パネルディスカッション
多様な社員の活用を企業の成長力に

パネリスト
石塚 幸男
イオンリテール株式会社取締役専務執行役員
武田 雅子
株式会社クレディセゾン取締役(戦略人事部・CS 推進室管掌)
平林 正樹
日本アイ・ビー・エム株式会社人事. 労務. 次長
コメンテーター
山田 久
日本総合研究所チーフエコノミスト
コーディネーター
今野 浩一郎
学習院大学経済学部教授
フォーラム名
第77回労働政策フォーラム「多様な社員の活用を企業の成長力に」(2015年3月12日)
写真:壇上の講演者の様子

論点1 人材の多様化を超えた仕事配分と人材活用

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今野氏

今野 では、今日のテーマである「多様な社員の活用」をめぐって議論したいと思います。社員の能力を評価して、その中からいい人をみつけてポストに就ける。能力をみて仕事を配分し、その成果を評価して報酬を払う。そういったプロセスを何度も繰り返しながら、社員にキャリアを積んでもらう。これが人事管理の基本になるので、今回はそれに沿って議論していただければと思っています。

まず社員の能力評価の点から考えてみたいと思います。やや乱暴な言い方になりますが、日本の伝統的な人事管理は、社員の能力とか将来性を年功的な要素でみなし評価して、それに基づいて仕事配分とか配置を決めてきました。ですが、人材の多様化が進むと、それができなくなり、能力をみて仕事の配分や配置を決めなくてはならなくなります。

これはなかなか難しい問題です。まず、多様性を超えて社員の能力とか将来性をどうやって測るのか。良い例かわかりませんが、正社員とパート社員といった雇用区分の違いで社員を区分して、重要な仕事は正社員に、そうでない仕事をパート社員に配分する。これは一種のみなし評価ですが、そういったことを超えなければ、多様な人材を活かす仕事配分や配置などを行うことはできません。そこで、そういったことをどのように行っているかをお聞かせいただければと思います。クレディセゾンでは、どのようなことをされていますか。

社員の希望を重視して役割や仕事を決定

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武田氏

武田 能力と将来性のみなし評価に関しては、弊社はもともと年功的な処遇はしていません。先ほどお話しましたが、手をあげて自分で何をやりたいかを主張したり、どうやって「夢中力」を発揮するかといった社風ですので、今野先生が指摘されたように、より難易度や裁量度の高い仕事は正社員のほうに寄せ込み、定型的な色合いの強い業務は有期雇用の人たちに担ってもらっています。

また、弊社は今、職能等級制度と職務制度の両方が入っています。職能等級は大体の仕事の範囲と難易度、それからその社員自身が何をやってきたかが決定要素になるわけですが、そこで何よりも各人の希望が重視されます。上司と部下の間で、「僕は今、○ランクの職能等級で、こういうキャリアがあります。なので、今度はこの仕事をやらせてください」といったコミュニケーションがあったり、マネジャーたちの間で「○○くんに○○の仕事を任せても大丈夫だろう」などといった確認をしながら、役割や仕事が決まっていく形になっています。

今野 ありがとうございます。少し確認させてください。今のお話ですと、たとえば正社員は職能資格制度がとられているので、「この職能レベルの人は大体この仕事に対応している」ということをベースにして、そのうえで個人の希望やキャリアを考慮して具体的な役割や仕事を決めていくということですね。日本企業の多くはそういったことを行って、結局は、年功的に仕事を配分してきたわけです。そこで、職能資格制度のなかに年功的な要素が入らないようにするために、具体的に何かやっていることはありますか。

武田 いま、職能資格は全部で11ランクに分かれていて、あるランクで一定の評価を得ると上がっていく形です。ただ、途中の係長相当職、課長相当職、部長相当職などに相当する資格に関しては、人事が1年間のアセスメントプログラムを入れ、最終的には直近の人事考課・能力考課も考慮して決めますので、皆、同じ年数で上がれるようには必ずしもなっていませんし、それらのランクに関しては一定の能力評価が得られない場合は降格もあります。このため、同じ入社年度の人が同時に皆、上がっていくようなことは起こり得ず、どんどん差が開いていくのが当たり前になっています。

今野 人事がアセスメントして、たとえば現場の評価が少しおかしいとなった場合、人事の判断で変えてしまうわけですか。

武田 そういった場合は、「少しおかしくないですか?」といった形で話し合いの場を持ちます。たとえば、降格になるのは2年間、一定の評価が付かなかった場合です。しかも、その間にきちんと指導して、それでもなかなか能力が発揮できない時にランクが落ちる仕組みになっています。

