議事録:第9回旧・JIL労働政策フォーラム
変わる企業内教育とキャリア形成支援
~「キャリア」を機軸とした企業、個人、労働市場の将来像を探る~
(2002年10月22日) 

目次


講師プロフィール

大木 栄一 (おおき・えいいち)

 JIL副主任研究員。人的資源管理研究グループ職業能力開発担当。1990年日本労働研究機構に入職。人事労務管理専攻。
 

浅井 昌 (あさい・まさし)

 旭硝子総務人事センター人材開発担当。1993年旭硝子に入社。鹿島工場生産管理課、本社硝子建材事業本部企画部プロジェクトチーム等を経て、2001年より現職。
 

西田 治子 (にしだ・はるこ)

 KDDI総務本部人事部社員相談センター担当課長。1968年国際電信電話㈱に入社。人事部保健センター等を経て現職。中級産業カウンセラー。
 

井戸 和男 (いど・かずお)

 天理大学人間学部教授。1992年㈱西武百貨店代表取締役専務を経て、94年から現職。専門分野は企業、経営、中小企業問題、人事労務管理など。
 

村木 太郎 (むらき・たろう)

 生涯職業能力開発促進センター所長。1978年労働省に入省。労政局労政課長、勤労者生活部企画課長などを経て2001年雇用・能力開発機構に出向、現職。
 

八幡 成美 (やはた・しげみ)

 JIL統括研究員。1984年雇用職業総合研究所に入職。主な論文に「成果主義時代の評価とこれからの人事部の役割」(賃金事情2002・1)等。経営工学・労務管理専攻。
 

問題提起(八幡成美JIL統括研究員)

 私どもの職業能力開発という研究部門では、厚生労働省からの委託で、「能力開発基本調査」を昨年実施しました。これは以前「民間教育訓練実態調査」として、厚生労働省が独自に行っていたのですけれども、その一部分を我々に協力してほしいということで、昨年からこのような調査をやっております。昨年の調査結果を踏まえまして、最近の企業内教育の変化と実情、それから特に課題とするような点、その辺に注目して今日は議論をしていきたいと思っております。
 

変わる人材育成のスタイル

 昨今は、産業構造が非常に急速に変化していますし、国際競争も大変激化しています。これは日本に限らないことです。先週、実は私は、韓国の教育職業訓練研究機関で、国際シンポジウムがありまして出席していました。そこにはOECDの方とか、あるいはEUの方を含めいろいろな国々から、教育訓練を担当しているような人たちが来ていました。
 それらの国は知識基盤社会といいますか、特に技術革新が急速に進んでいますし、先進国ではサービス経済化が進んでいる。そのような変化が各国共通していまして、日本は相当厳しい景況の中にあるけれども、一方ではグローバル化が非常に進んできている。そういう中で人材育成についても、以前は会社が丸抱えで面倒見ますというスタイルだったけれども、どうもそうではなくて、もうすこし質的に変わってきて、個人主導に少しずつシフトしつつあるというように、我々は実感として持っています。その辺を、では、どういう形で今までの日本の企業内教育のよいところを残して、さらに前に進んでいくかということだと思うのです。何もすべて捨て去るという話ではないと思います。では、今までのよかったところというのは何か、これから追加的にもっとよくしていくにはどうすればよいのか。「企業は人なり」と盛んに言われるわけですが、そういう原点に立ち返って少し考えてみたらどうかと思っています。
 

人材育成とキャリア形成支援の方向を探る

今回は3つの論点を立てています。1つは、人材育成面での企業の対応の現状はどうなのかということです。
 第2点は、企業内でのキャリア形成についてです。キャリア形成支援というと、外に出ていって活躍することかと思ってしまいますが、そうではなくて、CDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)という、これは昭和40年代ぐらいに盛んに言われていたことです。そういうことがだんだん忘れられてしまって、どうもその場、その場になってしまっているという気がしています。そういうものを個人主導で、どういう形で進めていったらいいのか、どう支援していったらいいのか、そのようなことを少し考えてみたいと思います。
 第3番目に、キャリア形成支援というものを労働政策の面からどのような形で展開していったらよいのか、幾つか、第7次の基本計画(第7次職業能力開発基本計画、http://www.mhlw.go.jp/topics/0106/tp0606-1.html新しいウィンドウ )の中で提示されていますが、具体的にどう展開していったらよいのか、そのようなことを今日は考えてみようと思っております。
 基調報告を大木研究員からまずしていただいて、それをもとにパネリストの方からコメントをいただくという形で進めたいと思っています。それでは私からの問題提起はその辺にしまして、早速大木研究員からの基調報告をお願いしたいと思います。
 

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基調報告(大木栄一JIL副主任研究員)

 
  私の話す報告は、この後のパネリストの皆さん方につながるような問題提起に近いような形でお話したいと思います。皆様方のお手元にレジュメ(PDF:8KB)と図表を用意させていただいておりますので、それをまずご覧いただきたいと思います。
 

1.はじめに:教育訓練投資の推移

 まず、はじめにということで、教育訓練投資の費用はマクロ的に長期トレンドの動向です。最近、教育訓練費が非常に削減されてきているという話もありますし、費用が少なくなってきた中で、どうやって教育訓練をしなければいけないのかという話が多分あちこちで聞かれると思うので、1975年から1999年までの長期的な教育訓練費のトレンドがどういうふうになっているのかを簡単にまず始めに見てみようと思います。
 図表1は、1人当たりの労働費用の総額に占める教育訓練費用の割合の推移の表になっています。これは旧労働省の政策調査部の「賃金労働時間制度等総合調査報告」から時系列でとりました。ただし、この場合の教育訓練費とは、労働者の教育訓練施設に関する費用、指導員に対する手当、謝礼、委託訓練に関する費用などの合計額をいうと定義されておりますので、実際教育にかかわっている人件費などは入っておりません。しかし、教育費に関する時系列で見られるデータは、多分このデータしかないと思いますので、このデータをごらんいただいてからご説明させていただきたいと思います。
 一番のポイントは、85年と88年、バブル経済のころは、どうしても教育訓練の投資額が非常に高かった。これはバブルのときであったということで、当然といえば当然なことです。
 これが90年代に入って、91年と95年との差が、かなり下がってきています。95年から99年にかけて若干上がりましたが、それでも70年代ぐらいの水準にまで大きく下がってきています。実際の費用の中身を見ると、労働者の教育訓練に関するような費用についても、企業が再構築を図っていることがかなり今影響していると思います。教育訓練投資の割合は、70年代から少しずつ上がってきたのが、バブルのときにぐっとかなり上がって、バブル経済崩壊とともに今70年代ぐらいの水準にまで下がってきているのが、マクロ的なトレンドでわかります。多分、今後も、バブルのときのように多額の教育訓練に費用をかけられない状況にある中で、教育訓練投資に関して企業としては、どういうふうに教育をしていくのかが、今後、企業の中の教育訓練政策の中で重要なポイントになってくるのではないかと考えられます。
 

2.教育訓練政策

 次に、企業は今後教育訓練の政策をどうしたいと考えているのかについてです。ここでは、先ほどご紹介がありました、当労働研究機構として厚生労働省から受託しました「能力開発基本調査」の中で、教育訓練政策について4つの点を聞いております。まず教育訓練方針について、次にだれが教育訓練の主体を担うのかという点、また教育訓練実施の方法、それから能力開発の主体は企業か個人かという教育訓練政策についてで、それぞれに対し企業は今後どのような教育訓練の政策の方針を持っているのかを問うています。
 

(1)教育訓練方針
選抜教育」vs.「底上げ教育」


 図表2は、「今後の教育訓練方針」という表です。昨今、よく選抜教育という言葉が教育訓練の雑誌等をにぎわせていますが、この選抜教育と社員全体の底上げ教育のどちらを重視するのかを聞きました。日本の企業は今まで社員全体の底上げ教育をかなり重視してきたと思われます。従業員全員を平等に教育していくことを、教育訓練政策の柱にしてきているのですが、それと対照的な選抜教育とは、教育訓練投資の価値がある社員をピックアップして、そういう層に重点的に教育をしていくというものです。これは将来の現場のマネジャーとか、経営幹部候補生を育成するためには、教育投資の価値のある人間を選んで、その人材に対して積極的に投資をしていけばよいという発想だと思われます。
 実際、図表2でどのようになっているのかといいますと、ここでは今後の教育訓練の方針について聞いています。「選抜教育を重視する」、「選抜教育を重視するに近い」、「社員全体の底上げをする教育を重視するに近い」、「社員全体の底上げをする教育を重視する」という4つの選択肢から、いずれかに丸をつけてもらっています。全体のパーセントで見ますと、6割強の企業が全体的な底上げ教育を今後も考えており、そのような政策を考えています。隣の教育方針指標というのは、(表中)注1に書いてありますように「選抜教育を重視する」を4点、「選抜教育を重視するに近い」を3点という形で指標化して得点を出しています。ここでは「今後」についての解答を表に示しましたが、アンケートでは同じ質問で「これまで」についても聞いています。「これまで」についても指標を出して、計算をして、「今後」から「これまで」の数値を差し引いたものが、右端の「今後?これまで」という指標です。その値がマイナス9.5になりますから、全体像としては今後も底上げ教育を重視すると考えている企業が多いわけです。
 ただし注目する点は、この中の従業員規模別のうち、まず300人以上のところを見ていただきますと、300人以上の企業の教育方針で、教育方針変化指標の中の「今後」から「これまで」を引いた数値は、マイナスではなくてプラスになっているということです。 
 さらに300人以上の153社についてもう少しばらけてみたのが、その括弧の下のものです。これを見ますと、300人以上、特に1,000人以上の大企業になると選抜教育を重視したいという企業の割合はかなり増えてきます。したがって大企業、1,000人以上の企業ともなると、やはり従業員が多いですから、底上げというよりは今後は多い従業員の中から選んで教育をしていこうという方針を考えている企業が多いということで、全体の状況と大企業の状況では若干違ってきています。今回お話しする教育訓練政策についても、全体の方向と1,000人以上の大企業では、同じトレンドの場合もあれば、異なっているトレンドもあるということで、その辺が教育訓練政策の中ではおもしろい点だと思われます。
 

(2)誰が教育訓練の主体を担うのか
本社主導から事業部・事業所主導型へ


 同じように、図表3は、だれが教育訓練の主体を担っていくのかという表で、本社の主導型なのか、あるいは事業部事業所(=ライン部門)主導かを問うています。これだけ環境変化が激しいですから、仕事も相当変化していく中で、ビジネスチャンスも現場にあるので、本社が教育をするよりも、事業所事業部など現場に近いところで教育していったほうが、より教育訓練の効果があるのではないかということで、この設問を設けています。この図表3は、先ほど図表2で説明したような見方で見ていただければよいと思います。それから能力開発基本調査の結果については、JILのホームページに全文公開されていますので、もし興味ある方は、ホームページのほうでご覧いただければ幸いです。(/jil/seika/noukai/noukai.htm)この表を見ますと、やはり本社主導の教育から事業所主導への教育に移ってきています。全体のトレンドがそういうふうな形で見られるのではないかと思います。300人以上の企業を見ますと、そういう傾向がかなり顕著に見られるように思われます。本社主導の教育というのは、多分階層別研修が主体だったと思うのですが、それが事業部事業所主体へ移ってきたということは、言いかえてみると、企業は実際の仕事に直接関連する職能別研修という研修のほうに重点を移してきているのではないかと思われます。実際、大企業中心にヒアリングなどをしてみますと、最近は階層別研修を相当リニューアルしていこうという動きが見られます。
 

