緊急コラム #023
韓国プラットフォーム配達労働に関する画期的な協約

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労使関係部門 統括研究員 呉 学殊

2020年10月21日(水曜)掲載

2020年10月6日、韓国で画期的なことが起きた。新型コロナウイルスの影響で世界中に急拡大しているプラットフォーム配達労働に関する労使の協約が締結されたのである。なぜ画期的なのかをいくつかの文脈でみてみることにする。

協約締結の画期的な側面

まず、第1に、労使が自律的に協約を締結したことである。労使対立が激しいとされている韓国で、労使が相手を認めて意見の対立を縮めて自ら合意に達することは容易いことではない。しかも個別企業の枠を越えればもっとそうである。今回、協約の締結者は、プラットフォーム配達産業レベルの労使であったので、なお一層画期的なものであった。

韓国では大統領直属の政労使協議機関として「経済社会労働委員会(「経社労委」という。)」があり、今年5月には同委員会に「デジタルプラットフォーム労働:配達業種分科委員会」が発足し、7回の会議を重ねている。一方、プラットフォーム配達産業の労使代表(各4人)が学識経験者(3人)を入れて「プラットフォーム労働代案をつくるための社会的対話フォーラム」を3月に結成し、6か月間自律的に協議を重ねて、同分科委員会の結論が見通せない中、協約を締結したのである。韓国では、政府が労使を説得して歩み寄らせて合意をみることが多いことから、本格的な「初めての労使自律協約締結」と言われている。

第2に、労使の相互尊重である。今回の協約は、労使の相互尊重があって可能な協約締結であったが、その姿勢が「総則」に次のように示されている。すなわち、「労働組合は供給者、消費者、従事者の効用を増進させるというプラットフォームの順機能と企業の経営上の権限を尊重し、企業は従事者が労働組合を自由に結成して活動する権利を保障し、団体交渉の主体として労働組合を尊重する。」相互尊重の面で、特に重要であったのは、プラットフォーム事業主が「透明事業主」から「実物事業主」となったことである。プラットフォーム事業では、それを運営する事業主が誰なのかよくわからないことが多く、事業主が実存してもよく見えない「透明事業主」である。その要因の1つは、労働者(「個人事業主」)からの使用者性認定要求を免れるためである。すなわち、労働者を雇用する雇用主ではないことを示し、雇用主に課されている様々な労働法などの義務を回避したいからである。にもかかわらず、今回は堂々と自分の存在を認める形で協約の締結者として事業主が現れたのである。

同協約に署名したのは、プラットフォーム配達業界の大手企業3社[注1](日本のウーバーイーツのような企業)と業界団体[注2]、労働組合側は民主労総の産別組織であるサービス連盟[注3]とライダーユニオン(独立系)[注4]である。同3社のプラットフォーム配達従事者は約7万5000人にのぼり、同協約の適用を受けることになる。その人数は同業界の約半数の従事者に及ぶ。

第3に、個人加盟ユニオンおよび複数組合の協約参加容認である。前記のとおり、協約締結に参加した労働側はサービス連盟とライダーユニオンである。韓国ではライダーユニオンのような個人加盟ユニオンと産別組合・企業別組合が併存し、後者の組合員数が多い場合には前者を排除することが一般的である。しかし、企業側と過半数組合のサービス連盟がライダーユニオンの協約交渉・締結参加を認めたのである。なお、企業別組合ではないサービス連盟とライダーユニオンの両方を交渉・協約締結の相手として認めたのもかなり画期的なことである。

第4に、親会社の使用者性の認定である。今回の協約を締結した業界最大手企業は(株)「優雅な兄弟達」である。しかし、配達員との配達委託契約などをしているプラットフォーム配達運営会社は同社の子会社である(株)「優雅な青年達」[注5]である。使用者性を避けるのが一般的であるが、それをせずむしろ使用者性を積極的に認める形で、協約締結に参加したことも画期的なことである。

第5に、協約の内容が画期的である。同フォーラムの委員長(韓国の中央大学、李ビョンフン教授[注6])から協約文を入手したので、主要なポイントをみることにする(全文は添付資料)。協約文は大きく7つの章によって構成されている。

