概要:第5回旧・JIL労働政策フォーラム
働き方の多様化と多様な政策対応
(2002年3月29日) 

1.趣 旨

 現在日本では、技術革新やサービス経済化の一層の進展など、企業を取り巻く環境が変化するとともに、勤労者の側においても、育児や老親介護など様々な生活上の課題への対応と仕事との両立、さらに勤労観の変化などを背景として、柔軟で多様な働き方が広がってきている。その一方で、企業や社会の制度・慣行は、これらの流れに合ったものには必ずしもなっていない面がみられる。そうした中にあって、厚生労働省のパートタイム労働研究会において、今般、「パートタイム労働の課題と対応の方向性」(中間報告)と題する報告が取りまとめられた。これらを踏まえ、柔軟で多様な働き方とその対応(企業、社会、法制度等)のあり方について、問題の所在を示し、今後の建設的な政策論議のための素材を提示する。

2.日時・場所 平成14年3月29日(金)午前10時30分~12時30分
        日本労働研究機構 JILホール 

3.パネリスト 龍井葉二 (連合総合労働局長)
        紀陸 孝 (日経連経済調査部長)
        土田道夫 (獨協大学教授・厚生労働省「パートタイム労働研究会」メンバー)
        山田 亮 (厚生労働省雇用均等・児童家庭局短時間・在宅労働課長)

  コーディネータ
        小野 旭 (日本労働研究機構 研究所長)


【基調報告】

先般とりまとめられた、厚生労働省パートタイム労働研究会の中間報告「パート労働の課題と対応の方向性」の概要説明を基本としつつ、私見も交えて報告する。
今回の報告は、次の三つの部分から構成されている。

1 パートタイム労働の現状と問題点
2 雇用システムの変化の方向
3 政策の方向

 それぞれについて順次説明したい。

1 パート労働の現状と問題点

(パート労働者等の増加とその背景)

●パートタイム労働を中心に非正社員の増大が続いており、今後ともこの動きは不可避である。特に、近年の厳しい経済情勢の下で正社員が大幅に減少する一方で、非正社員は大幅に増加している。
●このような動きの背景要因には、次のようなものがある。
1.需要側の要因としては、コスト要因や調整の容易さが大きく、また、サービス経済化の進展も、繁閑を伴う業務の拡大とともにパート労働者に対する需要拡大の大きな要因となっている。
2.供給側の要因としては「自分の都合のよい時間に働けるから」といった時間的な自由度を挙げるものが多い。「正社員として働ける会社がなかったから」といった消極的な理由のものはそれほど多くはないが、そうしたものも存在することは留意してよい。
●パートには女性が圧倒的に多く、子育て等からいったん労働市場から離れていた後に再度入職する場合にパートで働くものが多い。ただし、長期的にはパートとして経験を積んだ後や子供の進学後に正社員に移行したいと考える層が多い。
 また、若年層においていわゆる「フリーター」の増加が顕著である。これは、若年者の意識変化もさることながら、近年、特に新規高卒者に対する正社員としての就職機会が大きく制約されていることも影響していると考えられる。
 さらに、60歳以上の高齢層でもパート比率が高い。高齢期になって無理のない範囲でこれまでの経験を生かして働きたいと考える層も増えてきている。

(三つのFの必要性)

●こうした中で、自由(Freedom)、柔軟性(Flexibility)、公正さ(Fairness)の三つのFが多様な働き方の中で確保されることが必要となっている。

(問題点と課題)

●従来正社員がやっていた仕事にパート等が取り込まれるなど、パートが基幹的役割を担うようになってきている。そうした中で、正社員との間には処遇面で格差が維持されている。格差には、賃金面ばかりではなく、賞与や退職金のほか、有期雇用契約が多いといったことも挙げられる。
●こうした基本的な構造による問題点として、
1.正社員とパートとの間で処遇格差が存在するままで、パート等非正社員が増大することは、労働市場にアンバランスをもたらす。
2.女性のパートでも家計を支える者が増加しており、基幹的な役割を担うパートにとり、処遇格差の存在は企業の中で不公平感を増大させる。
3.正社員にも働くことに関する意識の変化が生じており、従来のように強い拘束性を持つもののみでは、働く人々のニーズに対応できなくなっている、といったことが指摘できる。

