<パネルディスカッション> 第52回労働政策フォーラム
ホワイトカラーの労働時間を考える
―効率的な働き方を求めて―
(2011年3月2日)

パネリスト
田中 誠二
厚生労働省労働基準局労働条件政策課長
狩野 尚徳
キヤノン株式会社人事本部人事部人事第二課長
本山 ふじか
住友商事株式会社人事厚生部課長労務チームサブリーダー
小澤 修
武陽ガス株式会社総務部総務課長
小倉 一哉
前JILPT 主任研究員(早稲田大学商学部准教授)
コーディネーター
佐藤 厚
法政大学キャリアデザイン学部教授
パネルディスカッション/労働政策フォーラム:開催報告(2011年3月2日)

佐藤

長時間労働は心身両面の健康やワーク・ライフ・バランスに対してマイナスの影響を及ぼすと言われています。フォーラムの趣旨は主にホワイトカラーの労働時間に焦点を当てながら、労働時間の適正化やそれを支える効率的な働き方について検討することです。

パネルディスカッションではこれらを踏まえ、論点を3つ用意しました。1つめは「労働時間を適正化するためにはどうしたらいいのか」です。議論を行うにあたっては、果たしてどのくらいの時間数が「適正」なのかということも詰めておく必要があります。適正な水準は業種、業態によって違いますし、年間を通してみた場合、時期によっても異なります。

その上で、今日事例報告していただいた各企業が適正化を行うにあたり、その必要性をどのように認識し、いかに取り組んできたかそのプロセスをお聞きします。これまでの事例報告では経営トップから時短に向けた強いメッセージが発信されたケースや現場のマネジメントの要になっている管理職の方々の意識改革や仕事のやり方の変革をうながしたケースなどが紹介されました。これらを踏まえて、適正化に向け、何がポイントとなるのかを確認したいと思います。

論点の2つめは今日のテーマの副題になっている「効率的な働き方」です。ビジネスを行っている以上、企業としては仕事の量や質を維持しながら労働時間の適正化を行わなければならず、そのためには仕事のやり方を効率化させることが求められます。

この効率化、言い方を変えるならば、メリハリのある働き方を実現していくためにはどのようなことが必要かという点について意見をお聞きします。

ホワイトカラーの仕事を考えた場合、必ずしも労働時間の長さで評価しきれない部分があります。工場勤務のように定時になれば自動的に仕事も終わるというわけにはいかず、企画・判断や顧客との折衝といった複雑な要素が絡んでくるのがホワイトカラーの仕事の特徴です。こうした労働時間の長さで測れない部分を持つ仕事について、どう管理して、どう評価につなげていくのかという点についてもご議論ください。

論点の3つめはワーク・ライフ・バランスについてです。企業が主導して労働時間管理を誘導する一方で、社員1人ひとりが自主的にワークとライフのバランスが実現できる環境を求めている側面があります。このような自主的ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて、何がポイントになるのか議論した上で、あるべき職場の姿を明らかにしたいと思います。

まず1つ目の論点「労働時間の適正化」について、行政としてのお立場から、厚生労働省の田中課長に口火を切っていただきたいと思います。

論点1:労働時間の適正化について

労働時間の実態把握と管理

田中

昭和63年頃、日本はアメリカ、ヨーロッパなどに比べて、総実労働時間が長く、国際的な批判を浴びていました。労働時間短縮の目標である1,800時間は、こうした外圧の下で定められたという事情があるものの、内需拡大による経済効果などが労働時間短縮のメリットとして議論されていました。

田中 誠二(厚生労働省労働基準局労働条件政策課長)

それでは今、なぜ労働時間の適正化なのかというと、こうした経済的なメリットもありますが、労働者の健康確保やワーク・ライフ・バランスの実現といった面がより重要視されるようになっているからです。

ここでは、労働者の健康の確保という観点を中心に発言したいと思います。実はこの10年の間に労働時間と過労死は医学的に因果関係があることについての認識が行政や司法も含めて、社会にずい分浸透してきたと思います。