添付資料プラットフォーム経済発展とプラットフォーム労働従事者の権益保障に関する協約―配達サービス業を中心に―(PDF:353KB)

画期的な協約の主要内容

1.【総則】では、労使の相互尊重と自由な労働組合結成および活動の認定を行なった。企業は、プラットフォーム労働従事者[注7](以下、「従事者」とする。)が労働組合を自由に結成し活動する権利を保障し、団交の主体者としての労働組合を尊重した。労使は、信義誠実の原則に基づき、今回の協約文の諸事項を実践して共同の目標達成に向けて努力することを明記した。また、プラットフォーム配達産業の発展においては、労使、消費者、料理供給者、地域の配達代行者などの利益が均衡に考慮されること。

2.【公正な契約】では、労使が対等な立場で契約を締結し、契約内容はお互いの権利と義務が容易く理解できるように明瞭に作成されなければならない。企業は従事者に配達の日時を定めることをせず、意に反する業務の遂行を強要しない。ルール違反の制裁の根拠と手続きは明確でなければならず、従事者がそれをわかりやすく確認できるようにする。

3.【作業条件と報償】では、従事者が特定の業務遂行の可否を決定する前に当該業務の作業条件とそれの遂行を通じて得ることになる報酬に対する情報を明確にし、報酬の詳細明細を、企業が提示する。合理的で公正な業務配分を行なう。熟練、運搬手段などにより、従事者に異なる業務を示す際にその基準がわかるようにする。また、専門性開発のための合理的な教育プログラム提供努力や正社員雇用の際にプラットフォーム従事者の優先採用努力義務である。

4.【安全と保健】では、企業は労災保険法上の義務を果たすとともに、従事者の労災保険加入を促し[注8]、適切な教育および保護具の提供、総合保険の案内などを通じて、業務遂行中の危険予防と不安払拭に努める。また、十分な休憩、消費者等の人格的冒涜や暴言等からの保護、配達中の紛争対応マニュアルの作成と紛争の早期解決、深夜や雨天、感染病などの際の安全対策を講ずる。従事者は突発的危険の際には業務を中断することができ、それが不可避のものであるときには企業は不利益を与えない。そして、企業は速く配達するとのプレッシャーをかけず、従事者の責によらない配達遅延に対する制裁をせず、危険な速度競争を誘発する政策をとらない。

5.【情報保護とコミュニケーション】では、労使は、お互いに個人情報保護法等を守り、また、顧客の個人情報関連法律を守る。従事者は、業務ガイドラインに対し、自分の意見を出す権利があり、企業はそれに関連する苦情処理窓口を設けて運営する。企業は、契約終了後でも一定の期間、勤務事実、期間、報酬のような勤務記録への元従事者のアクセスが可能となるようにする。

6.【今後の課題】では、労使は、本協約の実践と進展を図るために常設協議機構を運営する。今後本協約に署名する労使も同機構への参加を認める。協約締結後、3か月以内に同機構は設置・運営されるが、その役割は次のとおりである。

  • ①協約の履行確認および協約の解釈上の紛争に関する協議と調整
  • ②労使の葛藤の際、協議と調整
  • ③産業の発展と従事者の権益保護に関する論議
    • 配達料の基準と体系改善策:安全運行、走行原価、市場環境等
    • プラットフォームの合理的で公正な業務配分に関するサービス政策、技術的要素等
    • 配達サービス分野の職業訓練インフラおよび協力プログラムの構築
  • ④協約関連の制度改善課題に関する政府との協力
  • ⑤その外、配達プラットフォーム産業および労働生態系の健全な発展のための論議

