週刊労働ニュース関連記事:第14回 旧JIL労働政策フォーラム
不良債権処理と雇用
~不良債権処理に伴う雇用再生の課題にどう取り組むか~
(2003年5月28日) 


昨年10月30日の「改革加速のための総合対応策」を受けて、政府の方針として、平成16年度末までに不良債権処理等改革を加速することとされている。この改革は、将来の日本経済のために必要なものではあるが、その過程における雇用面での影響が懸念されている。このため、政府は、雇用面でのセーフティネットとして、雇用再生集中支援事業を創設するなどの対策を講じているところである。

このような状況を踏まえて、今後の不良債権処理が雇用に及ぼす影響を展望するとともに、不良債権処理の影響を受ける企業の再生、企業から離職を余儀なくされた労働者の雇用再生のあり方について討議する。なお、このフォーラムは、厚生労働省が主唱する5月の「雇用再生・創出キャンペーン」に呼応して開催するものである。

日時:
平成15年5月28日(水) 14:00~17:00
場所:
日本労働研究機構JILホール

講師プロフィール

齊藤 誠

一橋大学教授

古賀 茂明

(株)産業再生機構執行役員・企画調整室長

須賀 恭孝

連合経済政策局長

姉崎 猛

厚生労働省職業安定局雇用政策課長

伊藤 実

日本労働研究機構副統括研究員


日本労働研究機構(JIL)は5月28日、「不良債権処理と雇用」をテーマに、第14回旧・JIL労働政策フォーラムを開催した。フォーラムでは、企業全体を更生させるよりも、事業単位で再生させるほうが、産業の再編にもつながるとの意見が大勢を占め、雇用問題では、離職者への迅速な再就職活動の促進が重要であることでも一致した。事業と雇用再生はスピード勝負というのが共通認識として示された。パネリストは、齊藤誠・一橋大学教授、古賀茂明・産業再生機構執行役員、須賀恭孝・連合経済政策局長、姉崎猛・厚生労働省職業安定局雇用政策課長の各氏。コーディネータは伊藤実・JIL副統括研究員。


齊藤氏は、不良債務処理を通じた事業再生のメカニズムと、それに伴う離職者対策のあり方について解説した。不良債権処理には、(1)財務リストラ (2)事業リストラ (3)労務リストラ――の3つのステップがある。

具体的には、財務リストラで、既存の債権者や出資者の間で負債のシェアリングを行うことを前提に、次に採算事業と不採算事業を切り分ける事業リストラを実施。この段階で、撤退する不採算事業からの人材の再配置や整理解雇などの労務リストラが行われる。

負債など損失負担の分担(ロスシェアリング)を明確にしてから、事業リストラに着手することには意味がある。仮に、ロスシェアが不確定であれば、企業内に優良なプロジェクトがあり、ニューマネーの投入で企業が復活した場合でも、既存の債権者が利益を得ることになるからだ。これでは新規の出資は望めない。投資環境を整備するためにも、財務と事業のリストラは一体で進めなければならないと強調する。

また、齊藤氏は、ポイントは企業単位ではなく、事業単位で考えることだと語る。不採算事業を清算し、採算事業を継続することで、新規投資が発生するだけでなく、業界のリーダー企業の買収対象になるからだ。事業再生が、金融市場にさらされることで産業再生にもつながるという。

齊藤氏は、労務リストラの過程で離職者にしわ寄せが集中する実態について、リストラ後の再生の成果を離職者も含め配分する手法を開発する必要があると語った。「労務リストラの対象になった離職者は事業再生に貢献しているのだから、事業再生型の処理では、離職者に再生企業の株式の購入権を与えることや、再生企業への再雇用権を付与することが有効だ」

雇用政策面でも、転職情報の提供や職業訓練の奨励が重要であると指摘。現行の雇用対策は企業単位をベースとしているが、離職者個人への支援強化も求めた。離職者個人に対する手当てとしては、離職者の子弟の奨学金の充実や、住宅ローン返済に対する優遇など、教育費・住宅ローンの負担軽減をあげた。

(図)産業再生機構による企業(事業)再生

事業再生はスピード重視

5月に本格稼動した産業再生機構で執行役員を務める古賀氏も、同機構の目的は、企業ではなく、事業再生のバックアップをすることだと語る。

機構は、過剰な債務を負っている事業者に対し、金融機関などから債権の買い取りなどを通じて、事業の再生支援を行う株式会社(図)。採算事業と不採算事業を見極め、コアビジネスを発掘し、発展性のある再生計画を描くのが任務だ。

