JILPTリサーチアイ 第77回
コロナショックにおける日本社会の「レジリエンス」
2023年5月19日(金曜)掲載
新型コロナウイルス感染症のパンデミックからすでに3年が経過し、5月からの「5類感染症」への移行にともなって、日本社会はポストコロナの段階を迎えつつある。
労働政策研究・研修機構(JILPT)では、パンデミック発生の初期段階にある2020年4月から3~4ヶ月ごとに、同じ個人・企業を追跡したパネル調査を、計7回にわたり実施してきた(調査の詳細はこちら)。これらのうち、前半期にあたる2020年4月~2021年3月までの調査結果は、すでに2021年に書籍『コロナ禍における個人と企業の変容 働き方・生活・格差と支援策』(樋口美雄・労働政策研究・研修機構編)として刊行されている。
今般、調査の後半期も含めた2020年~2022年3月までのデータにもとづいた研究の成果を、あらたに書籍『検証・コロナ期日本の働き方 意識・行動変化と雇用政策の課題』(樋口美雄・労働政策研究・研修機構編)として刊行した。
同書籍では、雇用や所得といった労働市場の動向、人々の意識や就業行動、雇用調整や新技術の導入などの企業活動において何が変わり何が変わらなかったのか、個人・企業・政府の対応のあり方を多面的に検討している。多くの方に、手にとってご覧いただければありがたい。書籍に掲載した研究成果より、本稿では、「コロナショックにおける『レジリエンス』」の分析をご紹介する。
1. コロナショックからの回復をどうとらえるか
日本の労働市場はコロナの影響から回復したのだろうか──?たとえば図1は、コロナショック以降の2年間にわたる月収の推移を、調査に参加した被雇用者を対象に平均値で示したグラフである。横軸はコロナ危機発生からの時間(月数)を、縦軸は月収金額を示している[注1]。
図1 月収の変化(被雇用者・平均値)
出所:調査データより著者作成
これをみると、被雇用者の月収はそもそもこの2年間でほとんど変化していないようにみえる。最初の2~3ヶ月でわずかに落ち込むが、全体からみればごく小さなものでしかない。しかしここで注意すべきは、これが被雇用者に限定したものであること、また月収の「平均値」をみている、ということである。だが、コロナショックが人々に与えた影響は一様ではない。これまで、コロナ危機は自営業・フリーランスにより大きな打撃を与え、また企業で働く被雇用者のなかでも、とくに女性や非正規雇用に影響がしわ寄せされたことが明らかになっている(周 2021; 高橋 2021)。つまり「平均」をみていては、その影響を見誤るのだ。そしてコロナ危機の影響と同様、コロナからの回復のあり方もまた、多様でありうる。ここでは、毎月の収入・売上のデータを用いて、回復の軌跡にどのような多様性があるかを実証的に明らかにしよう。
その際、「レジリエンス(Resilience)」という概念を手がかりにしたい。「レジリエンス」とは一般に、「なにかの困難や危機に対して、ダメージを最小限におさえつつ、そこから回復できること」といった意味を指す(Walker and Coper, 2011)。個人や集団のさまざまなレベルに適用されうるが、ここで「軌跡」に注目すると大きく2つのパターンを指摘することができる。図2は、それを図示したものである。
図2 「レジリエンス」の2つの軌跡
出所:著者作成
ひとつは、図中左の「安定性」「頑健性」に注目したもので、外部からさまざまな力が加わるよう状況下でも、安定的な状態を維持できることを指している。たとえば、高いストレスの環境でもメンタルヘルスが悪化しにくい個人を指して、「レジリエンスが高い」という。もうひとつは、図中右の「対応力」「回復力」に着目したもので、組織や集団が大きなショックを受けたときに、そのダメージを最小限に食い止めながら、迅速に回復できることを指す(Williams et al., 2017)。両者はひとくちに「レジリエンス」とはいっても、ほとんど対照的でむしろ相反する契機をはらんでいることが分かるだろう。今般のコロナ危機において日本社会がうけたダメージとそこへの対応は、どのような意味においてレジリエントであった/なかったといえるのだろうか。