今野 今のお話は、職能資格制度で年功的な要素が入らないよう、人事考課をベースにしているとのことでした。しかし、人事考課も年功的なことを考えながら行うことになってしまう恐れがないかということが問題になります。その点、イオンリテールでは、どのようにされていますか。

担う仕事と職能資格給のアンマッチが

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石塚氏

石塚 弊社の資格は、事例報告のシートのM3までは現状、職能資格制度で、それに対して、緩やかに職位と役割が結びついています。弊社の場合、高度成長期はずっと右肩上がりで事業が拡大する一方、常にポストに対して人が追いつかない状態でした。この間は、どちらかというと本人が持つ能力以上の仕事をお願いしてきました。つまり、会社側からみれば、本来、支払うべき報酬よりも安価な報酬で活躍してもらった時代がありました。

ところが、とくに小売業の場合、国内の出店に関する法律の改定等があり、国内ではわれわれのような大型店を出すことは難しくなって来ました。すると、社員が持っている能力よりも担う仕事の方が小さくなってきます。今までは、職能資格制度の良さを活用しながら、店長をやったり仕入れなどの仕事を担当したりと、会社が決めた配置で全然別の仕事を担ってきました。緩やかな制度なので、処遇については特段、悩む必要がありませんでした。いま、また少し景気が回復はしてきていますが、それでもデフレが長く続くような時代には、従来の高成長パターンでの職能資格制度のメリットが薄くなってきました。つまり、今は担っている仕事と支払っている職能資格給のアンマッチが起きている。働く人たちからすれば、「今まで安い給料で働いていたのだから、それで当然だ」となるでしょうし、その主張もわからなくもない。しかし、会社側からすれば、「今、担っている役割より報酬を払い過ぎている」という、生産性の低下の見方ができるわけです。先ほどの多様性のお話とも相まって、役割を担う者に対して報酬を支払う形で、今、労使で検討しながら、人事制度そのものを変えようとしています。

今野 役割があって、それを担う能力のある人材を充てようとするときに、ある程度は職能資格制度をベースに、その役割に適した人を配置するわけですね。そういう意味では、非常に大きな構造としてはクレディセゾンと一緒だと思います。では、この間、能力を評価してランキングする仕組みを変えたことはありますか。もしある場合、社員の多様化との関連があったのでしょうか。

石塚 評価制度は、いくつか変遷を経ています。もともとはごく一般的な目標管理の仕組みでした。期首に立てた目標に対して、期末にどういう実績があったのかを人事考課して順番に並べ、それを大きく5もしくは7に区分しながら、その人の評価を残し、それを昇給にも反映するというものです。今は業績を数字的に担っている人への数値評価が1つ、そして従来からの目標による目標達成度の評価があります。後者も、昔のようなざっくりした目標が達成できたか否かではなく、できるだけKPI(重要業績評価)指標を設定して、目標達成度が定量化できるようにしています。もう1つ、コンピテンシー評価も導入していますが、時代の変遷とともに、そのコンピテンシー設定時の行動特性などをわかっていない人が評価するようになってきていて、壁にぶつかっています。

このため、今、どちらかというとコンピテンシー評価を止める方向で、弊社独自のもう少し行動実践度のような「理念をどのように理解し、それがどのように行動に結びついているのかをもう少し自社ナイズした形」での評価指標に変えようとしているところです。

前ポジションの成果で評価

今野 これまでのお話を整理すると、人材のプールと仕事がある。職能資格制度を用いて人材プールにランキングをつけ、仕事にもランキングがあるので、それらをマッチングさせる。その時に、人材プールから「いい人を仕事にもっていきましょう」というイメージだと思うのですが、これはすごく日本的です。他方で日本アイ・ビー・エムは能力でランキングするということはないと考えて良いですか。

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平林氏

平林 すべてのポジションに職務の定義があり、それができる人材か否かを過去の成果を基に測ります。「ここまでの成果を上げている人は、このポジションに行けるだろう」といった考え方です。成果を上げたことによって、あるポジションに就くことができ、そこでまた成果を上げることで、次のポジションに上がる機会が得られます。

今野 今のお話は非常に象徴的です。アイ・ビー・エム型と日系企業型はかなり違っていて、アイ・ビー・エム型は、「この仕事に就ける人材をどうやってみようか」ということについては、前のポジションの成果で評価するということなのですね。

