統計利用について感じること

調査員 稲垣 悠子

わたしは今、労働関係の統計データを加工した『ユースフル労働統計 労働統計加工指標集』 2009年版の編集作業に携わっている。本書に関わって1年に満たないが、時折、統計データの問合せを受けることがある。中でもよく尋ねられるトピックの一つが、「サラリーマンの生涯賃金」だ。なるほど、生涯賃金は、企業から見れば労働コストの予測等に使えるし、労働者本人から見れば将来の生活設計を見通す指標にもなり得る。だからこそ、生涯どれだけ稼ぐのかは気になるところだろう。

冒頭で述べた「ユースフル労働統計」では、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を利用して生涯賃金の推計を行っている。結果は当機構HP上でも公表しているので参照いただきたいが、学校卒業後から60歳までの一般労働者の賃金総額(退職金を除く)は、男女で違いがあり、また学歴が高いほど生涯賃金も高くなっている。さらに、同調査からは企業規模別に生涯賃金を推計することもでき、結果は一般通念の通り、企業規模が大きくなるほど生涯賃金が高くなる傾向にある。

この結果だけをみれば、サラリーマンの生涯賃金は「○億○千万」という具合に平均像が簡易に映し出される。そして時に、その便利さゆえか、数字だけが一人歩きしてしまうこともある。確かに、データと計算式があれば、結果は簡単に出る。しかし、こうも思う。「この数字の意味するところを正確に伝えるためには、常に丹念な説明が必要なのだ」と。

例えば、計算の元となった統計調査である。統計書に掲載されている数値を正しく読み解くためには(さらに、利用するためには)、調査の対象や方法等はもちろんのこと、統計で使用される用語の定義にも気を配らなければならない。先ほどの例を引き合いに出すと、「一般労働者」にはパート(短時間労働者)が含まれていないため、上記はフルタイムで働き続けた場合の生涯賃金ということになる。

また、前述の推計は、単年の調査データを入社年齢から60歳まで積算したもの(正確には「年齢階級別」の賃金データを入社年齢から60歳まで積算したもの)である点も忘れてはならない。つまり、ここでは、現在40歳の労働者が10年前にもらった賃金額として、実際の10年前の賃金データを使用するのではなく、現時点の30歳の賃金額を用いるという考え方をとっている。その意味で、試算した生涯賃金は、労働者が長年にわたって現実に受け取る賃金を積み上げたものではなく、あくまで、ある特定年の賃金を合計した平均像ととらえる必要がある。

今日では統計へのアクセスも容易になっているが、こうした、いわば欄外の情報には目が届きにくい面があると感じている。統計を利用する際にも、加工指標を紹介する際にも、この点に留意して、わかりやすい情報提供に努めていきたい。

(2009年2月27日掲載)