7.【政府への建議】では7つのことが建議されている。

  • ①政府は、プラットフォームの多様な労働実態を調査して従事者の権益を保護するための法・制度的な改善策を講ずる。
  • ②政府は、プラットフォーム配達労働者の安全と権益を実質的に図るための多様な政策を打ち出して執行する。主には、二輪車の総合保険料の画期的な改善策、配達サービス遂行のために必須的費用構造の把握および安全運行、市場環境等を考慮した適正配達料の根拠の提示、二輪車の修理およびリース市場の不公正行為に対する実態把握および標準工賃費の検討である。
  • ③政府は、プラットフォーム労働者を包括できる社会安全網体系を作り、いままでの死角地帯を解消する。具体的には、雇用保険および労災保険制度の拡大再編、労災保険の加入率を高めるための適用除外および専属性基準の画期的な改善、正確な所得把握と社会保険料徴収のために国税庁等関連機関の役割強化、多様なプラットフォーム労働者の社会的保護のためにオン・オフライン方式など多様な形態の社会保険への加入・徴収・保障体制の整備である。
  • ④政府は、プラットフォーム労働者のための新しい職業訓練および雇用サービス改善案をつくる。具体的に、雇用安定性のための職業訓練制度などの拡大再編、プラットフォームサービスに適した職業訓練インフラおよびプログラムの整備、プラットフォーム労働者に対する職業訓練費の支援である。
  • ⑤政府は、国会と協力して配達サービス業に関する法律を制定する。例えば、配達サービスの法的な定義、支援・育成および監督の根拠を含めた法律の制定および執行、地域の配達代行業者に対する登録と管理に関する方案の策定である。
  • ⑥政府は、本協約に署名してそれを遵守するなど配達サービス業の健全な発展に努力する企業を支援する一方、市場秩序を歪曲するか法・制度を遵守しない企業を取り締まる。
  • ⑦政府は、プラットフォーム経済の発展とプラットフォーム労働者の権益保障に関連している政府省庁の所管業務を明確化し、本協約に基づいて運営される同機構との一元化したコミュニケーション体制を構築する[注9]

協約締結の主要要因

以上が同協約の主要内容であるが、同協約締結の要因は何だったのか。いくつかの文脈でみてみることにする[注10]。第1に、経営者の前向きな姿勢・考え方および労使間の信頼構築である。協約締結の企業経営者は、財閥という韓国的なイメージ(労働組合の否定や敵対意識)とは異なり、新しい事業を次々と展開するニューリーダーであり、必ずしも組合に否定的な考え方を持っていたわけではなかった[注11]。ライダーユニオンとサービス連盟との交渉および同協約の締結への働きかけに前向きに応じたのである[注12]。労使間の信頼構築も画期的なことであった。ニューリーダーとはいえ、労働問題についてそれほど知識がなく、労働組合の認定と交渉応諾には大きな決断が必要であった[注13]。協約内容の交渉過程で、組合にはプラットフォーム配達産業を肯定的に捉えるようにお願いしてそれに応じてもらった。企業側も組合の安全や労働条件等の要求に理解を示した。交渉が重なるにつれて労使の相互理解が深まり、信頼が生まれたのである。現在、サービス連盟に所属している配達従事者の組合員数は約200~300人に過ぎない[注14]。それにもかかわらず、企業側は、組合が全ての従事者を代表するものと受け止めている。それも信頼ができていることの現れである[注15][注16]。業界最大手企業がこうした労組との信頼関係の下、模範的な管理を行なってきたが[注17]、それを業界全体に広げようとする善意も他社の決断を後押し、また、組合の協約への前向き姿勢と決断を導き出した。

第2に、配達従事者の確保である。プラットフォーム配達産業は急速に発展したが、従事者の数はそれに追いついていない。配達労働者の確保のためには安全で働きやすい労働環境をつくることが必要である。労働組合はそのような労働者ニーズを代弁できる組織であると考えた。

第3に、ブランド力の構築とリスク回避である。一部の配達従事者はユーザーに家事サービスの提供など配達業務とは関係ない仕事もさせられていたので、配達労働者に対するイメージは必ずしもいいとはいえなかった。プラットフォーム配達システムを通じて、仕事の公式化・顕在化、透明化、また事業の拡大化を目指しブランド力を構築していく。また、配達労働に伴い発生しうる事故や様々なトラブルなどで社会的な批判にさらされるというリスクも回避する必要がある。一言でいえば、国民からの支持を得ることにつながる協約の締結がほしかったのである。

