<基調報告> 第52回労働政策フォーラム
「ホワイトカラーの労働時間を考える―効率的な働き方を求めて―」(2011年3月2日)

<基調報告>わが国の労働時間の現状と今後の課題について

田中 誠二(厚生労働省労働基準局労働条件政策課長)

私からはわが国の労働時間の現状をこれまでの労働時間短縮に関する政策の歩みも交えてご紹介するとともに、今後の課題を提起させていただきます。

本日、会場にお越しの皆様はおそらく企業の人事労務担当者の方が多いと思います。そうした方々はホワイトカラーの労働時間管理でお悩みが多いのではないでしょうか。今日は労働時間管理の重要性を基本に置きながら報告を進めて行きます。

労働時間対策の経緯

まず前振りとしてこれまでの労働時間対策の経緯からお話させていただきます。政府は昭和63年5月に「年間総労働時間を1,800時間程度に向けできる限り短縮する」という目標を閣議決定しました。以後、15年に渡って、この目標を継続してきました。

この1,800時間という目標を設定するに至った経緯をご説明します。昭和61年当時の年間総労働時間は約2,100時間でした。この年の11月に行われた閣議決定で昭和65年(1990年)までに年間総労働時間を2,000時間に向けて短縮するという目標を掲げました。この目標が1,800時間と改められたのが、昭和63年5月の閣議決定です。これは昭和62年の経済審議会建議「構造調整の指針」を踏まえたものです。さらにこの目標を達成するため、平成4年10月には「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法(時短法)に基づく「労働時間短縮推進計画」が閣議決定されました。

こうした流れと並行して、労働基準法の改正も行われました。昭和63年4月、本則に週40時間制を明記する改正法が施行されました。この改正ではこれまで週48時間制だった法定労働時間を段階的に40時間に移行させる措置がとられました。

平成6年には一部の規模・業種の事業場を除き、原則として週40時間とする改正が行われました。

平成22年4月の改正では、1カ月60時間を超える時間外労働について、割増賃金を50%以上に引き上げました。ただし、中小企業は当面適用が猶予され、施行後3年間の運用状況を見て、再度検討することとされています。

年次有給休暇についても、昭和63年に改正が行われ、最低付与日数を6日から10日に引き上げました。同時にそれまで労働者の請求によってのみ付与していたものを労使協定で休暇の取得日をあらかじめ定める計画付与制度が導入されました。平成6年には初年度の継続勤務要件を短縮し、これまで雇い入れ後、1年経たなければ年休が付与されなかったものが6カ月で付与されるようになりました。平成11年には雇い入れ後、2年6カ月を超える継続勤務期間1年ごとに2日ずつ年休が増加するよう改めました。さらに平成22年4月の改正では労使協定により、1年に5日分を限度とし時間単位で年休が取得できるようになりました。

これ以外の施策として「労働時間等の設定改善」にも取り組んでいます。これは先ほどの年間総労働時間を1,800時間に近づけるという目標の達成に目途がついてきた平成18年のことですが、これからは労働時間の短縮だけではなく、労働者の健康と生活にも配慮しながら多様な働き方に対応したものへ改善するという趣旨で、時短法を「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」に改正しました。同時に同法に基づく「労働時間等見直しガイドライン(労働時間等設定改善指針)」を策定しました。

平成20年4月に「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」を策定し、その行動指針である「仕事と生活の調和推進のための行動指針」を踏まえて、労働時間等設定改善指針の改正を行いました。平成22年4月には労働基準法の改正に併せて、より年休を取得しやすい環境の整備に向け、労働時間等設定改善指針を一部改正しました。

また、中小企業では労働時間の短縮が困難なことを踏まえ、労働時間の設定改善に積極的に取り組む事業主に対し、「労働時間等設定改善推進助成金」「職場意識改善助成金」などの助成制度も用意しています。

労働時間の推移と実情

こうした取り組みの結果、平成21年は、リーマン・ショックの影響を受けたこともありますが、目標である1,800時間を達成しました(図1)。平成22年には少し増えたものの、なお1,800時間以下を保っています。昭和61年時点の年間総労働時間2,100時間を海外と比べると、アメリカはこの時すでに1,800時間を達成しており、ヨーロッパはさらに短く、わが国は大きく水をあけられていました。ここにきて、なんとか肩を並べるだけの水準になったということです。

図1の緑色の部分を見ていただきたいのですが、この所定外労働時間はご存知のとおり、景気にほぼ連動するかたちで上下します。平成15年以降、いったん上がってから下がっていますが、この動きを覚えておいてください。

図1 労働者1人平均年間総実労働時間の推移 (事業所規模30人以上)

資料出所:厚生労働省「毎月勤労統計調査」

(注)1.事業所規模30人以上。

2.数値は、各月間平均値を12倍し、小数点以下第1位を四捨五入したものである。

3.所定外労働時間は、総実労働時間から所定内労働時間を引いて求めた。

4.昭和58年以前の数値は、各月次の数値を合算して求めた。

次に産業別の状況を見ます(図2)。左のグラフによれば、もっとも年間総実労働時間が長い産業は運輸業です。次が建設業で、この2つがいまだ2,000時間を超えています。右のグラフは週60時間以上就業する雇用者の割合を産業別にみたものです。法定労働時間は週40時間ですから、さらにプラス20時間働いているということです。これを月に換算すると時間外労働が80時間を超えることになります。

