緊急コラム
労働市場を守れるか──欧州各国の緊急雇用対策

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JILPT研究所 副所長 天瀬 光二

2020年3月27日(金曜)掲載

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない。この厄災は中世欧州で猛威を振るった黒死病と呼ばれるペスト禍を想起させるが、当時と違うのは人の移動が格段に激しくなっていることだ。感染は人の移動とともに瞬く間に世界中に広がり、すでに南極を除くすべての大陸がウイルスに汚染されている。感染拡大を食い止めるため、各国政府は人の移動を制限し始めた。感染者が多い国では国境封鎖や外出規制の措置がとられ、世界中で人の動きが止まりつつある。無観客のスタジアムにカーンという打音がこだまし、静まりかえった土俵上で力士のぶつかり合う音だけが不気味に響く。われわれはこうした光景をあまり目にしたことがない。今のところこの状況がいつ収束するかの見通しは立っていない。

人の活動の停止は感染拡大の抑止には有効だろうが、一方で経済の停滞を招く。状況が長期化すればその深刻さも度合いを増し、同時に雇用への影響も避けられない。ホテル、飲食、小売、娯楽などのサービス産業ではすでに経営破綻に追い込まれる企業も出始めており、世界中で雇用不安が広がっている。これらの産業比率の高いわが国ももちろん例外ではない()。労働市場が壊れると社会が崩壊する。危機に直面する労働市場を支えるため、雇用を守る対策は急務だ。先進主要7カ国(G7)首脳は3月16日、新型コロナウイルスに対処する緊急テレビ会議を開き「雇用と産業を支えるため、金融・財政政策を含むあらゆる手段を動員する」とした共同声明を発表した。感染者の急増により人の動きを全面的に制限している欧州でも、雇用対策は最優先課題と位置づけられる。ドイツは操短手当の支給要件を緩和し解雇を食い止める。イギリスも一時帰休状態にある従業員賃金を補助するスキームの導入を決めた。フランスは部分的失業制度で対応する。欧州主要国の緊急雇用対策の動きを追う。

図 雇用危機に直面する産業に従事する就業者の比率

日本、ドイツ、イギリス、フランスの産業別(「芸術、娯楽」「宿泊、飲食」「卸売、小売」)就業者比率(%)-積み上げ棒グラフ

出所:労働政策研究・研修機構 『データブック国際労働比較2019

操短手当で失業を回避―ドイツ

支給要件を大幅緩和

ドイツには、従業員を解雇せずに短時間労働に移行させることで失業を抑制する「操業短縮手当(操短手当)」と呼ばれる制度がある。日本の「雇用調整助成金」のモデルともなった制度で、操業短縮に伴って雇用主が従業員を休業(部分休業を含む)させた場合に、賃金減少分の60%(扶養義務がある子を有する場合は67%)を連邦雇用エージェンシー(BA)が助成する。通常時は、「事業所内の3分の1以上の従業員を対象」とする場合のみ支給される。これを「10分の1以上の従業員を対象」にまで支給要件を緩和し、支給対象を派遣社員にも拡大、さらに、操業短縮分の社会保険料を連邦雇用エージェンシーが全額肩代わりするという緊急対策案を3月10日に閣議決定した。

報道(RND)によると、連邦雇用エージェンシーの準備金は現在、約260億ユーロほどあり、法案審議が順当に進めば、3月27日に連邦議会で可決、4月3日に連邦議会の同意を経て、4月上旬に施行する見込みだ。成立すれば2020年3月1日の操業短縮分から遡及的に支給される。新型コロナウイルスの影響で、全体の輸送量を今後最大で50%削減する案を発表したルフトハンザ航空は、解雇を回避するため、すでに操短手当の申請に向けて3月6日から連邦雇用エージェンシーと協議を開始している。同時に、採用凍結、従業員への無給休暇の付与、年次休暇の繰り上げ措置を行いながら、運営パートナーや労働組合との協議も行っている。

経済学者などはこれを評価

研究機関や大学に所属する7人の著名な経済学者は3月10日、「コロナ危機の経済的影響と経済政策」と題する政策提言を共同で発表した[注1]。それによると、操短手当の支給要件緩和策について、「雇用と家計の安定に寄与する」と一定の評価をした上で、コロナ危機が続く間は、さらなる企業の経営支援と雇用の安定化が欠かせないとしている。報告書ではこの他、感染拡大による医療現場の人員不足に対応するため、退職した医療従事者を呼び戻すための金銭的インセンティブ付与や、休校措置がされた場合[注2]の医療従事者の子に対する特別保育の提供、コロナ危機で通常業務がなくなった公務員を速やかに別の公務支援へ充当すること、公務部門でさらに深刻な人員不足が発生した場合は民間人材を柔軟に活用することなどが提言されている。

