JILPTリサーチアイ 第54回
「テレワークの権利」?─ドイツにおけるコロナ禍での立法動向

写真

労使関係部門 副主任研究員(労働法専攻) 山本 陽大

2021年2月10日(水曜)掲載

筆者は、2017年度以降、第4期中期計画におけるプロジェクト研究の一環として、「雇用社会・就業形態の変化に向けた労働法政策のあり方に関する比較法的研究」を立ち上げ、そのなかで第四次産業革命下における労働法政策のあり方について、ドイツにおける議論および立法動向を分析対象として比較法研究を実施してきた。その最終的な成果については、2021年3月末に、労働政策研究報告書『第四次産業革命と労働法政策-"労働4.0"をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題』が刊行される予定であるが、本稿においては、特にコロナ禍の現在、日本でも関心を引くと思われる「テレワークの権利(Recht auf Telearbeit)」をめぐるドイツの立法動向[注1]について、上記報告書の内容を一部先取りする形で紹介することとしたい。

1. ドイツにおけるテレワークの実態

日本と同様、ドイツにおいては従来、テレワーク、なかでも自宅に設置されたホームオフィス(Home Office)で就労する在宅テレワークは、必ずしも普及してはいなかった。例えば、2015年に連邦労働社会省(BMAS)が実施した調査(以下、2015年調査)[注2]によれば、調査対象となった労働者(7,109人)のうち、在宅テレワークで就労したことがあると回答した割合は、ホワイトカラー層でも31%であり、ブルーカラー層ではわずか2%にとどまっていた。そのため、同調査は、このような当時の状況を指して「ドイツにおいては"出勤文化(Anwesenheitskultur)"が、いまだなお強く職場を支配している」と評価している。他方で、かかる2015年調査では同時に、これまで在宅テレワークで就労したことのない労働者の約4割が、在宅テレワークでの就労機会を希望しているとの実態も明らかとなっていた。

もちろん、このような状況は、2020年1月以降の新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大によって一定程度変化している。例えば、連邦労働社会省が同年7月・8月に実施した調査(以下、2020年調査)[注3]によれば、調査対象となった労働者(7,001人)のうち、上記の期間中に在宅テレワークで就労した割合は36%にのぼっている。もっとも、かかる割合は、職種・学歴・地域等によってばらつきがみられ、例えばブルーカラー層や高卒資格を持たない労働者、あるいは旧東ドイツ地域で働く労働者の在宅テレワークによる就労率は、コロナ禍でもなお低い値にとどまっている。また、その一方で、かかる2020年調査では、在宅テレワークで現在就労している労働者の93%が、コロナ後も引き続き在宅テレワークによる就労を希望している実態があることも明らかとなっている。

2. テレワークをめぐる現行法の状況と政策動向

一方、テレワークの導入・実施をめぐる法状況についてみると、諸外国においては「テレワークの権利」を労働者に保障する立法例[注4]もみられるのに対し、現在のドイツでは、このような法制は導入されていない。すなわち、現行法上、使用者には営業法(GewO)106条1文[注5]の規定に基づき指揮命令権が認められており、これによって、使用者は労働者が労働(給付)を行う場所を一方的に決定することが可能となっている[注6]。そのため、労働者がテレワークで就労することについて使用者との間で個別に合意している等、特別の根拠がある場合を除いては、原則として、労働者は使用者に対しテレワークによる就労を請求する権利を持たないと解されている[注7]

このようななかで、現在ドイツにおいては、テレワークの普及促進に向けた法政策のあり方がホット・イシューとなっている。かかる法政策の必要性自体は、コロナ禍より以前から既に指摘されており、その直接的な契機となったのは、AIやIoT等の技術革新(第四次産業革命)による雇用社会のデジタル化(Digitalisierung)である。とりわけ、情報通信技術(ICT)の飛躍的な発展により、労働者が(テレワークを含めて)特定の場所にとらわれることなく柔軟に働くことが容易となった一方、1.でみたように、このような働き方に対する労働者のニーズは、既に従来から高まりをみせていた。そのため、例えば2018年3月に現在の第四次メルケル政権が発足するに当たり、キリスト教・民主社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)との間で締結された連立協定[注8]のなかでは、今後政府として「モバイルワークの普及を促進するために、法律上の枠組みを定める」ことが明記されている。後述するように、ここでいう"モバイルワーク(Mobile Arbeit)"は、在宅テレワークを含む概念であるが、その後、連邦労働社会省はかかる連立協定の記述を受けて、法案の策定作業に着手することとなった。

