報告 地方に暮らす若者の意識─地方中枢拠点都市圏と周辺部の比較から─

本日の報告では、マツダ財団の委託を受けて実施した「広島20-30代 住民意識調査」の結果を紹介しつつ、日本の地方圏に暮らす若者の意識に関する幾つかの論点について知見を提出したいと思います。この調査は2014年7月に広島県の2つの自治体で実施し、867票を回収しました。生活、仕事、地域、社会、人生の5つのテーマに関する意識調査と居住や生活の実態調査から構成されています。

調査地には、①人口減少が始まっておらず、大型商業施設やコンパクトシティ化の推進で利便性を高めている地方中枢都市と、②人口減少が著しい条件不利地域を対比的に捉えるため、広島県の安芸郡府中町と三次市を選びました。

調査地

府中町と三次市(地図)拡大表示新しいウィンドウ

地方中枢拠点都市圏(府中町)と人口減少地域(三次市)を比較

府中町は、町の西に広島都市圏最大の商業施設であるイオンモールが立地し、広島の若い世代が暮らす上で人気の高い場所です。一方の三次市は、市の中心から3km円内に20~30代の約6割が集中し、その他は過疎地の山林や農山村で、店舗がほぼ消滅した小学校区もあります。府中町と三次市は面積が全然違いますが、人口は約5万人で同じ程度。両地域の移動には2時間程かかり、三次市の若者は週末、府中町に向かう者も多く、平日生活圏は重なっていないものの、休日生活圏は重なっているという状況です。

次に、調査対象者の基本データを紹介します。調査では自分の親との同居・近居(1時間以内)の状況を聞いており、府中町(64.8%)より三次市(70.3%)の方が高くなっています。居住歴については、「ずっと地元にいる」と答えた人は府中町(25.7%)より三次市(11.2%)の方が低いですが、三次市の通学圏に高等教育機関が乏しいため、進学時に相当の割合が地元外に転出するためだと思われます。20代に居住歴を尋ねたところ、府中町の方が「ずっと地元」が多いのに対し、三次市は「他地域で就学後Uターン」した層が顕著に多い。30代になると、府中町は「結婚や仕事のために転入」する人が多く、三次市は就学後や就職後に「Uターン」する人が多くなっています。

学歴については、三次市の方が低学歴傾向にあります。性別、年代別の分析をすると、20代男性で三次市の大卒比率が36.1%に対して、女性は14.4%と開きが見られますが、これは、大学進学のため転出した女性が、すぐには戻って来ていないということを示しています。

府中町は製造業、三次市は医療・福祉や小売サービス業が中心

雇用について見ると、府中町にはマツダ本社があるため、製造業の比率が非常に高くなっていますが、町全体としては広島都市圏のベッドタウンとしての性格が強く、業種・職種の多様性が大きい。一方の三次市は地場産業が弱く、大規模工場が立地しないため製造業の雇用が少なく、「医療・福祉」「卸売・小売」などの対面型サービスが雇用の核となっています。女性の正社員の仕事のうち、半分以上が「医療・福祉」関係です。なお、府中町の女性の専業主婦率は39.9%と、三次市の24.3%より高くなっています。

収入に関しては、府中町は全国平均水準ですが、三次市は低い水準にあります。20~30代で世帯収入が1,000万円を超える割合はどちらも5%に満たないのですが、400万円未満の世帯は三次市が41.5%と高くなっています。

地域活動・社会活動の参加度を調べたところ、何らかの活動に積極的に関わっている人の割合は三次市の方が府中町よりも高く、特に趣味関係の活動や職場関係の活動などで差が見られます。

地方でも人手不足に伴う長時間労働が

地方は大都市よりも仕事が楽なのではないかと言われることがありますが、経済的な現状評価や仕事の将来展望については厳しい数字が出ています(表1)。現在の有業者のうち「20年後は今よりも高い給料や報酬をもらっている」と考える人は約半数でした。週に60時間以上就労している男性の比率は、府中町25.3%、三次市22.2%で非常に高い。これは、小規模事業所の人手不足に伴う長時間労働など、地方に目立つ労働問題の質的な側面に着目する必要があると思われます。また、「今後の勤務先の将来について、明るい希望を持てる」という人が、府中町34.0%、三次市29.3%で、どの業種・職種を見ても過半数を超えるものはありません。

表1 仕事の将来展望、経済的な現状評価は厳しい

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参考:配布資料20ページ(PDF:1.3MB)

三次市で高い女性の仕事満足度

女性が子育てをしながらキャリアを継続する上で、地方暮らしにメリットがあるかという論点については、どちらの側面もあると思います。注目すべきは、三次市(56.3%)の方が府中町(49.7%)より女性の仕事満足度が高いという点です。女性正社員の有配偶率や子供がいる比率は、三次市の方が高くなっていますが、背景には親に依存できる環境があると考えられます。つまり、三次市の方が地元居住率が高く、自分や配偶者の親のサポートを得られるというメリットがあり、仕事と子育てを両立したい女性にはプラスに働きます。実際、三次市では自分の親または配偶者の親と同居・近居している割合が84.3%と高い。ただし、地元居住を促進すべきかと言うと、政府は三世代同居・近居を促進しようとしていますが、家族資源に頼れる者と頼れない者との格差拡大を意味し、問題があることを認識すべきだと思います。

