職場のジェンダー・ハラスメント

副主任研究員 内藤 忍

「何だ、その太い足は」「デブはクビだ」「お前がスカートなんて信じられない」などの発言をされる、シングルマザーの労働者が上司から「付き合っている人がいるという噂があるが、その人と結婚するのか」などの質問をされる、名前ではなく「おばはん、ばばあ」などと呼ばれる……これらは、都道府県労働局が取り扱ったいじめのあっせん事案における実際の内容の一部である(JILPT2010、JILPT2013)。

ここ数年、職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメント(以下、職場のいじめ)の調査研究を担当している。そのなかで、性別に関係するハラスメント(ジェンダー・ハラスメント)の存在を意識するようになった。

あっせん事案の内容を調査したJILPTの調査によれば、職場のいじめに遭ったとしてあっせんを申請した人は女性のほうが多い。2008年度に4労働局で扱ったあっせん事案1,144件の調査においては、あっせん事案全体では、女性の申請人は42.6%(487人)と4割強にとどまるところ、職場でいじめ・嫌がらせに遭ったとしてあっせんの申請をした人に占める女性の割合は、54.6%(142人)と過半数に及んでいた(JILPT2010)。2011年度に6労働局で扱ったいじめのあっせん事案の申請人も同様で、女性が59.9%(170人)と申請人の約6割を占めた(JILPT2013)。

なかでも特徴的なのは、女性からの職場のいじめの訴えの内容だ。女性に関しては、冒頭に記したように、上司や同僚から、容姿・年齢・結婚(離婚等)などに関する発言があったと訴えるものが目立つ。

民間企業の非管理職女性565名を対象とした他の調査でも、「男性は姓で呼ぶのに、女性を名(例「○子さん」「○○ちゃん」など)で呼ぶ」という項目について受けたと回答した女性は63.89%にのぼった。また、「女性を姓名でなく、『うちの女の子』と呼ぶ」は52.74%、「『若い子はいいね』『おばさん』などの発言」は51.86%、「体型や容姿についての発言」は48.67%、「『まだ結婚しないの』『どうして結婚しないの』などの発言」は46.90%、「服装・髪型・化粧などについての意見を頻繁に言う」は42.48%の女性が受けたと回答している(佐野・宗方1999)。そして、その不快度の平均は、1(まったく不快でない)~5(とても不快)の5段階のうち、4前後を示すものが多く、これらの行為を受けた労働者の多くは不快だと感じている。

自治体の女性職員302名を対象とした調査でも、約7割の女性が「婚姻や出産や年齢により、『女の子』『おくさん』『おばさん』『おかあさん』などと呼び方を変えられた」「自分の容姿や化粧について意見を言われた」「女性だという理由から、お茶くみや雑用をする役割を期待された」などの行為を受けたと回答している(小林2009)。

ジェンダー・ハラスメントが、女性の就業意欲や心身の健康に及ぼす影響は小さくない。結婚、体型・容姿、服装等に関する発言や、「女のくせに」「この仕事は女性には無理」などの発言を受けた女性の16.81%が「仕事をやる気がなくなった」、7.56%が「自分に自信をなくした」と回答したという(佐野・宗方1999)。また、ジェンダー・ハラスメントを受けると、女性のストレスを高め、職務満足度を下げるとされている(Lim and Cortina, 2005)。

女性に対するこうした発言は、一見すると、セクシュアルハラスメントにあたると思われるかもしれない。しかし、セクシュアルハラスメントを規制する男女雇用機会均等法は、「職場における性的な言動」について事業主の措置義務を定め(第11条)、「性的な言動」とは、性的な内容の発言及び性的な行動を指すとしている(同法指針2(4))。つまり、冒頭で示したような、性的でないが、性別に関係する不快な言動は、均等法上、セクシュアルハラスメントとは区別されている注1)