3. モバイルワーク法第一次草案

このような経緯のなかで、ドイツではまず2020年10月に、連邦労働社会省により「モバイルワーク法(Mobile Arbeit-Gesetz)」の草案(以下、第一次草案)が取りまとめられれるに至る。もっとも、かかる第一次草案は、一般には公表されてはおらず、連邦労働社会省のHP上でのHubertus Heil連邦労働大臣(社会民主党出身)に対するインタビュー[注9]のなかで、その骨子が示されている[注10]

それによれば、かかる第一次草案では、全ての労働者は年間で最低24日分のモバイルワークで就労する権利を法律によって付与され、かかる権利が行使された場合、使用者は「跡付けが可能な組織上または事業上の理由(nachvollziehbare organisatorische oder betriebliche Gründe)」がなければ、これを拒否することができないものとすることが構想されている。すなわち、かかる構想のもとでは、使用者は常に労働者によるモバイルワークでの就労を認めなければならないわけではないけれども、これを拒否できる理由が法的に制限されていることになる。その点では、かかる第一次草案は、モバイルワークの実施それ自体を労働者の権利の対象としている点に特徴があったといえよう。

もっとも、かかる第一次草案は、その後、連邦首相府(Kanzleramt)によって、法案化の手続きを停止されることになる。上記でみたように、同草案が一般に公表されていないのは、おそらくこのことが背景にあったものと推察されよう。また、2020年10月末にはキリスト教民主・社会同盟の連邦議会議員団(Bundestagfraktion)のワーキンググループから、モバイルワークの促進に関する対案(以下、CDU/CSU草案)[注11]も示されている。かかるCDU/CSU草案は、上記の第一次草案とは異なり、モバイルワークに関して労働者の何らかの権利を定めるのではなく、税制優遇等の間接的な方法によってモバイルワークを促進すること等を提案していた。かくして、この問題をめぐっては、連立政権内部においても対立がみられる状況となっていた。

4. モバイルワーク法第二次草案

このようななかで、連邦労働社会省は、最近になって、モバイルワーク法に関する新たな法案(以下、第二次草案)[注12]を取りまとめている。こちらに関しては、2021年1月に連邦労働社会省のHP上で公表されているため、以下ではその内容について、詳しくみておくこととしよう。

この点につき、第二次草案は、ドイツにおける営業法を改正し、新たに111条としてモバイルワークに関する規定を置くことを提案している。そこではまず、「労働者が、義務付けられた労働給付を、事業所施設の外における、自らが選択した場所、あるいは使用者との合意によって定めた場所から、情報技術を用いて履行する場合」がモバイルワークとして定義されている(新111条1項2文)。従って、在宅でのテレワークも、情報技術を用いて行う限り、かかるモバイルワークに含まれることになる(現代では、むしろそれが通常であろう)。そして、このような意味でのモバイルワークを希望する労働者は、モバイルワークの開始時点やその期間等の希望について、自身が望む開始時点から遅くとも3ヶ月前までに、使用者に対して文書をもって通知を行うことができ(同項1文)、かかる通知を受けた使用者は、モバイルワークの実施について労働者と合意に至るべく協議(Erörterung)を行わなければならない(協議義務:同条2項)。この場合において、労使間で合意に至らなかった場合には、使用者は労働者からの上記通知を受けた時点から遅くとも2ヶ月以内に、合意を拒否した旨の判断とその理由について書面による説明を行わなければならない(説明義務:同条3項1文)。もし、使用者が上記の協議義務および説明義務を履行しなかった場合には、当該労働者が希望した通りのモバイルワークについて合意がなされたものとみなされることとなる(同項2文:但し、この場合のモバイルワークの期間については、6ヶ月が上限となる)。一方、使用者による合意の拒否が適法に行われた場合において、当該労働者が上記でみた新111条1項1文に基づくモバイルワークにかかる希望の通知を再度行うには、かかる拒否の判断から4ヶ月が経過しなければならないこととなっている(同条4項)[注13]

