議事録:第15回旧・JIL労働政策フォーラム
雇用問題における政労使の役割
(2003年9月24日) 

第一部

基調講演「政労使パートナーシップの基本的課題」
花見忠(JIL会長)

第二部 パネル討論「雇用問題における労使の役割」
パネリスト:
草野忠義(連合事務局長)
矢野弘典(日本経団連専務理事)
佐藤博樹(東京大学社会科学研究所教授)
コーディネータ:江上寿美雄(JIL副統括研究員)

目次


講師プロフィール

(所属はフォーラム開催当時)

花見 忠 (はなみ・ただし)

  日本労働研究機構会長。上智大学名誉教授。中央労働委員会会長、ハーバード大学客員教授、コロンビア大学客員教授等を歴任。著書に『アメリカ日系企業と雇用平等』(JIL,1995)など多数。

草野 忠義 (くさの・ただよし)

連合事務局長。1966年日産自動車(株)に入社。日産労組書記長、全民労協事務局長、自動車総連会長、IMF-JC(金属労協)議長等を経て2001年10月より現職。

矢野 弘典(やの・ひろのり)

日本経済団体連合会専務理事。1963年(株)東芝入社。国際部長などを経て、96年東芝ヨーロッパ社社長、2000年日経連常務理事。2002年5月より現職。
 

佐藤 博樹(さとう・ひろき)

東京大学社会科学研究所教授。主な著書に『IT時代の雇用システム』(日本評論社、2001)、『成長と人材-伸びる企業の人材戦略』(共編、頸草書房、2003)など多数。人的資源管理・社会学専攻。
 

江上 寿美雄(えがみ・すみお)

日本労働研究機構副統括研究員。1990~2000年に『週刊労働ニュース』編集長。2000年から現職。
 

第1部 基調講演「政労使パートナーシップの基本的課題」

本日は、労働政策フォーラムに多数お集まりいただきまして、ありがとうございます。
主催の日本労働研究機構は9月末を持ちまして廃止となり、
10月からは新しく独立行政法人労働政策研究・研修機構として再スタートします。
現在のJILとしては最終のフォーラムとなります。まず花見会長から基調講演をいただきます。

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はじめに。花見忠(JIL会長)

  ただ今ご紹介いただきました花見です。
 今日は最初に「政労使パートナーシップの基本的課題」ということで、私が最近考えていることを申し上げまして、後は労使を代表するおふたりと東大の佐藤先生でパネルディスカッションをしていただきます。
 本日は最後の政策フォーラムです。このフォーラムを行ってきて、かなり有意義な議論ができたのではないかと考えております。新しい法人の使命は、労働政策についての基礎的な情報を提供し、かつ研究を進めるという主旨で、政策に密着した研究及び調査、それを前提にした議論を展開することです。このフォーラムは、新しい法人の使命のさきがけとなるものです。今回は最終回で一区切りということで、労使の代表の方を含め、今後の日本における労使の基本、政労使パートナーシップの在り方を検討していきます。
 講演は、お手元のレジメを参考にしていただきながら進めて行きます。前半では、現在の日本の状況で雇用問題についてどう考えるか、雇用はどうなっていくか、どうしたらいいか。現状把握と雇用政策についての基本的考え方について申し上げます。雇用の見通し、政策の在り方から見て、来るべき産業社会の雇用戦略のための政労使パートナーシップ、これは雇用問題だけではなく、将来の日本経済、産業における労使関係の在り方ともつながるのではないかと考えています。そういう意味で、今後の政労使パートナーシップの在り方を、雇用についての考え方から論じて行くのが後半の主題です。

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阪神、日産に新しいビジネスモデル、企業再生の要諦がある。

 ではまず最初に、日本の雇用の今後について、また雇用政策についてどのように考えたらいいのか、基本的なことをお話します。
 資料の中に私が日本経団連の雑誌に書いた「これからの労使関係」という特集記事があります。今日お話しすることは、ここ書いたことと本質的には変わりません。
 次に資料の日経新聞、9月17日号をご覧下さい。最近のものです。9月15日に阪神タイガースが優勝した翌々日の新聞です。一面の大きな記事で裏面も関連記事です。みなさんもご覧になっていることでしょう。この記事が、今の日本の雇用問題を考える上で、重要な問題提起をしていると考えられます。新しいビジネスモデル、企業再生の要諦がここに示されています。「外様の改革が部下を動かす」と大きな表題が出ています。
 この話題にはバイアスがあります。実は、私は子供の頃からの阪神ファンです。今年は隠れ阪神ファンが次々とカミングアウトしていますが、私は東京生まれ東京育ち、根っからのへそ曲がりの阪神ファンです。優勝したことにより、星野監督が経営の神様のように言われていますが、18年前に優勝した時も、やはり吉田監督が経営の神様のように取り上げられました。彼はしばらくそういう講演会で引く手あまただったと記憶しています。要するに勝てば官軍なのです。
 日産もカルロス・ゴーン氏が来て、負債が1兆4,000億円もあった企業が、突然再生した。この日産と阪神のめざましい再生から、我々は日本企業の再生の要諦を学べるのではないかということです。
 つまり、日本的企業文化からの脱却が、日本的再生の決め手となるかどうか。雇用問題に即して言えば、日本的雇用、これを根本的に変えることが新しいビジネスモデルであり、企業再生の決め手なのかどうか。私は経済については素人、雇用問題についても素人。一介の労働学者です。ですからよくわかりません。ここ数年、経済学者や労働経済の専門家の中にも、日本的雇用、特に終身雇用を維持したほうがいいという意見がだんだん少なくなっていますが、依然としてあります。専門家の意見が真っ二つに別れているのです。素人としては、どう評価していいのかよくわかりません。

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終身雇用は目標であり原則ではない。

 資料の中に、御手洗富士夫さんの発言、カルロス・ゴーンさんの発言、経済評論の鈴木幸雄さんの発言があります。いずれもごく 最近のものです。御手洗さんのものは文藝春秋7月号、ゴーンさんのものは文藝春秋8月号、鈴木さんのものはジャパンタイムス7月21日号。この3人の方が日本的雇用を再評価しています。
 鈴木さんのタイトルは「Japanese-style management deserves update appraisal」ということで、アップデートした再評価に値すると言う書き方です。3人共、日本的雇用をかなり肯定的に評価していますが、同時に、それには相当大きなアップデートが必要だと言っています。
 ここに要約を書きました。御手洗さんは「終身雇用は愛社精神を培い、日本経済の競争力の源泉である。しかし、緊張感を失わせるような年口序列を廃止するべき、そして社内評価による登用の導入による、改革を支える愛社精神の創出が不可欠だ」と言っています。これは、単に雇用を保障して自動的に給与や地位が上がって行くシステムではだめだということです。ここで大切なのは、社内評価による登用の導入。そして、改革を支える愛社精神の創出という部分です。
 ゴーンさんの発言もだいたい共通しています。「年功序列、終身雇用、中間管理職への権限集中が日本的経営の強みだ」と。彼は、三種の神器の三番目の企業別組合には触れていません。そのかわり、中間管理職への権限集中が日本的経営の強みだと言っています。彼が、中間管理職の役割が大事だと強調しているのには意味があると思います。もっとも、この記述がゴーン氏のリップサービスか、本当にそう考えているのかはわかりませんが。
 いずれにせよ、2人とも日本的経営を評価してはいますが、「古い慣習に囚われ変化への対応を怠ると企業は失敗する」と言っています。そしてそのためには、「同じような継続的な自己評価と業績評価の導入により、グローバルチャレンジへの対応が必要である」と、評価の重要性を強調しています。いわば自己改革、自己変革と評価が大切だということです。
 これまでの日本的雇用では、自己改革と業績評価がうまくいっていなかったことについて、2人とも共通の意見でした。ゴーンさんはレトリックが上手です。「終身雇用は目標であり原則ではない」と、言っています。私はこれは名言だと思います。終身雇用を後生大事にしてもだめだ、それはたしかに大切ではあるが、経営努力の目標であって、自己改革や業績評価導入によるグローバルへのチャレンジのほうが、より大切なのだということです。
 

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「トップの意欲」と「従業員のモチベーション」が非常に大切。

 また鈴木さんの論説ですが、御手洗さん、ゴーンさんの論文を読んだ上で、意見をまとめているようです。要約すると、資料に書いてありますように「日本の従業員の勤勉、愛社精神、知性とチームワークは世界的に評価されるべきもの。」と、強調しています。鈴木さんも、やはり日本的雇用の長所を認めています。その上で「如何にして業績評価を従業員のモチベーションに結びつけるか」と言っています。これが従来の日本企業では、できていなかったのではないか。ここで重要なのは、先程ゴーンさんが「中間管理職への権限集中」について触れていますが、鈴木さんは「トップマネジメントの課題」として、「高度の目標を達成しようとするトップの意欲と、創造的に成果を上げるよう従業員のモチベーションを高める能力が成功の鍵」、つまり「トップの意欲」と「従業員のモチベーション」が非常に大切だと言っています。
 日産、阪神のように、従来の日本の組織、企業体の長所というものを新しいグローバルチャレンジに対応できるよう活性化するには、やはり「トップの意欲」が大切なのです。同時にトップが、「創造的に成果を上げるよう従業員のモチベーションを高める能力」を備えることも大切です。以上の点で3人の意見は共通していると考えられます。

