緊急コラム #011
新型コロナ休業支援金/給付金の諸問題

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JILPT研究所長 濱口 桂一郎

2020年5月28日(木曜)掲載

5月15日付の本コラム(「新型コロナ休業への公的直接給付をめぐって」)において、当時創設に向けた動きが進みつつあった新型コロナウイルス感染症に係る休業者への直接給付に関して、失業保険/雇用保険制度における災害時の見なし失業制度や一時帰休に対する失業保険の適用について簡単な解説を行った。その新たな直接給付制度の法案要綱が、5月26日の労働政策審議会職業安定審議会に諮問された。今後、法案が国会に提出され、成立すれば直ちに省令等が制定され、施行されることになる。

前回コラムでも述べたように、この新制度は本来休業労働者の保障の中心的政策手段であるはずの雇用調整助成金の受給手続きが遅々として進んでいないことから、日本弁護士連合会や生存のためのコロナ対策ネットワークといった民間団体が災害時の見なし失業制度の適用を要求したことがきっかけである。しかしながら、同制度はあくまで地震や台風といった「激甚災害」に対処するための法律であって、新型コロナのような感染症はその対象外であるため、休業者を失業者とみなすのではなく、休業者に対して雇用調整助成金という間接給付ではなく、国が直接給付をするという方向で検討されてきたものである。

雇用調整助成金についていえば、5月27日現在で申請件数が57,750件、支給決定件数が29,414件であるが、日本の雇用調整助成金と同様の制度を有するヨーロッパ諸国の例を見ると、4月末~5月初めの段階で申請中も含めた利用者数が、フランス1,130万人、ドイツ1,010万人、イタリア830万人、新設のイギリスも630万人と、桁違いの数に上っており[注1]、日本の制度における時間のかかり方が大きいことは否定しがたい。この背景には、リーマンショック時に多用された雇用調整助成金においてその後不正受給等の指摘が少なからずされ、厳格な運用のために手続きが煩雑になった面も指摘できる。今回は、累次の制度改正により相当程度手続きの簡素化が行われたが、新型コロナの影響をまともに受けた飲食店や対人サービス業の中小零細企業にとっては、申請にたどり着くまでの障壁がなお大きいようである。その意味では、労働者個人が個々に申請し、受給できる新制度の意味は大きい。しかしながら、そこには労働法上の問題も指摘できる。以下では、まず5月26日に諮問された法案要綱[注2]に沿ってその内容を紹介し、その上で労働法上の問題点についても若干指摘しておきたい。

この法案要綱では、法律名は「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための雇用保険法の臨時特例等に関する法律」であり、本稿のテーマである労働者への直接休業給付のほかに、個別延長給付の特例(60日間)が盛り込まれているが、ここでは省略する。直接給付に係る規定ぶりは次の通りである。

第四 雇用保険法による雇用安定事業の特例

政府は、新型コロナウイルス感染症等の影響による労働者の失業の予防を図るため、雇用安定事業として、新型コロナウイルス感染症等の影響により事業主が休業させ、その休業させられている期間の全部又は一部について賃金の支払を受けることができなかった被保険者に対して、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金を支給する事業を実施することができることとすること。

第五 被保険者でない労働者に対する給付金

一 政府は、新型コロナウイルス感染症等の影響による労働者の失業の予防を図るため、新型コロナウイルス感染症等の影響により事業主が休業させ、その休業させられている期間の全部又は一部について賃金の支払を受けることができなかった被保険者でない労働者(厚生労働省令で定める者を除く。)について、予算の範囲内において、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金に準じて特別の給付金を支給することができることとすること。

二 一の給付金について雇用保険法の立入検査等に関する規定を準用するものとすること。

雇用対策関係の法令の通例として、具体的な支給要件や支給額等はすべて省令レベルで規定されるので、これだけではあまり具体的なイメージが湧かないが、同時に審議会に示された「雇用調整助成金の拡充と新たな個人給付制度の創設について」という資料[注3]によれば、大企業は対象ではなく中小企業のみであり、支給額は休業前賃金の80%で休業実績に応じて支給するが、月額上限は33万円とされている。これらは法成立後省令で規定されることになる。

4月14日付の緊急コラム「新型コロナウイルス感染症と労働政策の未来」でも触れたように、近年の非正規労働政策の進展により、これまで生計維持型ではないとみなされ、雇用維持政策の対象から外されてきた非正規労働者をも対象に繰り込もうという動きが加速化している。同コラムで指摘した雇用調整助成金において雇用保険被保険者以外の労働者であっても対象に含めようという動きもその一環であるが、今回の個人への直接給付も、そもそも制度設計として、雇用保険被保険者を対象とする「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金」と、雇用保険の被保険者でない労働者を対象とする「特別の給付金」の二本立てとなっている。

こうした雇用調整助成金や直接給付における対象労働者の拡大が、直ちに雇用保険本体の被保険者資格の在り方を左右するわけではないにしても、雇用政策全体における対象労働者の在り方に関する議論を呼び起こす可能を秘めていることは確かであろう。今回、他の政策分野で進められている学生アルバイトに対する生活支援やフリーランスなど個人請負就業者に対する経済支援の動きは、国民生活保障のための制度の在り方総体の議論として、労働市場のセーフティネットの在り方にも影響を及ぼすことになると考えられる。

このように見てくると、今回新設のこの制度は積極的に評価すべき点ばかりのようにも見えるが、実は同じ労働政策といえどもかなり異なる観点からはいくつか問題点が指摘できる。それは、上記法案要綱の「事業主が休業させ、その休業させられている期間の全部又は一部について賃金の支払を受けることができなかった」という規定ぶりに関する問題である。労働基準法第26条は次のように使用者の休業手当支払義務を定めている。