このように、かかる第二次草案の内容というのは、使用者に対しモバイルワークの実施を希望する労働者との協議および合意拒否の際の理由説明という手続的な規制を課すにとどまり、第一次草案のように使用者の拒否理由を法的に制約するものとはなっていない[注14]。モバイルワークの実施は、あくまでかかる協議に基づく合意の結果として、あるいは協議義務または説明義務違反に対する制裁として位置付けられているに過ぎず、それ自体が労働者の権利の対象となっているわけではない。かくして、かかる第二次草案においては、使用者との協議自体が労働者の権利の対象となっているものとみることができ、この点で、第一次草案と大きく異なるといえよう。このような第二次草案には、あくまで労使当事者間での合意に基づくモバイルワークの実施を重視し、これを促そうとする姿勢をうかがうことができるように思われる。

5. おわりに

以上、本稿では、テレワーク(モバイルワーク)をめぐる近時のドイツの立法動向について検討を行ってきた。一言でまとめれば、現在ドイツにおいては、デジタル化の進展とコロナ禍のなかで、テレワークを普及促進するための法政策の必要性自体については、広くコンセンサスが得られているものの、労働者の「テレワーク(モバイルワーク)の権利」をどのようなものとして構成するかについては、いまだ揺れ動いている状況にある。

ところで、上記でみた第二次草案には、モバイルワークの実施に関する労働者の協議権のほか、使用者の労働時間把握義務の導入(営業法改正による新112条の追加)や労災保険制度による保護の拡大(社会法典第Ⅶ編8条の改正)といった、モバイルワークの実施後における労働者の保護をめぐる重要な改正提案も含まれている(冒頭で掲げた労働政策研究報告書では、これらについても分析・検討を加えているので、詳細はそちらを参照されたい)。その点でも、ドイツにおけるモバイルワーク法をめぐる今後の動向には、引き続き関心が払われるべきであろう(ただ、ドイツでは2021年9月に連邦議会選挙が予定されており、今後の見通しはやや不透明な状況にある)。

日本においても、テレワーク(在宅勤務)の推進は目下の重要な政策課題である一方、コロナ禍にあってもその実施率ないし定着率には、業種や地域等によってばらつきがみられ[注15]、基本的にドイツと同様の状況に直面している。我が国においては、現在のところ、中小事業主を対象とした国や自治体による助成金の支給[注16]が政策の中心となっているが、今後日本でも、テレワークの実施について、少なくとも労使当事者間での協議や交渉を促す仕組みとしての「テレワークの権利」を導入することは、十分検討に値する立法政策といえよう[注17]。本稿で採り上げたドイツにおける立法動向は、かかる検討に際しての、一つの重要な「教材(Lehrmaterial)」を提供してくれているように思われる。

脚注

注1 かかるテーマを取り扱った先行研究としては、緒方桂子「ドイツ『在宅勤務権』をめぐる議論の動向と法的検討」ビジネス法務2021年1月号127頁がある。

注2 BMAS, Mobiles und entgrenztes Arbeiten, 2015neues Fenster

注3 BMAS, Forschungsbericht 549: Verbreitung und Auswirkungen von mobile Arbeit und Homeoffice, 2020neues Fenster

注4 なお、(ドイツを含む)欧米諸国におけるテレワークをめぐる法制については、現在JILPTにおいて、「諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究」が実施されており、その成果については、近日中に労働政策研究報告書として取りまとめられる予定であるので、詳細はそちらを参照されたい。

注5 かかる規定の邦語訳については、山本陽大=井川志郎=植村新=榊原嘉明『資料シリーズNo.225・現代ドイツ労働法令集Ⅰ-個別的労働関係法』(労働政策研究・研修機構、2020年)11頁を参照。

