議事録:第7回旧・JIL労働政策フォーラム
労働組合は今後とも労働者の代表たりうるか?
~雇用形態の多様化と労使関係~
(2002年7月30日) 


目次


講師プロフィール

都留 康 (つる・つよし)

 一橋大学経済研究所教授。主な著書に『労使関係のノンユニオン化――ミクロ的・制度的分析』(東洋経済新報社、2002年)等。労働経済、経済学専攻。
 

水町 勇一郎 (みずまち・ゆういちろう)

 東北大学大学院法学研究科助教授。主な著書に『パートタイム労働の法律政策』(有斐閣、1997年)等。労働法専攻。
 

二宮 誠 (にのみや・まこと)

 ゼンセン同盟組織局長。1972年ゼンセン同盟に入職。83年鹿児島県支部長、88年組織局全国オルグを経て、96年に常任中央執行委員、組織局長に就任。
 

井元 哲夫 (いもと・てつお)

 イオン株式会社取締役人事本部長。1974年ジャスコ株式会社(現イオン)入社。94年葛西店店長、96年関東第一事業部長を経て、98年に現職に就任。
 

江上 寿美雄 (えがみ・すみお)

 日本労働研究機構副統括研究員。1990?2000年に『週刊労働ニュース』編集長。2000年から現職。
 

はじめに(江上寿美雄・日本労働研究機構副統括研究員)

 本日のフォーラムでは労働組合をめぐる諸問題を討論します。最近、労働組合がマスコミで取り上げられますと、けなされることはあっても、褒められることはありません。例えば自治労の不祥事問題。それから、雇用のリストラが進んでいるのに対して、労働組合の姿が見えないということがよく批判されます。また、企業の不祥事が続いている中で、「経営のチェック機能を果たすべき労働組合が一体何をやっているんだ」というような批判も出ています。最後の点については、連合の笹森会長が、「経営のチェック機能を果たすことさえ自覚していない労組幹部もいる」というようなことを、非常に残念そうに言っておられたのを記憶しております。
 そういう意味では、労働組合というのは今非常に評判がよくなくて、「構造不況業種の1つではなかろうか」という感じを持つことさえあるような状況です。今回のフォーラムの企画にしましても、「果たして労働組合の問題を論じるフォーラムにどれだけ集まっていただけるのか」という懸念をしていたわけですが、幸いにも多くの方に来ていただきました。それだけまだ労働組合に対する期待が強いのか、あるいは批判が強いのか、それとも引導を渡したいのか。来られた皆さんのお気持ちはわかりませんが、ともかく今日はたくさんの人にご参加をいただいております。
 今回のテーマは「労働組合は今後とも労働者の代表たりうるか?」であります。タイトルはやや刺激的でありますが、先ほど申しました自治労の不祥事など刺激的な問題を正面切って論じるのではなく、「もう少し地味ではあるが、本質的な問題」を今日は論じたいと考えております。

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労組組織率の低下

 こうしたタイトルをつけたのには幾つかの理由があります。1つは、労組組織率の低下の問題です。1983年に組織率が30%を割りまして、2001年は20.7%であります。雇用労働者の5人に1人しか労組に入っていません。しかも1995年からは、分子であるところの組合員の数自体が減り始めていまして、現在まで減少が続いています。年を経るごとに、この減り幅が大きくなっているというのが実態であります。それまでは、分子の組合員数の微増、微減はあっても、分母の雇用労働者数が増えていたので、組織率が下がるという推移をたどってきたわけですが、95年からは少し様相が変わってきています。2001年は、前年より32万6,000人も減りました。これは減り幅として最大の数字であります。

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雇用就業形態の多様化

 2番目は、非典型、非正規と呼ばれるパート、派遣などの労働者が増えているということです。単に増えているだけではなくて、職場ではこれらの労働者の質的な存在の重要性が高まっております。今日パネリストとしてご出席していただいている井元さんのイオンでは、従業員の約80%以上がパートです。職場の責任者にもパートを抜擢し、将来は店長にも抜擢する構想も立てておられると聞いております。
 増えているのはパート労働者だけではありません。派遣労働者は実働ベースで、過去3年間に28万人から45万人に急増しています。また、電機連合が一昨年実施した調査によりますと、生産部門の労働者の26%が請負労働者と推定され、この人数は過去3年間で倍増しています。
 今年3月のワークシェアリングをめぐる政労使合意では、当面の緊急避難型への対応策のほかに、多様就業型を中長期的課題として、「働き方の選択肢拡大による雇用の拡大」をうたっています。パートの処遇をめぐって労使の意見は対立していまして、この点については厚生労働省のパートタイム労働研究会が7月19日に最終報告をまとめました。今日その内容に立ち入ることはテーマの関係上避けさせていただきますが。
 いずれにしても、雇用就業形態の多様化は一段と進展しそうな気配であります。わが国の労働組合はこれまで正規労働者を中心に組織されてきていまして、この非正規労働者の増加、多様化する働き方に必ずしも対応しきれていない。これがおそらく組織率低下に大きく影響しているように思います。
 もちろん労組のほうも手をこまねいているわけではありません。連合は昨年の春闘からパート労働者の時間給の引き上げを統一要求基準に掲げております。また、昨年10月の定期大会で決めた新しい運動方針では、非正規労働者を軸とする組織化を最重要課題に掲げています。連合の予算総額の約20%を組織化に投入するということで今行っております。こういう努力も見られますが、すぐに実効があがるというものではありません。いずれにしても、わが国の労働組合はその組織の基本形態の転換に迫られていると言ってよいかと思います。

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個別労使紛争の増加

 3番目は、個別労使紛争が増大していることです。これは人事・賃金の成果主義化の進展、労働者の要求の多様化、個別化などが客観的要因でありまして、昨年10月に地方労働局紛争処理制度が発足したのはご承知のとおりであります。個別労使紛争の増加は一方で、企業、職場内で紛争処理の担い手であった労働組合の役割機能が低下していることを意味するのではないだろうか。このことは客観的要因とは別の主体的な要因としてとらえてよいかと思います。こうした背景がありまして、今回、労働組合の問題をテーマに取り上げたわけであります。

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従業員代表制の議論が浮上

 労組組織率の低下がどんどん進むとするならば、あるいは従来型の労組機能がどんどん不全に陥るとするならば、今までどおりの労使関係に代わる、従来型と違うような枠組みを考える必要があるかもしれないということが議論として当然浮上してきます。ここで具体的に上がってくるのは従業員代表制の法制化の問題であります。わが国の労働法は、多くの規定によりまして、事業所単位の労働者代表機関を想定した定めを置いております。例えば労働基準法では、時間外労働協定で36協定というのがあります。これをはじめとして12もの協定事項があります。新しいところでは、企画業務型の裁量労働制について、これを事業所で導入する際には労使委員会というものをつくらなければいけない。これについてきめ細かい規定もされています。今浮上していますのは、こういう個別のものではなくて、一括した労働者代表制の法制化論であります。労働組合とは別に法制化して、企業内労働者代表制を完備すべきだという主張です。これについては、こうした法整備によって、ますます労働組合が弱体化するのではないかというような批判もあります。
 以上を視野に入れまして、本日の討論を進めていきたいと思います。最初に、都留先生から「労働組合と労使関係の現状をどう見るか」というタイトルで基調講演をお願いします。次に、水町先生から、法律学者の立場からコメントをいただきます。その後、労使のお2人にご意見を出してもらいます。ゼンセン同盟は「組織のゼンセン」といわれ組織化に熱心な産別でありますが、二宮さんはその第一線に立つ切り込み隊長のような役割をされておられる方で、豊富な実践体験に基づいたご意見をうかがうことができるかと思います。また、先ほどご紹介しましたように、イオンではパートの比重が非常に大きくて、かつ人事管理でもさまざまな工夫をされています。井元さんからは、イオンでのパートの位置づけなどについてお話をうかがえるかと思います。

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基調報告「労働組合と労使関係の現状をどうみるか」
(都留康・一橋大学経済研究所教授)

はじめに

「労働組合は今後とも労働者の代表たりうるか?」、これが本日のテーマです。このテーマは疑問文ですから、イエスかノーかで答えられるし、答えてほしいというのがおそらく主催者の思惑かと思います。私は微妙にテーマをずらしまして、「労働組合と労使関係の現状をどう見るか」ということでお話をしたいと思います。
 1カ月ほど前、私は『労使関係のノンユニオン化?ミクロ的・制度的分析』(東洋経済新報社刊)というタイトルの本を出しました。この本のテーマと本日のフォーラムのテーマは密接に関係していますから、本の内容にも触れながらお話を進めたいと思います。
 日本の労働組合と労使関係の現状は、先ほど冒頭に江上さんからいろいろ客観的な事実を紹介していただいたとおり、極めて厳しい状況にあります。状況は非常に厳しいのですが、労働組合とか、あるいは労使関係をめぐる学問研究の世界ではどうなっているかというと、そういう研究も凋落の一途をたどって今日に至っています。戦後の日本の労働研究、労働組合あるいは労使関係の研究を振り返ると、今、私が言ったことは誇張ではないということがわかると思います。例えば戦後の民主化の過程で、企業別組合という日本独自の組織形態を見出した大河内一男先生の『労働組合の生成と組織』という本が1956年に出ています。そのころは、そういった本をはじめとして、労使関係に関する名著が次々と生み出される状況にありました。しかし、今日、労働組合とか労使関係をめぐる研究は極めて数が少なくなっていますし、極めて低調です 。
 私はあえてこういう状況の中で労使関係をテーマとした本を書いてみました。日本では非常に労使関係の研究が低調ですが、アメリカやヨーロッパでは必ずしもそうではありません。アメリカやヨーロッパでも、労働組合はどちらかと言うと日本と同じように守勢に立たされているわけですけれども、「なぜそうなっているのか」ということの分析がきちんとなされています。私はそういったアメリカやヨーロッパの労働経済学とか、あるいは労使関係の最近の展開を踏まえながら、「日本の労使関係の現状を労働組合の組織された部門と労働組合のない部門との比較分析を通じて明らかにする」という試みを行いました。つまり、鏡に映すことによってその人の姿は一番はっきりとわかるわけであり、労働組合を「組合のない企業」という鏡に映し出すことによって、組合とは一体何なのかということを見てみたい。逆に、労働組合のない企業を労働組合という鏡に映すことによって、そういった企業の特徴は何なのかということを明らかにしたいというのが、この本の目論見であります。

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労使関係をめぐる5つの疑問

(1)労働組合組織率はなぜ低下したか

 「労使関係をめぐる5つの疑問」に簡単に答えながら、私がどういう考え方をとっているのかお話ししたいと思います。
 まず、労働組合の組織率はなぜ低下したかということですが、国際比較をしておきたいと思います。2000年現在の各国の労組組織率をみると、北欧諸国において高く、日本とかアメリカで極めて低いというパターンが今日でも続いております。日本では先ほど江上さんが紹介されましたように、かつては30%近い組織率だったものが2000年では21.5%まで落ちてきているわけです。なぜなのかということについては幾つかの研究があるわけですが、簡単に言いますと、産業構造の変化とか、あるいは非典型労働などが増えてきた結果、平均値として組織率が下がってきたという考え方が1つ。それから、「組織化プロセス」と言いますが、新たに労組を結成して、そこで組合員を増やすというプロセスが変調を来してきたという考え方があります。
 新規組織率というのは、労働組合が新たに生み出される率と考えていただいて結構ですが、これがどんどん落ちてきている。日本における組織率低下は、雇用構造の変化が確かに1つの要因ではありますが、こうした新規組織率の低下からも明らかなように、やはり大筋は、次々と起業されてくる新たな企業の組織化に成功していないことに重大な要因があるというのが、従来の研究のコンセンサスであります。