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星野監督とゴーン氏の共通点

 また資料の中にトヨタに関する記事があります。ジャパンタイムス8月のものです。トヨタの経営、雇用の在り方についての論文です。著者は契約ライターの方でしょう。「トヨタの社内教育を再評価し、トヨタが日産よりさらに安定した成長を続けている理由は、社内教育にある」と言っています。人材育成にはコストがかかります。しかしこれが成功の鍵なのだと、日本的雇用の在り方を高く評価しています。
 では、そういう優れた教育で能力を得た社員が、高いモチベーションを持つかどうか。それは業績評価によります。仕事、待遇の両面で、意欲が持てるようにすることが大切です。依然として活力がある企業は、在来の日本的雇用の特性を維持しています。最近の論調では、日本的雇用をどう評価するかということがテーマになっています。
 また、最初に見ていただいた資料の日経新聞の記事ですが、ここに星野監督とゴーンさん、ふたりの共通点がまとめられています。これはたいへんおもしろいと思います。

1.外部から来て組織改革を行った。
2.選手や社員に競争意識を植え付けた。
3.中途採用を強化した。
4.大胆なリストラを実施した。
5.高いコミュニケーション能力を備えていた。

 これを読むと1、3、4は、いずれもジョブセキュリティを強調した在来的な日本的雇用の否定の上に成り立っています。これらは、いずれも広い意味での労働市場の流動化、マネジメントの流動化です。トップが外部の人間であろうとなんであろうと、組織改革を実行できる人材がトップに立つ、そして大胆なリストラを行う。
 また、2の「競争意識の植え付け」ですが、これは先程の評価と共通します。これは企業だけではなく、日本社会全体に言えることです。個の確立が組織を活性化するのです。これをやっていかないと、日本経済は再生できません。組織の中に個が埋没してしまうようでは、慣れ合いが生じ、社員のモチベーションも上がりません。いわゆる「なあなあの体質」、「お茶を濁す」ということです。この「競争意識の植え付け」は、後で議論する労使関係の再生にも共通することだと思います。

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現在にも通じる労働協会初代会長の組合観。

 次に、資料の週刊労働ニュース3ページ目に、61年1月の記事、機構の前身である日本労働協会初代会長の前田多門さんの言葉があります。ここに「商品を処分し得る権利者は組合員であり、その商品は組合員自身だということを思えば、団体交渉の場合にも、よくよく入念に組合員の意志は尊重されねばならない。組合民主主義が大切なこと、労働組合にまさるものはないといえよう」と書かれています。まさに当時の労組についてですが、組合員の意志尊重が一番大切だと言っている点に注目してください。

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フリーターを肯定的に捉える議論。

 さらに同じページに、東京大学の上野千鶴子さんの論説があります。フリーターについて書かれています。「長引く不況のもとで、リストラの結果、ますます労働強化のすすむ職場に自分の人生を託したくない、と思う人がいても不思議ではない。そのうえ、どんなに忠誠を捧げても会社は要らなくなったらいつでもあなたを切り捨てるだろうし、たとえ会社にそのつもりがなくても、倒産して共倒れになるかもしれない」と。
 これは、今後、フリーターはライフスタイルになるだろうという議論です。フリーターは嘆かわしい現象であるという、一般的な世論とはかなり違います。肯定的に捉えています。私は上野さんに近い考え方を持っています。「東京大学の上野さんと上智大学の花見は労働者の敵だ」と書かれたこともあります。しかし、個の確立が組織を活性化するというポイントは大変重要だと思います。

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人材のグローバル化が不可欠。

 最後に、人材のグローバル化が不可欠であるということについてお話します。これは、日本的雇用に安住する日本社会の、国際競争における致命的な欠陥です。これについては今までにも、あちこちで書いたり話してきました。人材がグローバル化することが、組織の活性化には不可欠です。特に大学のような研究機関では、全くバックグラウンドが違う人間同志が突拍子もない意見を戦わせて、初めて組織が活性化します。そういうことのない組織は21世紀には滅びるでしょう。

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成人男子中心の正規雇用が大きく崩れ始めている。

 資料に「雇用流動化時代の組合運動を国際的に展望する」というものがあります。これは、8月4日に国際講演会を行った時のものです。
 スウェーデンのラインホルトハールデックというルント大学の教授が、労働運動を国際的に展望するということで、日本と北欧、スウェーデンの比較をした資料です。これはエコノミスト、連合の外部評価委員会の報告を参照して作られています。「労働組合が新たな適合ができないならば、組合は死滅する。もし現在のままならば社会の異物となるだろう。つまり労働組合を基本的に大きく改革する必要があろう」という議論です。
 先ほど資料2Pの、新しい雇用のトレンドを矢印で説明したものが、こちらの資料3Pの表になっています。日本と北欧を比べると、日本では男子については、組織率は国際的なアベレージよりも中程度を下回り低下傾向にあります。また女子は極度に低率です。フルタイムでは中程度を下回り低下傾向、パートタイムでは極度に低率、期間の定めなしは中程度をしたまわり低下傾向、有期は極度に低率、雇用者は中程度を下回り低下傾向、派遣と請負いは極度に低率と、軒並み低下、低率傾向にあります。
 それに対して北欧の男子女子、フルタイム、パートタイム、期間の定めなし、有期、雇用者、派遣とすべてが高率で安定的、または増加傾向にあります。
 この結果から言えるのは、彼の本「ナッシング・サクシード・ライク・サクセス」。「北欧の労働組合運動は、自動的に成功している」というタイトルですが、北欧の労働運動は非常に未来、将来を担っているということです。それはつまり、資料2Pの右側に書いた、女子パート、請負、派遣、期間定めあり・・が、非常に強いからです。正社員より、右側の雇用率が高い、100パーセントに近い。ここからわかることは、労働組合によって守られるべき人たちが、高度に組織化されているということです。これに比べると日本は左に偏り、また北欧以外のいくつかの国、特にドイツでも組織が伸びていません。低迷している国は労働組合の不適応、新しい雇用のトレンドになじめない不適応が顕著な国で、遅れているということになります。

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北欧の労働組合は新しい雇用トレンドに適応している。

 資料に「雇用流動化時代の組合運動を国際的に展望する」というものがあります。これは、8月4日に国際講演会を行った時のものです。
 スウェーデンのラインホルトハールデックというルント大学の教授が、労働運動を国際的に展望するということで、日本と北欧、スウェーデンの比較をした資料です。これはエコノミスト、連合の外部評価委員会の報告を参照して作られています。「労働組合が新たな適合ができないならば、組合は死滅する。もし現在のままならば社会の異物となるだろう。つまり労働組合を基本的に大きく改革する必要があろう」という議論です。
 先ほど資料2Pの、新しい雇用のトレンドを矢印で説明したものが、こちらの資料3Pの表になっています。日本と北欧を比べると、日本では男子については、組織率は国際的なアベレージよりも中程度を下回り低下傾向にあります。また女子は極度に低率です。フルタイムでは中程度を下回り低下傾向、パートタイムでは極度に低率、期間の定めなしは中程度をしたまわり低下傾向、有期は極度に低率、雇用者は中程度を下回り低下傾向、派遣と請負いは極度に低率と、軒並み低下、低率傾向にあります。
 それに対して北欧の男子女子、フルタイム、パートタイム、期間の定めなし、有期、雇用者、派遣とすべてが高率で安定的、または増加傾向にあります。
 この結果から言えるのは、彼の本「ナッシング・サクシード・ライク・サクセス」。「北欧の労働組合運動は、自動的に成功している」というタイトルですが、北欧の労働運動は非常に未来、将来を担っているということです。それはつまり、資料2Pの右側に書いた、女子パート、請負、派遣、期間定めあり・・が、非常に強いからです。正社員より、右側の雇用率が高い、100パーセントに近い。ここからわかることは、労働組合によって守られるべき人たちが、高度に組織化されているということです。これに比べると日本は左に偏り、また北欧以外のいくつかの国、特にドイツでも組織が伸びていません。低迷している国は労働組合の不適応、新しい雇用のトレンドになじめない不適応が顕著な国で、遅れているということになります。

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北ヨーロッパ4国の積極的労働市場政策。

 次に資料3Pをご覧下さい。「北ヨーロッパ4国の積極的労働市場政策」と書きました。この4国とは、オーストリア、デンマーク、アイルランド、オランダです。ドイツのピータアウエルさんが分析した「Employment revival in Europe」という資料をご覧下さい。
 雇用、失業、インアクティビティ。オーストリア、デンマーク、アイルランド、オランダは、その他のEU15ケ国よりもはるかに飛び抜けてパフォーマンスがいいのです。これはなぜでしょう。ここでアウエルさんが取り上げたのは4カ国ですが、スウェーデン、フィンランドなども含まれています。ヨーロッパの北に行くほど、パフォーマンスがいいのです。
 この分析から言われていることは、

