事例報告③
日本アイ・ビー・エムの「多様な社員が活躍するために」

講演者
平林 正樹
日本アイ・ビー・エム株式会社人事. 労務. 次長
フォーラム名
第77回労働政策フォーラム「多様な社員の活用を企業の成長力に」(2015年3月12日)

今日は、「多様な社員が活躍するために」ということで、考え方と制度の運用について話をさせていただきます。

弊社は1937年に設立され、情報システムにかかわる製品、サービスの提供を事業としています。グローバルアイ・ビー・エム共通の行動原則である「IBMers Value」は、「お客様の成功に全力を尽くす」「私たち、そして世界に価値あるイノベーション」「あらゆる関係における信頼と一人ひとりの責任」の3つの価値観で構成されています。これは、2003年に、当時の全世界の社員約32万人が自分たちの立ち返るべき社員としての価値観について、イントラネットを利用してオンラインで議論してまとめたものです。

事業の現状を売上高でみると、グローバルの売り上げでは、コンサルティングなどのサービス分野が約6割を占めています。

人事管理の基本的な考え方

アイ・ビー・エムの人事部門に求められる基本的な考え方は、「これまでにない価値を創造する人材を、絶え間なく獲得し、育成していく」(Think Future, Think People)ことで、それを実現するためには「Pay for Performance and Competitiveness」「High Performance Culture」「Global Consistency and Common Structure」「Pipeline Management」「Manager Excellence」の5つの施策を行っています。競争力を維持するための「Pay for Performance and Competitiveness」は、業績に応じた報酬、競争力のある報酬制度にするということ。「High Performance Culture」は、高い業績を追求する組織文化をつくろうということで、「Global Consistency and Common Structure」は、グローバルで一貫した継続性と共通の構造を持って運営していこうという考え方です。「Pipeline Management」は、次世代のリーダーやプロフェッショナルの育成、とりわけ経営幹部一人ひとりについての後任を念頭に置いて育成を図っていくという考え方です。

現場に近い所属長が人事権を持つ

これらを実現し、成功させるための大きな要素が「Manager Excellence」で、ラインによる人事管理の質を高度に高めることを指します。現場に近い所属長が、部下に対する評価、異動、昇進、昇給などの人事権を持ち、社員は個別の質問やキャリア形成に関する希望などを所属長と相談することで、キャリア形成の支援を所属長が第一義的に行うという流れです。会社は、社員のキャリア形成を促す経営層のメッセージや、意識調査の実施などのサポートを行うとともに、人事労務に関する質問を受け付ける仕組みや、内部通報制度などのホットラインを用意しています。所属長に対しては、管理者研修や制度運営ガイドなどのサポートを行い、所属長は現場からの要望などを会社にフィードバックしています。現場で起こっていることについては、現場に一番近い人がその裁量で判断するというのがベストな意思決定だというのが基本の考え方です。人事の役割は、ラインマネジャーが判断するに当たっての支援・コンサルテーションです。このケースについてどのように考えればいいか、という相談があればガイドしますが、その上での判断は、完全にラインマネジャーに任せ、人事はあくまでもマネジャーの支援に特化するということです。だからこそ、ラインの人事管理能力を強化するために何ができるのかを人事は常に考えています。

自分の評価に不満がある場合は、まずその現場できちんと話し合ってもらい、それでも問題が解決しなければ、さらに上位のラインマネジャーと議論することができます。他の部門の仕事に移りたければ、そのためのスキルを身につけて、自分をそのラインに売り込むことも日常的に行われています。

互いに自立した共通目的を持ったパートナー

会社と社員の関係は、「お互いに自立して、お客様に価値をお届けする共通の目的を持ったパートナー」だというのが基本的考え方です。どちらかが主で、どちらかが従というのではなくて、お互いにお互いをいい意味で利用し合おうということです。たとえば、会社はプロフェッショナルとして社員に対して働く環境を提供しますし、学習やスキルを向上する機会を提供します。そして、業績を上げ、貢献した社員に対しては、それに応じた処遇をしていくという考え方です。社員からみると、自らのキャリアデザインに基づいて、この会社でどのようにキャリアを形成するかということを自分で考える。そして、継続学習を通じて、社内の市場価値ではなく、市場における自分の価値を高める努力をして、業績、貢献に応じた処遇を獲得していくということです。このような自立的関係を築くことが基本的な考え方です。

多様な雇用形態ということでみると、職場には正社員と多様な雇用形態の社員が隣の席に座っているのが普通という状況になっています。

また、社員それぞれの個別の事情というのもあります。たとえば、出産・育児や介護の必要性を抱えていたり、夜はMBAや会計士の授業に出るという人もいますし、兼業をしている人もいます。

人材の多様性を活かしたマネジメント

シート1 人材の多様性

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Manager Excellence」や自立したプロフェッショナル意識を高めるためには、人材の多様性も重要です。女性、障がい者、性的マイノリティ、ワーク・ライフ・バランス、外国人、さまざまな世代、こういった多様な人たちの事情について考慮しなければならない時代になっています。全世界共通の重点分野として、シート1の6つの柱それぞれに担当役員をつけて、それぞれ特有の事情を抱えた人たちによるコミュニティ作りを支援し、彼ら・彼女らからの要望を経営側が受け止めて施策に生かすダイバーシティ・マネジメントを進めています。