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(2)労働組合には経済効果があるか

 では、なぜ新たに生まれてくる企業の組織化に組合は成功していないのか。それが2番目の「労働組合には経済効果があるか」という問題です。私はこうした問題に答えるために、日本労働研究機構の委託研究で、働く人個人の調査を行いました。その調査に基づいて、なぜ労働組合の組織率が低下してきたのかを模索したわけですけれども、その分析を通じて今から申します4つの点を明らかにしたと思っています。
 1つは、新しく設立される企業が組織化されていない、組織化される確率が非常に低いというのは、どういう職種の労働者を雇っているかとか、どういう性別構成の労働者を雇っているかという雇用構造の問題ではない。とにかく新しい企業を組織化することそのものに組合は成功していないことが明らかになりました。
 2点目は、労働組合が存在することによって、全く同じ質の労働者を比べた場合に、何%ぐらい賃金のプレミアムがあるかということを見ました。アメリカでは全く同質の労働者を比べた場合でも大体15%とか20%、組合の賃金プレミアムがあると言われています。この組合の賃金プレミアムが根拠となって、経営者の組合に対する回避行動というのが経済的に促されてくるわけです。日本での組合賃金プレミアムについては、『賃金センサス』に労働組合の有無という質問項目がありませんので、これまではほとんどその値を計算することができなかったわけですけれども、先ほどの日本労働研究機構の調査結果を使って計算したところ、「組合があってもなくてもほとんど賃金に差はない」ということが明らかになりました。
 組合の賃金プレミアムがないということは、一方において、アメリカのように組合が存在することをとにかく避けたいという経営側の行動を、少なくとも経済的には誘発しない。しかし他方で、組合ができても賃金の上乗せ部分がないのであれば、当然もう1つの主体である未組織労働者は、組合に対する関心・興味を経済的な観点からは失うことを意味します。
 以上は賃金という経済的な変数にかかわることですが、第3に不満の発言という組織的な観点から見てみます。職場で問題が生じたときに、「その問題についての不満をだれにも言わない」という労働者の割合が組織労働者、つまり組合に入っている人と入っていない人との間で違いがあるかどうかというのを見たところ、これははっきりとした違いがあって、未組織労働者では「だれにも言わない」という比率がかなり高くなっています。逆に、組織労働者は問題が発生したときに、それをだれかに言うすべを持っているわけです。このことははっきりしています。
 第4は、労働組合に入っているかどうかで、転職したいと考える意思、あるいは仕事に対する不満足度に差があるかどうかを見たところ、転職意思に関しても、仕事に対する不満足度に関しても、労働組合の有無では変わりがないことが明らかとなりました。つまり、労働組合の基本的機能は、賃金とこういった不満の発言にあると私は思いますが、その基本的機能の両面において、日本の労働組合は経済効果を見出しがたい結果になっているということです。

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(3)組合員の組合離れはなぜ生じたか

 今の問題は主として労働組合に入っていない未組織労働者の問題ですが、3つ目の問題である組合員の現状についてお話しします。
 既に組合に入っている人たちの問題は、「組合員の組合離れ」という問題です。従来、この組合離れという現象は、労働者の価値観とか、あるいはニーズが多様化して、これに対して組合の対応が不十分であるために起こったと理解されてきました。つまり、標語的に言うと、「組合の組合員離れ」なのであって、「組合員の組合離れ」ではないというわけです。ここから展開されたのがユニオン・アイデンティティーという運動です。つまり多様化し、複雑化したニーズにできるだけ組合のほうが合わせて、いろいろなイメージ革新とか、シンボル革新を含みながら労働組合の存在をアピールするユニオン・アイデンティティーという運動が、80年代から90年代初頭にかけて展開されたわけです。
 しかし、私が分析したところ、労働組合員の組合への参加意欲の低下は、主として賃金などの基本的労働条件に対する組合の取り組みが十分ではないという、そこのところの低評価が低参加に結びついているからです。少なくとも私の分析したサンプルの中では、必ずしも年齢が若いという理由で組合の参加度が低いということはありませんでした。もちろん、年齢的な要因というのは決して否定できないとは思いますが、それよりも、むしろ組合への評価の結果が参加度を大きく左右しているということが明らかとなったのです。このことは、先ほど言ったユニオン・アイデンティティーという方向の運動が、組合の求心力回復という点では成功でなかった可能性を示唆しています。以上が労働組合の組織された部門に関する分析です。

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(4)無組合企業の労使関係とはどのようなものか

 次に、4番目の「無組合企業の労使関係とはどのようなものか」に移ります。東京大学の佐藤博樹教授の研究によると、労働組合のない企業にもいろいろな発言機構があるということです。従業員組織であるとか、あるいは労使協議制です。こういうものがあることは知られているわけですけれども、知られていないのは、労働組合のない企業が労働条件、特に賃金をどう決定しているかということです。このことは後ほど分析したいと思います。

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(5)無組合企業は何を達成しているか

 5番目の問題は、「無組合企業は何を達成しているか」という点です。無組合企業の調査も何年か前に日本労働研究機構で行いましたが、ごく簡単に結果のポイントだけを述べたいと思います。労働組合などの発言機構は従業員の不満に対する発言を促して、その不満を解消して、より企業の中に定着させて、それで生産性を引き上げていくというプラスの効果があるというのが、最近の欧米労使関係論の有力な考え方です。
 この考え方を出発点に据えて日本の現実を分析してみるとどうなるか。これは4点ありまして、1つは、労働組合のない企業では、主として従業員とのコミュニケーションは業務上のラインを通じて行っておりますが、それを補完するものとして、従業員が集団的に発言する機会、あるいは従業員が個人的に発言する機会といった制度を重層的に配置しています。
 第2に、従業員の参加に対する考え方についてですが、「労働条件の決定に参加させることが重要だ」という考えや、「経営戦略の策定に関与させることが重要だ」という考えも、大体肯定されています。
 3番目は少し技術的なことになりますけれども、労働組合のある企業、親睦型従業員組織がある企業、発言型従業員組織がある企業、労使協議制がある企業に区分けしまして、それぞれの効果を見ると、賃金水準から始まって経営の基本方針に至るまで、労働組合のある企業では従業員の発言が促されています。ここまでは先ほど申しました「退出・発言モデル」という考え方、つまり、労働組合等の組織は不満を発言させることによって、その不満を解消して、より定着を促していくというモデルが想定するとおりです。しかし、それ以降の話になりますと、日本では必ずしもそれが成立していません。つまり、実際に労働組合があることによって、あるいは労働組合以外の組織があることによって定着が促されているかというと必ずしもそうではない。離職率に対して影響を持っていないということがあります。
 ただし、少しおもしろい点ですが、労働生産性について見てみますと、組合や従業員組織がある企業では、そういうものがない企業に比べて生産性が高まるということが、私の分析では出てきました。欧米流の枠組みで労働組合がプラスの効果を持つかどうかを分析すると、労働者の発言を促して、離職率が低下することで生産性が高まる結果が出てきて、労働組合はプラスの効果を持っているという結論になります。しかし、日本の現実は、私のデータ分析の限りでは、労働者の発言の促進というところまでは行きますけれども、そこから先がどうも機能していない。日本で機能しているのはむしろ、労働者の発言を促進して、職場に関するいろいろな情報がトップマネジメントのほうに上がってきて、それが経営戦略の策定に有効に反映され、生産性を高める。こちらのルートが効いているのであろうという結果になっています。
 以上のようなことがありますので、おそらく経営者はいろいろな類の発言機構を受け入れているということが明らかとなりました。

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労働組合・労使関係にとっての課題

(1)労働組合にとっての課題

 以上が分析の主な内容です。最後に、これから何が言えるかお話ししたいと思います。
 私がメッセージを発する相手は3つあります。1つは労働組合です。労働組合が現在抱えている困難というのは、労働市場、あるいは雇用構造、こういった外的な環境変化の結果というよりも、むしろ組合の政策や行動そのものの経済的帰結だということです。
 それはどういう意味かと言うと、組織率低下の一部分は確かにパート化等の雇用形態の多様化によって生み出されています。しかし、多くの部分は新たに生まれてくる企業の組織化に成功していないということですから、これはやはり労働組合の組織化努力の不足の結果だと言えます。これとパラレルな現象は組合内部での「組合員の組合離れ」ということであります。これも基本的な労働条件に対する組合の取り組みに対する低評価から生まれています。つまり、日本の労働組合が抱える困難は、経済的機能の不全に由来する本質的な問題だということです。
 ですから、問題が本質的なものである以上、解決策も根本的なものにならざるを得ないと思います。それはみずからの存在意義を、労働条件事項をめぐる交渉と発言を通じて組合員と未組織労働者に顕示するということです。もちろん現在の労働組合はそういった労働条件事項以外にも交渉すべき問題をたくさん抱えております。政策制度の問題、年金の問題、税金の問題。しかし、先ほど言った労働条件をめぐる基本的な交渉というのが本業ですから、ここのところを軽視してはならないというのが組合へのメッセージです。

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(2)企業経営者にとっての課題

 それから、2番目に、企業経営者へのメッセージです。労働組合のない企業でもいろいろな発言機構が導入されています。従業員参加という考え方も肯定されています。しかし、これらは自分の会社の従業員の労働条件を改善しようとして行っているものではありません。日本で行われていることは、企業の中での発言機構を整備して、従業員のみが知っている職場に関する情報を吸い上げて、より有効な経営戦略を策定し、もって企業業績を改善するというメカニズムだと思います。
 こういうメカニズムを持続するためには、従業員のみが知っている職場情報を吸い上げた経営者が、その情報を労働者に不利に使用しないという約束、保証をすることが必要です。そうでなければ、従業員は自分が知っている職場情報を正確にマネジメントに伝えようとはしないでしょう。これを経済学ではインセンティブ問題といいます。こういった問題がありますから、労働組合のない状況で企業経営をするならば、例えばオープンブックマネジメント(ガラス張りの経営)とか、あるいは労働者への権限移譲などの施策が必要になりますが、そこまで行っている企業は、日本ではまだ少ないというのが私の見た感じです。この点は企業経営者にとってはよく考えないといけない問題だと思います。

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(3)政策当局にとっての課題

 それから、3番目に、政策当局の問題です。大きく言って無組合企業での話し合いの焦点というのは基本的に賃金ではなくて、賃金以外のさまざまな労働条件であるとか、経営事項が中心になります。なぜ労働組合のない企業で賃金をメイン・テーマにしないのかというと、それは少なくともこれまでは春闘が有効に機能しておりましたので、基本的には平均賃金の引き上げ額というのは春闘の世間相場を見ていればいいという状況があったからです。つまり、いろいろな発言を通じて行われる企業の中でのパイの増大と、それからパイの分配という問題が、春闘という制度があることによって明確に切り分けられていた。これは非常にヨーロッパの状況に近いわけでありまして、ヨーロッパでは従業員代表制が多くの国では法制化されていますけれども、その場合、経営協議会の権利と義務は明確に法律で規定されております。賃金を交渉するのが労働組合であり、経営協議会は賃金以外のさまざまな職場の問題を協議する機関であるという役割分担が明瞭に存在しているわけです。ある意味で日本でも春闘があるために、これと似たような状況が生み出されていたということです。
 しかし、昨今の春闘の状況を見ていますと、春闘を通じた世間相場の形成という機能はどんどん失われています。こういった状況のもとで、政策当局が99年の労基法改正における労使委員会方式であるとか、あるいはそれに限定されない、より全面的な従業員代表制というものを構想していくときに、果たして賃金決定の問題はどうするのか。それを企業の中で話し合うのか、それとも別な形で賃金決定を行うのかということが、少なくとも当事者にとっては非常に重要な問題でありまして、この問題をどう取り扱うかということが大事だろうと思います。

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労働組合は今後とも労働者の代表たりうるか?

 このように見てきますと、「労働組合は今後とも労働者の代表たりうるか?」というテーマにイエスかノーで答えるのはそれほど簡単ではないと思います。労働組合のない企業や事業所が増えているという現実を前にすると、「代表たりうるか?」という質問に対する答えはおそらくノーでしょう。しかし、今まで申してきましたように、労働組合のない企業が、それでは賃金をどう決めるのか、例えば今年の春闘で行われたように、「企業業績がある程度上がっているにもかかわらずベアゼロ」という決定を、いかにして組合のない状況で行い得るのかという具体的な問題状況に直面してみますと、それほど明確にノーとも言えないということであります。
 この答えはある意味で割り切った形ではないですけれども、少なくとも私が書物をまとめるに当たって日本の労使関係の現場を歩いた限りでは、今のところ、学者として出し得る答えはこの程度であるということで、基調報告を終わらせていただきます。

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コメント(水町勇一郎・東北大学法学部助教授)

 都留先生のご講演に対して大きく2つの点からコメントさせていただき、さらに、法律家として具体的な今後の法制度のあり方をどう考えるか、その選択肢にはどういうものがあるのかという点について、お話をさせていただきたいと思います。
 都留先生のお話に対するコメントですが、1つは、都留先生が行われた現状分析と、現状分析から出てくる提言についてです。もう1つは、今後のより大きな方向性についてどう考えるかという点です。

