<事例(2)住友商事株式会社> 第52回労働政策フォーラム
「ホワイトカラーの労働時間を考える―効率的な働き方を求めて―」(2011年3月2日)

事例(2):ワーク・ライフ・バランスへの取り組み<住友商事株式会社>

本山 ふじか(住友商事株式会社人事厚生部課長労務チームサブリーダー)

<住友商事株式会社>本山ふじか・人事厚生部課長労務チームサブリーダー

住友商事の場合、ワーク・ライフ・バランスの観点から残業の縮減に取り組んでいますので、今日はその事例を中心にお話させていただきたいと思います。

当社の従業員数は2010年3月現在、単体で5,100人です。うち男性社員が4,016人、女性社員は1,084人と2割を占めます。連結ベースでみると工場や現場も抱えていますが、単体ベースでは大半がホワイトカラーなので社員の働き方イコールホワイトカラーの働き方とご理解下さい。

トップダウンで取り組み推進

当社ではトップダウンで、ワーク・ライフ・バランスの取り組みを進めてきました。その背景には2003年以降、業績が右肩上がりで拡大したことに伴い、残業時間が相当増えてきたことがあります。社員のモチベーションは高いものの、社外のアドバイザーからは「社員に疲弊感があるのではないか」と指摘され、社員自身も「このまま今の働き方を続けられるのだろうか」という漠然とした危機意識を感じていました。会社としての問題意識があったことに加え、時代の流れでワーク・ライフ・バランスへの対応要請が高まっていたことから、経営会議においてワーク・ライフ・バランスを重要な人材マネジメント施策の1つとして位置付けました。

私が住友商事に入社した頃は残業した時間をそのまま申請しない社員が少なくありませんでした。社内に食堂があり、喫茶店があり、コンビニエンスストアなどがある環境で厳しい時間管理はされないかわりに、四六時中仕事のことを考えて会社にいるという社員も多く存在しました。

最近入社してくる若い社員はだいぶ意識が変わってきていますが、基本的には仕事が大好きで残業もいとわないという社員が多い中、彼らをいかに納得させ、残業を縮減していくかは大きな課題でした。そのため、トップが強いメッセージを発信し、取り組みを推進してきた経緯があります。

その一例として、2005年7月には社長が「当社の残業問題は『待ったなし』」とするメッセージを各部長宛に発信しています。部下の仕事の中身にも一歩踏み込んで、その内容をきちんと把握すべきことも記載されています。

2006年7月に配信されたメッセージでは、有給休暇の取得促進や残業縮減を推進することは社員1人ひとりの能力の存分な発揮につながり、ひいてはより大きな成果につながるとして、ワーク・ライフ・バランスの必要性を明確にしました。

このようにトップが本気だという姿勢を見せたことで、社員にもしっかり受けとめてもらえたと感じています。

中長期計画にWLB盛り込む

図1 WLB の戦略的位置付け

2007年4月に策定された中期経営計画の目標にはワーク・ライフ・バランスの推進が盛り込まれました。また、2008年4月には厚生労働省の「仕事と生活の調和推進プロジェクト」に先ほどご報告があったキヤノンさんなどとともにモデル企業として参画しました

残業を縮減するための特効薬はありませんが、会議の回数を減らしたり、就業時間内に終わらせる、上司宛報告の階層を減らすなど地道な取り組みを各職場で工夫して行っています。当社の場合、社員の95%以上にフレックス勤務制が導入されているのですが、早く帰れるときはコアタイム終了後に帰らせることなども推奨しています。

図1は人材戦略におけるワーク・ライフ・バランスの戦略的位置付けです。人材を活用し、会社の持続的成長につなげていくためには、社員1人ひとりの健康やモチベーションを持続することが必要です。社員を活性化するためには、長時間残業を削減し、ワーク・ライフ・バランスを実現することが重要だと位置付けています。

図2 は当社のワーク・ライフ・バランスのポリシーです。活動指針の1番目として、「就業環境」の整備がありますが、ここでは時間外勤務縮減と有給休暇の取得促進が掲げられています。

図2 WLB 推進体制

WLB推進PTを設置

図3 WLB 推進体制

商社の営業部門はそれぞれ業界も商慣習も異なり、トップや人事が時間外縮減などを叫んでも、それだけでは実効性が伴わない可能性があるため、社内横断組織として「ワーク・ライフ・バランス推進プロジェクトチーム」を設置しました。これは、人事厚生部長をトップに各部門の代表者で構成されており、現在は3カ月に1回のペースで会合を開いています。

図3はワーク・ライフ・バランスの推進体制を表したものです。労働組合で潜在的な残業が行われていないかのチェックも含め、各部署にヒアリングを行っています。ヒアリングの結果、問題があれば会社のほうからも管理職層にヒアリングが行われます。こうした地道な取り組みの結果、徐々にではありますが、労働時間が適切に把握されるようになり縮減されてきました。

労使双方で「働き方カイゼン委員会」を年3回程度開催しています。委員会は1973年に「時間外小委員会」としてスタートし、残業問題の改善に向けた取り組みを行ってきましたが、2007年度からは名称を変更し、36協定の範囲内での定量的な残業時間縮減だけではなく、健康面への配慮、社員1人ひとりのワーク・ライフ・バランスを実現するための働き方について検討することになりました。