石塚 グローバル化への対応ということで、われわれも海外への出店が増えてきた時代から日本に留学している外国人を中心に採用をスタートして、10年以上経ちますが、このあたりはなかなか理解を得られません。「どうすれば、私はこのポジションに就けるのか。どういう評価を受けたらなれるのでしょうか?」といった問いに、「まあまあ、いいじゃないか」といった日本的な応え方はまったく通じないわけです。会社が説明責任を果たす意味で、それでは通用しないことをひしひしと感じています。

今野 今の議論が提起した問題は、人材プールの方をランキングする必要があるのか否かの1点です。プールをちゃんとつくっておいて、そこから「この仕事にいくぞ」ということをする必要があるのか。そして、今日のテーマからすると、人材プールのなかの人材が多様化したときに、アイ・ビー・エム型と日系企業型では、どちらがどう機能するのかが問題になると思います。

多様化が進むほど「見える化」が必要に

平林 日本アイ・ビー・エムは、グローバルなアイ・ビー・エムの中のいわば「日本支店」という位置づけでもあり、グローバル・オペレーションの一翼を担っています。アイ・ビー・エムで働く世界40万人に、「自分がどうしたら上へ行けるのか」、「どうしたら報酬を高めることができるのか」を納得させるためには、「見える化」しなくてはなりません。それには、アイ・ビー・エムの今のやり方が、どうしても必須になってくる。日本だけで通じるやり方では、多様化した人たちには対応できないと思います。

今野 多様になればなるほど、「見える化」しなければならない。したがって、アイ・ビー・エムの方式しかないということですね。

武田 弊社も来期に向けて、部門長相当職には役割給を入れていこうという議論を今、まさにしている最中です。ただ、部門長クラスの人数は70人ぐらいなので、当然、顔はみえます。皆が皆、常にポストも増えていって上がっていく形であれば良いのでしょうが、上がる人もいれば、そうでない人もいるなかで、実は顔がみえた議論になってくる。そこが凄く重たい話になってきて、そこで、ここからどうしようかと暗礁に乗り上げているのが現状です。

多様化に伴う仕事配分の難しさ

今野 社員が多様化するというのは、男性の総合職からすれば競争相手が増えることにつながるので、いろいろ摩擦がおきますよね。結論が出たわけではありませんが、能力の評価については一応、能力の「見える化」を進めるという考え方が出されました。

仕事の配分については、いろいろな事情から短時間勤務等の人がいるといった多様化が進むと、仕事の配分がとても面倒になると思うのです。全員が残業も出張も転勤もする社員であれば、仕事配分は簡単です。しかし、Aさんは3時間しか働けません、Bさんは勤務地を変えられませんなどの制約のある人が増えてくると、仕事配分の上で彼ら(彼女ら)を組み合わせなければならなくなる。このような点で工夫しているようなことがあれば教えていただきたいのですが。

石塚 確かに面倒です。ただ、これはわれわれが営業を重ねてきた歴史のなかで、組み合わせなければ事業が運営できない状況がありました。営業時間が延長になってきたり、過去の大店法時代は週1回、休業日を設定しなければなりませんでした。しかし今は、そういった制約がなくなって、電気点検日以外364日、営業しています。そういったことは当たり前のことだという認識で慣れていますので、あまり苦労はしていません。

今野 武田さん、いかがですか。

武田 弊社も今年、「ダイバーシティマネジメントを推進しましょう元年」ということで、年初の社内報で社長をはじめ全取締役に多様なマネジメントのメッセージを発信しました。たとえば夕方に「これ、明日の朝までにやっておいて」と投げて、明朝までに出来上がっているのが当たり前なカルチャーではなく、早く帰る人もいれば、明日、もしかしたら急に子どもが熱を出して休まざるを得ない人もいるかもしれないなかで、いかに自分の中で自分自身のマネジメントスタイルを持てるか。もちろん、バリバリ仕事をしたい社員もいますから、自分の中で何パターンもマネジメントスタイルを持つよう、各役職者にメッセージを出し始めたところです。