(3)教育訓練の実施方法
「外部委託」vs.「企業内教育」


 次に、図表4は、教育訓練の実施方法として、教育訓練の外部委託・アウトソーシングを進めていこうということなのか、あるいはあくまでも教育訓練は社内で実施していこうとするのかを問うています。教育部門のアウトソーシング化を含めて、教育部門であっても、人事部門であっても、いずれにしても企業の中での効率化を要求されている時代です。そういう状況を企業としてはどういうふうに考えているかということですが、社内重視型と外部重視型とはほぼ1対1で、今後もこれまでとほぼ変わらないというのが、全体のトレンドです。しかし、先ほどと同じように、300人以上の企業、特に1,000人以上の企業になりますと、積極的に外部委託を進めていこうとする動きが見られます。これは、大企業ほど積極的に社内の人事部門、教育部門を分社化していこうという動きと合致する動きではないかと思います。300人以上、1,000人以上くらいの企業になると、そのような教育訓練の外部委託・アウトソーシングを進めていこうという方針を持っている企業が多いことがわかります。
 

(4)能力開発の主体は企業か個人か
「企業まるがかえ」から「個人の責任」へ


 次の図表5は、能力開発の責任主体が個人か企業かというものです。今までの日本企業の基本は、やはり企業が能力開発の責任主体で、企業が従業員の能力開発を担っていくことを念頭に置いていました。(先ほど八幡統括から)個人主導というお話がありましたが、企業としては従業員個人を一生面倒を見、丸抱えでいくのは非常に難しい時代だと考えています。そういう状況でどのような教育訓練の政策を考えているかといいますと、全体像では、従業員個人のほうに責任が増えていくような全体のトレンドが見られます。ただこのトレンドは、全体としてみると弱く、言われているほど個人主導への動きが急ではないというのが、全体のトレンドとしてわかります。ただし、これも規模別の300人以上の企業になりますと、やはり教育訓練の責任は従業員個人が持ってほしいという意思がだんだん強くなっています。大企業ほど、社内教育には手厚く、企業が丸抱えで教育をしてきたということがあると思います。中小企業は今までも教育に関しては、企業よりも個人が担ってきている割合が、大企業に比べて多かったこともあると思います。大企業ほど、能力開発の責任主体を個人に持ってほしいという訓練政策の方針がうかがえるということです。教育訓練政策自身の政策のトレンドとしては、300人以上の中堅企業を含めて、特に1,000人以上の大企業で政策の方向が、全体と若干異なっていますが、政策を少しずつ転換していくという動きが見られるのではないかと思われます。それが教育訓練政策のトレンドの方向として見られます。
 

3.キャリア形成支援

 

(1)個人のキャリア形成を考えるための視点
求められる能力とキャリアの組み立て


 3番目にキャリア形成支援のお話をさせていただきたいと思います。私が個人のキャリア形成を考える視点として思っているのは、1つは、これだけ世の中が不透明な時代ですので、会社は従業員に何の能力を求めているのか、つまり会社はどういう方向にあるのかをきちんと従業員に明確に伝える必要があります。会社がどちらの方向に動いているのかはっきりわからないと、働く人からすれば非常に不安ですし、会社が進むべき方向をきちんと明らかにし、それが従業員に伝わっていれば、従業員はそれを見て能力開発をすることはできるのですが、実際にはそういうことがうまく伝えられていない。逆に言えばそういうメッセージをきちんと伝達できていないことが、キャリア形成支援が必要だという考えの根底にあるのではないかと考えております。
 結局、これはレジュメにも書いてありますが、会社が従業員に何の能力を求め、何をしてほしいのか、また従業員は何の能力を持っていて会社に対して何ができるのかを、お互いきちんとメッセージを出して明らかにして、それを正確に把握することによって社内の中での最適なキャリアの組み立てをつくることが重要になってきています。そのためにキャリア形成支援が重要です。繰り返しますけれども、キャリア形成支援を考えるときに第1に、まず企業の中において企業が従業員に何の能力を求めているのか、従業員は何の能力を持っているのかを明確に伝えていく仕組みづくりが重要であると思われます。
 

(2)「知る」仕組みと「知らせる」仕組みの整備
能力開発目標の明確化


 レジュメの3-(2)番で、「知る」仕組みと「知らせる」仕組みの整備と書きましたけれども、「知る」というのは従業員の能力を知るということと、会社が従業員にどんな能力が必要なのかを「知らせる」仕組みをきちんと整備していく必要があります。これを整備することがキャリア形成支援の、重要な第一歩だと思います。それを三つにブレイクダウンしました。企業はこれからの経営戦略の方法を考えていったときに、競争力の基盤となる能力は何であるのか、つまり自社の強みは何であるのか、選択と集中という話もありますが、結局、会社の競争力の基盤となるのは人材ですから、人材の何の能力が競争力の基盤となるのかを、きちんと分析して、それを明確にすることが必要です。これが明確になれば、それは能力開発目標の明確化に落ちついていくわけです。この能力開発目標がきちんとできれば、現在の社内の人材の能力がどの程度であるかということを知ることができるわけです。個人の能力開発にとっては、企業は何の能力を求めているのかということと、その会社の目標から見て、個人がどれほどの能力の状況にあるかを企業が個人に「知らせる」ということと、個人がそれを「知る」ということが重要であり、企業がどうしたいのかをきちんと従業員に伝えていくことが一番のキャリア形成支援だと考えております。
 

求められる能力は何かをいかにして伝えるか

 具体的に、図表6を開いていただきますと、これは三和総研の調査で、最近の能力開発計画のもとになった調査でもあるのですが、企業は従業員に求める能力を伝えるときにどんな方法を使っているのかということが、上のほうに書かれています。企業が従業員に求める能力の伝達方法として、「全社の教育訓練計画を通して」とか、「部門別の教育訓練計画を通して」とか、「人事評価制度の運用を通して」と、このような方法を使って、実際に従業員に求める能力を伝えているというのが現状です。
 下のほうは、従業員に対してどのような方法で企業が従業員に求めている能力を伝えているのかを、従業員側から聞いたものです。ここでは、「人事評価制度の運用を通して」と、「個人別の目標管理・能力開発シートで」の割合が高くなっています。企業のほうは「教育訓練計画を通して」伝えているというふうに言っているのですけれど、従業員は会社ほどその割合が高くないというのがギャップがあって、おもしろい結果だと思います。
 

会社のメッセンジャーは上司の役割か

 同じことが、図表7に見られます。企業がいろいろなメッセージを従業員に伝えるうえにおいて、上司の役割、人事部の役割、社外の専門家の役割等、どの役割が重要かということを見ますと、上司の役割が、企業にも従業員にも非常に高い数字で出ています。したがって、このような先行き不透明な厳しい時代の中で、上司の役割というのがますます重要になってきています。会社のメッセージをきちんとうまく部下にわかるような形で伝えるのは、やはり上司の役割であると思います。社外の専門家の役割というのは、案外ここでは低いですが、この社外の専門家の役割は、これからかなり重要になってくるのではないかというのが私の個人的な考えです。それはなぜかと言いますと、今の上司は、部下の面倒を見るだけでなくて、自分としてもプレーヤーとして仕事をしなければいけないので、かなり上司としても忙しい。それから人事部門としても従業員を自分の会社のなかからだけではなく、会社の外側から個人をトータルとして見てほしいとなったときに、社外の専門家の助け、役割が、これから増していくのではないかと思います。これは私の個人的な感想です。そのような社外の専門家の力もこれから非常に重要になってくると思われます。
 

(3)「従業員のキャリア開発」を支援する仕組み

 レジュメの3-(3)番は、企業が行う「従業員のキャリア開発」を支援する仕組みはどうかということです。従業員のキャリア開発をする仕組みは、今までも自己啓発支援など、いろいろなものが用意されてきています。その中でも、図表8に書いてありますように、キャリア・コンサルティングのような仕組み、キャリアを相談して支援していくような仕組みをどのようにつくっていくのかがこれからかなり重要になってくるのではないかと思われます。
 

キャリア・コンサルティングの担い手はだれなのか

 図表8は、キャリア・コンサルティングの現在の担い手として、企業と従業員はどういうふうに考えているのかという表です。企業は上司をキャリア・コンサルティングの担い手として考えています。個人のキャリアは、自分の働いている企業の中でどうするのかというのがまず第一ですから、企業では「上司」が非常に高い数字で出てきています。これは当然だと思われます。それから人事部門というふうになっています。これに対して、従業員は企業よりも「上司」の割合が高くなくて、「先輩」とか「同僚」、特に「同僚」の割合が際立って高い。会社側と従業員側で、キャリア・コンサルティングの現在の担い手の捉え方が違うところがおもしろいと思います。
 
 

4.おわりに:これからの能力開発の課題

 最後に、企業側の能力開発の課題、また社会全体としての能力開発の課題についてです。まず企業側の課題としては、教育訓練投資に割けるお金がかなり厳しい状況にありますので、どういう層にどれだけ教育投資をしていくのかというのが一つあるとともに、市場の変化に合わせて、柔軟かつ俊敏に能力開発をしていくことが、企業にとっては、生き残りをかけるために一番重要な点だと思います。つまり、ただ教育すればいいというのではなくて、どういう人にどの程度どのような分野の教育をしていくのかを、柔軟に考えていく体制づくりが企業では必要ではないかと、私は考えております。
 ここには労働市場のインフラ整備ということで挙げていますが、社会全体としては取り組む課題が山ほどあると思いますのでこれは後のパネルにもつながるような形で提起させていただきます。労働市場全体のインフラ整備のようなことを、どうこれから社会全体で進めていくかというのは、大きな課題の一つとして、残されているのではないかと考えております。
 
【八幡】 続きまして「旭硝子の人材開発における現状と課題」ということで、浅井さんからご報告いただきたいと思います。旭硝子は人事制度とマッチングさせながら、能力開発に力を入れていることで有名な会社です。今日は最近の変化にポイントを置いてお話をいただきます。
 

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旭硝子の人材開発における現状と課題(旭硝子人材開発グループ・浅井昌)

 それでは「旭硝子の人材開発における現状と課題」ということで、お話を進めていきたいと思います。まず、会社の概要、そして経営状況、会社全体で今起こっている状況と経営課題などについてお話しします。そして人材育成の施策について、「経営課題にまつわって、人材をどういうふうに育成していけばいいのか」、最後に今後の課題ということで、今我々が悩んでいる部分についてお話をします。
 

1.会社概要・経営状況

 

会社概要

 まず会社概要と経営状況についてですが、旭硝子は1907年(明治40年)に日本で初めてガラスの工業製品化に成功して、創立されました。(現在の会社の)設立は1950年(昭和25年)です。
 事業全体の構成としましては、ガラス事業、電子・ディスプレイ事業、そして化学事業の大きく分けて3つ、それプラス「その他の事業」があります。2002年3月の実績は、売り上げが連結で1兆2,600億円、営業利益が590億円です。
 

グローバル事業展開

 旭硝子では早くから海外へのグローバルな展開をしておりまして、まず1950年代に、インドにガラス工場を設立し、アジア、ヨーロッパ、アメリカに、M&A(企業の合併・買収)とか、工場を設立していったりしまして、現在では世界22カ国、70拠点に連結子会社が約200社超という企業体に変容してきています。売り上げや人員を見ていただければわかると思いますが、売り上げこそ国内の単体で一生懸命頑張っているのですが、世界でどういうふうに戦っていくかというのが1つの課題になっています。
 

経営課題

 こういった状況のなかで、バブル経済崩壊以降抱えている経営課題というのが明らかになってきました。デフレ経済になっていますが、まず1点目に「国内市場の飽和」が挙げられます。それから「商品の国際化」です。ガラスという商品、それから化学も含めて、かなり商品が国際化してきています。そして、「つくれば売れる、売れればもうかる時代の終えん」という流れで状況が変化してきております。このため経営転換をしていかなければならないということで、連結経営、グローバル経営、それから成長分野への新規事業創出ということが、経営課題になってきております。
 

Shrink to Grow

 こうした経営課題について、現在の石津社長になってから「Shrink to Grow」というスローガンのもとに、いろいろな施策を進めております。まず、「事業の選択と集中」ということで、競争力のない事業からは撤退し、生産設備の閉鎖も含む大胆な手段も検討・実施していく。その一方で市場の成長性が高く、収益向上が期待できるコア事業の強化、高収益が期待できる新規事業分野への絶え間ない参入を進めていく。つまり、経営の転換を図るため、低収益のコモディティー事業の抜本的構造改革であるShrink策と、成長分野を中心に新規事業を創出していくGrow策とを同時並行で進めることが重要になったわけです。そして、このように企業で事業の変化が起こってくると、従来の価値観にとらわれていてはなかなか変革ができないので、企業変革を推進していくことができる「変革型人材」を早急に育成することが、人材開発部門に求められてきました。
 