1.マクロ経済政策の策定。
2.その経済政策に整合的な賃金政策を導入している。
3.職業紹介の自由化。
4.多様な就業形態の共有。
5.積極的労働市場政策。

これが4カ国の成功の要因です。つまり、うまくいかないところはこれが遅れているのです。ドイツなどでは明らかです。EU諸国では全部やっていますが、必ずしもうまくいってはいません。
 この分析については中労委会長の山口さんが、「中労時報976号」で「政労使の社会的対話の積み重ね、全国から職場のレベルにおよぶ労使の自主的対話と決定によって、政策を決定する。制度運営のコーポラティスト・ガヴァナンスで実施する」と言っています。就業形態の多様化と労使関係当事者の多様化ということから考えて、労働組合が、先程お話した資料2Pの右側の新しい雇用、保護を最も必要とする雇用形態の人たちを組織し、その組合が政府と使用者の社会的対話を、全国レベルではなくまず、職場レベルから地域レベルの積み上げの中で決定する。これが北欧4カ国の成功の要因だと指摘しています。
 つまり伝統的な使用者と労働組合が団体交渉で、あるいは政策レベルの労使対話をするだけでは、今後の労使関係はうまくいかないということです。逆にそうではないやり方をしなくてはなりません。労使の自主的対話、職場や地域レベルから全国レベルへの積み上げの上に、日常的努力として自主的な対話をするということです。
 さらに、私が「経営者」という雑誌にも書いたもうひとつの新しい要素は、就業形態の多様化と労使関係当事者の多様化です。労働組合は資料2Pの右側の層の組織化が遅れれば、時代に取り残されます。
 同時に、伝統的な使用者、労使、政府を加えた3者交渉の担い手である伝統的な使用者も、また大きく変わろうとしています。伝統的な使用者と伝統的な労働組合との対互関係。労働組合は主としてアダルトメールのレギュラー。こういう組合員を中心にした両者の対互関係を大きく越えたソーシャルネットワークが展開している国とそうでない国。その違いがはっきり現れてきています。

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ステークホルダーの多様化。

 次に資料4Pに「ステークホルダーの多様化」と書きました。
  1. 個別使用者、企業グループ、使用者団体、経営管理者
  2. 失業者、求職者、雇用者、フリーランサー、コンサルタント、自営業者、契約社員、臨時社員、組合員、労働組合
  3. 消費者、製造者、市民、地方公共団体(議会)、司法機関、行政機関、政府

 1については、これからは、企業連結がどんどん進んで行きます。企業の組織再編成が急激に動いて行くわけです。伝統的な個別使用者ではなく、そういったものの役割が重要になってきます。ですから個々の企業組織とは別に、経営管理者の役割が非常に重要になります。使用者側も多様化していきます。
 2については、私はここ一年ほど、弁護士会のボランティアのようなかたちで法律相談に参加しています。最近、興味深い事件がありました。店舗のディスプレイをされるインテリアデザイナーが、仕事について相談に見えました。そういう業界の仕事は、だいたい口頭契約なのです。その人は有名な企業の仕事で、銀座のお店のディスプレイを手がけたそうです。しかし、制作費がもらえない。相手方の契約当事者が消えてしまったからです。それでどうしたらいいかという相談でした。訴訟をやるにも、証拠を集めるエネルギーが必要ですし、未払分は700-800万円ということでした。その人は経営者ですが、契約問題で困っているわけです。アメリカなら、これはプロフェショナルアソシエーションの仕事です。しかし日本ではそういう組織が発達していないので、弁護士に相談に来るわけです。
 もう一件、証券会社の契約社員の人の例です。この人は、会社に無断でお客様とネット取引をし、解雇されました。しかしパソコンに入っている顧客データを、会社に取り上げられてしまい、相談に来られました。こういう契約社員の人は、顧客開拓の力があるわけです。こういう人たちの利益をどう守っていくか。弁護士以外にも方法があるのではないでしょうか。労働組合とプロフェショナルアソシエーションの棲み分けが、だんだんなくなってきています。こういう人たちを組織することが、今後の労使関係では大切です。

 3の一般市民、消費者については、従来の労使関係では関わりのなかった人たちも、実は企業の運営に関連して入り込んでいるのです。今後は在来の政労使が、非常に多様化していくでしょう。

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労使関係制度を再検討した上で新しい政労使パートナーシップを考える。

 つまりこれからの労働組合は、従来の三者構成における三者のひとつではなく、多様化する構成者の中て、地道な日常活動を通じてどうやって主導権を発揮するかが、存続の鍵となります。地道な組織化や社会的なネットワークづくりが、これまでの日本の労働組合には欠けていたのではないでしょうか。労働組合の運動の中で「企画、政策、労働法制、政策担当」が優先されてきました。これはたしかに大事ですが、あまりにも優先されすぎてきました。労働組合の本来の在り方と、かなり離れてしまっています。多少意地悪く言えば、審議会方式によって行政主導の公的施策が推進されてきました。日本の労使関係が動かされていました。そういう中で形成されたものについて、考え直す時期を迎えています。政労使のパートナーシップは、この政策形成のしくみを含めた労使関係制度の再検討の上に展開されるべきであるというのが、私の結論です。

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第2部 パネル討論 「雇用問題における政労使の役割」

 

政労使の大きな枠組みで新しい取組みが始まっている。

【江上】
 では第2部のパネル討論を開始します。テーマは「雇用問題における政労使の役割」です。2001年から2003年にかけまして、雇用賃上げ、労働時間をめぐる政労使の合意が都合3回行われました。焦点のひとつはワークシェアリングです。2002年3月には緊急対応型ワークシェアリングについて合意しています。それから同じく12月には、多様就業型のワークシェアリングにつきまして、政労使の合意がされています。また、これとは別に12月に政労使雇用対策会議というものが開かれました。この中で経営側は、雇用維持の確保に最大限の努力を行うという表明をされました。労働側は、ワークシェアリングも含めた就労形態の多様化、生産性の向上やコスト削減など経営基盤の強化に協力すると表明し、雇用維持をはからなければならない場合には、労働条件の弾力化にも対応するということを表明しました。政府もこれをバックアップするという合意であります。労働側は賃金等の労働条件について弾力的に対応するという、今までにない思いきった姿勢を示しましてこの合意が進んだわけです。
 日本の場合、企業別の労使関係が中心ですので、そこで労働条件などが決まります。これ自体は変わらないわけですが、今回は雇用問題の深刻化に鑑みまして、大きな枠組みで労使に政府が加わっていろいろな取組みが行われました。これは新しい傾向ではないかと思います。今日はこの雇用問題を軸にして、いわゆる社会的なパートナーシップの在り方について論議したいと思います。第1部ではJILの花見会長が、今までのようなパートナーシップでいいのかという問題提起をされたかと思いますが、それも含めまして論議したいと思います。
最初に2001年から2003年にかけての雇用賃上げ、労働時間をめぐる政労使の合意、これをふりかえっていただき、バランスシート、評価について各々の立場からご意見を伺いたいと思います。

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【草野】

雇用の危機感が高まる中、ワークシェアリングの議論が本格化。

 ご紹介いただきました連合の草野です。今、江上さんからお話がありました、ワークシェアリングを中心とした政労使の経過につきまして簡単に振り返ってみたいと思います。私が連合の事務局長になったのは2年前で、その前のことは正確には記憶していませんが、確か1999年10月に当時日経連と連合で雇用問題に関する労使合意に至りました。これは後ほど矢野専務のほうからお話があろうかと思いますが、当時確か完全失業率が4パーセントを越えた状況であって、これ以上雇用について放置するわけにはいかないと、労使のたいへんな危機感から1999年10月に合意に至り、内外に各々の姿勢を明らかにしたわけです。しかし結果としてはデフレ経済がさらに進展しまして、残念ながら雇用問題については改善の兆しを見せるどころか、むしろ悪化の一途をたどることになったわけです。
 そして完全失業率が5パーセントという、いわば危機ラインをこえる段階で、もう一度当時の日経連の奥田会長と私どもの笹森の間で、真剣に労使で雇用問題に取り組む必要があるのではないかと、2001年の10月18日に雇用に関する社会合意推進宣言ということを労使で合意しました。
 前のものとどう違うかといいますと、まず第1点は、労使それぞれが何をやるかを、より明確にしたことです。経営側は、これ以上の失業を出さないために最大限の努力をする。労働組合は雇用に影響を与えないように、経営基盤の強化について労働組合として協力する。この部分は1999年と同じ内容ですが「賃金については柔軟に対応する」という一文が入りました。これは内外にかなり大きなインパクトを与えたのではないかと思っています。これがひとつの特徴点だと思います。その次の年、2002年の春期生活闘争におきまして、連合として統一的な数字を挙げてのベースアップという要求形態はとらないことに踏切ったわけです。
 第2点は「ワークシェアリング」という言葉が明確に文章の中に出てくる点です。実は既に2000年から、当時の日経連と連合の事務局の間でワークシェアリングについて研究会、勉強会を合同で行っていました。しかし、最終的には大きな溝といいますか、それが超えられませんでした。労働組合としては、これだけオーバータイムがあり超過労働時間がある中で、サービス残業をカットしてオーバータイムを縮小する。つまり、総労働時間を短縮することで雇用の維持は可能ではないか? という主張をしていました。しかし、経営側のみなさんは、賃金をカットするのでなければワークシェアリングは導入できないと主張されました。この大きな溝が、どうしても乗り越えられなかったわけです。
 しかし私どもとしては、当時の雇用状況をふまえた上で、所定労働時間を短縮するワークシェアリングであるならば、それに応じた収入減については受け入れてもいいという態度を明確にしました。それによって、ワークシェアリングについての議論は以前に比べてかなり急速に進展してきました。このような背景がありまして、2001年の労使合意の中では、「ワークシェアリングについて積極的に取り組んで行こう」ということになったわけです。