現場マネジャーが柔軟な対応を

今野 アイ・ビー・エムは、こういうことで苦労はしていませんか。

平林 苦労していましたが、やはり権限をどんどん現場に移譲して、人事はマネジャーが責任を果たすことについて支援するようにしました。「マネジャーが説明責任を果たすことで、マネジャーが決めていい」としてしまえば、あとはマネジャーが自立的に育っていきます。たとえば、短時間勤務を申し出られた時に、「あなたの場合は認めましょう」「あなたの場合はだめです」などと判断する。そして、「なぜ、あの人はいいんですか?」と尋ねられた時に、「過去の働きぶりや業績評価、各個人の事情を総合的に判断している」といった説明ができるように、人事がサポートするといったイメージです。

今野 結局、社員が多様なので、事前に仕事配分の面で何が起こるかわからないから、その都度柔軟に対応しなくてはならない。だから、現場のマネジャーに任せる、ということですかね。でも、そのような状況の下では、エクセレンスではないマネジャーの下で働く部下は悲劇ですね。

平林 マネジャーとしての説明責任を果たせない場合は、人事や上位のマネジャーが、「マネジャーとして不適格である」と判断することもあります。そうでないと、社員が不幸になってしまいます。

武田 そういったことは多分、現場の方がよく知っていて、本社部門とスタッフ部門の方が実は不得手だったりするのではないでしょうか。弊社も小売現場にセゾンカウンターを出していますが、そこを統括する支店長や営業課長の方が、そのことに関しては長けている印象があります。

今野 単純に言うと、働いている人は多様なので、多様な状況に対応できる配置等の人事管理を行うには現場に任せざるを得ないのだから、人事管理は分権化しろということになる。したがって、日本企業が得意としてきた中央集権型の人事部門は解体ということになりますか。

平林 そのためにも、原則やポリシー、規範などは人事がつくって、それを周知徹底することがもっとも重要です。

事業の発想を変えた上で現実的な対応を

今野 これまでは、どうやって能力をみて、それを仕事とどうマッチングさせるかを議論してきました。日系企業型は、能力つまり供給側と、仕事つまり需要側の両方をみながらランキングを決めている。アイ・ビー・エム型は、需要側ですべてランキングを決めるやり方です。それと同時に、仕事の配分を考えると、人事管理は集権化から分権化にしていくべきだというのが、何となく、これまでの流れでした。山田さん、これについてどうみていますか。

山田氏の写真

山田氏

山田 人と仕事の関係は昔から議論があります。たとえば職能資格制度も、いつの間にか供給サイド的な発想のみになっていますが、もともとは職務の発想があったわけです。それはもう永遠のテーマだと思うのですが、ひとつ聞いていて思ったのは、どちらかというと今の議論は人事・プロパーの視点からの話です。しかし、企業経営というのは価値を世の中に提供していかなくてはならないので、業務・ビジネスの視点も必要なわけです。つまり、業務、業種、事業がまず出発点にあって、多分、その分野ごとで異なる労働市場のあり方を考えることが大事だと思うのです。比較的、人材調達を外から持ってこられそうな分野の場合は、おそらくは元々アイ・ビー・エム型というか、需要サイドを基本的に考えればいい。でも、そういう人材プールが外部にあまりなかったりすると、やはり人材供給のところも考えていかざるを得ないでしょう。多分、会社のネームバリューが高ければ人材を調達しやすいというようなこともあると思います。さらにいえば、同じ企業でもいくつも事業ポートフォリオを持っているので、事業部門によってもまた違うのではないでしょうか。そういう事業ごとの事情を踏まえて現実的に考えていけば、今日の議論はいろいろな考え方があるということですが、ある程度、それなりの答えが出てくるのではないか、という印象を持ちました。

再認識したマネジャーの重要性

もう1つは仕事の割り振りの話です。多様化とか多様な人材というと、どちらかというと自律的なプロ人材という分散方向の議論がよく出ると思います。ですが、裏の問題として、マネジャーの役割という統合方向の問題もある。最近の議論は『プロを育てないとだめだ』とか『スペシャリストでなくては』といった議論がよくありますが、むしろ逆にマネジャーの重要性を改めて再認識して考えていかなくてはいけないのではないかという印象を、今、聞いていて持ちました。