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努力不足か構造自体の問題か

 まず、現状分析とそれに基づく課題の提示という本論の部分ですが、今までの研究で必ずしも明らかになってこなかった点を、丹念に深く踏み込んで分析されていて、経済学の素人である私にもわかりやすいように論理的にお話を展開され、非常にわかりやすいものでした。かつ、これまで必ずしも認識されていなかったような新しい問題が出てきて、そういう意味で私自身、目からうろこが落ちるような新鮮な思いをしながら聞いておりました。
 特に、今日の組合の問題というのは、産業構造の変化とか雇用構造の変化という問題よりも、むしろ組合が経済効果において十分な機能を果たしていない。組合があってもなくても賃金の額が変わらない。組合が発言をしても、労働者に発言する機会を与えても、労働者の離職率の低下という形にはつながっていない。そういう意味で、組合があっても、賃金効果とか発言効果という点で、経済的に十分な効果を上げていないという問題がある。とすると、組合としてまず根本的にやるべきことは、基本的に労働条件について、賃金をどう上げていくかとか、発言効果を労働者の満足にどうつなげていくかという点にあるという点が、非常に興味深く思いました。
 ただ、この現状分析に関して、疑問に思った点やさらに詳しく知りたいと思った点が2点あります。第1は、組合に経済効果があまりない、組合があってもなくても賃金がそんなに変わらないという点についてです。その原因が、実はどこにあるのか。単にそれが日本の組合の努力不足にあるのか、それとも企業別組合という日本の組合の構造自体に内在しているのか。その企業別組合という基盤自体を維持している以上、その中でいくら努力をしてもこれは変わらないのか。経済効果を上げることは、企業別組合を維持していてもできるかという原因自体を、もう少しわかりやすく説明していただければ、「今後、組合としてどういうふうにしていけば労働者のためになるのか」という点が、よりわかりやすくなるかなと思いました。

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労組と従業員代表を分けて考えることはできるのか

 もう1つ、政策当局にとっての課題というところの、「賃金の問題と賃金以外の問題とを分けて考えたほうがよいのではないか」というご指摘についてです。ヨーロッパの例を引かれながら、賃金については組合が団体交渉等で交渉し、賃金以外については従業員代表がコミュニケーションを行っていくというように2つに分けたほうが、パイを大きくするのと、パイを分配するという点で分けてクリアにできるのではないかというお話でした。しかし、これからいろいろな利益や問題が複雑に絡み合っていく中で、賃金と賃金以外の問題とをそんなに簡単に分けられるのか。組合と従業員代表というものをそんなに簡単にクリアに分けて議論したり、構想したりすることができるのかというのが率直な感想です。
 実際にヨーロッパでは、これまで組合と従業員代表とを分けて、非常にアバウトな話をすると、組合というのは企業の上にあって、産業別や職業別で企業を越えて賃金、労働時間等の交渉をしてきて、企業の中では従業員代表がより柔軟に、いろいろな事項について経営事項を含めてコミュニケーションするものとして成り立たってきました。しかし、実は80年代から90年代にかけて、いろいろな問題が複雑に絡むような状況になってきて、ヨーロッパの中でも、組合と従業員代表とをそんなに分けて考えられない。むしろ組合が持っていた権限を従業員代表に移譲するとか、従業員代表自体が組合に代わって交渉を行い、労働協約と同じような効力を持つ労使協定を締結するという例が増えてきて、それも法的に承認される方向へと改革が進んでいます。そういう状況からすると、今後の社会が多様化していく中で、果たして賃金とそれ以外のコミュニケーションを分けられるのか。従業員代表と組合を分けて考えることができるのかという疑問を抱きました。

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「多様な利益」に労組は対応できるのか

 第2に、今後のより大きな方向性についてですが、より大きな目で見た場合に、組合や労使関係はどうあるべきなのか。確かに現状では、組合の経済効果があまりないという点に本質的な問題があるということは、私も都留先生のお話を聞いてなるほどと思った点ですが、仮にその問題が克服されたとしても、では、雇用構造の変化、産業構造の変化という社会、より大きく見ればポスト工業化という大きな社会の変化に対して組合はちゃんと対応できているのか。
 むしろ社会の構造的変化の中で、組合という存在、組合という組織自体が対応できていない。労働組合という存在自体が社会に対応できていない。そういう根本的な問題が内在しているのではないでしょうか。実際にパートをうまく組織化して、その労働条件を変えるということは、正社員の問題よりも深刻な問題として顕在化しています。また、社会の中では正社員、非正社員という問題だけではなくて、労働者かどうかわからない、例えば請負労働者、下請労働者の問題も出てきています。さらには、失業者とか、消費者の問題、環境問題とか、会社や労働者にかかわる問題についても、労働者、正社員、非正社員の枠を越えたいろんな問題が複雑に絡み合うような状況になってきています。
 社会が非常に複雑になっている中で、「では、組合というのは歴史的にどういうものであったのか」と言うと、そもそも労働組合というのは、19世紀から20世紀にかけて工業化が進展していく中で、その時代の歴史的、社会的背景に規定されながら生まれてきたし、発展してきた。簡単に言うと、20世紀の大量生産、大量消費に象徴されるような同質的な社会、「大体みんなが同じように働いて、同じような消費をして、みんなで豊かになっていこう」という同質的な社会の中で、同質的な利益を持つ人たちが集まって「自分たちの利益のパイを大きくしていこう」というために誕生したし、発展してきた。
 それが、社会が同質性を持った構造ではなく、「ポスト工業化」と言われるような、利益の異質性というものを前提としながら、いろんな利益を持った人が複雑に存在して、それが複雑に絡み合っている社会の中で、そもそも「同質的な利益を持った人の集まりで同質的な利益を上げていこう」という宿命を持った、そういう存在基盤を持った労働組合が大きな社会の変化に対応していけるのかというところに、むしろ根本的な問題があるのではないか。
 社会の多様化、複雑化という実態を見てみると、その社会の変化に適合できるように労働組合の構造自体や看板自体を根本的に改めていく。それができないとすれば、組合に代わる新しいコミュニケーションの場をつくっていくことが非常に重要になってきます。それがもし労使の間で自発的にできないとすれば、「政策的にそういう集団的なコミュニケーションの場をどうつくっていくのか」というのが、今後の法政策の重要な課題になる。そういう大きな方向性について、現状分析を超えてどう我々は対応しいくべきなのかという点に関する都留先生のご意見がうかがえればなという気がしました。

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今後の法制度のあり方

 もう1つ、今後の法制度のあり方についてですが、社会が多様化、複雑化しているときに、法制度、法政策としてどう対応するのか。少し現実的な問題に戻りますが、大きく3つの方向性があると思います。

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(1)現行の法制度における過半数代表制のあり方

 1つは、最初の江上さんのお話の中でも出てきましたが、現行の労働基準法上に定められているような過半数組合や過半数代表のあり方をどう変えていくのかという問題です。これは基本的には、36協定に見られるように、労働基準法上の原則に例外をどうすれば定めてよいかという例外創出要件で、例えば1日8時間・週40時間という法定労働時間は守らなければいけないけれども、36協定があって初めて時間外労働ができる。その36協定の締結の仕方として、過半数組合ないしは過半数代表と書面による協定を締結しなければならないといったものです。
 これは法律上、原則が定められているものについて、「何か例外を設けるとすれば、こういうふうにしておきなさい」ということですが、この過半数代表者ははたして企業の中にいる労働者全体を十分に代表できるのか。「もっと企業の中の複雑な利益を反映していけるような手続きにどう変えていくのか」というのが、まず重要な課題になると思います。そういう意味で、現行の労使協定、過半数代表、過半数組合のあり方をどう改めるのかというのが第1の問題です。

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(2)より包括的な従業員代表制の法制化の問題点

 第2の選択肢としては、より包括的に、「労働基準法上定められていることに対してどうするか」というのではなくて、労基法に定められているかどうかにかかわらず、例えば経営事項等を含めてより包括的に従業員代表制を法制化するという道もあり得る。もし、「経営事項を含めていろいろなことをコミュニケーションしていったほうがいい」ということであれば、例外創出要件としての労使協定という過半数代表制ではなくて、従業員代表制を正面から法制化して、そこで多様な意見が反映されるような手続きをつくる。こういうことが第2の選択肢として、法政策上論議されています。
 これをつくれば、いろんな意見が制度的に吸収されるという意味で、より民主的になるかもしれません。ただし、これをつくることには非常に大きなコストがかかります。手続きにしても、どんな事項について交渉するか、どれくらいの期間でどのように協議をするかということを法律できっちりと明確に定めてしまうと、そうした手続き自体が硬直化してしまうおそれがあります。そして、急速に変化する社会の流れに対応できなくなってしまうという危険性がある。例えば、従業員代表を選挙で決めるとして、その選挙を3年に1回行うとした場合に、3年間は構成員が変わらないわけです。その3年間で、企業の中の動きがものすごく速く変わるかもしれない。「3年に1度選挙をして、こういう事項について協議しなさい」と法律で定めたとしても、企業の中でもっと協議すべき事項がいろいろと出てきて、3年よりも短いタイムスパンで従業員代表の構成を変えたほうがいいという場合に対応できるかどうか。法律で全国共通に決めてしまうとなかなか難しい。そういう意味で、「あまり法律で明確に定めると手続きが硬直化する危険がある」という点が指摘されるかと思います。そのことを含めて議論することが大切だと思います。

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(3)裁判での合理性の判断を「手続きの公正さ」重視に

 第3の選択肢ですが、これは非常に日本的な方法ですが、日本では労働法の中で判例法理というのが、諸外国と比べても非常に重要な役割を果たしています。大体企業で重要なことをやるという場合には、判例に必ずどこか引っかかってくるので、判例法を知っていなくてはいけない。例えば就業規則を変えるときには、労働基準法上は過半数代表から意見聴取をしなければならないということなどが書いてありますが、それよりも「合理的な内容で変更しなければならない」というところが、法的にはもっと重要なことです。では、その合理性はだれがチェックするのかと言うと、裁判所の裁判官が、「この就業規則の改定は合理的だ」、あるいは「不合理だ」と判断する。それが合理的であれば適法で、みんなを拘束する。整理解雇の問題でも、4要件とか、3要素とか、中身についての議論はありますけれども、最終的に裁判所が合理的だと言ったら適法で、不合理だと言えば違法だということになります。
 日本ではこうした判例法理、裁判所での合理性の判断というのが、配転、出向なども含めて重要な役割を果たしています。その合理性の判断を、手続きの合理性、手続的公正さを重視する方向にシフトしていく。これまでのように、例えば「過半数組合の合意が得られていれば、大体合理的だと推定される」というような解釈ではなくて、利益にかかわっている人の意見がちゃんと吸収された形で話し合いがなされるようにしていく。例えば、パートタイム労働者の賃金とか、就業規則の改定、整理解雇といった場合には、正社員組合の意見だけではなくて、ちゃんとパートの意見を聞いて、「どういうふうにしたいか」、「こういう選択肢があるのではないか」ということを話し合う。その上でパートの整理解雇に至るということであれば、それは「多様な利益にかかわる人の意見が反映されて結論が出た」という意味で、判例法の中身が変わってくる。 このように判例法における合理性の中身を、「多様な意見をちゃんと吸い上げたか、反映したか」という手続的合理性を重視する方向へと変える。日本に固有の判例法理の重要性という枠組みの中で、柔軟に、かつ多様性を内包したものとして法制度を変えていく。そういう法制度のサポートを受けながら、「いろんな利益にかかわっている問題については、それらの利益にかかわる人の意見をちゃんと聞いて、コミュニケーションしないといけない」という方向へと徐々に進めていく。こういう方向が、日本にとっては現実的だし、合理的な選択かなという気がします。

【江上】 幾つか都留先生の基調講演に対してお答えを求めるようなご意見もありましたが、労使のお2人からご意見を聞いた後で、この点については討論の材料にしていきたいと思います。

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コメント(二宮誠・ゼンセン同盟組織局長)

 お二人の先生から非常に厳しいお話がありましたが、聞いておりまして、「多少違うのではないか」、「現場の声とちょっと違うな」という感じがした点も幾つかありました。そういう点につきまして、都留先生の「5つの疑問」の順番で話をさせていただきたいと思います。

