基調講演:第72回労働政策フォーラム
24年改正労働契約法への対応を考える 
(2014年3月10日)

基調講演 改正労働契約法への対応から見えてくるもの

菅野 和夫  労働政策研究・研修機構理事長

写真:菅野理事長

2012年の労契法の改正点

2012年8月に労働契約法における有期労働契約に関するルールが改正されました。主な改正点をあげると、第一に、第18条で、有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合、当該労働者に無期労働契約への転換申込権が新設されました。これは2013年4月1日以降の日を契約期間の初日とする有期労働契約に適用されます。

第二に、第19条で、有期労働契約が反復更新されて、その更新拒否が社会通念上解雇と同視できる場合、または当該労働者に更新を期待する合理的理由がある場合、更新拒否(雇止め)につき客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要と規定されたこと。これは判例法理の条文化なので、公布即日、すなわち2012年8月10日施行です。

第三に、第20条で、同一使用者の下での有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が職務内容と配置の変更範囲、その他の事情に照らして不合理と認められるものではならないとされたことです。これは2013年の4月1日に施行されました。

90年代以降の非正規労働の増加

この労働契約法改正は、有期契約労働者が非正規労働者のおおよそ3分の2程度を占めると推計される中で、有期労働契約法制を通しての非正規労働者問題への政策的対応として行われたものです。

すなわち、わが国企業は1990年代後半以降、グローバル競争の中、市場の不安定化や新興国の安い労働力との競争に当面し、経費の削減や経営の柔軟性確保のために正社員を抑制し、非正規労働者を増加させてきたとみられます。

非正規労働者の数は、1990年代半ばまでは雇用労働者のおよそ20%程度であり、家事重視のいわゆる主婦パート、学業過程にある学生アルバイト、引退過程にある高齢者、自由度重視の若者などの任意的な選択者が大多数であったと思われますが、1997年の金融証券不況と2000年代初頭のIT不況以降は正社員として働ける会社がなかったことを理由とする不本意就労者が相当な割合で含まれる状態です。

不本意就労と年収200万円未満層の増加

厚生労働省が実施した「就業形態の多様化に関する総合実態調査」で、99年と07年の結果を比較すると、非正規労働者全体で不本意就業者が13.5%から30.6%に増加しています。とくに契約社員と派遣社員では2割強から5割強に増えています。もっとも2010年の調査では、景気回復を反映してか不本意就業者の割合はやや低下しています。

非正規労働者の増加と雇用者の年間収入分布の変化との組み合わせをみると、97年から07年にかけて、非正規労働者の割合が増加するに伴い、雇用者の年間収入において「300万円~700万円」層が減少した一方で、「200万円未満」層が増加しています。

さらに若年者のキャリア形成の困難さが社会全体の関心事となり、社会の労働力が劣化する恐れが生じました。また、正規労働者と非正規労働者間の有配偶率の顕著な格差は、少子化の加速を懸念させています。08年のリーマン・ショック後の大量雇い止めや派遣切りは非正規労働者の雇用の不安定さを浮き彫りにしたと言えるでしょう。こうした非正規労働者の増加は、個々の企業にとっては合理的な選択だったかもしれませんが、経済社会全体としては、さまざまな構造的問題を生じさせたのであり、典型的な「合成の誤謬」の現象だったとみられます。

非正規問題への政策的介入

前自公政権末期の07年には、パート労働法や最低賃金の改正などが行われました。12年の労働契約法改正は、09年に民主党政権に交代した後、雇用保険の適用拡大、求職者支援制度の創設、労働者派遣法の改正などと並んで、非正規労働者問題に対して、有期労働契約のルール改正を通じて、本格的に対応しようとした立法であり、強い政策的意気込みをもって行われたものと言えます。そして、この労働契約法改正は、公労使三者からなる労働政策審議会労働条件分科会での白熱した議論の中で、事実上のコンセンサスを得て立法されたものであり、企業労使は日本の経済社会の持続的発展のために真剣な対応を期待されています。