今野 多様化すると、マネジャーがしっかりしなくては無理ですよね。人事部門による中央統制ができないわけですから。そうなると、今のマネジャー教育でいいのかが問題になると思います。仕事配分の後に問題になる評価や処遇についても、在宅勤務の社員、短時間勤務の社員など多様化が進むと、『何となく評価する』ことが難しくなっていくと思います。皆が同じような働き方であれば、極端にいえば、成果を厳しく評価しなくても、仕事のプロセスをみて、みんな頑張っているから評価はだいたい一緒だといったようなことになります。しかし、社員が多様化するということは、短時間で働く、在宅で働くなど、仕事のプロセスがそれぞれ違ってくるわけですから、プロセスでみることは難しい。でも出口は成果で同じですから、理屈としては、成果の評価を重視すればいけるのではないかということも考えられます。実際にはどうですか。人材の多様化との関連で評価や報酬決定の工夫があればお教えいただきたいのですが。

論点2 成果評価と処遇決定の工夫と課題

武田 弊社の目標管理は、もちろん成果(結果)もみます、とくに若年層はプロセスをかなり重視しています。今後は、若年だからということだけではなく、たとえば短時間勤務だからとか、在宅によってプロセスが変わってくるかもしれない。ただ、もともとその両方をみているので、同じように評価すること自体、過去にもそれほど起こっていません。評価にメリハリをつけることについては、経営トップからも常にメッセージとして流れています。そういう意味ではマネジャーに常に求められ続けてきていた背景はあります。

今野 若年層については養成期だから例外的にプロセスをみるけれど、あとは成果1本で評価するのが基本ということですか。

部門長に関しても成果以外のみるべきものを

武田 いや、それは部門長だけです。ただ、今、人事制度を見直す議論のなかで、部門長に関しても成果以外のみるべきもの、たとえば組織とか企業自体の持続性などの中長期的になるものがあるのではないか、との議論が上がっています。

今野 プロセスを重視しようと考えたときに、この辺を工夫したいと思っているようなことはありますか。

武田 弊社は、ひとりで走っていってしまう人が非常に多く、そういう意味ではまだ人に仕事がたくさん付いているといえます。ですが、その人が異動したときに、その部門にノウハウが残っていないといけません。そこで、そういったことにどれだけ協力できたかとかダイバーシティなどといった、今までの目標管理では暗黙知の中で評価に入っていた側面も入れていった方が良いのではないか、という話をしています。

今野 では、たとえばいわゆる総合職と専門職といった違うタイプの雇用形態の人がいて、同じような仕事をやっていることがあろうかと思います。そういった場合には、評価は変えるのでしょうか。

武田 同じ仕事をしている限りは変わりません。

マネジャーが評価するしかない

今野 わかりました。アイ・ビー・エムでは、いかがでしょうか。

平林 結局のところ、答えは先ほどと一緒です。現場でしか評価できないのですから、マネジャーが評価するしかない。マネジャーは、その上位マネジャーから成果を求められる最前線にいる人です。生き馬の目を抜くような業界にいて、切磋琢磨しながら勝ち残らなくてはならない現場にいて、それを部下たちとシェアしながら、いかに自分の目標を達成するかで1年間、頑張っています。そのためには、どれだけこの部門に貢献してくれたかを部下に求めますし、どうしても成果で評価せざるを得ないわけです。1週間ずっと自宅で仕事をしている人でも、成果を出す人であれば高評価をつける必要がありますし、その人のモチベーションを上げるのもマネジャーの責任です。先ほど山田さんが「工夫する現場人材が重要」とおっしゃっていましたが、まさにそのとおりです。それを評価できるのは人事ではなく、マネジャーでしかないと思います。

今野 それが、ある意味では多様性を超えるキーだということでしょうか。

平林 そうです。具体的には、プロセスもみながら評価をしているマネジャーもいますし、細かくエクセルでつくって誰がここまでやり、誰がここまでとやっているマネジャーもいれば、ざっくりとやっているマネジャーもいます。そこは全部、マネジャーの裁量だと思います。

今野 日本の企業だと一般的に、Aランク5%、Bランク15%、Cランク50%等と分布規制して、その範囲内で評価するように水を向けますが、そんなことはしないわけですね。

平林 緩やかなガイドは人事から出していますが、最終的には部門の決定になります。「5%」と言っておきながら「8%」出てきても、それは尊重します。

評価の3要素をどう再整理すべきか

今野 今のお話を大ざっぱにまとめると、多様化してくると評価は成果重視ということになります。クレディセゾンでは、ややプロセスを大切にしなくてはとなっていますが、日本全体からみると、成果型が中心になると思います。この点について、山田さん、いかがですか。