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労組組織率低下の背景

 今、労働組合の一番大きな課題というのは労働組合自身の空洞化現象だと思っております。何度も話が出ておりますように、企業内組合の組織率が、ひどいところでは5?6%しかない。5?6%の人たちが、「私たちは労働者の代表ですよ」と言って経営側に要求を出したり、いろいろなところで代表バッターとして話をしたりしている。5?6%しか組織率がないわけですから、一部の利益代表のような感じになりつつある。これを一刻も早く変えなくてはいけないというぎりぎりのところに来ているのではないかと思っております。
 なぜこういうことになってきたのか。やはり経済がグローバル化してきて、国内だけではなく諸外国と競争しなくてはならず、企業はローコストの労働力を望むようになる。それで安い賃金の人たちを集めようとすると、正社員でなくパートタイマーだったり、いろんな形の契約社員だったりする。こうして増加したパートタイマーや契約社員といった人たちを組織化できないでいる労働組合、ここに大きな問題があると思います。この点では、両先生と同じであります。
 もう1つは、パートタイマーや契約社員などが一番多いのは小売業やサービス業ですけれども、製造業でも組合員でない人たちが、同じ工場の敷地内にたくさんいます。例えば昭和40年代ぐらいの頃、ある企業で働いている人たちは500名いました。その企業で働いている人は今では50名しかいないけれども、同じ敷地内には当時と変わらず500名いる。下請けだとか、系列会社だとか、アウトソーシングして外から安い労働力が入ってきており、その意味では30年前とほぼ同数の労働者が同じ敷地で働いているというのが実態です。その450名という人たちが組合員になっていない。そういう現象があります。この2つの点をどう克服するかが今、労働組合に課せられた大きな課題になっています。
 未組織労働者の組織化については、「労働組合の努力が足りない」というお叱りがありました。そのとおりだと思います。連合の会議では、大体どこの産別のトップも、「組織化は一番の最重点課題です」と言います。ところが、「じゃあ、だれが組織化をやるんです」、「どういうふうにやるんですか」、「ターゲットはどうなっているんですか」と聞くと、具体策はまるでない。だから、できるわけがないのです。
 ゼンセン同盟でも加盟組合員が1年間に2万5,000人から3万5,000人ぐらい、合理化や自然減で減っています。これだと、3万5,000人から4万人ぐらいの組織化をしないとカバーできない。なぜこんな言い方をするかといいますと、1つの産別にしても、会費収入が減ると運動の量が減ってしまう。運動は合理化してはならないわけです。合理化せざるを得ないようなことになってしまうと運動や産別機能が弱くなり、じり貧になってしまうわけです。だから、産別の役割としては、決して組合員数を減らしてはいけない。減っても平気な産別のトップもいますが、これは実にけしからんことだと思っております 。
 今述べた3つの要因で、組織率はどんどん減ってきています。組織拡大に関する諸々の会議で、「もうお題目を並べるのはやめましょう」、「本気で実行計画をナショナルセンターやそれぞれの産別でつくりましょう」というような主張をしているのですが、そのあたりがこれから一番重要な点だと思っております。

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企業の枠を越えた組合づくりの時期に

 それから、パートタイマーなどの短時間労働者をどう組織化するかということですが、例えば1日の労働時間が6時間以上で、健康保険や厚生年金保険の該当者という人たちは、正規職員と同様な考え方で組織化すべきだと思います。労働条件についても、「正社員と比べてどうか」という判断をすべきだと思っています。ただ、6時間以上というパートタイマーは今どんどん減っています。4時間未満がどんどん増えている。4時間未満で週20時間未満というと雇用保険の対象にもなりません。この人たちをどう組織化するかというのが、パートの組織化では今一番大きい命題ではないかと思っています。これは従来型の企業内組合の発想では非常に難しいと思います。
 実は一昨年、「日本介護クラフトニオユン」というのをつくりました。介護労働者の組合であります。これは企業内組合ではなく、職能型の組合です。これは試験的にでありました。果たして日本でこのような組合がなりたつのか、労使関係をどのように構築すべきか、直接アメリカへ行ってクラフトユニオンの運営等を勉強する等随分悩みながらつくりました。当初は300名ぐらいで結成しましたけれども、今では3万2,000名という規模になっています。どんどん増えていくのです。日本では企業内組合の歴史がずっとあって、これが日本の労働組合の形だと言ってきた。欧米のクラフトユニオンだとか、地域横断的な産別というのは日本では向かないと言ってきたわけですが、実際にそういう取り組みをしてみると日本でも充分に定着する可能性があるのです。そういう意味では、従来の企業内組合から一歩出て、クラフトユニオンだとか、個人加盟のユニオン、地域の横断型ユニオンのように、企業の枠を越えた組合をつくる時期に入ってきたと思っています。
 企業内組合に、「4時間未満の労働者に対してもサービス活動をやってくれ」と言ったら、おそらくそこまで手が回らない。今は自分たちフルタイマー労働者のことで手いっぱいと答える労働組合が圧倒的に多いかもしれません、パートタイマーだとか、派遣社員、いろいろな雇用条件の契約社員、こうした人たちは従来の企業別の労働組合で抱えるのではなく、違った形で抱えていかなくてはいけないときに来たのかなと思っています。

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労組に対する組合員の信頼度は高い


 2番目の「労働組合に経済効果はあるか」ということですが、先ほどの意識調査に基づいたというお話を聞いて、私どもの調査結果と比べて、率直に言って随分違うなと思いました。ゼンセン同盟では組合員の意識調査を5年に1回、約1万名から1万2,000名を対象に行っております。その結果が今ここにありますので、簡単に申し上げます。1つは、労働条件への労働組合の取り組みに対する評価についてですが、「賃金、一時金に対してはよくやっている」という評価が組合員で8割もあります。これは5年前も同じような数字でした。「何で、賃金は上がっていないじゃないか」と言われるでしょうが、現場の労働者は会社の仕事が減っている、加工賃がダウンしている、売上げが減ってきている、赤字幅が大きくなっている等々職場で現場の状況をよく知っているのです。それでも組合執行部が一生懸命になって今の賃金を少しでもよくしよう、もしくは守ろうと努力しているのです。組合員自身がそれを充分に解っているということの現れなのです。
 それから、組合への信頼の問題でありますが、頼りになるというのは、5年前と今年を比べますと、55歳以上では、5年前が59.8%でありました。今回は60.1%。なぜ55歳以上がこうなるかというと、雇用問題等で将来不安に直面している年代であるわけです。その人たちからみると組合の雇用を守るための努力に対する信頼感があるという証拠だと思います。50歳から54歳では、5年前が54.7%、今年が55.4%です。実態として、増えているのです。ですから、そういう意味では、組合が頼りにならないわけではありません。ただ、若い層では反対です。24歳以下では、5年前は50.9%だったのが、今は43.1%に7ポイントほど減っています。若い人たちに対しては、労働組合が手を差し伸べる努力が足りないなと思っております。
 次に、組合離れの理由についてですが、「組合が何をやっているかわからない」が最も多くて34.5%でした。それから、2番目が「個人生活を重視する組合員が増えた」が30.8%、以下、「活動がパターン化して新鮮味がない」が30.7%、「建前的な話が多く、本音話を回避する」が26.1%、「職場の意見が反映されていない」が25.5%でした。すぐおわかりになるかと思いますが、組合の役員が現場におりていないんですね。現場の声を聞いていない。私どもでもよく反省するんですが、「連合でこう決まりました」、「産別の方針はこうなりました」というのを受けて、その範囲の中で加盟組合が要求案をつくるわけです。しかしそれまでの間、現場での論議を充分に行い自ら要求に自信と確信をもてなければならない。そのための職場論議が充分に行われているか。上部団体の考え方がこうだからということで執行部より一方的に組合員に押し付けてはいないかなど、もう一度、そういう意味では原点に返らなくてはいけないという気がしております。
 調査結果の中で2位の「個人生活を重視する組合員が増えた」の内訳を見ますと、組合役員や組合役員経験者のほとんどがそう答えているのです。つまり、組合役員が組合員から逃げている。「みんなどうせ協力してくれない」と思い込んで、そういうことになっている。この辺が大きな課題だと思っております。

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従業員代表制には保障がない


 それから、労使関係に関する問題です。先ほどの話と重複しますが、組合がよくやっていることとして、「賃金、一時金の引き上げ」という回答が約80%もあります。賃金・一時金は上がっているわけではない。一生懸命になって現状維持をしているということについて、組合員は相当評価しているのです。2番目は「仕事や雇用の確保」ということでした。これにも組合が相当努力しているということです。
 次に、組合に対する課題についてですが、「経営参加、チェックの強化」というのが5年前は35.3%だったのが、今回は47.5%で、約12ポイントも上がりました。それだけ組合員が会社の動向、それにかかわる雇用問題等が気になっているということの現れだと思います。
 ユニオンアイデンティティーの件ですが、これはそれぞれの産別が確かに5?6年前、一斉にやりました。連合でもやりました。ところが、やった結果をきっちりフォローしていない。なぜかと言うと、昭和40年代、50年代、労働組合の役員は10?15年ぐらいはやったもので、自分たちが出したテーマについて、自分たちできちんとフォローをしてきました。しかし、今では長くて5?6年です。大産別の役員だってそうでしょう。ころころ変わってしまうわけです。自分たちが真剣に情熱を注いでやったことについては、自分たちで調査し、分析するとなると相当熱が入るのでしょうが、前にやった人たちのこととなると、それはそれとなってしまっている。運動の継続性を考えると問題ありと思います。
 従来、労働組合の役員になる人たちというのは、最初は青年女性活動や、レクリエーション活動から入っていき、リーダーシップを養って、労働条件だとか、あるいは教育だとかいうようなことを経て、だんだんいろいろなものを身につけて役員になっていきました。ところが、今では名前も聞いたことのないような職場委員クラスが突然、委員長になってしまう。全く労働運動の基礎ができていないのです。そういうようなことが結構頻繁に起きているから、ある意味で労働組合の歴史が継承されていないのです。そのあたりももう一度、見直さなくてはいけない時期に来ているのではないかと思います。
 そういう意味では、労働組合運動の原点に帰らなければということも含めて、日本の企業内労働運動の第2期の労働運動がこれから始まると思っています。「従業員代表制」ということについては、これだけ権利が保障されている労働組合でも経営側となかなか対等になり得ていないなかで、法的な保障の裏付けが難しい従業員代表制を組んだとしても、経営側からすると、赤子の手をひねるようなものです。そういう論議というのはあまり労働組合としてはすべきではないし、好ましくないと思っております。

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コメント(井元哲夫・イオン取締役人事本部長)

 パートタイマーの話がたびたび出てきているわけですが、本日は私どもの会社での取り組みについてというテーマをちょうだいしております。
 イオン株式会社におけるパートタイマーの位置づけですが、2つの側面からお話ししたいと思います。1つは、パートタイマー処遇の人事的な考え方です。もう1つは、社内でパートタイマーとのコミュニケーションをどのようにとっているかということで、この2つの視点からお話したいと思います。
 

パートタイマー処遇の考え方

(1)パートなしで企業は存続できず

  まず、従業員構成については、従業員の総計は約9万7,800名で、そのうちパートタイマー・アルバイトの人数は約8万1,700名、いわゆる社員と呼ばれる雇用形態の人たちが約1万6,000名です。したがいまして、全従業員の中でのパートタイマー・アルバイトの割合を示すパートタイマー比率は、82.5%ということになります。
 社員の年間所定労働時間は1,920時間ですから、その所定労働時間で割り戻しますと、パートタイマー比率は72%強の数値になります。このようにパートタイマーと呼ばれる多くの方々に働いていただいているわけでありまして、よく「パートタイマーは貴重な戦力である」と言われますが、むしろ「パートタイマーがいなければ、我々の企業は存続をし得ない」というところまで人数が増えているわけです。それはファーストフードでありますとか、レストランチェーンといったところでもほぼ同じでありまして、おそらく景気がよくなっても、これが1つのビジネスモデルとして定着している以上、正社員雇用がそんなに進むとは考えにくい。パートタイマーというボリュームがそんなに減っていくとは考えにくいと思っております。

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(2)雇用形態による処遇格差をつくらない

 そういう状態の中で、パートタイマーと呼ばれる人たちの人事としての考え方でございますが、私でもではこういう考え方をしております。いわゆる社員でありますとか、あるいはパートタイマーといった雇用形態によって処遇格差はつくらない、処遇格差を設けないというのが、人事としての基本的な考え方です。もう少し具体的に申し上げますと、パートタイマーであれ、社員であれ、同一の職務を果たしていれば賃金はパートタイマーも社員も同じであるというのが基本的な考え方です。ただし、双方で労働時間が違います。先ほど申し上げましたように、私どもの社員は年間1,920時間です。仮にパートタイマーが1,800時間という労働時間であったなら、「同じ仕事の社員がそのポストで働く賃金」×「1,800/1,920」でよいのではないかと考えております。
 もう1つは、上位資格登用に向けての考え方ですが、これも社員とパートタイマーの間で、上位職登用への機会を全く同じように設定しております。「パートタイマーであれ、社員であれ、1つの同じハードルを越えれば、ある職務につくことができる」という全く同じチャンスを与えております。
 具体的に申し上げますと、私どもの店舗というのは店長と課長と主任という3つの管理職群で構成されています。大体1店舗のモデルが年間売り上げ100億円ぐらいです。課長というのは、例えば食品トータルを統括する。あるいは衣料品トータルを統括する。これが課長のエリアです。そして、例えば野菜や魚、肉といった商品群の統括をしていくのが、主任という方々のエリアです。大体8億円から10億円ぐらいの売り上げがありますが、2年ぐらい前から登用の平準化を始めまして、今では100名ぐらいのパートタイマーの方々が、主任と言われる職務についております。もちろんその賃金は社員とイコールです。2005年には1,000名ぐらいのパートタイマーの店舗主任をつくっていきたいと思っています。そのころには、おそらくパートタイマーの課長、あるいはパートタイマーの店長ができているのではないかとも思います。私どもとしましては、パートタイマーのバイヤーがいて何が悪い、パートタイマーの本社の課長がいて何が悪い、それは社員と同じ賃金で全くよいのではないかと基本的には考えております。