その1つが労災認定基準です。 現在の基準は、 残業が80時間を超える月が2カ月以上続くと、過労死の危険が高まるという医学的な知見に基づいて定められており、こうした知見を踏まえながら適正化のあり方を考える必要があります。

その前提となるのが、労働時間の適正な把握と管理です。裁量労働が適用されている方も含めてホワイトカラー社員がどの程度働いているのか、あるいはいつ労働から解放されているのかをきちんと把握することが健康管理の観点からは非常に重要です。

メンタルヘルスは、 (1)自分でケアをする「セルフケア」 (2)上司などのラインがケアをする「ラインケア」 (3)産業保健スタッフによるケア――の3方面からのケアが重要だと言われていますが、ホワイトカラーの労働時間管理にもこのアプローチが参考になります。その大前提として、労働時間の実態をしっかり把握・管理して、情報を共有していないと、こうした3方面からの総合的な対応は困難でしょう。

さらに、今後の課題としては、労働時間の量的な把握だけではなく、労働の強度、ホワイトカラーの場合は「労働の質」といったほうがいいかもしれませんが、こうした側面に光を当てていくことも重要ではないでしょうか。心身ともに仕事のプレッシャーから解放される時間をどの程度とるかという発想も必要だと思います。

働き方が多様化しているなか、単純な労働時間の管理だけでいいのか、労働の量と質を測るための代替的な指標が色々と考えられるのではないかといった議論もあります。健康確保の観点からも事前、事後の総合的な対応が必要で、たとえば「100時間残業したから健康診断をする」という事後対応ばかりではなく、長時間労働が想定される場合の事前の健康チェックなども重要視されるようになってくると思います。

水準は一律に定められない

小倉

健康管理の観点から、長時間労働は問題がありますが、現実問題として、日本企業で残業をなくすことは非常に困難です。健康管理上、問題になるような長時間労働の削減は多くの方からコンセンサスが得られるでしょうが、1カ月10時間、20時間、場合によっては30時間程度の残業の場合、それがどの程度許容されるのかは意見が分かれると思います。労働時間に関する調査を行うと、「労働時間は短いに越したことはない」という方もいれば、「もっと長く働きたい」という方もいます。

こうした点を考えると、適正化の水準はおそらく一律には定められるものではなく、働き方に対する会社のニーズ、従業員のニーズを踏まえたいくつかの組み合わせがあり得るのではないでしょうか。

もし、長時間働くことが評価されるのであれば、小さなお子さんを育てている方はハンディキャップを負うことになります。こうした問題を解決するためにも、個々の職場でどうやって仕組みを考えていくかが重要で、今日お越しいただいた3社の事例にそのヒントがあるのではないかと思っています。

佐藤

行政の立場、研究者の立場からそれぞれコメントをいただきました。適正化を行う1つの理由として、メンタルヘルスの確保があります。仕事で、一時的には無理がきいても、それが恒常的となると健康上、問題が出てきます。しかし、一方で一律に短くすればいいというものでもありません。

こうした面も含め、今日お越しいただいた3社の方の適正化に対する認識をお聞かせください。

重要な現場のマネジメント

狩野

適正化の切り口の1つとして、まず労働時間をきちんと把握する、つまり、管理を適正化することを第一歩に取り組みを行ってきました。したがって、キヤノンでは出退勤のデータと残業時間のデータ双方をチェックし、適切に残業時間が申請されているか管理しています。

部下によって、長時間残業してもピンピンしている者もいれば、そうでない者もいます。こうした前提に立ち、まずは個々の部下に目を配り、正しく労働時間を管理する現場のマネジメント力を高めることがキヤノンでは重要だと考えています。

本山

残業時間がだいぶ減ってきたこともあって、いま取り組んでいるのが従業員間で極端な業務の偏りをなくすことです。社内の平均でみると労働基準法の水準をクリアできていても、一部の職員に業務が偏ることもあります。