同協約の締結に対して、フォーラムの委員長であった李ビョンフン教授は、「今回の協約を通じて、労使の相生の規範と文化を創っていくことを期待する。配達から始まって他の業種につながる大きなうねりとなってほしい」と期待した。業界最大手企業((株)「優雅な兄弟達」)の代表は、「民間で労使が自発的にプラットフォーム労働に対する協約を締結したことに大きな意味がある。特定の労働者が多くの企業で働く時代、労災保険、雇用保険などの適用・運用の問題をどう解決していくかについて知恵を絞ることが重要である。本協約が実効性のある政策のきっかけとなることを願いながら、引き続き対話していく」と述べた。また、産別組合のサービス連盟の委員長も「本協約は、政府主導ではなく労使が自律的に知恵を絞って引き出したことに大きな意味がある。(企業側には)決して容易い決断ではなかったと思い、謝意を表したい。また、(本協約は)絶えず社会的対話を通じて労使が相生して行く初の足場となるだろう」と期待を表明した[注18]。協約の署名式には政治家、政府・行政関係者らも参加したが、韓国厚労省の事務次官は、「本協約は、新しい社会的対話の可能性を示した意味のある試みであり、建議された政策課題を積極的に検討し、全国民への雇用保険と労災保険の適用についても案じていきたい。他の分野でもこうした対話が行なわれることを期待する」と発言した。

以上の労使政民の期待がどのように実現できるか今後の行方に注目が集まるだろう。利害関係者が責任回避をせずにお互いの存在を認め、対話を通じて問題解決および産業発展と労働者の処遇改善を図っていこうという試みが他の産業でも相次いで現れれば、同協約の締結意義は計り知れないほど大きいだろう。

協約の中核的な示唆点

いまや、全世界的にAIや自動化などの第4次産業化が進む中、人が機械やシステム等に指示されてしまう時代が来る。しかし、その時代でも事業の主体および利益の享受者はその事業主である。そうであればそれに相応しい責任をとる社会的存在であるべきである。機械やシステム等に隠れて見えない「透明事業主」ではなく「実物事業主」でなければならないのである。それは機械・システムも人間の人為的な操作の結果動くものであり、最終的な責任・受益者は人間だからである。人間同士がお互いの存在を認めて知恵を絞ればより高次元の問題解決を図ることができるのである。第4次産業の最先端であるプラットフォーム配達業界で締結された同協約はそれを示したものである。

また、問題解決に向けては、All or Nothingという二分法ではなくその間をとる柔軟な考え方(多分法的な考え方)を持つことが重要である。今回、企業側は従事者を完全な雇用労働者と認めたわけではなく、自社のシステムに応じて働く「従事者」としての位置づけでそれに相応しい事業主責任をとることにした。そういう意味では「半雇用労働者」の使用者性を認めたといえる。これから雇用労働者(または雇用主)か否かという二分法では当てはまらない多様な働き方がますます増加するとみられる。それぞれ関わる分だけに責任を負う柔軟な考え方とそれをサポートする法制のあり方が求められるが、まずは労使が実態に沿って自主的に責任の度合いを認めていくことが必要であろう。

筆者は、労使コミュニケーションが経営資源であると主張する[注19]。本協約の目的は「プラットフォーム経済の健全な発展とプラットフォーム労働従事者の権益の保障」であり、さらには消費者、飲食店などを含めた全ての利害関係者の利益を均衡に考慮してお互いが発展していくことにある。協約締結まで、また、今後、労使コミュニケーションがプラットフォーム産業および利害関係者の利益につながるものであり、まさに経営資源性の発揮が期待できる。

プラットフォーム配達産業は新型コロナウイルスの影響により世界中で急拡大している。コロナがいつ終息するのかが見通せない。仮に終息しても同産業は利便性が高いので引き続き拡大していく可能性が高い。そういう中、韓国で労使が自律的に締結した同協約は、韓国のみならず世界各国に良い影響を及ぼしていくと期待する。日本でもそのような協約が締結されることを熱望する。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。