山田 評価の要素は、能力と職務、成果の3つがあるとよく言われます。日本のいわゆる職能資格は能力を基本的にやってきました。ところが、だんだんデマンドサイドが強くなっているので、今日のお話にもあったように、成果の部分が増えてきているということだと思います。でも、多様性を超えるということで言うと、私はやはり、ベースに共通するものとして、職務というか仕事の要素を考えることが重要で、比較的若くて潜在性が高いと思われる人たちは、──実際、日本企業の多くはそういう形でやっていると思いますが──ベースの職務プラス能力で評価するということだと思います。

また、一定以上のマネジャーになって成果が求められる人たちも、形は成果給になっていますが、当然、職務をベースに評価していると思います。言い方はいろいろあるにしても、私は、ベースとして職務で共有性を図ったうえで、3要素をどういうタイプはどう配分していくのか、改めて整理していくということが大事かなと思っています。

供給過多型から筋肉質型の人材の抱え方に

今野 この点に関連して、イオンリテールは結局、職能型から仕事型にするので、給料は役割給型になるのでしょうか。

石塚 私の事例報告のシートにある「S職」というのは、役割等級です。これは各ポジションに対して報酬が決まっていて、その役割を担う人がその報酬を受け取るということで、ここでは業績成果での報酬比率がすごく高くなっています。

一方、M3以下は、現状は職能資格です。実は今、法人的にはイオンリテールという会社になっていますが、イオングループ全体の人材のインキュベーション機能を担っていて、そういう意味で供給サイド型にならざるを得なかったわけです。店舗が300あるので、ポスト的には店長が300人しか必要なくても、400人、500人と準備しておく必要はあります。それは海外へ出店していって新しい法人が立ち上がることもあれば、小売業とはまったく違うビジネスを立ち上げる場合もあるので、そういったときの、いわゆる人材予備軍を抱えるビッグブラザーの役割を伝統的に引き継いできたこともあります。つまり、どちらかというと供給過多型の人材の抱え方だったわけです。それが純粋持株会社に変わって、事業会社へ特化していくなかで、少しその役割が薄れてきましたので、もう少し筋肉質にしていく必要があると思っています。ビジネス自体も非常に環境が厳しくなってきて、この先の労働法制の改正や若年労働人口の減少といった人口動態も踏まえると、もう少し抜本的に考える必要があります。今、ちょうどそのタイミングに来ておりまして、いろいろなことを考えているところです。

これからは、多様性にかかわらずすべて同一の仕組みでやっていこうと思っています。期待をして待機をしていたけれども、その任を担うにはちょっと難しいかもしれないという層が、これから滞留してミスマッチが起こってくることが予想されるなか、そういう層に対してもきっちりと評価し、再教育をして、最終タームであれば職能の見直しも含めて本人が納得する仕組みが必要です。今まではとにかく右肩上がりの前提ですべてができ上がっていますので、これからは、そうではない場合も含めた制度に変えていこうということです。これにはいろいろな意味での痛みも伴います。ただ、弊社は100以上の企業と合併をしてきましたが、その際、雇用を守ることを合併の大前提にしてきました。事業統合するなかで、整理解雇は当然のこと、雇用調整をしたことはありません。これがわれわれの地域貢献の1つの証でもあり、その大きなポリシーは今後も変えることなく行きたいし、行けるうちはそうするとのスタンスでいろいろな統合を考えています。このため、急激な変化というのは、なかなか難しいというバックグラウンドもあります。

論点3 労働者のキャリア形成と会社の支援策

今野 もうひとつお聞きしたいことがあります。今回、「自律(立)型社員」という言葉がでてきました。クレディセゾンの場合、「仕事は自分でとってこい。キャリアについては、将来こうしたいということを自分で考えて挑戦しろ。そのとき、別にあなたがパートタイマーだろうが正社員だろうが関係ない。取りに行った人が取ればいい」といった考え方。日本アイ・ビー・エムも、結局、「自分のキャリアは自分でつくれ」。極端な言い方をすれば、「今の仕事、職場が面白くなかったら、手をあげて次のところに行け」ということでした。そうなると、社員をそういうところにもっていくにはどうしたらいいのかが問題になります。というのも、日本企業で働く社員は、会社がある程度路線を引いてあげることに慣れているからです。これはもう一種の文化で、そう簡単には変わらない。そうなると、社員を「自律(立)型社員」に切り替えるための施策が必要になります。この点についての工夫があれば聞かせてください。クレディセゾンでは、社員が自ら仕事を取ってくる文化があるとのことでした。どうしてそうなったのでしょう。