商社ということで、特定の時期に残業が集中する部署もありますが、若い人を中心にローテーションしているので、それが解決策として認識されている部分もあります。また、できるだけ連続して休暇を取得させる中で、休暇中の社員が担当していた業務をチーム全体で共有し、バックアップできる体制をつくっています。

上司の見極めが大切

小澤

部下が持っている仕事の質と量によってどの程度の時間が適正なのかを上司が見極めなくてはいけないと思います。仕事量や質がそれほどでもないのにどうしても時間がかかる場合は担当者本人に原因があるのかもしれません。そうでない場合は業務量の問題や社員の適正配置がどうなのかという問題になってくるので、そのあたりはよく見極めるようにしています。

<武陽ガス株式会社>小澤 修・総務部総務課長

企業の立場としては、労働時間の適正化によってお客さまへのサービスが向上するかどうかは1つの問題です。これを頭の片隅に入れながら、従業員のほうでも業務を効率化していく方法を考えていかなければなりません。

佐藤

企業の方からのご報告には共通点があるように思えました。「適正化」といった場合、ある範囲を決めてそれを超えたから適正ではない、あるいはその範囲内だから適正とは言い切れない部分があります。

ホワイトカラーの場合、始業時刻、終業時刻、労働に服している時間一体どれくらいなのかをしっかり把握する。つまり、何時間働いているのかきちんと把握することが適正化の重要なポイントではないでしょうか。

残業をゼロにしたくても、現実的には困難です。業務が繁忙だったり、お客様の満足度を下げられないといった事情がある中で、いかに特定の人に業務が偏らないようにマネジメントするかという点も考える必要があります。

論点2:ホワイトカラーの効率的な働き方をどう実現するか

それでは2つ目の論点に移りたいと思います。労働時間を短縮した場合、これまで以上に効率的な働き方が求められるようになります。これをどのようにして実現するのでしょうか。まずは企業の取り組みについてコメントいただけないでしょうか。

業務の負荷を「見える化」

狩野

効率的な働き方の一環として、当社ではノー残業デーを実施してきましたが、今のところ、それが業務にマイナスになったという話は聞いておりません。

<キヤノン株式会社>狩野尚徳・人事本部人事部人事第2課長

生産現場の場合、10人いて7人分の仕事があれば、7人でこれを行い、残る3人は別の仕事を割り当てるのが一般的だと思います。

ところが、ホワイトカラーの場合、7人分の仕事でも10人でやってしまうことがありうる。良くも悪くも、ホワイトカラーは自分で仕事を作り出してしまうことがあります。たとえば、技術職は、製品開発において「こんな技術検討もしてみたい」、「あんな検証もしてみたい」など、より深く追求していくことが多々あります。

これ自体、素晴らしいことであり、一概に否定するわけにはいかないのですが、一方、現行の法制度の枠組みでは仕事にかけた時間に対してお金を払うことになっているのです。したがって、現時点では、まずは業務の負荷や労働時間の実態を数値として「見える化」しなければ、その先の議論ができないと考えています。

同じ仕事をしても2時間で終わる人もいれば3時間かかる人もいる。この場合、2時間で終わる人のほうが本来高い評価を受けるということになるのでしょうが、必ずしも同じ仕事が同じ時期に2人に行くとは限らず悩ましいところです。

いずれにせよ、当社では、まずは、労働時間そのものを半ば強制的に圧縮して、その結果何が起きるのかを検証したいと考えています。ノー残業デーの徹底は、そのために行っているという意味もあります。

仕事の成果による評価の徹底へ

本山

1番業務効率が悪いのは、「上司からやらされた」感のある残業です。

商社の場合、新たなパートナーを見つけたり、新しいビジネスモデルを構築するといった仕事の付加価値が必要です。そういう意味では、必ずしも会社の机に座っている時間が長ければ良いということではなく、仕事にメリハリをつけつつも、仕事以外の時間でも仕事につながるアイディアが浮かぶというのが理想ではないかと思います。