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「雇用を守る」から「雇用を増やす」ワークシェアリングへ。

 第3点は、雇用問題については労使だけではなく政府を巻き込んでやっていこうという方針が決まったことです。これは、その直後の政労使雇用対策会議に結びついてきます。これが2001年10月18日の労使合意のポイントだと思っています。その後11月に、連合と総理大臣の政労会見というのがありました。この会見の直前に総理官邸から「政労会見の後に連合の会長、事務局長に執務室に来て欲しい」という話がありました。そこで笹森と私が、11月下旬に総理執務室に行きましたところ、総理と坂口厚生労働大臣がおられて、総理から「労使でワークシェアリングを研究すると聞いたがどういうことか?」と尋ねられました。そこで、今ここで話しているようなことを伝えたところ、「政府としても雇用対策を一生懸命やっているが成果があがらない。みなさん、いい知恵があったら教えて下さい」と言われました。そこで現状と考えを説明し「まずは今の雇用問題に対応するために、緊急対応型ワークシェアリングは来年春をめどに一定のとりまとめをします。そして第2段階の多様就業型ワークシェアリングについても、それ以降、できるだけ早く合意を得たいと思っています」という話をしたら、総理から坂口さんのほうに「それでは政労使のワークシェアリング研究会を年内に発足してほしい、そして労使が来年春をめどにしているのだから、政労使も来年3月末を目途に一定の結果を出して欲しい」という指示がありました。そして12月26日に政労使のワークシェアリング研究会がスタートし、3月29日に緊急対応型ワークシェアリングが政労使合意にこぎつけることができました。
  みなさんのお手元の資料に2002年3月29日の文章があります。この緊急対応型ワークシェアリングについては一定の予算をつけてもらったのですが、その予算の申請についてはほんの数件しか上がっていない。現実にお金をもらったのは当時、一件しかなかったという新聞記事もありました。しかし現実的には、後ほど矢野さんからお話があると思いますが、かなりの企業でワークシェアリングというひとつのスキルをベースにした工夫、雇用を守る工夫が行われていると思っています。予算をつけたというのは、私どもは雇用が守れたということであれば予算を出すように主張したのですが、それは通りませんでした。そうではなく、雇用を増やした場合には予算をつけるという形になったものですから、結果としては、雇用を増やすワークシェアリングにはなかなか至っていないと思っています。

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多様就業型ワークシェアリングの実現が今後の大きな課題。

 その後も、多様就業型ワークシェアリングについて議論を重ねていますが、労使双方の意見の食い違い、対立がありまして、現時点ではうまくまとまっていません。とはいえ坂口大臣は、当時、年内にまとめると言われたので、お手元の資料後半部分の「2002年12月4日に雇用問題に関する政労使合意」の中で、多様就業型ワークシェアリングについても一定の整理をしたということになっています。しかし、これはまだ中間段階のとりまとめだというのが連合の認識でありまして、多様就業型ワークシェアリングについては、 まだまだ議論を重ねて行かなくてはならないと思っています。現在も、日本経団連と事務レベルで多様就業型ワークシェアリングについての議論を進めていますが、残念ながら今日の時点では次のステップに進むレベルに至っていません。
 今日までの経緯を振り返って、私としては「ワークシェアリング」という言葉と、ワークシェアリングとはどういうスキルなのかを明確にしたという点では成果が上がったと思っています。まだ、雇用を増やすワークシェアリングにはつながっていないかもしれませんが、雇用を守るためのワークシェアリングの工夫はかなり多くの企業で行われていると思っています。ただ、今後の日本の少子高齢化社会などを考えますと、やはり多様就業型ワークシェアリングを実現しない限りは、目的を達したとは言えません。むしろこちらが大きな課題です。大きな課題がまだ残されていることを、率直に認めざるを得ないというのが今の状況です。

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【矢野】

政労使が雇用の危機感を共有できたことに意味がある。

 日経連の矢野です。経緯につきましては、草野さんからていねいな説明があったのでそれに委ねることにします。私は、政労使の合意というのは、日本の労使関係の将来を考える上で非常に意味のある合意だと評価しています。
 その理由ですが、まず第1点は、労使が危機感を共有できたということです。雇用問題というのはあらゆる国の政策、企業の政策の根幹をなすものでして、そこにあらゆる問題が集約されていると考えられます。じわじわと失業率が高まっていく状況の中で、非常に強い危機感を抱いて、それを共有できたところにこの文書が生み出される発端があったわけで、それが第1の意義です。
第2の意義は、労使がイニシアチブをとったという点です。政府から頼まれて作ったものではありません。当時の日経連と連合が話し合い、「雇用に関する社会的合意推進宣言」を発表し、その中でワークシェアリングを大きな柱としたわけです。また、賃上げについて柔軟に対応するというのも、もうひとつの大きな柱でした。笹森さんと草野さんの執行部が発足したばかり、ちょうど2年前の10月のことです。そこで新しい合意が生まれました。それ以前から労使には「ワークシェアリング研究会」がありました。そこで継続審議をしていたところへ、政府も参加することになり、国全体に関係する大問題だから一緒にやろうということになり、それが2002年3月の合意、12月の合意に結びついています。

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緊急対応型ワークシェアリングは、雇用調整策のひとつのステップ。

 緊急対応型ワークシェアリングについては、「時間が減ったらその分収入が減ってもいい」という提案が連合からなされた。このことに、合意が生まれた大きなきっかけがあったと思います。私も、民間企業で長年労使関係の会社側の窓口をやっていた経験がありますが、時短をしても賃金が減ったことは一度もありませんでした。いつも「おかしい、時短というのはコストのはずなのにどうしてだろう」と思っていました。その答を、30年以上たって初めて連合の会長、事務局長の口から聞けたというのは、感慨深いものがありました。そして、そういう決意であるならば、経営側としても雇用を守るために全力投球するべきだと。これは言ってみれば当然のことです。そこで強い責任といいますか覚悟をしまして、全国の経営者に徹底したつもりです。
 実際問題としては、我々経済団体としてできることの限界もあるのですが、努力、最大限の努力をするという、それ以上踏み込むことはできない、これはもちろん連合も理解してくれたわけです。少なくとも私はそういう努力はしてくれたと思います。現実に人減らしをしたケースはたくさんありますが、全体の合意というものが、それなりに受け止められたのではないかと思っています。
 緊急型ワークシェアリングは、企業の人事政策の中では雇用調整策のひとつのステップであると考えられます。みなさん、私どもが発行した「ワークシェアリング導入の手引き」というものをお持ちかもしれません。雇用対策ということで、企業がこれまでにとってきた施策を分析したところ、一番軽い「採用の抑制、停止」から始まって、最後には「整理、解雇」にいたるまで約30のステップがあることが明らかになりました。緊急対応型ワークシェアリングは、真ん中あたりに位置する施策で、雇用調整策のひとつです。しかし、これは余力のある会社でないとできません。もうどうにもならないという経営状況に陥っているところではやっている暇がありません。それでも私どもとしては、そういう施策の中の重要な考え方として、経営側に提示したかったということです。ですから、あえてそういう分析をしながらPR活動をしたわけです。実際にこれを適用した企業の数というのはあまり表立っていませんが、ずいぶん行われていると思っています。短期のところもあるし、特定部門のところもあるし、ホワイトカラーの団体の場合、会社全体で恒常的に勤務日数を減らしているところもありますし、いろいろなケースがあります。決して表には出ていないのですが、それなりに指針となる合意だったと思っています。
 また、これは去年の3月に結んだ合意ですが、去年の12月4日に「雇用問題に関する政労使合意」というのができて、これはその前年の労使の社会合意推進宣言の中のひとつの、賃上げや労働条件の問題の部分、労働条件の流動化と言いますか「弾力的に対応する」という言葉が生まれた合意です。その他にも大事な柱があります。そして12月末になリ、多様就業型ワークシェアリングについて、3月の合意のようにきちっとしたスキルを決めることはできませんでしたが、将来についての課題を提起して、政労使で詰めていこうという合意ができたのは、意味が大きかったと思います。

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多様就業型ワークシェアリングは、ライフスタイル、ワークスタイルに関わる問題。

 多様就業型ワークシェアリングの問題は、労働市場全体の問題であり、各企業の労務管理の問題でもあります。ライフスタイル、ワークスタイルに大きく影響してくるものなので、そう簡単に進めることはできないのではないかと思われます。答が出しにくいのではないかと。先程、厚生労働大臣の話がありまして、急いで答えをということでしたが、私どもは、一貫してじっくり腰をすえて、これからの雇用形態の多様化というものを睨んで、しくみ作りをしたほうがいいと考えています。そういう意味では時間のかかるものだと思っています。連合と経団連、事務レベルでいろいろ協議していますが、簡単に答が出ない状況ですが、あきらめずにやっいてきたい。どういうライフスタイル、ワークスタイルがいいのかということを含めて、検討していく必要があるのではないかと思っています。