分析に使用するモデルは、Group-based Trajectory Model(GBTM)である(Nagin 2014)。これは時間とともに変化するアウトカムを対象に、その「変化の軌跡」をとらえる分析法である。人間の集団において、人々の変化のあり方は一律ではない。だとしたら、それらは幾つのグループに分けられるのか。それぞれどんな「変化の軌跡」をもっているのか。それぞれのグループに割り当てられる人にはどんな特徴があるのか。GBTMはこうした問いに答えることができる。モデルの詳しい説明は、文末の参考資料を参照いただきたい(Nagin 2014; Nagin and Odgers 2010; Jones and Nagin 2013)。
分析では、被雇用者については毎月の「収入」の変化、自営業については毎月の「売上」の変化を、時間とともに変化するアウトカムとして使用する。時間をあらわす変数は、すべての分析について、「パンデミック発生後の月数」[注2]を用いた。また、割当てに影響をあたえる要因(割当関数の共変量)としては、「性別」「企業規模」「雇用形態」「産業」[注3]「支援策へのアクセスの有無」を用いた。推定結果は、文末(推定結果表)に掲載している。調査データについての説明は、調査のサイトや書籍に詳しく掲載されているため、ここでは省略する。
2. 収入変化と売上変化のパターン
図3は、被雇用者の収入データをアウトカムとして、上記で説明したモデル(GBTM)を推定し、その結果の「変化のパターン」を、グラフにまとめたものである。
図3 被雇用者の月収推移のパターン
出所:推定結果より著者作成
推定の結果、被雇用者の収入変化のパターンは、異なる4つのグループに分かれることが明らかになった。左側のグラフは各グループの軌跡をあらわし、グラフの右端のパーセンテージは各グループが全体に占める構成比を示している[注4]。まず、全体の74%を占めるのが、24ヶ月を通じてずっとコロナ前の収入の100%を維持しているグループである(Group2:緑/実線)。次に全体の15%を占めるのが、コロナ前の収入110~120%水準を維持しているグループである(Group3:黄色/破線)[注5]。これに対して、全体の9%は、コロナショック前と比べて収入が60%水準に落ち込み、その後もゆるやかに落ち続けている(Group1:オレンジ/二重線)。2%の人は(Group4:グレー/点線)、コロナ前の収入を大きく上回っている[注6]。こうした4つのグループに分かれるとはいえ、全体でみればGroup2およびGroup3をあわせた9割の人は、収入がコロナ前と比べて100%水準から落ちなかったことが分かる。
ではこれらのグループには、それぞれどのような人たちが割当てられているのだろうか。ここでは収入が100%から変化しなかったグループ(Group2)を基準にとって、各グループに割当てられやすい属性をみよう。図3右側の矢印は、各グループへの割当てに影響する要因を示し、ピンクの項目(枠実線)がそれぞれのグループに割当てられやすいことを、ブルーの項目(枠点線)はそれぞれのグループに割当てられにくいことを示す。
まず、コロナショック以降、収入が落ち込んで下がり続けたグループ(Group1)に割当てられやすい属性は、「女性」「非正規雇用」「飲食・宿泊業」「サービス業」で、割当てられにくい属性は「大企業」である。一方で、コロナ前よりやや高い収入を維持するグループ(Group3)に割当てられにくい属性は「大企業」である。これらの結果から、収入が100%を維持したグループ(Group2)に入りやすいのが、「大企業」に勤務する人、「男性」「正規雇用」などの属性であることがわかる。これらの人が、収入を維持していたのだ。
それでは次に自営業について、「収入」のかわりに「売上」の推移をみよう[注7]。最初にパンデミック前半期の影響をみるために、コロナショック発生後10ヶ月目まで(=2020年末まで)を対象としてモデルを推定する。図4はその推定結果をまとめたものである。
図4 自営業の売上推移のパターン (最初の10ヶ月)
出所:推定結果より著者作成
自営業の売上変化のパターンは、被雇用者とおなじく異なる4つのグループに分かれることが明らかになった。だが、その変化は被雇用者の場合よりずっと大きい。グラフをみると、まず全体の約半分にあたる51%はコロナ前と同じ100%の水準を維持している(Group3:黄色/破線)が、残り半分の人は大きな売上低下を経験していることが分かる。そのうち全体の34%は、一時は売上が半分近くまで落ち込んだがそのあと回復している(Group2:緑/実線)。だが全体の15%は、売上が一時ほとんどゼロにまで落ち込み、そのあともあまり回復していない(Group1:オレンジ/二重線)。全体の1%の人は、一時売上が大きく上昇したが元の水準に戻っている(Group4:グレー/点線)。