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(3)イオンの人事理念

  では、そういう考え方に至った背景とは何だろうかということですが、4つぐらいに分けられます。1つは、私どもの会社は設立して30年が経過いたしました。会社設立のときから、イオンの人事理念、当時はジャスコという名前でしたので、ジャスコの人事理念というのがあったわけですが、それは、国籍、性別、年齢、学歴、思想、信条、その他属人的な一切のものを排して、能力と成果に基づいて公正に処遇するという人事理念でした。それに新たに従業員区分というのを加えまして、「一切の社員に一切のものを並列に並べていこう」というのが、現在の私どもの人事理念です。したがいまして、企業が創設されて以来、女性と男性の賃金の区別でありますとか、あるいは退職年齢の区別、あるいは昇格、昇進の区別というようなものは一切なかったわけであります。今後も雇用形態、あるいは性別、勤続年数、年齢、一切のものを排除した人事制度を進めてまいりたいというのが1つの背景であります。

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(4)パートと人権

  2つ目は「パートタイマーと人権」という問題が職場にあるのではないかという点です。人権というのは言葉が悪いかもしれませんが、パートタイマーを格下に見るような、そういう風土が職場にあるのではないだろうか。例えばパートタイマーだから、この昇格試験は受けられない。パートタイマーだからこの職にはつけない。あるいは、パートタイマーだからこの会議には出なくていい、朝礼には出なくていい。いろいろな「パートタイマーだから」というのが、それぞれの職場の中にあるのではないかという気がいたします。私どもは、この「だから」を外していこうという運動をずっと展開してまいりました。こういう「だから」を積み上げていきますと、「私どもはパートタイマーだから、どんなに忙しくても5時になったら帰っていく」というように、お互いの否定的な面だけが出てくるのではないかと思います。この風潮を一掃していくのに一番手っ取り早いのが、人事処遇を均等にしていくことではないかと思いまして、こういう考え方に至っております。

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(5)女性のライフスタイルに合わせた多様な働き方の実現

  3番目は、「女性のライフサイクルに合わせた多様な働き方の実現」です。これまで盛んに言われていましたのは、「復職できる仕組みづくり」だったと思います。例えば産前産後の休暇でありますとか、あるいは再雇用制度のように復職できる仕組みづくりだったと思いますが、当社としましては、「働き続けることのできる仕組みづくり」というのを女性については考えていきたいと思っております。したがって、託児所の設置でありますとか、あるいは先ほど来申し上げておりますように、フルタイムでなくても能力を発揮できる仕組みや短時間勤務の管理・監督職への登用、いわゆる短時間勤務で管理監督職が果たせるような仕組みをつくっていく必要があるのではないか。それによって、働き続けながら出産、育児、子育てができるような仕組みができるのではないかと思っております。

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(6) 「働きがい・やりがい」と生産性

 4つ目は、「働きがい、やりがい」であります。私どもの店舗では80名から100名ぐらいの社員と、それから400名から500名ぐらいのパートタイマー・アルバイトというのが1つのモデルになっております。こういう方々の履歴書を全部見てみますと、すばらしいキャリアを持った方がたくさんいらっしゃいます。例えば教員をされていた方、あるいは保母さんをされていた方、中には社会保険労務士の資格を持った方もいらっしゃいました。こういう方々がほんとうにパートタイマーという単純な仕事だけを割り振られて、達成感ややりがい、あるいは正当な評価を受けていると感じているのか、いわゆるES─従業員満足というのを感じているのかというのが、私どもの疑問でありました。したがって、もしいろいろな制約が解けて、十分に働くことができるのであれば、どんな仕事でもできるという仕組みをつくっていきたい。こういう4つの視点から、先ほど申し上げましたように、雇用形態によって処遇格差をつくらないということを1つの考え方にしたわけです。

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パートタイマーとの社内コミュニケーション

(1)パートの労組組織率は1%

 私どもの社員は1万6,068名ですが、このうち組合員は1万3,706名です。したがいまして、社員の中での組合員の比率は85.3%ということになります。次に、パートタイマー・アルバイトの組合員の比率ですが、組合員は778名です。8万1,739名の中の778名ですから、1%の組織率です。従業員トータルで見ますと組合員は1万4,684名です。したがいまして、全従業員の計が9万8,148名でしたから、トータルしますと15%が組合員である、と言うよりも15%しか組合員がいないということになるわけです。
 そういう中で、パートタイマーとのコミュニケーションについてですが、労働組合という1つの組織があるわけですから、労働組合としての取り組み、それから企業としての取り組み、労使での取り組み、この3つに分けてお話をさせてもらいたいと思います。
 私が労働組合の取り組みを申し上げるのも変な話ですが、基本的には、店の中での店長を中心としたマネジメントというのが、一番大きなパートタイマーとのコミュニケーションツールになっています。それは言うまでもないことでありますから、それと違った視点で少し申し上げます。

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(2)労働組合としての取り組み

 労働組合に次のような点をヒアリングしてまいりました。1つは、私どもの労働組合は1店舗で1分会というふうに組織を設定していて、それぞれの分会では、非組合員のパートタイマーも含めて、相談窓口を開設しています。これはおそらくどこの労働組合でもやっているだろうと思います。分会長というのがおりまして、「分会長に何でもいいから、どうぞ相談に来てください」というポスターを貼って、いろいろな相談事に乗っているということであります。実態はどうかと聞いてみましたが、年間を通じて相談がほとんどない分会が大半だということでした。少しはあるのですが、ほとんどが上司との人間関係がテーマでして、いわゆる労働条件に関する相談はほとんどないというのが、1つ事実としてございます。
 ただ、私たちのパートタイマーも、いわゆる地域の組合、あるいは合同労組に飛び込まれる方が随分いらっしゃって、私も団体交渉に出るわけですが、そういうことがあるのはやはり個人的な悩みがあるからだろうと思います。
 2つ目は、私どもの委員長は難しいことを言っておりましたが、「関与総量の拡大」ということです。簡単に言えば、労働組合とそれぞれの組合員、あるいは従業員のコミュニケーションの広がりということだろうと思います。彼が今一番気にしているのは、先ほど二宮さんのほうからも話がありましたが、組合員、あるいは従業員と労働組合との接触の頻度が極めて少ないということです。これを非常に気にしておりました。したがってお互いに関与し合う量を増やしていくということで、例えばボランティア、中国に学校をつくって贈ろうとか、各店でたくさんの従業員を囲んで好きなことを言い合う会とか、いろんなものをアイデアでつくってきているようです。そういった関与総量の拡大をやっているということでした。
 3つ目は、パートタイマーの組合員化の取り組みです。今、1人ずつの話し込みをやっているようですから、これによるコミュニケーションは相当とれているのだろうと思います。おそらく二宮さんあたりに尻をたたかれながら取り組んでいるのだろうと思いますが、まだ完全に会社と話し合いができているわけではありません。

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(3)企業としての取り組み

 企業としての取り組みのなかで、一番重要視しているのは、契約変更時のパートタイマー個人との面談です。私どもは基本的に6カ月で1回の契約にしています。その契約が切れるときには、店長と総務課長が個人個人のパートタイマーと話し合いながら、契約の変更をしていきます。この契約変更の面談制度では、例えば仕事上の問題点、あるいは改善の提案、勤務時間帯、やりたい仕事の希望、健康状態、家族の状況、いろんなことを話し合います。今回から初めて入れたものですが、面談時にアンケートを取る設定もしました。これは主にパートタイマーの働きがい、やりがい、自分のやっていることが評価されているのか、働くことに満足しているのか、こういう視点からアンケートをとっているところです 。
 2つ目は、パートタイマー部会というのがあります。店長がパートタイマーと気楽に話し合う会というのを各店ごとにつくっているのですが、何しろ1店舗に400名から500名です。一同に話し合うわけにはいきません。したがって誕生月ごとであるとか、あるいは担当ごと、あるいは入社年次ごとというように分けて、とりあえず年間で全員から話を聞きなさいというのを1つ入れております。
 3つ目は、生活カレンダー委員会という、これはもう完全に営業のほうの話でありますが、設定をしております。地域に行きますと、季節行事や社会行事の関係で、私どもの商品の構成が全く変わってまいります。例えば私は新潟で営業をしたことがありますが、新潟のあるところでは、節分のときに大豆をまかずにピーナッツをまく習慣の地域がありました。そういうところでは、いくら大豆を置いても売れないわけです。したがって、そういう話をパートタイマーとやりながら商品構成を切りかえていく。こういう営業上の話し合いというのは、当然やってまいります。あと提案制度であるとか、教育といったものは、ほかの会社と同じようにやってきております。

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(4)労使での取り組み

 最後は、労使での取り組みです。これは法的な問題でありますが、安全衛生委員会というのを各店ごとに開催しています。私どもの店舗は社員100名で、パートタイマー400?500名というのがモデルでありますから、パートタイマーの代表もその中に数人入っていただきながら、店長を中心にした安全衛生委員会を開催しています。これはいろいろな環境改善の問題もあるわけですが、むしろここで労使協議会的な位置づけができ上がってきつつあるのかなと、今話を聞きながら考えております 。
 2つ目は、労使での取り組みということではありませんが、セクハラ人権110番というのが、これは労働組合の直通電話と、人事の直通電話というので数本ございます。設置して4年目になりますが、大体月に10件前後のかかり具合です。これも主に個人的な問題の相談が多く、賃金や労働条件がどうのという問題よりも、自分の仕事の評価であるとか、あるいは上司との話し合いの頻度といったマネジメント上の相談が非常に多いという分析ができております。

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討 論

【江上】 都留先生の基調報告に対して、いろいろな意見がありました。都留先生は、労働組合は賃金を軸とした労働条件向上にもっと努力しなさい、そういう基本的なことをやらないからだめだというお話をされました。これに関連しておもしろかったのは、春闘の問題に触れられたことです。組合のない企業は、組合のある企業と、あまり労働条件や賃金についてあまり差がない。これは春闘で相場ができて、組合のない企業に波及していったからであるということでした。春闘というのは戦後労働運動の金看板でありますが、これを一生懸命にやったために、組合の組織化に結びつかなかったという皮肉な結果になるわけです。それから、春闘の相場形成、波及というメカニズムがほころびをきたしつつある状況の中で、これがどうなるのかというお話もありました。
 これに関連して水町先生のほうからは、確かに組合の努力不足はあるかもしれないけれども、努力したとしても、現在の企業別組合という構造自体に組織率低下の原因があるのではないかというご意見がありました。これについては、二宮さんのほうから、介護クラフトユニオンの紹介がありました。これは職業別労働組合で、企業別労働組合ではありません。わずか2年間で組合員数を多く増やされたというご報告がありました。就業雇用形態の多様化の中で、今までの企業別労働組合が丸ごと抱え込むというやり方でよいのかどうかという問題につながると思います。
 日経連が『新時代の日本的経営』という報告を1995年に発表していますが、これは就業形態、雇用形態を3つに分けまして、このうち雇用柔軟型という形態を増やしていくという構想であります。この報告を読んだ当時から疑問に思っていたのですが、就業形態は多様化するけれども、労働組合の形態については、基本は企業別労働組合1本でいくということで、従来とあまり変わらないわけです。この報告の発表当時、連合の鷲尾さん(前会長)は、就業形態の多様化に対応した労働組合形態の多様化という提案をしておられます。こういうことで、都留先生には、企業別労働組合という形態で今の状況に対応できるのかどうかということについて、ご意見を展開していただきたいと思います。
 それから、水町先生のおっしゃった今後の方向にも関連することですが、労働組合は今までのやり方を変えることはできるのかどうか。あるいは変えるとすれば、都留先生はどんな方向をお考えになっておられるのかということについてもお答えいただきたいと思います。
 それから、春闘と関連しますけれども、従業員代表制のような問題提起も一般的に出されていますが、ここで労働条件の問題をどう扱っていくのか。欧米では、従来は産別での労使団体において賃金等の労働条件を決め、企業の従業員代表制の中でドリフトがあったり、産業別に決めたものを少し柔らかくしたり、いろいろな対応をしてきた。それが少し融合しているというようなお話もありました。これについても論議の対象にしたいと思います。

