事例報告1:第57回労働政策フォーラム
経営資源としての労使コミュニケーション
(2012年1月24日)

<事例報告(1)>資生堂労働組合の取り組み~イキイキと活力ある職場づくり~

赤塚 一 資生堂労働組合中央執行委員長

資生堂労働組合 中央執行委員長 赤塚 一

資生堂の労働組合は過去より、組合の視点からの経営チェックをとても大切にしてきました。しかしここ数年前より、経営チェックをしていくだけでは会社や職場が良くなっていかないことを感じています。経営チェックに併せて、職場内での本音の話し合いによって目標を共有し、理解を深め、一緒にやることで1人ひとりの活力とチーム力を高め、職場を元気にする(力を強める)ことが会社の力を高めていくためには必要で、いま資生堂労組がもっとも力を注がなくてはならない活動だと思っていますし、ここ数年活動を積み重ねてきています。

会社もこのことをさまざまな機会、立場で表現はするものの、掘り下げた取り組みができていないし、現状や本質的な課題が見えていないのではないかと思っています。経営戦略や改革を打てば、会社は良くなると思っているのでないでしょうか。各部門(組織)が、自分たちにとっての計画や考え方に陥りがちで部分最適になり、現場の状況を理解せずに、現場に落とせば受け取ることができなかったり、納得できずやらされ感となりがちで組織的に機能せず、現場力を高めることや成果に繋がらないのです。例えて言えば、1人のキャッチャーに10人のピッチャーが一斉にボールを投げても、キャッチャーはボールを捕れないことと同じことです。また昔のパチンコ台のチューリップに例えるなら、玉をたくさん落としてもチューリップが開いていなければ、多くの玉は入りません。多くの玉を入れたければチューリップを開かせることですが、それを自分がしようとはしないのです。チューリップは社員の意識、心です。

どんな立派な経営者、戦略であっても、それを実行し成果に繋げるのは職場で日々一生懸命命働いている社員一人ひとりです。それを会社に向かって「ああじゃない」「こうじゃない」と言い、問題ばかり指摘している組合では、私は組合としての役割を果たしているとは言えないと思います。会社がやるべきことは会社に求める一方、自分たち組合ができるところは組合でもしっかりやる。そして、内容によっては労使で一緒にやるということを高めていくことが大事だと思います。

高まる海外売上げ比率

すこし資生堂の会社を紹介します。現在、従業員は4万5,000人をすこし超えています。海外比率も高くなり、40%を超える社員が海外で勤務(現地採用を含む)しています。主な事業は化粧品の製造販売で、2011年度の売上高は6,800億円、うち国内が3,830億円、海外が3,000億円弱です。営業利益は500億円を少し超え、営業利益率が5.9%です。

トレンドでは、苦戦する国内事業に対して成長軌道に乗りつつある海外事業という形で今後、国内事業の立て直しが課題だと言われています。また、資生堂の価値を店頭活動で日々高めている美容職の皆さんの存在は欠かすことができません。

資生堂労組は8割が女性

図表 労働組合の組織 発足66年目

一方、組合員は1万1,800人、そのうち女性が80%を占めています。組織的には、私が所属する中央本部と、それから支部がいくつかあります。図表の左のほうから見ていきますと本社支部、それから研究所、4つの工場がありまして、一番右が販売会社です。組合員規模が一番大きいのが販売会社の8,000人、この中に美容職が6,000人ほどいます。工場は4つ合わせて940人ほどですが、これは組合員数で、それぞれの工場での組合員の比率は30%を割っています。就業形態が異なる工場では、組合のことに限らずさまざまな課題があると捉えています。

また、組合員(会社調査でも同様)の特徴として、資生堂の社員であることを誇りに感じる比率がとても高く、組合のアンケート調査では86.6%。さらに美容職では95%位にまでなります。7,000人とか9,000人の美容職のほとんどが資生堂で働いていることに、また資生堂という会社にとても強い愛着を持っており社内では「資生堂が好き」という言葉をよく耳にします。「資生堂労働組合では会社をよくする」という言葉をよく使いますが、これは何も会社のことを考えてということだけではなく、多くの組合員が会社をよくすることを望んでいるところに行き着きます。