2 雇用システムの変化の方向

(正社員も含めた雇用システムの見直し、多元化)

●今後の課題として、ニーズの多様化した人材の能力の十分な発揮のために、正社員も含めた雇用システムについての新たな構想が求められている。
●このため、主に次のような取組みが求められる。
1.処遇も拘束性も高いフルタイム正社員と処遇も拘束性も低いパート非正社員の間に処遇や拘束性の程度が多様な「中間形態」を形成することにより「連続的な仕組み」を作っていくこと。最近「短時間正社員」といわれるものはこのことをさしている。こうした仕組みは複線型人事管理の延長線上に位置づけられる。
2.「働きに応じた処遇」を確立し、さまざまな働き方を納得して選択できるようにすること。これは、年功的な運用から「職務」や「遂行能力・成果」で評価・処遇する方向に徐々に変化しつつある流れに沿うものといえる。
3.ライフステージに応じて多様な働き方の間を行き来できる連続的な仕組みを構築すること。フルとパートの行き来の可能性が広がることは、社会全体としては、外部労働市場からの参入による働き方にも選択肢が広がり、雇用機会を増やす効果があり、いわゆる多様就業型ワークシェアリングが実現される。

(新たな雇用システムがもたらす労使双方へのメリット)

●企業側にとっては、
1.基幹的なパートの処遇を魅力あるものにすることにより、短時間という時間制約はあるが優秀な人材を確保・活用できること、
2.正社員も含め、多様な雇用形態における働き方や処遇のあり方全体を見直すことで、必ずしもコストアップとならないこと、
3.女性や高齢者など短時間での就業を希望する層の有効活用が図られること、
などがメリットである。
●働く側にとっては、
1.働き方に見合った処遇が確保されること、
2.それぞれのライフステージに応じて望ましい働き方を選択できる可能性が広がること、
などがメリットである。

3 政策の方向

(基本的な考え方)

●全体の雇用・処遇システムのあり方について、労使が主体的に合意形成を進めることが基本的に重要である。
●とはいえ労使の主体的な合意形成に待つのみではなく、政府がこうした労使の取り組みを推進すべく、労使自治を促しながら、多様な働き方がより望ましい形で広がっていくための制度改革を実行することが必要である。

(政策の方向性)

●政策の第一は、パートの処遇改善だけでなく、正社員も含めた総合的な働き方や処遇のあり方について、今後は、政労使の議論の場で多様就業型ワークシェアリングについての問題提起を行うなど、多様な働き方がより望ましい形で広がっていくための政労使の合意形成を図るとともに、必要な制度改革を着実に実行すること。
●第二に、雇用システム多元化の下での雇用の安定性の確保が重要であることから、従来のパートよりも雇用保障に配慮された中間形態の雇用システムを構築すること。
●第三は、いわゆる「日本型均衡処遇ルール」の確立を図ることである。ヨーロッパ諸国では職種概念が明確であり、職務に賃金がリンクしていることから「同一労働同一賃金」的な「均等処遇」が可能であるが、日本では、外形的に同じ仕事をしていても、残業・配転などの拘束性、職務遂行能力などの違いによって処遇が大きく異なることに合理性がある面もあり、その実情を踏まえ「均衡処遇」を考えることが適当である。
●「均衡処遇」とは、同一の労働(職務内容)に従事している場合でも、拘束性(労働時間・休日・休暇の設定の自由度、責任、残業の有無・配転義務の有無等)に違いがあれば、賃金をはじめ処遇に格差があることを認めるものである。ただし、その際の処遇格差は水準的にバランスのとれたものであることが求められる。例えば、調査によれば、8割程度が納得的な格差の線として出ている。
●政策的には、均衡処遇(賃金格差の合理性)の配慮を義務づけつつ、労使自治の尊重という観点から「配慮義務」という緩やかな基本原則の宣言にとどめ、その具体化を労使自治に委ね、「均衡」の基準は各企業の状況、関連する制度、パートの利益代表のあり方等を踏まえ、個別具体的に判断されざるをえないであろう。ただし、単なる努力義務ではなく、合理的な範囲を超えて顕著な格差が存在する場合には、何らかの私法的な救済がなされるようなことが必要であろう。