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企業別組合では組織化は進まない

【都留】 水町先生、二宮局長、それから江上さんの取りまとめで幾つかのコメントをいただきました。いただいたコメントが本質的な問題ですので答えるのが難しいのですが、答えられる範囲内で答えてみたいと思います。
 水町さんのコメントの第1点は、私の行った現状分析と提言について、企業別組合という構造的な問題なのか、あるいは努力不足の問題なのかということでありました。
 まず企業別組合の問題を考えるときに、問題の対象として組織化の問題をどう考えるのかということです。それは、交渉の問題と分けて考える必要があると思います。労働組合の組織化という点で言いますと、私は企業別組合という形態そのものをとっているかぎりは、新規組織化は絶対に進まないと思います。構造上、企業別組合は自分の組合の隣にできた会社を組織化することはできません。その役割は産業別組合にゆだねられる。しかし、その産業別連合体は、先ほど二宮局長がおっしゃったような状況にありますので、こういう組合の構造になっている限り、組織化というのは絶対に進まない。部分的に例外的な努力というのはあるわけですけれども、全般的な努力にはおそらくなり得ないだろうと思います。

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内部労働市場がベースである限り企業別労組以外の形態は考えられない

 【都留】 交渉という点に関して言いますと、私は内部労働市場がベースになっている限りは、企業別組合以外の形態は考えられないと思います。水町さんがおっしゃったように、ヨーロッパにおいても賃金と賃金以外の問題が渾然一体化しているということですが、この基本的な要因は労使関係の分権化にあります。つまり、労働者の利害にとって決定的に重要な意思決定が、産業別レベルではなくて、企業別レベル、あるいは事業所レベル、職場レベルで行われるようになってきている。そういう背景がある以上、それに対応した労働者団体というのは、企業別ないし事業所別の団体にならざるを得ないと思います。要するに、企業別組合にとどまってはならないが、企業別組合であらざるを得ないというアポリアです。

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BMW経営協議会の取り組み

【都留】 では、そうであるから何事もなし得ないのか。企業別あるいは事業所別でとり得る選択肢というのはおのずと限られてきます。いかに努力しても、例えば現在の日本で10%とか20%賃上げすることは不可能ですから、おのずと選択肢に制約がある。それでは何もできないのかというと、決してそういうわけではない。そこには努力不足という問題がかかわってきます。
 例えば、今日本の企業の中で賃金をめぐって一番重要な問題は、おそらく賃金制度改革の問題だと思います。成果主義の問題、あるいは給与の形態で職能給を維持するのか、あるいは別の給与形態に移行するのかという問題だと思います。ここのところで従業員を代表する団体として、労働組合ないしそれに類する機関が発言すべき問題、発言できる問題は、たくさんあると思います。
 その1つの例として、先ほど水町さんが渾然一体化していると言われた国であるドイツを取り上げてみたいと思います。たまたまドイツの自動車会社であるBMWを調査する機会が何年か前にありました。そこで、非常に興味深い事例を見たのです。確かにドイツでは賃金問題というのが、経営協議会の中で非常に重要な問題として、BMWでも立ちあらわれていました。私が訪問したときの一番大きなイシューは、個人の成績によって従業員間に賃金格差を発生させることで、同じ自動車会社であるフォルクスワーゲンでは当時やっていませんでしたが、BMWではそれを行い始めていました。
 そのときに、「なぜ賃金格差をつけるのか」という根拠の説明を、従業員にどういう形で行うかということが問題になっていました。当初、会社はその格差の原因を従業員に伏せたまま、結果として格差がつくという状況であったわけです。それに対して非常に強い不満が従業員の間で出たものですから、経営協議会がその問題に関与して、「具体的にどういう人事考課が行われ、それによってあなたは何点だったから、こういう賃金になりました」ということを、賃金ドリフトという非難を受けないように、注意深くIGメタルの許可を得ながらその問題に介入し、結果的にBMWでは人事考課の個人へのフィードバックが実現したというわけです。発生する賃金格差は日本企業の賃金格差よりもうんと小さいですけれども、この問題は今日本企業が成果主義を導入するときに抱えている問題と基本的に同質の問題でありまして、ここのところで経営協議会が行うことができる仕事があったということです。このことは、日本の労働組合にとって示唆的ではないかと思います。

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今後の方向性

【都留】 それから、今後の方向性ですけれども、ポスト工業化が進んでいくと、必ずしも組合では対応できない問題がいろいろと出てくるということは、おっしゃるとおりだと思います。しかし、ポスト工業化が進んでも、たとえ労使関係がなくなっても、雇用関係がポスト工業化の中で中核的位置を占めることには変わりがないということであります。この問題についての利害が残る限り、何らかの雇用関係をめぐる話し合いというのは、企業の中に残らざるを得ないと思います。問題はそれを担うのが組合なのか、組合ではないのかということだと思います。それが内部労働市場をベースにしたものである限りは、私は企業別組合だろうと思います。そうでない問題については、企業別組合でないだろうと思います。
 3番目の今後の法政策の問題ですが、水町さんは3つの方向性を出されて、最後の「日本的な解決」というものが、現状では一番現実的であろうという示唆を述べられました。つまり判例において、多様化した従業員を念頭に置いた合理的な判断をすべきであるということです。おそらく法律論的には、これが現実的な選択肢だろうと思います。しかし、水町さんがコメントの中で出された「手続き的公正」ということを確保するためには、おそらくある種の裁量性とか、恣意性に委ねられないような何らかの法的な仕組みが必要です。それが3年おきの選挙なのかどうかということは別にして、手続き的公正を確保しようとする限り、法制化は避けられないだろうと思います。その担保がなければ、多様な意見の反映は法的に達成されないのではないかと考えます。
 もちろん、過剰なリーガリズム(法制化)、そのコストというのは経済学的にも考えないといけない問題ですが、「そのコストを払っても透明性を確保することが、日本の企業社会を考える上で大事かどうか」という点が、判断の分かれ目になってくるだろうと思います。私は、労働組合がある事業所、企業については、おそらく労働組合がそういう役割を果たしてくであろうと期待します。労働組合のない企業については、いつまでも今のようにあいまいな状況ではよくないのではないかと考えています。

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組織化が進まないのは努力の問題

【水町】 最初の企業別組合の問題という点だけコメントさせていただきますと、企業別組合の問題というのは、私自身の印象では、1つは正社員組合というのが基本的な形になっていて、そういう意味では同質的な組合員をターゲットにして、同質的な利益を守ろうとしているところにまず第1の問題がある。この「正社員組合であることをどう克服するか」という課題と、もう1つは、企業を超えて進行している問題に対して十分に対応できないので、「企業を超えた問題にどう対応していくのか」という点の2つ大きな問題があると思います。その点は、これまで各先生方が指摘された通りですが、「企業別組合だと組織化がうまく進まない」という点は、構造自体の問題というよりも、むしろ努力の問題だと思います。トップダウンで中央集権的な組合よりも、企業別組合という分権化された組合だとそれぞれの現場の利益状況に一番近いところにありますので、現場の利益に具体的にかかわっている人たちが「利益状況をこう変えていけるんだ」といったいろいろなアイデアを出し合っていけば、具体的なニーズに合わせた組織化もできるのではないか。都留先生とは、その1点だけが違うかなという気がしました。

【江上】 企業別組合の問題で言いますと、多くの組合は正規従業員に限定しているわけです。就業形態の多様化が進展し、今後ますます進展するだろう中で、この正規従業員だけの労働組合が発想転換して、パートの皆さんなどをメンバーに入れることを積極的にやるかどうかという問題が第1点です。
 また、それは無理だと見切ってしまい、地域でパートだけの労働組合をつくる。コミュニティユニオンみたいなものが、あまり数は多くないようですが、十数年ぐらい前からあります。この辺の組織をどうするかということは、労働組合運動にとって1つの大きな問題だろうと思います。この点について、二宮さんはどんなふうに考えているのか。ゼンセン同盟、あるいは連合のレベルではどんな論議になっているのでしょうか。

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組合に必要な意識改革

【二宮】 その前に、組織化、企業別労働組合をつくるのが難しいという話がありましたが、日本ではそもそも「職能別労働組合をつくるのが大変だから」ということで、マッカーサー指令によって企業別労働組合を中心につくってきたのです。「企業別労働組合のほうが簡単だから」ということでできた。今ほど水町先生が言われたように「努力が足らない」、そのとおりだと思っています。ここにきてようやく、「それぞれの産別、ナショナルセンターが努力しなければならない」、「理屈でなく実践しなくてはならない」ということになってきている。
 パートタイマーの加入の問題では、よく組合員がこういう言い方をしています。「パートさんというのは、雇用の安全弁だ」、「労働組合に入られると、自分たちの首が危ない」、「パートタイマーの賃金を上げることによって、自分たちの賃金が上がらなくなる」。ところが、それはまるっきり反対で、後ほど井元さんに聞かれたらいいと思うのですが、今の流れは正社員を減らして、パートタイマーを増やしている。そしてパートタイマーに権限を与えていく。そのほうがローコストでできますから、現実はそうなっている。つまり、「パートタイマーが考える雇用の安全弁は正社員である」と言ったほうが正しい。その辺の見方が間違っている組合が数多くあることが問題なわけです。
 それからもう1つ、パートタイマーの組織化がなぜできないかと言うと、これは意識の問題であり、そういう意味で組織化に必要なのは意識改革だけだと思います。冒頭に言いましたように、労働組合というのは働く者の大衆組織です。大衆ではなく一部の人のための組織だったら、それで労働組合といえるのか。今、そういう状況になっているということを、ほとんどの組合のリーダーはわかっている。もう理屈ではない。労働組合の組織を存続していこうと言ったら、パートタイマーを組織化しなくてはいけない。それで初めて大衆組織である労働組合だと言えると思っております。
 こういう意識調査の結果があります。「パートタイマーは組合に入りたくない」と思っている人が結構います。しかし、組合に入っていないパートに意識調査をしてみたら、労働組合の未加入の理由は、「加入を勧誘されたことがない」が16.1%、「パートには加入の資格がない」が52.1%、それから「組合に加入すると会社や管理職が嫌がる」が0.9%、「組合費の負担が嫌だ」が1.2%でした。実際にパートタイマーで働いている人たちは、声がかかるのを待っているのです。
 それから、「組合への加入を勧められたらどうするか」という問いに対して、「喜んで加入する」が9.2%、「特別の不利益がなければ加入する」が54.4%、「組合が役立つと思わない」が6.1%、「今の組合に加入したくない」が4.1%でした。こういうことで、「圧倒的に不利益がなければ加入したい」、「声をかけられたら喜んで加入する」という調査結果があるわけです。ですから、声をかけていないだけなのであり、組合が意識改革をすれば、パートの皆さんはどんどん組合に入ってくれると思っております。

【江上】 二宮さんの大先輩である連合の山田精吾・初代事務局長に話を聞いたことがありますが、「何でこんなに組織率が低いんですか」と質問すると、パートが増えたからとか、ぐちぐち言わないんです。「我々の努力不足」という一言で終わってしまう人でした。ちょっとしたエピソードですが、大阪のほうで組織化を担当した部下の人に話を聞きますと、オルグの人が毎日、外回りをしてきて、帰って「きょうは収穫ゼロ」と報告すると、山田さんから灰皿が飛んできたそうです。ゼンセン同盟の皆さんに聞くと、みんな努力不足と言われる。それだけ一生懸命やっておられたということであります。
 次に、井元さんにお聞きしたいのですが、まず、労働組合がパートの人も入れるという開けた形態にしているにもかかわらず、こんなにも組織率が低いのはなぜかということ。それから、使用者、経営者の立場に立ったら、パートの人が組合にもっと入ってくれたほうがよいのか、それとも悪いのか。どんなふうにお考えでしょうか。

