非解雇型雇用終了事案

統括研究員 濱口桂一郎

JILPTの労使関係・労使コミュニケーション部門では、昨年に引き続き去る3月に『個別労働関係紛争処理事案の内容分析II―非解雇型雇用終了、メンタルヘルス、配置転換・在籍出向、試用期間及び労働者に対する損害賠償請求事案』(労働政策研究報告書No.133)を発行した。今回はその中から非解雇型雇用終了事案について紹介する。これは、あっせん申請書上では雇用終了を争っていなくても、使用者側の一定の行為が原因となって労働者が不本意な退職に追い込まれたような場合が91件とかなり多く見られるため、これらを退職勧奨事案(38件)や自己都合退職事案(46件)と併せて「非解雇型雇用終了事案」として分析したものである。これに対し、雇止め等を含め解雇型雇用終了事案は599件である。

さて、非解雇型に属する175件を大きく分けると全体の3分の1が労働条件引下げや配置転換・出向などが原因となっている労働条件型であり、3分の2がいじめ・嫌がらせや暴力、職場トラブルなどが原因となっている職場環境型である。これらは、裁判のように権利義務関係を確定するための判定的な解決システムでは難しい事案をそれなりに解決できるという意味で、あっせんのような調整的事案のメリットを示している面もある。

例えば労働条件型の場合、労働条件の引下げや配置転換・出向そのものを裁判で争うとなると、あくまでも自分からは辞めずに頑張って労働条件の回復や原職復帰を求めることが必要となるが、追い込まれたとはいえ自分から辞めている場合にはそれは困難である。他方、それらが原因となって辞めざるを得なかったこと自体を裁判上損害賠償請求として訴えることができるかというと、日本ではイギリスのような準解雇という概念が確立していないこともあり、そのような道はほとんど存在しない。解雇事案そのものに損害賠償請求が認められにくく地位確認訴訟しかない中では、こういった事案の解決はあっせんのような調整型システム以外では難しいだろう。

これに対して、いじめ・嫌がらせのような職場環境型の場合、準解雇としての訴えは同様に困難だが、いじめ・嫌がらせ行為自体を損害賠償請求として訴えることは十分可能である。ではこちらの類型ではあっせんの意味が少ないかというと、逆にもっと大きいように思われる。それは、これらが判定の難しい行為であるということからくる。

具体的に労働局事案でみると、いじめ・嫌がらせを受けたという労働者の訴え88件に対する使用者側の主張を見ると、労働者の主張を全面的に肯定するのは4件、部分的に肯定するのは3件に過ぎず、一定の行為があったことは認めるがそれがいじめ・嫌がらせであったことを否定するものが39件、事実そのものを否定するものが25件、無視が17件と、圧倒的にその存在を否定しているのである。これは、いじめ・嫌がらせに主観的な面があり、客観的にその存在を立証することがかなり難しいことを考えると、裁判で争うことに対して大きな障壁になる。

ところがあっせん事案では、事実を否定している使用者も「事実関係の真偽を問わず」とか「嫌な思いをしたことは否定できないので」等といった理由で一定の解決金を支払っていることが多い。これは、まさに判定的ではなく調整的な解決システムであるから可能なことであろう。

(2011年7月1日掲載)