運用実績で社風をつくる

武田 そういう人たちが評価されてきた実績を社員がみているので、弊社のなかではそういった行動に価値があると認められているのだと思います。人事制度というのは、就業規則を細かくつくっても社員の人たちはあまりみません。ですが、運用でしっかりやって実績を出していることがあると、社員はそのことをルール化されているぐらいに思います。それと同じことで、そういう人たちにスポットを当てて、実績を積み重ね続けてきたことが一番大きいと思います。

今野 一種の社風というか、そういう文化をつくってきたということですね。石塚さんはその点、いかがですか。

自ら手をあげる制度は残しつつ個人をみる仕組みも

石塚 今日ご出席の両社に比べると、イオンリテールはすごく日本的企業にみえますが、もともと、私どもも自分の将来は自分で掴み取ることが基本です。大量出店に伴う大量採用のなかで、どんどん店も増えるし社員も増えてきた。そういった状態で個はみえません。したがって、自ら手をあげてもらわないと、どこにどんな人材がいるかわからないのです。そういうことも含めて、新しい事業やビジネスを立ち上げるときには公募制をとり、やりたい人にやってもらう。それが一番の成功の近道だという形でやってきました。

その一方で、今度は時代に逆行して個をみに行こうと考えています。経営人材については、グループ企業の社長だけでも、2020年までに300人ぐらい社長という名前の役職の人をつくらなくてはなりません。そこで経営人材開発委員会を設けて、グループ内から経営人材を発掘する仕組みを、360度インタビューを含め、個別のインタビューをしながら進めています。それはそれで将来の経営者候補なのですが、もう少し手前の若手人材の発掘も仕組みとしてやっていこうかとなりました。やはり、「個をみる」「人を知る」ことがなくなったら、人事の存在は要らないと思っておりますので、自ら手をあげる制度は残しつつ、個別にみに行くような仕組みをつくろうとしています。

アイ・ビー・エムにいることが成長につながる

今野 平林さんには、自分で仕事を掴むときに、社員はこう行動したらいい、あるいは会社はこんな仕掛けを用意したらいいといったことが経験的にあったら、教えていただきたい。日本企業は経験が少ないので、どうですか。

平林 アイ・ビー・エムグローバルでは、10年以上前に有能な社員がどんどん辞めていった時代がありました。退職者に対してインタビューをしたら、「アイ・ビー・エムのなかでのキャリアがみえない」とか「キャリアに対するサポートが少ない」といった意見が、グローバルレベルで多かった。そこで、ニューヨーク本社の人間がいろいろ考えて、いかに社内でキャリアを構築できるかをもっと従業員と共有しなくてはならないとの反省のもと、10年ぐらい前から「キャリアスマート」という枠組みを作りました。そして、具体的な仕組みから、どういう形で自分の市場価値を高めていくか、そのためにはどんな研修を受けたら良いのか、従業員からみてメンターや所属長をどういう風に活用したら良いのか、といったようなことをイントラネットのなかで調べられるサイトをグローバルに整備していきました。それでかなり離職率も減り、「アイ・ビー・エムにいることが自分の成長につながる」といった共感を得ることにもなったので、そこは重要視していると思います。

今野 ありがとうございます。この件について、山田さん、ご意見がありましたらお願いします。

会社としてある程度のポストの用意を

山田 この問題が、とくに日本で深刻になってきたのは、右肩上がりの成長が終わったから。要は、会社として魅力あるポストが用意できなくなってきたことが根本にあるわけです。これには2つの解決策があって、ひとつは、基調講演でお話したように、ポストをうまく斡旋できるような仕組みを、一企業だけではできないので、もう少し社会全体としてあるいは業界単位で考えていったらどうかというもの。もうひとつは、企業が従来とは違う形で成長していくこと考える。たとえば、M&Aをして新たな分野での業容拡大を図るといったことです。事業展開については過去、多くの日本企業には縮小均衡的なところがありました。しかし、今、企業の体質は良くなり、成長するチャンスも生まれてきていますから、そういう拡大型でポストを用意するやり方を考えていくこともできるのではないか。いずれにしても、この問題の解決には、ある程度、会社として何らかのポストを、直接・間接も含めて、用意することを考えていく必要があります。キャリア教育したからとか、ちょっとこういうトレーニングをしたからということでは、最終的な働き手のキャリアに対する不安が解消できないのではないかという印象を持ちました。