2.人材育成の施策

 

人材開発体系再構築の考え方

 それでは過去4年間を振り返ってみて、我々は人材育成の部分で何をしてきたのか。 まず、経営会議に提言してオーソライズを得ました。どういったことのオーソライズを得たのかというと、「人材開発は将来の企業の価値を生み出す原点」ということを経営課題とし、今までは「人事の仕事」であった人材開発を今後は「経営の仕事」と位置付けました。このことを社長にコミットメントして、ゴーサインが出されました。
 その中では人材開発体系の再構築が必要だとして、(1)新しい事業構造への転換のために社員の能力も新しいスタイルへ、(2)しかも、能力変換のスピードが非常に重要、といったことをあげました。事業体や会社の組織自体も変わってきていますので、そういったものに合わせてスピードアップを図っていかなくてはいけないということです。
それから「現社員の能力転換が基本」ということで、まず社員から能力転換をしていく、必要に応じて中途採用する。もう1点は会社が効率的、効果的に牽引してスピードアップをしていくということです。こういった中から、重要性・緊急性の高い人材開発領域に育成策を集中する「選択と集中」という方針が出てきたわけです。
 

人材開発における「選択と集中」

 人材開発における「選択と集中」についてですが、人材育成の重点分野を5つの項目(経営力強化、技術力強化、営業力強化、国際化力強化、人・組織の活性化)に絞っております。この重要性、緊急性の高い5項目の中で、最も変革すべきところが経営層に当たる部分(経営力強化)です。なぜかといいますと、変革を推進する事業経営者がキーになってくるので、右肩上がり時代の管理型マネジメントから、変革型のマネジメントに変えていかなくてはいけないと考えたからです。
 

教育研修のくくり方の改訂

 先ほどの大木さんの話にもありましたように、教育の研修のくくり方という部分でも大きく変わってきております。改訂前は階層別に教育して、それから目的別に教育していました。一部選抜教育や自己啓発支援という形もありました。
 改訂後は、選抜研修である「戦略的人材育成」というものを設けました。それから「役割機能強化」ということで、これは必要な人が必要なときに受けるものです。例えば、部下のいる人といない人とでは、必要となる能力は違ってきます。しかし、それまでの階層別教育だと、部下の有無にかかわらず、昇格したらみな同じ教育を受けることになる。そういったことを変えていこうというものです。それから社員全体に対しては、「自立型のキャリア支援」ということで、「基盤形成」と「自己開発支援」の2つを設けております。
 以上、目的、機能の観点で、「階層別に一律ボトムアップの教育」から、大きく「選抜教育と選択教育」に変わったというのがポイントであります。
 今までの階層型研修では、一般の社員からマネジャーの3番、2番、1番、マネジャーのBクラス、Aクラスというそれぞれの役職に昇格するたびに、幹部経営研修や社外経営研修、経営シミュレーション研修といったものを実施していました。また、一般社員や係長クラスの人たちに対しては、管理会計講座や問題解決講座などを行い、それ以外は部門内教育や個人の自己啓発に任せていました。
 それを階層にとらわれず、「役割・機能」という目的に応じた研修制度体系へと再編し、戦略的人材育成(選抜教育)、役割機能強化、基盤教育、自己開発支援というようにくくり、(人材育成の領域を)先ほど挙げた5つの重点分野に絞り込みました。
選抜教育でいえば、経営カレッジや高等技術講座、高等営業講座、ラインリーダー養成講座、国内連結会社のビジネスリーダー養成研修などで、将来の経営を担っていく人材を選抜して研修していくようにしました。それ以外にも、以前からあったMBA派遣や海外スペシャリスト育成派遣などがあり、例えばロースクールに行っている人もいます。
 役割機能強化、必要なときに必要な人に行う研修では、財務戦略や営業戦略、人事考課研修などの講座が挙がっています。基盤形成教育では入社5年目を対象としたキャリアレビュー研修、それからキャリアデザイン研修といったものを行っています。自己開発支援では、通信教育とビデオライブラリーしかなかったものを大幅に拡充しました。
 

階層(グレード)との関係

 ただ、「階層にとらわれず」とさんざん言ってきましたが、一方で、若干まだ過渡期ということもありますので、一般社員と役職者の2つに、おおまかに分けております。「基盤形成」は社員全員に必須なもので、この中で早期に人材を発掘していきます。そして、早期に将来の経営を担う人材を発掘したら、「戦略的人材育成教育」のほうに移行していく流れになっています。自己開発支援制度では、社員全員が常にタイムリーに必要な知識を吸収できるよう、役職者も一般社員も関係なく対象にしております。
 

キャリア研修の概要

 まず入社から10年目ぐらいまでの間に、「キャリアデザイン研修」や「キャリアレビュー研修」というようなものを入れております。新入社員でわけもわからず、「とりあえず大企業へ」という形で入社してきて、仕事を通していろいろな悩みに直面するのが、ちょうど5年目ぐらいです。「私は一体何をやればいいのか」とか、「今後どういうふうに自分のキャリアを形成していけばいいのか」といった悩みが出てくるのがこの頃ではないでしょうか。「今後どういうふうに生きていこうか」とか、「会社と個人の関係はどうあるべきなのか」と悩み出すのもこの辺です。アンケートをとってみても、この辺の世代の人間はいろいろ悩んでいます。
 このタイミングで「キャリアデザイン研修」をやりまして、要は5年先の自分の姿を描いていただきます。そして、自分の取り巻く環境や世の中の変化、会社の方針や状況を知っていただく。さらに、働く動機、思考行動の個性、自分の資産、知識、スキルを知ることで、それまでの5年間に集めてきた資産の棚卸しをしていただくわけです。また、10年目の社員も対象にこういった研修を行いまして、「確保したい状態・立場の明確化」、つまり5年後の自分に対するビジョンを明確化していただきます。それが今の仕事の延長線上にない方もいらっしゃいますが、そういったことも含めて、自分がこれからなりたい像のようなものを明確化し、「自分の目指す領域はどこにあるのか」、「どこに強みを発揮して、どの仕事の分野で活躍すればいいのか」ということを考えていただきます。
 そして、「自分が強化すべき能力・経験」と「実行計画」、「長期の行動目標」を設定し、上長に自己開発計画策として伝えます。上長はそれに従ってエンパワーメント(承認)していく。接する機会は、やはり上長が一番多いので、上長のほうでエンパワーメントしながら進めていく流れになっています。
 

自己開発支援プログラム

 個人のキャリア形成をバックアップしていく施策としては、今年10月からスタートした自己開発支援プログラムが挙げられます。会社が約600超のコースを提示して、年間上限12万円で、受講費の50%を負担します。この中には、社内実施研修も7講座ありますし、外部スクール通学などもあります。最近では、時間や場所の都合がつかない人のためにeラーニングもとりいれていますし、今までの通信教育を拡充したものも行っています。必要な人が必要なときに自由に選択できるものを網羅しておりますし、これ以外でも、例えば「私はこういう英会話教室に行っています」という話を人材開発担当のほうにいただければ、それを了承した段階で受講費の50%負担が受けられるというように自己開発支援プログラムを拡充しております。
 

自立型社員の育成施策

 自立型社員の育成施策では、まず「キャリアデザイン研修」と「7つの習慣」、それから「キャリアレビュー研修」といった「自立化の教育」があります。それから、「自己開発支援プログラム」で、キャリアを形成していただきます。しかし、こうした研修の仕組みがあっても、制度が追いついていないと問題です。例えば「私は営業をやりたいのに、ずっと経理の仕事をしている」ということになってしまう。そういった人たちのための人事制度として、人材公募制度や希望職種登録制度、スペシャリスト制度などを設けております。
人材公募制度や希望職種登録制度で実際に動く人数は年間20?30人ぐらいです。時によって、社内のイントラネットに公募の状況が載っていますので、それを見てやってみたいと思う人がやってみる。希望職種登録制度というのは、自分がやりたい仕事の上長に手紙を書くというイメージをしていただければよいと思います。ここでは直属の上長や本部長にも拒否権がなく、隠密に進んで、例えばある日突然「浅井君はどこそこに行きました」という話も実際、会社の中で起こっているのが現状です。
 

戦略的人材育成の仕組みの全体構造

 選抜教育について少しお話をしておきたいと思います。選抜教育については、平成7年に高等技術講座、平成8年に高等営業講座、それから平成11年に旭硝子経営カレッジができております。MBAなどは平成元年ぐらいからやっています。
 旭硝子経営カレッジの目標は「経営力強化」です。そして「技術力強化」を高等技術講座、「営業力強化」を高等営業講座で行う。あとはビジネスリーダー養成講座で、関係会社のプロパー社員から優秀な人材を育成していく。
こうした講座ごとに講座長を置いておりまして、それぞれ社長や副社長、常務役員が責任を持って進めていく仕組みになっております。
 高等技術講座のねらいは、新商品、新事業のプロジェクト・マネジャーの育成です。1年間で約30日間、月3日のペースで行い、かなりのボリュームの本を読んでいただきます。ミカン箱1箱ぐらいの本がドサッと届いて、それについて勉強していくという形です。私も講座のコーディネーターをしているのですが、こちらも勉強しなければならないので非常に大変です。
 高等営業講座も同じように約30日間、月3日くらいのペースで、ビジネスパーソンとしての基礎を学んでいただく内容になっております。
 高等技術講座や高等営業講座によって、事業変革レベルの人材は育成できたとします。では「コーポレート、経営変革レベルの人材育成はどうするのか」というわけで、旭硝子経営カレッジを創設しました。旭硝子経営カレッジでは、講座長である社長が24?25名の人材を各事業部やスタッフ部門から、国内の関係会社を含めて人選いたします。10カ月で延べ30日ぐらい、「オペレーションマネジメント力から戦略マネジメント力への脱皮」という形で、まずマインドセットを行って、それからいろいろなことをやっていきます。実際、1回目の経営カレッジの参加者24名中20名ぐらいが計画的育成配置ということで、実践の場で経営のらつ腕を振るっていただき、関係会社で社長をしたり、新規事業のプロジェクトリーダーをしたりしています。
 なお、経営カレッジでは、候補者200名ぐらいを我々がピックアップして、社長自身が最終的に人選して講義し、提案の実行を意思決定していきます。
 

3.今後の課題

 今後の課題もまだまだたくさんあります。まずは人材の早期発掘手法と計画的育成手法の確立です。現在、第1期生がやっとキャリアレビュー研修のほうまで上がってくる状況ですので、これからが本番になってくるのかと思います。そういったことも踏まえまして、これからは発掘の手法や計画的な育成手法をもう1回レビューするということで、社内で検討しているところです。
 最初のほうでグローバル化が進展しているというお話しをしましたが、ヨーロッパ、アメリカ、そしてアジアの3極で推進、統合をしていくため、「グローバル及びグループ全体の視点でビジネスリーダーを計画的に発掘、育成し、最適な配置活用を進める総合システムをつくる」という大きな課題も出てきております。具体的にいいますと、日本では高等営業講座、高等技術講座、ビジネスリーダー養成講座、旭硝子経営カレッジという選抜教育ができていますが、アジア、欧州、北米という各地域の会社ごとにある育成システムを1つに統合して、整合感向上と効率化を図るということです。
 実際には経営のほうが先に動いておりまして、例えば板ガラスカンパニーというところは、カンパニー本部自体がベルギーのブラッセルのほうに移っていて、社長もベルギー人になっております。自動車ガラスのカンパニーでは、アメリカで社長をしていた人が、今日本のカンパニー長をしているというふうに、ドラスティックに大きく変化しています。こういうグローバルのレベルで、一体経営に向けて人材を育成していかなければいけない段階になってきております。その1つのはしりとして、アジア版経営カレッジを2002年に立ち上げるところまできています。北米や欧州でも2002年から始めていければと考えております。
 実は私、人材開発グループに来て1年足らずなのですが、上長から「君の人材開発が最初だ」というわけで、今日の場を与えられたわけです。これも育成計画にのっとっているのだと思いますが、我々としましては、「新しい時代環境と社会の変化を踏まえて、事業価値増大と事業変革を推進する人材を、採用と発掘・育成を通じて確保する」という人材開発グループミッションに従って仕事をしているところです。
 