一方で、成果と時間がある程度比例する業務もあるという現実を踏まえつつ、育児や介護などの事由で短時間勤務中だったり残業ができない人や、その周囲も含めたすべての人が、公平感と納得感を持って働けるよう、そうした事由がない社員の評価も含め、労働時間ではなく、仕事の成果で評価することを改めて徹底していきたいと思っています。

トップが率先して進める姿勢で

小澤

当社では社員全体が1つの目標を持つことで、1人ひとりが業務を効率化し、労働時間を減らす努力をする意識づけを社員に徹底することが必要です。「業務は所定労働時間内に終わらせるのが原則」という方針が決められているので、これを社員に守らせる。

これを達成するために人事担当者だけでなく、経営トップが率先して考えていかなければなりません。社員1人ひとりは自分の業務の範囲内でのマネジメントしかできませんが、なるべく時間内で仕事を終わらせる。部門単位では責任者が部下の業務量がきちんと平準化されているかを見る。会社全体では各部門の社員の適正配置や、教育や技術レベルの支援が足りているかということを考える必要があります。このようにそれぞれが目標を掲げて進めることが1番重要ではないでしょうか。

経営トップが本気になって業務の効率化を進めようする姿勢を見せることも大切です。さらにそれを担当部署がトップの意志を受けて、本気で適正化に取り組むことが必要です。

また、適正化が難しい部分については、担当者に聞いて何が原因か明確にすることも重要だと考えています。

佐藤

今、企業の方々から、残業しないことを前提に労働時間を「圧縮」してみるという報告がありました。時間は無制限にあるという前提で業務を進めるのではなく、上限を決めることで業務を追い込んでいくということでしょうか。たとえば、武陽ガスでは月20時間を上限に決めているということですが、これは具体的にどのようなロジックで割り出されたのでしょうか。

残業時間の目標設定で

小澤

適正化前の残業時間の平均は月28時間程度でした。当然、部門によってバラツキがあって、営業部門やお客さま対応部門はどうしても残業が多い。そこでまず、月28時間前後の残業時間を20時間まで減らそうということで目標を定めました。

いったん労働時間の目標を定めると不思議とどんどん短くなってきます。これはいろいろな対策を行うなかで実現したもので特効薬はないのですが、24時間になり、22時間になり、昨年では平均で14.1時間まで下がってきている。仕事量は経済状況とも関連しているので一概には言えないのですが、結果だけでみるとこの5年間下がり続けています。

佐藤

行政や研究者としてのお立場からもご意見をいただききたいと思います。

時間と成果による評価の議論も

田中

行政でも昨今、ワーク・ライフ・バランスの観点から労働時間が適正な水準となるよう社会的な機運の醸成に取り組んできました。

しかし、残業時間を減らすといっても各企業の努力だけでは困難です。業務によっては所定労働時間外に対応を求められることが非常に多い。こうした「24時間営業社会」とも言える状況が果たして本当に効率的なのか社会全体として考えていく必要があるのではないでしょうか。

また規制の話に戻りますが、わが国の残業規制の考え方は週40時間労働、1日8時間労働という法定の上限を定めながら、労働基準法36条に基づく労使協定(36協定)を締結すれば、その規制を解除するという仕組みになっています。解除後の労働時間の抑制手段として割増賃金制度が設けられており、使用者側に経済的なディスインセンティブを与えることで抑制を図るという考え方を採用してきました。

これは労働の成果を時間で測るという枠組みでは非常に合理的でしたが、成果を時間でない要素で測って賃金を決めるとなると、この割増賃金の考え方とはズレが生じてきます。とくにホワイトカラーの間でこのズレが顕著となり、議論となっているところです。

すべての労働が成果だけで評価されるということではなく、時間を基礎として評価される部分はなお相当残っています。しかし、成果で評価される部分の比率が増加していく中で、その部分の整合性をどう担保していくかは大きな課題だと思います。

その1つの方法として、みなし労働時間制や裁量労働制が導入されましたし、法制化には至りませんでしたが、ホワイトカラーの労働時間規制を解除する「ホワイトカラーエグゼンプション」の提案もありました。