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【佐藤】

雇用維持の枠組みの大きな変化

 東京大学社会科学研究所の佐藤です。ワークシェアリングについての政労使合意の評価ということで、草野さん、矢野さんにお話を伺って、合意の評価についても労使でかなりコンセンサスがある、それも合意なのかなと思いました。今回のワークシェアリングの合意のポイントは2つ。ひとつは緊急対応型のワークシェアリング、もうひとつは多様就業型ワークシェアリング。私の評価はいずれもそんなに大きく違いません。
 まず、緊急対応型、雇用維持のためのワークシェアリング。これについては、新しい企業内における労使が、長期不況のもとでどう雇用維持をするのか、労使がそれにどう取り組んで行くのかについて、新しい枠組みを作ったという点で画期的だったと思います。
 もちろんこれまでも、例えば最近であれば石油危機、オイルショックの時に労使共いろいろ努力をして、企業内でどう雇用を維持していくかというしくみができていたわけです。例えば残業を抑制したり、企業内で配置転換、仕事が少ない事業所から多い事業所に移す、あるいは採用抑制とか、賞与、人件費を減らすなどいろいろな取組みをしてきたわけです。今回は、それらに加えて何が新しかったかというと、所定労働時間を削減する、そのことによって雇用機会を確保する、賃金のカットを組合として認めるということが非常に大きな雇用維持の枠組みの変化だったと思います。
 組合がそうやって一歩踏み込んだというのは、矢野さんが言われているように、やはり今回の長期不況のもとでの雇用についての危機意識が組合は相当強かったし、経営としても、雇用維持について取り組むとすれば組合より一歩進んだ取り組みが求められていた。そういう背景があったと思います。そういう意味では個別、個々の企業内で見れば、政労使の合意がなくても、既に所定労働時間を減らして賃金を減らすことがあったと思いますが、こういう政労使の合意があることによって、企業内労使が組合を含めて新しい雇用時の施策に取り組む、環境整備が行われたということで、私は今回の合意は、企業内で雇用を維持して行くことに大きく貢献したのではないかと思います。

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多就業型ワークシェアリングの実現は、現在の雇用形態を見直すことから始まる。

 次に、多様就業型ワークシェアリングについて。正直言って、これはこれからです。しかし、両者のワークシェアリングの施策を見ますと、今後、これから10年、20年を考えた時に、日本の働き方を考える大事な枠組みである。ただ、まだ具体的に進んでいませんが、そういう方向に向かって合意したということは評価できるのではないかと思います。 これはたいへん難しいわけです。例えばフルタイムで働いていた正社員が、短時間勤務に移る。単に雇用維持というわけではなくて、ある一定期間だけ仕事よりも勉強するとか子育てするとか、そういうことを選ぶ。つまり、ライフスタイルに合った働き方を選ぶ。しかし、例えばその職場にもともとパートタイムで働いていた人がいるとします。今まで8時間働く人と6時間働く人というかたちで、処遇の違いなどなかなか見えなかったわけです。そこへ、フルタイルで働いていた人が6時間になる。例えば、同じ時間働いている、同じ仕事にも就いているとすると、時間あたりの賃金を比べた時、大きな違いをどう説明するか。もともとこういう問題はあったわけですが、フルタイムで働いていた人の中から短時間の働き方の人が出てくると、短時間の正社員とパートタイマーの人たちの処遇の均衡の在り方、公正の在り方がよりいっそう見えやすくなってくるわけです。
 これだけが多様就業型ワークシェアリングを難しくしているわけではありませんが、わかりやすい例として挙げました。こうした時に、従来のフルタイマーで働いてる人たちと、パートタイマーで働いている人たちの処遇の均衡について一定のルールができないと、フルタイマーの人たちが短時間の働き方を作って行く時にひとつのネックになります。パートタイマーの処遇が低い、一方で正社員が高いという議論もあります。つまり、従来の正社員の処遇を見直すことによって、短時間勤務の正社員やパートタイマーの均衡をはかるということも含めて議論しなくてはいけなくなる。つまり、多様就業型ワークシェアリングを進めて行く時には、正社員もパートタイマーも含めて、多様な雇用形態の人たちの働き方、特に正社員の働き方、処遇を見直していかなくてはなりません。そういう意味では一時的な処遇の変更ではなく、長期的な処遇の変更が求められるということで、非常に時間がかかっているのだろうと思います。

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個別利害と社会全体の利害の調整が必要。

 これについては労使で取り組んで行く必要があると思います。この政労使の合意の後、パートタイマーと正社員の処遇の均衡については、パート労働法は改正されませんでしたが、指針について改正がなされました。10月1日に新しい「パート労働対策指針」が施行されます。これは、企業内で従来の正社員とパートタイマーの処遇の均衡を進める上で、労使の考え方を示すものになると思います。そういう意味で多様就業型ワークシェアリングを進めるひとつのきっかけになるのではないでしょうか。そういう指針にのっとって、従来の正社員とパートタイマーの処遇を見直すことで、正社員の中でも多様な働き方を作る、その時の処遇の在り方というものを労使で議論して行く時の、きっかけになるかなと思っています。
 また、多様就業型ワークシェアリングの中で、社会保障制度の整備、つまり年金の短時間労働者への適用ということもあげられています。しかし、パートタイマーをたくさん雇用しているある業界が反対しています。経団連として業界利害と、日本社会全体としての企業経営、働き方をどういう方向にもっていくのか、リーダーシップの発揮が求められていると思います。
 これは組合もそうです。個別産業内の利害と、日本社会全体でどういう働き方を作ってていくのか、個別利害をどう調整して行くのかということが、問われています。このように非常に大きなテーマを解決していかないと、多様就業型ワークシェアリングは進まないのではないでしょうか。ただ、いくつかその方向に進むきっかけはできていると思います。

【江上】
 本日のテーマである「政労使合意」につきましては、最後のところで多様就業型の均衡、均等待遇ということで労使が対立して現在に至っているというのが現状です。労使のおふたりに均衡、均等待遇についてご意見を伺って、合意の経緯を振り返る論議についてまとめたいと思います。

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【草野】

日本には日本型のワークシェアリングがあるはず。

 今、佐藤先生もおっしゃったように、私どもがイメージとして抱いているのは、みなさんもよくご存じの「オランダモデル」です。私も勉強不足ですから細かいところまではわかりませんが、日本とオランダは国の大きさ、産業構造の違い、働き方の慣習の違いなどを含めて考えますと、オランダ型モデルをそっくりそのまま日本に持ち込むのは無理だろうと思われます。オランダの労働組合の代表が日本に来られた時に意見交換をしますと、「オランダモデルは世界で一番らいいいものですよね」と言うと、にやっと笑われて必ずしも肯定的ではないのです。アドバイスとしては、「オランダモデルをそのまま日本に導入することについては、日本が決めることだけれども、いかがなものか?」というかんじです。
 私は、日本には日本型のワークシェアリングがあって当然だろうし、そこはみんなで知恵を出し合っていかねばならないと思っています。しかしイメージとしては、オランダのような多様就業型のワークシェアリングというのがあります。そうなりますと、当然のことながら短時間で働く人が増えてきます。もちろん産業、業種によりまして、ワークシェアリングができる、できないというケースがいろいろあります。先ほど、私はさらっと「所定労働時間が減った分については収入が減っても仕方ない」と言いましたけれど、これも連合で簡単にまとまったわけではありません。相当、後ろから鉄砲玉が飛んできました。例えば「おまえが言っているのは、大企業はできるかもしれないけれど中小企業はどうしたらいいんだ、そんなことできないよ」と。或いは「企業規模による賃金格差がありますよ」と。大企業は8時間が7時間になって、賃金がたとえば8分の7になっても生活できるかもしれないけれど、中小は8分の7になったらもともと低いから生活できないんだ、どうするんだ。こんな議論がさまざまありました。しかし、ひとつあえて言えば、JAMという組合、これは中小の組合をたいへん多く組織されているところですが、このJAMのみなさんが、雇用問題を解決するためには緊急的にはワークシェアリングしかないのではということで、ワークシェアリングを強く提起されました。私はこの姿勢をたいへん力強く感じました。
 基本的には、同じ仕事、同じ権限、同じ責任を負う仕事であれば一時間の賃金は同水準であって然るべきです。そのことが多様就業型ワークシェアリングの前提でなければいけないし、特に、これからますます社会進出が増えるであろう女性のことを考えますと、これは、私どもがどうしても譲れない大原則だとして議論を進めています。そしてまた、ここが一番のネックになっているというのが今の率直な感想です。