時間と場所のフレキシビリティ

多様なニーズに合わせた制度という意味では、「時間の柔軟性」と「場所の柔軟性」が大きな柱になると考えています。当社では、古くは70年代からいろいろな制度を整備してきました。現在、日本橋のアイ・ビー・エム本社では、一般社員の机はフリーアドレスで、出社した社員が空いているところに座る形です。所属長に相談のある社員は、マネジャーの前に来て、話をするという働き方です。

勤務場所のフレキシビリティについては、「e-ワーク制度」と呼ぶ在宅勤務制度を2000年から始め、いろいろな紆余曲折を経て、やっと制度として落ちついたところです。在宅勤務ということでいえば、取り組みはもっと古く、80年代ぐらいから、一部の人を対象に端末を自宅へ持ち帰る在宅勤務に取り組みました。試行錯誤を繰り返し、通信インフラが整った99年に、利用事由を育児と介護の2つに限定して、手をあげてくれた女性社員を対象に「育児・介護ホームオフィス制度」を半年間パイロット実施しました。これが非常に好評だったため全社展開することになり、現在の「e-ワーク制度」の立ち上げにつながりました。制度利用について、最初は人事部の同意が必要でしたが、現在は所属長の承認だけで全部行っています。2001年には理由も不問にしました。基本的には全社員を対象として、どんな理由でも利用可能になっています。

97年からは「サテライトオフィス」として、関東近郊にオフィスを構えました。外回りの営業、SE、コンサルタント職などが対象で、空いた時間にここへ来て作業をしたり、わざわざオフィスに戻ることなく電話会議に出席したり、顧客のところへ行ったりという働き方をしています。

2009年には「ホームオフィス制度」という、週4日もしくは5日を自宅で仕事をする制度も発足させ、現在、数十名の社員が利用している状況です。

仕事の性格に応じたオンデマンドなワークスタイル

シート2 オンデマンドなワークスタイル

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仕事の性格に応じた、オンデマンドなワークスタイルが基本です(シート2)。顧客と直接対応する部門の社員、営業職、SE職、コンサルタント職などのモバイル・ワーカーに対しては、1分でも顧客との面談時間を増やして、顧客中心の働き方を推進しようというのが狙いです。これに対して、在宅勤務はモバイル・ワーカー以外の管理部門系の社員が対象になります。その狙いは、ワーク・ライフ・バランスの実現によって専門性を十分に発揮できる就業環境を提供し、生産性を高めることです。「e-ワーク制度」は週4日未満の在宅勤務。「ホームオフィス制度」は週4日もしくは5日の終日在宅勤務です。「ホームオフィス制度」は非常に自立性が求められるので、多少、対象者のハードルを上げていて、主任クラス以上で一定以上の成績を上げている人としています。

シート3 在宅勤務における労務面での基本的な考え方

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よく、在宅勤務にした場合に労務面でいろいろな課題が生じるのではないかと質問されます。基本的には、時間ではなくて成果で業績をはかる仕組みで、目標管理制度をしっかり回していますので、ただ場所が違うというだけで評価制度や勤務管理が変わるということは、とくにありません。今やSEも顧客の場所へ行ってシステム開発をしたりしていることが非常に多く、リモートで仕事をするというのは企業文化として定着しています。いろいろなツールを使いながら、メールやチャットや、もちろん電話も使いながら、逐次、所属長と連絡をとり、プロジェクトのみんなと連絡をとりながら、とくに問題なく普通に仕事をしているという感じです(シート3)。

在宅勤務実現の背景

なぜこういった在宅勤務を実現できたかについては、大きく3つあると考えています。ひとつはツール、インフラの仕組みが整っていたということだと思います。非常に堅牢な情報セキュリティの仕組みを整えています。また、パソコンが壊れてしまったなどというときにも対応するヘルプデスクを休日夜間も運営しています。

2つ目は、紙のない業務プロセス、つまりペーパーレスです。紙の書類があると、どうしてもオフィスに戻らないといけないケースも出てきます。紙の申請書に印鑑を押すためだけに戻ってくるといったことが発生してしまいます。それを避けるために、今ではほぼ100%、紙はなくしています。

3つ目の要因は、柔軟な働き方をサポートする人事制度です。これは制度だけではなくて考え方といいますか、企業文化と言っても過言ではないと思います。個人単位で職務が規定されており、担当する仕事が非常に明確に切り分けられているということです。そして、その成果をトラッキングする仕組みと評価をする仕組みが整えられており、形だけではなくて日常的に浸透していることが必要だと考えています。

属人的な評価基準が変革の障害に

属人的な評価基準が変革の障害になっているのではないかなと、いろいろな会社の人事の方と話して気づきました。成果ではなくて、労働時間の長さが評価の基準になっていることがままあると。たとえば、定時で帰る社員より夜遅くまで残っている社員が評価されるとか、有給休暇もとらずに働く社員が評価されるとか、いつも席にいない社員より、いつも顔のみえる社員が評価されるようなことがあると、多様な事情を抱えている方々にとっては不公平な扱いになってしまいます。ですから、一人ひとりの職務内容や業務目標を個々のレベルまで明確化して、その成果や貢献度を評価する精度を高めるということです。そして、人事権を持っている所属長と社員の間のコミュニケーションを密にして、定期的なレビューをすることが重要です。

アイ・ビー・エムでは年に3回ほど面談をする機会を設けています。業績の不十分な社員については、所属長が適時適切なコーチングや指導を行うなど、一人ひとりに業績の向上が求められます。これをすべてのマネジャーが部下に対して行う。これらすべてを会社の求める期待値・価値観を反映して実施することが、最初に申し上げた「Manager Excellence」と考えています。