講演4 若年女性の貧困問題:第68回労働政策フォーラム
アンダークラス化する若年女性:労働と家庭からの排除
(2013年7月13日)

山口 恵子
東京学芸大学 人文社会科学系准教授

写真:山口氏

私は、路上のホームレスの人々へのインタビューなどをしながら、なぜ路上で人々が生活しなければいけないのか、路上でどのように生き抜いているのかというようなことに関心を持って、研究を続けてきました。

今日は私が行政や社会福祉法人、NPO、個人ボランティアなどの支援の方々からお聞きしたことや、いろいろな資料・ホームページなども用いながら、女性の貧困、とくに、彼女たちはどのような困難を抱えているのか、さらに今後に向けてどのように考えるのかについてお話したいと思います。

そのときに「貧困」という言葉を使いますが、これは決して経済的な貧困ばかりではなく、人間関係的な貧困も含みます。

また、「ホームレス」という言葉も、ここでは野宿状態だけではなく、安定的な住居の喪失状態を広くホームレスと捉えたいと思います。

野宿者は男性?

図表1 野宿者は男性……?

図表1グラフ

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図表1をご覧ください。左の円グラフは2002年の東京都での路上生活者の実態調査の結果です。ほとんどが男性でした。他方、右の円グラフは、2012年の厚生労働省のホームレス(野宿者)の実態に関する全国調査結果ですが、女性は4.5%に過ぎません。実際、私も初期の論文に、「おじさんの語りから」などと書いていました。私こそが野宿している人は男性だということを非常に自明視していて、女性を視野の外においていました。

図表1の赤枠の中にでてくる高橋亜美氏は、児童養護施設等から退所した若者の居場所的な支援をされている方です。この方は、「住居の問題が生じたとき、私たちが関わってきた施設退所女性たちがよく口にしていたのは『男はホームレスになれる』という言葉だ」と、女性には性被害の問題がつきまとうことを指摘されています。

生活困窮者支援組織への相談

図表2 生活困窮者支援組織への相談者

図表2グラフ

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図表2は、生活困窮者支援組織である「もやい」が、2009年7月から2010年9月の相談者について、統計分析したものからまとめました。それによると、この間の女性の相談者の平均年齢は42.3歳ですが、女性は30歳代が多いそうです。これは野宿している年齢層とは異なり、より若い困難を抱えている人たちが相談に来ているということです。

世帯類型でみても、女性の単身世帯は61.4%です。男性に比べると1人で住んでいる人は少ない傾向にあります。

また現在、野宿しているか否かに関しても、男性の半数近くの人が野宿をしている一方で、女性は5.9%に過ぎず、持ち家・賃貸が70.6%を占めています。その他、女性は心身の調子が悪い人、とくに精神的な疾病・不調を抱えている人が多く、その傾向は若いほど顕著でした。

相談者全体の数でみると、女性は7.9%。わずかですがトランスジェンダーの人もいます。ここでも女性は少数派ですが、先の統計と比べると、割合が少し多くなっていることがわかります。

もやいの代表である稲葉剛氏によると、女性は路上で寝泊まりや生活することのリスクが大きく、相当、不安にも思っているので、まだ所持金がある段階で早目に相談に来たり、友達とか男性の家に居候していて、いられなくなりそうな段階で相談に来るのだそうです。

〈事例1〉Aさん(20歳)

ここで、少し事例をご紹介したいと思います。情報は一部改変しています。

最初は、ボランティアの方から伺ったもので、Aさん、20歳のケースです。彼女の母親は広島出身で、祖父母が造船業で働いていたのですが、景気が非常に悪くなり、母親自身も高校卒業後、東京に働きに出て来ました。Aさんの母親は、いろいろな経緯があったと思うのですが、妻子ある男性と関係を持ち、Aさんを出産します。でも、実家がとても敬虔なクリスチャンで、ほとんど勘当状態となります。母親は特別な技能もなく、身寄りもない中で、子供の学校の進学などを考えて、こつこつと働いたそうです。