【江上】
 これについて矢野さん、ご意見や反論がおありでしょうか。

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【矢野】

社会的、横断的な賃金体系が必要。

 雇用というのは何もないところにぽっと生まれたわけではなくて、今日があるのは長い過去の蓄積なんですね。ですから、日本の雇用慣行というものを見ていても、徐々に変わってきてはいますけれど、長期雇用、昔は終身雇用という言葉に代表されていましたが、そういうものを基軸にして専門的な知識、経験をもった人を一定期間雇うとか、弾力的な労務に対応するためにパートを雇うとか、これからますます雇用の多様化、働き方、就業形態、契約も含めて多様化して行くと思います。
 これは一面では、企業が望むからそういう制度がすぐできるのではなくて、働く側からもそういうものに対するニーズが生まれて、そういう中で新しい世の中のしくみが生まれていくのだと思います。しかし、中には本当は正社員になりたいけれど、今はパートしかない・・とかいろいろな問題があります。そういことは個別によく見なくてはいけないのですが、やはり働く側と雇う側の一種の意見の一致が合って、そういうくしくみが広がっていくと思うのです。そういう面からも、これからますます働き方は多様化していくということです。
 私どもはそういう働き方の相違の中で、企業の人事処遇制度というものについても改めて見直したいと考えています。今までは長期雇用の人だけを対象にする処遇制度でした。これを他律的といっています。しかしこれからは、人を処遇する体系が複数あってもいいのではないか、企業自身も変化に対応する取り組みをしなくてはいけないと思い、実際に取り組んでいます。一方、労働市場そのもの、外部労働市場ですが、これがやはり流動化してもっと柔軟なものにならないと、各企業が備えている人事処遇制度だけが並立して存在するという風景になってしまいます。そういう意味では、いろんな規制改革を、必要ならば手がけていくことによって、労働市場自体も流動化していくと思います。企業の処遇制度も、だんだん年功的なものから業績、実力評価主義の処遇へと変わっていくでしょう。そうすることによって、ひとつの仕事の社会的、横断的な賃金というものが少し幅をもっていていいので、できてこないといけないと思います。

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賃金の調整には労働者や家族の感情も考慮したい。

 そうしないと、先程、佐藤先生がおっしゃったように、正規の高すぎる賃金、パートの低すぎる賃金という問題になります。それを急に一緒にしろというのは、日本の雇用貫慣行や処遇システム、それによって生計を支えてきた従業員、家族の感情にも一致しないことになります。そういう意味で私どもは、仕事における均衡処遇、公正処遇をやっていかなくてはならないと思っています。決して消極的な意味ではありませんが、これは時間がかかるものだということです。同じ仕事、同じ役割、同じ責任と言いましても、「その同じというものは一体何だ?」と突き詰めて行くと、なかなか容意ではないのです。これは立ち入った議論になるとキリがないのですが、そういうところを連合と経団連で、一生懸命詰めています。ひとつの切り口としては、短時間正規というのが世の中に存在していますから、そこから実態を分析して将来何かヒントになるものを得られないかと言う議論をしています。
 また、先程、年金の対象を増やすという意味で、短時間労働者の年金適用についてお話がありました。私どもの基本的な姿勢を言いますと、労働組合と同様に経団連にもたくさんの業種、団体が加入しています。単体の企業も会員になっています。ですからその会員の意見を聞きます。しかし長い目で見て、国民経済、国民生活という視点を失ったら、企業そのものが社会的な支持を得られなくなるのではないかと、私は強く思っています。ですから、ある段階では産業、企業のエゴになってはいけないと制約を自分に課しながら、どこに調和点があるかということを考えるわけです。

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課題を承知の上で現実的な対応を進める。

 学者の先生方の研究会で出てくる提案はまことにラジカルで、わかりやすく、その意味では非常に説得力があるのですが、実務にたずさわっている者の身にもなってくれと申し上げたい。時間の経過の中でどういうふうに具体化できるのか、できないのかということを議論すべきだと思います。そうでないと答が出ないと思います。労使の交渉も「あるべき論」ばかり言っていたら、川の両側で「我こそは」と言っているようなものです。私たちは川の中州に入っていって「一緒にやろうじゃないか」と相撲をとっているわけです。そして合意が生まれて、決まったことについては納得する。これが日本の労使関係の一番すばらしいところだと思います。渋々、納得したという人は少ないのです。私は民間企業しか存じ上げませんが、ほとんどがそうです。そういう関係の中で、物事を決めて行きたいと思っています。課題が存在していること、将来どうするべきかということについての、いろんな議論も承知した上で、現実的な対応を進めて行くことが大切ではないかと思っています。

【江上】
 佐藤さん、学者を代表して反論はありますか。


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【佐藤】

ワークシェアリングの方向について合意できたことを評価する。

 矢野さんのおっしゃるとおりですが、今回のワークシェアリングの政労使合意の大切な点は、どういう方向をめざすか、ということについて合意したということです。
 もちろん、手順や時期については労使の違いもあると思います。ただ、どういう方向に向かって合意できたかということがすごく大事です。それによって、これから取り組もうとすることが一歩前進、二歩前進なのか、あるいは一歩後退なのか、目標になることがあって初めてはっきりするのです。企業内でもそうです。後退というのはあるのです。でも、後退とわかっていれば、あとで二歩先に進むことができるわけです。ですから、どの方向に進むべきかということを、企業内でも社会全体でもある程度合意していくというのは、すごく大事だと思います。
 そういう意味で、どういう方向が大事かと言う素材を提供する点では、学者にもそれなりの役割があると思います。ただその中でもちろん、具体的にどう進めて行くのか。先程の均衡処遇についても、企業内でやりやすいところもあれば、かなり進んでいるところもあり、これからというところもあり、また、なかなかできない状況のところもあるでしょう。しかし、「多様就業型ワークシェアリング、つまり多様な働き方を選ぶためには、こういうふうに処遇の仕方を変えて行かなくてはならない」ということが企業内で合意できれば、「うちの会社はちょっと遅れているけれど、もう少し景気がよくなったら頑張ろう」と、そういう議論ができるのです。

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同じ仕事ならば、時間の長短に関係なく同じ賃金の方向へ。

 それから、多様就業型ワークシェアリングについて、何が大事かと言いますと、労働時間の長短と会社に対する貢献についての考え方です。例えば、他の条件はすべて同じで労働8時間の人と4時間の人を比較した場合、1時間あたりの貢献は同じだという考え方ができるかできないかです。「4時間の人はほどほどの働き方だから、8時間の人より4時間の人のほうが貢献が低い」というのが今までの考え方でした。これを変えていけるかどうかです。これができないと、多様就業型ワークシェアリングができないだろうと思います。
 こうした時に、パートが低いのか正社員が高いのかという議論が出てきますが、基本的にこの考え方を入れられるかどうか。もちろん、矢野さんが言われるように、時間以外の他の条件は同じかどうかというところで難しい点がたくさんあります。ただ、これについては先程お話ししました新しい「パート労働指針」で、いちおう基本的な考え方が示されています。ですからこういうものを手助けにして、同じ仕事であれば、仕事の時間に関係なく、時間の賃金は同じ方向にもっていくことが非常に大切かと思います。

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【江上】

組合組織率の低下をこのまま放っておいていいのか。

 本日のパネルディスカッションは、雇用問題が焦点のひとつ。それから、政労使の社会的パートナーシップの在り方がひとつ。これを絡ませながら進めるといういささか難しい構成になっていますが、雇用問題とこの間の政労使の動きについて語っていただき、かつ残された課題についてお話していただきました。
 今度は、後半のパートナーシップの点に重点を移して論議を続けて行きます。これは前段に花見会長から講演がありまして、その中で伝統的な使用者と労働組合という労使関係の枠組み、これはこのままでいいのかという提起があったと思います。違ったステークホルダーが登場してきているということです。
 その中でまず最初に論議したいのは、労働組合と使用者という伝統的な形態についてです。最近、労働組合の組織率が非常に下がってきていまして、2002年の組織率は20.2パーセントです。下がってきた要因のひとつは、何といっても非正規労働者の増加です。中でもパートタイマーの組織率は、2.7パーセントと非常に低い率です。このパートの状況を労働組合は放っておいていいのか。連合は2年前の運動方針で、組織化を最重要課題に設定しています。このあたり、連合で2年間取り組んで来られてどんな感想をお持ちか、草野さんからお話いただきます。また矢野さんからは、企業は労働組合から正社員の声を聞くことはできますが、パートタイマーの声はどうやって受け取っているのか。そこにどんな課題があるのか、ご意見を伺いたいと思います。

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【草野】

組織拡大をめざし、2年間で組合員数を30万人増加。

 今、ご指摘がありましたように、2年前の方針で連合としては組織率の低下になんとしても歯止めをかけ、反転に転じたいということで、組織の強化拡大を最重要課題といい続けてきました。現会長の笹森が事務局長時代に拝聴したことですが、連合本部の陣容もそれから一般財政も、約4分の1を組織に集中させるという荒療治をやりました。そういう中で各産業別組織や地方連合会のみなさんと相談しながら、今月までのこの2年間で60万人の組織拡大をしようという目標を立てました。そして半年後にその結果を発表していくことにしました。若干最後は推計の部分もありますが、ほぼ2年間の実績がまとまりました。増加は約29万3500人です。「60万人の目標に対して半分もいってないじゃないかけと言われればまったくその通りですが、この目標をたてる前の2年間が13万人台であったことを考えますと、この2年間、各産業別組織や地方連合会のみなさんのたいへんな努力が約30万人という実績に現れているのではないかと思います。
 また、連合が「さあやりましょう、産業別組織は10パーセントくらいを組織改革に向けてください」と言っても、すぐに取りかかるわけにはかいかないですね。ですから後半の1年間で、少しずつ体制が整い始めたのかなと思います。最後の半年の増加が10万3000人くらいですから、最後の半年でだいぶ軌道にのってきたようです。そこで来月以降、また2年間、さらにこれを進めて行きたいと思っています。