先程と同じく売上100%を維持しているグループ(Group3:黄色/破線)を基準にとって、他の各グループにどのような人が割当てられやすいのかをみよう。大きく落ち込み回復しないグループ(Group1)に割当てられやすいのは「女性」「飲食・宿泊業」で、割当てられにくいのは「情報通信業」である。落ち込んだあとに回復したグループ(Group2)に割当てられやすいのは、「飲食・宿泊業」「卸売・小売業」「サービス業」である。この結果から、パンデミック前半期には「産業」の違いが売上推移のパターンに大きな影響を与えていたことが分かる。緊急事態宣言等によって特定の産業が特に大きな影響を被ったことを考えると、合点がいく。
では対象期間をパンデミックの後半期も含めた24ヶ月後まで延長するとどのような結果になるだろうか。その推定結果を示したのが、図5である。
図5 自営業の売上推移のパターン (24ヶ月後まで)
出所:推定結果より著者作成
これをみると、先程とおなじく4つの異なるグループに分かれているものの、前半期と比べると軌跡がかなりフラットになっていることが分かる[注8]。だがグループの構成には先ほどと共通する部分が多い。全体の41%は100%の売上水準を維持し(Group3:黄色/破線)、29%は一度落ち込んで回復し(Group2:緑/実線)、21%は売上が落ち込んだあとそのままゆるやかに下落している(Group1:オレンジ/二重線)。しかし、先の10ヶ月分の推定結果と異なる点があり、それは各グループへの割当てに対する属性の影響が、すべて失われてしまったことである。このことは、自営業のなかには売上が変化しなかった人、落ち込んだが回復した人、落ち込んで下がり続けている人のグループが存在するが、どのような人が各グループに割当てられるかについては、もはや「性別」や「産業」といった単純な要因では説明できないことを意味する。コロナショックから2年近くが経過して、回復過程はより多様になっているといえるだろう。
3. 政府の支援策との関連
では、こうした2年間にわたる収入や売上の変化のパターンを踏まえて、政府の支援策について何がいえるだろうか。ここでは、被雇用者の失業を防止する目的で支給される、「雇用調整助成金」を取りあげよう[注9]。企業が業績悪化に直面した際にも、従業員が簡単に解雇されることがないように、日本を含む多くの国では企業の雇用維持を資金的に支援する制度が導入されており、日本では「雇用調整助成金」がその役割をはたす(濱口 2020a)。
この「雇用調整助成金」はコロナ危機においても初期の段階[注10]から利用され、6兆円を超える規模の資金が投じられた。しかし企業に対して支給される助成金であるため、今回の個人を対象とした調査では、各人がこの支援策の適用をうけたか把握できていない。先に図3で示したように、パンデミック期における被雇用者の収入推移の大きな特徴は、9割近くの人が月収100%の水準を維持しているという点にある。おそらくそこに「雇用調整助成金」が貢献していると考えられるものの、データがないためそれを直接検証することができない。だが、この「データがない」という制約から、この支援策がもたらした利点と課題を考えてみよう。まず利点としては、企業を経由するために、効率的な助成金の支給が可能になったと考えられる。個人に対する給付と比べて、企業単位の給付は手続きが効率的だし、また形式的なチェックが容易であるため不正受給を減らせるメリットがある。これは、雇用調整助成金がすでに長い歴史を持つ制度で、支援のチャネルが確立されていたことによる[注11]。
一方、企業に対する給付であることの課題はなにか。第一に、雇用調整助成金が実際にだれの雇用・賃金を維持したのか把握が容易ではないという問題があり、実際今回のような個人を対象とした調査では情報がとれていない。この点、企業側にデータ提供を求めれば情報不足を改善しうる面もあるのかもしれない。だが、制度の受益者である労働者自身が自らの雇用や賃金が国の支援をうけていることを知らないとしたら、巨額の資金を投じた支援策として、それ自体が制度の透明性の観点から課題であると考える。
