なぜ離別父親から養育費を取れないのか

副主任研究員 周 燕飛

日本では、離婚後に父親が子どもの養育費を踏み倒し、それに泣き寝入りする母子世帯が非常に多い。厚生労働省が行った「全国母子世帯等調査2011」によると、6割の離婚母子世帯は、父親から養育費を一度も受け取ったことがない。また、離婚直後は養育費を受け取っていたものの、途中で支給が途絶えたケースも多く、実際に養育費を受け取っている離婚母子世帯は、全体の2割程度でしかない。母子世帯の相対的貧困率は50%を超えている中、養育費の確保は貧困解消の切り札となるのか。

経済状況の悪い夫婦間で「離婚」は生じやすいものの、離婚父親の大半は養育費を全く支払えない経済状況ではない(周2012)。JILPT「第2回子育て世帯全国調査(2012)」に基づく筆者の再集計によると、年収(離婚時)は200万円未満で、養育費の支払いが困難だと考えられる離別父親は全体の2割(19.5%)に過ぎない。離別父親の5人に1人(22.2%)は平均的な世帯主よりも多く稼いでいる(年収500万円以上)。

年収の高い父親ほど、養育費を払っている割合は確かに高い。同JILPT調査によると、離婚母子世帯の養育費の受取割合は、離別父親の年収が500万円以上の層では25.9%(注i)となっており、200万円未満層(4.7%)よりその割合は20ポイント以上高い。しかし一方、この数字の裏返しは、年収500万円以上の離別父親ですら、その74.1%は養育費を支払っていないというショッキングな事実である。

経済力が十分にあるにも関わらず、なぜこれほど多くの父親が養育費の「踏み倒し」に至ったのか。十分な経済力を持つ離別父親の大半は、その後再婚し、新しい家族の養育責任を優先して、離婚した元妻と子どもの生活を置き去りにすることが大きな要因だと考えられる。実際、大石(2012)が「国民生活基礎調査2007」と「社会保障実態調査2007」の接合データを用いて、離別有子男性の現在の婚姻状況を調べたところ、離別父親の再婚率は59.1%(169人中100人)に達していることが分かった。また、単身の離別父親に比べ、再婚した離別の父親は明らかに年収の高い層に偏っている。つまり、貧困層の父親は「支払い能力の欠如」、非貧困層の父親は「新しい家族の生活優先」が理由となり、どの所得層の父親においても、養育費を支払わないという状況が生み出されているのである。

諸外国とは異なり、日本では養育費を支払うべきかどうかの交渉は、司法や裁判を介さず、単に家族や個人間の問題として処理されることが多い。また、日本には養育費の強制徴収を行う行政機関も存在していない。母親個人による養育費交渉と離別父親のモラルに委ねられているのが、現状である。もちろん、国は養育費確保の対策を全く取っていないわけではない。母親に養育費交渉のノウハウを伝えるために、「養育費相談支援センター」という専門機関を設置したり、養育費専門相談員を新たに配置したりしている。また、離別父親のモラルを高める方策として、子どもとの面会交流の促進事業も導入されている(注ii)

しかし、これらの手段はいずれも養育費確保の抜本的方策とは言いがたい。個人に任せきりでは、どうしても父親が自分または新しい家族の生活を優先してしまう。そこで、行政がいわば「エージェント(代理人)」として間に入り、母子世帯のために養育費の強制徴収を行うという対策が必要となる。その際の問題は、その行政コストと母子世帯の貧困改善というベネフィットのどちらが大きいかということである。養育費確保の行政コストは、国によって大きく異なる。Skinner他(2007)の推計によると、1ユニットの養育費確保にかかった行政コストは、オーストラリアが12%、ニュージーランドが21%、イギリスが68%、アメリカが23%となっている。日本もやり方次第では、オーストラリアのように行政コストを低く抑えながらも養育費を確保できる可能性が高い。なお、オーストラリアの養育費制度については、下夷(2012)は参考になる。

参考文献

大石亜希子(2012)「離別男性の生活実態と養育費」西村周三監修・国立社会保障・ 人口問題研究所編『日本社会の生活不安 自助・共助・公助の新たなかたち』慶應義塾 大学出版会、pp.221-246

下夷美幸(2012)「オーストラリアの養育費制度-もうひとつのアングロサクソンモデル」養育費相談支援センター『養育費確保の推進に関する制度的諸問題-平成23年度養育費の確保に関する制度問題研究会報告』PDF新しいウィンドウを開きます

周燕飛(2012)「養育費の徴収に秘策はあるのか」JILPT労働政策研究報告書No.140 『シングルマザーの就業と経済的自立』(第10章)

Skinner,C. and J. Bradshaw and J. Davidson(2007)Child Support Policy: An International Perspective, Department for Work and Pensions(UK), Research Report No 405

脚注

  1. ^ JILPT「第2回子育て世帯全国調査(2012)」では、離別母子世帯全体(N=357)の養育費受給割合(母親による回答)は15.4%で、厚生労働省「全国母子世帯等調査2011」より4ポイントほど低い。
  2. ^ 実際、子どもと定期的に交流を持っている父親の養育費支払い率(21.4%)が交流のない父親より10ポイント高い(同JILPT調査)。

(2013年8月2日掲載)