【八幡】 非常に貴重なお話をどうもありがとうございました。続きまして、社内でカウンセリングの仕事をなさっていて、個人のキャリア形成に関する悩みなどを聞く機会があるKDDIの西田さんから、外部の情報も含めてお話をお願いしたいと思います。
 

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コメント(KDDI総務本部人事部社員相談センター担当課長・西田治子)


 

1.相談の傾向

 私はKDDI人事部の社員相談センターで産業カウンセラーをしております。「人事部に所属している」といいますと、人事部と横の関係があるのかと思われるかもしれません。それから社員相談センターといっても、今リストラが大はやりですので、会社によってはキャリア推進室、社員相談室といいながら転職の支援をするところがあるかもわかりません。しかし、当社の場合、社員相談センターは人事部ときれいに分かれておりまして、守秘義務がある部署です。そういう感じでお話を聞いていただければと思います。
 「企業側から教育をしていく」という旭硝子のお話を非常にすばらしいなと思って聞いておりました。これからのお話は企業内の社員相談センターですので、企業と全く関係がないわけではありませんが、こてこてに個人の話になります。
私はキャリアに関する相談を非常に多く受けております。昨年度の相談件数は1年間で600件でした。相談室に7年半おりますが、1年間の相談件数としては非常に少ないです。普通は1年間に800件から1,000件くらいの相談があります。
 600件のうち6割がキャリアに関する相談でした。内訳を申し上げますと、全体の1割、60件くらいがキャリア・カウンセリングです。キャリアにカウンセリングという言葉をつけた場合には、カウンセリングの意味が非常に強いというふうに聞いてください。キャリア・カウンセリング、キャリア・コンサルタントなどいろいろな言葉が巷に流れています。どれがどれだかわからないかもしれませんが、キャリア・カウンセリングというと、かなりカウンセリングのカラーが強い。そういう相談が60件ぐらいです。そして、全体の5割、300件くらいがキャリア・コンサルティング、いわゆる情報提供といったものになっています。
 

2.キャリア形成の「ゼロ地点」に立つために

 

(1)キャリア・カウンセリングとキャリア・コンサルティングの違いに注意

 私が相談業務をしていまして、キャリア形成の出発点をゼロとしますと、ゼロ以前の時点で非常に問題だと思っていることが3つあります。
 1つは、キャリアに関する相談について、合併後は特に若い社員が多くなったのですが、若い社員から電話がかかってきて「キャリア・カウンセリングをお願いします」といわれます。「わあ、すごいな。若い人にはこういう言葉が一般的になっているんだ」と思い、「はい、いいですよ」と受けるわけですが、キャリア・カウンセリングだと思って受けていると、それがキャリア・カウンセリングではない。ただのカウンセリングだという場合が非常に多いのです。
 キャリア・カウンセリングということで「今やっている仕事が合わない」とか「今の部署を変わりたい」、「自分はこういうことが好きだから転職したい」という相談を受けるわけです。そういう相談は非常に多い。ほんとうに適性の問題があったり、自分のしたい仕事があったりするのだったらよいのです。私は人事部の人間ではありませんので、まずその個をちゃんと見ます。その個がほんとうに今の仕事に合わないのであれば、仕事が変わるのもよいのかなということで、きちんと相談に乗ろうと思っています。
 しかし、例えば、上司から「あなたは仕事ができないね」と言われ、それが非常に胸に残っていて、「この上司はいやだ」、「この部署にいるのはいやだ」というようになり、キャリア形成の相談になっていく例が非常に多い。問題の根っこがどこにあるのか。その根っこが「人間関係や職場環境という問題から回避したい」ということであれば、それは絶対にキャリア形成のほうに結びつけてはいけません。
 このときに、非常に大切になるのが、カウンセリングの能力、カウンセリングのスキルです。その能力がないと、どんどんキャリア・コンサルタントになっていきます。「仕事が合わない」、「転職したい」という言葉そのものだけを受けてしまうと、「今の仕事が合わないんですね」ということで、「では、どういう仕事が好きですか」、「こういうところがあるから行きますか」、「こういう会社に行きたいんだったら、こうすればいいですよ」というような、情報提供になっていくわけです。
 カウンセリング能力とか、スキルがとても大切だと言ったのは、ここがコンサルタントになるのか、カウンセリングになるのかという分かれ目になるからです。そこを見極めないと危険なことになる。キャリア形成と言いながらも、実際はそうでない場合が非常に多いわけですから、危険があるということが1つ目の問題かと思います。
 

(2)個の確立

 2つ目には、個人の個という問題があると思います。日本というのはやはり個がなさ過ぎる。自分というものがなさ過ぎます。個の確立ができていない人が多い。今、個の確立とか自立という言葉が非常にはやっておりまして、どの企業に行きましても「個の自立が大切ですよ」ということがいわれています。ところが、自分たちを見ると全然個がない。こういう個のところが非常に大きな問題だと思っています。
アメリカほど個人主義でなくてもいいとは思いますけれども、もう少し個人主義でないと、先ほど申し上げましたキャリア形成のゼロの地点にこられないわけです。自分というのがないので、「自分がどうしたらよいかわからない」とか、「自分が何をしたいかわからない」、ひどい人は、「自分に合うものを教えてください」と相談に来るわけです。そのとき私は、「あなたの命、私に預ける?」といいます。命を預けてくれるのなら、「あなたはこういうことしたらいいですよ」といいますけれども、そうではないわけですから、自分でやっていかなくてはいけない。
 日本文化の問題になってしまいますが、日本の文化は他人が主役なんです。他人の価値観、他人がどう思うか、「自分がこういうことをしたら他人からどう思われるか」というのが、いつも無意識に優先されていますので、他人の期待値にいつも左右されて動いている。
 これは日本の教育の問題にもかかわってくると思います。やはり就職率を第一とする大学教育とか高校教育にも問題があると思いますし、突き詰めていくと、赤ちゃんのときから、お母さんやお父さんからどのような育てられ方をしてきたかとか、親や教師たちが子供の方向性を決定しているといった問題になる。そういう育てられ方をしていて、個が発達するわけがないのです。キャリア形成を考えるときに、個というのがきちんとあるのか、できているのかといった点も一番奥深い問題として、いつも相談業務をしていて考えることの1つです。
 

(3)トレンドに流されない

 3つ目に、これはとても大きな問題ですが、今は日本経済が不安定で、規制緩和によるデフレの問題等から、どの企業も危機感を持っています。そして、リストラのために雇用情勢が不安定で、労働者は雇用の確保のため、目先のことだけでキャリア形成を考えてしまいがちです。そういうトレンドに自分を合わせていかざるを得ないという日本社会の問題があります。
 例えば今、人材関連の企業、特にアウトプレースメント関連の企業というのは、求人が多いわけです。いろいろな企業がリストラをしていますので、そのリストラする人たちのお世話をするということで、アウトプレースメント会社は非常にもうかっている。企業によっては、「産業カウンセラーの初級の資格を持っている」というのを採用の条件にしているところがあります。国も5年間に5万人のキャリア・コンサルタントを創出しようと言っています。そうしますと「ここに需要があるな」となって、皆さんが産業カウンセラーの資格を取りにいくほうに流れていく。トレンドで自分のキャリアを決めてはいけないわけではありませんが、やはりトレンドで自分の進む道を決めていくというのは、少し違うのではないかと思います。
 最近、大学院に行きたいという若い社員が非常に多いです。「自分がこういうふうになりたい」とか、「成長したいためにもう一度勉強したい」ということであればよいのです。しかし、今の雇用情勢が不安定であるために、何となく自分の身分が保障されたいとか、自分の雇用にとってよいのではないかと思って、大学院に行きたいと考える。大学院に行きたいというトレンドの背景には、そういう不安があるのだと思います。
不安な時代で余裕がないので、自分の就職、あるいは就職の維持に精いっぱいというのが現状ですよね。生活するのが精いっぱいなので、特に中高年、若い人にもそういうところがありますが、自分のキャリアを受け身的に決めている。このため、「自分は本来、どうしていきたいのか」という「キャリア形成のゼロ地点」に行かないのだと思っています。
 3つお話をしましたが、ほかにもいろいろな問題があるかもしれません。しかし、この3つをきちんと見極めてからといいますか、クリアされてはじめてキャリアのことを考えていけるのではないのかという気がしています。こういう大変な時代ですが、自分の一生を長い目で見て、人間的成長がなされてはじめて自分のキャリア形成、どう生きていくのかというところに行けるのではないかと思います。
 
【八幡】 どうもありがとうございました。続きまして、村木さんお願いします。
 

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コメント(生涯職業能力開発促進センター所長・村木太郎)

1.職業能力開発行政の役割とは

 私は錦糸町にあるアビリティガーデン(生涯職業能力開発促進センター)という、ホワイトカラーを対象とした職業能力開発関係の施設を担当しています。私に今日与えられた役割というのは、職業能力開発の行政施策についての解説と、現場での感想や知見を述べよということだと思います。行政の役割については、現在厚生労働省から離れておりますので、直接責任をもって具体的な施策を語る立場にはありません。その意味では逆に、行政の立場からは言えないような、一歩踏み出した議論もできると思います。責任ある立場というよりは、私見に基づくいわば独断と偏見で、これから行政がどんなふうになるべきかというお話をしたいと考えています。
 現在の職業能力開発政策、いろんな課題がありますが、大きな課題を3点ほど整理して申し上げますと、「労働市場の視点で考えるべき課題」と「変化に速やかに対応する、あるいは変革を促す人材の育成をどう支援をしていくか」という視点、それから、先ほど来議論になっております「個人のキャリア形成をどう支援していくか」という視点になろうかと思います。このほかに問題意識として、例えば今の若年者の問題をどう考えるか、あるいは製造業の熟練技能者をこれからどうやって育てていくのかといった大きな課題があるわけですが、主に3点に絞ってお話をしたいと思います。
 

2.労働市場の視点で考えるべき課題

 まず、労働市場の視点からの課題ですけれども、現在の非常に厳しい雇用・失業情勢のなかで、労働移動自体が非常に活発になってきています。従来ですと雇用・失業情勢が厳しい、失業率が高い時期、不況の時期というのは、いわゆる自発的な労働移動が減るというのが日本の特徴だったのです。しかし最近は、これだけ失業率が高いにもかかわらず、労働移動がおさまらない。経済学の言葉で言うと、循環要因、景気要因を除いたトレンドとして労働移動が増えている状況にあるのだと思います。これに対して、いわゆる能力のミスマッチというのが出てきている。このギャップを少しでも縮めてスムーズな労働移動をサポートしていくというのが、労働市場の視点としての職業能力開発政策の役割だと思います。
 

3.変化に対応できる人材の育成

 2つ目の「変化への対応」についてですが、旭硝子からすばらしい実例の発表がございました。ただ世の中すべてが旭硝子ではありません。日本全体を見て、特に中小企業、あるいは中小企業に勤めている勤労者の方たちを考えた場合に、変化にきちんと対応できるような人材育成システムが必ずしも整っているわけではない。働いている人たちにしても、世の中がどんどん変わっていくことに対して、「自分はどうしたらいいのだろうか」ということでおろおろしているのが実情だろうと思います。そうしたところをどう支援していくのか。企業を意識した場合は産業政策的に、それから労働施策として、戸惑っている一人一人の勤労者をどうやってサポートできるのかという視点があります。
 
