講演3 生産/再生産から排除される、女性の内面へ:第68回労働政策フォーラム
アンダークラス化する若年女性:労働と家庭からの排除
(2013年7月13日)

金井 淑子
立正大学 文学部教授/日本学術会議連携会員

写真:金井氏

哲学・倫理学の領域を背景にしてフェミニズム・女性学にもかかわってきました。この私自身の関心から、現代女性を取り巻く状況・問題へのアプローチとして、「生産/再生産から排除される、女性の内面へ」とテーマを立ててみました。さらにテーマに重ねて、「生産/再生産を忌避する女性たち、働くのが怖い、産むのが怖い、その内面へ」という言葉もあえて付しておきました。

現在のこの厳しい格差社会の中で、男性と女性それぞれに働いている格差の圧力やひずみ、問題の現われ方には、ジェンダー差はないのだろうか。これまでの「若者問題」へのアプローチが、「就労・雇用から排除される若年男性の自立支援」の問題に焦点化されてきたことに対して、そのような議論の枠組みでは、どうしても若年女性の問題は掬い取れない、不可視化されてしまうのではないか。かねてより抱いてきたこれらの疑問に、私なりに応えてみたい。この思いからの課題設定です。

ですからこのシンポジウムの「アンダークラス化する若年女性」というテーマ設定にも、現在の若い女性たちの問題状況は「アンダークラス化」の言葉でとらえきることができるだろうかという思いがあります。生産/再生産から排除される女性たちだけでなく、逆に、生産/再生産に包摂されアッパークラス化される女性たち、キャリアも家庭も手にした一見勝ち組に見られる女性たちの問題状況にも目を向け、彼女たちの「生き難さの内面」に踏み込む視線が問われているのではないか。現代社会を生きる女性たちに固有な「生き難さの内面」に触れうる発言になればと考えております。

現在の格差化の特徴は、男性に対しては「下方へ排除する圧力」、女性には、社会的に戦力化する「上方へ押し上げる圧力」が働いています。その意味で状況は女性には追い風であるのですが、それによって女性内部の格差化が進み「女・女格差」や「ママカースト化」といった言葉を登場させる現実もあります。ジェンダー格差に加えて「女・女格差」や「男・男格差」が進行するこの状況は、男性と女性双方に深い生き難さ感をもたらしている。そこには、引きこもり問題の8割が男性、メンタヘルス系問題の8割が女性、ということに示されるような、今日の若者問題のジェンダー非対称性も映し出されてくるのですが、本報告では、女性の内面の問題に焦点化して、働くのが怖い、産むのが怖い、というこの内面にこそ、少し切り込んでみたいと思っています。

ジレンマの状況に置かれる女性

日本の社会が戦後55年体制的な家族や労働の在り方から大きく離床している現在、それを法で根拠づける「男女共同参画社会基本法」ができたわけですが、果たして「法の後」の労働や再生産はどのような状況になっているのか。

ごく概括的にみれば、男女共同参画やワークライフバランスに向けて労働や福祉政策において政策的な進捗が一定程度見られている一方で、しかし経済社会の動きは急速に、グローバル化と格差社会化の度合いを強めています。女性たちは、労働力としての戦力化と少子化対策からの産むことへの圧力とのダブルバインド的な攻勢を受けています。企業も含めた、日本の社会が持っている女性たちにかける期待と、女性内部に起こっているさまざまな格差化のなかで、この現実は女性にとって相当にジレンマに満ちた状況なのではないかと、私はみております。

これまで、若者の自立問題がこれだけ社会問題化されていながら、その中で若年女性の貧困や非正規化の問題などについてはほとんど不問視・不可視化されてきたことについては、その理由について、本フォーラムで先に発言された山田・江原両氏のご説明で明らかにされたかと思います。ですので、私の以下の発言は、女性にとってジレンマに満ちた状況という観点から、働くこと・産むこと2つのイデオロギー的攻勢を受ける現代女性たちの内面の葛藤や生き難さ感の問題に焦点化してみたいと考えております。

図表1 不可視化される女性の「若者問題」

図表1

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図表1をご覧ください。不可視化される女性の若者問題を、「女性の正規職」、「女性の非正規職」、「男性の正規職」、「男性の非正規職」という4象限でわけました。非正規のパート、アルバイトさらに家事見習いの名目で親元にパラサイトしている女性たちが、無年金のまま生きて将来的には親の死後、生活保護・貧困予備軍となっていくことの指摘はこのフォーラムの議論でなされているのですが、私は、ここに上がってこない女性の若者問題にもまなざしを拡張して図示化を試みています。

若い女性たちのメンタルヘルス系のさまざまな諸兆候、うつやアディクションやリストカットや摂食障害、引きこもりなどの問題、「女・女格差」や上方への圧力のなかでの、働く女性も含めて問題が複層化、多様化していることが浮かび出ているかと思います。

女性内部の階層化とともに、女性がどういう階層の男性をパートナーとするか、あるいはおひとりさまで生きるか、その場合もばりばりキャリアで生きるのか、自分ひとりが食べていけばいいという生き方をするのかによって、さらにまた、従来のようなM字型でいくのか、などによって、「次世代再生産格差」が再生産され固定化されている様も読み取れます。現在、この次世代再生産格差のところで進んでいる日本社会の格差化は、これまでの日本社会の女性たちの経験とは違った形の働き方や子育ての困難をもたらしているのではないか。子育ての場面に登場している「ママ友地獄」や「ママカースト化する社会」といった言葉がそのことを映し出しているのではないでしょうか。

