県の人口(約70万人)ピラミッドを見ると、10代までの人口比率は全国と比べて決して低くありません。島根県の人口減少の課題は、ひとえに10代後半から20歳前後で人口が減ってしまい、その後復元しないことにあります。つまり進学就職による若年層の「社会減」が課題なのです。何故こうしたことが起こるかといえば、全国都道府県別の4年制大学の設置数を見たとき()、島根県には4年制大学が2つしかないからです。大学が少ないということは、若者の収容力(量)が小さいという「Quantity of Life」の問題にとどまりません。県内で進学できる学部が限られるため流出せざるを得なくなるということで、若者の進路選択の質「Quality of Life」の問題にも関わってくるのです。

図 都道府県内の四年制大学数(2014学校基本調査)

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参考:配布資料20ページ(PDF:159KB)

いま、地方創生が叫ばれるなかで地方大学がいかに「地域に密着」するかは重要な課題であるはずです。ところが、地方大学は何をしているかといえば、都心行きの就活バスを出して、大切な(地元)大卒層の都市就職を後押ししているのです。これは、地方大学を取り巻く環境が厳しく、求人の多い大都市圏で就職実績を稼がざるを得ないからなのですが、この段階で地元の若者たちを県外に積極的に出す動きをしてしまうと、地元定着促進という課題には大きく逆行することになります。

さらに各自治体のほうはといえば、地元出身の若年層のUターンを促進することよりも、Iターン新規流入に期待をかけているようです。(ふるさと納税と同じように)どこで育ってきた若者なのかは関係なく、「○○町に関心を持つ人はいませんか」と広く誰にでも声をかけています。果たしてこれで本当によいのでしょうか。ルーラルな課題を考え直すとき、島根県のようにやむを得ず若年層を流出させざるを得ない地域は、都心から地元に向けた逆の方向の就活バスを用意して地元出身者を呼び戻す動きをしてもよいくらいです。

プロフィール

吉川 徹(きっかわ・とおる)

大阪大学人間科学研究科教授/日本学術会議連携会員

1994年大阪大学大学院人間科学研究科修了。1994年大阪大学人間科学部助手。1995年静岡大学人文学部講師。1996年同助教授。2000年大阪大学人間科学研究科助教授。2007年同准教授。2014年同教授。2010年より統計数理研究所調査科学研究センター客員教員。専門分野は計量社会意識論、社会調査。著書に『現代日本の「社会の心」計量社会意識論』(有斐閣、2014)、『学歴分断社会』(筑摩書房、2009)、『学歴社会のローカル・トラック 地方からの進学流出』(世界思想社、2001)などがある。

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