中学校に入って、パソコンを買ってあげると、Aさんはチャットにはまります。その後、いろいろな経緯の中で、養護教諭がリストカットの跡をみつけました。また、夜遅くなって止めるように言っても、パソコンから離れないため、母親はAさんを思わず叩いてしまうこともあったそうです。Aさんはこのことを「母親から虐待されている」と話しており、母子の葛藤がずっとあるような形でした。

Aさんが高校に入り、家を出ようと思った頃、チャットか何かで知り合った15歳近く年上の男性から声をかけられます。家を出たかったこともあり、Aさんはその人と同棲しました。しかし、もの凄く暴力をふるう人で、関係者が連携して何とか脱出させました。

ところが、Aさん自身は、自分が出てきてしまった罪悪感があり、また、その暴力男に撮影された写真をばらまくなどと相当脅されていて、なかなかマインドコントロールが解けなかったそうです。

Aさんは一度、シェルターに入り、母親の元に戻るのですが、再び家出して、現在は風俗業でいろいろ働きながら、恐らくはネットカフェなどを転々としていることが予想されるとのことでした。また、Aさんは、後で発達障がいと診断されています。いまは支援者側からは連絡が取れなくなっているそうです。

このケースから読み取れることは、やはり世代を超えた貧困の再生産が大きいと思います。母親自身も東京に出てきて頼れる人が少ない中、必死で子育てをする。母親はしつけのつもりでも、Aさんは虐待と認識する。そして、家出して、暴力を受ける。その後、寮と一体化した風俗業に吸引されていきます。

〈事例2〉Bさん(30歳)

次はBさん、30歳。このケースは資料からまとめています。子供を窒息死させ、殺人罪と死体遺棄罪で起訴されて、懲役6年の実刑を受けたケースです。

彼女は幼少期から里親宅で成長して、里親宅で養子縁組もしたのですが、最初のお子さんを産んでからいろいろなことがあって、後に解消されてしまいます。その間、住まいが複数の市に渡り、かつ男性の家、元勤務先の寮、ホテルなどを転々とする。そうしたなかで、2人目の子どもを出産しますが死なせてしまい、コインロッカーに入れました。

このケースで大きいのは、貧困の再生産に加えて、子供の出産と住まいとの関係です。子供が生まれたり生まれそうになって、男性の元や家を出なければならなくなり家を失う、ということをくり返しています。その間、子供の検診や子育て支援センターとのつながりもありましたが、途中で切断しているという、非常に残念な状況もありました。

非正規労働化と縮小する労働

以上からは多重の排除の状況がみてとれます。ここではジェンダーに関連する排除に視点を置きながら、お話してみたいと思います。

まず、非正規労働化の進展と縮小していく労働分野の問題があります。非正規労働化については、たとえばP会の支援者は、「高学歴で派遣で育休でも無給で、短い間をつなげない人が増えた」と話していました。派遣社員で働いていて育休制度があれば、それはいいのですが、無給の場合が多いわけです。すると、子供を産む・育てる数カ月とか半年とかがどうしようもなくなるということです。

また、職住一体化した仕事の縮小が進んでいます。たとえば、地方の旅館やホテルの労働です。昔から宿泊産業はシングルマザーの働く場所でした。寮があるのはもちろんのこと、大きな旅館や温泉場などでは、保育園をつくり、できるだけ母親が働きやすい状況をつくったり、逆にそれで人手を確保しようとしました。つまり接客や宴会の準備をしたりすることが家事の延長と捉えられていて、女性の労働力への需要が非常に高かったのです。

しかし、景気の悪化や旅行の個人化がすすむ中で、地方の宿泊産業は非常に厳しくなっています。また、労働力の再編もあって、そうした女性が働く場所が、今は縮小していくという側面もあります。