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パートタイマーの組織化を強化したい。

 もう一点としては、圧倒的にパートタイマーの人数が多いのですから、ここを組織拡大の焦点に当てようということでやってきました。結果的に見れば、一部の産業別ではたいへん努力していただき、成果は上がっています。しかし、全体から見れば成果はまだまだと、率直に言わざるを得ません。従ってパートタイマーの組織化については、10月以降さらに力を入れて行かなくてはと考えています。ただ、パートタイマーを組織化する場合に、従来の組合に加入してもらうことができるのかできないのか。パートタイマーはパートタイマーの組合を作って、従来の組合とのブリッジを組むのか。それともまったく産業別組織で企業の枠を越えて、パートタイマーだけのゼネラルユニオン的なものを作っていくのか、あるいはパートタイマーが中小企業にたくさんいらっしゃいますから、47都道府県の地方連合会を受け皿とする形態を作って行くのか。今、いろんな手段を考えながら、パートタイマーの組織化に力を入れたいと思っています。

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正社員率の低下で労使交渉にも問題が生じている。

 また、今一番頭が痛いのは、パートタイマーの比率が業種業態によっては非常に多くなってきていることです。すると、団体交渉、労使協議をやる時に従業員を代表していると言えるのかどうか、という問題が出てきます。
 例えば従業員の90パーセントが正社員、10パーセントがパートタイマーならば、パートタイマーが組織化されていなくても9割が組合員ですから、従業員を代表して経営側と堂々と交渉、協議ができます。しかし40パーセントが正社員、60パーセントがパートタイマーで、正社員しか組織化されていなかったら、果たして従業員の代表として労使交渉できるのか。こういう新たな問題を抱えてきています。これは従業員代表制と関係してくるかもしれませんが、個別には経営者からもいろいろ言われています。しかし経営者がいろいろ言うなら、組織化に反対するなという議論にもなってきます。全体としては頭の痛い、大きな課題が浮上してきているということです。

【江上】
 今の草野さんのお話の中にもありましたが、人事労務担当者の方とお話しますと、ゼネラルユニオン的なパートの労働組合ができるのを、非常に嫌いますよね。企業の中に別途の企業別組合ができることを。ただ、連合のほうも2年前の方針では、そういう新たな組合の形態の提起もされているわけですね。こういうことも含めまして、矢野さんからお話をうかがいます。

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【矢野】

雇用形態に関わらず、従業員の声をしっかり聞くことが基本。

 江上さんから最初にお話があった、パートの声を聞くということですが、パートであろうと正社員であろうと、従業員の声をしっかり聞くとことは管理監督者の一番基本的な大事な勤めです。それがなかったら企業はまったく運営できません。むしろ今はそれが弱まっているのではないかと、危機感を持っています。個別労使紛争がどんどん増えています。あれは、職場の自らの解決力が落ちている証拠ではないかと危惧しています。経営者への注意を喚起したいと思っています。
 それから日本の労使関係の特徴というのは、企業をベースにした労使関係ということです。社長と工場長、職場単位の労使関係、あらゆる階層で非常に緊密なコミュニケーションネットワークができあがっているのが、日本の労使関係の最大の特徴だと思います。ですから、しっかりした指導力のある組合を企業は歓迎するわけです。例えば職場の安全問題。最近事故が続いていて、非常に心配しています。注意を喚起しています。また環境問題も然りです。それから最大の課題である生産性の向上や競争力の強化の問題。そういうことや経営問題についても、組合がしっかりした意見を言って欲しいという切なる思いがあります。そういう意味で強い組合であってほしいと願います。

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【佐藤】

組合のメリットを提示して組織率を高める。

 企業内の組合であれば、パートタイマーを組織化しなくても、パートタイマーの要求を汲み上げて要求ができます。ですから、組織化しなくてもいいんじゃないですか。例えば産業別組合であれば、産業政策のあり方について、組織されていない中小企業のことも含めて考える。連合であれば、組織している労働者だけのことを考えて労働条件や制度政策について議論するのではなく、組織されていない人たち、そういう労働者も含めて、中小企業やパートタイマーも含めた声を、実際の運動の中で代表できるかどうかが大事だと思います。それがちゃんとできることによって、組織の人が組合に入れば、こういうメリットがあるんだとわかり、組合とはこういう活動をする団体なんだとわかり、そこで初めて組織化の努力が効果を発揮すると思います。
 企業別組合、連合、産業別についても、組織している労働者だけを代表するのではなく、組織していない人たちについても悩み、不満、要望をできるだけ組み込んで改善する取り組みをするということが、組織化の大前提だという気がします。私どものところでは、現在組合に入っていない人に、組合に入るつもりがあるか調査を行いました。その結果、組合から声をかけられれば入るという人たちが一部、これはかなり能動的な人々です、これが2割くらいでした。残り8割のうち、3割は絶対入らないと決めている。残り3割はわからない。どうしようと。入らないという人たちは、入ってもたいしてメリットはないと考えています。入っても問題が起きるという点については、例えば経営ににらまれるのではとか、そういうことに対しては、拒否派とわからない派で変わりません。拒否派は「メリットがない」と言い、わからない人たちは「メリットがわからないから入らない。プラスがよく見えない」と言います。そこで、メリットをよくわかるようにしてあげることが大切です。
 組合が、組織していない人たちの声を汲み上げていく活動をすることが、企業内でも連合でも産業別でもとても重要だと思います。つまり、組織された大企業正社員の組合員は、自分たちの活動のためにだけ組合費を出すのではない・・という認識をすることが大事なんです。自分たち以外の労働者も含めて、労働条件を改善するために組合費を出しているのだということを、どれだけ理解しているのかも大事です。私は、それで組合復活の可能性は十分にあると思います。みんなそうでしょう。ボランティア活動をやっているのは、自分達のためだけではない。それでも一生懸命やるわけです。労働組合の活動も、そういうふうに考えてもいいのではないでしょうか。

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労働者の権利について知らない人が増えている。

 もうひとつ加えますと、NHK放送文化研究所が5年ごとに世論調査をしています。この中におもしろい質問があります。ひとつは「次にあげる項目の中で、憲法で国民の権利として認められているものを挙げて下さい。」という質問です。答の選択肢の中に、団結権があります。組合を作る権利です。では、団結権を憲法が認めた権利として知っている人が、国民の中にどれくらいいるか。答は25パーセントくらいです。この30年間で、5年毎にどんどん減ってきています。もうひとつ「新しく勤めた職場で仕事上の不満がある、あなたはどうしますか」という質問で、回答は「組合を作って改善する、上司に相談する、少し静観する。」からの選択です。組合を作ると答える人は、5年毎にどんどん減ってきています。組織率と同じです。もしかしたら、問題が起きた時に組合を作るということを知らないのかもしれません。
 これと同じことを組織労働者にも聞きました。組合を作る権利を知っている人は、なんと50パーセント以下でした。もっとひどいのは、たとえば労働基準法での残業の割り増し。これを権利だと知っている人は50パーセントくらい。なぜこういうことが起きるのかというと、ユニオンショップで組合員になるからです。つまり、法定以上の労働条件が確保されているんですね。ですから法律で守られている労働条件を知らなくても、問題なく職場で過ごせるんです。ですから、組合員であっても労働者として認められた権利を知らないのです。組織化を進めたいのであれば、私は労働者の権利意識というものをもう少しきちんと教育しないと、組織化も進まないと思っています。

【江上】
 今、教育の問題が出ましたが、今度の連合でふたりの会長候補が立候補されていて、そのお一人、UIゼンセン同盟 の高木さんが所信演説の中で、教育ということをかなり強調されていました。佐藤先生のお話を伺って、なるほどなと思いました。
 では少し話題を変えまして、第1部で講演されました花見会長のお話の中に、これからの労使関係の在り方は、労働組合VS使用者ではなく、いろいろなステークホルダーが登場すると。例えばNPOとか環境団体とか、そういうものが提起されました。アメリカでは1995年からAFL-CIOが運動を刷新しました。アメリカは日本以上に労働組合の組織率が低下しています。そこでNPOに協力して組織化の巻き返しをやっています。成果が上がっているとは言い難いですが。こういう問題については、どう考えたらいいか。各々のご意見を伺います。

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【草野】

組合員以外を視野に入れて活動している組合もある。

 先程、佐藤先生のほうから、組合員でない人の労働条件なり権利の問題をやってもいいじゃないかというご意見がありました。既にそれをやっているところはけっこうあります。私が以前書記長をやっている時に、まだパートの数が少なかったのですが、要求書に書くんです。会社は、「これは組合員ではないから要求書からはずせ」と言います。そこで「はずしてもいいけれど、交渉をし、妥結をし、配分迄やります」というかたちで、最後は組合のビラにパートタイマーの賃上げ、一時金まで全部妥結をして配るということをやってきました。このような組合は少なからずあります。ただその一方では、「組合員でもないものを何故持ってくるんだ」と、門前払いをする経営者もたいへん多いのです。そこは悩ましい問題かなと思います。