メンタルヘルス問題にも光を

私が女性の若者問題でメンタルヘルス系の問題にもっと光を当てるべきだと考えてきた1つの理由は、この、上に押し上げられている女性たちのアイデンティティ・クライシスの問題への着目にあります。均等法後、総合職で頑張ってきて仕事の上での自己実現感も収入も伴った生活をしているけれど、このまま行ったら女としては結婚や出産・子育てを断念しなければならないかもしれないという個人の内部での深い葛藤、降りられない不安が、この女性たちをメンヘル系の問題に追いやっている。メンヘル問題を抱えてクリニックに通いながら会社では総合職としての仕事をこなしている姿や、女性のアルコール依存症などの問題がクローズアップされてきているからです。

図表2 アンダークラス化する若年女性・その下層部に

図表2

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他方、図表2の下の部分にある「ホームレス化」、あるいは「神待ち少女化」といった言葉に映し出される女性たちの現実もあります。このアンダークラス化する若年女性の最下層部においてどのような問題が起こっているのかということにも、目を向けなければならないでしょう。

その一方で、私には上に押し出される、押し上げられる女性の階層化という問題も座視するわけにはいかない。それを可視化しようとしたのが図表3になります。ばりばりキャリアで仕事をこなしている女性、おひとり様でキャリア職、セレブ婚主婦(主婦といっても夫の収入や社会的階層が高偏差値婚、子育ても十分楽しみいずれ子供の手が離れれば夫のサポートで自分の起業をすることも可能というような女性)も登場しています。

図表3 格差社会と女性の階層化アッパークラス女性 降りられない不安、ママカーストの呪縛

図表3

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子持ちキャリアウーマン、マルチキャリアパスモデル女性などは、いま現在の日本社会が国策として育成政策の対象となっている層ですし、さらに従来型の一般職で働く共働きカップル、一般職シングル女性など、働く女性内部もこれだけ格差化・序列化が進んでいることを可視化した図です。

さらにこの図が示すのは、どんなにばりばり仕事をしている女性でも、子供の幼稚園や保育園つながりでは「ママ友」という立場になるわけで「ママカースト社会」を生きる女性たちの悩みもまた深いという、労働にも家庭にも包摂されたまさに、勝ち組女性たちも結構大変な状況にあるのではないか。それを読み取っていただければということです。

アッパー層にも生きがたさ

ですから私はこの世代の生きがたさ感の内面に届く女性学の再構築が問われているのではないかと考えます。日本でも高度成長期を経て専業主婦の生き方が主流化し、その主婦たちの自立の戸惑いが主婦シンドロームとして社会問題化するあたりから「女性学」という新たな領域が出てきました。そのときのキーワードは家父長制やジェンダーや性別役割でした。

しかし、今日の若い女性たちの生きがたさ感や、女性としてのアイデンティティーの揺れに届くような女性学のキーワードには、ママカーストという言葉も書き加えねばならないのではないか。こうした言葉を担保することで、現代女性の問題が、アンダークラス化、あるいはさらに最下層部に押し下げられている女性たちの生きがたさの問題としてだけではなく、上に押し上げられアッパー化される女性たちの内面にも潜在する深い葛藤にも映し出されていることを理解する手掛かりになるのではないかとも思うからです。

図表4 格差社会と女性の階層化 アンダークラス女性

図表4

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そしてもう1つスキャンダラスな言葉とともに、今日の若年女性の、非正規化する女性たち、貧困化する女性たちの問題として、もっとも深刻で緊急の対応を要する問題が浮かびあがっています。図表4の下の部分です。「神待ち少女」という言葉があります。労働にも家庭にも包摂されずその日寝泊りする屋根と食を求めて、携帯サイトなどを通して神様を待っている。もちろん神様は多くの場合、男性であるわけで、援助交際や売春ともつながるそういう女性たちが少なからぬ数で登場しているという現実です。一番リスキーな状態に置かれているのが、結婚に包摂されず親元にパラサイトできないで、ひとりでパートやアルバイトの非正規的な雇用の中でかろうじて生きている女性たち。この中からも、若い男性たちのネットカフェ難民化と同様の現象が見られ、女性の場合にはそこから一挙に路上生活につながるのではなく、この女性のホームレス予備軍の一部が、デフレ化する性産業に吸収されているという構図があることです。ここはやはり女性のアンダークラス化のアンダーグランドな部分として政策的な対応においても看過することはできない問題かと思います(図表5)。

図表5 女性の路上生活者 ホームレスはなぜ少ないのか どこにいるのか

図表5

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きめ細かな包摂支援を

以下は、横浜女性協会が、働きづらさに悩む若い女性の自立支援に2008年から2012年にわたって取り組んできた経験の記録(「ガールズ自立支援ハンドブック」全国女性会館協議会発行)を踏まえての私の提案です。

自立支援が必要な女性たちは、働くことにつながる前の段階でもって、いろいろな重層化した困難を抱え込んでいる。とりわけメンタルな問題を抱え込んでいる女性は、学齢期からの家庭生活や教育の場面で、貧困の連鎖や暴力の連鎖といわれるような問題を一身に背負い、排除される状況にあることが少なくないわけで、そういった今日の若い女性たちの自立不全に向き合う上での大変示唆的な提案になっていると考えます。

端的に言えば男性のほうは社会的引きこもり、女性のほうはメンタルな問題となる。ジェンダー非対称なわけです。困難な問題の抱え込み方のジェンダー的な差異というものを踏まえた、きめ細やかな社会的包括支援をしていくべきではないかと思います。

この生きがたさ感に届く新女性学の視点、包括的でパーソナルな支援の在り方を提案して報告を終えます。