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パートの組織化は労働組合の質を変える

【井元】 1つ目のほうの質問ですが、七百数十名のパートタイマーが組合員でいるわけですが、この方たちは、実は以前のいわゆる社員群の残りの方々なのです。今はもう廃止しましたが「キャリア社員」という社員群がありまして、年間1,800時間前後の労働時間のパートタイマーでした。ほとんど正社員と同じような位置づけで働いていただいておりましたので、組合員としての位置づけをしてきました。これを廃止しましたから、当時は3,000名ぐらいの規模だったのが、今では780名になっています。ですから、今は決してパートタイマーに開かれた労働組合ではないということが1つあります。
 それと、もう1つはパートタイマーを組織化したほうがいいのかどうか。私ども小売業のパートタイマーの比率というのは、おそらくどこも同じような実態があると思います。80名から100名の社員がいて、四、五百名のパートタイマーがいる。こういう店を組織化していきますと、完全に労働組合の質が変わるだろうなと思います。「どういうふうに運営していけばいいのか」という根本的なところから、労働組合を問い直していく必要があるだろうと思います。
 1つは、働く動機というのが全く違います。パートタイマーと一口に言いましても、いろんな方々がいらっしゃいます。いわゆる社会保険適用の月間120時間以上働いておられる方、大体週20時間で短時間の雇用保険ぐらいをめどに働いておられる方、あるいはさらに短時間の方。もっと言いますと、土曜、日曜、祭日だけ働かれる方、あるいは朝の2時間だけ働かれる方、深夜帯だけ働かれる方、いろんな方々がいらっしゃいます。そして、それぞれ働く動機が全く違うんです。働く動機が全く違う8万数千人を一緒に組織化できるかどうかということは、非常に大きな論議をしていく必要があるだろうと思います。
 そういう中でユニオンショップ制というのは、ほんとうに効力を発揮するのかどうか。
 労働組合に入りたくないパートタイマーの比率が高いということですが、これは先ほど二宮さんが「労働組合としてあまり攻めていないからだ」という自己批判をされていましたが、そうではなく、やはりライフスタイルの中で働くことの比重が非常に少ないパートタイマーがいて、その方が労働組合に対して重きを置くかどうかというのは、非常に難しい問題になってくるだろうと思います。
 もう1つは、全国で組織化するほうがいいのか、あるいは地域の中で組織化するほうがいいのかということがあると思います。例えば、私どもの鳥取店のパートは、青森店のパートの賃金なんて見ません。鳥取店の前にあるダイエーのパートの賃金は見るかもしれませんが、青森店のパートの賃金なんて見ない。そう考えますと、どういうふうに組織化をしていくのか、あるいは運営をしていくのかという問題が残ります。
 それと、やはりパートタイマーと社員の間では、ベネフィットの問題に違いが出てきます。これを全部社員に揃えていくのか。そうするとものすごいコストになります。例えばこのときに、「社員とパートタイマーを足して総額人件費として一緒でいいよ」という話に、もしなるとしたら、社員のほうもある程度自分たちのベネフィットが下がっていくことを覚悟の上で、パートタイマーの組織化というのができるのかどうか。多分いろいろな問題を含んでくると思います。この辺はもう一度、私どもの労使でも話し合っていきたいと思っています。イエスかノーかでお答えしにくいことですので、問題点だけを指摘しておきました。

【江上】 従業員代表制の問題についてですが、これは水町先生から、包括的な法制化には否定的なご意見をいただきました。しかし、現在の判例法理に過半数代表、あるいは過半数を占めている労働組合という規定はありますが、その中に例えばパートの人たちの意見は入っておらず、こういうものを入れ込むような形でないと合理性がないので、そういう仕組みにしていくべきだということでした。
 二宮さんからは、労働組合として従業員代表制の問題に否定的な意見がありましたけれども、連合は労働者代表制を新しいワークルールづくりの中で提起しています。どうも、ゼンセン同盟と連合とで違うみたいですが、こうした点について二宮さんからご意見をいただけますか。

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パートの賃金のあり方はパート自身で決めるべき

【二宮】 従業員代表制については先ほど述べたとおりです。労働組合が本来の役割を果たしていない。組織率の件からすると産業別組織が「仲間をつくる」という本来の役割を果たしていない。そういう前程にたって従業員代表制ということがでてきたわけで労働組合自身が議論すべきものではない。まさにこのことは労働組合自身、自己否定をするようなものであると思っています。
 パートタイマーの件は水町先生の言われたことに非常に近いと思いますが、例えば「パートタイマーの労働条件がどうあるべきか」と言うとき、それは正社員が決めるべき問題ではないと思います。パートタイマーがみずから、自分たちの賃金のあり方は自分たちで決めるべきです。連合にパートがどれだけ入っているのかと言えば、二十五、六万人です。しかも、そのうち15万人ぐらいはゼンセン同盟の組合員です。「うちはパートの組織化はやりません」と言う産別の人たちが、「パートの賃金はどうあるべきか」という議論に参加している。これはおかしい。パートの人たちを外して論議するようなことは、非常にナンセンスだと思います。(賃金の水準が)高いか低いか、どういう決め方がよいかということはこれからの大きな課題だと思いますが、「当該者参画」。基本的な原則はそこにあると思います。

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労働者代表制の目的とは何か

【井元】 水町先生に質問があるのですが、労働者代表制について、非常にわかりにくいところがあります。例えば労働組合であれば、経済条件を上げていくという1つの目的、団体そのものが持つ目的があります。労働者代表制というのが出てくる背景、いわゆるパートタイマーが増えてきたといった背景はわかるのですが、その団体の持つ目的はいったい何になるのか。これがよくわからない。

【水町】 そもそも団体がメンバーの利益を守る、同質的な利益を持った組合員の利益を守るために活動しているという意味で、法政策的にと言いますか、全体として見た場合に、既存の労働組合というのは、全体の中で特定の利益を代表する、特定利益のための団体になっていると思います。同質的な社会、20世紀的な社会において、こうした労働組合は合理的だったかもしれません。けれども今は、全体から見ると個別利益を代表する個別の組織である労働組合が、あたかも全体の利益を代表しているように見えている。この「ずれ」が一番の問題だと思います。
 特に従業員の中にいろいろな利益があるにもかかわらず、過半数代表者というのが1人であったり、パートの利益を正社員組合が基本的に関与して決めたりするという「ずれ」があること自体が問題です。社会の全体として、利益が非常に多様化していて、いろいろな層が出てきている。そういう時代に法政策的にどういう選択肢があるかと言うと、1つは個別利益を代表する組織をどんどんつくらせるということがあります。正社員組合、パート組合、請負組合、失業者組合という具合に特殊利益を追求する代表者をいっぱいつくらせて、ばらばらに交渉させてやっていく。もう1つは、その特殊利益を集めた中で、全体的、政策的にそれらを統合して議論できる集団的なネットワーク、協議の場を設定する。さらには、草の根の企業レベル、地域レベルの組織自体が、特定利益を守るための集団から脱却して、複雑に絡み合う利益を全体的に統合しながら、例えば企業の中であれば、正社員であれ、非正社員であれ、請負労働者などの特殊な利益をも組み合わせながら、全体として調整するということを、むしろ組織の主眼にする。
 社会の大きな変化の中で、特殊利益を追求するというのではなくて、複雑に絡み合う利益をどう調整して、全体としてバランスある社会をつくるかを考えないと、特定利益を守っているつもりだった、その特定利益の当事者自体が社会的に沈んでいく。今の正社員のように、自分たちの利益を守っているつもりがリストラされて、非正社員ばかり増えていくという事態になってしまう。組織自体の目的を変えていくべきではないかというのが、私の考え方です。

【井元】 大変実務的な話ですが、例えば労働者代表制というのをとったときに、従業員の意見を幅広くまとめ、それを経営者に話として伝えていく。それを実現するためのいわゆる団体交渉権とか、そういうツールは一切なしで話し込んでいき、「わかりました、聞きました、結果こう決まりました」というときに、果たして従業員が満足するかどうかというのが、非常に気になります。

【水町】 ヨーロッパのシステムだと、労働組合には労働三権が認められています。最終的にはストライキをして交渉を有利に進めようとする。ただ、従業員代表については、基本的な構造としては、全体の利益を代表して、従業員としてコミュニケーションをしたり、調整したりするものなので、ストライキ権をもたないものとされています。そのこと自体よいかどうかということがありますが、最終的な決着のつけ方として、「最後はけんかをして、戦って決着をつける」というやり方と、「話し合いをした結果については、例えば客観的に公正な立場にある仲裁者や裁判官がその話し合いのプロセスを重視して決着をつける」というやり方の大きく2つあると思います。
 今の社会の大きな変化の中では、後者のほうが、より社会の動きにマッチした帰結を導き出せるのではないかという方向に、おそらくヨーロッパでは進んでいます。日本でも、大きな流れの中ではそういうふうに近づいていて、労使紛争自体が昔のストライキをして戦う方向から、協調的な話し合いのほうに進んでいます。こういう大きな政策的選択肢の中で、労使関係も考えていかなくてはいけないのかなと思います。

【江上】 難しいのは、水町先生がご指摘されたように、労使のコミュニケーションですね。労働組合のほうは交渉権も争議権も持っている。ヨーロッパの場合、従業員代表制がありますが、多くは労働組合がかんでいます。労働組合の力みたいなものが、そこは混然としているということでしょうが、それを多分に生かしながら、従業員代表制の中で活動している。先ほどからの日本の論議のように、どうも労組の組織率が低くなった、パートが増えた、労働組合が労働者を代表していない、だから置きかえて従業員代表制、みたいな発想だとどうなるのか。少し違うのではないかというのが私の意見です。

【都留】 今の問題で、ヨーロッパと日本の状況が大きく違うのは、先ほど来話がありましたように、基本的にヨーロッパでは労働組合は企業の外にいて、企業の内には経営協議会のメンバーがいるという点です。多くの場合、経営協議会のメンバーは労働組合員であり、結局同じ人が組合の役員であり、かつ経営協議会のメンバーであることが多い。ここで非常に便利な点は、立場を使い分けることができるということです。例えばIGメタルの組合役員であっても、企業と話をするときは、経営協議会のメンバーとして別の顔をして話すことができる。日本は企業別組合ですから、同じ顔しかできない。そこのところが構造的に難しい問題です。
 ただ、日本も歴史的に見ていきますと、労使でいろいろな職場の問題について話し合うというのは、明治時代からありました。例えばカネボウの前身である鐘ヶ淵化学であるとか、いろいろな炭鉱などで自然発生的にそういう労使協議が行われてきました。やはり、従業員の意見を何らかの形で聞いていかないと、仕事が進められないわけです。
 圧倒的多数が労働組合に組織化されている場合は、意見を聞いてくる相手は労働組合でよかったわけですけれども、最近の状況だと、そうではなくなっているというところに問題があります。 そうである限りは、やはり異なる従業員層、異なる利益を持った層から選ばれてくる一種の従業員代表の意見を聞いてくるというふうにならざるを得ないと思います。

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質疑応答

【質問者1】 企業別労働組合の問題ですけれども、都留先生は内部労働市場論の立場から企業別労働組合でなければならず、それにかわる組織形態の労働組合はないということをおっしゃったわけですね。ところが、内部労働市場というのは崩れているのではないでしょうか。経済がグローバル化して、今まさに労働力も流動化していますし、雇用形態も多様化しています。内部労働市場論は、企業別労働組合存立の条件としては非常に弱くなっているのではないかと思います。
 「企業別労働組合は従業員を代表しているのか」ということが議論になりました。パートが非常に多くなっている。正社員は減ってきている。これからますます正社員は減っていくだろう。そうなってくると、正社員だけを対象としている企業別労働組合は、その企業の従業員を代表できなくなって、少数になっていく。そうなってくると、その企業の少数である企業別労働組合が従業員を代表することにはならなくなる。ではどうするのか。企業別労働組合を前提とする限りは、企業別労働組合が組織化して、組織を広げていく。そして、正社員だけでない労働組合にしていくということが1つの方法としてあるのではないかと思います。
 「そんなことを言っても、パートにはパートの要求があるだろう」、「雇用形態の違いによって要求が多様化しているのではないか」、「それを1つの組合で代表することができるか」ということが議論になっています。しかし、今の正規労働者だけの企業別労働組合の中でも、要求が多様化してはいないでしょうか。正社員の労働組合ですら要求が多様化しているわけです。しかも、最近ではなくて昔からそうです。ですから、それを理由として「企業別労働組合は代表していない」、「多様化の要求に適応できない」ということにはならないのではないかと思います。
 やはり「そこで働いている労働者の労働条件の維持・改善を図るためには、どういう組織形態がいいのか」ということを、まず考えるべきではないでしょうか。企業別労働組合で代表できないからといって、直ちに従業員代表制というのには疑問があります。やはり、労働三権がちゃんと保障されていなければ、そういうバックがなければ労使対等にならないのではないか。そして、労使対等でなければ、労働者の労働条件の維持・改善は図れないのではないか。労使対等という限りは、やはり労働三権が保障している労働組合以外にはないのではないでしょうか。
 それから、今の労働者が一番関心を持っているのは賃金制度の問題だという話がありました。そのために企業別労働組合でなければならないということだったと思うのですが、いま労働者が一番関心を持っているのは、果たして賃金制度の問題でしょうか。例えば、「成果主義賃金にしろ」とか、「年功賃金を残せ」とか、そういうところに一番関心があるのでしょうか。私はやはり賃金水準の向上だと思います。やはり賃金水準のアップが、労働者が一番関心を持っていることではないでしょうか。