風俗産業からの強い引力

その一方で、拡大していく労働もあります。介護などのいわゆるケア労働は増えています。しかし、既に多くの報告があるように、もの凄く過酷な労働、低賃金で、腰などを痛めてしまうとか、真面目な人ほどバーンアウトしてしまいます。

これに対して風俗産業の引力はとても強いものです。風俗産業と言っても多様ですが、寮があったり、その日暮らせるお金が稼げることも多く、食いつなげるのです。人によってはかなりのお金を稼げたりする場合もあるでしょう。

R会の人が、地方から出てきた女の子を支援しようと思い、いろいろやりとりをしていたのですが、「2カ月のうちに、あっという間に寮つきの風俗店に持っていかれた」と話していました。

しかし、風俗は、非常に心身のリスクが大きいものです。また、たとえば店舗型の風俗業はきっちりとしたサービスが求められ、選別も厳しいものがあります。支援をされている方は、40歳の壁があることも指摘しています。大体40歳ぐらいで、なかなかお客さんがつかなくなり、非常に厳しくなる、とのことでした。

若い女性のリアリティへの理解も

荻上チキ氏のルポルタージュなどでは、ワリキリ(出会い系サイトなどを用いて行われる売買春行為)で働く女性たちのなかには、精神疾患がある人やDV経験のある人がいて、かなり困難な状況が報告されています。

ただし、P会の人の話によると、「カブキ(歌舞伎町)しかないから」「カブキは家だから」という女の子もいるそうです。歌舞伎町にいれば、たとえばキャッチやホストの子が「元気?」と声をかけてくれたり、助けてくれたりするなかで、女の子たちはそこに居場所をみつける。逆に言うと、そこしか居場所がないほど、ずっと大切にされてこなかった状況があるということなのです。そういう女の子たちのリアリティを理解せず、また別の仕事を紹介することもなく、「ただ風俗産業を辞めなさいといっても、あまり意味がない」というようなことも支援の方は話していました。

西澤晃彦氏は、このように旅館・ホテルや風俗産業の従業員になって寮に入るパターンは非組織・非定住の状況にあり、より不安定な労働力として社会に接合されている「都市下層」に至る人々の流れの1つと指摘しています。

女性であること

こうした状況を踏まえ、女性であることとホームレスであることの2点に留保しておきたいと思います。

まず職場とか家族や恋人、ホスト、客との関係の中で女性が差別的・搾取的な関係および低位に置かれていることがあります。これについて、もやいの人は「相談に来る人をみていると、男性はむしろ孤立していて関係がない。でも、女性はもの凄く関係にがんじがらめなんだ」と言っていました。もちろん、ネガティブながんじがらめの状況です。

そして、先ほどから言っているように、性の商品化や性暴力の対象にされやすい状況で、非常にリスクが高いことがあります。

あとは、子供を産むこと。もちろん、この少子化の中で出産はありがたい前向きなことなのですが、P会の人などは、「出産というのはものすごく命のリスクがあるもの。生の危機と性の危機が一体化しているのが女性の困難です」と話していました。

ホームレスであること

もう1点はホームレスであることです。

彼女たちは結局、職住一体化した仕事を凄く転々としています。風俗産業だったり宿泊業だったり、あとはパチンコ店も寮があるし、ガードマンの仕事も最近は寮付きが多い。そういう仕事を辞めて住居がなくなったら、また寮付きの仕事を探さなければいけなくなります。

また、時に屋根のある人や場所を転々としていく場合もあります。友人や恋人、お客さん、「神待ち」というお話もありました。時に実家、福祉、ネットカフェ、カラオケ、ホテル、サウナなどいろいろなものを動員して何とか、屋外で寝るリスクを避けるようにする。屋外で寝るよりは、まだ客の家で寝るほうがましというような状況があるわけです。