第二に、図3で月収が落ち込んでその後も下がり続けているグループ(Group1:オレンジ/二重線)に注目してほしい。「雇用調整助成金」という雇用や賃金を維持するスキームがありながら、なぜこの人たちの賃金は落ち込み、その後も下落を続けているのだろうか。先にこのグループに割当てられやすい属性として、「女性」「非正規雇用」「中小企業」があることを述べた。彼らはどの産業で働いていたかにかかわらず、その属性であるというだけで賃金が下落するグループに入りやすい。この結果をどのように考えるべきなのだろうか。
おそらくこれが、企業を経由する支援が抱える課題を示している。もともと日本の雇用システムには「女性」「非正規雇用」「中小企業」が不利に扱われる仕組みが存在していることは、多くの研究で指摘されてきた。今回「企業」を通じた支援が行われた際に、実際に誰に支援が届くかという点において、従来からの雇用の場における既存の仕組みの構造的な影響が入り込んでしまったと考えられる。企業がこうした人々を排除しようという意図があったわけではなくとも、それぞれの人が従来からのパターンに従って行動するだけで特定の人々が不利を被ってしまう。「構造的」というのは、そういう状態を指している。今回の分析結果は、「企業」というチャネルを経由する支援では、もともと不利な立場におかれていた人々が支援からこぼれやすく、既存の雇用慣行における構造的な不利益がそのまま引き継がれやすいという課題を示しているといえる。
本稿では、コロナショックからの回復のあり方を、「レジリエンス」という概念に着目して分析した。ここでは触れなかったが、書籍では収入・売上の推移だけではなく、各人の主観的ウェルビーイング(生活満足度や仕事満足度)の推移のパターンや、それと収入・売上推移との関連も分析している。分析全体を通じて明らかになったのは、収入・売上も、また主観的ウェルビーイングも、大部分の人においては安定的に維持された、ということである。つまり、図2で示したレジリエンスの概念にひきつけて評価すれば、「頑健」で「安定的」であるという意味において、日本社会は「レジリエント」であったといえる。だが、この「安定」は、「雇用調整助成金」や「持続化給付金」など巨額の資金を投下することで支えられていた。
一方で、今回の政策対応とその結果において、「回復力」「適応力」という観点でのレジリエンスは乏しい。自営業で売上が大きく落ち込んだ人は、その後回復した人もいるが回復せず低下しつづけた人もいる。ダメージが小さかったとされる被雇用者においても、「女性」「中小企業」「非正規」に落ち込みが偏り、その後も回復できないままであった。「雇用調整助成金」に代表される「企業」を通じた支援は、たしかに政府の支援を効率的・効果的に届けることを可能にしたが、その一方で、巨額の資金がもともと雇用の場で不利な立場にいる人々を十分に支援しきれなかった可能性に目を向ける必要がある。
これからの日本の労働市場が流動性を高める必要があるとすれば、いま現在労働市場の流動的な場にいる人々(「非正規雇用」「女性」「自営業」等)にこそ、あつい支援が届くべきなのではないだろうか。そうした環境があってはじめて、人は安心して流動的な働き方を選択することが可能になる。私たちは本調査で人々の意識の変化についても多くの質問をしているが、コロナショックほどの大きな危機を経てもなお、働き方に対する人々の意識、とくに安定を志向する意識がほとんど変わらなかったという事態を、私たちは反省的にとらえる必要がある[注12]。「安定性」のレジリエンスに対して、大きなショックを受けても速やかに社会を組み替えて対応する「回復力」のレジリエンスもまたこれからの社会には欠かせない。コロナショックのような非常時が常態化する時代において、いかに「危機」をより良い社会につなげる契機とすることができるのか。危機を乗り越え平時が回復しつつあるいま、広く議論と対話が求められる。
参考文献
- 高橋康二, 2021, コロナ禍の非正規雇用者──仕事と生活への影響を中心に, 樋口美雄/労働政策研究・研修機構編, 『コロナ禍における個人と企業の変容─働き方・生活・格差と支援策』慶應義塾大学出版会
- 周燕飛, 2021, コロナ禍の女性雇用, 樋口美雄/労働政策研究・研修機構編, 『コロナ禍における個人と企業の変容─働き方・生活・格差と支援策』慶應義塾大学出版会
- 濱口桂一郎, 2020a, 新型コロナウイルス感染症と労働政策の未来, 労働政策研究・研修機構,緊急コラム #002
- 濱口桂一郎, 2020b, 新型コロナ休業支援金/給付金の諸問題, 労働政策研究・研修機構,緊急コラム #011