ジェンダー・ハラスメントのうち、女性労働者のみにお茶くみ等をさせることは、均等法上、配置に係る女性差別(第6条)にあたるとされているが注2)、性別に関係する不快な言動は均等法で直接的に規制されているわけではない。

これに対し、EUでは男女均等待遇改正指令(2006/54/EC)において、セクシュアルハラスメントとともに、セクシュアルな性質ではない、性別に関連する職場のハラスメントについて規定している。指令を受けて、EU各国では、一定の保護特性に関連するハラスメントについての法規定を持っている。例えば、イギリスにおいては、性別はもちろん、年齢、障害、性転換、人種、宗教・信条、性的指向といった保護特性に関連する望まれない行為を行い、その行為が相手の尊厳を侵害する、又は、相手に脅迫的な、敵意のある、品位を傷つける、屈辱的な、若しくは不快な環境を生じさせる目的又は効果を持つ場合にはハラスメントとみなすということが、包括的な差別禁止法である2010年平等法(Equality Act 2010)に規定されている(26条1項)。

現在、日本の労働局において職場のいじめの事案として扱われているものには、ジェンダー・ハラスメント以外にも、障害、年齢等の保護特性に関連する、差別的なハラスメントの事案が少なからず含まれている。こうした差別的なハラスメントと、保護特性に関連しない一般的な職場のいじめの実態を明らかにしたうえで、それぞれについて、いかなる立法規制のもとにおくべきなのか、そして、企業内でどのような対処をすることが望ましいのか、今後検討していくことが必要であろう。

脚注

  1.  なお、国家公務員のセクシュアル・ハラスメントの防止等に関する人事院規則10-10では、性別により差別しようとする意識等に基づく発言(例えば、「男のくせに根性がない」、「女には仕事を任せられない」、「女性は職場の花でありさえすればいい」などの発言や、「男の子、女の子」、「僕、坊や、お嬢さん」、「おじさん、おばさん」などと人格を認めないような呼び方をすること)や行動(例えば、女性であるというだけで職場でお茶くみ、掃除、私用等を強要すること)は、セクシュアル・ハラスメントになり得る言動とされている(同規則通知)。
  2. 均等法では、労働者の配置について、その性別を理由として差別的取扱いをしてはならないとしており(第6条第1号)、女性労働者にのみ通常の業務に加え、会議の庶務、お茶くみ、そうじ当番等の雑務を行わせることは禁止されている(同法指針第二3(2)ホ②)。同法通達も、「女性労働者のみに「お茶くみ」等を行わせること自体は性的な言動には該当しないが、固定的な性別役割分担意識に係る問題、あるいは配置に係る女性差別の問題としてとらえることが適当」とする(第三1(2)イ(2))。

参考文献

  • JILPT(2010)『個別労働関係紛争処理事案の内容分析―雇用終了、いじめ・嫌がらせ、労働条件引下げ及び三者間労務提供関係―』労働政策研究報告書No.123
  • JILPT(2013)『職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントの実態―個別労働紛争解決制度における2011年度のあっせん事案を対象に―』資料シリーズ(近刊)
  • 小林敦子(2008)「心理学におけるジェンダー・ハラスメントに関する文献的研究」日本大学大学院総合社会情報研究科紀要,9,63-71.
  • 小林敦子(2009)「ジェンダー・ハラスメントが達成動機に及ぼす効果―地方公務員の女性を対象として―」応用心理学研究, 34, 1, 10-22.
  • Sandy Lim & Lilia M. Cortina(2005). Interpersonal mistreatment in the workplace: The interface and impact of general incivility and sexual harassment. Journal of Applied Psychology, 90, 3, 483-496.
  • 内藤 忍(2012)「『職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言』を職場に生かす―ジェンダー視点からみた今後の課題と労働組合の取り組み方」女も男もNo.120, 4-17
  • 佐野幸子・宗方比佐子(1999)「職場のセクシュアル・ハラスメントに関する調査―女性就業者データから―」経営行動科学, 13,2, 99-111.

(2013年4月12日掲載)