労組活動の特徴

資生堂労働組合の活動の特徴は、組織的に製造から販売まで一緒に活動しており、会社の中で起きていることがよく分かることから、例えば「販売第一線でこんなことが起きているが、本社、研究所、製造現場ではどうなのか、社内全体を見てその事象の本質はどこにあるのか」といったことが1つのテーブル(会議体)の中で話し合われます。「自分の担当以外のことには口を出さない代わりに私のことにも口を出すな」という、よくありがちな縦割りではなく、何の制約もなく、この会社のために今、起きていることはどういうことなのかが議論されています。会社の中のことがよく見えることは、組合としての経営チェックにとても重要なことだと思っています。

多くの組合員が会社をよくすることを望んでいる(資生堂労組提供)

多くの組合員が会社を
よくすることを 望んでいる
(資生堂労組提供)

また、「イキイキと活力ある職場づくり」は、組合組織にとっても、私たち働く者一人ひとりにとっても大切なことです。それはただ単に私たちのことだけではなく、会社にとっても大切なことで、さまざまな機会に会社へ伝えて対応を求めますが、残念ながら会社には分からないようです。

組合は、そこを本気でやろうと思っています。まず、組合活動の軸を職場に向け、組合員のみならず責任者、管理職、有期契約社員も含め、自分たちにできることをやりながら、会社にも引き続き対応を求めイキイキと活力ある職場づくりをめざしていきます。

「女性組合員に向けての活動」については、資生堂では、たくさんの女性が働いています。店頭で働く美容職の組合員とどのようにかかわりを持っていくかは、とても大きな課題です。また同時に、それを形にしていけば、私たち労働組合のことだけでなく会社のことも含め、資生堂の将来への希望に大きく繋がっていくことと思っています。

経営改革への取り組み

先ほど呉先生からもお話がありました資生堂労組の経営改革の取り組みについて少しご紹介します。発端は、1998年ぐらいにさかのぼります。資生堂はその昔、国内化粧品の売上げシェアが50%を超えるほど、とてもいい時代があったと聞いています。資生堂の商品を購入したら宝物のように化粧台の中にしまいこんだり、胸に抱えたりして、もう両手で包み込むようにして商品をお買い求めいただき、大切にしながらお使いいただいた憧れブランド時代がありました。お店にしてみたら、「置けば売れる」時代だったそうです。そういういい時代を過ごしてきましたから、時代と共に市場やお客さまのニーズが変わっても、成功体験からなかなか脱却することができません。10年、20年と次第にシェアを落とし続けていても、「まだ大丈夫」と考えてしまうのです。それを繰り返しているうちに知らず知らずに先送りの意識や甘えが体質化していたと思います。

当時の経営もそれを繰り返していました。当時、経営の3カ年計画に特徴的なものがありました。1年目には、ドンと華々しく花火(高邁な理想)を打ち上げます。2年目に入ると、どうもうまくいかないことがわかり、3年目になって修正をかける、それを繰り返し、それもできなくなると次の3カ年計画をかぶせてしまうこともあったように記憶しています。

期末偏重販売の問題が表面化

そうした中で起きたこととして、期末偏重販売(押し込み販売)の問題がありました。資生堂の商品の売上げは、お店に仕入れていただいたときに計上されます。お客様に買っていただいたときではありません。資生堂は、商品をお店に仕入れていただくという営業に重点を置いた活動を展開していました。

こうした中、組合の賃上げ要求を決める中央委員会が開催されました。私たち執行部は、いつもどおり集まってきた全国の組合員の代表に、要求案を諮りました。議事を進めていくうち、1人の営業担当の女性が立ち上がりました。

