緊急コラム
自営業者への失業給付?─EUの試み

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JILPT研究所長 濱口 桂一郎

2020年4月21日(火曜)掲載

現在進行中の新型コロナウイルス感染症は経済の様々な部門に大きな影響を与えつつあるが、その中で特にホットな議論となっているのが、とりわけ感染クラスターの元となる危険性の高い飲食店やサービス業に対する自粛要請等による休業に対して補償すべきではないかという論点である。もちろん、そうした事業所で雇用されて働いている労働者に対しては、雇用を維持したうえでの雇用調整助成金から失業した場合の雇用保険の失業給付まで、さまざまな労働市場セーフティネットが設けられているが、彼らを雇う側の事業主、あるいは自ら経営しつつ労働する一人親方型の自営業者には、政策金融公庫等による融資のほか、今回のコロナ不況の中で、法人事業主には200万円、フリーランスなど個人事業主には100万円の持続化給付金が創設されつつあるとはいえ、雇用労働者のような完備したセーフティネットは存在しない。

前回のコラムでも述べたように、「雇用と非雇用の間には暗くて深い川が流れていて、そう簡単に飛び越えることはできない」のであるが、近年世界的にデジタル化によってプラットフォーム就業など新たな形態の自営業者が増加してきている中で、そういう雇用と非雇用の峻別論に対しては、徐々に疑問が提起されてきつつあるのも事実である。日本でも雇用類似の働き方をめぐってとりわけ労働法規制の在り方について、政府の累次の検討会で議論が行われている。その中で比較的あまり議論がされていない領域がある。それは注文が来なくなったとか、顧客の利用がなくなったといった事実上の「失業」に対するセーフティネットをどう考えるべきかという点である。

日本では、広義の社会保険のうち、健康保険や年金保険に関しては、被用者保険(健康保険、厚生年金)と自営業者等保険(国民健康保険、国民年金)の二本立てとなっている。これに対し、労災保険と雇用保険という労働保険はその対象が被用者に限られ、国民労災保険とか国民失業保険といったものは存在しない。ただ、労災保険については周知のように、一人親方など一定の自営業者のために自ら保険料を負担しての特別加入制度が設けられており、いわば任意加入の国民労災保険という制度がミニチュア版で作られているような形となっている。ところが(そもそも「雇用」ではないので「雇用保険」は字義矛盾になってしまうが)自営業者が事実上「失業」した場合の任意加入の国民失業保険というようなものは全く存在しないのである。

もちろん、雇用労働者ですら「失業」という保険事故には労働の意思と能力という主観的要素が含まれ、受給のモラルハザードを払拭しきれないことを考えると、そもそも雇用終了といった外形的要件すら欠き、単に注文が来なくなったというような事実上の「失業」をどう認定するのかという問題はある。とはいえ、今回のコロナ不況のようにマクロ経済全体に大きな影響を与える事態の場合、そのような細かな制度的議論を超えて何らかの対処があってしかるべきではないかという議論にも、一定程度説得力があるのも確かであろう。

現時点ではなお、日本において「自営業者に失業保険を!」といった主張は全くなされていない。その意味では、以上の議論はなお単なる思考実験に見えるかもしれない。ところが、上述した近年のデジタル化による就業形態の多様化への政策対応の一環として、ここ数年来の欧州連合(EU)では、自営業者に対する社会保障の適用問題が大きな課題となり、ほぼ5か月前の2019年11月8日に、「労働者と自営業者の社会保障アクセス勧告」(COUNCIL RECOMMENDATION of 8 November 2019 on access to social protection for workers and the self-employed (PDF)新しいウィンドウ)が成立し、加盟国に対してすべての労働者と自営業者に十分な社会保障を確保するように求めている。これは、EU諸国には国民皆保険ではなく、自営業者は年金や健康保険などの社会保険に強制加入ではなく適用除外となっている国もあるので、それを改正せよという面もあるが、一方で労災保険や失業保険といった本来的には雇用労働者向けの制度も自営業者に門戸を開けたらどうかという意味合いもある。