(休業手当)

第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

この「使用者の責に帰すべき事由」にどこまでが含まれ、どこまでが含まれないかが、実は労働法上の大問題であり、とりわけ労働側と経営側の弁護士の間で意見に若干の隔たりがあるのだが、その前に、まずもって、線引きがどこに引かれるかは別にしても、上記法案要綱の「休業」には、使用者が平均賃金の60%の休業手当を支払わなければならない場合と、支払わなくてもよい場合の双方のケースが含まれることは間違いない。つまり、上記法案要綱は、(その範囲がどれだけであるかについては様々な意見があるにせよ)使用者に労働基準法に基づき休業手当を支払う義務があるにもかかわらず、休業手当を支払わないために「賃金の支払を受けることができなかった」という、いわば使用者の法違反状態を前提とする給付設計になっているのである。

使用者に労働基準法上の休業手当支払義務があるかないかにかかわらず支給されるという点においては、これは既存の雇用調整助成金も同様である。(その範囲がどれだけであるかについては様々な意見があるにせよ)使用者に労働基準法に基づき休業手当を支払う義務がないにもかかわらず、あえて義務なき休業手当を労働者に支払う(けなげな)使用者に対しては、雇用調整助成金が支給されるのは当然であり、何の問題もない。しかしながら問題状況を逆転させて、使用者に労働基準法に基づき休業手当を支払う義務があるにもかかわらず休業手当を支払わない使用者を許すべき筋合いはない。

いや、筋合いがないだけではなく、実際に労働基準法上の権利義務関係は、今回の直接給付によって左右されるわけでもない。つまり、休業手当支払義務のある使用者が休業手当を支払わないために今回の直接給付を労働者が受給したからといって、そのことによって当該使用者の労働基準法上の休業手当支払義務は消滅することはなく、依然として労働者に対して義務を負い続けていることになる。

とはいえ、たとえば労働基準監督官がそういう企業に臨検監督して、休業手当支払義務を履行していないことを発見した場合に、当該労働者が休業手当が支払われないからと、さっさと今回の直接給付を申請して、受給していたとしたら、法第26条違反として是正勧告すべきかどうか、頭を悩ませることになるのではなかろうか。

もちろん、法律上の権利義務関係だけからすれば、その使用者は未だ労働基準法上の休業手当支払義務を履行していないのであるから、今回の直接給付を受けた労働者に改めて休業手当を支払うべきであろう。しかしそうすると、当該労働者は使用者と国から二重に休業補償をもらえてしまうことになる。これはいかにも居心地の悪い結論である。

もし今回の直接給付が、賃金支払確保法に基づく未払い賃金の立替払いのような制度設計であったのであれば、国は休業手当未払いの使用者に対して求償できることになるが、もちろん今回の制度はそのような制度ではない。使用者が支払うべき休業手当の立替払いではなく、使用者に休業手当支払義務があるかないかにかかわらず、とにかく賃金が支払われていない休業労働者に対する直接給付なのである。

この居心地の悪さを倍増するのが、上で触れた「使用者の責に帰すべき事由」の範囲をめぐる意見の対立である。まず厚生労働省のQ&A[注4]では次のように述べている。

不可抗力による休業の場合は、使用者の責に帰すべき事由に当たらず、使用者に休業手当の支払義務はありません。ここでいう不可抗力とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されています。例えば、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分検討するなど休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合には、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当する場合があり、休業手当の支払が必要となることがあります。

ところが、労働側の弁護士団体である日本労働弁護団は、そのQ&A[注5]において、これに対し「しかし、特措法に基づく措置といっても法的には様々な段階があり、その効果は全く異なります。その影響を一律に論じて、事業の外部において発生した事業運営を困難にする要因であるとすべきではありません」と述べ、具体的には「(ア)緊急事態宣言前から可能な特措法24条9項に基づく施設の利用停止・催物開催の停止の「協力の要請」にとどまるのか、(イ)緊急事態宣言期間中における施設の使用の停止等の要請の段階(特措法45条2項)か、(ウ)さらには特措法45条2項の要請に対して施設管理者等が「正当な理由」なく従わなかった場合であって「まん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り」認められる「指示」の段階なのか(特措法45条3項)によって、事業運営を困難にする度合いは全く異なります。ですから、厚労省の解説は誤解を招くもので不適切であったといえます」と、厚労省の見解を批判している。

一方、経営側の弁護士団体である経営法曹会議自体は統一した見解を示しているわけではないが、著名な経営法曹である倉重公太朗氏らがまとめたQ&A[注6]では、「業務の性質上、テレワークが不可能であり、配置転換もできない場合には、法律上の休業手当支払義務は不要になります」等と記載されている。ニュアンスの違いともいえるが、やはり労働側は休業手当支払義務の範囲をできるだけ広く解釈しようとし、経営側はできるだけ狭く解釈しようとする傾向があることは間違いない。それだけであれば労働基準法の解釈問題であるに過ぎないが、ここに今回の直接給付が絡んでくると、上で指摘した「使用者に労働基準法に基づき休業手当を支払う義務があるにもかかわらず、休業手当を支払わないために賃金の支払を受けることができなかった」に該当するかどうかをめぐっても問題が発生することになる。これは、労働市場法政策の観点から設けられる雇用保険の特例としての直接給付からすれば、そもそも呼び寄せるつもりのなかった厄介な問題ではあるが、実際に制度が動いていくとその中で必ず顔を出してくることが予想される悩ましい問題でもある。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。