受賞の言葉(高橋陽子)

労働関係図書優秀賞・論文優秀賞(平成17年度)

「ホワイトカラー『サービス残業』の経済学的背景
−労働時間・報酬に関する暗黙の契約」

『日本労働研究雑誌』2005年2/3月号(No.536)

私がこの論文を書くに至ったのは、企業が労働者に「サービス残業」を強いているという解釈ばかりがクローズアップされているように感じたからです。本論の仮説は、90年代以降「サービス残業」時間は労働供給側の要因によっても増加しているというものです。高度な仕事をこなすホワイトカラー労働者の労働時間は企業側には観測困難なため、企業は労働時間でなく成果に対して対価を支払おうとします。成果を基準とする報酬制度の下で、労働者はより高い成果を出そうと努力しますが、それにかかった残業時間に賃金は支払われないことを知っているのでわざわざ申請しません。これがホワイトカラーの「サービス残業」のからくりであると主張しています。そして、「サービス残業」をした人ほど年間報酬総額が高いという実証結果は、この仮説を支持しています。

しかし、労働者が自主的に「サービス残業」しているといっても、成果を重視した賃金制度の下では、結果として相当な長時間労働となる可能性もあります。日本は90年代以降の時短、週休二日制の普及後もなお、長時間労働の国であると言われています。日本の2004年「労働力調査」によれば、男性従業者のうち、31%が週49時間以上働いています。世帯調査に基づく Luxembourg Income Study によると、アメリカやオーストラリアの男性の約23%が、また Current Population Survey によれば専門的、管理的、技術的職種につくアメリカ人男性の34.5%が50時間以上働いています。日本の労働者のみが、ずば抜けて長時間労働であるとはいえないものの、長時間働く労働者が多い国の1つであることは間違いありません。

Bell and Freeman (2001) は、賃金格差の大きい国では、労働者はより高い賃金を求めて労働時間が長くなることを、アメリカとドイツのデータを使って検証しています。彼女たちの試算は、賃金の1%の上昇を期待して、労働者は労働時間を10%増加させることを明らかにしました。成果給的な賃金制度の下では、さらなる長時間労働を防ぐための仕組みづくりを急ぐ必要があるように思います。

最後になりましたが、東京大学社会科学研究所SSJデータアーカイブによるデータ提供、本誌匿名レフェリー、連合総合生活開発研究所鈴木不二一氏のご指導なくては、本論文は掲載に至りませんでした。そして、学部学生の頃よりご指導いただいている玄田有史先生にあらためて深く感謝申し上げます。