<行政としての受け止め>

(最近の状況で特に留意している事項)

●基調報告でも指摘されている点はもとより、その中でも触れられているものであるが、最近の動きと関連して特に次の2点を気に留めている。
1.(学校を出た)若年者の間でもパート・バイトで働く者が増加しており、いわゆるフリーターの問題が若年者のキャリア形成上も大きな問題となっていること。
2.主に自分の収入で暮らしているパート、家計補助でないパートが増加していること。

(問題解決の方向)

●従来の夫1人の収入で家計を支えるということを前提としている硬直性の高い正社員の働き方や処遇を含め、雇用システム全体の見直しを行う中でどうするかを考えていく必要がある。
●従来は、現行のパート労働法のように、処遇に関しては企業の自主的取り組みにゆだねられてきたが、日本型均衡処遇ルールの確立に向けて、もとより労使の理解を得つつ、一定のガイドラインを示す必要があるのではないかとも考える。
●社会保険についても制度の見直しを検討中である。

 


 以上のような厚生労働省パートタイム労働研究会中間とりまとめ「パート労働の課題と対応の方向性」を中心に、基調的な報告があった後、概ね次のような意見とそれらをめぐって論議があった。

●「中間とりまとめ」については、正社員も含めたトータルな雇用システム見直しが必要との視点は評価できる。
●(いわゆる「中間形態」について)正社員と非正社員との中間形態をつくるということ自体はいいとして、現在の正社員における長時間残業など高い拘束性をそのままにしておくというのは問題である。両極の見直しを進める中で、むしろ働き方のベースとなるような中間型を作っていくべきである。
 これに対して、両極の見直しは当然必要であるが、それができないと中間をつくるべきでないというのでは事態が進展しないので、当面は次善の策として両極が今のままにしても中間形態の形成を図るべき、との意見があった。
●オランダモデルでは、一定勤務年数以上の人は勤務時間を選択することができることとなっている。
 わが国でも、いろいろな形態の働き方の間を行き来できるようにすることが重要である。雇用形態の多様化は進んでいるが、労働時間や勤務場所、職種等に関する選択肢(選択権)があるという意味での多様化には至っていない。
●日本的な均衡処遇ルールの確立というのは大変な問題である。その際、やはり水準論議が重要であり、例えば生活できるいわゆる「一人前賃金」をものさしの前提とするなどの基準が重要である。また、政策の方向としては、短時間・有期契約労働者の差別禁止の方向に向かうべきではないか。
 これに対して、多様化は進めていかなければならないし、その際公正な処遇を図ることが求められることは当然としても、処遇の基礎には「貢献度」、端的にいえば企業の付加価値への貢献度があるべきである。その面でどのように評価していくべきか、経営者は常日頃から苦労している問題である。やはり、この問題は個々の企業の実態を離れては決められないものであり、企業に任されるべき性格のものである、との意見があった。
 さらに、これに対しては、原則的には企業の自治にゆだねるべきものとしても、これまで一向に均衡処遇に関して事態が進展してきていない状況のもとでは、一定の社会的ルール化が必要ではないか、との意見が出された。
●近年、定年退職者のいわゆる高齢者パートの取組みが企業、労使で始まっており、この動きが一定のルールづくりのきっかけになるのではないか。
●また、ワークシェアリングに関する議論でも、多様就業型が大きな論点の一つになっており、この面でも進展が望まれる。
●多様化も、労働市場の状況が良好であって初めてうまくいく面もあるので、その面での対策も併せて必要であろう。

以上