- Walker, J., & Cooper, M. (2011). Genealogies of resilience: From systems ecology to the political economy of crisis adaptation. Security Dialogue, 42(2), 143-160.
- Williams, T. A., Gruber, D. A., Sutcliffe, K. M., Shepherd, D. A., & Zhao, E. Y. (2017). Organizational response to adversity: Fusing crisis management and resilience research streams. Academy of Management Annals, 11(2), 733-769.
- Jones, B. L., & Nagin, D. S. (2013). A note on a Stata plugin for estimating group-based trajectory models. Sociological Methods & Research, 42(4), 608-613.
- Nagin, D. S. (2014). Group-Based Trajectory Modeling: An Overview. Annals of Nutrition and Metabolism, 65(2-3), 205-210.
- Nagin, D. S., & Odgers, C. L. (2010). Group-based trajectory modeling in clinical research. Annual Review of Clinical Psychology, 6(1), 109-138.
モデルの説明
GBTMが推定するものは、大きく分けて2つある。ひとつは、集団をいくつの異質なサブ・グループに分けることができるか、もうひとつはそれぞれのサブ・グループがどのような「変化の軌跡」をもっているか、である。それに応じて、モデルにおいて2つの関数を定義する。ひとつは、「軌跡」を決める関数で、これは個人のアウトカム変数を時間変数の関数として表現する。もうひとつは、個人がどのグループに割り当てられるかを決める関数である。この、割当を決める関数と軌跡を決める関数という2つの関数を、いくつかの仮定を置きながら1つの関数(尤度関数)に組み上げることによって、データから同時に推定する。
モデルのおもな構成要素は、個人i, 時点t, グループkである。それぞれ、iは1,2,…Nまでの値を(=個人は全部でN人)、tは1,2,…Tの値を(=時点の数はT個)、kは1,2,…K(=サブグループの数はK個)の値をとる。
①変化の軌跡の定義
まず、あるグループkの、ある時点tにおける、ある個人のアウトカムyをあらわす関数を以下のとおり定義する。
この式は、個人のアウトカム変数y が、時間の変数Timeによって規定されることを示す。ここではTimeの3次関数を想定し、その誤差項は正規分布に従う。
いま、時点tにおけるyitと、時点t-1におけるyit-1とは、独立であると仮定する。yitの定義式の右辺に、yit-1が含まれていない。この仮定によって、全時点(t=1,2…,T)を通じた、あるグループkの、ある個人iのアウトカム変数の関数を以下のように求める。
②あるグループkへの、ある個人iの所属確率
次に、ある個人がどのグループに割当てられるかを決める、割当関数を考える。ここでは、グループkにある個人iが所属する確率を、多項ロジットモデル(multinominal logit)で定義する。
割当に影響をあたえる各種要因を、共変量xiとして関数に加える。
③尤度関数の構成
上記②より、ある個人iがどのグループに所属するのかは、確率で表現される。このモデルは、個人があるひとつのグループに排他的に所属するとは考えず、むしろすべてのグループにある確率ずつ所属すると仮定する[注13]。
以上、①・②の関数より、ある個人iがたどる軌跡の関数を以下のようにまとめる。
これは、グループkにおけるアウトカム変数yの確率密度関数(①)と、個人iの割当て関数(②)とを、加重平均して求める。
ここから、全個人の尤度関数を以下のように構成することができる。
この尤度関数を、手元のデータを用いてMLE(Maximum Likelihood Estimation)によって推定し、それぞれの関数の係数を求める。