「役員の皆さんは、今現場で起きていることを知っていますか。毎期繰り返される、お店に商品を過剰に仕入れていただくことを押し込みといいます。この押し込み活動がここ数年は毎期のように行われていて、店頭には在庫が山のようになっています。こんな活動を続けていて、本当にいいんでしょうか。資生堂だけが売り上げ利益を上げて、お店が売れずに苦しんでいる。このままで大好きな資生堂に将来はあるのでしょうか。私たちはこういう営業活動をしていていいのでしょうか。私たちは本来、お店と一緒にお客さまに買っていただくための提案活動をしたいのです。ところが営業担当のほとんどが期末近くになると、『あといくらお願いします。あと何百万円仕入れてください』とお店にお願いして回ります。私たち一人ひとりにはどうすることもできないんです。もし、組合がこの問題を取り上げてくれて経営側にぶつけ、会社を立て直してくれるならば、私たちの賃金は上がらなくてもいい」と涙ながらに販売第一線の現状を訴え、組合にその改善を強く求めたのです。

もちろん彼女は、この中央委員会がこれから始まる賃金交渉の要求を決める重要な場ということはよく知っています。彼女の発言を機に、工場、研究所、本社の代表が次々と手を挙げ、「そうか、そういうことなのか。工場で売れていると思って造っていた製品は、そういうことだったのか」「研究所で研究期間を前倒しにして新製品を出すのは、そこに関係していたのか」「本社の施策の前倒しもそういうことだったのか」といった声があがりました。押し込み販売は、単に店頭で、販売第一線で起きている問題ではなく、資生堂の中で起きている経営上の大きな課題であることが浮き彫りとなりました。

ベアゼロを要求

これをきっかけに、組合は当時、私たちにとって一番大切な労働組合の生命線とも言われる賃上げ交渉でベースアップゼロの要求をしました。要求しないのではなく、私たちの生命線であるベースアップと置き換えて経営側に会社を良くしてくれと求めたのです。この販売第一線の現状を機に、会社の中で起きているさまざまな課題に経営側がしっかりと向き合い、私たちが大好きなこの資生堂を、将来にわたってお店やお客さまから信頼され健全に発展する会社にしてほしい。労働組合はそう要求したのです。

組合員にこの執行部の考えと要求の理解を得ることは、とても大変でした。今はベースアップを要求しないのが当たり前のようになっていますが、当時はベアを要求しないなんて考えられないことでした。「御用組合の委員長は辞めろ」と厳しい声を浴びせられ、「おまえたちは何を考えているのか。そんなことをしても経営側は耳を貸さない。自分たちの賃金と引き換えに当てのない要求をして執行部は責任をとれるのか」と組合員と直接向き合う支部長たちは、特にボロボロに叩かれました。

厳しい意見が多く寄せられるなか、支部長たちと一緒になって組合員と膝を交えて話し合い、その声を踏まえ執行部でも何度も深夜まで議論を積み重ねました。何度も諦めかけながらも組合員に問い掛け、また資生堂と自分たちの将来のためにやらせて欲しいとの思いを何度も繰り返し伝え、組合員の理解を得ることができました。

あれほど強く反対していた組合員が、なぜ最後にはベアゼロ要求を納得してくれたのでしょうか。当時、不思議に感じていました。今にして思えば、それは「資生堂を良くしたい」という思いにみんなが最後に一致したからだろうと考えています。

涙の団体交渉

このベアゼロ要求は2年続きました。組合としても、ベアゼロ要求を3年連続で組合員にお願いすることは絶対にできません。それは、当時の三役としてもとんでもないことで、組合員の信頼も失うことになります。1年目のベアゼロ交渉では労使の主張が噛み合わず進展がありませんでした。

執行部では交渉に限らず、機会あるごとに会社に経営の立て直しを強く求めてきました。そのやり取りの中で、現場に伝わるような形にはならないものの、微かな手応えを会社から感じていました。しかし組合員からは、当然ですが1回やっても結果がでないことに苛立ちを感じ、1回目に増して2回目のベアゼロ要求に対する組合員の理解を得ることが困難となりましたが、これで結果がでなければ当時の委員長と責任を取る覚悟で、不退転の思いで懸命にその必要性を訴え、支部長たちの最大限の努力によってベアゼロ要求がまとまり、その最後のぎりぎりのところで涙の団体交渉に繋がっていきました。

将来にわたって健全に発展する会社にすることを要求(資生堂労組提供)

将来にわたって健全に発展する会社に
することを要求 (資生堂労組提供)

