パネル報告
パワハラの対応─企業の視点から

パワハラ相談の契機は、労災申請・労災民事訴訟、解雇・割増賃金絡み、単独の慰謝料請求─の3種類に分けることができるのではないかと思っています。

一つ目の、労災申請・労災民事訴訟ですが、パワハラによって労働者が精神疾患を発症し、ときには自殺に至ることもあります。そのような場合に労災申請の問題が、それと並行して、あるいは事後的に、民事上の損害賠償請求訴訟の問題が発生します。

二つ目の、解雇・割増賃金絡みですが、一昔前は、解雇事案であれば地位確認請求、割増賃金事案であれば未払残業代請求と、その点のみが争いとなっていました。しかし最近は、これにパワハラに基づく慰謝料請求が付加されることがあります。例えば、解雇をするプロセスにおける発言がハラスメントだと主張される場合がある、ということです。

ただ、実際の解決に至る(和解等も含む)場合、争点のウェイトは解雇や割増賃金の問題のほうが大きいので、パワハラに基づく慰謝料請求については、労働者側が譲歩して解決に至ることが多いというのが実感です。また、パワハラの有無やその評価といった話になると解決が長引くこともあるため、そこに立ち入らないで主たる争点を解決する傾向もあるといえます。

三つ目の、単独での慰謝料請求ですが、これは、精神疾患が発症したとまではいえないが、心が傷ついた、というような場合を指します。

証拠があれば早期に解決することも

パワハラの紛争においては、証拠の有無が問題となります。録音などの証拠があって、すでに訴訟提起されている段階に至ると、会社の代理人弁護士が録音をきちんと聞いてきちんと判断できれば、早期に紛争が解決することがあり得ます。ただ、弁護士の判断が適切でなかったり、和解条件等に当事者が納得しなかったりした場合には、紛争が長引く傾向にあります。

パワハラと指導・教育の境があいまい

ところで、一言でパワハラといっても、さまざまな態様があります。

例えば、暴力を振るう、誰も話しかけない、完全ないじめ、のようなケースは、違法なものと評価されるでしょう。ただ、デリケートなのは、教育や指導の場面です。そのような場面での発言によって精神的に傷ついたという場合、違法性判断は難しくなります。

また、被害者・加害者の組み合わせとしては、三つの類型があると考えられます。

一つ目は、上司が部下に対して一方的に罵詈雑言を浴びせかけるという類型。内容にもよりますが、基本的に違法だと私は思っています。

二つ目は上司と部下が口論をする類型、そして三つ目は事後的に信頼関係が破壊されるという類型です。これらでは、もともとは関係が良く、その当時は上司がひどいことを言っても部下は受け流せていたところが、後日、両者の関係が悪化して、その当時上司が発言した内容が問題とされたケースも散見されるところです。

人格権の侵害も重要な基準

使用者側の具体的な対応についてですが、まず、本来的にはこれは法的問題ではなく、人間関係のあつれきの問題なのではないかと思っています。このため、良好な人間関係の形成が紛争の予防につながるといえます。

しかし、紛争が大きくなり、これを法的問題と見るならば、パワハラの行為について違法性判断がされることとなります。

まず、違法性の判断は客観的に行われるべきだと私は思っています。労働者が嫌だと思っているから全て違法なパワハラである、とは考えないということです。

そして、客観的に違法性を評価するための具体的な基準としては、私は二つあると思います。

一つ目は、人格権を侵害するかどうか。具体的には、内容、目的、そして方法と程度の面から考えます。内容面では、例えば「給料泥棒」という発言は不適切でしょう。また、目的面では、ただの感情的な嫌がらせなのか、必要だと考えてやったのかによって評価は変わります。方法や程度の面では、皆の前で言ったり、全員にメールを送信したりする必要はあったのか、また、そんなに執拗に言う必要はあったのか、などが考慮されます。

二つ目は、業務の範囲を逸脱しているかどうかですが、業務外のことについて指導をした場合、違法と判断されやすくなります。

プロフィール

開本 英幸(ひらきもと・ひでゆき)

開本法律事務所所長弁護士

慶應義塾大学卒、北海道大学大学院法学研究科民事法高度応用法学専修コース修了。1999年4月弁護士登録(札幌弁護士会)、2008年10月開本法律事務所設立。国立大学法人北海道大学大学院法学研究科客員准教授。NPO「職場の権利教育ネットワーク」理事。