これらの点については、さらに議論を積み重ねる必要がありますが、1点気をつけて議論していきたいのは、単純に労働時間の規制を解除するだけではなく、何らかの客観的な指標による労働の量と質の管理をあわせて考えていくことが大切だと思います。

たとえば、ホワイトカラーエグゼンプションの議論では、労働時間規制を解除するだけではなく、36協定では除外できない休日を年間104日与えないといけないという規制の強化がセットで提案されていたということを考慮すべきです。

そういった意味で健康確保の問題や時間による評価、または成果による評価と賃金の連結の問題をより明確にしながら、議論していくことが必要ではないでしょうか。

サービスの要求水準を下げる

小倉

よく「日本では製造業の生産性は高いがサービス業の生産性は低い」と言われています。「生産性」を簡単に説明すると、分母が「人数×労働時間」で、分子が売上高や産出量です。なぜ日本のサービス業は生産性が低いかといえば、おそらく日本のホワイトカラーの働き方と根の部分が同じだからです。つまり、それはサービスの質、仕事の質にあるのです。

小倉一哉(前JILPT主任研究員(早稲田大学商学部准教授))

たとえばデパートでは10時開店であっても、店員はそれより前に並んで挨拶の準備をしています。朝早く銀行に行くと、営業開始時間の少し前の8時59分30秒にはもうシャッターが上がります。おそらくそれは日本共通ではないでしょうか。

電車もほぼ時刻表どおりに来ます。ところが、これがイタリアだと7時のニュースが7時に始まらないこともあるそうです。ドイツにも時刻表はありますが、時間通りに電車が来ることは日本よりも少ないです。1番驚いたのが、スペインで、ある地下鉄の駅では、時刻表というものが存在しませんでした。駅にストップウォッチのような時計が備え付けられていて、列車が発車する度にゼロに戻ってまたカウントが始められる。スペインの人たちは「ああ、もう15分経ったから次の電車がくるだろう」という感覚でこれを見ている。デパートについてもヨーロッパでは1番時間に正確なドイツでさえ、10時開店のところに10時に行くと店員に怒られてしまいます。10時はあくまで店員が出勤する時間だからです。

日本や韓国では時間に厳格ですが、こうしたことも労働時間に大きく影響しているのではないでしょうか。

先ほどキヤノンの狩野さんがおっしゃっていた「ホワイトカラーは自分で仕事をつくってしまう」という言葉にインスパイアされたのですが、私を含め、今日会場にお越しの皆さんも同感ではないでしょうか。

ですから、ホワイトカラーの働き方を効率的にするためには、その部分に切り込む必要があります。しかし、働き方のクオリティーをすぐに下げられるかといえば、日本のように消費者の要求水準が高いところでは大変難しい。社会的コンセンサスを得た上で、徐々に要求水準を下げていくしかないのではないでしょうか。

まずは労働時間の圧縮で

もう1点申し上げたいのは、とりあえず労働時間を圧縮してみることが大変重要だということです。

よく企業経営者は「労働時間を短縮してもいいが、生産性は下がらないようにして欲しい」といいます。これはある意味正論かもしれません。ただ、70年代のオイルショック前までの高度成長期に推計したマクロの分析では、時短が先行して結果的に生産性が上がっているという推計結果が出ています。時短を行っても、売上げが落ちず、結果的に生産性が向上したということです。

ですから、「とりあえずやってみる」ということが大変重要で、武陽ガスのように上限を決めて、その範囲内で頑張れば、結果的に効率はあがると思います。

これ以外でも効率をあげる方法は身近なところにあるはずです。たとえば、会議の時間を決めたら、その時間内できっちり終わらせる。会議などでもパワーポイントで作った立派な資料を必要以上につくるといった無駄が足もとにたくさんあるのではないかという気がします。

裁量的な働き方については、皆さんの考えとほぼ同じで、おそらく本当の意味で裁量的な働き方ができている人はほとんどいないと思っています。たとえば、8時間働いたものとみなすことで、ある1日は10時間働いても、別の1日は6時間の労働でもいいというのが本当の裁量労働制です。しかし、私が調査するかぎり、裁量労働制が適用されている職場ほど労働時間が長いという結果が出ています。

その根っこの部分には仕事の質や働き方があるのではないでしょうか。

論点3:1人ひとりが自主的にWLBを実現できる職場とは?