社員のこころの健康を確保する観点から、当社では2005年4月にカウンセリングセンターを設置しており、守秘義務が厳守されているとの安心感から、相談者数は毎年200人を超えています。相談内容をみると、若い人では恋愛問題だったり、30代、40代、50代の働き盛りの男性ではお子さんの不登校、配偶者のうつ病など家族の問題などが見られます。こうしたストレスは仕事にも影響を与えていると思われるので、そうしたプライベート含め、気軽に相談できる場所として社員に利用してもらっています。

管理職にマネジメント研修も

ワーク・ライフ・バランス推進のための取り組みの1つとして、国内勤務の管理職全員を対象にタイムマネジメント研修を実施しました。2007年からは介護や健康など幅広いテーマでワーク・ライフ・バランスセミナーを開催し、意識改革を進めています。

さらに全社員に対し、「ワーク・ライフ・バランス推進パンフレット」という小冊子の配布も行っています。冊子では仕事をバリバリこなしながらも、一方でうまく時間を使ってプライベートも充実させている役職員10数人を取り上げ紹介しています。

有給休暇取得を中心に

当社の場合、昔から風土として、休暇を取ることでリフレッシュして、さらに良い仕事をしましょうという意識が根付いており、総実労働時間縮減の観点からも残業縮減以上に「有給休暇をもっと取りましょう」と言ったほうが、より納得性を持って受け止めてもらえる傾向にあります。有給休暇取得促進に当たっては、いつ誰が休暇を取得するのかといった情報や各社員の休暇の取得目標がわかるようなツールを作成し、イントラネットに掲載しています。

厚生労働省の「仕事と生活の調和推進プロジェクト」に参画する中で、当社の重点実施事項の1つとして、「上司も部下も夏休み100%取得宣言、まずは上司がお手本を!」を掲げました。具体的な取り組みとして、当社では夏季一斉休暇という制度はないのですが、7月から10月までの間、有給休暇を5日間、できれば連続で取りましょうというキャンペーンを行いました。その結果、夏以外の期間も含めて、年間を通した有給休暇取得日数がかなり増えました。

この時も社長メッセージとして、全員が心身共に、元気に活躍できるよう、「特に上司の方が率先して休むこと」と「不在時のパックアップ体制を整備する等、部下が休暇を取得しやすい環境」を整備するよう部長宛にメッセージが出されました。休暇中に予定がない管理職にも部下のために、と休んでもらうことで、休暇が取得しやすい雰囲気づくりや、部署内のバックアップ体制が自然とできあがりました。

厚生労働省が男性の育児参加を促す目的で実施している「イクメンプロジェクト」に対して、2010年10月にサポーター宣言を行いました。一昔前は男性が育児を行うことに対する理解は低かったのですが、ワーク・ライフ・バランス施策を推進してきたことにより、社内でも理解を持って受け入れられたと思っています。

管理職の取得率が増加

図4図5はワーク・ライフ・バランス推進の成果です。左側のグラフをみると、年次有給休暇と、勤続15年目、25年目に取得できるリフレッシュ休暇の取得合計日数が年々増加しています。とくにこれまで取得率の低かった管理職層の増加率が高くなっています。3年前の従業員意識調査では「上司が休まないと自分も休みにくい」という声が強かったのですが、随分改善していると思われます。

図4 WLB の成果
持続可能な働き方への変革

図4 WLB の成果 持続可能な働き方への変革

右側は時間外勤務実績の推移です。ワーク・ライフ・バランスの取り組みを始める前の2004年度に比べると、2009年度で16.5%削減されています。

当社では配偶者が出産した際、5日間の有給休暇を取得できる「配偶者出産休暇制度」を設けていますが、配偶者が出産された男性社員の約6割が取得しています。育児に伴う短時間勤務制度の利用者は2009年度は45人ですが、2010年度はおそらく60人に達するのではないかと見込んでいます。男性の育児休業取得者は2010年度は3人でした。皆さん長期で取得されており、1番長い方で約1年半取得予定です。

健康とモチベーション維持が目的

社員がワーク・ライフ・バランスをどう捉えているかを定期的に従業員意識調査で調べています。時間外縮減については、上の年代の評価が高く、フリーコメントをみると「『残業は美徳』という意識が払拭された」「『仕事人間』ではなく、人間としてのバランスの取れた人材が求められており、時代の要請に応えている」といった肯定的なコメントが9割を占めました。しかし、一方で「管理職にしわ寄せが行くのではないか」「若い時期は仕事に没頭してもよいのではないか」といった意見も見られます。

図5 WLB の成果
意識改革

図5 WLB の成果 意識改革

時間外労働縮減や有給休暇の取得推進はそれ自体が目的ではなく、会社として従業員の健康を確保し、長い会社生活において高いモチベーションを維持しながら働いてもらうための1つの手段です。そのことをしっかり社員に伝えていくことが今後の課題です。また、短時間勤務者にもきちんと活躍していただけるための環境整備も重要です。

若い人たちの間には「短い時間で成果を上げることは格好いい」という意識が芽生え始めていますが、引き続きワーク・ライフ・バランスの意義をさまざまな施策を通じて伝えていきたいと思います。