計画をつくる際には、企業・銀行間のロスシェアにも介入する。非メーン銀行が撤退を考えている場合は機構が債権を買い取る。最大のポイントは、法的性格を持つ中立的な第三者機関が調整している点だ。実際には、不良債権処理の過程で生じる損失負担で、メーン・非メーン銀行間の調整は難しいのが現状。その調整コストを引き下げるのも役割だ。

非メーン銀行から債権を機構が購入した場合、3年以内に機構は買った債権を処分(売却など)する。期限を決めて、新たな出資者が資金投入できるような計画を立案することがカギとなる。

また、古賀氏は、不採算部門の清算について、ビジネスモデルを変えれば、価格次第で買い手はつくと強調。事業を安く買えれば、競争上優位に立てるためだ。

米国企業では、事業がコアビジネスであるかどうかが重要なため、たとえ利益をあげていても、コアでなければ、事業を売却することがよくあり、昨日までの競争相手に売るケースが多い。競争相手は、技術やノウハウを持っているからからだ。米国では、組合側が買収先(ライバル企業)を逆提案することもあるという。

労使協議で納得性向上を

連合の須賀氏は、不良債権の処理は、必ずリストラを伴うことから、問題は情報を労働組合や労働者代表に説明しているかどうかと語る。リストラを受け入れるか否かを、従業員全員から聴取することも重要だ。

条件交渉は、コスト削減をベースになされるため、全員解雇を回避し、賃金・労働条件引下げ、人員削減、希望退職について交渉することが必要だという。

経営責任を明確にし、納得性を高めることもカギになり、条件面と経営責任が明らかであれば、従業員の協力は得られやすいという。人員削減の対象になれば、再就職のあっせんや金銭による解決の配慮も必要だ。

また、行政の支援では、雇用のミスマッチの解消を要望。「企業が望んでいるのは即戦力に近い人。即戦力になるための訓練を施すことが重要」と語った。

再就職は3カ月が勝負

伊藤氏は、リストラに伴う雇用面の再生・再就職の現状を、バブル崩壊直後に破綻した大手証券会社・Y証券の事例をもとに解説した。Y証券は、そのブランド力の高さから、再就職が容易にすすんだ例だ。破綻直後、Y証券には、セクション単位、チーム単位、部署単位で、設備・建物・人員まるごと欲しいという要望がぞくぞくと寄せられたという。再就職できなかったのは、本社中枢にいた金融専門ではないマネジメント層などだ。

伊藤氏は、早期再就職のポイントもスピードだと語る。時間をかけるとブランド力が減衰するからだ。有利な再就職は、3カ月が勝負だ。「一服させず、働く気分が残っているうちに就職活動に移ることが、早期再就職のこつ」と語る。3カ月を過ぎると、再就職意欲もやる気もうせてしまうからだ。ブランド力の神通力も2?3年程度で消えるという。

求職者への正確な情報提供も必要だ。企業内で高給だった人も、市場価値では半額近くまで低くなることを知らせることも大事だと語る。

危機の早期発見がカギ

姉崎氏は、不良債権処理の加速による、離職者支援のためのスキームとして、厚生労働省が2月から実施している「雇用再生集中支援事業」を紹介した(表)。4月末現在で、全国で、同事業の適用を受けるため「雇用調整方針」を提出した事業主は、55社。離職対象者は約3000人だ。

(表)雇用再生集中支援事業の主な支援サービス内容

雇用調整方針とは、雇用調整対象者(離職、出向、休業など)の人数や実施日、労働組合の同意などを記入したもの。これを都道府県労働局に届け出れば、支援が受けられる仕組みだ。

雇用調整方針対象者には、「雇用調整方針対象者証明書」が交付され、離職者は同証明書をハローワークや産業雇用安定センターに提示すれば再就職のための各種サービスが受けられる。

例えば、離職者支援の「不良債権処理就業支援特別奨励金」では、対象離職者を直接雇い入れた事業主に、1人当たり60万円を助成する。同奨励金は、支援対象者が起業した場合にも受給可能だ。

姉崎氏は、不良債権処理に伴う離職者対策で、早期発見の重要性を強調。迅速に対応するためには、危険な状態にある企業を早い段階で把握する必要があるが、雇用調整方針の提出が、危機的状況にある企業の存在と、離職者が何人出るかを知らせるシグナルとして使えることも示唆した。

そのためには、同事業を周知することが重要で、加えて、申し出があった場合には、迅速に情報が伝わる連絡体制の整備も不可欠と語った。

(週刊労働ニュース 2003/06/02)