同勧告の関係部分を引用しておこう。

3.本勧告は以下に適用する。

3.1. 労働者及び自営業者、その一方から他方に移行する者や両方の地位を有する者、その就労が社会保障によってカバーされるリスクの一つの発生により中断されるものを含む、

3.2. 加盟国によって提供されている限り、以下の社会保障の各部門

  • (a) 失業給付;
  • (b) 疾病・治療給付;
  • (c) 出産関係給付;
  • (d) 障害給付;
  • (e) 老齢・遺族給付;
  • (f) 労災・職業病給付

このように、EUは加盟国に対し、自営業者に対しても失業給付や労災保険を適用するよう、(法的拘束力はない「勧告」という形式ではあるが)求めているのである。

では、実際のEU加盟諸国では、どうなっているのだろうか。本勧告を提案する際に,欧州委員会から公表された資料群の中に、「欧州の非標準契約及び自営業として働く人々の社会保障へのアクセス」(Access to social protection for people working on non-standard contracts and as self-employed in Europe - A study of national policies (PDF)新しいウィンドウ)と題する報告書がある。2017年の刊行であり、労働社会保険の全分野にわたって広く浅く叙述されているが、巻末の「社会保障への法的アクセス:自営業者」という表が、EU加盟諸国(+α)における状況を端的にまとめている。その表から、失業給付と労災給付の状況だけを以下に書き抜いておこう。類別は、「全面適用」(full)、「部分適用」(partial)、「無し」(none)、「任意加入」(voluntary opt-in)の4種類である。もちろん各国の実際の制度はもっと複雑で、注釈をつければ膨大なものとなるはずであるが、ここではシンプルな描像だけを提示しておく。

国名

失業給付

労災給付

オーストリア

任意加入

全面適用

ベルギー

無し

無し

ブルガリア

無し

無し

キプロス

無し

無し

チェコ

全面適用

全面適用

ドイツ

無し

任意加入

デンマーク

部分適用

任意加入

エストニア

部分適用

部分適用

ギリシャ

部分適用

部分適用

スペイン

任意加入

任意加入

フィンランド

部分適用

全面適用

フランス

無し

無し

クロアチア

全面適用

全面適用

ハンガリー

全面適用

全面適用

アイルランド

部分適用

無し

イタリア

無し

全面適用

ルクセンブルク

全面適用

全面適用

リトアニア

無し

無し

ラトビア

無し

無し

マルタ

無し

全面適用

オランダ

無し

任意加入

ポーランド

部分適用

全面適用

ポルトガル

全面適用

任意加入

ルーマニア

任意加入

任意加入

スウェーデン

部分適用

全面適用

スロベニア

全面適用

全面適用

スロバキア

全面適用

無し

イギリス

部分適用

無し

アイスランド

全面適用

全面適用

スイス

無し

無し

リヒテンシュタイン

無し

無し

マケドニア

無し

全面適用

ノルウェー

無し

無し

セルビア

全面適用

全面適用

トルコ

無し

全面適用

残念ながら、同報告書では実際に存在する自営業者向けの失業給付の詳細な制度設計はわからないが、大どころではない小国に結構自営業者向けの失業給付が存在することが窺われる。EUレベルで勧告という弱い形ながら一定の規範設定がされたことを考えると、今後こうした制度がどのように発展していくかは注目に値するし、現在そのような制度が存在しない諸国においても、今回の新型コロナウイルス感染症に対する政策対応の一環として、何らかの方策が打ち出されてくる可能性は結構あるのではなかろうか。

現在の日本ではなお、自営業者の失業給付という議論はほぼ全く存在していないが、新型コロナウイルス感染症を契機に沸き起こったフリーランスを含む自営業者への休業補償を求める声を、理論的に突き詰めて考えていくと、昨年末に成立したばかりのEU勧告の方向性と重なり合う部分もあるように思われる。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。