雇用維持スキームを新設し雇用主を支援―イギリス

法定傷病手当の支給拡大など緊急雇用対策

イギリス政府は、3月11日に公表した2020年度予算案において新型コロナウイルスの感染拡大に伴う一連の緊急雇用対策を発表した。これによると、①コロナウイルスの感染などにより自主隔離を指示された者または同一世帯に属する看護者の休業に対して法定傷病手当を休業初日から支給対象とする(通常は休業4日目から。週94.25ポンド、最長28週支給)。支給に係る費用は雇用主負担だが、中小企業についてはコロナウイルスの感染などによる休業について、従業員1人当たり2週間分までの還付を受けることができる。また、同制度の対象外となる自営業者や低賃金層(賃金額が国民保険加入水準に達しない者)については、適用可能な社会保障給付を迅速かつ簡易な手続きにより支給する。

②コロナウイルスにより事業に支障が生じた中小企業を対象に、政府保証つき貸付制度を導入する。これは、120万ポンドを上限に、うち80%を政府保証とすることで銀行による貸付促進をはかるもの。その後の施策の拡充により、貸付制度は予算が拡大されて総額3300億ポンドとなり、貸付額の上限も120万ポンドから500万ポンドに引上げられたほか、12カ月間は無利子となった(利子分を政府が補助)。これ以外にも、小売店や飲食店などの店舗や、小規模企業などに対するビジネス税(商業用資産に対する課税)の減免措置の拡充や、6月末までの付加価値税の納付期限の延期(年度末まで)が実施される。また、自己申告による所得税の納付期限の延期(2021年1月末まで)も予定されており、自営業者およそ570万人が利益を受けるとみられている。

雇用維持スキームを新設

さらに、財相は3月20日、「コロナウイルス雇用維持スキーム(Coronavirus Job Retention Scheme)」を新設し、コロナウイルス蔓延の間、雇用主に雇用維持に係る賃金支払いを支援すると発表した。雇用状況の悪化に際して、政府が賃金の支払いに補助を行う制度の導入は、史上初とされる。雇用主は歳入関税庁への申請により、一時帰休状態にある従業員の賃金の最大で80%、月2500ポンドを上限として補助を得ることができる。当座の対象期間は、3月1日から3カ月間だが、必要に応じて延長が予定されている。従業員規模や営利、非営利の別を問わず、全ての雇用主が対象となる。現在歳入関税庁が雇用維持スキームの制度の準備を進めており、数週間のうちには支給可能とする予定だ。

このほか、低所得層向けの社会保障給付制度であるユニバーサル・クレジットおよび税額控除について、次年度中は週20ポンド増額(最大で年間1040ポンドの増)することが発表された。これは70億ポンドを投じる社会保障給付の拡大策の一環である。また、賃貸住宅居住者に総額10億ポンドの追加的支援(住宅給付またはユニバーサル・クレジットの支給額増)をする。なお、4月から、地方住居手当(local housing allowance)の支給額は最低でも地域の家賃相場の30%以上となる。

部分的失業で対応―フランス

部分的失業制度の申請が急増

フランスは、雇用維持支援策として部分的失業(chômage partiel)制度を持つが、政府は新型コロナウイルスの影響に伴う緊急の雇用支援策として同制度を活用することを表明、同制度の申請手続きの簡素化および強化、全国雇用基金 (FNE)による職業訓練制度の併用といった政策を実施し、企業の雇用維持を支援するとしている。部分的失業制度とは、従業員規模 250人以下の場合、1時間当たり7.74ユーロ、251人以上の場合、7.23ユーロ、各従業員が受け取る給与総額の少なくとも70%を失業保険から負担するというもので、手当支払期間は、従業員一人当り年間1000時間までとされている。

これを受け、部分的失業制度の申請が急増している。3月9日時点で、政府は同制度の申請企業数を900社、従業員数15000人、関連する支出額は5200万ユーロ規模と試算していたが(La Tribune紙、2020年3月9日ほか)、これが18日時点では、申請企業数21000社、従業員数は40万人にのぼったことをペニコー労相が明らかにし(Le Parisien紙、3月18日)、その後23日にはルメール経済・財務相が73万人にまで急増したと訂正した。状況の長期化に伴い、今後部分的失業制度の支給内容や要件が改訂される可能性もある。ルメール経済・財務相は、部分的失業の例外適用を含めて今後2カ月間の支出が85億ユーロにのぼる見込みであることを明らかにしている(政府サイト、3月17日)。

(注)本稿の主内容や意見は、執筆者個人の責任で発表するものであり、機構としての見解を示すものではありません。