注6 もっとも、このことは使用者が労働者に対し、指揮命令権により在宅でのテレワークを命じうる(=労働者が在宅テレワークによる就労義務を負う)ことを直ちには意味しない。すなわち、営業法106条1文は、労働場所に関する使用者の指揮命令権を定める一方、使用者は公正な裁量(billigem Ermessen)に従って指揮命令権を行使すべきことをも定めている。そして、ある使用者の指揮命令権の行使が公正な裁量に従っているかは、当事者間の利益衡量によって判断されるところ(公正裁量審査)、使用者が指揮命令権により、労働者に対して自宅での在宅テレワークを命じるという場面では、基本法13条1項が定める「住居の不可侵(Unverletztlichkeit der Wohnung)」が労働者側の利益として位置付けられる。この場合において、使用者側の利益がかかる労働者の利益に優越することは通常は考えられないため、労働者に対し在宅テレワークを命じる使用者の指揮命令権の行使は無効となる。但し、学説のなかには、コロナ・パンデミックの時期にあっては、労働者に対し在宅テレワークでの就労を命じる使用者の指揮命令権の行使も、営業法106条1文が定める公正な裁量の範囲内であることを指摘するものがある。 vgl. Krieger/Rudnik/Povedano, Homeoffice und Mobile Office in der Corona-Krise, NZA 2020, S.473.

注7 Vgl. etwa Kramer (Hrsg.), IT-Arbeitsrecht: Digitalisierte Unternehmen: Herausforderungen und Lösungen, 2.Aufl., 2019, S.224〔Hoppe〕. また、例外的に、労働者がテレワーク(在宅勤務)の請求権を有する場合については、緒方・前掲注(1)論文129-130頁も参照。

注8  CDU/CSU=SPD, Koalitionsvertrag - Ein neuer Aurbruch für Europa, Eine neue Dynamik für Deutschland, Ein neuer Zusammenhalt für unser Land, 2018neues Fenster

注9  下記のURLから閲覧可能である。
https://www.bmas.de/DE/Presse/Interviews/2020/2020-10-05-bild-am-sonntag.html新しいウィンドウ

注10  第一次草案に関して紹介・検討するものとして、緒方・前掲注(1)論文130頁、「JILPT海外労働情報・労社相、在宅勤務権構想を発表-最低年24日を保障」(2020年12月)、和田肇〔編著〕『コロナ禍に立ち向かう働き方と法』(日本評論社、2021年)104-105頁〔和田肇執筆部分〕、川田知子「新型コロナウイルス禍における労働立法政策-ドイツにおける状況」労働法律旬報1975+76号(2021年)71頁も参照。

注11  CDU/CSU草案のキーポイントは、下記のURLから閲覧が可能である。
https://heilmann.berlin/data/documents/2020/10/27/2-5f97ef358e089.pdf新しいウィンドウ

注12  下記のURLから閲覧が可能である。
https://www.bmas.de/SharedDocs/Downloads/DE/Gesetze/Referentenentwuerfe/ref-mobile-arbeit-gesetz.pdf?__blob=publicationFile&v=1新しいウィンドウ

注13  なお、上記でみたほか、第二次草案が提案する営業法新111条においては、モバイルワーク時においても労働保護に関する諸規制は影響を受けず、使用者は労働者に対し、モバイルワークの開始前に、安全・健康の保護について書面で情報提供を行わなければならないこと(5項)、モバイルワークが開始して6ヶ月が経過した後は、使用者および労働者はそれぞれ、特段の合意がない限り、3ヶ月間の予告期間を置いたうえで、モバイルワーク終了の意思表示を行うことができること(6項)、労働協約または事業所協定によって新111条1項~4項および5条2文の規制の規制から労働者にとって不利にも逸脱が可能であること(7項)が、それぞれ規定されている。

注14  但し、この点に関して、第二次草案の法案理由書は、使用者は差別や報復目的(民法典612a条)を合意拒否の理由とすることはできないことを指摘している。

注15  高見具広「≪JILPTリサーチアイ第46回》在宅勤務は誰に定着しているのか-『緊急時』を経た変化を読む」(2020年9月)を参照。

注16  例えば、働き方改革推進支援助成金(新型コロナウイルス感染症対策のためのテレワークコース)新しいウィンドウ等。

注17  この点につき、石崎由希子「『新しい日常』としてのテレワーク:仕事と生活の混在と分離」ジュリスト1548号(2020年)49-50頁も同旨と思われる。