先に触れた稲葉氏は、貧困ゆえに居住権が侵されやすい環境で起居せざるを得ないような状態をハウジングプアと呼んでいます。彼女たちの数カ月を支える安心・安全な場所が、物理的にも心理的にも、生育家族も含めてどこにもない。女性の場合、この安心・安全が凄く大事なのに、本当にどこにもないということを強調しておきたいと思います。女性にとっては、ホームレスであることは余計に困難な側面があるのです。

支援者同士をつなぐコーディネーター

最後に、私がお話をいろいろ聞かせていただいた中から、今後に向けた声をいくつか紹介したいと思います。

まず支援者同士の横の連携をつなぐコーディネーターの必要性です。社会的援護を必要とする人々のための施策では、コーディネーターをつくっていく方向で少し動いていると思いますが、やはりまだまだ足りません。

また若い子が1人で行政に行っても、結局嫌になって帰ってくるのだそうです。「もう二度とあんなところには行かない」と。行政の窓口対応は改善が必要です。

アフターケアをどこまで行うかの問題もあります。ハローワークや不動産屋に行けばよいといっても、若い子には行ってどうするのかがわからない。できるだけ長期の寄り添いが必要だということも聞きました。

ボーダー層への手立ても必要

「ボーダーの子たちへの手立てが必要」ということもあります。発達障がいが疑われる子や知的に低い子だけど、手帳の基準には届かない、および、それを親が拒否するケースです。そういう子たちへの手立てがないことに困っているということでした。

「入院助産の指定病院が減少していて、お金がない人が安心して産めるところがない」ということもあるそうです。経済的に困難で出産費用を負担できない時には公費負担する制度があります。この制度は指定を受けた病院で分娩しないと補助金は下りないのですが、その指定病院自体が減少している。この辺も再考の余地があるのかなと思います。

また、「母子生活支援施設へのニーズはあるのに、なかなか入所がしにくい」という話もありました。ひとり親家庭の女性が子供と一緒に利用できる施設として「母子生活支援施設」があります。そのニーズはたくさんあるのに、有効な活用ができていないのではないか、との指摘です。

風俗産業で働くことを差別しない

風俗産業については、先ほども言いましたが、彼女たちは凄く孤立していて、相談をする場所がありません。なかには話を聞いたり、女の子が風俗を辞めたいと思ったときに辞められる支援に取り組む団体も出てきていますが、まだ少数です。そして、その人たちはみな、「風俗で生きてきた人たちの過去を否定してはいけない。『風俗産業はだめ』のような目線は絶対にだめだ」と言っています。

私たち自身の偏見やまなざしが、彼女たちの生きづらさ、生きる困難さに拍車をかけていることを確認しなければいけないと思います。

社会構造の問題として捉えること

最後に、こうした女性たちの困難が構造的な問題であることを重ねて強調しておきたいと思います。

若者の困難は心の問題にされがちです。しかし、心の問題とか自己責任論に回収しても何も解決しません。私たちは社会構造の問題として捉えていくべきだと思います。

重ねて強調するのにはほかにもわけがあります。

「アンダークラス」の概念は、1980年代にアメリカで登場し、注目されてきました。もともとは、ウイリアム・J・ウイルソンという人が、経済の構造的変化によって失業の問題が加速し、それが生活の貧困につながり、一群の人々が最下層のさらに外に押し出されていることを指摘したものです。つまり、アンダークラスというのは、当初は失業と結びつけられ、構造的な問題として出てきた概念です。

しかし、マスメディアなどでもセンセーショナルに扱われたり、「福祉依存」として、保守派からの攻撃のターゲットにされていきました。その結果、犯罪者やアルコール依存症、麻薬漬け、精神障がい、シングルマザーの10歳代の妊娠などといったステレオタイプなイメージでひとくくりにされ、アンダークラスの言葉は流通してしまいました。

新たなラベリングになったり、アメリカと同じ轍を踏んで自己責任や福祉依存のような話に回収されないように、この問題が論じられていくことを祈っています。