本分析に使用した変数は以下のとおり。
対象 | n | 従属変数 | 時間変数 | 割当関数の共変量 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
性別 | 企業規模 | 雇用形態 | 産業 | 支援申請 | ||||
雇用者 | 3,136 | 月収の変化(対コロナ前比較, %) | パンデミック発生後の月数 (12時点以上/24時点) |
✓ | ✓ | ✓ | ✓ | |
自営業 | 534* 632** |
売上の変化(対コロナ前比較, %) | パンデミック発生後の月数 *(2時点以上/10時点) **(2時点以上/24時点) |
✓ | ✓ | ✓ |
推定結果表
付表1 「雇用者の月収推移のパターン」推定結果
Group1 | Group2 | Group3 | Group4 | ||||||
軌跡の関数 | 切片 | 62.29 | *** | 94.08 | *** | 115.12 | *** | 141.56 | *** |
(s.e.) | (1.11) | (0.30) | (0.41) | (3.88) | |||||
1次項係数 | -0.51 | *** | 0.26 | *** | 0.57 | *** | 9.2 | *** | |
(s.e.) | (0.07) | (0.02) | (0.02) | (0.69) | |||||
2次項係数 | -0.16 | *** | |||||||
(s.e.) | (0.03) | ||||||||
σ | 23.67 *** | ||||||||
(s.e.) | (0.02) | ||||||||
割当関数 | 定数項 | -2.66 | *** | (baseline) | -1.91 | *** | -3.7 | *** | |
(s.e.) | (0.13) | (0.12) | (0.24) | ||||||
女性ダミー | 0.55 | *** | 0.06 | -0.39 | |||||
(s.e.) | (0.15) | (0.15) | (0.33) | ||||||
大企業ダミー | -0.3 | * | -0.47 | *** | -0.83 | * | |||
(s.e.) | (0.14) | (0.14) | (0.33) | ||||||
非正規ダミー | 0.76 | *** | 0.04 | 0.89 | * | ||||
(s.e.) | (0.15) | (0.16) | (0.33) | ||||||
(産業) | 飲食業 | 0.66 | * | -0.52 | 0.18 | ||||
(s.e.) | (0.30) | (0.50) | (0.76) | ||||||
サービス業 | 0.39 | * | -0.13 | -0.13 | |||||
(s.e.) | (0.17) | (0.21) | (0.44) | ||||||
小売業 | -0.28 | -0.05 | -0.31 | ||||||
(s.e.) | (0.23) | (0.21) | (0.49) | ||||||
情報通信業 | -0.08 | -0.01 | -0.3 | ||||||
(s.e.) | (0.31) | (0.28) | (0.71) | ||||||
構成比 | 9% | 74% | 15% | 2% | |||||
BIC | 257874 | ||||||||
AIC | 257771 | ||||||||
LL | -257737 | ||||||||
N | 3,136 |
注1) p<0.01***, p<0.05**, p<0.10*
注2) 推定はStata "traj"コマンドを使用。カッコ内の数値は標準誤差。
付表2 「自営業の売上推移のパターン(最初の10ヶ月)」推定結果
Group1 | Group2 | Group3 | Group4 | ||||||
軌跡の関数 | 切片 | 83.28 | *** | 82.61 | *** | 89.05 | *** | 84.68 | *** |
(s.e.) | (9.51) | (5.02) | (1.39) | (14.98) | |||||
1次項係数 | -47.51 | *** | -28.47 | *** | 0.51 | * | 35.66 | *** | |