若者は地方の消費環境に包摂されているか

地方の若者は、地方の消費環境に包摂されているかという論点を考えてみます。特に地方中枢拠点都市圏には、イオンモールなどの大型ショッピングモールが象徴的ですが、その他にも「ラウンドワン」や「アニメイト」、「ヴィレッジヴァンガード」など、今どきの若者のライフスタイルを支えるようなインフラが一揃いある。「地方都市はほどほどパラダイスだ」というようなことを書いた人もいますが、実際、イオンモールのお膝元である府中町の地域満足度は約9割と非常に高くなっています。一方の三次市は5割台と低い。地域満足度に経済階層は説明力を持たず、極端な言い方をすれば、イオンモールのようにショッピング的消費や娯楽の中心拠点へのアクセスの格差によって、ほぼ説明されると言っても過言ではありません。

「生活満足度」はどちらも同じ

では、このような地域満足度における府中町と三次市の圧倒的な格差に対し、三次市は憂えるべきなのでしょうか。確かに、消費環境や生活環境への不満が三次市の地域満足度を押し下げていますが、「生活満足度」という別の指標を見ると、府中町68.4%、三次市70.2%と両自治体の有意差がないことが、むしろ重要な意味を持っています。(表2)三次市は地域満足度が低いにもかかわらず、なぜ生活満足度が高いのか。それは、三次市の若者のモビリティの高さに要因があります。三次市の若者の7割は、休日は住んでいる地域の外に出かけたいと答えています。特にUターン層を中心とした地域外での生活経験のある人は、モビリティが非常に高く、また地域の多様な人々との交流に興味を持ち、地域活動・社会活動にも参加する割合が「ずっと地元」の人より高い傾向にあります。

表2 各種の総合的満足度評価~地域満足度以外は両自治体の差はあまりない

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参考:配布資料28ページ(PDF:1.3MB)

地元在住の若者は、地元外出身者よりも満足度の高い暮らしを送っていると言えるのでしょうか。地元在住者は、今住んでいる地域の現状評価や地域の人間関係については、地元外出身者より満足度が高い。これは府中町も三次市でも変わりません。ただし、住んでいる地域に限らない人間関係の総合評価(例えば、自分と近い仲間たちと交流する機会に恵まれ、深い絆を築けているか)については、地元在住者との間に有意差はない。つまり、地元外出身者の若者はモビリティが非常に高いため、地域の外に人間関係が広がり視野も広がっているためです。生活満足度や幸福度という観点では、むしろ地元外の若者の方が現状評価は高くなっています。

地方暮らしを豊かにするためには、地域活動・社会活動への積極的な参加が鍵だと言われていますが、活動の中身によってその効果は違います。例えば、地縁組織の活動は地元出身者が中心になりがちで、地域や国への愛着に結びつきやすいですが、必ずしも「生活満足度」や「幸福度」には繋がりません。一方、職場組織の活動は「仕事満足度」に対して説明力があり、「生活満足度」や「幸福度」「自分の将来の希望」にも繋がりますが、「差別や弱者」問題などの異質性への共感には繋がりません。それに比べ、趣味関係の活動は、仲間集団に限らず異質な人々の交流への満足度とも関係し、政治・社会参加への関心に繋がると言えます。

自己充足的な傾向とダウンシフター的価値観との親和性

地方に住む低収入・低階層な人たちは、上昇志向のない分、現状肯定的だというのは間違いです。収入が低い非正規雇用者やサービス職従事者は、「生活満足度」や各種満足度が低く、将来展望も暗い。「日本はこつこつと努力すれば成功する可能性がある国だ」と考える人は非常に少なくなっています。ところが、「毎日の生活が楽しいと感じる」などの項目では、配偶者の有無や職場関係の地域活動、社会活動の参加度といった非経済的な変数によって左右され、収入や雇用などの階層格差が説明力を持っていません。いわゆる「自己充足(コンサマトリー)」傾向です。(

図 社会経済的格差と自己充足(コンサマトリー)格差

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参考:配布資料42ページ(PDF:1.3MB)

地方の若者は「自己充足的」な生き方を志向したダウンシフター的傾向が強いと言えるのでしょうか。例えば、「社会情勢を考えれば、今後、生活水準が上がらなくても仕方ない」と肯定する人たち(=ダウンシフター)は、収入は高くないけれども、「生活」や「地域の現状」「自分の現状」など各種の満足度は高く、こうした自己充足的傾向とダウンシフター的な価値観との親和性が見られます。

では、そうした価値観が地方の若者のライフスタイルに根づいているかと言えば、必ずしもそうではなさそうです。「自分なりにお金をかけずに楽しく暮らす方法があるので、今後、生活水準が上がらなくても構わない」と答える人は、府中町で21%、三次市でも20%しかいません。多くの人は、社会経済的にも時間的にも余裕がなく、ダウンシフター的な価値観を志向していても、それにはなり切れないという、理想と現実との乖離があると考えられます。

プロフィール

轡田 竜蔵(くつわだ・りゅうぞう)

吉備国際大学社会科学部准教授

東京大学大学院人文社会系研究科博士課程、日本学術振興会特別研究員を経て、2004年より吉備国際大学に赴任、2010年より現職。専門は社会学、グローバリゼーション論。2005年以降、中国地方における若者調査を継続して実施し、論文「過剰包摂される地元志向の若者たち」(樋口明彦・上村泰裕・平塚眞樹編『若者問題と教育・雇用・社会保障』法政大学出版局、2011年 所収)等を発表。2014年度より公益財団法人マツダ財団の委託を受けて、若者自立支援の事業化に関わるなか、広島の若者についての調査プロジェクトを企画・実施。2015年に同財団より『広島20-30代住民意識調査報告書(統計分析篇)』を刊行。

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