図2 産業別労働時間

資料出所:厚生労働省「毎月勤労統計調査」(平成22年)
(注)事業所規模5人以上

資料出所:総務省「労働力調査」(平成22年)


図3

資料出所:厚生労働省「平成22 年就労条件総合調査」

月80時間以上残業するような状態を2カ月以上続けると過労死の危険が高くなると言われています。このグラフでも運輸業と建設業が高い数値を示していますが、3番目に情報通信産業が入っています。こうした産業で労働時間をいかに短縮するかが今後の課題です。

週の労働時間が60時間以上の雇用者の割合がどのように推移しているかをみると、平成16年は12.2%ですが、これ以降大きく下がる傾向にあります。政府ではこれを平成22%までに5%程度まで下げることをめざしています。とくに30代男性は、平成22年においても18.7%と依然高止まっていることから、対策が必要です。

労働時間短縮やホワイトカラーのこれからの働き方を考えるに際して、変形労働時間制やみなし労働時間制についてもフォローしておきたいと思います。

図4 みなし労働時間制の有無と種類別採用
企業数割合

資料出所:厚生労働省「平成22年就労条件総合調査」

図3は種類別変形労働時間制の導入状況を調査したもので、左のグラフは企業単位、右のグラフは労働者単位で割合を示しています。もっとも多く導入されているのが1年単位の変形労働時間制(30.7%)です。この制度は昭和63年の労働基準法改正によって、まず3カ月単位の変形労働時間制としてスタートしましたが、平成6年の改正で1年単位に延長されました。

図4は企業におけるみなし労働時間制の採用状況を表したグラフです。みなし労働時間制には、 (1)事業場外労働のみなし労働時間制 (2)専門業務型裁量労働制 (3)企画業務型裁量労働制――の3種類があります。導入状況をみると、専門業務型で2.5%、企画業務型で0.8%、もっとも多い事業場外労働のみなし労働時間制でも9.1%と低い状況です。

長時間労働と過労死の関連

図5は脳・心臓疾患の労災補償状況を示したグラフです。先ほど図1をお示ししたとき、「平成15年以降の所定外労働時間の動きを覚えておいていただきたい」と申し上げましたが、請求件数と所定外労働時間の動きがほぼパラレルになっているのがおわかりいただけると思います。長期間にわたって長時間労働を行うと過労死の発生確率が上がるという状況証拠とも言えるのではないでしょうか。

図5 脳・心臓疾患の労災補償状況

そこで、ここからは使用者の立場における「労働時間管理の責任」という視点からお話させていただきます。

かつて、「過労死による労災認定は困難」と言われていた時期をご記憶されている方も多いと思いますが、その大きな転換点となったのが、平成12年の2つの最高裁判決です。1つが横浜南労基署長事件、もう1つが西宮労基署長事件です。それまでは発症前のごく短い期間の労働時間の状況しか考慮してこなかったのですが、この判決で最高裁は従来の運用を否定し、相当長期間にわたる業務による負荷を判断要素として採用しました。

図5をもう一度ご覧いただきたいのですが、これらの判決を受け、国が労災認定の基準を平成13年に改めた結果、平成14年の請求件数と認定件数が大幅に増えています。直近の労災認定の状況ですが、平成21年度に過労死で労災認定された脳・心臓疾患に関する事案293件のうち、認定理由が特殊なものを除いた281件について分析したところ、労働時間が週60時間以上労働した週が2週間以上連続している事案は265件で、全体の94.3%にも及ぶことが明らかになりました。さらに詳しくみると、4週以上連続しているものが176件で約6割となっており、毎週コンスタントに長時間労働されている方ほど過労死の危険性が高まることがわかります。

1カ月平均の休日日数を見ても、281件のうち約6割が月6日未満の休日しか取っていない状況です。

職種別にみると(図6)、運輸・通信事業者が25.5%ともっとも多く、その次が管理的職業従事者の7.2%です。ホワイトカラーの中間管理職が上司と部下の板挟みになり、さらに長時間労働を強いられる状況で、過労死の危険にさらされていることが示されています。

図6 脳・心臓疾患の労災補償状況(職種別)

(注)1.職種については、「日本標準職業分類」により分類している。

2.「その他の職種(上記以外の職種)」に分類されているのは、保安職業従事者、農林漁業作業者などである。

3.総雇用者数は、平成21年総務省統計局「労働力調査報告」B-9職業別就業者数から抽出し、生産工程・労務作業者は、同表中の製造・制作・機械運転及び建設作業と労務作業者を合計している。

有名な電通事件では、企業は社員の労働時間を把握し、過剰な長時間労働によって社員の健康が阻害されないよう配慮する義務があるにもかかわらず、具体的な措置を取らなかったとして損害賠償責任が認められています。同事件で過労死における企業の責任のあり方が明らかになったといえるでしょう。

労働時間とは、使用者の指揮監督のもとにある時間です。労働者の健康に対する企業の責任を果たす第一歩がこの労働時間をしっかり把握することです。ですから、厚生労働省としては、健康管理やワークライフバランスの観点から企業にいかにして適正に労働時間を把握、管理してもらうかという点がこれからの労働時間対策における重要な課題と考えています。