コーディネーター佐藤 厚(法政大学キャリアデザイン学部教授)

佐藤

最後の論点ですが、効率的な働き方を持続させていく中で、それがイコール、ワーク・ライフ・バランスの実現とつながっているかという点です。これについて、まず、企業の方々の意見を伺いたいと思います。

会社の制度をうまく活用して

狩野

ワーク・ライフ・バランスは本来社員みずからの努力で実現すべきものであって、会社側があれこれ言うものではないというのが当社のスタンスです。仕事に打ち込むときもあれば、子どもができたので家族と一緒に過ごす時間を増やそうというときもある。社員自身が考え、覚悟した上で、そうした働き方を選ぶときに、会社として社員をしっかり支援することが大切だと思います。

そのために、会社は、まずは必要以上に社員を会社にしばりつけないということが重要だと考えています。

就業規則で所定労働時間や始業時間、就業時間を定めているのにもかかわらず、社員の中にはこれらを意識しないで働いている者も少なくありません。ですから、管理職向けの研修では「キヤノンでは決められた時間内で成果を出すのが原則」ということを教育しています。

社員は、できる限り効率的に働き、高い成果を出そうという意識を持つとともに、会社は、必要以上に社員を会社にしばりつけないという視点が大切だと思います。

人生を考える機会の提供も

本山

ワーク・ライフ・バランスと会社から言われても、自分の人生において法律に触れない範囲で全力で仕事に打ち込みたいという社員もおり、それを否定することはできないと感じております。ただ、その全力で働きたい者が上司だった場合、その下で働く部下は自分の裁量で効率的に働くことが難しいという問題があります。また、チームを組んで働いているような場合もメンバー間で同じことが起こりえます。この場合に、部下やメンバーがワーク・ライフ・バランスを実現できないということは避けねばなりません。

会社としては個人の価値観に踏み込みづらい部分もあるのですが、今は仕事に100パーセント打ち込めるという方でも、いつ何時ライフを重視せざるを得ない状況に陥るかも知れません。会社からもできるだけ自分の人生を考える機会を提供し、社員1人ひとりが自分自身のワーク・ライフ・バランスを見つけ、実現してもらいたいと思っています。

WLBはまず自らの努力で

小澤

当社でもワーク・ライフ・バランスの実現は社員みずからの努力で実現すべきものだと考えています。

当社の取り組みの1つに「業務改善活動」があります。これは社員自らが自分の仕事をどう改善するか目標を立てて、それを達成していくというものです。

こうした活動を上司がきちんとサポートしていくことが必要です。部下にはどんな小さな改善でもどんどん出すよう指導しています。

最終的には社員自らがその気になるかどうかが大変重要ですので、その様子を見極めながら会社としてもサポートすることを心がけていきたいと思います。

佐藤

田中さんと小倉さんからも一言ずつお願いします。

複数の選択肢の提供も

田中

企業の方々からの報告はいずれもワーク・ライフ・バランスは社員自身の取り組みであることを強調する内容でした。先ほどから議論になっている労働時間の適正化や働き方の効率化の視点にワーク・ライフ・バランスの視点を入れるならば、労働時間を企業が設定していく中で社員のイニシアチブによる部分をどの程度どのような形で入れるかを労使間で真剣に話し合っていただきたいと思います。

先ほど裁量労働制が導入されると社員のモチベーションや業務の効率性も高まるという報告がありました。この場合の裁量とは労働の内容のことを指していると思われますが、中長期的には労働時間も含めた働き方の選択制も含まれるのではないでしょうか。ワーク・ライフ・バランスに関する社員のさまざまなニーズを満たすことは大変なことかもしれませんが、制度として複数の選択肢を用意していくことも必要ではないでしょうか。