(s.e.) | (7.44) | (3.69) | (0.22) | (6.23) | |||||
2次項係数 | 7.50 | *** | 6.36 | *** | -3.48 | *** | |||
(s.e.) | (1.56) | (0.76) | (0.55) | ||||||
3次項係数 | -0.33 | *** | -0.37 | *** | |||||
(s.e.) | (0.10) | (0.05) | |||||||
σ | 25.34 *** | ||||||||
(s.e.) | (0.34) | ||||||||
割当関数 | 定数項 | -1.56 | *** | -0.87 | *** | (baseline) | -4.22 | *** | |
(s.e.) | (0.23) | (0.19) | (0.77) | ||||||
女性ダミー | 0.87 | ** | 0.25 | 0.20 | |||||
(s.e.) | (0.30) | (0.26) | (1.18) | ||||||
(支援策) | 申請ダミー | 1.34 | * | 1.90 | *** | -13.36 | |||
(s.e.) | (0.55) | (0.45) | (2001.97) | ||||||
(産業) | 飲食業 | 2.20 | * | 2.18 | * | -10.11 | |||
(s.e.) | (1.01) | (1.01) | (977.85) | ||||||
サービス業 | 0.00 | 0.51 | 0.06 | ||||||
(s.e.) | (0.32) | (0.27) | (1.24) | ||||||
小売業 | 0.01 | 0.99 | * | -13.60 | |||||
(s.e.) | (0.55) | (0.41) | (1770.78) | ||||||
情報通信業 | -1.86 | -0.83 | 0.82 | ||||||
(s.e.) | (0.98) | (0.50) | (1.25) | ||||||
構成比 | 15% | 34% | 50% | 1% | |||||
BIC | 15731 | ||||||||
AIC | 15623 | ||||||||
LL | -15588 | ||||||||
N | 534 |
注1) p<0.01***, p<0.05**, p<0.10*
注2) 推定はStata "traj"コマンドを使用。カッコ内の数値は標準誤差。
付表3 「自営業の売上推移のパターン(24ヶ月後まで)」推定結果
Group1 | Group2 | Group3 | Group4 | ||||||
軌跡の関数 | 切片 | 35.39 | *** | 62.04 | *** | 88.69 | *** | 115.33 | *** |
(s.e.) | (3.39) | (2.58) | (1.51) | (11.67) | |||||
1次項係数 | 0.00 | 0.00 | 0.01 | -0.01 | |||||
(s.e.) | (1.27) | (0.94) | (0.09) | (3.02) | |||||
2次項係数 | -0.01 | 0.01 | -0.11 | ||||||
(s.e.) | (0.12) | (0.09) | (0.12) | ||||||
3次項係数 | 0.00 | 0.00 | |||||||
(s.e.) | (0.00) | (0.00) | |||||||
σ | 25.84 *** | ||||||||
(s.e.) | (0.05) | ||||||||
割当関数 | 定数項 | 0.00 | 0.00 | (baseline) | -0.01 | ||||
(s.e.) | (0.29) | (0.30) | (0.50) | ||||||
女性ダミー | 0.00 | 0.00 | 0.00 | ||||||
(s.e.) | (0.28) | (0.32) | (0.32) | ||||||
(支援策) | 申請ダミー | 0.00 | 0.00 | 0.00 | |||||
(s.e.) | (0.43) | (0.49) | (0.50) | ||||||
(産業) | 飲食業 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | |||||