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連合評議委員会報告をアクションプログラム化する。

 それから、評価委員会というのが新聞に出ましたのでご存知かと思いますが、連合評価委員会の最終報告が9月12日に出ました。これは弁護士の中坊公平さんに座長になっていただき、組合を基本的にはほとんど知らない、関係のない方7人に委員になっていただきました。もの凄く手厳しい話があります。詳しくは連合のHPを見ていただければ、議論経過も含めて全部わかります。例えば今のお話にあった、塀の中の面々のことばかり考えていてはだめだよと、外のいわゆるパート、派遣、フリーターも含めて、非定型労働者のことをカバーして言うのが、ナショナルセンター連合の仕事ではないか。その視点をもっと強めなさい。それをやるためには、企業別組合主義から脱却しなくてはだめだ。そのためには何が大事か。意識改革が大事だ。意識改革には何が大事かといったら職場の対話と学習運動だ。こういう指摘をされています。また、組合員であると同時にひとりひとりがどこかのNPO、NGOに入るべきだということも指摘されています。
 これをベースに10月の2日、3日に行われる連合の大会にかけます。運動方針は、基本的にはこれをふまえた上でできていることをご理解下さい。ただ、ここに出されたことはとても全部一回ではできません。そこで大会にはかけませんが、これをベースに行程表を作りました。中間報告を出した時に、中坊さんから「君らは、はいよくわかりましたと返事をして、これを神棚に上げてしまうだろう。俺はそれは許さない、行程表を作って来なさい」という話になったので、本部の責任で行程表を出しました。案の定、中坊さんからこてんぱんに言われましたけれども、副座長の神野教授が少しフォローして下さり、「独立行政法人にもってこいと言ったやつよりはるかにいい」とお誉めをいただきました。しかし、まだ本当のアクションプログラムにはなっていませんので、10月の大会以降、ひとつずつアクションプログラムにして実行していきたいと思っています。
 また、連合としては直接NGOに対する関わりは持ちません。ただしNGO、NPOに対しては愛のカンパということで、組合員からお金をいただき、毎年申請があったところへご寄付をしながら、活動に役立てていただくようにしています。連合が重視しているのは、「NPO事業サポートセンター」です。これは、私とみなさんご存じの「さわやか福祉財団」の堀田力さんともう1人の、計3人が代表を勤めています。
これは、新しくNPO、NGOを作る時、財政、人事などのノウハウ面で、立ち上げのお手伝いをしようという考えで作りました。こういう活動には連合も力を入れていきます。ただ個々のNPO、NGOについては、直接的な関わりはもたないというふうに整理しています。

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ステークホルダーのすべてが関与できる労使関係の構築を。

 それから今お話がありましたが、さっきの花見先生のお話とは直接関係ありませんが、個別の労使関係もまだまだ見直さなくてはいけないと思っています。矢野さんもおっしゃいましたが、今朝8持から連合と経団連の定期的な協議をしてきました。その中で、私どもは最近続いている災害の問題について、これは人減らしだとか、要するに安全対策に金をけちったからこうなったのではないかと、それは経営者の責任ではないかと、そういう意味合いの意見を主張しました。奥田会長からも、これはやはりおかしいと、安易なリストラだか安全管理に対する手抜きがあるのではないか。そのことからこういう事故が起こるのではないかと、はっきり言われました。私は事故等は経営者の責任ではありますが、第2次的には組合にも責任があるんじゃないかと思います。労使協議できちんとチェックするのが組合の仕事ですから、そういう部分のリストラや経費削減については十分チェックできると思います。そういう意味の労使関係の強化、これをまずやっていくべきではないでしょうか。
 また、いろんなステークホルダーがありますが、今の日本は株主重視の経営路線といいますか、政府のやり方は株主重視です。アングロサクソンの経営スタイル、理念をやっています。これについては、私どもは絶対反対です。そういう意味で、ステークホルダーのすべてが関与できる労使関係、そういうものを構築しなければいけないと思っています。しかし、具体的にどうするかとなるとなかなか頭が痛い問題です。企業体組合の組織自体を今すぐ壊すことは考えていません。まずは正社員だけではなく、パートタイマーや派遣のみなさんの意見を全部聞きながら、また、企業活動をやっていれば地域にも関係がありますから、地域の方々やNPOの方の意見も聞きながら、新しい労使関係を作っていく努力をしなくてはならないと思っています。
 最近読んだ本で「中央公論」の中に「次世代産業は日本がリードする」という東大経済学部長の岩井さんとデフタグループというアメリカの企業の会長の原さんが対談をしていますが、極めて素晴しい内容です。ぜひみなさんも読んで下さい。

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【矢野】

企業の中の人と経営について常に話し合うことが、労使協議の本質。

 NGO、NPOとは各々、これから交渉の場が増えて行くと思います。しかし、労使関係と同じ場で考えることはないと思っています。
 ステークホルダーという言葉が出ましたが、これは従業員、株主、消費者、地域住民等、企業が関係する幅広い社会的な存在ということです。まず、株主をどう見るかという問題ですが、これは今まで日本の経営の中ではとても軽視されていたと思います。アメリカのように、なんでもかんでも株主ということではありませんが、もう少し地位を上げなくてはいけないと思います。そういう意味で今、株主に対する見方が変わりつつあると思います。
 従業員に対するステークホルダーは、これは労使関係の要であり、これまで以上に重視していかなくてはなりません。消費者、地域社会にしても、株主配当の問題にしても施策そのものは企業が決めますが、ある意味では労使が一緒になって対する場面が、これからもっと増えるのではないでしょうか。地域社会との関係に例えれば、既に工場ではいろいろなことをやっています。新しい製品を開発したり。これは組合員である技術者が職場でやっていることですから、一体となっているわけです。労使関係が一緒になって、ステークホルダーに対応していく局面がこれから増えると思います。
 いずれにしても、組合との関係には継続性というものがあり、総合性があると思います。特定のテーマではなく、企業の中の人と経営ということについて幅広く話し合う。これが、労使協議の本質だと思います。そういうものと照らしてみた時、NPO、NGOの存在は少し違うものであるというふうに考えます。しかし冒頭に申し上げましたように、個別にそういう団体、あるいは主張には、社会や国民を代弁する意見も十分にあるので、今後注目していかなくてはと思っています。

【江上】
第1部で講演した花見会長に、パネル討論をまとめる意味でコメントをお願いします。

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【花見】

一番困っている人を助けるのが労働組合の原点。

 コメントをいくつかいただいたわけですが、伺っておりまして付け加えたいことがあります。
 まず、今日の私の話では強調しませんでしたが、今後の政労使パートナーシップということで、労働組合が先程おっしゃいましたように、一番ニーズのある層を組織できていないのが、北欧4カ国と比べて対照的でありました。草野さんからご指摘がありましたように、日本の労働組合もここ数年、努力をされていることはわかっていますが、北欧の組合の在り方とはあまりにも対照が著しく、もの凄い努力をしないとなかなかうまくいかないのではないか。特に日本の場合は、企業別組合、終身雇用の上にのっかった企業別組合ということで、労使関係が展開してきています。本当に猛烈なエネルギーで変革して行かなくては変わらないだろうと、かなり長い間考えています。こう言いますと、労働組合の悪口を言っているようにとられる傾向がありますが、私は労働組合の原点から言うと、一番困っている人たちを助けるのが、労働組合の一番重要な点ではないかと思います。

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法律、制度面から組合を支援する方法もある。

 先程ファールベックの話を紹介しましたが、私は彼と何回か議論する機会がありました。彼が北欧と他国の労働組合、例えばアメリカのビジネスユニオニズム、日本の組合との一番顕著な違いとして強調していたのは、組合リーダーの哲学、あるいはスピリチュアルなスタンスです。これはNGO問題とも関係しますが、基本的に労働組合とはボランタリズムに立脚するものだろうと、そういう精神的な側面が、かつての日本の労働運動とくらべるとかなり変わってきており、アメリカ的なビジネスユニオニズムにかなり近くなってきています。
 イデオロギー脱却。それ自体はもちろんいいわけですが、かつての労働運動が持っていたイデオロギー、そういう精神的な側面というのを改めて考える必要があるのではないでしょうか。
 労働運動では、努力を重ねて運動自身が自主的に新しいニーズに答えて行くのが一番の王道ですが、制度として考えた場合、例えば北欧から学ぶとすれば、社会保障の手続きを組合が独占していると言いますか、つまり、組合に入らないと社会保障の手続きがとれないシステムもあります。こういう制度的なことも考えていく必要があります。同時にこれも非常に大きな問題ですが、組合がなかなか対応できないならば、法律的な制度として対応できる方法として、先ほど佐藤さんがおっしゃいましたように、非組合員を代表して、その人たちのために組合が活動することを法律として要求する。これはアメリカの排他的交渉制度にともなう公正代表義務です。こういう法的な制度もあります。
 そしてもうひとつ、私が独自に提案したいのは、組合員資格の中に正社員だけを資格としている組合あればそれを認めないという、これは側面的な援助方法です。そういう知恵もみんなで工夫して出し合って行く必要があります。


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(文責・事務局)