もう1点、年次有給休暇についてお話したいと思います。さまざまな休暇制度がある中で年休は労働者が理由を申請することなく、自由に取得できる唯一の制度です。わが国の年間の年休取得率は50%以下という非常に残念な現状にありますが、計画付与制度を活用するなど社内の年休取得率向上に向けた工夫が必要です。

「お互い様」の意識で

小倉

私は労働者1人ひとりが「お互い様」という意識を持って欲しいと思っています。長時間労働が美徳とされている職場ではワーク・ライフ・バランスは実現しにくいでしょうし、女性は仕事を辞めざるを得ないでしょう。逆に、これはほとんどないでしょうが、短時間労働が奨励される職場があるとすれば長時間働きたい社員にとっては厳しいでしょう。ですから、お互いの立場を考えつつ、ゆくゆくはそれを自分の職場から日本の消費社会全体のあり方を考えることにまで拡げていけないかと淡い期待を抱いています。

佐藤

ありがとうございました。最後に1人ずつ結びのコメントをいただきたいと思います。

田中

今まで申し上げたことのまとめになりますが、ホワイトカラー労働者の健康管理という観点から労働時間をしっかり把握し、管理していただきたい。それから、これは政策担当者としての切実なお願いですが、年休の取得率を高めるために会社ごとに目標を定めるなどの工夫をしていただきたい。

年間1,800時間という目標は達成されてはいますが、まだ労働時間が長い業種、職種が残っています。企業の皆様方ともよくご相談しながら、今後の対応を進めていきたいと思います。

狩野

キヤノンの場合、まずは労働時間について決められたルールをしっかり守るということが前提となっています。この前提の中では、長時間労働に伴う健康被害が出ないようにという意味での管理がもっとも重要です。それが最終的にはホワイトカラーの仕事の仕方につながっていくものだと考えています。

本山

当社の場合、仕事が大好きで24時間体制で働きたいと思っている社員もいるなかで、労働時間の枠組みを決めて、適正化に取り組んできた結果、業務の効率化にもつながりました。

<住友商事株式会社>本山ふじか・人事厚生部課長労務チームサブリーダー

人から何か言われてやるのは好きではないという社員も当社は多いと思いますが、自ら自発的に業務を効率化し、働き方にメリハリをつけることで、ワークだけではなくライフも大事にしたいと自然と思えるよう方向づけられたらいいと思っています。

トップダウンにより枠組みはつくってきましたが、これからはより社員1人ひとりのイニシアチブに軸足を移すことが、今後も継続して取り組みを推進する鍵だと思っています。

小澤

ワーク・ライフ・バランスの実現に特効薬はないと思います。ですから、あの手この手の対策を講じながらそれを継続していくことが大事です。継続するのは大変ですが、それが1番重要ではないかと思います。

制度を改善するといっても限界はありますが、人的なサポートは継続していきたい。これからも社員が心身ともに健康に働ける環境づくりを目指したいと思っています。

小倉

明日から職場で働くとき、しばらくの間、どこに時間の無駄があるか考えてみませんか。たとえば、課長会議があって、部長会議があって、同じ資料が下から上にあがっていく。それだけの会議なら部長会議だけで十分ではないか。役員会議にしても、もしかすると役員の仕事のための会議になっているかもしれない。

そういったことを社員が感じ取り、労働組合や上司、経営トップに提言したら少しはホワイトカラーの働き方が変わるかもしれません。

キーワードは「見える化」と「過剰品質」

佐藤

ありがとうございました。最後に私から2点申し上げて、まとめとさせていただきます。

1つ目はこれまでの議論で出てきたことの確認になります。従来、ホワイトカラーは労働時間の適正化にはなじまないのではないかという思いこみがあったように思えます。しかし、労働時間は実は所与であるというところから入って、その中で効率的な働き方を試行錯誤しながら求めていく。この求めていくという考え方が今日の報告における共通項だったように思えます。