(s.e.) | (0.75) | (0.80) | (0.83) | ||||||
サービス業 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | ||||||
(s.e.) | (0.33) | (0.38) | (0.42) | ||||||
小売業 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | ||||||
(s.e.) | (0.48) | (0.71) | (0.55) | ||||||
情報通信業 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | ||||||
(s.e.) | (0.47) | (0.51) | (0.56) | ||||||
構成比 | 21% | 29% | 41% | 9% | |||||
BIC | 38518 | ||||||||
AIC | 38394 | ||||||||
LL | -38359 | ||||||||
N | 632 |
注1) p<0.01***, p<0.05**, p<0.10*
注2) 推定はStata "traj"コマンドを使用。カッコ内の数値は標準誤差。
脚注
注1 本稿では「コロナ危機発生」を2020年3月とし、「コロナ危機前」は2020年2月のデータを使用している。またここでは被雇用者のうち、全7回の調査すべてに回答した人を対象としている。
注2 2020年3月が「コロナ発生からの月数=1」、2020年4月が「コロナ発生からの月数=2」となる。
注3 産業については、当調査を用いたこれまでの先行研究をふまえて影響を統制する産業を限定し、「飲食・宿泊業」「サービス業」「卸売・小売業」「情報通信業」をコントロール変数として含めた。
注4 グラフのうち、曲線は推定された軌跡を示し、点は各人のアウトカムの値と各グループへの所属確率から計算された平均値である。
注5 コロナ前よりやや高い水準となるGroup3が全体の15%と一定数存在することについては、「コロナ前」の時点を2月としていることから4月に発生する昇給・昇格の影響を受けている可能性が理由のひとつに考えられる。
注6 このグループをどのように理解するかは、検討の余地がある。わずか2%ゆえ、独立したグループというより、外れ値の集まりとみなすこともできる。今回の推定では、実際に月収がコロナ前を大きく上回った例外的ケースがあったとみなして、ひとつのグループとして扱った。
注7 自営業者にとって「売上」と「所得」はイコールではない。売上変化に際して所得がどう変化するかは、事業のコスト構造に大きく依存する。しかし本調査では自営業者の「所得」額が得られないため、代わりに「売上」を用いる。
注8 実際のデータ(グラフ中の点)の推移をみると、10ヶ月目以降は上がったり下がったりを繰り返しているので、曲線でフィットしようとすると結果的に直線に近くなってしまうことがわかる。
注9 この制度では、業績悪化に直面した企業は従業員を「解雇」するかわりに「休業」させる。そのあいだ企業は従業員に「休業手当」を支払う必要が生じるが、企業は定められた休業手当をまず従業員に支払ったうえで、「雇用調整助成金」に申請することによって国からその費用の補填をうけることができる。
注10 この「雇用調整助成金」は、日本では1970年代の石油ショックの際に導入され、2009年リーマンショックの折にも広く利用されて雇用維持に実績をあげた(濱口 2020a)。
注11 もっとも、リーマンショックの際には不正受給が問題になったことを受けてチェックが厳格化されたという背景もある。そのため、コロナ危機で打撃をうけた飲食業・サービス業は中小・零細企業が多く、助成金申請に必要な煩雑な事務を担うリソースが不十分であったために、当初なかなか申請が拡大しなかったとも指摘されている(濱口 2020b)。
注12 書籍では、コロナショックを通じて、人々の仕事に関わる意識が変わったかも分析しているが、そこでは「自身や家族の健康」「貯蓄や将来に備えた保険・資産」「雇用や仕事、収入の安定性」が重要性を増しており、人々の安定志向がさらに高まったことが明らかになった。
注13 たとえば全部で3つのグループがあるとすると、ある個人はグループ1に20%、グループ2に10%、グループ3に70%所属する、といった形で表現される。