4.個人のキャリア形成の支援

(1)行政の役割は基盤整備

 それから3点目として、もう少し長期的に見た場合、「人々の職業生涯の設計をどうサポートしていくのか」という視点があります。これが「個人のキャリア形成をどう進めていくのか」ということです。確かにこれまでの日本の勤労者に「個人のキャリア形成」という考え方は、ほとんどなかったのだろうと思います。それは企業が考えることであって、自分の仕事に不満がある、あるいは「実はこういう仕事をやってみたい」と上司に相談をしても、「そんな不満を言うよりは、まずは与えられた仕事をきちんとやれ、それからの問題だ」というのが一般的な雰囲気だったと思います。
 これが大分変わってきました。先ほどの大木さんの発表にもありましたように、大企業、特に人事部門が考え方をかなり変えてきている。それから、まだあまり変化が出ていないという調査結果もありましたが、中小企業でも「今までのようではだめだ」、「流されていくのではなくて、やはり個人で自分のキャリアを考えていくような人材を育てていく必要があるのではないか」ということをかなりの人が考え始めている。その意味で、3番目のキャリア形成の支援というのは最近急激に脚光を浴びてきた大変大きい課題だろうと思っています。そういうこともあって、労働政策フォーラムでもこの問題が中心的テーマとして取り上げられたのでしょう。
 では、キャリア形成支援で、行政は一体何をなすべきなのだろうか。基本的には個人の問題でありますし、次にサポートすべきは当然、企業の問題であります。では、行政はやることがないのかというと、どうもそうではない。特に新しい課題であるだけに、個人のキャリア形成を進めるための基盤整備をしていくという、いわば共通の土台を整備していくところに私どもの大きな役割があるような気がしております。
 

(2)キャリア形成の基盤整備の具体的な内容

イ キャリア・コンサルティングを根づかせる

労働者個人のキャリア設計を支援

 基盤整備の具体的な内容について、4点ほどお話をしたいと思います。まず1点目は、個人のキャリア設計を支援していくという、先ほど詳しいお話のあったキャリア・カウンセリングとかキャリア・コンサルティングといったものをもう少しきちんと根づかせていく必要があるということです。確かにキャリア・カウンセリングとかキャリア・コンサルティングといった場合、一人一人の抱くイメージは随分異なっております。心理カウンセリングに近いものから、コンサルティングに近いものまであります。我々が考えておりますのは、どちらかというとコンサルティングに近いほうで、こちらはこちらで必要なのではないか。カウンセリングについて先ほどのお話を聞いてなるほどと思ったのですが、特に今のように不安な社会状況の中で、もちろんそういったカウンセリングも大事です。一方で、コンサルティング自体意味がないのかというとそうではない。勤労者個人一人一人が自分のキャリア設計をしていく意味で、コンサルティングによってそれを助けていくというのは、非常に重要な役割だと思っています。
 先ほど旭硝子のキャリア研修についてお話がありました。キャリア形成の支援というのは、大体このキャリア研修でやっておられる中身と同じようなことになっていくだろうと思います。
 最初に職務の棚卸し、要するに「自分が今までにどんなことを経験してきたのか」、あるいは「どんな仕事ができたのか」ということを整理する。次に、先ほど資産というお話がありましたけれども、「自分には今どんなスキルがあるのか」、「どんなことができるのか」、「どんな知識やノウハウを持っているのか」という資産のチェック、私どもではこれをスキルチェックと言っていますが、それをする。それから3番目に、「自分はどんなことに興味があるんだろう」、「どんなことをやろうとしているんだろう」という志向性を確認する。
 以上3つは自分のことについてであります。ただ、自分のことについていくら整理をしても、そこでいくら立派なものをつくっても、世の中とかけ離れたところでつくっては何も意味がないわけです。したがって、4番目として、「世の中で今どんな仕事に対するニーズが大きいのか」、「これからどういう仕事が求められているのか」、逆に「こんな仕事はこれからなかなか見つからない」、あるいは「会社の中での地位が見つからない」、「給料が高くならない」という仕事に関する情報が必要になってくる。
 このように、棚卸しをしたり、スキルチェックをしたり、自分の方向性を考えたりということと、社会における仕事の情報とをすり合わせていくことによって、「自分はどんなことを目指していけるんだろうか」というところが見えてくる。方向性が見えてくると、具体的に「明日から英会話学校に通おう」とか、「社内公募でこういう仕事に手を挙げてみよう」というようになっていく。あるいは「今の仕事をもう少ししっかり頑張ろう」となるかもしれません。
 そういう明日の行動に結びつけていく流れを私どもは「キャリア設計」と呼んでおります。こうしたことを自分でやりなさいといっても、とてもできるものではありません。コンサルティングにしても、いろいろな情報やツール、知識が必要になってくる。そこを助ける人材を育てていく必要があるだろうというのが、キャリア・コンサルティング5万人計画の趣旨であると私は考えております。
 

世の中の流れに柔軟な対応を

 こういうお話をしますと、キャリア設計というのは、何かものすごく大変なことで、すごく立派な体系をつくり上げ、そのとおり実施していかなければならないものだという印象を受ける方がおられるかと思います。誤解されないように申し上げておきますと、それは少し違います。今のような世の中、いわゆるホワイトカラーの人たちのキャリアを考えていきますと、最初からそんなきれいなものがあるわけではありません。先ほどCDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)のお話が出ました。私の理解するところでは、あれが10年前盛んにもてはやされて、しかしうまくいかなかったのは、結局、それが「絵にかいたもち」で、計画どおりにうまくいくものではなかったところにあるのだと思います。
 キャリアデザインというのは、「1回つくったら絶対に変えない」というものではなく、どんどん変わっていくもので、世の中の流れに柔軟に対応していかなければなりません。あるいは行ったり戻ったりしなければならない。「ホワイトカラーのキャリアというのは、らせん形を描いていく、決して直線ではない」とおっしゃった人がいましたが、そういうやわらかいものをイメージしていただくことが必要ではないでしょうか。ただ、その中で流されるのではなくて、どこかに自分のキャリア設計、一種の志みたいなものを念頭に置いて、心棒としていくことが大事だと思います。
 

キャリアを常に頭の片隅に

 もう1つ、誤解されやすいことですが、キャリアデザインというのは何か特別なことで、特別な時期に特別なことをやるものだと思う人がいます。確かにそういう面もあります。
 節目の時期に自分のこれまでのキャリアをきちんと振り返って整理をし、将来のことを考えるということは、やったほうがいいだろうと思います。健康診断と一緒です。例えば30歳とか40歳の節目のとき、先ほど入社5年目、10年目というお話がありましたけれども、そういう時期に行う。実は今一番需要が多いのは、仕事が変わる、転職をするといった時期であります。それから、大学院に通うというお話がありましたけれども、どうも大学院に通うというのも、新しい知識を得て、それを次の仕事に生かすというよりは、今までやってきた自分の経験を学問という形で自分の頭の中で整理し直して、加えて自分の個人的な経験も整理した上でネットワークをつくり直して、新しい仕事にチャレンジしていくという動機の方が多いようであります。そういう意味で節目節目のキャリア設計というのは大事だろうと思います。
 ただ、もう一つ大事なことは、会社や組織の中で、自分のキャリア設計、あるいは部下のキャリアについて、常に頭の片隅に置いておくということです。部下の育成というのは、管理職の大変重要な役割です。最近、かなり多くの企業でMBO(目標管理制度)が取り入れられています。部下の育成とかMBOというときに、キャリアをデザインするという考え方を入れていく。これは最近の人事のはやり言葉でいうコーチングやメンターにつながっていくのかなという気もしています。正確な定義はもちろん違いますけれども、そうしたものが大事かなという気がいたします。これがキャリア形成を支援していくための基盤整備の第1点であります。
 

ロ 仕事と能力の明確化

「仕事の共通言語」づくり

 第2点の基盤整備は、これも大木さんが最後の結論の部分で触れていましたが、仕事や能力について明確にする、世の中で共通の認識をつくっていくということです。これは簡単なようでいて、実はあまり日本ではできていません。アメリカでよくいわれるのは、仕事のほうが先にあって、この仕事にはこういう人を採用するというように、「仕事に人がつく」のが基本的な形態です。ところが日本の場合は逆で、まず人や組織があって、そこでこういう仕事をするという発想が主流ではないかという気がいたします。
 そうしますと、仕事の中身はあいまいなままで通用してしまうわけなんですね。例えば同じ総務の仕事といっても、A社の仕事とB社の仕事が同じであるという保証は全然ない。これが悪いと言っているのではありません。ある意味、これは非常に日本のよい点でもあります。例えばメンテナンス部門で日本のきめ細かさは世界一だとよく言われます。海外経験のある方はよくおわかりだと思いますけれども、メンテナンスの注文が来た場合、アメリカでは基本的に「ここからここまでは自分の仕事で、ここから先の故障については知らない、あとはほかの人に頼んでください」というやり方をするところが多いと思います。それに対して日本では、「ここは自分の仕事かどうかよくわからないけれども、お客さんから頼まれた仕事だからやってしまえ」ということでやってしまう。そういう柔軟性があります。
 それから、企業では常に新しい仕事が出てきます。大きな新しい仕事が来た場合、仕事に人がつく場合には、仕事の定義をし直さなければなりません。それはどういう仕事で、だれが担当するかということをきめ直さなければならない。ところが日本では、新しい仕事が来た場合に、「この組織でやれ」、「あんたがやれ」ということで、できる範囲でお互いにカバーする形で進めていく。そういう柔軟性があるという意味で、今のやり方は大変よいと思います。
 ただ、キャリア形成とか労働移動を考えると、仕事のあいまい性は大変大きな阻害要因になってきます。例えば「私はある会社で20年間人事をやってきたので、人事の仕事は任せてください」といっても、その人が人事で一体どんなことをやってきたのかよく見えないということは多いですよね。そこで一つ一つの仕事について、その仕事というのが具体的にどんな内容の仕事で、その仕事をするためにはどんな能力が必要なのかという整理が、日本ではもっと必要ではないかと思います。
 私たちはこれを「仕事の共通言語づくり」という言い方をしております。私どもの雇用・能力開発機構や日本労働研究機構、それから社会経済生産性本部でも始めていますが、いろいろなところで、仕事を明確にして、共通言語をつくっていこうという動きが進められております。
 それから、仕事の明確化と同時に、能力の明確化、能力の評価をきちんとする必要があります。仕事と能力が明確になることによって、企業が「この仕事はこういう仕事だ」、「ここに携わる人にはこういう能力が必要だ」ということを提示し、それを目指すために個人が具体的にどうやってキャリアを磨いていこうかと考えることができるわけです。当然ながら、労働移動をスムーズに進めるためにも、能力と仕事の明確化は大変大事な話になってきます。
 

暗黙知とコンピテンシー

 ただ、能力の評価と言いますと、すぐ資格ということになるわけですね。でも、「能力の評価イコール資格」では全然ないのです。資格というのは、あるいは知識レベルの能力というのは、能力の評価の中のごく一部でしかない。ほかにとても大事なものとして2つ挙げたいと思います。1つは、今までの経験、それによって体内に積み重ねられてきたノウハウ、暗黙知と呼ばれているものです。これがすごく大事です。もう1つは、最近はやりの言葉でいうコンピテンシー、あるいはコンセプチュアル・ヒューマン・ナレッジ、コンセプチュアル・ヒューマン・スキルです。これは具体的にいうと、「気がきいているね」とか、「あの人アイデアマンだね」、「人をまとめるのがうまいね」、「交渉力があるね」というような能力のことです。これは知識レベルの問題でもなければ、何かができるという具体的な、いわゆるテクニカルレベルの問題でもありません。ただ、それらを発揮するのに一番大事な能力です。ホワイトカラーだけではなくブルーカラーでも、やはりそういう企画能力とか問題解決能力といったものがどんどん大事になってきています。そういうものについても共通に理解ができる、あるいは「こういう仕事については、こういうヒューマン・コンセプチュアル・スキル、あるいはコンピテンシーが特に重要だ」ということが見えてくるような、そういう基盤を整備していくことが大事だろうと思っております。
 厚生労働省のほうでは、「能力の見える社会づくり」というコンセプトで進めております。これはなかなかいいキャッチフレーズだなと思っています。
 