【質問者2】 まず都留先生の「労働組合に経済効果があるのか」ということに関係しますが、いわゆる雇用形態の多様化という話で論点が進んできているような感じがします。私の率直な意見として、都留先生が発表された内容は、中小零細企業を参考にしていないのではないかという疑問があります。なぜかというと、私どもの労働組合は主に中小企業を対象に組織化をやっていますが、中小企業では有給休暇がないとか、退職金制度がないというのが一般的にあります。こうしたことは即、労使紛争になりやすいのですが、これが安定した場合には有給休暇が取れる、退職金制度が徐々に整備される、賃上げがされるということで、経済効果は間違いなくある。
 それと、なぜ組合員の組合離れが生じたかについてですが、私は少し見方が違います。例えば、組合役員の勇退時に大きな合理化が起こっているということが、一般法則としてあります。経営側と労働者側のせめぎ合いの中で、企業内組合が合理化に表向きでは反対と言っても、実際は相当利益誘導の問題とか、実際は合理化をのんでいる経過とかいろいろある。それがリアルに語られないで、単に意識改革の問題だといっても、実際にはそうではない。むしろ経営は並々ならぬ意図を持って、いわゆる労働組合幹部の交代時に合理化をやっている。そういうところが少し抜けているのではないでしょうか。

【都留】 企業別組合のベースが内部労働市場にあるとすると、その内部労働市場は崩壊しているのではないかということについてですけれども、今までの雇用保障の対象となっていた男性に関しては、2000年の賃金センサスまでは長期勤続化の傾向がますます進んでいるということがあります。したがって、その層に関して内部労働市場的な慣行はまだ崩壊していない。ただし、それがカバーする範囲は着実に減少しています。つまり、これは雇用形態の多様化と裏腹の現象であり、そういう多様化が進んでいるということです。
 私は企業別組合の定義をかなり狭く、つまり現行の労組法上の組合として定義しています。そういうものである限りは、少なくとも「企業の中での利害の共通性」というものがないと、企業別組合は成立し得ないと考えています。欧米の労働組合に比べて、企業別組合は多様な労働者を組織化しています。その最たるものはホワイトカラーとブルーカラーを同じ組合員としているということです。ただし、これが可能なのは、ホワイトカラーにもブルーカラーにも同じ人事制度が適用され、少なくとも、これまではその2つの層に関して同じ雇用慣行が維持されていたからです。さらに言うと、パートタイム労働者の組合員化が進むのは、そのパートタイム労働者が基本的には正社員と同じ仕事をしているからです。そして、長期勤続化が進んでいるから、企業別組合に入れることができるわけです。
 これは私の狭い定義による企業別組合に関する見通しです。逆に企業別組合をもっと広く定義すればいいという考え方もあり得ると思います。それは先ほど井元さんがおっしゃったように、これは一種の試行実験的なお話だと思いますが、「とにかく入れてしまえばいい」、「労働組合の質が変わっても、それはまた別の組合であろう」という考え方もあり得ます。これの最も極端な例は、私が分析の中で従業員組織と呼んでいる社員会ですね。これにはパートタイム労働者も入ります。さらに重要なことは、管理職も入ります。経営の利益代表者も入るわけですね。それは、役員でない限りは従業員という資格で同じだからです。これは1つの可能な選択肢ですが、そのためには労組法を改正しなければいけません。経費援助も社員会の場合はあります。これは労組法で禁止されています。ですから、企業別組合の定義をどう変えていくのかによって、この回答は変わってくるのではないかなと思います。
 また、組合離れの原因が企業との癒着関係にあるというようなことですが、私の分析の中では必ずしも明示的に取り上げておりません。そういった事例研究を十分やっておりませんので、今日いただいたコメントに従って今後考えてみたいと思います。
 ただ、私の分析対象で、「中小零細企業が対象になっていないのではいか」、「だから経済効果がないのではないか」という点に関しては、大いに反論があります。私のこの調査は、企業に調査票を送って、その平均賃金の額を書いてもらうというやり方ではありません。住民基本台帳に基づいて、18歳から59歳までの個人を家庭に訪問して、具体的な賃金額を聞くというやり方でやりましたから、超零細企業の従業員も入っています。

【水町】 従業員会への使用者の経費援助が労組法上規定されている支配介入となって不当労働行為になるかという話ですけれども、労組法上労働組合と認定されたものに対して資金援助をすると、それが支配介入になって、労働委員会に対して不当労働行為だというふうに申し立てることができます。他方で、労組法上労働組合ではない従業員会に資金援助しても、労組法7条の不当労働行為の問題は基本的には出てきません。ただし、労組法自体が労働組合をターゲットとしていて、もう何十年も全く変わっていないということ自体、労組法の機能不全があって、それが今の実態に合っていないとすれば、労組法自体をどう改めていくかということは、今後の重要な政策課題だと思います。

【二宮】 社員会、従業員会が組合の代わりになれるのかというのは、先ほど言ったとおり全くナンセンスな話です。保障も何もないわけですからね。対等な原則も。それらが組合にかわって団体交渉するというのは、全く不可能、無理なことだと思います。

【井元】 私も全く同感でして、従業員代表制におきましても、あるいは社員会におきましても、これは質的に労働組合とは違うというふうに思っています。

【質問者3】 労働組合とは、結局、弱い従業員が集まってできたものです。弱いからものが言えないので、みんなで集まって気持ちを伝えようということで、運動してきたわけです。
 私がおかしいなと思うのは、日本国憲法で団結権から団体交渉権まで保障されていて、むしろ組合をつくりなさいというような法律があるにもかかわらず、「労働組合をつくることはいけないことだ」というような風潮があり、経営側が労働組合をつくろうとした人たちやグループを妨害したり、完全な法律違反にもかわらず不当労働行為が行われ、争議や紛争になってしまい、なかなか解決しなかったりするという実態があることです。だから、法律と憲法と労組法がある中でも、なかなか組合ができていかない。「組合にかかわったら大変なことになるな」ということで、だんだん「労働組合をつくったり入ったりすることはいいことではないのではないか」というのが、自然にできてきているような気がしてなりません。こういうことをマスコミの方も何で取り上げないのかなと思います。今日お見えの大学の教授の方々からも「労働組合をつくったらいいんじゃないの」「労働組合頑張れ」ということを、いろいろなところで言っていただきたいなと思います。もし、「労働組合なんて要らない」というふうにお考えでしたら、どこかでそれをはっきりとおっしゃるべきだと思います。
 あと、労働組合は多様化している内容を、いろんなものに取り組んでいますし、年功序列賃金を頑に守っている組合なんてないはずです。そういう意味ではいろいろなことをやっているわけですので、「対応できないから組合はもう無用だ」というように話がいくのはどうか。労働組合がどういうものかもう少し理解していただきたいと思います。

【質問者4】 私は何らかの形で従業員代表制の法制化が、もう必要な時期に来ていると思います。そのときに問題なのは、組合がない職場でそういうことを議論するのは大変結構なことだと思いますが、例えば既に組合がある、とりわけその組合が少数組合だった場合、その競合関係をどう整理するのか。この辺はどういうふうに考えたらよろしいのか、それをうかがいたいと思います。

【質問者5】 労働組合としてやってはいけないこととして、「政治活動や社会活動を主な目的にしていること」ということがあります。しかし、「社会が悪いのは政治が悪いからだ、大企業が悪いからだ」ということでやってきて、「だから、おまえのところもそうだ」と言って要求してくるようなことがさんざんありました。こういうことに対して、私も私なりの所見があるものですから、労働委員会に行きまして、「こういうことを言ったら不当労働行為だと言われたので取り上げてほしい」と言いましたら、労働委員会は、「組合から言ってくることは取り上げるけれども、経営者から言ってきたことは取り上げない」ということでした。これはおかしいですね。両方の話を聞いて初めてわかるものなので、そういうことをやらないというのが法律で決まっているのかどうかお聞きしたい。
 もう1つは、組合との折衝を何年もやってきまして、やはり組合のリーダーに魅力というのがもうひとつ欲しい。上のほうから言われて、ただ、戦術をぶつけてくるのではなく、ほんとうに経営のパートナーとしての組合というのがどうしても欲しいわけです。やはり経営をしてみて、「働く人との接点をいかに持つか」ということは非常に大事なので、そういうことを考えます。しかし、「それは組合の総会でどのような決議で、どんな人が集まって、どんなふうにやったんですか」と聞くと、すべて不当労働行為ということで片づけられてしまう。もう少し魅力のあるリーダーを育てるために、ゼンセン同盟とか大きな組織ではどういうことをやられているのか、それを聞きたい。

【都留】 「阪神タイガース頑張れ」といっても、「なぜ弱いのか」という戦力・経営分析をしないと、だめだと思います。私は大学で労使関係論も教えますし、人事制度の経済分析も教えますが、労使関係のときは学生が来ない。これが今の悩みです。
 私は、もっと小中学校の段階から労使関係に関する教育を、教科書の中に取り入れてほしいと思います。幸か不幸か大学入試センター試験では、毎年労使関係に関する問題が、現代社会分野で1問か2問出ますが、そういった教育が重要ではないかと思います。

【水町】 労働組合というものは、労働者が弱いからできた。歴史的にはそうであり、今でも弱い労働者がいることは確かですが、2点だけ認識しておいてほしいことがあります。1つは、労働者自体が非常に多様化しているということです。その中で、ではだれがほんとうに弱い存在なのか、ほんとうに弱い人に目が向いているのかということを考えて、組合運動を行ってほしいと思います。
 もう1点、「弱いから、武器としてストライキ権を保障することが大切だ」ということですが、では、なぜ日本の労働組合、特に多数組合はストライキ権を武器として持っているのに、その武器を使わないのか。なぜそうなのかということを深く考えていく中で、今の労使関係のあり方とか、今後の労使関係のあり方が少しは見えてくるのではないかと思います。
 従業員代表の中での少数組合の位置づけについてですが、従業員代表の中で民主的に、公正に代表を選ぶということは非常に重要になってきますので、多数組合、少数組合とか、正社員、非正社員、そういう区別なく民主的に多様な利益を吸い上げて代表が選ばれるというシステムをつくることが必要です。
 そういう意味で、従業員代表のシステム化の中でもそうですし、判例法理で合理性をどうするかという中でも、多様な利益を多様な利益として吸い上げて反映させるというシステムが、実は一番の根幹になります。
 使用者側の不当労働行為はあるけれども、労働者側の不当労働行為はないという点ですが、日本ではそうなっています。ただし、アメリカでは、使用者側の不当労働行為と同時に、労働者側の不当労働行為というのも定められていて、労使間で両当事者がフェアに交渉しなさいというふうになっていますので、今後もし労組法改正の中で不当労働行為制度のあり方を再考するということになれば、選択肢としてはそういう方法もあり得ると思います。

【二宮】 今のストライキ権のことについては、多少違うかなと思います。ストライキ権には事前対処方式や事後対処方式というのがありますが、スト権集約は相当数多くの組合がやっています。それを実行しているか、実行していないかは別にして、ストライキを背景にギリギリのところで交渉をしている組合が数多くあるということを認識しておいていただきたいと思います。
 あと地労委の件ですが、労働組合の申請のみではなく、経営側があっせん申請をしても、地労委はノーとは言えません。受け付けます。
 それから、リーダーの魅力の問題ですが、労働組合というのは、会社の中の不平・不満を集めて、これだけの不平・不満がありますということで経営側に持っていくわけです。それを集め切れないリーダーというのは魅力がないと思いますね。一部の不平・不満だけ集める人も魅力がない。全体の不平・不満を集めて、経営側との交渉に持っていく。そして、団体交渉によって決めるわけです。そういうことがきちんとできるリーダーを育てないといけない。それは組合の先輩の役割であり、それぞれの所属している産別の役割だと思います。

【井元】 私も人事担当として失格でございまして、魅力ある人をそう簡単につくり出せるような方法を持っておりません。もし持っていれば、私どもの企業はもっと成長しています。ただ、原点を大切にしていくというのは必要だろうと思います。私どもで言えばお客様です。おそらく労働組合で言えば、常に困ったことを相談しにいけるといったこと、それから、労働条件の向上だと思います。常に原点を維持していくことは、どんな団体でも大切だろうと思います。それを持ち続けられる人というのが、魅力ある人なのかなというふうに思います。

【江上】 本日は、労働組合の組織率がなぜ下がったかというところから話が始まりまして、企業別労組論、最後にはリーダー論まで出ました。多岐にわたる議論を展開いたしました。こうした問題を考える上で、本日のフォーラムが少しでもみなさんのお役に立つことができたなら幸いであります。ありがとうございました。
 新卒採用を中心とした日本の雇用関係の始まりというのが、恐らくそういったことの第1点でもあろうかと思っております。一企業の中ではなかなか解決できない問題が多く、悩ましいところはありますが、当面は地道な努力をしていくしかないのかなというような観点で見ております。

(文責:事務局)

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