しかしながら、他方で有期労働契約は、ほとんどあらゆる規模、業種の企業において、多様な目的のために利用されていると思われますので、その法的ルールの変更は企業の人事労務管理に広範な影響をおよぼします。しかも、その改正内容は判例の雇い止め法理を条文化したにとどまる第19条もありますが、有期契約が5年を超えて更新された場合の無期契約への転換申込権を創設する第18条、有期契約労働者についての不合理な労働条件の設定を禁止する第20条は、契約の自由や人事労務管理の裁量に対して、従来になく踏み込んだ介入を行うものであり、産業界の対応も容易ではないと推測されます。

無期契約への転換に係わる2つの特例

ところで、改正労働契約法の新規定については、適用除外や特例が一切設けられていませんでしたが、今申し上げた産業界の対応困難性と関連して、新自公政権下の産業競争力会議などでの議論によって、第18条に規定した5年後の無期契約への転換については、2つの特例が設置される運びとなりました。

その1つとして、大学などの研究機関では、期限付き研究資金による研究事業を支える研究者、研究補助者、非常勤や任期付きで教育を支える教員が有期労働契約で多数雇用されていますが、これら有期契約労働者については、改正労働契約法の施行早々から多様な対応困難性が主張され、2013年12月に成立した「研究開発強化法」及び「大学教員等任期法」の改正の中で、労働契約法第18条の5年を10年にする特例措置が盛り込まれました。

もう1つは、2013年12月に成立した「国家戦略特別区域法」の附則第2条に基づき、2014年2月の労働政策審議会労働条件分科会では、5年を超えるプロジェクトに使用される高収入の高度専門職について、プロジェクト期間中は10年まで有期契約を継続できること及び定年後の継続雇用期間は労働契約法第18条の通算契約期間には算入しないことの特例を特別法により定めること、いずれの特例についても厚生労働大臣の認定が必要であることなどが建議され、通常国会に法案として提出されています。

パート労働法と労働者派遣法の再改正の動き

2012年の労働契約法改正と密接に関連する雇用関連法規の改正としては、いわゆるパート労働法及び労働者派遣法の改正があげられます。パート労働法は、先程触れたとおり、前の自公政権下でフルタイム労働者との均等・均衡処遇のルールを定める第8条の改正が行われましたが、その第8条においては、(1)職務内容の同一性(2)職務内容・配置の範囲の同一性(3)無期労働契約であること――との3要件を備えて、通常の労働者と同視すべきパートタイム労働者に対する差別的取扱の禁止を定めていました。

しかし、この第8条は、実際上の適用対象者があまりに少なすぎるとして改正されることとなり、2014年1月の労働政策審議会雇用均等分科会において、改正法案が取りまとめられました。その内容は、現在の第8条の差別的取り扱い禁止規定の前に新第8条として、改正労働契約法の第20条と同様の規定を挿入し、現第8条は第9条とした上で、先程の3つの要件中の(3)の「無期労働契約であること」を削除しました。これに沿った改正法案が通常国会に提出されたところです。

労働者派遣法については、現政権下の2012年3月に日雇派遣ないし30日以内の短期派遣の原則禁止、グループ企業内派遣の8割規制、違法派遣に関する直接雇用みなし規定の創設などの改正が行われました。しかし、早くも2014年1月の労働政策審議会労働力需給調整部会で、全事業を許可制にして規制を強化した上で、派遣可能期間の規制を業務単位から人単位へ変更する。ただし、派遣先で過半数代表組合等の意見を聴取してこれに対応すれば、人を変えて継続可能であり、また、派遣元で無期契約の場合には派遣可能期間の規制なしとする再改正が建議され、現通常国会に法案が提出されました。

以上のように、いわゆる雇用ルールに関する動きがあわただしい中、労働政策の調査研究を任務とする私どもJILPTは、2012年の労働契約法改正に焦点を当て、「24年改正労働契約法への対応を考える」と題する「労働政策フォーラム」を企画しました。

主催者としては、本日のフォーラムの検討によって、2012年労働契約法改正への企業労使の対応へのご苦労や法解釈上の重要論点が浮き彫りになるのではないかと期待するものであります。