ハ 教育訓練機会の提供

 基盤整備の3番目は教育訓練機会を具体的に提供することです。ここで1点だけ申し上げたいのは、提供する中身について2つの方向性があるということです。
1つは、キャリア設計を踏まえて体系的に能力開発を行うということです。例えば2級資格を取ったら、1級資格を取り、特級資格を取る。あるいは大学院に行って、もう一度体系的に学び直す。階層教育や幹部候補者教育を体系的に行う。これらは特にキャリア形成と絡んでとくに大事になっていくだろうと思います。
 ただ、変化の激しい時代ですから、何か具体的なものをつくると、もうそれで次が動かなくなってしまう。そこで、個人が必要性を感じたときに、いつでも、どこでも、だれでも教育を受けられ、能力開発ができるような機会を提供していくことが大事になってくる。その意味でeラーニングを発展させていく。コミュニティカレッジのような気軽に教育を受けられる機会も増やしていくのが大事かなと思っております。
 

ニ 情報の提供

 基盤整備の4番目は情報を提供することです。1つは教育訓練情報の提供で、例えばどんなところにどんな教育機関があって、どんなコースを設けているかという情報を提供する。これを整理する必要があります。これは私どもでも行っておりますし、中央職業能力開発協会でもやっております。私どもでは大体2,000機関の情報を集めて提供しています。こういうことの先進的な試みはアメリカにありまして、America's Learning Exchangeという、今は停止中のデータベースが全米で6,500の教育機関情報を提供しております。
 もう1つは、仕事と能力についての情報について、先ほど申し上げた共通言語をつくり、それをできるだけわかりやすい形で社会に提供していくことが、情報の提供という意味でも大事だろうと思います。
 以上の4点がキャリア形成の基盤形成という意味で、行政のこれからの大事な方向性だと思っております。少しずつこれについての仕事を進めておりますけれども、まだ端緒についたばかりというのが現状だと認識しております。
 
【八幡】  どうもありがとうございました。前半の最後をしめくくって井戸先生のほうから、今までのパネルの方のお話も踏まえてお話をいただければと思います。よろしくお願いします。
 

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コメント(天理大学人間学部教授・井戸和男)


じっくりと人を育てるのが大事

 私の1つの問題意識は、どうも我が国では、マスコミも経営者も含めて、不安をあおり過ぎているのではないかということです。「これは大変だよ、これから君らはどうなるんだよ」と、言い過ぎかもしれませんが、ある意味で、恐怖感や不安感をあおりながら、猛烈な勢いで物事が進み過ぎているのではないかという問題意識を私は持っています。過剰な競争とか、過剰な改革とか、過剰なスピードで果たしてほんとうに人間として幸せなのかどうかというような問題についても、いろいろな角度でもう一度よく検証する必要があると思います。それから、日本的、日本型と、グローバルスタンダードという問題についても、いろいろな角度でもう少しじっくりと議論をしておく必要があるのではないかと最近余計思っているところです。
 そんなことを前置きしながら、数年前に日経連(現日本経団連)のレポートで、日本的経営の中で残していくべき2つのキーワードというのが出ていました。ご存じの方も多いと思いますが、「長期的な視点に立ってやる経営と、人間尊重という経営、この2つのキーワードは変えるべきではない」、こういうふうに報告書に書いてあったと思います。私は、全くそのとおりだと思ったことがついこの間の話でございます。
 そういう視点に立って考えると、昨今は「資本の論理」と「人間の論理」という点では、ご存じのとおり、会社がいかに存続していくか、競争に生き残っていくかというようなことで、やむを得ず資本の論理が優先している。やや人間の論理が後退している。しかし、長期的な観点でこの問題を見ても我が国は、人が財産。企業は人なりと言われるように、いかに人材を育成していくか、大事にしていくか、この視点を忘れたのではどうかな、と思います。いかに人を育てていくかということが大事だし、同時に、長期的な視点の中で、じっくりと長い時間をかけながら育てるのも「人間の教育」といいますか、育てるという視点でものすごく大事なんだ、こういうふうなことをいつも我々は頭の中に置いておく必要があるというのが私の前提でございます。
 今回、日本労働研究機構がまとめて発表した能力開発基本調査報告書をじっくり勉強させてもらって、まことにタイムリーで中身の濃い報告書ができ上がったなと心からそう思いました。その中で、1つの大きな着目点は、「企業が社員の教育に責任を持つ」というところが75%と出ていることで、私は、まだまだ我が国は捨てたものではないと思いました。会社の視点で、自分のところの従業員の能力開発について、ほんとうに責任を持って育てるんだという気概が我が国であったと思うし、これからもこれはぜひ堅持してもらいたいなという願いが私にはものすごくあるのです。

 

自己啓発の意欲を盛り立てる体制をつくる

 他方では、もちろん誰が考えたって、人間が成長していく上でのベースが自己啓発であることは、もう論をまたないところであります。自己啓発心が大事であることは言うまでもないのですが、「自己啓発を進んでやりました」という人が何人いるでしょうか。私に言わせれば、放っておいても勉強が三度の飯より好きな人がいたらお目にかかりたいなというほどあまりいません。この報告書にも出ています。私は勉強するよりも、遊んだほうがおもろいですから、自分のことを含めて考えても、やはり遊びたいという心は大概の人には普通だと思います。したがって、この自己啓発心をどういうふうに喚起するか、意欲を盛り立てるか、勉強をするようにいろいろな形で、官民あわせて、どういう体制をつくっていくかということが他方ではものすごく大事です。だから、企業が責任持って育てる一番のベースは、先ほどの旭硝子さんのお話にもあったけれど、自己啓発の意欲をいかに喚起し、いろいろな形で官民挙げて支援をやるかというところです。しっかりとした下支えが大事なのではなかろうかと思います。
 将来のキャリア形成に対して、今回の調査報告書に出ているように、7割の人が不安感を持っています。「他社に通用するかな」というようなことについて不安があるわけです。この問題については、先ほども議論が出ていましたけれども、他社に通用する能力を会社が一生懸命教えるわけがありません。もし一生懸命教えていれば、間もなく肩たたきに入るんじゃないかというふうに社員は勘ぐりますよ。「あんた、ほかに行ったほうがいいですよ、だから今、一生懸命教えていますよ」とか。少しシニカルに言うと、アウトソーシングの外部の教育機関と組んで、「プライドを捨ててよそへうまく行きなさいよ」みたいな研修をしているのではないかと社員は疑ります。そういうようなことだったら、会社がよそに通用することを一生懸命やるわけがない。またやったらおかしい。よそに通用する能力の開発の問題は、個人の視点でやるものであり、自己啓発のサイドだと思います。
 私の体験で言いますと、アビリティガーデンへ勉強に来た人の中には、「自腹で勉強できるということなので来ました」という人が3割ぐらい入っています。そのことは、「自腹を切って勉強しに来ました。会社は、勉強するんだから時間は提供します」ということなのですけれども、そこで、値段という問題が非常にシビアになってきました。例えば、今日のフォーラムは無料なんでしょうけれども、無料だと、かくも多数にお見えになる。1,000円でも取るぞと言ったら、二、三割減って、5,000円取るとなったらかなり減っちゃうでしょう。今、お金という点でも非常にシビアな状況になっているということも見逃すことができないような気がする。だから、自己啓発を援助する国を挙げての政策は、いろいろ課題はありつつも、大変大事な視点かなと思います。
 

仕事のご褒美には勉強のチャンスを

 もう一つ、自己啓発サイドに立っての問題意識は、「勉強するには毎日が忙しい、教育に出る時間がない」、要するに時間が取れないことです。こういうことがこの調査結果にいろいろ出ています。私の研修体験で言うと、非日常的なところへ出てきて、最低限3泊4日すると、ようやく新しい感覚でなじんでくるなという研修効果があって、望ましいのは4泊5日です。私は昔からこう思っておるのですが、今ごろ3泊4日の研修を組んだって、これは空振りになってしまいます。それだけ休める人がほとんどいない。こういう状況で、せいぜい1泊2日となっているという感じがあります。そういう中で、これから、勉強したいというときに、休みをとることの問題について、長期休暇も含めて、いろいろ工夫を凝らしていく必要があると思います。
 私の持論ですが、10年前までは、仕事ができる人は「仕事がご褒美」、したがって、いろいろな仕事をどんどんマルチプルにやることによって能力がどんどん伸びた。このごろは、仕事ができる人は仕事がご褒美といっても受け入れられないと思います。仕事ができる人のご褒美は、できたら教育費を援助する、できたら勉強するチャンスを大いに提供するというふうに持っていくのが日本的な能力主義だと一生懸命提案しているところです。
 もう一つ言いたいのは、最近のサービス残業の実態についてです。10年前の私は、サービス残業というのは、なかなか良い名前をつけたなと思いました。つまり、ちょっと多目のちょっと難し目の仕事に自発的に、前向きに取り組んでいて、気がついたら終業時間を過ぎて残業時間になっていた、私は残業のつもりでやってなかったらカードは出さないよ、というようなことでやっているのは、なるほど「サービス残業」というのは言い得て妙だなと思ったのです。しかし、昨今は、やらされている、こういう感覚のサービス残業に変わってきているのではないでしょうか。このような背景もある中で、これから社員を元気にし、何かしていく場合の仕事のさせ方、やらせ方について、一工夫も二工夫もいるのではないか。他方では、できたら教育のための長期休暇とか、あるいは、自己啓発のために有給休暇を使うこと等について、私はいろいろな形で官民一体となって、とりわけ行政も含めて旗を振ることも大事ではないかなと、この調査結果を見て感じました。
 

大企業と中小企業は似て非なるもの

 もう一つ言っておきたいことは、村木所長からも話がありましたが、旭硝子さんは最先端を行っていて、これが全部の会社だというわけではないことです。私は今、経営者二世の塾長をしていて肌身で感じることがあります。中小企業、ましてや30人以下の会社というのは日本中にごまんとあるわけですが、そういう会社は、バブルがはじけるまでは、いかにまじめに働いてもらうか、これが最大の課題でした。300人ぐらいの会社は、実務能力をいかに底上げするか、そして大企業は、独創性、創造性、変革力とかそういうことを言っていました。今、全体がいろいろなことを言われているけど、中小には「どうやって社員のやる気を喚起しながら底上げをして競争に生き残っていくか」ということが大事な物の見方だと言えると思います。
 そういう中で、この調査結果をよく見て、大企業、とりわけ1,000人以上の会社、それと中小企業というのは、似て非なるところも結構あるということを改めてそうだなと感じたところです。
 

管理職の仕事の9割は部下の育成

 もう一つだけ言うと、自己啓発の問題ともう一つ並行して大事なのが、ご存じのとおりOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)だと思います。そういう中で、先ほどの話にも出ていましたけれども、「管理職というのはあまり要らんよ」と、「管理職はどんどん減らしていくんだ」と、「管理だけではなくてプレーイングマネジャーだ」と、こういう話がどっと流れました。私は、改めて管理職というのは、「部下を育てて、生かしていく仕事なんだよ、それが9割なんだよ」というようなことをもう一回考え直して、旗を振ることが大事だという気がします。
 私は管理職の評価制度の中に、部下の育成というのがかなり色濃く入ってきているので、だんだんそっちに行っているのかと安心したということをつけ足して一たんここで終わりにしたいと思います。
 

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討 論

中高年の再就職は自信を持つことがポイントだ

【井戸】  村木所長に聞きたいのですが、離職した人の再就職のための研修を実施して、データがだんだん集まってきたと思うのですが、その辺から見て、教育問題をどういうふうに感じていますか。