2つ目は働き方を効率化する上でのキーワードがあり、その1つが「見える化」です。仕事について、そのやり方や人とのマッチングを、組織の中での位置付けを可視化していく。「この仕事はあの人でなければわからない」「この職場は恒常的に忙しいが、その原因がよくわかっていない」といった不透明な部分をなくすことが大切です。見える化した上でそれを周知していくことが重要ではないでしょうか。

もう1つのキーワードが「過剰品質」です。これは社外のお客さまに対しても言えることですが、社内においても存在します。無駄な会議や何ページにも及ぶ分厚い会議資料、こういったものが労働時間を延ばす要因になっているのですが、はたしてこれらは本当に必要なものなのでしょうか。無駄なものはどんどん省くという意味で過剰品質を抑えていく取り組みが必要ではないかと思いました。

一方、お客様からの要求を抑えることは困難です。われわれは消費者の立場として、快適なサービスを享受していますが、それは過酷な労働と表裏の関係になっていることを忘れてはいけません。その要求水準を少し下げるだけでも、働き方の適正化に近づくきっかけになると思います。これは一朝一夕でできることではありませんが、常に意識して取り組んでいくことが必要ではないでしょうか。

まだまだ課題も多く、論じきれない部分もありましたが、これでパネルディスカッションを終了させていただきます。

〈プロフィール〉五十音順

小澤 修(おざわ・おさむ) 武陽ガス株式会社総務部総務課長

1996年山形大学人文学部法学科を卒業、同年4月武陽ガス株式会社へ入社し、営業部営業課へ配属。翌年3月に総務部総務課へ異動し、以来今日まで人事・労務管理などを担当。2010年3月より現職。

狩野 尚徳(かのう・ひさのり) キヤノン株式会社人事本部人事部人事第二課長

1988年キヤノン株式会社入社。本社人事部門、国内グループ会社等国内での人事担当を経て、1998年から、キヤノンブルターニュ(フランス)、キヤノンヨーロッパ(オランダ)にて、駐在員人事管理業務を担当。2004年に帰国後、国際出向者管理業務、国内事業所での人事・労務担当を経て、現在は本社労政、全社労働時間管理担当。

佐藤 厚(さとう・あつし) 法政大学キャリアデザイン学部教授

1990年法政大学大学院社会科学研究科博士課程修了。博士(社会学)。日本労働研究機構(現、労働政策研究・研修機構)、同志社大学大学院総合政策科学研究科教授を経て、2008年より現職。専門分野は産業社会学、人的資源管理論。主な著書(編著)に『ホワイトカラーの世界』、『仕事の社会学』、『業績管理の変容と人事管理』、『キャリア社会学序説』(近刊予定)などがある。

田中 誠二(たなか・せいじ) 厚生労働省労働基準局労働条件政策課長

1987年労働省入省。長野県職業安定課長、厚生労働省労政担当参事官室調査官、主任労働保険専門調査官、農林水産省生産局参事官、厚生労働省労災補償部補償課長等を経て、2010年8月より現職。

本山ふじか(もとやま・ふじか) 住友商事株式会社
人事厚生部課長労務チームサブリーダー

1991年慶應義塾大学法学部を卒業、同年4月住友商事株式会社入社。株式会社ジュピターテレコム立上げと同時に同社へ出向し、マーケティングやカスタマーサービスオペレーションを担当。1年半の米国駐在を経て、2005年より人事部へ異動し、人事異動や勤惰管理等を担当。女性活躍推進プロジェクトチームの立上げにも携わり、07年より現職。労務管理、ワーク・ライフ・バランスを担当。自らも3児の母として効率的な働き方を模索中。


小倉 一哉(おぐら・かずや) 前JILPT主任研究員(早稲田大学商学部准教授)

1993年早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)。1993年より日本労働研究機構(現JILPT)に勤務、今年4月より早稲田大学商学部准教授。専門分野は労働経済(労働時間・休暇、非正規雇用等)。主な著書に『エンドレス・ワーカーズ~働きすぎ日本人の実像』(日本経済新聞出版社)など。