団体交渉は3回行われ、一次交渉が数日前に既に平行線のまま終わり、山場となる二次交渉を迎えていました。交渉は午前中から始まり延々6時間、7時間と続きます。組合は、委員長をはじめ全員が「これがラストチャンスだ」と悲壮な思いで交渉に臨みました。最初から張りつめた空気の中、交渉はスタートし、組合は二次交渉が山場であることを想定して、各部門、職場での問題や課題を追及し、経営側も抜本的立て直しが必要であることを認めさせるために、事前に質問書を会社に提出していました。

交渉に入り、組合からの質問に対する会社(各部門)からの説明が、長時間にわたり続きました。私たちの思惑とは異なり、淡々とした会社説明が続きながら、時間がどんどん経過します。私たちが求めている経営の立て直しは話どころか、気配すら会社から伝わってきません。

質問項目が残りわずかになり、交渉の終わりが刻一刻と迫る中、私の隣にいる前任の委員長が、まるで何かが乗り移ったかのようなものすごい形相で、「ここまで言ってもまだわからないのか」と机を16発叩き、一心不乱に現場の状況を訴え経営側に抜本的な立て直しを求めていました。

その時、今までにない変化が起きました。組合の事前質問の最後の出番であった経営企画部長が用意してきたOHPを3枚ほど説明したところで話を中断し、交渉の責任者である常務に耳打ちをします。その後すぐに会社(常務)がタイムを要請してきました。

交渉再開後、席に着いた経営企画部長は、「私は初めて団体交渉に出席しました。会場に入るなりこれまでに経験したことがない、これほどまでに会社のことを真剣に思っている社員がいるのかという衝撃を受けました」と切り出しました。「私は人事部指示を受け、組合の質問に従って説明を始めましたが、あなたたちが会社に求めているものは、こういう話ではないと思い、タイムをいただき、私の考えを常務に伝え了解をいただきましたので、これから先は私の責任でできる限り、みなさんの気持ちに応えられるようギリギリのお話をします。(常務の入社以来の経歴やこれまでの経験や思いを話した後)あなたたちの言っていることは私も経験してきた。私も皆さんとまったく同じ思いでいます。これを変えていきたい。必ず近いうちに経営の抜本的立て直しを行うので、どうか私の話を信じて、一緒に会社をよくするために力を貸して欲しい」と涙を流し私たちに思いを伝えてきました。その涙は、私たちの仲間からもはっきりと見えました。

そして私が支部長の1人に「よし、やってくれ」と声を掛けました。その支部長は組合員の声を集めてまわり、A4の紙にまとめ会社に伝えようと持っていました。彼は立ち上がり、それを読もうとします。ところがまったく声が聞こえてきません。振り返り彼を見れば、組合員の声を伝えようと必死でその紙に目を通すものの、想いがこみ上げ、涙があふれ、組合員の声を一言も読み上げることができません。会場が静まりかえると同時に、仲間から声が飛びます。「よし、よくやった。組合員の声はしっかり会社に伝わったぞ」と。

組合側のメンバー全員が同じように涙を抑えることができません。前を見れば、会社側の多くのメンバーも涙を流していました。下を向いたまま鼻をすする人、またハンカチで目頭を押さえる人、天井を見上げ涙をこらえようとする人もいました。会社側のメンバーの1列目は本社の重役・役員ですが、2列目、3列目には各事業所の責任者や労務担当の管理職で、私たちと同じ現場の人たちが顔を揃えています。組合がこの2年間言い続けてきたことを、その人たちも立場は異なりますが共感していることだったと思います。会社も組合もしばらく涙が止まりませんでした。私たちを信じて託してくれた組合員の気持ちにようやく応えることができたという思いと、これでやっと会社がよくなるという思いで感動の涙が止まりませんでした。この団体交渉は、私にとって生涯忘れることができない「涙の団体交渉」になりました。

その数カ月後、店頭基点の経営改革が発表され、資生堂にとって大きな転機に繋がっていきます。

このお話を通じて私がお伝えしたいのは、組合が頑張ったからとか、組合がやったから経営改革が行われたなどと申し上げるつもりはありません。ただ、組合が組合員や会社のことを真剣に考え行動したことが、経営改革を進めるきっかけの1つや後押しにはなったと自負しています。