【村木】  私どものところ(生涯職業能力開発促進センター)でそういう離職者、転職者の再就職のためのコースを年間20本ぐらい実施しています。大体半年、1年、あるいは物によって3カ月ですけれども、最近感じたことを申し上げますと、1つは、世の中、中高年の再就職が非常に難しくて、若年は比較的ニーズが高いというふうによく思われています。けれども、少なくとも、私どものところに来ている限りではそんなことはないんです。逆転はしていないけれども、あまり差がない。何でか、というと、結局はモチベーションの問題なんです。中高年で真剣に次の仕事を探している人たちと、それから若年で、真剣さにおいて少し落ちる人たちが両方いるとすると、むしろ中高年の真剣さ、彼らのこれまでのキャリア、それから私どものところでいろいろ勉強したことをきちんと評価して採用する企業があります。私自身も若干意外でした。
 それとの関係で言うと、うまく再就職するポイントは、半年間でどういうスキルを身につけたかということよりも、その半年間で、自信をなくしていた顔を前を向いて自信を持って自分をアピールできるようにすることだと思います。そこが大事なんだなという印象を受けています。若干教育訓練とは違うかもしれませんけれども。もちろんアピールする中に、「私はこんなことができるようになりました、こんなキャリアを持っています」ということもあります。

【井戸】 やる気というのは大事ですね。やる気がくじけると、何か元気がない。だから、こんなところもあったんだというような意味の自己発見をするのが大事かもしれませんね。
 

キャリアをつくっていくのは自分なんだという気持ちを持つ

【西田】 そこのところが本来のキャリア・カウンセリングだと思っています。中高年問題が一番大きいのですけれども、やはり再就職さえすればよいということでやっているので、ノウハウとかそういうところばかりに力を入れていくのかなと思っています。けれども、皆さん、もやもやしているところがあるわけです。今までだったら定年まで会社にいられたのに、いられなくなった。ほんとうに急速な変革で、企業も早期退職優遇制度とかいろいろなことをしていきますので、不安もありますし、自分のことをいろいろ心配していくわけです。早期退職してもいいよと言われても、自分で自分なりの位置確認がきちっとできたような状態でないと、次のステップにいけないと思います。そこのところをケアする人、それを私たちは自分たちだと思っています。
 終身雇用時代は、「会社の言うことさえ聞いていればいい」、「なあなあ主義でいいんですよ」、「個がないほうがいいんですよ」ということをずっと企業はしてきていたわけです。それが企業のおかれている環境が変わる中で急に企業の経営が悪くなって、今までのような状態ができなくなったので、「はい皆さん、自立してくださいよ」、「はい皆さん、定年まではいられませんよ」ということを急に会社が言うわけです。先ほど、会社は教育の責任があるとかそういう話がありましたけれども、変革になってあと50年もたった時なら皆さんがそういうふうになっていると思いますけれども、今は過渡期ですので、国も教育をしていかなくてはいけない。「人が1人ずつ自立していく教育」、それから「時代が変わっていっていますよという教育」を国も企業もやっていかなくてはいけない。そういうことに関する教育をお金や時間の面で国も企業も援助する。そして一番大切なのは自分です。「キャリアをつくっていくのは、だれでもない、自分なんだ」、という気持ち、それが先ほどの、下を向いていたのが上を向いていくということにつながっていくのかなと思います。
 

目的意識を持って就職vs.流れ上、就職

【浅井】 今の話に関連して、最近、私、採用も担当していまして、学生さんの意識が非常におもしろくなっています。二手に分かれてきました。1つが、自分なりに,学生時代から何か方向性を見つけて、それに合うものを模索している人間。そうでない人間というのは、どちらかというと、「流れ上、就職をしなければいけない」というような学生さんです。たまたま、今年、中国人と韓国人の学生さんが我々の会社を受験して、私が面接の担当をしたのですが、非常に明確な目的意識を持っていました。例えば日本の学生が、「環境問題についてやりたい」というと、「何をやりたいんだ」と、とことん我々も聞いていきます。大体2つぐらいの質問までには答えられるのですけど、3つ目以降、動機が不純になってきます。それで1人、北京生まれの女性で、たまたま日本の大学に留学していた学生がいまして、その人は非常に明確でした。「環境問題をやりたい」ということなので、「なぜだ」と聞いたら、「私の住んでいる北京というのは、環境で世界のワースト5に入る。それでその研究をしたい」ということです。そこで、「何で日本に来たのか」と聞いたら、「今中国に進出している日本企業は非常に多い。その日本企業からまき散らされている公害も一つの問題になっているのではないか」と思って、最初はコンサルタントを志望して、会社に外側からいろいろな意味で提言をしていければというようなことを考えたけれど、本格的にやるのだったら中から変えていかなければいけないと考えたそうです。目的意識から就業意識まですべて完璧に答えられるわけです。
 偉そうなことを言っていますけれども、私もあんまりそういう意識がなくて、何となく入ったという感じです。けれども、そこら辺の目的意識の差というのは非常に大きく、その後のやる気とかモチベーションにつながっていくのではないかなと思います。それからもう1点は、それがひいては会社のほうにとってもメリットとなり、世の中にとってもいい方向に向いていくのではないでしょうか。そういった目的意識を持たすような教育は非常に重要な要素となっているのではないかなと思っています。
 

その場その場で一番必要なものを必要なタイミングで吸収

【八幡】 例えば仕事の中身を明確にしてという話になってくると、職務給というイメージが強まってくると思います。能力評価も含めて、そういう要素を強めていくと、今までの、企業内の配置も含めて、柔軟性というか、そういうものはフリーハンドでなくなってくる。日本の企業がなかなかそこに踏み込めないのは、多分、柔軟性を非常に重視しているからだと思います。その辺について制度的に旭硝子さんはこれからどういうふうに対応しようとしているのか、お話ししていただければと思います。

【浅井】 キャリアという部分で、私自身もいろいろと悩んでいます。というのは、私は、系統立った育成なんていうものを受けていると感じていません。入社当初は営業に配属になりまして、それから工場に3年間、1日に820トンも出てくるようなガラスのでっかいフロートの窯の前で、生産計画を延々つくるというような仕事をしていました。その後、最先端の営業の泥臭い部分を見ろということで関係会社に出向して、そこで初めて販売会社の営業を経験しました。そういったことをやってきた後に、新商品の立ち上げのマーケティングと営業の担当をしていました。そして今回、人事をやれということです。何の脈絡もない。ということは、私がもし仮に入社したときから何か1つの目的意識を明確化して、それに向けて一生懸命積み上げをしていても、ことごとく崩されてしまうでしょう。会社の状況によってはそういうふうに変わっていくのかなとは思います。キャリアという部分で考えますと、その場その場で、一番必要なものを、必要なタイミングでどれだけ集中して吸収していくか、というところが一つのポイントになってきていると思います。
 変化に対応する柔軟性のある人材というような話も、いろいろと話の中でありました。変化というのはどんどん起こっていまして、例えばついこの間まで、ITがどんどん伸びていたときは、皆さんITのほうにどんどん行くわけです。そうなってくると、IT技術者とかそういったものももてはやされました。みんなそっちのほうで一生懸命勉強していると、突然、不況だ、ITはもう要らないというような話になってきた。そこで、じゃ、何をすればいいのか。もちろん、そこで一握りの人間になるために一生懸命努力していこうという人もいると思うんですけど、そういう専門家ばかりではない。それ以外の人は何をしていくのかというと、その時その時で変化に対応して、いろいろと自分なりに自己研さんしていかないといけないのかなと思うわけです。
 偉そうなことを言っていますが、私も、自分のキャリアというものをいろいろと考えたときに、場当たり的でした。自分の与えられた場所、もしくは自分が見つけた場所に行ったときに、そこの場で今何が自分は一番できるのかということと、そこで最善を尽くすというのは一体どういうことなのかということを考えて努力することで、自分のキャリアの幅が広がってきているのかなと思います。
 

入社5年目の棚卸

 そういったこともありまして、私どもの会社の中では、入社5年目ぐらいと、10年目ぐらいを対象にキャリアデザインとキャリアレビューというものを組み込んでいます。そのタイミングのときに何をするかというと、まず自分を知ってもらいます。自分自身一体どういう動機を持っているのか。例えば何をしたら一番喜びを感じるのか。それは子供のころからでも構わないし、会社に入ってからでもいいですし、いろいろな成功体験を通してでも構わないと思うのですが、そういうことを認識してもらう。それから、今まで会社の中で培ってきたスキルというものはどういったものなのかということです。そういった自分の中にあるものをいろいろ洗いざらい整理してみるタイミングとしては、ちょうど5年目ぐらい、私もちょうど会社をやめたいなと思っていたころというのは5年目ぐらいでして、そういった意味では非常にいいタイミングなのかなと思います。
 1つの仕事を3年ぐらいやると、ある程度慣れてきて、時間の余裕もできる。人間ってばかなもので、時間の余裕ができるといろいろなことを考えちゃいまして、「このままでいいのかな」とか、むだなことを考え出します。ちょうどいいタイミングで5年目の棚卸しをして、会社の状況、それから世の中の状況の変化を伝えて、それぞれキャリアカウンセラーがついて、その個人と面談をしていきます。それで、「今後の方向性としてあなたはこういうものがいいのではないですか」というような話をします。今年も7月に実施しまして、2人の人間が人材公募で別の部門に異動しました。「僕のやりたかったことは違った」、「この研修はよかった」と気づいていただいたという部分では、おおいに効果が発揮できているのかなと思っています。
 

与えられた仕事に全力投球

【井戸】 豊臣秀吉はなぜ天下を取ったかというと、一回一回与えられた仕事を全力投球した結果、大成功したのです。与えられた仕事でなく自分で手を挙げてやりたい仕事をゲットできるというのは、旭硝子であっても確率は低いでしょう。そういう中では、与えられた仕事を精いっぱいやることから突き抜ける人間は案外多いと思います。我々先輩が、「好きな仕事をゲットしろよ」と聞こえのいいことをあまり言い過ぎると、「何で私はゲットできないか」とか、あるいは「自分はもっとほかのことだったらよくできるのに」ということになりかねないという気がします。もう一つは、若いときほど、むしろあまり向いてない仕事で汗を流して一生懸命やっているほうが、結果としては突き抜けることもあるのかなという気はします。
 先ほど八幡さんが言われたように、日本になぜ能力資格制度が根づいたのかというと、能力資格制度ではダイナミックなジョブ・ローテーション(人材を育成するために計画的に人事異動すること。)が可能であったからです。ダイナミックなローテーションは、結局、属人給的な発想ができたからうまくいったので、仕事の要素を多く給与に取り入れたら(職務給)、それこそ異動の度に給与が上がったり下がったりする。これは我が国になじむかなじまないかといったら相当な議論がある。
 

中高年にも棚卸のチャンスを

【村木】 賛成する部分と少し議論したい部分といろいろあります。いくつか論点があって、1つは、八幡さんが指摘した「あいまいな部分」といいますか、個人の立場に立つと、迷いだとか、ゆらぎだとか、行ったり返ったりする部分というのはものすごく大事です。さっきもお話ししましたけれども、それは常に残しておかなければならない部分だろうと思います。それから組織にとっても、仕事の明確化といっても、100%明確にするということではなくて、必ずあいまいな部分というのは残るし、残さなければならないでしょう。それをしないと、職務分析を100%やって、やった途端に安心してしまって、そこで腐り始めるということが起きてくるだろう。そこに「ゆらぎ」というのは必ず必要だろうと思います。
 それから、旭硝子のお話を聞いていて、5年目なり、10年目にキャリア研修をするというのは、これはすばらしいし、それからのその人のキャリアを考える上で大事だと思います。けれども1つだけ、こんなことがあればいいなと思っていますのは、今、同じように中高年の人も悩んでいます。どうやっていいかわからなくなって、自分がこれからどうなるのか不安でいっぱいになっている。そういう人たち、中高年の人たちにも、もう一回自分を振り返ってこれからどうするか考えるチャンスを与えるようなものがあると大変すばらしいなと、いわばないものねだりを感じました。
 