多様化を超えた共通軸でみる

今野 ありがとうございました。今日のパネルディスカッションは、社員の多様化にどう対応するかについて、仕事配分・配置から始まって、成果・評価・処遇、最後はキャリアの面から議論しました。まとめることは難しいので、最後に感想だけお話します。結局、社員の多様化に対応するには、多様化の個々には付き合わず、多様化を超えた共通的な軸で全体に対応することをしなくてはなりません。それは、「短時間で働く人がいます。だからこうしましょう」「女性がいます。こうしましょう」とかいうことではなく、多様化を超えた共通の尺度をもって対応するという視点が大切です。今回もそのような観点から議論がなされたと思います。多様化に配慮するではもうだめで、今後は多様化を気にしないといった視点にたって議論していかなくてはならないと深く感じました。

プロフィール ※報告順

山田 久(やまだ・ひさし)

株式会社日本総合研究所チーフエコノミスト/調査部長

1987年京都大学経済学部卒。2003年法政大学大学院修士課程(経済学)修了。1987年住友銀行入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て1993年日本総合研究所調査部へ。同研究所の主任研究員、経済研究センター所長、マクロ経済研究センター所長、ビジネス戦略研究センター所長を経て2011年から現職。主な著書に、『北欧モデル 何が政策イノベーションを生み出すのか』(共著/日経新聞出版社/2012年)、『市場主義3.0』(東洋経済新報社/2012年)、『デフレ反転の成長戦略─「値下げ・賃下げの罠」からどう脱却するか』(東洋経済新報社/2010年)、『雇用再生─戦後最悪の危機からどう脱出するか』(日経新聞出版社/2009年)、『ワーク・フェア 雇用劣化・階層社会からの脱却』(東洋経済新報社/2007年)など。

石塚 幸男(いしづか・ゆきお)

イオンリテール株式会社取締役専務執行役員

1978年ジャスコ株式会社(現イオンリテール株式会社)入社。社長室環境・社会貢献部長(兼ISO推進プロジェクトチームリーダー)、秘書室長、グループ総務部長、公益財団法人イオン環境財団事務局長を経て、2013年イオン株式会社グループ人事最高責任者に就任。2014年執行役及びグループ環境最高責任者を兼任。2015年2月1日付でイオンリテール株式会社取締役専務執行役員に就任。

武田 雅子(たけだ・まさこ)

株式会社クレディセゾン取締役(戦略人事部・CS推進室管掌)

1989年入社。セゾンカウンターのショップマスター、営業推進部トレーニング課長、人事部人材開発課長、戦略人事部長を経て、2014年7月より現職。社員一人ひとりの個性を生かしつつ、若手や女性社員などが安心して「働き続けられる」会社にと、人事制度の整備や風土改革を行っている。役職者だけでなく全社員を対象とした360度評価や、新卒を7つのキャラクター別に採用する仕組み、人事が推進する年に一度の全社表彰式など、型にとらわれない施策を推進中。

平林 正樹(ひらばやし・まさき)

日本アイ・ビー・エム株式会社人事.労務.次長

法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻修了。宇都宮大学客員教授。GCDF-Japanキャリアカウンセラー。IBMコンピューター専門のリース会社に入社後、合併により1992年日本IBMに入社。営業、部門人事等を経て、2008年から現職。共監訳書に『IBMのキャリア開発戦略─変化に即応する人事管理システムの構築』、共著書に『就職活動から一人前の組織人まで─初期キャリアの事例研究』(共に同友館)など。

今野 浩一郎(いまの・こういちろう)

学習院大学経済学部教授

1973年東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了。神奈川大学工学部助手、東京学芸大学教育学部助教授などを経て、1992年より学習院大学経済学部教授。企業の人的資源管理からマクロの雇用問題まで人材に関わる分野を幅広く研究。労働政策審議会委員、中央最低賃金審議会委員の他に「多様な正社員の普及・拡大のための有識者懇談会」座長など数多くの公職を歴任。主な著書に、『正社員消滅時代の人事改革』(日経新聞出版社/2012年)、『人事マネジメント』(ミネルヴァ書房/2009年)、『東京に働く人々』(法政大学出版局/2005年)、『個と組織の成果主義』(中央経済社/2003年)、『勝ちぬく賃金改革』(日経新聞社/1998年)、『人事管理入門』(日経文庫/1995年)、『資格の経済学』(共著/中央公論社/1995年)など。