自立教育と自立を企業内で支援する制度の連動が大事

 それから、井戸先生の与えられた仕事に全力投球すべきという話は、バランスというか、程度の問題ではあるだろうと思います。要するに今までのように、与えられた仕事だけを黙々とやっていくということでは、長期雇用がどんどん変化する中でのキャリア形成にはつながっていかないでしょう。それから今の若い人の思考形態、モチベーションを考えたときに、そういうやり方はだんだん通用しなくなるのではないだろうか。自分の個性を考えて、それに対応してどういう仕事をやっていくかということを考えざるを得なくなってくるという気がしています。
 それから、先ほど旭硝子のお話の中で、3つの絵(自立型社員の育成施策の図)がありました。「三位一体(連動)」となっていて、「自己開発支援プログラム」と「自立化教育」と「支援制度」の三位一体です。これはまことに正しいやり方です。よく聞きますのは、自立化教育、あるいは従業員のキャリア支援について、右側の、いわば企業の中での流動化、あるいは自立化したものを実現していく「支援制度」のようなシステムなしにキャリア教育だけをやると、かえって満足度がガクンと落ちます。自分は気がついちゃったけれども、それを実現する手段が何もない。だから、まさに三位一体。左側の、個々が気づいて自立化していく、キャリア形成をしていくということと、企業の中である程度実現する手段がある、あるいは、ひょっとしたら実現するという錯覚を持たせるのかもしれませんけれども、それが連動しているということは大事なことではないのかなというのが私の反論です。
 
【井戸】 もう一つつけ加えて、大事なことは、これからはキャリアデザインの前にライフデザインがあることを押さえておく必要性がますます高まることです。先ほど日本人は他者が幸せを決めるというお話がありました。そういうことはなきにしもあらずだったと思うのですが、昨今の若い人に「君の幸せ、不幸せはだれが決めますか」と聞くと、「私が決めます」と答えが即座に出てくることも確かであります。ただ、ほんとうに自分自身がしっかりした人生観とか職業観とか、そういうことをちゃんと持った上で言っているかどうかというと、わがままにマイペースでいくことを言いたいだけかもしれない。
 それからもう一つ、私はライフデザインというようなことを言いましたけれども、私がいろいろな転職の体験を聞いていると、要するに、会社人間で会社に丸ごとドボーンとつかった場合には、変わるということに関しては相当難しい面があります。それが社会人間であり、一面では豊かな人生を過ごしながら会社に根差していると、案外転職はうまくいくのではないかと、自分の体験も通じてそう思いました。
 

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質疑応答

【八幡】 一般の参加者からのご質問を受けたいと思います。

【質問者1】 ノーベル賞化学賞を受賞した田中耕一さんが記者会見の中で、「日本の会社において評価されないものがアメリカで評価された」、「いつか評価されることがあるので頑張ってほしい」というコメントを出されたということについて、私は非常に関心を持ちました。こういうような方々が日本の専門職として果たして処遇をされているのかどうか、あるいは今後、こういうような人に対して処遇をするような制度を考えていかれるつもりがあるのかどうか。特に浅井さんと西田さんの会社の専門職制度といいますか、純化した専門職制度の中でこういう方々が処遇をされているか。日本はラインを主とした昇格昇進制度ができ上がっておりますので、専門職はどうしても窓際のポストにしてしまうとかそういう傾向があろうかと思います。グローバル化の中でこの問題についてどうふうにお考えになっていらっしゃるか、お二方を中心にほかの先生方からもご意見があったら教えていただきたいのですが。

【浅井】 私どもの会社では、さっきの「三位一体」というところに「スペシャリスト制度」というのが書いてあります。「私はガラスの専門家です」というふうに手を挙げた社員は、その制度に乗っかって処遇されていくというようなものです。現在まだ四、五名ぐらいだと思います。どちらかというと研究職の方に多く、部下も持ちたくない、専門分野をもっと追求していきたいというような方のために、こういった制度も設けております。でも、そこまで思い切った行動ができる人というのがいなくて、年に1人か2人というような状況で、ここ1年はだれもいないと思います。細かいことまでは、私も担当ではないのでよく見えてはいませんけど、そういった制度でそこら辺は補完をしていこうということです。こういう人ばかりがたくさん出てくると、これはまた企業としてはちょっと困ったものですが。

【西田】 実は、機会があったら田中耕一さんのお話はさせていただこうと思っていました。個というところを見たときに、彼はもうほんとうにすばらしいお手本だなと思っています。キャリア形成の目標を出世と見る人もいるかもわかりませんし、それは価値観ですからいろいろあっていいと思いますけれども、彼の場合は、出世を自分の価値観とは思わなかったわけです。自分は研究がしたい、いろいろな人間関係で煩わされるんだったら、そういうことはもういい、ノーサンキューだから、研究をしたい。それが彼の自己実現だったと思います。変人と言われたかもわかりません、主任でしたから、きっと報酬も低かったと思いますけれども、彼の心は役員以上かもしれません。ですから、人間として見たときには、彼は非常に幸せだっただろうと思います。きれいごと、理想論というふうに思われるかもわかりませんけれども、一番私たちがなくしているものを、彼が今回与えてくれたと感じます。
 それから、KDDIの場合ですけれども、会社の事業内容から、研究には非常にお金をかけています。いろいろな研究が、特許を取るようなものとかそういうことがたくさんありますけれども、それに対しての報酬は現段階では非常に低いです。非常にいいものでも社長賞があるぐらいで、10万円か20万円か、金額は覚えていませんが、大したものではありません。田中耕一さんを契機に、これから日本もそういう報酬が見直されていくといいなと、実感として感じています。

【井戸】 私は、島津製作所は変な会社か良い会社か、この見方が一つあると思います。私は数年前に、知的労働集約に関する研究を1年間かけて稲上先生たちとやったことがあります。その調査結果で言うと、知的労働ですばらしい業績を上げた人は中・長期で評価してくれと、長い目で見てくれと、すぐに給料をバンと上げてもらわなくてもいいよと、こういう人が少なからずおられたというのが印象的でした。そういう中で島津製作所は、田中さんが主任であっても、800万円出していたようです。主任で800万円といったら、まあまあの年功序列の、ある意味では居心地のいい会社であったという面も一方ではあると思います。これだけ有名になったら、引き抜かれたらいけないと、いろいろ世間に注目をあびてやっているのですが、徳島の発明をなさった人で大学の先生になった人とは対照的だという気はします。それは感想も含めてのコメントです。(それで)島津制作所は良い会社だと思っていました。

【質問者2】 西田さんに教えていただきたいのですが、アメリカと比べてみて非常に不安なのは、キャリア・カウンセラーだとかキャリア・コンサルタントがどういうミッション(使命)を持っているのかが非常に不明確です。1つは、その人材が社内で活用されるような形に考えさせるようにするのか、転職支援なのかというのが混在している。だから相談するクライアント(社員)の側では、敵か味方かわからない。実際にクライアントの側が社内での活用を考えてもらえることを期待していたら、「もう無理だから会社から出たほうがいいですよ」といわれることもある。
 会社に雇われているコンサルタント、カウンセラーは、社長の分身ですから、会社の雰囲気がまさに人減らしのほうだと、それをやらないとカウンセラーの月給は上がらないことになる。エンプロイアビリティーというのは、「もう雇わないですよという会社の意思表示だ」という学界の議論があります。そういう点で、役割を明確にすることと、アメリカみたいに、社内のカウンセラーは社内活用で考え、社外での活用を期待している人のためには、社外にそういうサービスを提供するところがあったほうが日本としてはいいのではないのかと思います。そういう可能性についてどうお考えになるのでしょうか。

【西田】 私もそのうちの1人ですけれども、現状は日本においては人材が非常にお粗末だと思っています。私も偉そうに産業カウンセラーだとか、中級産業カウンセラーだとか言っておりますけれども、能力は足りない。今日本では、リストラというのが出てきてから、キャリア・カウセリングとかそういう言葉が一般的になってきました。トレンドにはなっていますけれども、まだまだこれからだと思っています。相談員は、キャリア・コンサルタントとかカウンセラーとかいろいろありますけれども、紛らわしいので「相談員」という言葉で一括しています。自己啓発を一番しなくてはいけないのは相談員です。自己啓発とか、個の確立とか、一番大切なところにかかわる人間ですから、それにかかわる人がもっともっと自己啓発をしないといけない。その点では、日本はほんとうにこれからで、今はお粗末過ぎる。でも、お粗末だけれども、このようにやっていかないと、進歩していかないと思います。私もほんとうに能力はないですけれども、こういう人が必要ですよということを、少しオーバーに言わせていただいているところがあります。
 それから、社内でやるよりも社外のほうがいいのかなというのもあるのですが、先ほど「社長の分身」という言葉がありました。企業によっては社長の分身という立場の方もあるかもわかりません。ですが、私の場合は、社長の分身、企業の分身ではありません。私はどちらかというと社員側。ですが、社員であれば何でもいいよという組合とは違います。一応は中立ですけれども、会社側は強くて、やはり立場として弱いのは社員ですから、どちらかというと右足は社員側にあるのかなと思います。今のこの大変な時代に社員から相談を受けるときに、今不安な社会情勢や企業情勢もたくさんありますので、それをわかっているかわかっていないかというのは非常に大きな問題です。ただ心の病気だけでそれの相談に乗るというのであれば社外のカウンセラーのほうがいいのかもわかりませんけれども、今はそれだけではなくて、もろもろの社会情勢がかかわってきている中では、社内の相談員が、有効に機能しているとみています。だけれども会社側であってはいけません。人事部は、自分の企業が変になって倒産しないためにいろいろな人事制度をつくっていくわけですから、結果的には社員にとってもつらいことをする場合もあるわけです。ちょっと言い過ぎですけれども、「人事部は汚いところですよ、でも、私はきれいな人ですよ」(笑)。
 きれいな人でないと、社員は純粋に相談できないですよね。相談に行くと「辞めなさい」というふうに肩を押されるのではないかとか思われたり、会社にこの人やめそうですよというような情報がいったりとか、何かそういうことがあると機能していかない。そういうことでしたら、やはり外部EAP(従業員支援プログラム)とかそういうのがいいのかもわからないですけれども、私たちのような組織であれば、企業の中で非常にいいのではないかなと、自画自賛ですけれども、そういうふうに思っております。

【八幡】 OECDとか各国のカントリーレポートとかいろいろ話を聞くと、ライフロング・ラーニング(生涯学習)という言葉がキーワードですぐ出てきます。日本の社会を見回してみますと、高学歴化が進んでしまって、短大、大卒の方が半分以上、それから専門学校、各種学校を入れれば8割ぐらい、高卒で卒業する人は2割ぐらいになってしまったという状況がある。要するに、長期間勉強しないとなかなか社会についていけない、なおかつそういう人たちが労働の供給側として存在するということですので、そういう中でより付加価値の高いビジネス分野に展開していかなくてはいけない。今、日本全体がそういう課題を突きつけられていると思います。
 エンプロイアビリティーだとか、コンピテンシーという話がすぐ出てくるのですけれども、今、日本で熱意はどうなったのだろうなと僕は思います。仕事のやる気だとか熱意だとかそういうものがベースにあって、それで初めてコンピテンシーだとかという話になっていくのだと思います。確かに事業内容はどんどん変わるし、自分の進路もどんどん変わっていくかもしれない、確かにライフデザインが大事かもしれない、ですけれども、これはこういう世の中になってくれば、みんな一生勉強していかなくてはいけないのではないかなという気がするんです。それぞれが、あるところで振り返りながら勉強する社会になっているんだと思うのですが、そういう中で、それぞれが何をつかんでいかなくてはいけないか、もう少し原点に立ち返った理念というか、そういうものを見返すことが重要ではないかなと感じます。一方で、そういうことがないと、個人のキャリア形成といっても、どこを向いていくんだという話になって、羅針盤のないような世界でキャリア形成といってもこれは始まらないわけです。ですから、見通しというか、そういうものをもう一遍考えなくてはいけない段階に来ているのではないかなというふうに、今日お話を伺っていてつくづく感じました。
 今日は長時間熱心に聞いていただきましてどうもありがとうございました。
 

(文責・編集部)

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